地雷系彼女(マイ・フェア・レディ) 作:あなたへのレクイエムです
トリックタワー最下層。
本来ここは地上を求めて苦闘した受験生たちがやっと辿り着き、次なる試験を見据えて睨み合う、言ってしまえば殺伐とした空間だ。
原作ではポンズが残り1分で到着、ゴンたちがたどり着いたのは残り30秒。
その時には既にこの一階には20人近い──一人は死んでたが──受験生が待機していた。
だが、現在この広い待機室を独占しているのは、想定外のスピードで降下を終えた俺たち三人だけだ。
変化が起きたのは、おおよそ試験開始から六時間後。
俺達に続く四人目の合格者が一階に到達した時だった。
最短ルートを強行突破した俺たちを除けば、文字通りの最速で塔を攻略したのは――……。
「おや、先客がいたんだね♥」
やはり44番、ヒソカ=モロウだった。
「そっかそっか、キミたちかぁ、ボクが一番だと思ってたのに♣
……ンー、くやしいなぁ♠」
彼は当然のような顔をして、俺たちがくつろいでいた待機室へ足を踏み入れようとする。
「……待って。そこから一歩も入らないで」
だが、その一歩をポンズの鋭い声が止めた。
部屋の空気が一瞬で凍りつく。
ポンズの顔は紙のように白く、その指先は隠した薬瓶を握りしめて小刻みに震えていた。
本能的な拒絶。草食動物が捕食者の前に立たされた時の、乾いた殺気への反応だ。
「……ボクはただ、ゆっくり休みたかっただけなんだけどねぇ◆」
ヒソカはにやついた笑みを浮かべて、此方の様子を窺うように停止。
その空気にハンゾーもいつもの軽口はどこへやら、「いやいやいやいやいや……」と顔を引きつらせ、重心を低く落として空手の構えだ。
その目は『冗談じゃねえ』と雄弁に語っていた。
俺は……正直に言えば、どうしたものかな、と思っていた。
まあ、俺がヒソカの人となりを、勝手に知っているせいもある。
これは別に
俺は天空闘技場の試合の動画でヒソカを見ていたし、一次試験で軽くやりあいもした。
あとは二次試験の河原で独りぼっちで体育座りをしていた光景も見ている。
そして今、試験を終えて塔を降りてきたところで、女の子に全力で拒絶されてしまったこの姿。
……いや、まあ、最後のは完全に自業自得なのだが。
ただ俺はなんだか、公園で遊びの輪に入れてもらえなかった子供のようなヒソカが、少しだけ気の毒になってしまったのだ。
「……殺し合い抜きだったら良いぞ」
「ちょ、おいおい……!?」
「アンドーくん!?」
「俺達専用の部屋でもないのに追い出す権利はないし、休憩くらい良いだろ。
せっかくだしテレビくらい見てくか? 端末から映像飛ばせるみたいなんだよ」
「……入っても良いのかい?」
「ハンゾーとポンズも良いか?
俺がちょっと、ヒソカと話してみたいのもあるんだ」
一瞬。だけど長い沈黙。
やがて深々と、ハンゾーがため息を吐いた。
「………………仕方ねえなぁ。
……ああ、良いぜ。そのぐらいなら。アンドーに免じてだ。
ただし殺し合いは無し! 殺気無し! いいな! 頼むぞ! ホントに!」
「…………まあ、アンドーくんが言うなら」
「じゃあ、お邪魔させてもらうね♠」
と、渋々とはいえ納得してくれた二人には感謝しかない。
そのままの流れで、俺はヒソカと並んで天空闘技場の試合配信をザッピング。
ポンズとハンゾーは、俺達が座ったソファからだいぶ距離を取っていた。
一緒に見れば良いと思うのだが、まあ仕方ない。
「サダソのあれは……やっぱり左腕なのかな?
磨けば結構良いところまで行きそうだけど」
「シンプルかつ攻撃一辺倒じゃないのはボクも好みだから、サダソくんは今後に期待かな♣
伸びしろはあると思うんだよ、本人のやる気しだいだけど◆
ただ、彼メンタルはそこまで強くなさそうなんだよね♥
あと何処まで行っても『大きい手』じゃ、単純攻撃力には直結しないのがネックかな♣
リールベルトの車椅子もそうだけど♠」
「リールベルトはな……。
電気鞭は、まあ、うん。わかる。やりたいことは。
車椅子だと足の踏ん張りも体幹もないから使える武器は限られるし、加速するには間合いも取りたいしで、鞭って選択肢はわかる。
そこで万一受け止められて突っ込んでくるのを、電撃でカバーできるようにしたいのもわかる。
わかるんだけどなあ……」
「彼、武器頼みだからね♣
おまけに足を止めて鞭を振り回すだけで、飛び道具や質量攻撃に対応できないし♠
結局は車椅子を急発進させるだけで鞭も含めて汎用性がほとんどないのは……減点♥
もうちょっと面白みが欲しいかな◆」
「比べるとギドの『
何より手数が多いのが良い。闘技場の狭さが有利に働いてるのもあるけど。
やっぱ数が多いと避ける難易度は上がる……
「ンー……♠ 単純で簡単な
でも避けるのが大変なら、受けて止めちゃえば良いよね♣」
「けどコマに……
下手に防御するのは危ないと思わないか?
武器を粘着させてくる奴、前にいたんだよ」
「…………確かに◆
ボクもさっき似たように武器を飛ばしてくる相手とやりあったけど、やっぱり安全に受け止めるにはコツがいるし、慣れるまでボクもちょっと食らっちゃった♣
毒か……初見ならそういうのも通用するかもね♥
参考までに、キミの時はどうやって対応したんだい?」
「服を破いて脱出した。体に絡みついてたわけじゃないから」
「へえ……やるね♥
でもじゃあ、受けたり避けたりせず、やっぱり本体を狙うべきかな♠」
「それがたぶん、一番手っ取り早いよな。
とすると、本体側はどうすれば良いか……だ。
ギドもそうだけど、だいたいの奴は奥の手の一つは隠してるだろ?」
「隠してない人もいる……
……やっぱ無限四刀流の人はダメだったかぁ。
恐らくだが、原作において最初に繰り広げられた念能力者同士の戦いだっただろう。
その意味で、大いに学ぶ所があった。
実際のところ彼の念能力は操作系だったのか、具現化系だったのか。見た目は強化系っぽいが。
操作系だったとしたら『
あと刃に毒塗っとくとかもあったんじゃないか……とは思うが、そういう小手先ではヒソカに通じない気もする。無限四刀流自体が小手先じゃないかっていうのは置いておいて。
この辺り「勝てると思って素の実力を磨く」方が強いのか、「勝つために変則的な技を編み出す」方が強いのか、念能力者の戦いに限らずどちらが良いかは難しいところだ。
基本的には基礎が重要なのは良くわかるんだけど、基礎だけじゃ届かない事も良くわかる。
一見して効果の予測がつかない初見殺しというのは、
かといってそういった小手先に頼ると、
無限四刀流の人の敗北は俺も他人事ではない。
他山の石として、俺もさらなる研鑽を積む必要があった。
それに何より、見取り稽古の重要性は
ヒソカは専門に武術を学んだわけではないらしいのだが、その解説はなかなかの玄人っぷりだし、俺だってこれまでそこそこに念能力者との戦い含めて修羅場は潜っているから、話が合う。
ポンズとハンゾーがいるから
ダルツォルネさんが口を酸っぱくして言う「敵の姿を勝手に想像するな」は、念能力戦の鉄則の一つ。
だけど護衛団同士では大体みんながある程度は手の内を知ってしまっているし、その状態で何度模擬戦をしたって、どうしても限度がある。
まあ天空闘技場も一気に選手層がガラッと変わるわけではないから同じ問題には直面するけど、それでも貴重な学びの場である事は疑いの余地がない。
とにかく多種多様な念能力者たちの戦いを堂々と安全に、何度も繰り返して見れる場所なんて、他にそうはないだろう。
特にカストロさん9連勝目をヒソカの解説付きで見れたのは、なかなかに得難い経験だった。
やっぱ虎咬拳ッスよ虎咬拳まっすぐ行って虎咬拳ッスわで、俺達の意見は完全に合致を見た。
そんな風に俺とヒソカが熱心に語り合っているのを、ハンゾーとポンズは変なものでも見る目で見ていたけど。
その後、他にも待機室はあるという事をアナウンス――試験官のリッポーさんだろう、たぶん。面白がって俺達が一通りの動画を視聴し終えるか、次の合格者が降りてくるまで、この休憩室を眺めてたに違いない――が教えてくれたので、俺達とヒソカは円満に別れた。
ポンズとハンゾーはあからさまにホッとした様子で、これでやっと休めるといった雰囲気だった。ちょっと悪いことをしてしまったかもしれない。
けど、まあ、まだ時間はたっぷりあるんだ。勘弁してもらおう。
それにしてもこの待機室、本来の用途は看守の仮眠室か何かなのだろうか?
外界から遮断された密室だが、その設備はノストラード邸には劣るものの、どこかのホテルとそう大差はない。
正直トリックタワーの内部とは思えなかった。……というかタワーの内部の迷路じみた構造やら底面積やらが、屋上と比較してもあまりにも広大過ぎて釣り合っていない印象はある。
プロハンター、つまり念能力者が何人も此処で看守をやっている以上、
何にせよ、おかげで快適に過ごせるのだから文句はない。
受験生全員分に足りるのかどうかは知らないが、少なくとも何時間かおきに疎らに降りてくる合格者たちを迎え入れるだけの部屋数もあるらしいし。
あとは他にアモリ・イモリ・ウモリの三兄弟だけが大部屋を希望したが、幸いにも大部屋はもうひとつあったので、俺達が別チームと部屋割で揉めるような事はなかった。
ハンゾーは早々に「三日も此処にいると鈍っちまうな」と、備え付けのトレーニングルームで逆立ち指先腕立て伏せを開始した。
ポンズはというと、しばらくはベッドで泥のように眠っていたが、起きてからは持ち込んだ薬物の整理や薬草の調合による補充、蜂たちのケアに余念がない。
そして俺も、
* * *
『ルモア、さっきから端に見えてる黄色の……それ、何?』
左眼がちりちりと燃える中、ネオンのひどく冷たい平坦な声が俺の脳裏に響く。
この70時間で、ネオンからの
最初は「一番乗りなんて凄い!」とはしゃいでルームツアーを希望したネオンだったが、俺が「同じ部屋に受験生仲間がいる」と話した瞬間から、その興味の対象は露骨に変化して、日に何度も暇さえあれば「見せて!」の要求が飛ぶようになったのだ。
(あれはポンズの帽子だな。今は彼女、シャワー浴びてるから)
『……ふーん。……へぇ。……シャワーねぇ』
左目の奥が熱い。
俺が心の中で答えた瞬間、沈黙が訪れた。
物理的な静寂ではない。
俺の魂に直接突き刺さる、重たい、どろどろとした、粘着質な静けさだ。
『ルモア、ハンター試験て、女の子と同じ部屋で、女の子が脱ぎ散らかした帽子や服を眺めながら、女の子が裸でお湯を浴びてる音を聞くことも含まれてるのかな?』
ネオンの心の声は、まるでじっくりと温めたバターナイフのように滑らかだった。
(……いや、眺めてもいないし、そんな音は聞こえないよ。俺は壁に向かって瞑想してるだけだ)
『言い訳しないで! 違うっていうならルモア、今すぐその帽子、窓から投げ捨ててきて!』
(ここに窓はないし、そもそも他人の私物を捨てるわけにはいかないだろう)
『じゃあ火でもつけて燃やしちゃえばいいじゃない! アレ蜂の巣なんでしょ!?』
(どこが『じゃあ』なのかわからないぞ、それ)
『やっぱり! やっぱりその子のこと気にしてるんだッ!
試験って言ったのに! ただの同期だって! 言ったくせに!
ルモアのえっち! エロルモア! 不潔! 変態! 瓶詰め!!』
久々に聞いた罵倒なんだか処刑宣告だかわからない単語に俺は苦笑する。
タワーの屋上で考えた「俺がいなくて寂しいのかどうか」という辺りは一先ず置いておこう。
ただネオンが俺が試験を受けている間、フラストレーションを溜め込んでいるらしい事は察せられる。
ダルツォルネさんはどちらかといえば、というより疑いの余地無くドンの側に立つ人だ。
他の護衛団の面々も、前よりネオンに対しての対応は柔らかいが、それでもドン側……ダルツォルネさん側。
いくらレディがいるとはいえ、ネオンの行動はだいぶ制限されているに違いない。
けれど俺としては、ネオンとこういう会話をするのは、正直救われた思いでもあった。
二日前、屋上で見せた残酷な素振りよりは、まだこうした調子の方がネオンは落ち着いている。
……まあ、甘えているところもあるんだろうと、思う。
俺も、ネオンも。お互いに。
(別に二人っきりってわけじゃあない。
部屋は一緒だけど、ベッドは別々だし、ハンゾーもいる。
……ほら、あそこで逆立ちして腕立て伏せしてるの見せてやるよ)
俺が目線をずらすと、そこには上半身裸で「9997……9998……!」と汗だくで筋トレに励む忍者の姿があった。
やっぱり
見事な筋肉に俺が感心している間に、ネオンは『げっ、ハゲでマッチョの人だ……』と露骨にトーンダウンしていた。
『……ふん。……あーあ。
ダメだ、やっぱりお話してても、ちっとも楽しくない。
ルモアが見せてくれる景色、全部壁とかハゲか、あのダサい女の子なんだもん』
ふい、と。
脳の奥を直接撫でられていたような、あの独特の感覚が薄れていくのがわかった。
『
『…………。ルモアの、バカ』
それっきり、ネオンからの干渉は途絶えた。
かわりに心臓がぎりぎりと締め上げられるような痛みが走って、俺は息を吐いた。
同時にガチャ、と扉が開く音がした。
湯気と共にバスローブをしっかり着込んだポンズが、濡れた髪をタオルで拭きながら出てくる。
良いタイミングだった。
もう何十秒かズレていたら、ネオンの機嫌は急転直下でひどい事になっていただろう。
「ふぅ、さっぱりした。
……アンドーくん? 大丈夫? 顔色、あんまり良くないけど」
「ああ。進捗確認だよ、いつもの」
「……マフィアのボディーガードって、本当に大変なんだね……」
ポンズの瞳に、同情の色が浮かぶ。
まさか
ハンゾーがちらっと此方を見たのに俺は苦笑いを浮かべ、再び瞑想に入るべく目を閉じた。
電話を使っていなかった事に気づかれたかもしれない。
だが気づいたとしても追求してくるような奴ではないのが、ありがたかった。
(そう言えば、軍艦島はあるのかね……?)
最後にそんな雑念を残して、俺の意識は深く深くに沈んでいく。
それから次の『
* * *
俺達が時間終了直前にロビー……受験生たちのたむろする空間に出て待機していると、やがて残り30秒で、ボロボロになりながらも飛び込んできた五人の姿が現れた。
ゴン、キルア、クラピカ、レオリオ、そして……息も絶え絶えのトンパだ。
全身埃まみれ、衣服は裂け、肩で荒い息をつく彼らを見て、俺は思わず息を呑んだ。
(……凄まじいな)
彼らが潜り抜けてきたのは、悪意に満ちた迷路と、絶望的な時間との戦いだ。
特に最後、恐らくは壁を壊して道を切り拓いたであろう、その拳の跡や、擦り切れた指先。
トリックタワーという不条理に真っ向からぶつかり、それを力ずくでねじ伏せてここに立っている。
その眩いばかりの姿に目を奪われていると、互いの無事と合格を喜びあう彼らの視線が、部屋の隅で静かに佇む俺たちに向かうのがわかった。
「……あ」
最初に声を漏らしたのは、ボロボロの服を着たゴンだった。
その隣でレオリオが「マジかよ」とばかりに、信じられないものを見る目で俺たちを見つめている。
それもそのはずだ。
俺たちは、三日間この清潔な待機室で、十分な休息と栄養、そして娯楽まで享受していたのだ。
シワ一つないスーツ、手入れされた忍び装束、そしてすっかり艶やかさを取り戻した髪をなびかせるポンズ。
他にも長時間待機していた受験生はいないでもないが、俺達とヒソカがダントツである。
当然、塔の中で苦労したような名残は無い――まあそもそも、塔の中
ゴンがすん、と鼻を動かす。
「ねえ、石鹸の匂いがしない?」
「……ああ」
ゴンの視線は、俺ではなく、俺達がさっきまでいた個室のドアに向いていた。
そこから漂う、僅かな生活臭。
石鹸、シャワー、整った身嗜み、疲労の色さえ無い姿。
「あいつら、多分初日に降りてるよ。それでずっと、あの部屋で休んでたんだ」
キルアは俺たちの姿を見ても特に驚いた様子はなく、ただ、つまらなそうに鼻を鳴らした。
たぶん、彼だけなら「外から降りる」という発想には至っていたかもしれない。
ただ、今の彼はゴン達と一緒にこの試験に挑む事を心から楽しんでいるんだろう。素直にタワーを降りる以外の選択肢はありえないし、比較検討もしてはいまい。
だからキルアの目には、俺たちが「ただの要領のいい連中」にしか見えていないはずだった。
まあ彼は負けず嫌いな面も強いから、きっと「俺一人ならもっと早く行けたけどね」とか、そんな所か。
対して、レオリオは信じられねえとばかりに顔を引きつらせた。
「マジかよ。
……一気に降りれる道でもあったってのか?」
「我々がタワーに入った時、まだ彼らは何か相談しているようだった。
試験である以上、このトリックタワーに楽な道があるとは思えない。
速いがリスクの高い道を通った、と見るべきだろうな」
クラピカが鋭い眼光で、俺に観察するような視線を向けてくる。
俺達がどんな道順を通ってきたのかと、思いを巡らせているのかもしれない。
全てのルートが多数決の道であるわけもなく、タワー内部の道は色々だろう。
実際、ヒソカは単独で6時間だ。
ルート選択の運と実力があればそのぐらいは可能なのだ。
それに原作通りならゴン達は道中で50時間もの待機を強いられている。
本来、単純計算で言えば22時間で彼らはクリアできたはず。
そうしなかった理由は一つ。
(誰一人欠けず、全員でクリアしたいから、か)
その気持ちは、俺にも痛いほどわかる。
俺だって9月にそうできたなら、どんなに嬉しいだろう。
ゴン達の姿を、俺は決して軽んじてはいけないのだと思う。
「……!?」
そしてその
肩を落としていたトンパが俺達の姿を認めた瞬間、文字通り飛び上がった。
無理もない。
アイツは屋上で確かに見たはずだ。真っ逆さまに怪鳥の群れの中へと消えていった俺達を。
それがなぜか先回りして、自分より遥かに余裕のある顔で此処にいる。
ちょっとしたホラーだろう。俺だって怖い。残念だったな、トリックだよ。
俺が視線を向けると、トンパはゴン達の背後へ隠れるようにして身を縮こまらせた。
しかし、俺たちはそれ以上何かする気も無い。
ハンゾーはふんと鼻を鳴らして腕を組み、ポンズは帽子を深く被り直して視線を逸らした。
俺はただ、ネクタイの結び目を一度だけ締め直し、スーツの襟袖をびしりと整えるだけ。
トンパに対して、特に思う所はない……あ、いや、
まあともかく、少なくとも今回のトリックタワーでの妨害については、特に無い。
これについてはポンズもハンゾーも同様らしい。
トンパに騙された――正しくは「これから騙されるかもしれない」か――レオリオのように噛みついたり、クラピカのように「騙す方が悪い」と制裁をしたりもしない。
この辺りは、まあ、俺達と彼らのスタンスの違いだろうな。
スタンスの違い。
もし俺がトンパと同道していたら、全員で突破しようなどとは思わなかったのではないか。
こんな風に試験を攻略して喜び合う事は出来なかったのではないか。
それは才能とか資質とか実力とか経験とか補正とか、そんなものとは関係ない。
彼らがその道を選んだ……選べたからこその結果だ。
そしてもしトンパを切り捨てていれば、この後の
それを思えば。
(ゴン、キルア、クラピカ、レオリオ。……やっぱり凄いな、あんたらは)
もちろん、彼らは主人公だから凄いんじゃあない。
凄いから、主人公なのだ。
ヨークシンで、はたして俺に彼らのような選択ができるだろうか。
……いや。
できるように
やがて試験終了を告げる非情な放送が鳴り響いて、俺達はタワーの外へと案内された。
* * *
つい3日前に見たばかりの、海辺の断崖絶壁。
青々とした空と海、白い雲、潮風の混じった空気。
タワーの内部は空調が効いていたが、それでもやっぱり、心地良い。
その青空の下に、小柄で鋭い目をした眼鏡の男が立っていた。
試験官……トリックタワーの所長でありプロハンターの、リッポーだ。
「諸君、タワー脱出おめでとう。
残る試験は四次試験と最終試験のみ。
四次試験は
(やっぱり、軍艦島はないのか……)
他の受験生たちが緊張の面持ちで話に聞き入っている間、俺はそんな事を考えていた。
ちょっと残念でもあったけれど、あれはまあ、試験というより合間のレクリエーションだしなぁ。
突然の大嵐や、再稼働可能な状態で放置されていた軍艦、そして砲撃を駆使しての脱出ギミックとか、仕組まれてた可能性自体は否定しないが。
軍艦島。
原作者がアニメ一作目のこのタイミングで「受験生同士でプレートの奪い合いをする前に、彼らが協力するところを見せて欲しい」という意図で提案し、描かれたオリジナルエピソード。
もちろんゴンたちも活躍したが、俺が思うに物語の中心となったのは、この後で脱落する多くの他受験生たちだ。
トンパすら夜の海に転落したゴンのため、ライトを掲げて位置を知らせている。
トリックタワーでトンパを見捨てていたら、ここでゴンは溺れ死んでいた可能性さえあった。
(それに……)
俺は受験生の中にざっと目を走らせて、頭に帽子を被った少年へと目を留めた。
53番、ポックル。
彼がポンズと接触したのは、確かこの軍艦島のエピソードがきっかけだったように思う。
もちろん原作では軍艦島のエピソードは存在しないし、新しいアニメでも存在しない。
なら試験後に接触して交流を持つようなきっかけがあったのだろうか。
あるいは描かれていないだけで、このナンバープレート争奪戦でポンズが脱落するまでに交流があったのか。
気にはなる。だが、考えても仕方が無いことだ。
ポックルにも死んで欲しいわけではないが……こればっかりは、どうしようもない。
キメラアント編はヨークシン編の後だ。
9月を越えられるかどうかわからない俺に、それより先の事を、ましてや今のところ会話さえしていないポックルの事まで考えられるわけもない。
俺がポンズの事を気にかけているのはこうして交流を持ったからで、それ以上ではない。
ハンゾーだってBW号でどうなるかわかったもんじゃあない。
何もかもがすべて上手く行けば良いと、毎日祈る中に、ポックルの事も含むのが精一杯だった。
「では早速だが、これからクジを引いてもらう。
決めるのは────狩る者と、狩られる者」
ナンバープレートの争奪戦。自分の分は3点、ターゲットが3点、それ以外が1点。
一週間を島で過ごし、最終的に合計6点保持していれば合格。
ルール説明は俺の原作知識通りに進み、やはり1階到着順に抽選が行われる事になった。
同着だったからか俺達のうち、呼ばれたのは
俺は躊躇無く箱の中に手を入れ、最初に指先に触れたカードを一枚、無造作に引き抜く。
番号は────……
(……
受験生の中に並ぶ、サングラスをかけた女。それがスパーだ。
やはり彼女も軍艦島では活躍していたような記憶がある。砲手役、だったろうか。
しかし原作では特に描写もなくギタラクルに始末され、プレートを奪われた女性スナイパー。
アニメでは確か彼女のターゲットがギタラクルで……ギタラクルの相手が、何番だったかな、ともかくギタラクルが自分のターゲットと交戦中に横槍を入れて狙撃するも、ギタラクルのターゲットの方を誤射。
それに腹を立てたギタラクルによって殺害された、と。確かそんな扱いだったはずだ。
だが描かれていないからといって、油断して良い相手とは限らない。
(実力がわからないからな。
意識外からの攻撃かつ超音速の銃弾。
オートで対応できる
ライフル弾による認識外からの狙撃を弾けるウボォーギンがおかしいのだという事は、全『HUNTER X HUNTER』読者に強く訴えていきたい。いや無理だってあんなの。
俺はカードを隠しながら、自分のナンバープレートを外してスーツの内側へとしまい込む。
まあ、ここまででだいぶ目立ってしまったから隠してもあまり意味は無いだろうが、逆に堂々と晒す意味も無い。
それに俺が狙う相手は把握できても、誰が俺を狙ってくるのかはわからない。
この場合、俺が指針とすべきは────……
────────────────────────────-
狩る者と狩られる者 その境界は陽炎に揺れ
緋色の眼差しが あなたの虹を暴こうとするだろう
問いに答えず ただその瞳を伏せていなさい
あなたが嵐の夜を 越えたいのなら
────────────────────────────-
(
クラピカ以外のことについては、ほぼ一切占いに書かれていないように思う。
クラピカにさえ警戒しておけば試験は問題ないのか、それとも試験以上に重要なことなのか。
クラピカのターゲットが自分なのか。ゴンやレオリオ、キルアから狙われるのか。
実際、クラピカとゴンはレオリオを助けようと、協力してポンズのハントを行っていた。
今回のクラピカは、どうなるか。
ちらりと様子を窺うと、クラピカも淡々と自分のターゲットとなる札を引いている所だった。
今のところ俺を殊更に意識した気配はない。成績の良い受験生くらいだろう。
ヒソカと同列はないにせよ、ギタラクルと同じくらい……それはちょっと嫌だな。
だが、ネオンの占いによれば俺はクラピカと関わるらしい。
いずれクラピカもヨークシンを訪れるのか。ノストラードの護衛団に入るのか。
そしてあの9月の夜を迎えるのか。
(……
ネテロ会長は、その中に飛び込めと言っていたけれど。
俺は思案しながら、続けてカードを引き終わった隣の二人を見た。
ハンゾーは既にカードを懐にしまい、その視線は既に鋭い忍者のそれへと戻っている。
他の受験生たちの様子を観察し、誰がどのナンバーか、把握しようとしているのは間違いない。
そしてポンズは──……。
「……ねえ、二人とも」
震える指で自分のカードを握りしめ、何かを決意したような、ひどく硬い表情で俯いていた。
「カードの番号……教え合うのは、やめない?」
彼女が小さな、けれどはっきりと口にした言葉に、ハンゾーが「あん?」と片眉を上げた。
彼は今まさに披露しようとしていたカードを伏せたまま、ポンズの方を訝しむように見る。
「いいのかよ?
もし俺やアンドーがお前のターゲットだったり、その逆だったら、島についてから揉めるぜ。
先にわかってりゃ、効率の良いやり方があるだろ」
「ううん。いいの。……そうじゃなくて」
ポンズは顔を上げ、俺とハンゾーを交互に見つめた。
その瞳には悔しさ、緊張、不安、それと覚悟の色が静かに燃えているのが、俺にはわかった。
ネオンのエメラルドの瞳に映る、俺の左眼と、良く似た目だったから。
「私……自分の実力が足りてないのは、わかってる。
でも、このまま二人に手伝ってもらってるだけじゃ、きっといつか、本当に死んじゃうと思う。
それに合格しても……たぶん私は素直にそれを合格だって思えない。
『お互いがターゲットかもしれない』っていう緊張感も含めて、今度は……。
……今度は、自力でやってみたいの」
それは甘えを捨てた、一人の受験生としての宣戦布告だ。
三次試験で足手まといだと感じた自分自身への、ポンズなりの落とし前なのだろう。
ハンゾーはしばらく黙っていたが、やがて「……ふん」と鼻を鳴らした。
「忍者の俺が、役立たずのお守りをしてたってのか?
自意識過剰なんだよ、お前。実力なきゃ組まねえって。
……けど、まあいいぜ。そういうの、嫌いじゃねえから。
アンドー、お前はどうだ? 手伝ってやろうか?」
「……いや、俺も異論はないよ。ポンズの言う通りだ。
ここで甘えたらきっとハンターライセンスを手にしても、その後が続かない。
それにまあ、契約のクライアントはポンズだしな。ポンズの好きにすると良い」
俺達の答えを聞いてポンズはどこか晴れやかな、それでいて少し寂しそうな笑みを浮かべた。
「ありがと。……じゃあ、一週間後、また生きて会いましょう。
もし私のプレートが欲しかったら、命がけで奪いに来て。……タダじゃあげないから」
蜂を操る少女の、精一杯の強がり。
俺は「ああ、わかった」とだけ答えた。
それが彼女の勇気に対して、俺の払える精一杯の敬意だった。
ポンズの気持ちは、痛いほどわかる。
そして俺にはとてもできない事を、彼女は軽々とやってのけたのだ。
俺は
ふとした瞬間、気を緩めると──この試験の最中でだって、そうなのだ。
ネテロ会長からのアドバイスを貰った上で、だ。
いつか来る嵐の夜に、俺はポンズのように堂々と、はっきりと、立っていられるだろうか?
ゴン達のように誰も犠牲にしない選択ができるだろうか?
一人きりで、どうして良いかわからないなどと情けなく騒がずにいられるだろうか?
ネオン=ノストラードを不幸にせずにすむだろうか。
俺たちはそれっきり、何も言わず別れた。
そしてゼビル島に向かう船へ、それぞれ別々に乗り込む。
此処からは三人ではなく、一人だ。
遠ざかるトリックタワーを背に、近づきつつあるゼビル島の影を見つめる。
だがこの先に何が待ち受けているのか──俺には、わからなかった。
読んでくださってありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。
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