地雷系彼女(マイ・フェア・レディ) 作:あなたへのレクイエムです
飛行船から降りた俺達が集められたのは、ハンター協会によって貸し切られたホテルの大広間。
最終試験会場となるそこには、一枚の大きなボードが運び込まれていた。
勝者が抜け、敗者が進み、最後の一人が不合格となる逆トーナメント。
ルールはいたってシンプル。
相手に「まいった」と負けを認めさせれば勝ち。ただし殺害してはいけない。
原作通りの試験内容──然程変わるものでもないのだろうか。
「筆記試験じゃねえのかよ!?」
「誰じゃ、そんなデマを流したのは?」
「…………」
他の受験生から睨まれたボドロが、しれっと素知らぬ顔してそっぽを向く。
やっぱりこの爺さんは愉快な爺さんだな。
ともかく、ひとつ懸念があるとすれば……。
(……俺は
いや、受けたといえば受けた。二次試験終了後、三次試験前に。
あそこでだいたいの人となりを見抜かれたということなのだろうか。
こうなってくると、対戦相手の予想がつかないが────……。
そして、ボードを覆っていた布が取り払われた。
「…………は?」
思わず、変な声が出た。
視界に飛び込んできたのは、原作の記憶にあるものとは決定的に異なる逆トーナメント表だ。
いや、それは良い。俺とポンズが此処まで残った以上、同じトーナメント表なのはありえない。
「それって納得できないな! もっと詳しい点数の付け方とか教えてよ!」
自分がゴンより素質が低いと判断された、そう考えたキルアが、ネテロ会長に噛みついている。
俺はそのやり取りや騒ぎを半ば聞き流していた。
俺以上にその表を凝視し、小さく肩を震わせている影があったからだ。
「……アンドー。これ、どういうことだ?」
隣でハンゾーが、珍しく困惑したように声を漏らす。
無理もない。
彼の位置は原作通り一回戦の第一試合、対戦相手はゴンだ。そこまではいい。
問題は
ネテロ会長の評価基準は、身体、精神、印象。つまりハンターとしての資質だという。
チャンスが多い者ほど、会長からの期待の表れ。
逆に言えば、俺の位置は──……。
(……お前はもういいから、さっさと合格しろってか)
まあそもそもハンター試験が
目覚めている者、目覚めかけている者、まだ目覚めていない者。
その上での潜在的なオーラ量。
もうとっくの昔に
結果は見えているからだ。
原作におけるヒソカの位置、試合回数は、問題児である彼が人を殺さずに我慢できるかどうか試すという意味もあったからだろう。
だが、今回の
「……ッ」
彼女の対戦相手は、ギタラクル。
さらにその敗者はキルアと戦うことになる。
「……ポンズ。お前、面談で会長に何を言ったんだ?」
俺が問いかけると、ポンズは帽子を深く被り直し、震える声で答えた。
「……気になる相手。もし戦うなら、一番強い奴と戦わせてほしいって。
……自分の力が、どこまで通用するのか……知りたいって、言ったの」
「──バカかよ」
ハンゾーが吐き捨てるように断じ、ポンズが「だよね」と乾いた笑い声と共に答えた。
「あの針男、戦ってるとこは知らねーが、俺が見る限りじゃヒソカとドッコイだぜ?
勝てる勝てないってレベルですらねぇの、わかってるだろ」
「でも、このままじゃ私は……運が良かった
……大丈夫。自分で決めた、ことだもの」
自分でも何を言おうとしたのかわからなかったが、喉まで出かかった言葉を、俺は飲み込んだ。
その通り、これはポンズが自分で決めたことだ。そしてネテロ会長が決めたことだ。
勝ち目がどれだけあるかなどということは、彼女自身がよくわかっているだろう。
だが……。
(よりによって、相手は
ギタラクルの正体を知っている俺からすれば、残酷な結末しか思い浮かばないのだ。
イルミに勝てないという話だけではない。
『面倒くさいからもうライセンスは来年にするか』とイルミが考えたら?
あるいは『殺してないから問題ないでしょ』と、ポンズの心身を破壊したら?
仕事に必要だから取りに来た──俺とイルミで理由は一緒だが、真剣さは大きく違う。
俺に来年はないが、イルミに来年はある。
結果が、読めない。
ハンター協会、そしてネテロ会長ならギタラクルの正体に気づいていないわけもないだろう。
それでも会長はこの位置にポンズを入れた。
なら、そこに意味がある──……と、信じるしかない。
原作の知識があってネオンの占いがあっても、何もかも全部思い通りにできるわけじゃあない。
キメラアント編に俺が関われる保証はゼロだ。
俺の見ていないところでポンズが死ぬ可能性はある。
ハンゾーがBW号で死ぬ可能性だってある。ネテロ会長もそうだ。
直接言葉を交わしていないポックルも同様。ボドロも同じ。
キルアやゴンが無事に選挙終わりまで辿り着く保証はない。
クラピカについては言うまでもなく、比較的安全なのはレオリオくらい。
そしてそれは、この場にいる者に限った話じゃあない。
この先の事がわからない以上……全員がそうなのだ。
「……大丈夫、全力でやるだけだから。そんなに心配しないで」
ポンズは自分に言い聞かせるように呟くと、ギタラクルを真っ直ぐに見据えた。
緊張で青ざめて、今にも卒倒しそうではあったが……その横顔には、もう迷いはない。
最後の一段を 自らの足で踏みしめなさい
けれど闇に潜む蛇に 気を許さないように
拳を交えても 命を捧げることのないように
時計の針を止めるのは あなたの指先なのだから
俺は左胸に手を当てて、ネオンの占いを思い出す。
「第一試合、ハンゾー対ゴン!」
審判の号令と共に、ついに最終試験の幕が上がった。
* * *
静まり返った大広間に、肉体を打つ鈍い音と、ハンゾーの苛立ち混じりの怒声が響き渡る。
「……ッ」
ハンゾーの圧倒的な実力差。折れないゴンの意志。
隣でポンズが息を呑み、拳を固く握りしめているのが分かった。
彼女が見ているのは、ただの格闘ではない。
これから自分も立ち向かわなければならない一対一の戦い。
いくら覚悟して、決意していても、実際にその場に飛び込むとなればまったく違う。
俺は腕を組み壁に寄りかかったまま、試合の流れをじっと観察する。
特に心配や不安はなかった。
原作を知っているから……ではない。
彼の実力なら、ゴンに負けるわけはない。
もっとも──……
(ゴンに『まいった』って言わせるのは難しいだろうなー……)
案の定「いやだ」と叫ぶゴンの腕をハンゾーがへし折り、指先で逆立ちしての長口上。
レオリオとクラピカが怒気を漲らせ、キルアがハンゾーの殺しの経験を鼻で笑う。
そして、次の瞬間。
「おおっとォッ!?」
腕を折られたゴンが無理やり放った蹴りを、ハンゾーがバク転することで
指一本でアレだけの跳躍力。やっぱり相当に鍛えられているな。カラテが違いますよ。
それになんだかんだ、喋りながらもしっかりゴンの動きを見ていたらしい。
「18っていったらオレと6つ位しか違わないじゃん!
それにこの対決はどっちが強いかじゃない。
最後に『まいった』って言うか言わないかだもんね!」
「クッソ、面倒くせえガキだなお前……!」
苛立たしげに叫んだハンゾーが、
その瞬間、大広間の
先程までの長口上とは打って変わった、隠しきれない本物の忍者の殺気。
隣に立つポンズの喉が、ヒュッと鳴るのがわかった。
ハンゾーは逃げ場のない宣告を、刃と共にゴンへ突きつける。
「もう少しわかりやすく言ってやろう。
足を切り落とす。二度とつかないように。
取り返しのつかない傷口を見ればお前もわかるだろう。
だがその前に最後の頼みだ。『まいった』と言ってくれ」
誰もが固唾を呑んで見守る中、俺はあえて、ふっと肩の力を抜いて溜息をついた。
それを聞いたポンズが、はたと俺の顔を見た。俺の呆れたような顔を。
そして次に、試合へと目を向ける。冷酷にゴンへ刃を向ける、ハンゾーの表情。
「……あ、そうか。……いや、うん。知ってたけど」
思わず口に出てしまったのだろう。
不意に意外なほど冷めた声が、ポンズの口から漏れた。
周囲の視線が一気に彼女に集まる。
ポンズはハンゾーを見ながら「えっと」と少しの躊躇いと戸惑いを見せた後、どこか呆れたような、変なものを見るような顔で言った。
「……ハンゾーってお人好しだよね」
「俺もそう思う」
「うるせえ、外野は黙ってろ!! 見てわかんねーのかよ、俺は本気で脅してんだぞ!?」
俺たちから場違いな合いの手を入れられたハンゾーが、青筋を立ててこちらを睨みつける。
が、俺はちらりと横目でポンズの様子を見ながら、あえて声を張り上げた。
「いやお前、『言ってくれ』は無いだろ、『言ってくれ』は。
『足を切るぞ』の後に『お願いだから降参してくれ』は脅しにならないって」
「ア、アンドーくん、言い方……!」
ポンズが小声で俺を嗜めるが、その頬は明らかに緊張とは違う理由でひくついている。
レオリオが「あー……」などと納得したような声を漏らす。
そこにゴンの、とどめの一撃。
「それは、困る!!」
もうダメだった。
一瞬の沈黙の後で誰かが堪えきれずに噴き出し、あっという間に皆が笑い出す。
ヒソカはもちろん、ボドロでさえも「いや、失礼……」と言いながら顔を背けている。
笑っていないのはギタラクル──そしてキルアだけ。
「いっそ腕相撲かじゃんけんでもしてやったらどうだ、ハンゾー」
「あ、それ良いね! オレじゃんけんめちゃくちゃ得意だよ!」
「お前はどっちの味方だアンドー!」
「……っく、ふ、あはははは! も、もうダメ、無理……!」
とうとうポンズさえも、お腹を抱えて笑いはじめた。
張り詰めていた糸がプツリと切れたような、涙を流しての爆笑。
さっきまでの、死地へ向かうような悲壮な覚悟はどこへやらだ。
「これ……本当にハンター試験の最終試験なの? バカバカしすぎる……!」
「な、ハンゾー。観念してじゃんけんしろよ。意外と負けるかもだぜ?」
「誰が負けるかボケェ! つーか話が逸れてんだろうが!!」
「じゃあじゃんけんの三本勝負にしようよ!」
「そういう話でもねえ!!」
ハンゾーが顔を真っ赤にして地団駄を踏む。
その怒号さえも、もはやこの場の空気を張り詰めさせる事はできない。
むしろさらに緩めさせるだけだ。
ポンズはぐいっと目元を拭うと、大きく深呼吸をした。
その表情からは余計な力みが消え、すっきりと晴れやかな、いつもの彼女らしさが戻っていた。
「……ありがと。アンドーくん。ちょっと、楽になった」
「俺は茶々を入れただけだけどな」
「うん。分かってる。
……うん、あれはツッコまないほうが無理だね、ふ、ふふ……っ」
ポンズはそう言って、またクスクスと笑い声を漏らした。
その後の流れは、あえて長々と説明する事もないだろう。
ゴンが自らの覚悟を真正面から叩きつけ、呆れ果てた末のハンゾーの「まいった」宣言。
それでもゴンが駄々を捏ねるのにとうとうキレたハンゾーが、ゴンを殴り倒して試合は決着。
結局、気絶してぶっ倒れたゴンが最初の合格者となった。
原作通りと言えば原作通り。
原作と違うと言えば、やはり違う。
キルアに「気に入っちまったんだ、あいつが」と語って戻ってきたハンゾーが、俺とポンズを睨みつける。
「試合で当たったら覚えとけよ……!?」
「決勝まで行く気か、すごいな。頑張れよ」
「私とは準決勝だけど、こっちは残る気ないから」
「お前らなぁ……!」
わかっていてこういうくだらないやり取りに付き合ってくれるあたり、やっぱりハンゾーは良い奴だと思う。
* * *
「では、第二試合。……レオリオ対ポックル!」
本来ありえない試合──だが、これはレオリオが勝利し、ポックルが敗退。順当だった。
この二人の体格差は一目瞭然だ。
ポックルは弓使いとしての俊敏さと、これまでのサバイバルで培った状況判断力がある。
だが肉弾戦となれば、リーチとパワーに勝るレオリオが有利なのは動かない。
その意味でいえば、残念ながらポックルには不利なシチュエーションではあった。
「ポックルよ。悪いが俺も本気でハンター目指してんだ。
……全力で行かせてもらうぜ!」
「……ああ。それはこっちのセリフだ!」
開始の合図と共に、レオリオが咆哮を上げながら猛然と突進した。
ポックルはそれを軽やかなフットワークで躱し、懐に入らせないよう牽制の蹴りを繰り出す。
だが、レオリオの勢いは凄まじかった。弓矢を撃たせる気は毛頭ないらしい。
一撃、二撃とポックルの打撃を肉体で受け止めながら、強引にその体を組み伏せにかかる。
「捕まえたぜッ!!」
「くっ、離せ……!」
そこからは単純明快、泥臭い力比べだ。
ポックルも必死にレオリオの急所を狙って拳を叩き込むが、レオリオは揺らがない。
巨躯による圧殺。そのまま首に腕を回して絞め上げる。原始的だが最も有効な手段。
「……ま、……まいった……!」
やがて酸素を奪われ、真っ赤な顔をしたポックルが床を叩いた。
レオリオが慌てて力を緩め、荒い息を吐きながら立ち上がる。
「……合格、レオリオ!」
「っしゃああ!!」
レオリオが歓喜の雄叫びを上げ、クラピカが安堵の息をつく。
ポックルは悔しげに顔を歪めたが、レオリオが差し出した手を、少しの躊躇の後に取った。
これでレオリオが抜け、ポックルは次の試合──ハンゾーとの対戦へ回る。
「ま、あいつにゃ手加減する必要もねえ。俺が勝つな」
今の戦いぶりからハンゾーはそう判断したらしい。間違ってはいない。
繰り返しだが、正面きっての1対1はポックルには不利なシチュエーションだ。
野外での狩猟ならともかくも、格闘戦でハンゾーが負ける道理はない。
精神面も……まあ、ゴンほど意地の張った奴もそうはいないだろう。
(……実際ポックルとレオリオだと、
別にポックルが弱いとか、才能がないとか言っているわけではない。
というか、此処まで残った以上は上澄みなのは間違いない。
医学試験の勉強の片手間に
まああれはジンがあえて避けなかっただけだとしても、『伸びしろがデカい』だけの事はある。
というか2週間の鍛錬であわせて4トン、20日で8トンの扉を開けられるのはちょっとヤバい。
いやまあ、公的な記録だと11トントラックを引っ張った人が実在するそうだから、現実的な範囲なのかもしれないが。そうかな。そうかも。
真面目な話、あの門を開けるのは物理的な筋力じゃあなくて
開門時に門番さんの全身からオーラが立ち昇る演出もあったし、念能力者として
なら人間の筋肉がそんな短期間で爆発的に増大したと考えるよりは、あの門番の小屋での生活を通して、限定的に自分のオーラを活用する術を学んだと考えた方が正しいように思う。
じゃあキルアはどうなんだって言われるとまあ、うん。
気合入れたらビキビキ言って手指が変形しだすゾルディック家の人の事はちょっとよくわかんないですね。
何にせよ、
ともかく──……。
(つまりレオリオも『こいつはさっさと合格するだろ』扱いだったのかね)
原作でのレオリオの対戦相手候補はヒソカ、クラピカ、ボドロの三人。
うちボドロは単純身体能力でレオリオより劣っているとネテロ会長は見立てていた。
ヒソカとクラピカについては、まあレオリオより強いのは間違いないだろう。
ということはヒソカとクラピカのどちらが負けたとしても、レオリオに負けたボドロが戦って勝つ可能性は低い。
ネテロ会長は素質があるほどチャンスがあると語った。
チャンスが試合回数の事だとは
負ければ負けるほど上に進むトーナメントの都合上、試合回数の少ない奴が当たるのは負けが重なった弱い相手、かつ連戦で消耗した相手という事になる。
そしてレオリオの試合回数2回は、ギタラクル=イルミと同じ。
こうした諸々を鑑みると……。
(……えげつない出来レースを仕込んでるよな、ネテロ会長も)
今回のポンズのことと言い──と。
俺はふと、思い出した疑問をそのまま隣のポンズにぶつけた。
「そういえば、ゼビル島で53番……ポックルとは会ったのか?」
「へ? ……ううん、会ってないよ。別に何も無かったけど」
──なんでそんなこと聞くの。
何故かポンズがつんとした様子で尋ねるのに、俺は「いや」と首を横に振った。
「俺はさっきの試合まで、あんまり気にしてなかったから。
もし遭遇してたなら、どんな奴か話を聞きたかっただけだよ」
「ふぅん……?」
まあ、ポックルやポンズが死ぬことを前提に、キメラアントの初期対応が遅れるかもだなんて事は考えたくもない。
だから、二人が知り合わなかったならそれはそれで仕方ないことなんだろう。
俺たちがそんなやりとりをしている間も、試験は進んでいく。
* * *
第三試合、ヒソカ対クラピカ。
二人が対峙するだけで、大広間の空気がピリピリと肌を刺すような緊張感に包まれる。
開始の合図と共に、ヒソカがトランプを指先で弄びながら、薄く笑った。
「良いよ、抜いて♥」
「……そのつもりだ」
クラピカは静かに木刀──いや鞘を払って二刀を抜き放ち、ヒソカを睨みつける。
「そうそう♠ そうやってしっかり握っておいたほうが良いね♣」
「……」
「二刀流、是即ち二本の刃以て一刀也。知ってる? ……おっと◆」
ヒソカはわざとらしく、手元のトランプの束を床へとぶちまけた。
しかし屈んでカードを拾い集めるヒソカに対して、クラピカは打ち込まない。
ただ僅かに円を描くように足を運び、彼我の間合いを計っているようだった。
「トランプは半分じゃゲームできない◆
きみも同じだよ♥ それじゃあつまんないから、しっかり持っててね♠」
「失いはしないさ……絶対に」
「だと良いけど♣」
空気を裂く鋭い風切り音。
ヒソカの投じた殺人的なトランプをクラピカが弾いて踏み込んだのが、戦いの始まりだった。
次々とヒソカの放つトランプが、まるで意志を持っているかのように空を踊り、クラピカの頬をかすめる。
クラピカは投擲の数々を最小限の動きで回避し、二振りの白刃を閃かせてヒソカの懐へと踏み込んだ。
金属音。トランプの一枚一枚が、クラピカの剣筋を強引に受け止めている。
ヒソカは踊るような足取りで攻撃をいなしながら、
「でもさ、キミ……もう負けてるんだよね♣」
「あ……ッ!?」
一閃。
ヒソカが無造作に横薙ぎにトランプを振るうと、クラピカの握る二刀の片割れが、その半ばから折れ飛ぶ。
先程の切り合いで刀身に亀裂が入っていたのだろう。
「ボクはね、奇術師って呼ばれてるけど別に魔法使いじゃあない♣
結構、科学的に考える方なんだ◆
最初のカードはね、ただの牽制じゃあない♠
ちゃあんとこうなる事を計算していたんだよ♥」
(まったく、大人げない……)
ヒソカの言葉に俺が苦笑すると、ちらりと彼が此方を見て片目を閉じてきた。肩を竦める。
ハンゾーとポンズが不審そうな目を向けてくるが、トリックタワーの事を思い出したのか、何も言っては来なかった。
──恐らくは、
トランプをぶちまけた時にクラピカの刀へオーラを飛ばし、接着。そして狙い澄ました投擲を浴びせたのだろう。
ただのトランプで真剣と切り結べるわけもないし、
クラピカの得物もなまくらではないだろうが、ヒソカのオーラは生半可なものではない。
試験官ごっこの時、手抜きされていたとは言え軽々と防いでのけた、ハンゾーとその装備が異常なのだ。
それを踏まえると──緋の眼無しのクラピカでは、厳しい。
「はぁあぁ……ッ!!」
クラピカの瞳に緋色がちらつく。が、完全には変わらない。
一刀に持ち替えた彼──彼女は、臆すること無くヒソカへと挑みかかっていった。
だが──残念だが、ヒソカのほうが何枚か上手だ。
「んっ、く……あぁッ!?」
容易く背後を奪われ、ヒソカによってその腕を締め上げられる。
と──……不意にヒソカが、クンと鼻を鳴らした。
「……おや♥ きみ、良い匂いがするね?」
場違いな言葉に、クラピカの眉が僅かに動く。だがヒソカの追及は止まらない。
彼はクラピカの抵抗をねじ伏せながら、その顔を覗き込むようにして愉しげに囁いた。
「石鹸の香りに混じって、血の匂いがするよ♣
……ランドリールームで、彼と
羨ましいな♣ ボクでもちょっと、嫉妬しちゃう♥」
「……せ、やあッ!」
クラピカが戯言を無視して強引に腕を振りほどき、ヒソカの胸元を狙って鋭く剣を振るう。
だがヒソカはそれを待ち望んでいたかのように身を翻し、クラピカの耳元で──今度は誰にも聞こえないほど低い声で、何事かを囁いた。
「良いことを教えよう──……」
その瞬間、クラピカの瞳に鮮血のような緋色が灯った。
俺でも感じ取れるほどの
つい先日ランドリールームで浴びせられたのと同じ、クルタ族の怒りの感情。オーラ。
こうして離れて、落ち着いて見て分析しているからこそ良くわかる。
別に
緋の眼になった時、クラピカの……クルタ族の潜在オーラ量は異常なほどに増加する。
そしてもはや体の内側に留めておく事ができなくなったそれが、一挙に噴き出す──例えるなら
クルタ族の爆発的な身体能力、幻影旅団とも互角に戦い、ウボォーギンの記憶にさえ残った強さの源。
幼少期のクラピカですら大の大人を複数人をあっさりと圧倒してのけた、その所以。
(我ながら、
オーラが噴き出しきった事でクラピカが消耗し、性別を暴かれるという想定外の事態で静止、そして緋の目が落ち着いて冷静になった事に伴う自己嫌悪と後悔とで戦意を喪失。
そうならず……あのまま戦い続けていたら、はたしてどうなっていた事やら。
全系統100%無自覚念能力者状態のブチギレクルタ族と、ほぼ
そしてもし最初からクラピカが冷静だったら、もっと致命的な瞬間に奇襲された可能性だってあった。
考えたくもない。
どれか一つ、何か少しでもズレていたらこうはならなかった。
つくづく、運が良かった。
ぞっとしない気持ちでいる俺と裏腹に、ヒソカはぞくぞくと興奮を隠しきれない微笑。
「まいった♣ きみの勝ちだ♠」
ヒソカはあっさりと手を上げ、そのまま踵を返して歩き出した。
呆気にとられる周囲。審判の合格宣言。
ただ一人、クラピカだけが憎悪と衝撃が混じり合った複雑な表情で、ふらつきながらも合格者の列へと加わる。
すれ違いざま、彼女は俺の方を正視しようとしなかった。
ただその緋色に染まった瞳は、ヒソカに何を吹き込まれたのかを雄弁に物語っていた。
──蜘蛛について。
俺とも、深く関係のある話だ。
「……アンドーくん?」
「……いや、何でも無いよ」
不意に袖を引かれ、横を向いた俺とポンズの目が合う。
彼女の瞳に浮かんでいる色は心配──だろうか。
自分に対してじゃあない。俺に対しての。
そんなに、厳しい顔をしていただろうか。
そして、それに俺が何か言う間もなく。
「第四試合。……ギタラクル対ポンズ!」
ついにその時が来た。
ポンズの肩が、びくりと震えた。
彼女は一瞬だけきゅっと唇を噛みしめ、それから俺とハンゾーの方を向き、震えを押し殺した声ではっきりと告げる。
「……行ってくるね」
「ああ。……危なくなったら、すぐに『まいった』って言うんだぞ」
「さっきはああ言ったけどよ。
負けても次の試合があるし、来年もあるんだ。変に意地張るんじゃねーぞ。
……いいな?」
「……うん」
ハンゾーの念を押すような言葉に、ポンズは小さく、だが力強く頷いた。
彼女は帽子を一度深く被り直し、カチカチと不気味な音を立てて針を揺らすギタラクルの前へと、真っ直ぐに歩み出していく。
精一杯に気を吐いて、闇のような男に立ち向かう彼女の背中。
それを見送りながら、俺は隣のハンゾーに低く問いかけた。
「……やれると思うか?」
「無理だろ」
ハンゾーは無慈悲に、一言で断じた。
「そりゃあ勝負に絶対はねえ。
あの針男……ギタラクルがヒソカみてーに自分から降参する可能性もゼロじゃねえが……」
「が?」
「可能性があるってのは、上手くいくって意味じゃねえだろ。
さっきも言ったがギタラクルがヒソカと同じレベルにやべーのは間違いねえ。
実際に戦ってるとこは見てねえが、殺しに躊躇が無いのは匂いでわかる。
それに負けを認めたくねえし、面倒くさい事するより
「最悪、止めに入るか」
「それで失格になるのは止めに入った側じゃなくて選手の方だって、さっきレオリオが言われてたしな」
「俺達に損はないわけだ」
「ダチに恨まれる事以外は」
「まあ、俺とハンゾーとポンズ。
「だな」
俺とハンゾーは声を立てずに笑いあった。
不安もある。心配も当然。ただ、安心……いや、覚悟はあった。
先ほど──最終試験が始まる前に考えかけた事を、もう一度考える。
たぶん俺は、少なくとも目の前で死ぬのであれば、ポンズを助けたいと思う。
キメラアント編でポンズと一緒にいれば、俺はポンズの力になったろう。
BW号でハンゾーと一緒にいれば、俺はハンゾーの手伝いをするはずだ。
ただ、今の俺は9月を生き残れるかどうかわからないから、考えられないだけで。
ならポンズが自分の意思で試合に挑む以上、それを見守る。
もしポンズが殺されそうなら、それを止める。
だけどポンズが一人で頑張る限り、手は出さない。
矛盾してようが勝手だろうが、今此処にいる俺は、結局そうするしかない。
結果がわからない。
当たり前の事が、どうしてこんなにも難しいんだろう。
それでも……ネオンの占いは「命を捧げさせるな」と俺に言っている。
つまり、俺の努力次第でどうとでもなる──不可能ではないと、示してくれている。
なら、それを信じよう。
俺達の視線の先、針を揺らす不気味な暗殺者と対峙する、震える拳を握りしめた少女。
ギタラクルがカタカタと首を傾げながら、ゆっくりと一本の長い針を抜き取った。
ポンズはトレードマークの黄色い帽子をぐっと掴み、片手を薬剤入りの鞄にかける。
「はじめ!」
ポンズの最終試験が、今、始まった。
読んでくださってありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。
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