地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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15.コマト × コマノ × アイダ

No.013 ◆ 真夜中のゲーム ①

 


 

 飛行船のラウンジには、夜が更けてもなお熱気が漂っていた。

 

 つい先程行われたハンター協会会長アイザック=ネテロによる挨拶。

 明朝と予告された来るべき次の試験を前に、第一次、第二次と過酷な試験を潜り抜けた受験生たちは、それぞれ椅子に身を預けて束の間の休息を貪っている。

 

 その一角。

 

 窓際の円卓に陣取っていたのはゴン、キルア、クラピカ、レオリオの四人だ。

 試験会場へ向かう予選中に出会った面子も含めて、やっとこの四人で落ち着いて語らう時間を持てたのだ。

 

 そんな一同が囲むテーブルの上には、クモワシのゆで卵がザルに入ったまま置かれている。

 メンチからの()()を受け、ネテロの()()の下で実施された()()()()

 二次審査では判断できなかった「未知に挑む気概」というハンターの資質の有無を確かめるため、彼らは断崖絶壁を飛び降りて卵を採取してきたのだ。

 その時、せっかくだからと許可をとって余分に何個か──乱獲にならない程度に──多めに取ってきたものを、厨房で茹でてもらったのである。

 

 

「……あ゛ぁー…………やっと落ち着いた。

 おっそろしく長い一日だった……このまま眠りてえ……。

 まさかハンター試験で料理をさせられるとはな……」

 

 

 レオリオが大きく伸びをしてから、テーブルの上のゆで卵に手を伸ばす。

 ゴンと出会った頃は伊達男を気取っていた彼も、いやまあ最初の船の時点で大概ではあったけれど、もうすっかりそのガワが剥がれ、だらしない有様を晒している。

 その姿を、クラピカはちらりと横目で睨むように見た。()()()というのは、恐らく当人に睨んでいるつもりはないからだ。

 

 

「だが『予想できない試験だったから対応できなかった』というのは言い訳だぞ。

 ……二次審査の結果を思えば、三次審査の機会を与えられたのは幸運だった」

 

 

 クラピカが冷静に振り返るその隣で、ゴンもまたゆで卵を頬張って目を輝かせた。

 もちろんゴンだとて、故郷のくじら島でも釣りや狩りはいくらでもしていた。

 だが、ハンターとして――受験生だが――ハントの一端に手をかけたのはこれが初めて。

 何より入手した未知の食材を食べることは、ひどく彼をワクワクさせたらしい。

 

 

「やっぱりこの卵、美味しいね! 一生懸命獲ってきた甲斐があったよ」

 

「うめえはうめえけどな、ゴン。俺は納得いってねえぜ」

 

 

 レオリオが不機嫌そうに鼻を鳴らし、ゆで卵を口に放り込む。

 

 

「スシだぁ? あんなもん、一部のジャポンマニアしか知らねーような食いもんだろ。

 そんな知らなきゃ作れねえような料理を試験合格の条件にするなんて、無茶苦茶だ。

 二次審査はノーカウントだ、ノーカウント!

 最初からゆで卵にしろよな、ホント!

 ……ったく、マジで一時はどうなるかと思ったぜ」

 

 

 その隣で、キルアが「あんなのラクショーだったけどね」と鼻で笑った。

 クラピカが「三次審査はな」と、釘を差す。

 

 

「繰り返しだが、二次審査で本来我々は不合格になっている事を忘れるな。

 メンチの三次審査の提案と会長の承認がなければ、我々が乗っていたのは帰りの飛行船だ。

 慢心は戒めるべきだぞ。特にレオリオ」

 

「ウルセー! 泣きの一回でお情けの合格ってのが気に入らねーんだ!

 そもそもだ、何度でも言うけど二次審査の内容がおかしいだろうよ!」

 

 

「でもさ、レオリオ」と、何個目かのゆで卵に手を伸ばしながらゴンが言う。

 

 

「あの試験官の人、メンチさんが言ってたこと……俺、全然わかってなかったよ。

 ただスシって料理を作れば良いんだってしか思ってなかった。

 だから失格になっても仕方なかったと思う。

 そりゃあ、これがホントにお情けで合格だったら俺もレオリオと同じ気持ちだったけど、ちゃんと三次審査をやってもらって、そっちはみんな合格したんだ。

 だったら、次に同じ問題が出た時に間違えなければ良いんだよ」

 

「それに、二次審査で合格した奴らもいたじゃん。スシ。

 ……あの、スーツの奴とか」

 

 

 キルアがスケボーのウィールを指先で回しながら呟いた言葉に、一同は顔を見合わせた。

 スシ。ジャポンの伝統料理として出題された、見知らぬ料理。

 キルアは半ばふざけて高級料理めいたものを拵えていたが、他の全員、誰一人として完成させることはできなかった。

 成し遂げたのは、わずか三人。そしてその中の一人。

 

 

「ああ、248番か……」

 

 

 クラピカが記憶を辿るように呟く。ゴンが「三人組だったよね」と頷いた。

 

 

「忍者の人と、大きな帽子の女の子と……スーツの人!」

 

「アイツらだけ個室だろ、クソー! うらやましい!

 俺もスシさえ作れてりゃシャワーにベッドだったのによ!」

 

「あいつら、なんだか小難しいことやってるなとは思ってたんだけどさ。

 レオリオ、お前なんか見てた?」

 

 

 キルアに振られ、レオリオは少しバツが悪そうに鼻を擦った。

 

 

「いや……俺も自分のスシを握るのに必死だったからな。

 ただ、あのスーツの野郎、やたら落ち着いてたのは覚えてるぜ。

 あの状況で一人だけ、仕事の昼休みみたいな顔して電話してたからな。

 あれには正直、神経疑ったわ」

 

「電話? 試験中に?」

 

 

 ゴンが不思議そうに首を傾げる。

 

 

「ああ。上司がどうのって言ってたな。

 トンパが言うにゃボディガードか何かだって話だが、あんな奴が本当に強いのかねぇ」

 

「……強いかどうかは分からないが、油断はできない相手だ」

 

 

 クラピカが視線を落とし、分析を加える。

 

 

「一次試験のマラソンが終わって二次会場についた時の事を、皆も()()覚えているだろう。

 彼はスーツを崩さず、むしろ身嗜みを整えるほどの余裕さえあった。並大抵のことじゃないな。

 まるで、常に誰かに()()()()()()ことを前提としているような……。

 そんな隙のなさを感じた」

 

「オイ、そりゃ俺がフルチンになっても走ろうとしてた事を馬鹿にしてんのか?

 それとも二次会場についた時はヒソカにぶん殴られて気絶してたことを馬鹿にしてんのか?」

 

「レオリオ、自分が気にしている事を他人が口にしたからといって罵倒されたと感じるのは、一般的には自意識過剰と言うんだぞ」

 

「んだとコラ……!」

 

「ふーん……。

 ま、ハゲの忍者はそれなりにやりそうだけど、あのスーツは強さとしちゃそこそこじゃない?

 俺ンちの執事や使用人も似たような格好してるけどさ、たぶんウチの執事の方が強いな。

 なんつーか、()がないんだよ」

 

「……どんなだよ、お前の実家」

 

「暗殺家業の老舗」

 

 

 クラピカに噛みつきかけたレオリオが、キルアの言葉で毒気を削がれたようにげんなりとした顔をする。

 だがキルアは興味を失ったように視線を外し、愛用のスケボーのウィールを点検する作業に戻った。

 そんな二人の様子を横目に、クラピカが「確かに、要警戒は忍者とスーツの二人だ」と頷く。

 

 

「あの三人とぶつかることになった場合、一番の狙い目は帽子の少女、246番だ。

 庇うのか、切り捨てるのか。いずれにせよ直接戦闘で、彼女が一番の足手まといになる」

 

 

 クラピカの分析に、ゴンが不思議そうに首を傾げた。

 

 

「切り捨てたりするかな? 仲良く協力してて、いいなって思ったけど」

 

「ゴン、ハンター試験は協力し合う場じゃねえ、他人を蹴落とす場所なんだぜ。

 ……まあ、あの三人がどういう関係かは知らないけど、少なくともザバン市の試験会場でつるんでるとこは見てねえしな。

 俺達と違ってナンバープレートの数字も、結構離れてる。別々に来たのは間違いねえ。

 試験突破のためのその場限りの同盟なんざ、脆いに決まってるぜ」

 

 

 レオリオの冷静な──自分たち四人が協力し合っている事を棚上げした──言葉に、ゴンは屈託無く笑った。

 

 

「でも、きっといい人だよ! 美味しいものを作れる人に悪い人はいないもん!

 凄いよね。メンチさんに『美味しい』って言わせたんだから!」

 

 

 ゴンの純粋すぎる理屈に、キルアが「それは関係ないだろ」と呆れたように笑う。

 

 

「ま、どうせまた明日には顔を合わせるんだ。実際に試験でぶつかった時に考えよーぜ。

 ……って、おい、ゴン! お前俺の分のゆで卵も食ったのかよ!」

 

「あはは、ごめんキルア! まだあるから怒らないでよ!」

 

 

 賑やかな少年の笑い声が、ラウンジの喧騒に溶けていく。

 彼らにとってアンドー=ルモアは、数多いる有能な受験生の一人に過ぎなかった。

 その興味は明日の試験に備えた休息、そして最強の老人との真夜中のゲームへと移り変わっていく。

 

 夜はまだ長い。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 夜空を行く飛行船、その一角にある試験官専用のラウンジ。

 下界を覆う雲海が月光に照らされ、銀色の海のように揺らめいている。

 そこでは各々の担当試験を終えた三人の試験官──サトツ、メンチ、そして巨体を椅子に沈めたブハラが、ようやく訪れた休息の時間を過ごしていた。

 受験生たちほどでなくとも、試験官も神経をすり減らすのだ。

 

 

「ようやく一息つけるわね……」

 

 

 メンチがソファに深く身体を沈め、冷えた果実酒を一口煽った。

 その向かいではブハラが山盛りの軽食(フルコース)を咀嚼しながら、満足げに腹をさすっている。

 

 

「メンチもお疲れ。

 でも、最後は楽しそうだったじゃないか。クモワシの卵、オレも食べたかったな。

 オレがダイブすると、巣をぶっ壊しちゃうからさァ」

 

「だったら少しは痩せなさいよ。

 ……ま、あいつらが意外といい顔して飛び込んだから、少し毒気を抜かれたのは認めるわ」

 

 

 メンチはそう言って、手元の資料に目を落とした。

 合格者のリスト。そこには、彼女が自ら合格を言い渡した三人の番号が記されている。

 

 

「とはいえ、あたしの課題の合格者はあの三人だけだったけどね」

 

「オレの課題が簡単すぎたかなぁ」

 

「あんたの課題は体力と根性、それに運が備わっていれば誰でも通れるからね。

 もちろんハンターの必須条件だから、どっかで試さなきゃいけないけど。

 それとも、あたしの基準に文句ある? 会長まで呼んじゃってさ」

 

「いやいや、ないよ。メンチが合格を出したんなら、それが正解だ。

 それに最終的には四十人ちょい通ったし、全体通して良い試験だったと思うよ」

 

「だいたい味見ぐらいしろって話。

 自分で食えもしないもん人に出してんじゃねーのよ、ホント」

 

 

 メンチがぶつくさ言うのに、ブハラが巨体を揺らして笑う。

 その隣で、一次試験官を務めたサトツが、音もなく上品な動きで紅茶を口に運んだ。

 彼の無機質な瞳は、やはり手元の資料──今回の合格候補者たちのリスト──に落ちている。

 それをちらっと横目で見たブハラが、口直しにカレールーの入ったソースポットへと手を伸ばしながら聞いた。カレーは飲み物だ。

 

 

「でも、なんで追加審査なんてしたんだい?

 別にあの三人だけ三次試験に通しちゃったって、会長も納得しただろ」

 

「いやぁー……」

 

「……まだ満腹になっていない、つまり試験時間が残っていたからでしょう。

 あそこで試験を終わらせるのは、受験生たちにとってまったくフェアではない」

 

 

 誤魔化すように目線を逸らすメンチに対して、静かに紅茶のカップを置いたサトツがすぱりと切り込んだ。

 

 

「にもかかわらずあなたは講評として、模範解答を提示してしまった。

 二次審査での課題は、注意力、観察力、協調力、未知へ挑む気概。

 つまり正解をああも堂々と解説してしまったなら、もはや意味がありません。

 あれ以上はただの味比べです。審査が成り立ちませんよ。

 ……新しい審査をする以外には」

 

「へっへっへー……つい、やっちった!」

 

 

 悪びれもせずにメンチは笑い、ブハラは「やっぱなぁ」とため息を吐いた。

 この相棒と組んで長いが、こと料理となると我を忘れるのはハンターとしては美点でも、試験官としては欠点だろう。

 リカバリーできた以上は問題無いと言えるだろうが、とはいえ、そんなブハラの視線にメンチは「なによぉ」と唇を尖らせた。

 

 

「あたしだって悪いと思ったから会長に申請して次の課題やらしてもらったんじゃない。

 別に足切り目的じゃないんだからさぁ……。

 それに第三次試験の場所って()()()でしょ?

 マフタツ山は予行練習よ、よこーれんしゅー」

 

「じゃあ聞くけどさ。

 メンチから見て合格した奴ら──あの三人、どうだった?」

 

「294番のハゲは、まあ妥当ね。例年通りならストレートに合格するんじゃない?

 あの若さで自分の技術に絶対の自信を持ってるし、実際それに見合う腕がある。

 ……ただ、少し調子こいてるのが鼻について危なっかしいけど。

 あいつ試験ぶっ壊そうとしてたのよねー。上手くやれると思ってたんでしょ」

 

「彼は雲隠流忍者の上忍ですからね。

 基礎体力と戦闘技術の高さは一次試験でも際立っていましたよ」

 

 

 口を挟むサトツに、ブハラが「スシも知ってたしね」と呟き、メンチはわずかに笑った。

 

 

「逆に、246番の子。

 294番とは危なっかしいの意味が違うけど、かなり危ない。

 確かに知識はあるわよ。虫や植物の知識、あれは一朝一夕で身につくもんじゃない。

 ただ、いかんせん地力が足りない。武芸だってハンターの必須条件でしょ。

 誰かのサポートがなきゃ戦えないようなら、三次試験以降で簡単にへし折れるわね。

 もし何もかも全部上手くいって合格したとして……まず保って半年。

 すぐに死ぬわよ、あの子。死ぬだけで済めばいいけど」

 

「下手に不合格にしても、即座に来年、再挑戦できてしまう程度には才能があるのが惜しいですね。

 試験後……合格でも不合格でも、良い師匠に出会える事を祈るばかりです」

 

「でもオレにスシくれたよ。良い子だから頑張って欲しいけどな」

 

「あとはスーツの青年。248番……」

 

 

 サトツの言葉にメンチは一瞬押し黙った。

 そして「ねえねえ」と、わざとらしく会話の流れを断ち切るように身を乗り出す。

 

 

「サトツさんの一次試験はどうだったの? 結構な人数が残ったみたいだけど」

 

「そうですなぁ。受験生四百人中、残ったのは百五十人。

 残り二桁くらいまでふるい落とそうと思ったのですが、今年は豊作ですな」

 

「気になるやついた?

 特にルーキーに、けっこう()()()()()出してる奴いたじゃない」

 

「ふむ。そうですね。

 私も53番、99番、405番といった少年たちには光るものを感じます」

 

「サトツさんの場合、405番は贔屓目ありじゃないかなァ。

 ま、実際、受験生の中では彼が一番楽しそうだったけどさ」

 

 

 ブハラの茶々入れ混じりの指摘に、サトツは表情一つ変えないまま楽しげに目を細めた。

 ()()()()()という姓がサトツに対して持つ意味は、この場の全員が知っている。

 試験官として依怙贔屓しない分には、個人的に応援する事を誰も咎め立てはしない。

 

 

「楽しそう……という意味では、気になる受験生もいましたね」

 

 

 サトツはティーカップをソーサーに戻し、リストの一点を指差した。

 

 

「248番、アンドー=ルモア。彼は少々、異質でした」

 

 

 メンチがぴくりと眉を動かす。だが彼女は何も言わず、目線でサトツの言葉の続きを促した。

 

 

「一次試験の際、まるで彼は最初から数十時間走る事が()()()()()()ようでした。

 常に風除けとして他者を利用し、歩幅を一定に保つ。そして周囲を常に警戒する。あらゆる事を想定し、けれど想定外の事に備えている。

 ハンター試験を攻略しようと、徹底的かつ真剣に取り組んでいるなら理解はできます。

 しかし彼に、試験合格のための情熱はない……」

 

「オレらの二次試験でも同じだったよ。

 たぶん用心深さじゃなくって、臆病なんじゃないかなァ。

 自分の限界を正確に把握して、無理なものは無理だってわかってる感じ。

 冷静さっていうより一種の諦めだよね、アレはさ」

 

「……私の所感ですが。

 彼はこの試験を、単なる手続きとして消化しようとしている気配があります。

 405番とは、まったくの正反対です」

 

「オレは実際、ホントに手続きのつもりで受験してると思ってるよ。

 彼、隠してマジメにやってるけど、ホントは()()()()だろ?」

 

「それにしては妙に焦ってる印象もある。不思議なものです」

 

「ネテロ会長が目をかけてるのもそのせいかな? 三次審査中、面談してたんでしょ?」

 

「あれは目をかけているのではなく、ちょっかいを出しに行っただけだと思いますよ。

 前にビスケットさんから、話だけ聞いていたそうですから」

 

「ふぅん……」

 

 

 ブハラの気のない相槌を最後に、しんと室内が静まりかえる。

 自然、ここまで口を閉ざしてきたメンチへと、二人の視線が向かった。

 彼女は指先でグラスの縁をなぞると、ちらりと目線だけを二人へあげた。

 

 

「二人とも、あいつが()()してたの、見た?」

 

「電話してたっつーか……あー、まあ、そうだね。見たよ」

 

「ええ。なかなか深刻そうな雰囲気ではありましたね。

 上司からの進捗確認とのことでしたが」

 

「一瞬だけ、ゾッとするような()があった。

 重たくて、冷たくて、それでいてねっとりとして熱くて、甘い、どろどろした……」

 

「チョコレートみたいな?」

 

「恋する女の子のような表現ですなぁ。そんな気配はしましたが」

 

「っていうより、アレはむしろ、まるで……」

 

 

 メンチは、それ以上言葉にしなかった。

 かわりにグラスの中にわずかに残っていた、血のように赤い果実酒を飲み干す。

 結局の所、彼らの試験、審査は終わった。これ以後のことには口を挟む権利はない。

 できることは見守るだけ。

 最後に試験結果を左右するのは、受験生たちの持つエゴなのだ。

 だからメンチが最後に呟いた言葉も、何の意味もなく、飛行船の中に溶けて消えていく。

 

 

 ――まるで()()()()()()()()()()のよう。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「やれやれ、とんだ一日だったぜ」

 

 

 飛行船の個室。

 ハンゾーは備え付けのベッドに大の字になり、天井のシミを見つめていた。

 厨房でこしらえた自作の握り飯を腹に収め、ようやく人心地ついたところだ。

 適度な満腹感と、ようやく訪れた休息。

 だが、彼の脳は忍者の習慣として、今日一日の出来事を高速で反芻していた。

 

 

「……ま、なんだ。まずは順調ってとこか」

 

 

 独り言が口をつく。

 

 無論、ハンゾーには忍者としての自負がある。

 里での過酷な修行を思えば、数百キロのマラソンも、怪獣の闊歩する湿原も、殺人ピエロの襲撃も、想定の範囲内だ。

 試験官の機嫌一つで左右されかねないような料理試験も、突破する方法は考えていた。

 スシは作れる。もしダメでもメンチを煽り、試験自体をご破算にすればいける。

 どう転んでも失敗はしなかったはずだ。

 

 だが、この形で突破できたのは──……。

 

 

(……俺だけの力じゃねえ)

 

 

 これを自分一人の力だと断じるのは、ハンゾーの矜持が許さなかった。

 特に今回の二次試験をストレートで突破できたのは、間違いなくあの即席チームの機能が噛み合ったからだ。

 

 まずはポンズ。

 最初はただの非力な小娘かと思っていたし、今もその認識は変わらない。

 催涙ガスを始めとする薬品類に、蜂という隠し玉があっても、問題にもならない。

 ハンゾーなら正面からは元より、不意打ちでも容易く殺せる。それ以上のことも。

 だが、あの知識は本物だ。

 彼女がいなければ、スシを作ったところで不合格は間違いなかったろう。

 そして。

 

 

「……アンドー……アンドー=ルモアか」

 

 

 呟いて、ハンゾーは腕を組んだ。

 ザバン市で、スーツをビシッと着こなした妙に落ち着きのある男を見かけたのが最初だ。

 体の動き、足さばき、気の配り方。

 上手く隠していたが、忍者の目はごまかせない。ただの観光客と言うには、無駄がなさ過ぎた。

 どこぞの隠密。ハンター試験における要注意人物。

 そう思って声をかけてみれば、いきなり変な挨拶をしてきた。

 思わず笑ってしまって、そのまま話を聞くと本人の自称は観光半分のボディガード。

 その時は「場違いなやつが紛れ込んでいるな」としか思わなかったのだが……。

 

 

(組んでみてわかった。ありゃあ、相当場数を踏んでる。

 それに、妙な違和感がある……まるで大忍や忍頭みてえな……)

 

 

 時折自分の上役や師でもある忍者達が纏う、得体の知れない気配。

 それと同じようなものが、アンドーにはあった。

 実際はマフィアの雇われだとポンズが言っていたが、どうやら裏社会も相当にヤバイ手合が多いらしい。

 世間は広い。世界は広い。まあ、例の44番などを見れば納得だ。

 

 

(ただ……それにしちゃあな)

 

 

 違和感の正体がわからず、ハンゾーはふんと鼻を鳴らし、横を向いた。

 あいつは有能だ。それは認める。ダチだとも思う。

 ポンズとアンドー、自分と三人、組んでいて悪い気はしなかった。

 

 だが、()()()()だ。

 

 今後の試験が対決形式になれば、容赦するつもりはない。

 忍者とは、刃の下に心を置く者だ。

 たとえポンズが相手だろうと、自分は腕の骨を折り、足の骨を砕き、心を潰すだろう。

 アンドーが相手でも同じことだ。

 だが不思議と、自分がアンドーにそれを行う光景は想像できなかった。

 

 

(もし仮に、自分がアイツと戦うことになったら──……)

 

 

 刀も忍具も駆使し、あの淡々と拳を繰り出してくるスーツの男をどう崩すか。

 あのギラついた、異様な火を灯したような左目を前にして、どう動けば良いか。

 その完成形が、どうにも思い浮かばないのだ。

 

 

「……ま、やりたくねえってだけだな。それでもやるのが忍者の務め。今考えても仕方ねえや」

 

 

 そう独り言ちて、ハンゾーは深い眠りに落ちるべく目を閉じた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ザァァァ……と、鼓膜を心地よく叩く熱水の音。

 飛行船内の、コンパクトだが清潔な個室のシャワー。

 ポンズはその熱いお湯を頭から浴び、じっと目を閉じていた。

 

 地下の埃、ヌメーレ湿原の冷たい霧、泥、グレイトスタンプの脂、そして一日中通して走りとおした結果の汗。

 それら全てが、きめ細やかな泡と共にタイルの床へと流れ落ちていく。

 

 トレードマークの大きな黄色い帽子は、今はベッド横のサイドテーブルに恭しく置かれている。

 帽子の下から現れたのは、淡い、けれど鮮やかな緑色の髪。

 それは肌に張り付き、水に濡れて、彫刻家が磨き上げたかのように繊細な輪郭を強調していた。

 

 

「……ふぅ。生き返る……」

 

 

 熱いお湯を顔に浴びて、やっとポンズは安堵の息を漏らした。

 鏡に映るのは、まだ幼さを残しながらもハッとするほど艶やかな、一人の少女の姿だ。

 湯気の中で、淡い緑の瞳が潤んで煌めいている。

 

 鏡に映る自分を、ポンズは客観的に眺める。

 山野を駆け巡るために引き締まった腹筋、重い鞄を背負い続けて発達したしなやかな背中のライン。

 そして彼女が最も邪魔だとすら感じているのが、柔らかく、けれど確かな自己主張を秘めた、双つの膨らみ──……。

 

 

(……やっぱり、少し重いな)

 

 

 ポンズはバスタオルで濡れた体を拭いながら、自分の体を無造作に眺めた。

 彼女は自分が男性にとって、どうやら魅力的に映るらしいことを、ある程度は理解はしている。

 他の受験生たちが時折自分に向ける、値踏みするような、けれど熱を持った眼差し。

 そこには競争相手の力量を探る以上の、脂ぎった欲の気配が混ざっている。

 それらをポンズは冷静に、けれど不快感を持って察知していた。

 

 

(……見られる事を意識しろ、って言われてもさ)

 

 

 ポンズにとって、自分の肉体的な魅力は武器などではなかった。

 むしろ無駄なトラブルを招きかねない、厄介な荷物のようなもの。

 タートルネックに長袖、ズボンで肌を隠すのだって、野外活動に必要だからだ。

 肌を晒すことは毒虫の餌食になるか、藪で裂傷を負うことを意味する。

 ついでに男からの視線も遮れるのだから、言う事なしだ。

 

 しかし隠せば隠すほど、逆にその「隠している」という事実が見る者の想像力を掻き立て、かえって色気を強調してしまう。

 そのことに、ポンズはまだ無自覚だった。

 こんな格好をしているのになぜ自分がジロジロ見られるのか、ポンズにはさっぱりわからなかった。

 わかるのはただ、厚手の衣服をまとっている間は、少しだけ安心できるということだけ。

 

 だからこそ、思い出すのはあの二人。

 

 たまたま試験で同道することになった、奇妙な男たち。

 彼らと並走している間だけは、そうした諸々を意識する必要はなかった。

 二人は自分を対等な相手、肩を並べて試験に挑む受験生としてだけ扱ってくれた。

 彼らはポンズの強い部分を認め、弱い部分を見抜き、それで侮ることも過保護に振る舞うこともなかった。

 

 それが、ひどく心地よかった。

 

 

(ハンゾーに……アンドーくん、か)

 

 

 今日出会ったばかりの、スーツの青年。

 たぶん、年下の男の子。綺麗な左目の彼。

 

 最初の印象は()()()()()()()()だった。

 ポリオ警備保障の、つまりはノストラード・ファミリーの構成員。

 やたら騒々しいハンゾーの隣で、妙に落ち着き払っていたのが……嫌味にさえ感じられた。

 

 けれど印象はあっという間に変わっていく。

 

 ヒソカに襲われた時、迷わず自分を引き倒して守った際、重なった彼の体温と硬い筋肉の感触。

 けれどそれだけ。咄嗟に自分を庇った彼の手つきには、下心が一切なかった。

 二次試験でもそうだ。彼とは一緒に森に入った。二人きりだ。人目もない。

 なのに礼儀正しく、一定の距離を保ち、深入りしてこなかった。

 それが雇用主に忠実なボディーガードとしての教育の賜物なのか、それとも単に自分に興味がないだけなのかはわからない。

 ただ、まるで友人に──当人は本当にダチと言っていたが──接するように振る舞うハンゾーと合わせ、アンドーのその立ち居振る舞いは不快ではなかった。

 

 

(……でも、アンドーくん、たまに変な顔で私を見てた気がする)

 

 

 スシを作っている最中、彼が不意に目を逸らした時のことを思い出す。

 何かを言いかけて、飲み込んだような。

 あるいは、自分とは別の()()を投影しているような、そんな妙な目つき。

 ()()()()()()()()()()()()()()顔だな、なんて思う。

 

 

(ギブアンドテイク……か。ふん、我ながら可愛くない言い方したな)

 

 

 あえて踏み込むつもりはないけれど、踏み込めないように先んじて壁を作ったのは自分だ。

 だから彼が電話と言って離れたのも、それ以上は特に深く聞くつもりもなかった。

 上司だとアンドーは言っていたけれど、上下関係とはちょっと……雰囲気が違った気がする。

 

 

(……恋人でもいるのかな。あんなにビシッとスーツをキメて、()()()()()()()()()()()()()()にしててさ)

 

 

 ふふ、とポンズは小さく笑った。

 もしそうなら、その恋人は相当な幸せ者に違いない。

 濡れた髪をバスタオルで包み、水気を拭った彼女は鏡に向かって小さく伸びをする。

 

 

(まあ、何でも良いか。私は知識を提供する。技術と武力はあの二人。

 最短でハンターライセンスを手に入れて、あとは研究。

 三人でお互いに利用しあえば良いだけだもんね)

 

 

 髪を乾かし終え、ポンズはほとんど裸も同然の姿でベッドに身を投じた。

 疲れ切っていて、着替えるのも消灯するのさえもう面倒なほどに、睡魔が手強い。

 どうにかポンズは枕元に置いた自分の帽子に手を伸ばし、そこに控える蜂たちを、愛おしそうに撫でた。

 

 

「お疲れ様。みんな、よく頑張ってくれたね。明日も、よろしくね」

 

 

 重たい瞼を閉じて、首元まで毛布を引き上げる。

 その拍子に、隙間から零れそうになる肉感的なシルエット。

 自分が無意識に肩をすくめたり、髪をかき上げる動作が、どれほど男性を惹きつけるか。

 理解していない以上、ポンズはそれを活かす術などまったく知らない。

 ましてやそのせいで誰かから残酷に批評され、格付けされるなどとは夢にも思わないだろう。

 

 飛行船の微かな振動が、心地よい子守唄のようにポンズを深い眠りへと誘っていった。

 

 


 

 

89:名無しのハンターさん

 ジャンプ本誌読了

 二次試験決着、まさか合格者があの3人だけになるとはな

 まあ会長が出てきてゆで卵作ってみんな合格したけど

 

90:名無しのハンターさん

 試験難易度高い……高くない?

 

91:名無しのハンターさん

 別にプロ並のスシを作れとは言われてないから(震え声)

 

92:名無しのハンターさん

 なんかアンドー、モブだと思ってたけど意外と出番あるな

 

93:名無しのハンターさん

 試験中に上司に電話報告とか草

 社畜の鏡かよwww

 

94:名無しのハンターさん

 忍者ハゲと、あの蜂使いの女の子と組んでたスーツの奴か

 「有能な苦労人」感すごくて笑う

 

95:名無しのハンターさん

 それな

 クラピカも言ってたけど、あの状況でネクタイ締め直す余裕は異常だわ

 マラソンしてもピンピンしてるし、実は結構な実力者だったりして

 

96:名無しのハンターさん

 スーツで電話してて「進捗確認です」とか言ってるけど

 メンチがビビるレベルの気配を電話越しに放つ上司って何者だよ

 アンドー自身もそれなりに強そうだけど、そっちの方が気になる

 

97:名無しのハンターさん

 ヒソカさん、今週トランプのピラミッド作ってただけで草

 

98:名無しのハンターさん

 キルアの実家、さらっと暗殺一家とか言ってるけど、ゾルディック家だっけ?

 そんな名門の執事と比較される時点で、アンドーも相当な手練れってことだよな

 

99:名無しのハンターさん

 キルアが「圧がない」って言ってたしそこまでじゃなくね?

 「ウチの執事の方が強い」はさすがに草

 

100:名無しのハンターさん

 ハンゾーが「ダチだ」とか言いつつ

 次の試験で対決になったらボコる気満々なのがいかにも忍者って感じ

 

101:名無しのハンターさん

 ポンズちゃん、このままだとハゲかスーツに裏切られて脱落しそうで怖い

 

102:名無しのハンターさん

 レオリオも言ってたけど、あの連中はビジネスライクな同盟だしな

 ゴンたちの友情組とは対比になってる

 

103:名無しのハンターさん

 ハンゾー・アンドー・ポンズの3人組ふつーにガチの寿司つくっててワロタ

 他の連中が魚と米で格闘してる横でアレ見せられたらメンチも落とせんわ

 

104:名無しのハンターさん

 でもメンチの評価、結構辛辣じゃなかった?

 ポンズちゃん「地力不足、すぐ死ぬ」とか言われててショックなんだが

 あんなに可愛いのに

 

105:名無しのハンターさん

 クラピカ「アンドーとハンゾーがポンズを支える。ある意味"足手まとい"だ」

 ハンゾー「どうあがいても俺には勝てない。これは差別ではない差異だ」

 メンチ「お前死ぬよ」

 

 ひどくない???

 

106:名無しのハンターさん

 でもレオリオさんと違って頑張ってるから……

 

107:名無しのハンターさん

 【悲報】レオリオさん、主人公勢なのに一人だけ評価が低い

 「自意識過剰」とかクラピカに言われてて草

 

108:名無しのハンターさん

 まあ、一次試験じゃヒソカに気絶させられて

 二次試験もまともにスシ握れてなかったしな……

 

109:名無しのハンターさん

 ゴン「美味しいものを作れる人に悪い人はいないもん!」

 なおその「いい人」たちは忍者、マフィア、蜂使いの模様

 

110:名無しのハンターさん

 それよりお前ら今週の真の主役はポンズだろ!!!!

 

111:名無しのハンターさん

 俺はアニタって子が可愛かったと思います(反論)

 

112:名無しのハンターさん

 エッッッッ

 

113:名無しのハンターさん

 脱いだら意外と……その……デカかった(帽子)

 

114:名無しのハンターさん

 「少し重いな」じゃないよ

 

115:名無しのハンターさん

 重い(物理)

 

116:名無しのハンターさん

 蜂の巣入ってるからね、仕方ないね

 

117:名無しのハンターさん

 あれは確信犯だわ(名推理)

 

118:名無しのハンターさん

 無自覚だって言ってるだろ!!!!!!!

 

119:名無しのハンターさん

 アンドーがガン見してたって言われてたけど

 ポーカーフェイスで内心ニヤついてたんだとしたら許せんのだが

 

120:名無しのハンターさん

 いや、死んだ友人を見てるみたいって描写あったし

 単なるスケベ野郎ではなさそう

 

121:名無しのハンターさん

 アンドーが「死んだ友人を見るような顔」でポンズを見てたとか

 これ絶対に後で重い過去編くるやつじゃん

 

122:名無しのハンターさん

 つーかアンドーの電話相手の上司がヤバそう

 メンチってプロハンターだろ? それが「ゾッとする」って相当だぞ

 

123:名無しのハンターさん

 ストーカー系ヤンデレお嬢様とかだったら俺得なんだが

 もしくは激重感情シゴデキバリキャリクール系女上司

 

124:名無しのハンターさん

 アンドー「ビジネスライクな関係だ(キリッ」

 上司「あの子は誰だい?(暗黒微笑)」

 ポンズ「あいつ変な顔で私を見てたな……」

 

 その三角関係、誰が幸せになるんだよwww

 

125:名無しのハンターさん

 女じゃなくてマフィアのボスだろ常識的に考えて

 「焦ってる」のも「手続きとして消化しようとしている」ってのも

 「免許取って帰らないと処される」っていう裏事情があるなら納得

 アンドーはそいつに弱み握られてる説を推す

 

126:名無しのハンターさん

 ポンズが「恋人いるかも」みたいな反応してたし

 恋人がポンズに似ててボスに人質に取られてるとか?

 

127:名無しのハンターさん

 ありそう

 

128:名無しのハンターさん

 試験官の会話意味深でよくわからん

 サトツさんはゴンの親父のこと知ってるっぽい?

 

129:名無しのハンターさん

 ネテロ会長がアンドーにちょっかい出したっぽいのは結局何だったんだ?

 アンドーともボール取り合ったのか?

 

130:名無しのハンターさん

 会長はただ面白い奴が見たいだけだろw

 ゴンとキルアとボール奪い合ったり

 亀仙人のじっちゃんみたいな感じがあって会長好き

 

131:名無しのハンターさん

 「順調なところ悪いんじゃが 少しゆーっくりと飛んでくれんか」

 いいよね

 

132:名無しのハンターさん

 とりあえず次号は、ポンズの寝顔からスタートでお願いします

 

133:名無しのハンターさん

 お前みたいな奴がいるからハンター試験は修羅場になるんだよ(賛成)

 

 

 

 




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