地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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28.カチ × ト × マケ

 キルアの姿が、完全に視界から消えた。

 加速というよりは、そこに存在していたという事実そのものを世界が忘れたかのような、完全な消失。

 

 だが、本当に消えたわけじゃない。カストロさん同様、死角に回り込んだだけだ。

 後ろにも目をつけろなんてどっかの天パは言っていたが、ようは死角を把握しとけという話。

 だから来るなら上か背後。後ろだとヤマを張る。

 

 

「──遅いよ」

 

 

 キルアの声が耳元で響く。そら来た。

 蛇のようにしなやかに伸びてきた、ナイフよりも鋭い彼の五爪。

 俺はそれをギリギリまで引きつけてからダッキングで回避。

 

 

「イィヤアッ!」

 

 

 同時、体を起こして振り向きざま、引き絞っていた右拳を彼の顔面へと突き出した。

 最短距離を撃ち抜くジャブの連打。

 キルアはそれを首を捻って回避するが、俺の狙いはそこじゃない。

 ジャブで視界を奪い、本命は下。

 軸足を深く踏み込み、靴の硬いエッジを活かした蹴闘(サバット)の足刀蹴りでキルアの膝関節を狙う。

 

 

「甘いねッ!」

 

 

 キルアは俺の蹴りを足場にするようにして高く跳んだ。

 そのまま天井に手足をつき、まるで蜘蛛のように張り付く。クラピカはまたキレてないか?

 

 

(確か……蜘蛛は足先の繊毛で吸着力を生み出しているんだっけ?)

 

 

 どっかのゲロ以下吸血鬼みたく、足を壁だ天井だに突き刺して埋め込んでるわけではないらしい。

 ゾルディック家の肉体操作で産毛を操ったりしているのだろうか。

 いやでもあれ靴裏だよな、天井に接触してるの。

 何にしたって凄まじいバランス感覚が必要なはず。

 重力を無視したようなその機動力は、まさに超人だ。

 

 

(……やっぱり、とんでもないガキだな)

 

 

 これで十一歳だっていうんだからホント笑えない。

 しかもさらに(ネン)がつく? オーラを電気に変化させて帯電? 迂闊に格闘できないじゃねえか。

 電流ってオーラでガードできんのかなと、俺は半ば現実逃避気味にそんな事を考えながら頭上の少年を睨む。

 キルアは面白がるように、猫めいてその瞳を細めた。

 

 

「へえ……。アンタ、さっきのヒソカとの時よりずっと動けてんじゃん」

 

 

 そりゃあ今はまだ、()の仕込みもない子供相手に警戒する必要もないからな。

 

 俺は答えるかわりに、荒くなった息を整えて低く構え直す。

 ヒソカに叩かれた脇腹が熱く脈打ち、全身の筋肉が軋んでいる。

 

 が、まあ、そんなのは大した事はない。

 こっちだって六歳の頃からネオンのためにダルツォルネさんに叩き込まれているんだ。

 キルアは生まれた時から仕込まれての十一だが、こっちも十年鍛えている。訓練時間だけなら互角。

 まあ、才能の差とか血筋とか諸々の違いはあるのが悲しいが、互角って箇所が一つでもあるのは気分がよろしい。

 

 

「いいよ。じゃあ、これならどう?」

 

 

 天井のキルアの姿がくるんと反転、床に舞い降りると共に音もなくブレた。

 肢曲(しきょく)

 残像を残しながら移動する暗殺術が、大広間に無数のキルアを生み出していく。

 足音一つ立てず、無限とも思える数のキルアが俺を取り囲む。

 

 

「な、なんだあっ キルアの奴が増えやがった……!?」

 

「ちげえ、増えてるように()()()()()だ!

 二羽の小鳥が枝の間を飛び回るように、一瞬静止しながら移動を繰り返し、残像を生み出す。

 是即ち()()()……。

 気にすんな、単に俺の身体能力すげーだろってアピールするための見せワザだぞ、アンドー!」

 

 

 ポックルとハンゾーの声。まあそうか。

 こういうのは忍者の方が本家本元だし、ただの技術なら別にゾルディック家専売特許ではない。

 そう、こんなものは(ネン)じゃあない。

 

 

(……来るッ!)

 

 

 全方位からの同時攻撃──ではない。

 (ネン)ではない以上、同時に複数の人間が存在することも、攻撃する事もできない。

 どうしたってほんの僅かな時間だけど誤差が出る。なんか前もこんな事考えたな。

 つまりヒテンミツルギスタイルの九頭龍閃かカストロさんのダブル持って来いって事だ。

 

 左。

 ワックスかけてワックスおとす円の動きで、伸びてきた手刀を払い除ける。

 右。

 拳闘(ボックス)のウィービングで、喉元への刺突を回避。

 そして正面。

 踏み込んでくる動きに合わせて、俺は回避の勢いを乗せて深く踏み込む。

 

 

「イィヤアッ!!」

 

 

 そして床を激しく踏み鳴らして下から上へ、反動を全身の捻転に変えて肩から背中をキルアに叩きつける。

 訓練時間が互角なら、明らかに上回っているものが体格差。重量。質量。生み出される破壊力。

 キルアの小柄な体が、彼我の加速度によって生まれた衝撃で軽々と吹き飛んだ。

 

 

「がっ……!?」

 

 

 キルアの体が、空中でくの字に折れ曲がる。

 だが、彼はその衝撃を利用して後ろへ飛び退き、着地と同時に再び姿勢を立て直した。

 口の端から一筋の血が流れているが、然程のダメージになったとは思えない。

 

 

「……いっ、てぇな……。今の、なにそれ。体当たり?」

 

功夫(クンフー)だよ。原理としては投げ技に近いんだってさ。

 俺は十年かかったけど、もっと上手くやる人に教わった」

 

「へぇ……笑える。映画かよ」

 

 

 ボドロさんが「ほぉ」と感心したように呟くのが聞こえた。

 対してキルアは面白くも無さそうに吐き捨てて、再び動く。

 

 加速という概念を置き去りにしたキルアの踏み込み。

 瞬き一つの間に、俺の懐へ鋭い指先が迫る。

 狙いは心臓。暗殺者として、最も確実で最短の軌道だ。

 お前これ殺しちゃダメだって忘れてないか。

 

 俺は思考を捨て、積み上げてきた反射に身を委ねた。

 直線攻撃なら攻撃線の外に身を置けば良い。サイドステップ。その指先とすれ違う。

 空いたキルアの脇腹へ、左のショートアッパーを叩き込んだ。

 

 

「……チッ!」

 

 

 キルアは俺の拳を腕で受け、僅かに後退。間合いを取る。

 だが逃がしてやる気はない。まだそこは俺の射程だ。

 今度は蹴闘(サバット)の要領で、しなるように上段の蹴りを放った。

 お子様とは間合い(足の長さ)が違うのだ。

 靴の先端がキルアのこめかみを掠め、銀の髪がはらりと宙に舞う。

 首を傾けて回避したキルアが、俺の足を掴もうと指を伸ばす。

 あえて掴ませてやり──(ネン)の心配がいらないって素晴らしい!──俺はそこを基点に体を捻っての二段蹴り。

 

 

「あっぶね……ッ」

 

 

 たまらずキルアが手を離し、先程よりも大きく飛び下がる。

 俺も同時に靴底でタイルを擦りながら、強引な飛び蹴りから復帰。

 

 互いに弾け飛ぶように着地した俺達は、そのまま広間の中央で激しく撃ち合った。

 手刀が飛び、俺の拳と蹴りがそれを迎え撃つ。

 

 

「……すご……ぃ……」

 

 

 それを少し離れた場所でハンゾーに支えられながら、ポンズが食い入るように見つめていた。

 腫れた瞼を必死に持ち上げ、ボロボロになった帽子を握りしめながら、彼女は小さく声を漏らす。

 

 

「アンドーくん……やっぱり、強いなぁ……」

 

 

 その呟きに、ハンゾーが「当たり前だろ」と短く、けれど確信を持って応じる。

 

 

「俺も強いし、アンドーも強い。だから()()()()()()()に決まってら。

 見てろよ。あんなクソガキに()()()()が負けるわけがねえんだ」

 

「アンドーくん……っ!」

 

 

 掠れた、けれど必死な彼女の声が届く。

 先程まで絶望の淵にいた彼女が、腫らした瞳に力を込め、祈るように俺を見つめている。

 

 ハンゾーとポンズだけじゃない。

 

 レオリオは拳を握りしめ、クラピカは息を呑み、ボドロは静守し、ポックルも声を上げ、ヒソカでさえも俺たちを凝視している。

 冷たい目をしているのは、ギタラクルだけ。

 

 

「アンドーくん……っ。いけっ……いけ……っ!」

 

 

 枯れた声で、絞り出すようにポンズが叫ぶ。

 それは応援というより、理不尽な世界に対する彼女なりの反抗のように聞こえた。

 その声が俺の背中を押していく。

 

 

「イィイヤアアッ!」

 

「っく、この……ッ!!」

 

 

 俺は滑るように間合いを詰め、連打を浴びせる。

 キルアはそれを最小限の動きで捌き、あるいは受け流し、隙あらばその鋭い爪を俺の喉元へ突き立てようとしてくる。

 

 打撃と刺突が交差し、肉と肉がぶつかり合う。

 キルアの爪が俺の頬を裂き、俺の拳がキルアの肩を捉える。

 

 互いの拳と足が、目にも止まらぬ速さで交錯し続ける。

 俺が打てば、彼が返す。

 彼が飛べば、俺が追う。

 

 俺は必死だ。キルアには余裕がある。一見すれば俺が不利。

 だが、キルアの顔は不快そうに歪みつつあった。

 彼の頭には、自分が思い通りに戦いを運び、余裕綽々で楽しんで勝利する姿があったはずだ。

 

 しかし、そうはならない。

 

 予想を覆された事への驚き、喜びも、最終的に自分が勝利する事が前提だ。

 キルアはヒソカのように戦いを楽しんでいるわけではない。

 殺すこと──勝つことが彼にとって一番『面白いこと』なのだ。

 まあ、針による思考誘導もあるんだろうけれど。

 その楽しみが失われつつあれば、当然ながら苛立ち、焦りが噴き出してくる。

 

 確かに、キルアの攻撃は鋭い。鋭すぎる。

 暗殺術らしく、無駄を削ぎ落とした最短最速確殺の貫手。

 指先が空気を切り裂くたび、俺の肌を熱い風が撫でる。

 

 だが、そこに怖さはなかった。

 

 ただの突き。ただの蹴り。

 それなら俺がこの十年、嫌というほど繰り返してきた反復練習の範疇だ。

 まあ、切り抜ける難易度がめちゃくちゃ高いのはそうなんだが。

 

 

「ふぅ……っ!」

 

 

 再びキルアが動く。右から左へと弧を描くようなステップ。

 俺は重心移動を使い、最小限のヘッドスリップで彼の爪をかわす。

 鼻先を通り抜ける死の予感。

 そのまますれ違いざま体を捩じ込むように、一気にキルアの小柄な懐へ潜り込む。

 

 

「イィイヤアッ!」

 

「く、ぅッ!?」

 

 

 至近距離での肘打ち。

 キルアが反射的に腕を交差させてガードするが、俺の狙いはガードごと押し込むことにある。

 さっきと同じ。俺とキルアじゃ体の重さが違う。

 ダメージは通らずとも、衝撃でキルアの体が僅かに浮いた。

 

 すかさず追撃の連打。左ジャブ、右ストレート。

 キルアは空中で器用に体を捻り、俺の拳を受け流しながら蹴りを放ってくる。

 俺はそれを左腕でブロック。

 

 

「最初の、おかえし!」

 

 

 キルアキックは目眩まし。本命は下段。着地と同時にキルアは足払いを仕掛けてきた。

 俺はそれをギリギリの高さに飛び越えざま、低い位置に沈んだキルアの頭を蹴り上げる。

 これをキルアは間一髪でバク転回避、だがその額には俺の爪先が新しい傷を刻んでいる。

 

 

(……本当に、一息つく暇もありゃしない)

 

 

 立ち上がったキルアと再び視線がぶつかる。

 彼もまた肩を上下させ、荒い息を吐きながら俺を睨みつけていた。

 銀の髪が汗で額に張り付き、その瞳には高揚と、そして隠しきれない困惑が混じっている。

 

 

「……アンタ、マジで何者?

 護衛つきの奴なら何人か殺った事あるけど、ボディガードってこんな強くないでしょ、フツー」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 

 大した奴と戦ってなかったんだな──とは、言わないでおく。

 

 キルアがこの歳まで(ネン)を知らなかったのは、ゾルディック家の過保護な教育方針の賜物に違いない。

 暗殺稼業でしか外の世界を知らず、家族以外、出会う人間は全員自分より弱い。

 こうなるのも無理もない話だ。

 何より──彼は十一歳の少年なのだから。

 

 俺は恵まれていた。

 ダルツォルネさんは元より、護衛団のみんなだって俺より強い人ばかりだ。

 髭面の男のオーラソードにしたって、俺は正直侮った事はない。

 そうした中で、俺は一切、手加減というものをされずに育ててもらえた。

 

 それに瞬間移動じみた高速移動といったって、『百歩神拳(フラッシュポイント)』よりは遅い。

 単純に身体能力が高いだけとか、もちろん強敵ではあるけれど、それでも与し易い相手なのだ。

 この方向性で俺をビビらせたいなら、ダルツォルネさんやリンセンさん、カストロさん、強化系の達人以上の実力が無きゃいけない。

 それか緋の目状態のクルタ族にランドリーの密室で襲われるとかいう想定外の状況。

 こちとら仮想敵はウボォーギンなんだぞ、という話。

 

 

「……」

 

 

 キルアの目が、僅かに細められた。

 彼の中に、困惑が混じっているのがわかる。

 自分の攻撃が当たらない。それどころか、見たこともない動きで反撃される。

 俺のこの強さが何に起因するものなのか、測りかねているのだろう。

 

 俺達は、数メートルの距離を置いて静かに睨み合う。

 

 俺は限界ギリギリの中で静かに息を整え、キルアの次の出方を待つ。

 キルアはちりちりと神経を苛立たせながら、俺を一撃で沈める方法を考えているらしい。

 

 結果がどうなるにせよ、次の打ち合いで決着がつくに違いない。

 

 誰もがそう予感した──……その時だった。

 

 

 ()()()、と。

 

 

 左の眼球の裏側が、熱い液体に浸されたような奇妙な感覚に襲われる。

 俺の左眼を通して、狂おしいほどに大切な少女の声が意識の中に飛び込んでくる。

 

 

(──ルーモアっ! ねえ、最終試験ってそろそろじゃない?

 ちょっと時間が空いたから見に来ちゃった! どんな感じ?)

 

 

 脳内に直接響く、華やかで少し我儘な、けれど聞き慣れたネオンの声。

 俺は死闘の真っ最中だというのに、思わず微笑んでしまった。

 

 

(こんな感じだよ。今まさに試験の最終戦真っ最中)

 

(何これ、すごい! ルモアが良く見てる……テンクートーギジョー? の試合みたいだね!

 その銀髪の子が対戦相手? けっこー可愛い……けどナマイキそー。私ちょっと嫌いだなぁ)

 

(まあ、生意気なのはあってるかなあ。結構強いよ、彼)

 

(え、そうなの? ……あ、じゃあじゃあ、手伝ってあげようか!?)

 

(そりゃあ、ちょっとズルだろ。ドンに怒られちまう)

 

(えー? そっかなあ?)

 

 

浸液標本の愛(プライベートアイ)』。

 

 コレクションへの執着が形となったその力は、お気に入りである俺の眼を通し、遠く離れた場所からでも視界を共有することを可能にする。

 いつかの深夜鉄道のようにネオンからの導きがなければ、本当にささやかな、可愛らしい(ハツ)に過ぎないと俺は思う。

 ネオンが「見せて!」と望む限り、俺はそれを拒否できない。

 彼女は今、俺が何をしているのかを知るため──本当にたったそれだけの理由で、無邪気に覗きにきたのだ。

 

 だが。

 

 

「…………っ!?」

 

 

 対峙していたキルアの顔が、一瞬で土気色に変わっていた。

 

 

「な、……んだよ、それ……」

 

 

 キルアは一歩、また一歩と、無意識に後ずさりをする。その手が、目に見えて震えていた。

 脳内の針が、あるいは彼自身の生存本能が、最大級の警鐘を鳴らしているようだった。

 (ネン)を知らずとも、キルアには天才的な才能がある。もしかしたらオーラを感じているのかもしれない。

 まあ、確かにネオンのオーラ量は凄まじいから、初見だと驚くのも無理はないか。

 そう言えばズシの(レン)にもビビってたし、ウイングさんの時は天井の隅まで飛び上がってたっけ。彼奴め天稟がありおる 。否 彼奴はすくたれ者にござる 。真槍(やり)を持て。

 

 

(あれ、あの子。急に震え出しちゃって……どうしたんだろ? ルモアが怖いのかな?

 ……ふふっ 当然だよね。だって、()()()()()なんだから!)

 

 

 能天気なネオンの声とは裏腹に、キルアの表情は凍りついている。

 キルアは俺の左眼──きっと虹色に煌めいているだろう──から目を逸らすことができず、喉を鳴らした。

 

 俺はそんな彼に右手を突き出し、手招きをするように構えた。

 

 ──せっかくだ、少し見せてやろう。

 

 

(わっくわっく♪ わっくわっく♪)

 

 

 呼吸を整え、意識を奥深く、底の方まで落とし込んでいく。

 その俺の姿をネオンがしげしげと、好奇心一杯の猫のような仕草で覗き込む感覚。

 これは失敗ができないな。やる気が出た。キルアには悪いけれど。

 

 

 (テン)、心を一つに集中し、自己を見つめ目標を定める。

 

 (ゼツ)、その想いを言葉にする。

 

 (レン)、その意志を高める。

 

 (ハツ)、それを行動に移す。

 

 

 ──(ネン)

 

 

 

「どうした。ここでやめるか? 続けるか?」

 

「……なに、を」

 

()()()()()()()って聞いてるんだ」

 

「……っ」

 

 

 俺の(ネン)を受けたキルアが、さらに一歩後退する。

 まるで見えない壁に押し戻されたように、もう一歩。

 

 別に(ネン)はただのハッタリではない。

 ()()なのだ。

 気合で勝れば動かずとも敵が退く。

 (レン)が強ければ(ハツ)()る。

 (ネン)の基礎技術だけあって、(ネン)は決して侮れるものではない。

 

 原作でキルアに説明をした時、ウイングさんは恐らく(ネン)を使っていない。

 使ったのは(レン)……つまりは(ネン)だ。

 ウイングさんの性格的に、(ネン)を誤魔化す場で(ネン)を披露しないだろう。

 万一()()()()()()()()()()に「体から出てるの何?」と言われれば破綻するからだ。

 極まった(ネン)にもそれだけの力はある、ということ。

 まあ、俺はまだまだそんな領域には至っていないけれど、十年の修行がある。

 

 俺がキルアにぶつけたのは、単純にして明快な強烈な意思。

 天空闘技場で初対面のウイングさんにすら「自分を殺せるわけがない」と豪語する君へ。

 この世界の創造主の言葉を借りて、一言。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして──キルアは、また一歩下がった。

 そこは試合の場として用意されたタイルの端、場外判定はないが、これ以上後はない。

 とうとう追い詰められたキルアは青ざめた顔で、震える声を漏らした。

 

 

「……ちっ、もういいよ」

 

 

 キルアは鋭利に変化させていた爪を解き、ポケットに手を突っ込んだ。

 無理やり作ったような、けれどどこか引きつった笑いを顔に張り付ける。

 

 

「まいった。俺の負け」

 

「……そっか。なら、俺の勝ちだな」

 

「いいよ、もう、それで」

 

 

 キルアは俺を見ようとせず、吐き捨てるように言葉を繋いだ。

 

 

「なんかさ、急につまんなくなっちゃった。

 それにこれ以上やったら、俺……本気でアンタを殺したくなっちゃうからさ。

 試験で殺しちゃったら、勝っても失格だろ? そんなのバカバカしいし」

 

「良いのか? ライセンス欲しくて受験したんだろ?」

 

「……別に、欲しくねーし。ちょっと……興味があっただけ。

 欲しくなったら来年受験するよ。簡単に最終試験まで来れるくらい、チョロかったし。

 だから、合格はアンタにやる。……じゃあね」

 

 

(うっわー、ねえねえ、ルモア! 聞いた? あれ絶対負け惜しみだよ!)

 

 

 俺は苦笑しながらも、無言でネオンの言葉に同意した。

 

 ──言い訳だ。

 

 自分が得体の知れない恐怖に呑まれ、戦う意志を折られたことを認めたくないがための、精一杯の強がり。

 もちろんイルミの針によってそういう風に誘導された結果で、当人にどこまで自覚があるかはわからない。

 正直ちょっと大人げないというか、申し訳ない気持ちはないではないけど、こればっかりは仕方がない。

 ゾルディック家の皆さんだって、御子息が自力で針に気づく事を期待しているんだろうし。

 

 キルアはそのまま背を向け、逃げるような足取りで会場の隅へと歩いていく。

 慌ててレオリオとクラピカが駆け寄っていくのを見守りながら、俺はネオンに声をかけた。

 

 

(ネオンのお陰で勝てたようなもんだな。……ありがとう)

 

(ふふーっ でしょー?

 でもルモアが勝ったってことは、これで合格? すごーい、おめでとうルモア!)

 

(うん、そうなるな。

 詳しい事は、後でゆっくり……時間を取って話そう。電話するよ。俺の方から)

 

(────!! うんっ わかった、待ってるからね!

 絶対にかけてよ! 約束破ったら瓶詰めだからね!)

 

 

 ネオンの満足げな声と共に、左眼の熱が引いていく。

 最後に俺の左眼に触れる柔らかな、濡れたような感触を残して、接続は途絶えた。

 ずいぶんと上機嫌だったし、これできっとノストラード邸のみんなも安心するだろう。

 

 とはいえ。

 

 

「……合格、ルモア!」

 

 

 俺は審判の言葉にも、まだ気は抜かない。

 残心を保って、もっとも大事なことをネテロ会長に確認する。

 

 

「じゃあ……()()()()()()()()()()()()って事で良いですか?」

 

 

 一瞬ネテロ会長はひきつった顔で俺の左眼と左胸を見た後、重々しく頷いた。

 まあ何となく、全部見抜かれてるんだろうなとは思うけれど。

 

 

「うむ。……全合格者が決定した。

 これを以って、本年度()()()()()()()()()とするッ!!」

 

 

 ネテロ会長の宣言が響き渡ると、俺は一気に押し寄せた()()()()()()()()()()()()()()に、思わずその場へ膝をついた。

 どうにか呼吸を整えて、気をしっかり保つ。思っていた以上に、これは結構きつい。

 

 

「……ふぅ、冷や冷やさせやがって」

 

 

 ハンゾーの安心したような声。

 そして。

 

 

「アンドーくん……っ、アンドーくん……!」

 

 

 ポンズが、泣き笑いのような顔で俺の名前を呼び続けている。

 ああ、ヒソカも拍手してくれた。応援してくれてたんだなぁ。楽しかっただけかもしれないが。

 

 俺はといえば、どうにか三人に向けて手を上げて見せるので精一杯。

 いや、ホント、ネオンの前で情けないところを見せずに済んでホント良かった。

 

 

「さ、っすがに……疲れたぁ……っ」

 

 

 ……見栄を張るにしたって、()()()()()()にも限界ってものがある。のだ。




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