地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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21.コマト × コマノ × アイダ ②

No.030 ◆ 蠢く罠

 


 

 ゼビル島、試験開始から丸六日が経過。

 木漏れ日が地面に描く斑模様を、クラピカは虚ろな瞳で見つめていた。

 到底、既に六点を手にした受験生の姿ではない──……。

 

 

(……見間違い、のはずだ)

 

 

 数日前、夜の静寂を切り裂くような異様な音に導かれ、クラピカが目撃したもの。

 無数の蛇を操る老いた男と、それに対峙していたあのスーツの男──248番アンドー。

 蛇の群れが見せた異常な……尋常ではない動きにも目を見張ったが、アンドーはそれに平然と対応していた。

 

 あれは、何だったのか。何度反芻してもわからない。

 

 そして戦いの決着は蛇使いの背後から現れた246番、ポンズによる何らかの不意打ちによるものだった。

 アンドーとポンズは、他にハンゾーを含めて三人で行動していた。四次試験でも組んでいて不思議はない。

 

 だが、何にも増してクラピカの心を掻き乱したのは……直接、その戦いの光景ではなかった。

 

 あの時、月光を反射して煌めいたアンドーの左眼。

 一瞬、本当に一瞬だけだが、それは確かに夜の闇を灼くような、鮮烈な赤を帯びて見えたのだ。

 それは例えるなら……()()のような。

 

 

(この世に緋色に変わる瞳を持つのは、クルタ族だけだ。

 だが、ありえない。緋の眼を持つ者は、クルタ族はもういない……。

 外の世界に移り住んだ者がいたのか? それとも……)

 

 

 ポリオ警備保障の警備員。つまりはノストラードファミリーのボディガード。

 トンパの言っていた情報が脳裏を過ぎる。

 ノストラードのご令嬢は人体収集家としても有名だ……とも。

 

 もしあれが同胞の眼を加工した義眼か何かだとしたら。

 一族の亡骸を辱め、その尊厳を弄ぶ何かだとしたら。

 

 実際に見たことすらない──奴らが刺青をしているという事を知っているだけなのに、蜘蛛を見た瞬間に頭に血が昇ってしまうのは悪癖だと承知して、堪らえようと努力はしてきた。

 だが緋色の目を見てしまった今、心の中に噴き出す感情は蜘蛛の比ではなかった。

 その内側から湧き上がる黒い激情を、クラピカは奥歯を噛み締めて必死に抑え込む。

 今は、目の前の現実に集中しなければならない。

 

 

「……おい、クラピカ。大丈夫か?」

 

 

 横からレオリオの太い声が飛んできた。

 クラピカはハッとして意識を現実に引き戻す。

 目の前には、険しい表情で額の汗を拭うレオリオの姿があった。

 

 

「……あ、ああ。すまない、少し考え事をしていた」

 

「俺もだよ。真剣に考えちゃいるんだが、どうにもな。

 ……いっそ一度スタート地点に戻ってみるか?」

 

「……行ってみる価値はあるな。

 ポンズはすでに6点分のプレートを集めたと言ったのは覚えているか?」

 

「ああ、蛇使いのおっさんを撃破したとこを見たんだろ?

 いきなり泡吹いて倒れた……って話だったか。

 トンパの『薬使い』って情報が正確なら、毒でも使ったんだろうな」

 

「そうだ。

 既に6点を集めた以上、少しでもゴール地点に近い場所で様子を見たくなるのが心理。

 ……私が、そうだからな。行ってみる価値はある」

 

 

 ──言い訳だ、と。僅かな自己嫌悪がクラピカの胸を刺す。

 ポンズという娘の情報と、これまでに試験で見た姿を考えれば、そんな迂闊はしまい。

 あれは臆病で、実力不足の足手まとい。巣穴に籠って息を潜めているはず。

 にも関わらず浜辺へ誘導したのは、あのアンドー=ルモアも来るのではないかという気持ちが、少しあったからだ。

 

 

(浅ましいにもほどがある……)

 

 

 既に自分はターゲット(トンパ)のプレートを回収したからといって、何という身勝手。

 今はただ、レオリオの試験合格の事だけを考えてやらねばならないというのに。

 

 そんなクラピカの気持ちに気づいた気配もなく、レオリオは少し考えた後、「よし、行ってみよう」と頷いた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 海岸沿いまで戻ってきた二人の目に飛び込んできたのは、潮騒に混じる奇妙な静寂だった。

 遠くの海辺に浮かぶのは回収地点を示すブイ。

 それと向かい合う波打ち際の岩場に、二人の男女が座り込んでいた。

 片方は毛布にくるまった男。もう片方は、銃を携えた女。

 彼らの間に殺伐とした空気はない。

 むしろ、手負い同士がやむなく休息を共にしているといった、奇妙な静謐さがあった。

 

 

 

「……おい、クラピカ。あれ……」

 

「ああ、間違いない。例の蛇使い、バーボンだ。

 もう一人の女の方は……私もわからないが、あの様子だと脱落者だろう」

 

 

 女は砂浜に突き立てたライフルの銃身を抱え、水平線を眺めている。銃弾が装填されている気配はない。

 その傍らでは、バーボンがひどく顔色の悪いまま、支給されたと思われる毛布にくるまって横たわっていた。

 二人の胸元に、ナンバープレートは無い。外して隠しているのでなければ……奪われた後。

 

 

「バーボンを運んだのはアンドーって話だったな?」

 

「……ああ、確かに見た。間違いない」

 

「ならあっちの銃持った女は、アンドーに会ってるかもしれねえな。

 ……ちょっくら行って、話を聞いてみるか?」

 

「素直に教えてくれるかどうかだな。彼らに我々の合格を助ける義理はない……」

 

「もう聞いてきたよ」

 

 

 不意に頭上の枝葉が揺れて、小柄な人影が音もなく飛び降りてきた。

 顔に腫れを作った、釣り竿を携えた少年。

 

 

「ゴン……!」

 

「ゴン! 無事だったか!」

 

「うん。……ちょっと、大変だったけどね」

 

 

 ゴンは彼にしては珍しく言葉を濁し、自分がプレートを確保した事を告げる。

 その様子の不審さにレオリオもクラピカも気づいたが、深く追求する事は無かった。

 何かあったのだろう。ただ、話したくないなら聞くべきではない。

 それにゴンとクラピカがプレートを集めた今、合格点に達していないのはレオリオだけだ。

 優先すべきはゴンのプレート入手経緯より、レオリオのプレート回収方法。

 

 

「あそこにいる女の人はスパーさん。男の人はバーボンさんだよ。

 二人ともプレートを奪われて、もう戦う気はないみたいだった。来年頑張るって」

 

「奪われた……やっぱりアンドーか」

 

 

 レオリオの問いに、ゴンは「戦ったのはそうみたい」と、こくりと頷く。

 

 

「スパーさんはアンドーさんに負けたって言ってた。

 でも、楽しそう……っていうより面白がってるみたいだったな。

 スパーさん、『あんな変なプロは初めて見た』って笑ってた」

 

 

 クラピカは沈黙した。口を開けば、自分が何を言うかわからなかったからだ。

 

 

「じゃあ、バーボンの方はどうなんだ?」

 

 

 レオリオの問いに、ゴンは今度はバーボンの方へ視線を向けた。

 彼はまだ毛布の中で時折身震いしている。とはいえ、致命的な状態は脱しているらしい。

 

 

「バーボンさんは、よく覚えてないみたい。

 アンドーさんと戦ってる途中で突然痺れて息ができなくなって、それで倒れたんだ。

 気づいたら浜辺にいたんだってさ。たぶん蜂に刺されたんだろうって言ってたよ」

 

「蜂か。その症状からするとアナフィラキシーショックだな。

 ポンズは薬を使うって話だ。ならやったのはアンドーじゃねえ、ポンズの方だ。

 クラピカが見たって言ってた流れからしても間違いはねえ」

 

「うん。でも、バーボンさんは不思議がってた。治療もされて、浜辺に運ばれてたから。

 それにポンズさんが近づくまでまったく気づかなかったのも、驚いてたみたいだね。

 ポンズさんのこと『伸びしろがあるクセに、甘っちょろい小娘だ』って言ってたよ」

 

 

 アンドーさんについてはあんまり言いたくないみたいだったけどね。

 ゴンはそう補足して笑った。

 クラピカはしばらく押し黙った後、絞り出すように声を出した。

 

 

「……とにかく、ポンズの居場所の手がかりは?」

 

「わからない。

 スパーさんが言うには、アンドーさんがバーボンさんを運んできた時には一人だったみたい。

 他の人と一緒に行動してる様子は無いって言ってたから、ポンズさんも一人なんじゃないかな」

 

「……やっぱ隠れてるって見た方が良いか?」

 

「ああ。

 トンパから聞いた情報、そしてこれまでの試験での彼女の動き。

 正面から戦うタイプではない。安全な場所に身を隠してタイムアップを待つはずだ」

 

 

 クラピカは森の奥を見据えた。隠れ潜むならあの奥だろうか。

 様々な可能性が脳裏を過ぎる。緋の眼の事──アンドーの左眼の事がちらつく。

 今、優先すべきはレオリオの合格の事ではないのか。

 いや……ポンズとアンドーが組んでいるなら、ポンズを追えば遭遇できるか。

 少なくとも情報は得られるのではないか。

 

 一度、深呼吸をする。

 

 

「……匂いで追跡できないか、ゴン。

 レオリオのように香水をつけていたり、入浴したなら石鹸の香りもあるかもしれん。

 それに薬使いなら、強烈な匂いの薬品を携行している可能性もある」

 

「……わかった、やってみる!」

 

 

 そのために来たんだからと、ゴンは二人のために張り切ってポンズの追跡を開始する。

 クラピカはその後姿を、黙って見守る他無かった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ゴンの鼻を頼りに、三人は鬱蒼とした森の深部へと足を踏み入れていた。

 湿った土の匂い、腐葉土の香り──その中に僅かに混じる甘酸っぱい、けれど鼻を刺すような残り香。

 ゴンにかかればその香りを辿ってポンズの移動ルートを探る事など、実に容易い事だった。

 だが、追跡が始まって数時間が経過した頃、クラピカは奇妙な違和感に眉をひそめた。

 

 

(──こうも簡単に後を追えるのか……?)

 

 

 直後、ゴンがその足をピタリと止める。レオリオが声をかける。

 

 

「どうした、ゴン。匂いがわかんなくなっちまったか?」

 

「ううん、その逆。どんどん強くなってる……なってるんだけど……変なんだ。

 あっちからも、こっちからも、同じ匂いがするんだよ」

 

 

 ゴンの指差す方向は、三手に分かれていた。

 まるでポンズが三人いて別々の方向へ逃げたかのように、匂いの道標が乱立している。

 

 

「……囮か」

 

 

 クラピカが苦々しく吐き捨てた。

 木々の枝先や根元をよく見れば、目立たない場所に小さな、けれど香りの強い薬剤を染み込ませた脱脂綿が設置されている。

 明らかに自分の匂いを追跡する者を見越して、それを撹乱するために仕掛けられたものだった。

 

 

「……脱帽だな。一人でこれを仕掛けたのか」

 

 

 クラピカは設置された脱脂綿の一つを、布越しに摘み上げた。

 鼻を刺すようなアンモニア臭と、それとは対照的な甘い花の香りが混ざり合っている。

 

 

「匂いだけじゃないよ。見て、あっちの木の根元……足跡も三方向に向かってる」

 

 

 ゴンの指摘通り、柔らかな土の上にはポンズのものと思われる靴の跡が不自然なほど明瞭に残されていた。

 だが、それもまた巧妙な偽装なのだろう。

 なぜなら足跡もまた、三方向に分かれて伸びている。

 そのどれが正解なのか──あるいは偽装だけ施して、本人は別の方向へ行った可能性すらある。

 

 

「まるでハナヤマネみたいだ。

 分岐路を何度も行ったり来たりして、自分の匂いや足跡を全部の道に残すんだよ。

 追っかけてる方は、どっちに逃げたのかわからなくなっちゃうんだ」

 

「クソッ、ちょこまかと!

 だがよ、本人はどこかに隠れてるはずだろ!? 片っ端から探し回れば──……」

 

「レオリオ、落ち着け。彼女は蜂を操る。

 我々が迂闊に踏み込めば、今度は我々がバーボンの二の舞だ」

 

 

 耳を澄ませば、ぶぅんと唸るような微かな羽音。

 バーボンとの戦闘はもう目撃されたものだと、彼女は割り切っているらしい。

 その上で追跡者の存在を見越し、彼女は切り札である蜂を見せ札として活用している。

 

 

「……見張られてるのかな?」

 

「ちっ、見つけられたのはこっちの方かよ!」

 

 

 レオリオがジャケットを振り回して羽音を追い払おうとするが、蜂たちは攻撃を仕掛けてくるわけではない。

 ただ一定の距離を保ちながら、三人の周囲を旋回し続けている。

 

 

「これ、俺達をあっちに行かせないようにしてるのかな。

 ……それとも、どっかに行かせようとしてるのかな?」

 

「誘導してるという事か?」

 

「うん。

 あっちの方に向かって飛んでる蜂もいるよ。

 でも、俺達が立ち止まってるからすぐ戻ってくる。

 ……向こうに、何かがあるのかも」

 

「待てよゴン、そりゃ罠じゃねえのか?」

 

「……だが」

 

 

 クラピカは考える。

 もしポンズが、自分を追う者の心理まで計算に入れているとしたら?

 怪しい場所をわざと作り、追跡者の足を止めさせ、その隙に自分は全く別の方向へ逃げ去る。

 あるいはその怪しい場所こそが彼女の用意した隠れ家で、こうした疑いすら隠れ蓑である可能性。

 

 もしくは──アンドーに、あの眼に繋がる何かが、そこにあるかもしれない。

 

 

「……他に手がかりはない、行ってみよう。

 ゴン、レオリオ、蜂や毒には十分に注意しろよ」

 

「わかった」

 

「ったく、最近の若い娘さんは怖くてかなわねえな」

 

 

 三人は慎重に、蜂たちが誘導する谷の方へと足を進めた。

 ゴンの先導で、慎重に森を抜ける。

 だが、進めば進むほど、森は不気味なほどの静寂に包まれていった。

 鳥の鳴き声さえ聞こえない。ただ、霧がじわじわと足元から這い上がってくる。

 

 

「……おい、急に冷えてきやがったぞ。それにこの霧、なんだか煙てぇ……」

 

 

 レオリオが咳き込む。

 クラピカは反射的に口元を袖で覆った。

 その時、足元にある何かを自分が踏みつけたのがわかった。

 柔らかい──罠の類ではない──キノコの傘。途端に、ぶしゅうと色濃い煙が吹き上がる。

 

 

「霧じゃない……胞子だ! ネムイダケの群生地だ! 吸い込むな!」

 

 

 だが、もう手遅れだ。

 クラピカの警告に反応するかのように、周囲のキノコから次々と催眠性の胞子が噴出する。

 瞬く間に視界が白く塗り潰されていく。

 

 

「オイオイオイオイ……!? 冗談じゃあねえぞ!?」

 

 

 パニックに陥りそうになるレオリオの肩を、ゴンが掴んだ。

 

 

「大丈夫、こっちだよ! 風が吹いてる! 抜けられるよ!」

 

「すまねえ……!」

 

 

 視覚を奪われた状況で、ゴンの感覚だけが頼りだった。

 三人は手を取り合い、白い闇の中を突き進む。 

 やがて霧──胞子のが晴れた先、そこは──……。

 

 

「う、お、ったぁッ!?」

 

「危ない……っ!」

 

 

 足元の地面がすっぱりと消え失せて、レオリオは思わず両手を振り回してバランスを保った。

 いつかの船の上とは真逆。ゴンが咄嗟に腕を引っ張って、彼の転落を防いだ。

 

 そこは断崖絶壁とまではいかずとも、危険なほどに切り立った崖の上だった。

 もしわけもわからず突き進んでいたら、もしかすると転落してしまったかもしれない。

 

 そして崖の端には一匹の蜂が留まっている小さな薬瓶があり、その下には一枚の紙片。

 

 

「手紙……?」

 

「気をつけろ。罠かもしれん」

 

「この状況自体がもう罠だろ。……っと」

 

 

 慎重な手つきで、レオリオがその紙片を取り出し、広げる。

 そこには女の子らしく可愛らしい、柔らかな丸い筆致で文章が綴られていた。

 

 

 

『追跡お疲れ様。

 誰かは知らないけれど、あなたが私を追う理由はわかっているつもり。

 けどこの手紙を読んでいるなら、ここに私はもういない。

 残り時間のうちに、3点分ナンバープレートを集めるのをオススメする。

 

 PS:足元に気をつけて』

 

 

 

 レオリオが手紙を読み終えた瞬間、ブウンと微かな羽音を立てて瓶に留まっていた蜂が飛び立った。

 監視役だったのだろう。あの蜂を追えばポンズの下にたどり着けるかもしれない。

 あるいは、それさえもポンズによる次なる罠への誘導なのか──……。

 

 

「……ハッ、崖から落ちるなよってか? それともネムイダケを踏むなってことかよ」

 

 

 レオリオは自嘲気味に笑い、手紙をポケットにねじ込んだ。

 一方、クラピカは崖の下を見下ろしながら、複雑な表情で沈黙していた。

 

 

「……クラピカ? どうしたんだ、そんな怖い顔して」

 

「……すまないな、二人とも。

 私個人に確認したいことがあったせいで、時間を浪費させてしまった」

 

 

 クラピカの謝罪に、ゴンは不思議そうに小首を傾げた。

 

 

「え? なにを確認したかったの?」

 

「……いや。……本人に聞けば済む事だ」

 

 

 自分の中に渦巻く疑念を、クラピカは無理やり箱に詰め込み、鍵をかけた。

 今はレオリオの合格が最優先だ。

 

 

「ゴン。彼女の匂いは、もう追えないか?」

 

 

 ゴンは鼻をヒクつかせ、ネムイダケの胞子が漂う森の奥をじっと見つめてから、首を振った。

 

 

「……うん。胞子の匂いが強すぎて、ここからだともう何もわからないよ。

 戻って他の道に行っても良いけど、これ以上追いかけても、たぶん追いつけない」

 

「……そうか。ならば、潮時だな」

 

 

 クラピカはレオリオの方を向き、真っ直ぐにその瞳を見据えた。

 

 

「レオリオ。ターゲットの追跡はここまでだ。リスクが高すぎる。

 ……幸い、我々にはまだ時間が残されている。一日で三人、できない数じゃない」

 

「ああ、わかってるよ。一点のプレートを三つ集める。泥臭いが、仕方ねえ」

 

 

 レオリオはサングラスを指で押し上げ、不敵な笑みを浮かべた。

 その表情には、友に足を引っ張らせたくないという、彼なりの意地が滲んでいた。

 

 

「よし、決まりだ! 切り替えてこうぜ!

 ゴン、他の受験生を探すの手伝ってくれや。なるべく弱そうな奴を頼むぜ!」

 

「うん、それなら任せて! 探してみるよ」

 

 

 レオリオの空元気──陽気な声とゴンの頼もしい言葉に、重苦しかった空気がわずかに和らぐ。

 

 

「よし、では急ぐぞ」

 

 

 クラピカはそう短く答えると、森の奥へと歩き出した。

 ルモアの瞳に燃えた、あの「赤」。

 

 ──いずれその正体を、暴かねばならない。

 

 

 

 * * *

 

 

 

(や、やってやった……やってやった、やってやった……!)

 

 

 蜂の一匹が、()()の帽子の縁に止まった。

 視覚を共有しているわけではないが、その振動でわかる。

 追っ手は崖の上で足を止め、引き返していった。

 

 その崖からほど近い洞窟の奥、冷たい岩肌に背を預け、ポンズは自分の膝を抱きしめた。

 外から流れ込む微かなネムイダケの残り香が、彼女の神経を逆なでし、同時に奇妙な高揚感を与えていた。

 

 

(……撒いた。本当に、撒いたんだ……!)

 

 

 なのに、体の震えが止まらない。

 暗闇の中、唯一の仲間である蜂たちの羽音が、心音のように響く。

 

 

「……っ、ふぅ……」

 

 

 肺に溜まっていた熱い空気が、震える吐息となって漏れる。

 

 怖かった。死ぬほど怖かった。

 アンドーと別れた瞬間から、森の木々がすべて自分を嘲笑う巨大な怪物に見えた。

 いや、もっと言えば、二人と別れて一人で戦うとそう決めた時から、自分の周囲の全てが敵としか思えなかったのだ。

 それは今も変わらない。

 いつ、この洞窟の入口から誰かが踏み込んでくるかもわからない。

 それは自分のプレートを付け狙うものか、それともあのヒソカか、他の誰かか。

 ポンズは洞窟の奥底で膝を抱え、ひたすら入口を睨みつけてこの数日を過ごしている。

 

 

(……ハンゾー。……アンドーくん)

 

 

 二人の顔が脳裏をよぎる。

 もし彼らと一緒にいれば、こんな震える思いをせずに済んだかもしれない。

 

 

『忍者の俺が、足手まといのお守りをしてたってのか?

 自意識過剰なんだよ、お前。実力なきゃ組まねえって』

 

『ああ。……ゼビル島を出る時に、またな』

 

 

 一人でやると決めた時、ハンゾーが別れ際にかけてくれた言葉。

 バーボンと戦った後、アンドーがかけてくれた言葉。

 

 その二つの言葉が、どれほど今の自分を支えているか。

 

 

(……甘えちゃダメだ。……私は、自力で合格するって決めたんだから)

 

 

 ポンズは暗闇の中で、服のポケットに手を突っ込んだ。

 指先に触れる、二枚のプラスチック。

 自分のプレート。そして、あの恐ろしい蛇使いから、自らの力で奪い取った103番のプレート。

 

 ここにあるのは、ただの六点じゃない。

 誰かに守られる「おまけの受験生」ではなく、一人のハンターとして戦えるという証明だ。

 震える手で水筒の水を零しながら一口含み、ポンズはぎゅうっと水筒を抱え込んだ。

 

 

(……アンドーくん。私、ちゃんと一人でできたよ)

 

 

 けれど──。

 

 

(……寒いな)

 

 

 彼女が潜伏先に選んだのはバーボンが罠を仕掛けようとしていた、あるいは拠点にしていたと思われる天然の洞窟だ。

 皮肉なことに家主を倒してその家を奪う形になったが、ここには彼が持ち込んだであろう最低限の食料や水も備蓄されていた。

 

 だから、後は待つだけ。

 

 余計な灯りは点けない。

 余計な音は立てない。

 ただ、この暗闇と同化して、夜明けを待つ。

 

 

「……あと一日。……あと、一回夜を越せば……」

 

 

 なのに独り言を言わなければ、孤独に押し潰されそうだった。

 ハンゾーは大丈夫だろうか? アンドーは今、どこで何をしているだろう。

 

 

(……生きて、合格して、また会いたいな)

 

 

 ポンズは、闇の中に自分が溶けてしまわないように、己の肩を強く抱いた。

 思えば──ゼビル島を離れてから、まともに休めていない。

 バーボンの追跡。あの異様な()に晒されながら、必死に気配を殺して後を追った。

 不意打ちを仕掛けるときも一匹の蜂に全てを託し、毒針が届くよう()じ続けた。

 その後は、どうすれば安全に身を隠せるか、気づかれないか、必死になって考えに考えた。

 けれど、眠ってはいけない。

 追手は撒いたが、戻ってくるかもしれない。1点狙いの受験生が来るかもしれない。

 

 けれど疲れ果てた彼女の意識は、洞窟を流れる冷たい風に撫でられ、ゆっくりと深い微睡みの淵へと沈んでいった。

 

 




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