地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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27.イジ × ト × イシ

「……あー、クソ! もういいよ、ハンゾー」

 

 試合開始から十分近くが経過した頃、ポックルがとうとう諦めたように叫んだ。

 ハンゾーは、片手で逆立ちをしながらポックルの放った矢を足先で弄んでいたが、その言葉を聞いてピタリと動きを止める。

 

 

「ん? 待てよ、試合はこれから面白くなるんだぜ?」

 

「白々しいこと言うなよ。盛り上げる気ゼロだろお前……」

 

 

 ポックルは苦笑混じりに、医務室があるだろう廊下の奥へと視線を向ける。

 ハンゾーは「まーな」と悪びれもなく答えて、ひょいと身軽な動きで立ち上がった。

 溜息を吐いたポックルも、構えていた弓をゆっくりと下ろす。

 

 

「ポックル、わりーとは思ってるぜ? 思ってるだけだけど」

 

「いや、悔しいけどそれだけの実力差があったってことだ。

 自分には腹が立つけど……あんたには怒っちゃいないよ。

 ……審判! 俺の負けだ、降参する!」

 

「……いいのか?」

 

「いいんだ。お前の茶番にこれ以上付き合うのも疲れるしな。

 ……それに、俺にも次の試合があるからさ」

 

 

 ポックルの宣言により、第六試合はハンゾーの勝利で幕を閉じた。

 ハンゾーが待機列に戻る一方、ポックルはそのまま自分の待機場所へ戻ろうとはせず中央に留まったまま、ネテロ会長を仰ぎ見た。

 

 

「会長! 一つ提案……いや、お願いがあります。

 この後の試合順を変更してもらえませんか?」

 

「ほう? 試合順の変更とな」

 

 

 ネテロが面白そうに目を細める。

 

 本来の予定では、次は第七試合、キルア対ポンズだ。

 そしてその敗者が、ボドロとポックルのどちらか──敗れた方と争うはずだった。

 

 

「次の試合……ポンズとキルアの試合の前に、俺とボドロさんの試合を先にやらせてください。

 あの子……ポンズは、まだまともに動ける状態じゃない。

 もう少し休む時間が必要だ」

 

「しかし試合というのは君一人でやるものではないぞ、ポックル君。

 もう一方の意見も聞かねばな。のう?」

 

 

 ネテロ会長に水を向けられたボドロも深く頷き、重厚な声で言葉を添える。

 

 

「私も異議はありません。

 あのような戦いの後、すぐに立てというのは酷というもの」

 

「ほっほっほ。それはきみ、情けという奴かね?」

 

「無論、それが無いとは申しません。

 ですがどちらかと言えば、困難に挑まんとする若者への敬意の方が強い」

 

 

 ネテロは愉快そうに髭を撫で、重々しい動きで頷いて見せた。

 

 

「敬意か……よかろう、認めよう。試合の順序を入れ替える。

 第七試合、ポックル対ボドロ!」

 

「ありがとうございます!」

 

「感謝を」

 

 

 頭を下げるポックルの向かいで、ボドロもまた薄く笑いながら静かに頷いた。

 そして老練な武道家は、ず、と重々しい気配を纏いながら、ゆっくりと格闘の構えを取る。

 

 

「……さて、ではポックル君。

 君の義侠心を汲んだ上で、手加減はせんぞ。よろしいな?」

 

「もちろんだ!」

 

 

 二人の受験生が、その全身に気迫を漲らせて激突する。

 

 俺やハンゾーだけでなく他の受験生たちまでもが、ポンズに手を貸そうとしていた。

 それがなんだか、俺には無性に嬉しかった。

 

 

「……意味わかんない。マジで何なの、あいつら」

 

 

 壁に寄りかかったキルアが、吐き捨てるように呟くのが聞こえた。

 その眉間には深い皺が寄り、周囲を威圧するような不機嫌な気配が漏れ出している。

 俺は思わず、苦笑した。

 クラピカとレオリオからも何か言われたんだろうけれど、まだ彼は納得できていないらしい。

 

 

「合格したいなら勝てば良いし、無理させたくないならさっさと失格にさせればいいだけじゃん。

 わざわざ順番まで変えて、競争相手を助けるなんて……バカじゃないの?」

 

「まあ、効率だけで言えば、それが最適解なんだろうな」

 

 

 隣に座り込んでいた俺がぽつりと呟くと、キルアが一瞬ぎょっとしたような目で此方を見た。

 そういえばクラピカはもちろんレオリオとも少し話したが、キルアとはこれが初めての会話だ。

 誰だっていきなり話しかけられたら驚きもするか。

 

 

「……あんた、わかってんの?

 試験だろ、これ。仲良しごっこしに来たわけじゃないんだぜ」

 

「別に仲良しごっこしてるつもりもないよ、俺はね」

 

「じゃあ、なんでさ」

 

 

 そうだなあ、と俺は考える。

 

 言語化するのは些か気恥ずかしいし、照れくさい。が、まあ、良いだろう。

 ネオンも今は、こっちを見ている気配はないし。年頃の男の子には、素直に言った方が伝わる。

 

 

「例えばさ、この場に好きな女の子がいて、こっちを見てるとするじゃないか」

 

「は? いきなりなんの話?」

 

「まあ兄でも妹でも弟でも憧れの人でも友達でもなんでも良いよ。とにかく、その目の前でさ。

 ……今すぐポンズを引き摺り出して、無理やり『まいった』って言わせるの、ダサいだろ」

 

 

 それだけだよ。俺がそう言うと、キルアは言葉に詰まったのか、フイと顔を背けた。

 

 まあゾルディック家の教育方針からすると、この辺はありえない考え方だろうから仕方がない。

 今の俺のセリフはギタラクル……イルミの耳にも届いただろうか?

 個人的には結構な皮肉のつもりでもある。

 けどまあ、イルミ的には、弟にはこういう馬鹿な真似はして欲しくないだろうからなぁ。

 

 とはいえ、俺の理由はそんな所だ。 

 他のみんなだって根っこの所にあるのは似たような理由だろう。

 自分が納得できるかどうか。格好良いかどうか。

 これは結構、生きてく上で大事なところだと思う。

 

 

「……あんなの、時間の無駄だぜ」

 

 

 キルアがそう言い捨てた時、会場の空気がわずかに震えた。

 試合場では、ボドロの鋭い突きがポックルの鳩尾を捉えていた。

 

 

「ぐ、は……っ!」

 

 

 吹き飛ぶポックル。立ち上がり、またボドロに叩きのめされる。

 

 まあ、実力差は明白だった。

 ボドロの武術は老練で、狩人としては優秀でもポックルが太刀打ちできる相手ではなかった。

 というか繰り返しだけど、1対1の真正面、至近距離での試合がポックルに不利なのだ。

 これが四次試験のようなサバイバルでの戦いなら、ポックルの方が明らかに上だろう。

 しかしこの程度の不利を覆せないようでは、ハンターは務まらない。

 

 数分間何度も床に転がされたポックルは、どこか吹っ切れたような、清々しい表情で笑った。

 

 

「……まいった。完敗だ。くっそ、やっぱ狩猟以外も勉強すべきだったかなあ……!」

 

「うむ。だが筋は悪くなかったぞ。試験の後でよければ、手ほどきしても良い」

 

「マジで!? と、あー……合格おめでとう、ボドロさん。

 後で話聞かせてくれよ。やっぱやりたい事や得意な事以外も大事だって痛感したから」

 

「無論、この老骨で良ければ喜んで」

 

 

 ボドロが手を差し伸べ、ポックルを立たせる。

 これでボドロの合格が確定し、ポックルは敗退。次の試合へと駒を進める形になる。

 それでも二人の間には勝敗の無慈悲さは無く、全力を尽くした者同士の奇妙な連帯感があった。

 

 

「……チッ」

 

 

 キルアはますます不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

 

「何でも良いけど、それって全部あのポンズって子が来ればの話だろ?

 なあ、ネテロのじいさん! ポンズが目を覚さなきゃ俺の不戦勝で良いでしょ?

 まさか起きるまでずっと待ってろとか言わないよな?」

 

「うむ、そうなるとポックルくんも待たせてしまうことになるからの。やむを得まい。

 だが、心配せずとも良さそうじゃぞ?」

 

「あ──……?」

 

 

 ネテロ会長が指し示した先、通路の奥の暗がり。

 そこから小さく細い、けれどはっきりした意思の籠った声が響いた。

 

 

「おそ、く……なり、まし……た……っ」

 

 

 通路の壁に手を突き、今にも崩れ落ちそうな足取りで、彼女は現れた。

 全身を包む包帯にはまだ血が滲み、顔色は紙のように白い。

 だがその瞳だけは、針によって蹂躙される前よりも鋭く、強い光が燃えている。

 

 

「……遅れて、ごめん、なさい……。246番……ポンズ……来ました」

 

 

 会場に、しんと静まり返るような沈黙が流れる。

 レオリオが叫び出しそうなのを、クラピカがその肩を掴んで制した。

 ポックルは何処か安堵した表情で、ボドロは「よくぞ来た」と言わんばかりに静かに目を閉じる。

 ハンゾーとヒソカは、妙に満足した様子だった。なんだ、仲良いじゃないか。

 

 

「やれるか?」

 

「……やる」

 

 

 俺の問いかけに、ポンズは青ざめた顔で、どうにか強気な笑みを浮かべた。

 アンドーくん。彼女の小さい声が、俺を呼ばわる。

 

 

「……ありがと。でも……大丈夫」

 

 

 ポンズは俺にそう伝えると、震える足取りで一歩、前へ踏み出した。

 その視線の先には、両手をポケットに突っ込み、ひどく冷めた目をしたキルアが立っている。

 

 

「……本気? 死にかけのくせに」

 

「死に……かけて、なんかないわよ。私……まだ、終わってないもん……っ」

 

「終わってないって……終わってるじゃん。

 その体で何ができるって言うんだよ。俺に勝てるわけないって。

 ……今のあんたなら、デコピン一発で終わりだぜ?」

 

「……わかってる、わよ。そんなこと……っ」

 

 

 ポンズは溢れそうになる涙を、奥歯を噛み締めて堪えた。

 震える腕で、俺が手渡した黄色い帽子を深く被り直す。

 そこに蜂は、もう残っていない。

 

 

「でも……わかってたって……やってみなくっちゃ、わかんないっ

 最後まで……自分でやるって、決めたんだから……ッ!」

 

 

 ポンズは腰のポーチから、予備の吹き矢の筒を取り出した。

 指先の感覚が麻痺しているのか、筒を握る手は心許ない。

 だが、その構えには迷いがなかった。

 

 

「……フン。勝手にすれば」

 

 

 キルアがポケットから手を出した。

 その指先がびきびきと音を立てて異様な形に変化し、鋭い爪を尖らせる。

 あれがただの技術だっていうんだから、まったく恐れ入る。

 

 

「第八試合、キルア対ポンズ……はじめッ!」

 

 

 審判の合図と同時に、キルアの姿が消えた。

 否、あまりの速度にポンズの動体視力が追いついていないだけだ。

 俺の目にはキルアが一気に彼女の死角へ飛び込んだのが、よくわかる。

 

 

「……っ!?」

 

「遅いよ」

 

 

 ポンズは咄嗟に背後へと振り向くが、そこには誰もいない。

 次の瞬間、彼女の右肩、左脇、そして膝裏を鋭い衝撃が襲う。

 

 

「あ、ぅ……っ!?」

 

 

 吹き飛ばされ、床を転がるポンズ。

 傷口が開き、焼けるような痛みが全身を走っているはずだが、彼女は悲鳴を飲み込んで立ち上がろうとした。

 

 

「……っ、まだ……!」

 

「無駄だって。あんた、自分がどういう状態か分かってんの?」

 

 

 キルアは爪を使わず、手刀と打撃だけでポンズを翻弄していた。

 それは戦いというより、猛獣が弱った獲物を弄ぶような、残酷なまでの実力差の誇示。

 ポンズは何度も床を転がり、その度に包帯から新たな血が滲む。

 

 

「っ、くう……ッ!? ん、ああッ!?」

 

 

 ポンズが必死に放った吹き矢も、キルアには届かない。

 キルアは首を僅かに傾けるだけで回避し、まるで退屈な作業でもこなすかのように、ポンズの細い手首や肩に鋭い手刀を叩き込んでいった。

 

 

「あんた、自分の足元も見えてないよ」

 

 

 キルアの声は冷たい。

 彼はわざとトドメを刺さず、ポンズが攻撃を繰り出す直前にその機先を制し、精神的な絶望を植え付けようとしていた。

 ギタラクル──イルミと同じ、ポンズの心を折って「まいった」と言わせるつもりなのだろう。

 

 殺すのは簡単。殺さないように嬲る。暗殺者の仕事というよりは、拷問官の仕事だ。

 きっとキルアには不慣れな行為で、ハンゾーほどに慣れていない。ミルキなら違うんだろうが。

 そんな作業による不快感も──もちろんあったろう。

 

 だが。

 

 

「ッ、あ、ああ……ッ!」

 

「……ッ」

 

 

 立ち上がるポンズに何度目かの打撃を与えようと踏み込んだ瞬間、キルアの眉が不自然に動いたのを、俺は見逃さなかった。

 

 本来なら、一撃で終わるはずだった。

 死にかけのポンズが放つ攻撃など、それこそ蜂が刺すほどの事もない。

 状況は、ポンズ対ギタラクルの試合と同じ。

 

 けれど決定的に違う点が、一つ。

 

 ポンズが立ち上がるたび、その周囲にまとわりつく気配が、じりじりと熱を帯びて膨れ上がっていくような──()

 

 

(──()()()だ)

 

 

 今は(ネン)を禁じている俺にも感じ取れるそれは、ただの気迫などでは決してありえないほどの、()が伴っていた。

 

 ポンズ自身は気づいていない。

 だが彼女の剥き出しになった戦意に合わせ、その体表から陽炎のようなオーラが、間違いなく立ち昇っているはず。

 それは未熟で、形もなさない無自覚な(ネン)の萌芽だ。

 暗殺者として、そして兄イルミの禍々しいオーラを肌で知るキルアにとって、その()は無視できない違和感だろう。

 

 それこそ、神経を逆撫でされるほどに。

 

 

「おい、アンドー……ありゃあ、なんだ……!?」

 

 

 俺の隣、混乱した様子のハンゾーが、呻くような調子で微かに呟く。

 ハンゾーだけではない、受験生の誰もが──ギタラクルさえ、ポンズの気迫に注目していた。

 試験官であるプロハンターたちはといえば、まるで雛鳥の孵化を見るような眼差し。

 メンチなどは、どこか安堵した、満足そうな顔で腕を組んでいるほどだった。

 そうか。ポンズの事を気にかけてくれていたんだな。

 

 

「そりゃあ上忍や忍頭が、あんな気配を出すのを見たことはある。

 試験中に、ヒソカやギタラクルからも感じたぜ。

 ……けど、ポンズだろ……!?」

 

 

 俺は少し考えてから、言った。

 

 

()()だよ」

 

「なに、ネン……?」

 

 

 ネテロ会長がチラッと此方を見た。大丈夫、わかっています。

 俺が()()を言う事になるとは、よもや思わなかったけれど。

 

 

「心を燃やすって書いて、(ネン)。精神集中方法。

 理屈は色々……まあ、ようは意思の力だな。俺は我流でかじった程度だけど。

 たぶん一度死にかけて、ポンズの精神が極限にまで研ぎ澄まされたんだろう」

 

「勝ちたいって、そう思うだけでこんな風になるってのか……!?」

 

 

 すげえな、ポンズは。

 ハンゾーの呻くようなつぶやきに、俺は笑って頷いた。

 

 

「ああ、ポンズはすごいよ」

 

「……あ、……は……っ」

 

 

 ポンズが震える手で吹き矢を構える。

 その筒先には、きっと無意識に凝縮されたオーラが集まっているはずだ。

 

 当たれば、あるいは。

 

 

「………………ッ!」

 

 

 だが、キルアはそれを見届ける前に、ふっと構えを解いた。

 

 

「……やめ。まいった」

 

 

 唐突な宣言。

 会場全体が、文字通り「ポカン」とした空気に包まれる。

 

 

「え──……?」

 

 

 吹き矢を構えたまま、ポンズは思考が停止したように、呆然とキルアを見ていた。

 目の前の少年は、あろうことか欠伸をしながら、ポケットに手を突っ込んで審判の方へと歩き出したのだ。

 

 

「ちょ、ちょっと! まだ、終わってない……!」

 

「終わったよ。俺が降参したんだからさ。

 ……やっぱりあんたとやってても、これ以上得るものなさそうだし」

 

 

 キルアは振り返りもせず、吐き捨てるように言った。

 

 

「待っ、て……待ちなさいよ!」

 

 

 ポンズが叫ぶ。彼女の瞳には、勝利の喜びなど欠片もなかった。

 

 

「私は、そんな……勝ちを譲ってもらいに来たんじゃないッ!!」

 

 

 悔しさにポンズの声が震え、ボロボロと目から涙が溢れ出す。

 彼女が欲しかったのは、ただの「合格」という言葉ではない。

 これは自分の価値を自分で証明するための戦いだったのだ。

 

 

「譲った? 勘違いしないでくれる?」

 

 

 キルアが足を止め、肩越しに冷ややかな視線を向けた。

 

 

「あんたが弱すぎて、遊ぶのにも飽きたって言ったんだ。

 なんかさ、痛めつけてると、こっちが悪いことしてるみたいで気分悪いし。

 ……おめでとう。あんたの勝ちだよ、()()()()()()()()

 

 

「ふざけないでっ……!!

 なによそれ……! まだ私、一発も当ててない! あなた、無傷じゃない!

 なんで……なんでよ! 戦いなさいよ! 戦ってよぉ……ッ!」

 

 

 ポンズの絶叫も虚しく、審判の「合格、ポンズ!」という声が響き渡った。

 崩れ落ちるように膝をついたポンズは床を拳で叩き、声を震わせ、啜り泣く。

 

 俺はその光景を黙って見つめていた。

 

 ()のせいだ。

 

 ポンズから立ち昇るオーラ。

 その異様な気配──兄と同じ種類の()に、針という形で埋め込まれた無意識下の恐怖心が「これ以上関わるな」と命じたのだろう。

 キルアにとってイルミは、下手をすれば実の父親以上の恐怖の対象だ。

 実際に最終試験で対面した時の原作の姿を見れば、キルアは兄に立ち向かうことさえできない。

 対してポンズはそんな、自分の兄を思わせるような存在に、決して屈さずに立ち向かった。

 そして今や、兄と同質の()さえ纏っている。

 なら、キルアは戦えない。一秒でも早く戦いを終わらせ、逃げる事で思考が染まったはず。

 

 ポンズ本人は負けたと思っているだろうが……これは間違いなく、彼女の勝利だ。

 たとえそれがキルアの恐怖心──脳に打ち込まれたギタラクル、イルミの針による操作だったとしても。

 そしてポンズ本人には、まったくその理由がわからないままだとしても。

 

 あるいは――この全てがキルア自身が、彼なりに考えて導き出した、()()()()()()()()だったのだとしても、だ。

 

 

「……っ、う……、うあああああああんッ!!」

 

 

 子供のように泣きじゃくるポンズ。

 その合格は、決して彼女が望んだ形ではなかった。

 けれど俺は、間違いなく彼女は自力で勝ちを掴んだのだと、そう思う。

 

 

「……おい、アンドー。あれ、どうすんだよ」

 

 

 いつの間にか隣に来ていたレオリオが、困ったように頭を掻きながら聞いてくる。

 その隣ではクラピカも、痛ましげに彼女を見守っていた。

 まあ自分達の仲間がやらかしてしまったのだ、何も言えないのはわかる。

 俺もレオリオとクラピカには、思うところはない。

 

 

「……今は、泣かせておいてやってくれないか。

 ポンズは実力で合格したんだ。後はそれを自分で認められるかだよ」

 

 

 俺は息を吐いて、それからハンゾーの肩を叩いた。

 

 

「悪い、ポンズを頼めるか」

 

「頼まれなくたってな。……けど、アンドーはどうすんだ」

 

「たぶん、俺は忙しくなる」

 

 

 なんとなく、そんな予感があった。

 

 一度もポンズを振り返らなかったキルアは、そのかわりちらりとポックルを一瞥していた。

 ポックルは今のやり取りにキルアへの怒りを隠そうともせず、彼を睨みつけていた。

 だが、キルアはそれも退屈そうに受け流すと、審判に──そしてネテロ会長に声を上げる。

 

 

「ねえ、次も俺の負けで良いからさ。さっさとあっちのスーツの人とやらせてよ」

 

 

 キルアのその言葉に、会場の空気が再び凍り付いた。

 あまりにも自分勝手で、傲慢な提案。

 だが、彼が放つ気配は、それが単なる冗談ではないことを雄弁に物語っていた。

 

 

「……おい。ふざけんなよ、お前!!」

 

 

 ポックルは案の定、顔を真っ赤にしてキルアを睨みつけている。

 そりゃそうだ、俺でも怒る。

 ……いやどうかな。俺がやられたら、俺より先にネオンの方が怒りそうだ。

 

 

「俺だってここまで勝ち残ってきたんだ。そんな風に舐められてたまるか……っ!」

 

「だってあんた弱いじゃん。さっきの女の子と同じ。

 あんたからもさ、なんか……変な、ざわざわする感じがするんだよね。

 弱いくせに……うっとうしいっていうか」

 

 

 キルアは自分の額を不快そうに摩りながら、ポックルから視線を外した。

 

 

(──ああ、なるほどな)

 

 

 原作でポックルとの対戦を避けた理由も、きっと今回のポンズと同じだったに違いない。

 何でわざわざポックルだけを名指しで戦いを拒否したのか、不思議でならなかった。

 でも、最初から()が刺さっていたのだとすれば、全て納得がいく。

 

 優秀な狩人であるポックルは、たぶん(ネン)の片鱗に手をかけている。

 ゼビル島で見せた狩猟技能は(ゼツ)に限りなく近いもので……翻って、そうでない時はオーラが漏れてしまっているのだろう。

 熟達した念能力者であるヒソカやイルミとは違い、ポックルは自身のオーラを(ゼツ)にすることしかできないのだと考えれば……。

 つまりキルアが感じている不快感は、ポックルの無自覚なオーラの漏出だ。

 そしてキルアの脳内にある針が、その未知の力への警戒心を「戦う価値なし」という拒絶に変換させている。

 当人が、その不自然さに気がついていないだけで。

 

 

「だからさ、爺さん。俺、このひとにも降参でいい。

 次のスーツの人……アンドーだっけ? そいつとさっさとやらせてよ。

 アンドーならさっきヒソカとも遊んでたし、まだマシそうだからさ」

 

 

 対して俺はといえば、まあ、見ての通りだ。

 ハンター試験中、俺は(ネン)を一切使ってないし、使()()()()

 そう誓っている以上、これは絶対だ。

 

 キルアが俺から感じる強さは、きっとハンゾーと同質のもの。

 そう考えると、結構名誉な事じゃないだろうか。

 

 

「おいおい、キルア。流石にそれはポックルにも俺にも失礼だろ」

 

 

 俺は苦笑しながら、試合場──フロアの中央へと足を進める。

 ネテロ会長は「ほっほっほ」と愉快そうに笑い、俺の方を見た。

 

 

「ルモア君、当の本人がこう言っておるが。君はどうかな? 準備はできとるかね」

 

「ええ。ポックルさえ良ければ、俺は構いませんよ」

 

「……冗談じゃあない。俺だって、こんな勝ち方は望んでない! だけど……」

 

 

 ポックルはキルアを睨み、それから俺を見た。

 きっと心の中では、様々な葛藤が渦巻いているに違いない。

 自分とキルアの力量差。そして合格を手にする事ができるという誘惑。

 

 ポックルとてプロハンターを志す者として、最終試験まで来た実力者だ。

 ここまで自分がレオリオ、ハンゾー、ボドロと負けが込んでいる事も理解している。

 もしこれが四次試験のようなサバイバルであればと、きっと思っている事だろう。

 正面からの戦闘でさえなければ、ポックルは躊躇無くキルアに挑んだに違いない。

 

 だが……一対一、至近距離からの格闘戦。

 

 自分とキルア、そして俺。三人を並べて……キルアに勝てるのは自分か、それとも俺か。

 それでも挑んだポンズの姿を前にして、戦いもせず実力不足を認めるのはひどく悔しいだろう。

 正直に言えば、俺だって申し訳ないというか……上手く言えない、罪悪感は覚えている。

 でも実力差がわからない者は、きっとハンターになったって長生きできないのだ。

 そして俺はポックルに、長生きしてほしいと思っている。

 

 

「……悪い、譲って貰えないかな。ポックル」

 

 

 ポックルは悔しそうに拳を握りしめていたが、やがて力なく吐き出した。

 

 

「アンドー。……アンタに、任せてもいいか?」

 

「ああ。貸しにしておいてくれ」

 

「じゃあ、すぐに返してくれ。あのクソガキの鼻を明かしてやってくれよ」

 

「善処するよ」

 

 

 俺とポックルのやり取りを見たネテロ会長は、重々しく頷き──そして宣言する。

 

 

「よかろう!

 ポックルくんの合格を認め、最終戦──ルモア対キルアを執り行う!」

 

 

 正真正銘ハンター試験の最終戦。最後の一枠を争う戦いは、俺とキルア。

 

 しんと静まり返った中、俺は大広間の中央、キルアの正面へと歩み出る。

 途中、ハンゾーに支えられながら力なく歩いていくポンズとすれ違った。

 彼女はまだ泣いていたが、俺の姿を見ると、腫れた目で必死にこちらを見ようとしていた。

 大丈夫だ。俺は一度だけ、彼女に小さく頷いて見せた。

 ポンズが涙でぐしゃぐしゃの顔でうーっと不明瞭な声を漏らし、こくりと頷く。

 あとは、ハンゾーに任せよう。

 

 俺は目の前の、キルア=ゾルディックへと意識を集中させる。

 キルアは再び指の爪を鋭く研ぎ澄ませ、臨戦態勢。

 

 

「アンドーだっけ、俺、結構強いからさ。見ての通り。覚悟は良い?」

 

「そっちが良ければな」

 

「……へえ?」

 

 

 なるほど、キルア=ゾルディック。

 暗殺一家の御曹司、次期後継者候補、素質はピカイチ、原作の主人公の一人。

 俺だって好きだ。彼の背負ってきた過去にも同情する。これから先、上手く行けば良いと思う。

 

 そんな相手に、これを言うのは憚られる気持ちがないではないんだが。

 

 でもさ。

 

 

()()()()()()()()()なんだよな」

 

「…………なら、それなりにやってよね。

 じゃないとこの試験、時間の無駄だったってことになっちゃうし。

 それで負けたら、あんたすげー()()()ぜ?」

 

 

 それに、うん。いや。正直な所。はっきり言って。

 

 

「俺もちょっと、()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

 

 ポンズは友達だ。

 

 それに機嫌を直したネオンがいつ「見せて!」と飛び込んでくるかわからない。

 なら俺だって格好良いところを見せないわけにはいかない。

 友達のために怒る事もできないような自分なんて、それこそ格好が悪い。

 

 (ネン)は使えない。知ってる。

 ヒソカに殴られてあちこち痛い。それはそう。

 キルアは原作主人公格の一人で人気キャラ。俺も好き。

 友達がいないから人に優しくする方法が良くわからない。うんうん。

 そうか、君は兄貴に針を打ち込まれて思考誘導されているんだね。かわいそ。

 

 で、ゾルディックが何だって?

 こっちは幻影旅団全員ぶちのめすつもりで生きてんだぞ舐めんなクソガキ。

 

 ボロボロになったスーツの上着を着直して、ネクタイを締め直し、びしりと決める。

 

 

「あっそ」

 

 

 呟くと同時にキルアが地を蹴った。

 それは加速という概念を置き去りにした、文字通りの消失。

 

 俺は静かに、けれど深く、右拳を引き絞った。

 




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