地雷系彼女(マイ・フェア・レディ) 作:あなたへのレクイエムです
審判の「はじめ!」の合図と同時に視界が一面カードで覆われ、それを突き抜けてピンク色の閃光が襲いかかる。
トランプはブラフ。本命はヒソカの右足だった。
「くっ……!」
重い衝撃。 反射的に顔面をガードするが、ガードの上からでも腕の骨が軋む音が聞こえる。
俺は反撃を考えず、蹴りの衝撃を利用して大きく後ろへ飛び退いた。
「おや、消極的だね♠ もっと前に出てこないと、少し物足りないよ♣」
「最初から全力でもつまらないだろ……!」
「じゃあ、少しずつギアを上げていこうか♥」
ヒソカがゆらりと間合いを詰めてくる。
俺は息を整えながら、極めて低い姿勢で重心を移動させた。
回避重点。
相手を殺す気で攻撃を放って初めて牽制になるとは、ダルツォルネさんも教えてくれたことだ。
敵の攻撃は全て必殺、大砲の筒先だと思うべし。だったかな。
(とはいえ──死んだら失格ってルールは、今は本当にありがたいが……!)
だからといってそれに甘えるわけにもいかない。
致命傷にならないから平気だろと侮れば、ヒソカは躊躇無く殺しに来るだろう。
そりゃあそうだ。真剣に楽しんでるのに、相手が勝手に手抜きをしたら誰でも怒る。
だから俺は俺のルールの範囲で、真剣に、全力を振り絞る。
ヒソカの手から放たれた二枚のカードが、俺の首と膝を同時に狙う。
不可思議な軌道を通るトランプを、俺はタイルを踏んで踊るように避けていく。
(初撃の防御は……失敗、だった!)
ヒソカの攻撃の嫌らしいところは、下手に防御ができないというところだ。
だからといって迂闊に攻めれば、やはり一瞬で
防御する時にだってオーラがつけられないとは思えない。
というより、オーラだけ飛ばして付着させる事だってヒソカにはできるわけだ。
それをやられると俺には手の打ちようがない──……。
そんな俺の警戒に気づいたのか、ヒソカはくすりと楽しそうに、喉の奥で笑った。
「安心しなよ♣
やっぱり、フェアじゃないとね♠」
「だけど
「それはもちろん♥ さあ、どんどんいくよ♣」
ヒソカの波状攻撃が始まる。
拳、蹴り、トランプ。それらが途切れることなく俺を襲う。
つまりオーラだけを飛ばすような事はしないが、見える攻撃には付着してるかも♥ って話だ。
俺は今まで培ってきた
顔をかすめたトランプが頬を割り、血が飛ぶ。脇腹を突き抜けた指先が肋骨を鳴らす。
(き、っつい……!)
痛い。死ぬほど痛いし、情けないほどに一方的だ。
他の受験生たちから見れば、ただ俺がひたすら追い込まれているようにしか見えないだろう。
「……なるほどね♠」
ヒソカの口角が吊り上がる。
まあ、そりゃあわかるか。俺が
俺は靴底でタイルを擦りながら間合いを取り、息を吐く。
「勘違いされたくないから言っとくけど……本気でやっちゃいるからな?」
「もちろん、わかってるよ♣」
視界の端で、会場の時計を確認する。
試合開始から、まだ三分も経っていない。
十分くらいは粘れないものか。
「キミが何のためにそんな戦い方してるのか、だいたい想像はつくけれど……♣
そんな風に必死になられちゃうと、ボクも興奮してくるじゃあないか♥」
ヒソカの殺気が一段階、跳ね上がった。
ほとんど反射的に俺はスウェーし、目にも止まらぬ速度で繰り出されたヒソカの拳を回避する。
だが彼の手が俺の肩を掠めた瞬間、微かにぐいっと牽引される感触。
(……
『
俺の左肩とヒソカの指先が、目に見えないゴムで繋がれた。
引き寄せられれば、次の攻撃は確実に命中する。
「──なん、っとぉッ!!」
俺は咄嗟に、着ていたスーツの上着を脱ぎ捨てた。
もともとクラピカとの一戦でボロボロになっていたものだ。役に立ってもらおう。
俺がそのまま上着を放り投げると、立て続けにそこへトランプが突き刺さる。
『
それはオーラがついた場所にしかトランプが飛んでこないという所だ。
俺は放り投げた上着目掛けてトランプの群れが襲いかかるその直下を、一気に踏み込む。
「イィーヤアアッ!!」
初めてのクリーンヒット。
俺の繰り出した掌底を、ヒソカは交差した腕で受け止め、背後へと飛び退いた。
「くくっ……あはは! 良いね! すごくイイ!」
ヒソカが楽しげに笑いながら、どこからか新たに取り出したトランプの束を弄ぶ。
俺は拳を握り直し、再び低く構えた。
* * *
「……なあ、クラピカ。おかしくねえか?」
観客席の最前列で、レオリオが声を漏らした。
彼の視線の先では血肉の弾ける音と共に、アンドーがヒソカの猛攻に晒され続けている。
「アンドーの奴、戦ったとこは見てねえが……ホントはもっと動けるだろ。
今さっき一発返したけどよ。あんな一方的に追い込まれるわけがねえハズだ……」
レオリオの指摘はもっともだった。
アンドーの動きは鋭いが、その大半が回避と防御に偏っている。
自分から打って出る隙はいくらでもあるはずなのに、彼はあえてその機会を捨てているように見えた。
もちろん、ヒソカが何か仕掛けてくるのを警戒しての可能性は、ある。
だが、それにしたって度が過ぎている。
「……いや、違う。追い込まれているのではない。
クラピカが、痛ましげに目を細めて呟いた。
「稼いでる? 何をだよ」
「
「あ」
その言葉に、レオリオが息を呑んだ。
ポンズの次の試合相手はキルアだ。五体満足でも、果たして勝てるかどうかはわからない。
しかも今の彼女は意識を失い、身体も心も限界を超えている。
だがアンドーがこうしてヒソカを相手に時間を引き延ばせば、その分だけ彼女は医療班の手当てを受け、休息をとることができる。
彼は彼女が万全に近い状態でリングに立てるよう、自らの身を削って時間を稼いでいるのだ。
「なんだ、もう気づいちまったか」
ハンゾーがにやりと楽しげに笑った後、ふんと軽く鼻を鳴らした。
「……ハンゾー、お前もそのつもりか?」
レオリオが思わず聞き返す。
ハンゾーは腕を組み、冷徹な忍びの装いを崩さぬまま、けれどどこか愉快そうに口角を上げた。
「ダチだしな。アンドーの次はオレの番ってだけの話だ。
……ポックルの野郎には悪いが、結果は見えてるしな。
適当に遊んで試合時間を引き延ばしてやるよ」
「お前ら……」
レオリオは言葉を失った。
ここはハンター試験の最終局面だ。誰もが自分の合格だけを考えたいと願う場所。
それなのに、この二人は競争相手であるポンズのために、無駄な労力を払おうとしている。
(……ゴンの言った通りってわけかよ)
二次試験の後、ゆで卵を食べながらゴンの言った言葉を思い返す。
──でも、きっといい人だよ!
ゴンが言うのなら、きっと、そういう事なんだろう──……。
「……ふーん。無駄なことするね、あのスーツ」
だがそんなやり取りに冷水を浴びせるように、冷ややかな声が響いた。
壁に背を預け、退屈そうに爪をいじっていたキルアだ。
思わずレオリオは、キルアに食って掛かる。
「オイ、キルア。テメエ……無駄ってどういう意味だよ!」
「だってあの女の子、もうボロボロじゃん。
少し休んだからって変わんないし、そもそも俺に勝てるわけないし」
しかしキルアはどこ吹く風といった様子で、退屈そうに欠伸さえ漏らした。
その瞳には先程の凄惨な試合への同情も、アンドーやハンゾーへの感心もない。
あるのはただ、実力差に基づく冷徹なまでの確信だけだ。
「一分で終わる試合を十分にしたところで、結果は変わらない。
あいつのやってることは、ただの自己満足だよ」
言い放つキルアの横顔を、クラピカは静かに見据えた。
「果たしてそうかな、キルア」
「なに?」
「……君は、先程のポンズの姿を見ていなかったのか?」
「見てたよ。だから?
気持ちだけで勝てるなら、暗殺者なんてやってられないね。
それとも俺があの子に負けるってわけ?」
「そういう話じゃあない」
「じゃあなに。意味わかんないんだけど」
キルアは鼻で笑うと、再び視線を試合場へと戻した。
そこではヒソカの強烈な回し蹴りから飛び退いたアンドーが、タイルを数メートルも滑って着地した所だ。
同じ光景をクラピカも見つめる。
彼──少なくともアンドー以外はそう思っている──は若干の躊躇いの後、静かに続けた。
「倒れたのがゴンだったら、お前も同じ事をするのではないか?」
キルアの肩が、ピクリと揺れた。
「……は? 何言ってんの」
キルアは苛立ちを隠そうともせず、吐き捨てるように言った。
だが、彼が無意識にポケットの中で拳を握りしめているのを、冷静なクラピカは見逃さなかった。
恐らくは、レオリオも。
「ゴンならお前がそうなった時、同じ事をするだろーぜ、キルア。
もちろん、俺達もな。なあ、クラピカ?」
「…………ああ。そうだな」
「冗談。オレ、あんなに弱くねーし。それに……」
何かを言いかけて、キルアは言葉を飲み込んだ。
もし、ゴンがポンズのように無残に痛めつけられたら。
もし、レオリオやクラピカがその立場にあったら。
その時自分は、どうするんだろうか。
ゴンがハンゾーにやられていた時、ただ眺めているだけだった自分は。
「……くっだらねえ」
キルアはそれ以上、何も言わなかった。
* * *
視界が激しく揺れながら明滅し、呼吸する度に喉の奥から鉄の味が広がる。
激しい運動で肺胞が限界を迎えつつあるサイン。
ヒソカの猛攻を凌ぎ続けたことで酸素が足りず、全身の細胞が「これ以上は無理だ」と悲鳴を上げる。
時計の針は、ようやく七分を回ったところだ。
ボクシングの1Rが3分に設定されているのは、人間がフルスペックを発揮して全力で戦闘できる限界時間が3分だからだ。
光の巨人の活動時間だって、地球の命運を背負っての命がけの勝負となれば、そりゃあそうだろうと俺も思う。
初手から光線撃てば良いなんてのは初手から顔面パンチでKOすれば良いのにって意味で、そんなことできるのは虎咬拳だけだ。
「いい動きだね♥ ……ホント、
ヒソカの指先が、空中で踊るようにトランプを操る。
俺は荒い呼吸を無理やり押し殺し、汗で滑る床をしっかりと踏みしめた。
「……なら、もうちょっと……付き合ってくれると、嬉しい……んだけ、どな……!」
「ボクもそうしたいのは山々なんだけどね♣」
ヒソカが不意にピタリと動きを止めた。
その瞳は黄金色に濁り、放たれるオーラが物理的な熱量を持って大広間の空気を膨張させる。
殺気が、これまでの比ではない。
「……これ以上キミと踊り続けると、ボク、我慢できなくなっちゃう♥」
彼は顔を覆い、狂おしそうに身を震わせた。
その隙間から覗く眼光に、俺は生存本能が最大級の警鐘を鳴らすのを感じる。
今、ここで次の一手を交わせば、ヒソカは試験のルールなど忘れて俺を殺しにかかるだろう。
そしてそれを、ヒソカ自身が誰よりも理解しているに違いない。
ヒソカはゆらりと、まるで親愛なる友人に近づくような足取りで俺の間合いに入ってくる。
俺が身構えるより早く、彼は俺の耳元に顔を寄せ、熱を帯びた声で囁いた。
「……9月。ヨークシンシティ♣ ……そこで、
心臓が跳ねた。
もちろん、とうの昔……十年以上前から知っていて、覚悟してきたことだ。
俺の運命。俺の終点。ネオンの破滅。
さっきクラピカに囁くのを見た時から、わかってはいた。
だがそれでも、この男の口から直接聞かされると、その言葉は呪いのような重みを持って鼓膜に張り付いてくる。
ああ、本当に起こるのか。
何か変なはずみで、俺の行動の影響が波紋のように広がって、起こらないでくれれば良いと……。
そんな淡い期待も、無いでもなかったけれど。
「キミのご主人サマ、ノストラードのお嬢様なら、当然そこへ招かれるだろう?」
ヒソカは至近距離で、獲物を舐めるような視線を俺に注いだ。
彼はトランプの一角を自分の唇に当て、低く、甘く誘惑するように続ける。
「もっと詳しい
ボクにも本気を出させてくれたら、全部教えてあげる♠
キミだって、もっともっと、長く戦いたいだろう──♥」
取引。
この土壇場で、ヒソカは情報という餌をぶら下げて俺の全力を引き出そうとしてきた。
他の連中には俺とヒソカが何を喋っているかは聞こえていないだろう。
だがそれでも俺とヒソカが何らかの取引をして、真剣勝負に切り替えようとしている事は明白だった。
会場の空気が凍り付く。誰もが、俺がどう応えるのかを固唾を呑んで見守っている。
俺は、ヒソカの目を真っ直ぐに見つめ返した。
そして──……。
「……まいった。俺の負けだ」
両手を軽く挙げ、審判へ向けてハッキリと告げた。
大広間に、静寂が落ちた。
審判が、レオリオが、キルアが、クラピカが、そして何より目の前のヒソカが、時を止められたかのように硬直している。
ハンゾーだけが何かを必死で堪えるような、引きつった顔をして口元を抑えていた。
「……は?」
ヒソカの口から漏れたのは、およそ彼に似つかわしくない、間の抜けた声。
衝撃の度合いは、最終試験がペーパーテストではないかと言われた時に匹敵するのではないか。
彼は黄金色の瞳をこれでもかと見開き、ノリノリでトランプを構えたまま固まっている。
その様は今日は絶対大盛りで食べようと店に向かったら、「臨時休業です」と目の前で看板を立てられた個人輸入雑貨商の男のようだった。
「キミ……今、なんて……?」
「だから、降参だよ。降参。俺の負け。そっちの勝ち。聞こえなかったか?」
俺は肩を回し、バキバキと音を鳴らしながら、体中の痛みと酸欠に顔をしかめる。
いや、流石にきつかった。ホント。
ヒソカはポカンと口を開け、数秒間、完全にフリーズした。
その顔が、興奮から驚愕、困惑、そして「わけがわからないよ」と目まぐるしく変わっていく。
最終的に選ばれたのは、宇宙猫でした。
「ええ、っとぉ……♣」
「審判、早く判定してくれ」
「あ、ああ……合格、ヒソカ!」
審判の困惑した声が響き、ヒソカの合格が決まった。
だが、当の合格者は全く納得がいかないといった様子で、震える指先を俺に突きつけた。
「待っ……待っておくれよ、アンドー♠ ボク、今すごく良いところだったんだよ♣
キミだってノリノリだったじゃあないか◆ もっと時間を稼ぎたいんだろ♥
悪くない提案なのに……それを、自分からひっくり返すなんて……♠」
「ひっくり返すも何も、俺の本職は護衛だぞ?」
俺は肩をすくめ、乱れた息を整えながら、投げ捨てていたスーツの上着を拾い上げた。
トランプで穴だらけだが、まあ、着ないよりはマシだろう。
「護衛対象が危険な場所に行くなら、俺は万全の状態で傍にいなきゃならない。
ここでお前と全力でやり合って、死んだり再起不能になったりするのは仕事に響く。
それじゃあプロ失格だ。リスク管理だよ、リスク管理」
「り、リスク……♣ ボクとの戦いを、そんな理由で切り上げるのかい……♥」
「当たり前だろ。社会人だぞ」
「つ、
「
「友達のことは♠」
「後はハンゾーがやってくれるし……」
俺の正論に、ヒソカはワナワナと肩を震わせている。
周囲の受験生たちも今の凄まじい攻防がそんなあっけない幕切れを迎えたことに、拍子抜けしたような、それでいて呆れたような視線を俺に送っている。
ハンゾーがとうとう笑い出した。何がおかしいんだホントの事だろ。
俺はヒソカに歩み寄り、まだ固まっている彼の肩をポンと叩いた。耳元で囁く。
「……あ、でもヨークシンの件はマジで頼む。
ホームコード、本当に交換しようぜ。詳しい話はその時に。
まったくの本音だ。
「……キミってやつは……♥」
ヒソカは、俺の言葉に悔しそうにも、感極まったかのようにも漏れる声を漏らした。
彼はまだ少し名残惜しそうに俺を睨んだが、やがてククッと、いつもの不敵な笑みを取り戻した。
「……ああ。約束するよ♣ アンドーも次の試合頑張って♥」
ヒソカはそう言い残すと、背を向けて悠々と自陣へと戻っていった。
その背中からは、先程までの殺気は消えていた。
かわりになんだか、少し浮足立っているようにも見えたけれど。
(……まあ、粘った方だな。
あれ以上は流石に、こっちも
俺は会場の端へと歩きながら、ようやく肺の奥に溜まっていた熱い空気を吐き出した。
まいった、というのは偽り無い本音だ。あれ以上は無理だった。
時計を見ると、今の会話も含めて試合時間は8分弱。
10分とはいかなかったが、ポンズの休息時間はそれなりに稼げたはずだ。
「よお、お疲れさん。派手にボコられてたな」
戻ってきた俺に、ハンゾーがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて声をかけてきた。
俺はボロボロになったシャツの袖を捲り上げ、内出血でどす黒く変色し始めた前腕を眺めて溜息をつく。
初撃の一発を受け止めただけでこれだ。勘弁して欲しい。
「……見ての通りだ。骨が折れてなきゃ儲けもんってところだな」
「決勝まで行く気はなかったんじゃねえのか?
つか10分も稼げてねーじゃねーか。俺を見習えよな」
「3時間は無理だろ、相手ヒソカだぞ……?」
「ま、せいぜい不合格にならないよう頑張れよ」
ハンゾーはそう言って俺の肩を叩き、俺は痛みに「痛え」と思わず呻く。
だがハンゾーは悪びれることもなく、俺と入れ替わるようにして大広間の中央へと歩き出した。
審判が第六試合、ハンゾー対ポックルの名前を呼び上げる。
「いいかハンゾー。……あんまりやりすぎるなよ。ポックルに恨まれるぞ」
「わかってるって。ま、忍びの仕事を見せてやるよ」
ハンゾーは振り返らずに手を振ると、対戦相手であるポックルの前でぴたりと止まった。
ポックルは弓を構え、警戒も露わにハンゾーを睨みつけている。
「……はじめ!」
審判の声が響く。
だが、ハンゾーは動かなかった。
弓矢を構えたまま、ポックルが不審そうな声を上げる。
「……お、おい、どうした? 来ないならこっちからいくぞ!」
「ああ、待て待て。今、靴紐が解けててな。……結び直した。よし来い」
よっこいせとしゃがんで、もたもたと紐を結び直して、のんびりと立ち上がる。
あからさまな時間稼ぎ。
ポックルが顔を真っ赤にして矢を放つが、ハンゾーはそれを最小限の動き──どころか見事なブリッジ回避でひらりと避ける。
「おいおい、いきなり
「お前さあ! やりたいことわかるけどせめてもうちょっと真面目にやれよなぁ!?」
「わはははは! 何のことだかさっぱりわかんねーなあ!」
ハンゾーはポックルの攻撃をいなしながら、試合を徹底的に停滞させにかかる。
あちらに飛び退き、こちらに飛び退き、ポックルの矢を拾っては背後に回って矢筒に戻す。
それは武術の達人である彼からすれば、赤子の手を捻るよりも退屈な作業だろう。
だが、彼は時折俺の方へ視線を投げ、にやりと笑ってみせる。
(……あいつ、本当にお人好しだな)
俺は壁に背を預け、ずるずるとその場に座り込んだ。
ようやく静まった鼓動の裏側で、ハンゾーが稼いでくれている時間を数える。
一分、二分……。
ポックルの怒声と、ハンゾーの軽薄な笑い声が会場に響く中、俺はそっと目を閉じた。
その間、担架で運ばれたポンズは今、どんな夢を見ているだろうか。
今、ネオンは何をしているだろうか。どんな顔をしているだろうか。
ヒソカに言われた
俺が何をしようと、嵐は迫ってくる。きっと、逃げられはしないのだろう。
だが──……。
「……とりあえず今は、俺も休憩だな」
俺は誰に聞かせるでもなくそう呟くと、重くなった瞼を下ろした。
ハンゾーの試合が終わるまで、あとどれくらいだろう。
そしてその後に控える、ポンズとキルアの試合。
おそらくハンゾーはポックルに勝つ。
なら、ポックルはボドロと戦う事になる。
そしてその敗者と、ポンズとキルアのどちらかが戦う。
……最後は、俺との決勝。
ポンズ以外の誰かが来てくれれば良いな、と思う。
最後の一段を 自らの足で踏みしめなさい
……そういえば結果的に、最後の一段を自分で踏む事になったな。
今日はまだネオンの声を聞いていない。
でも俺の選んだ俺の進む道を、ネオンが保証してくれている。
その安心感が、俺の疲労を少し和らげてくれたような、そんな気がした。
読んでくださってありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。
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