地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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29.コーダ × デパーチャ × アライヴァル

 合格者発表が終わり、会場が静かな熱狂から解放され、ライセンスに関する講習会も経て。

 

 俺はボロボロになった身体を引き摺るようにして、ゴンが休んでいるはずの医務室へと向かっていた。

 まあ医務室というか、正確にはそういう役割を与えられたホテルの寝室だし、もっと厳密に言えば俺の目的は医務室ではないのだけれど。

 

 ()()()()()的には此処じゃあないか、と思うのだ。

 

 静まり返った長い廊下。

 窓から差し込む夕刻の陽光が、影を長く伸ばしている。

 

 遠く、扉の向こうからはゴンの明るい声と、それに呆れるレオリオの怒鳴り声、クラピカの諌める声。

 そして……どこか居心地が悪そうに、けれど微かに笑っているキルアの気配がしていた。

 

 良かったと、思う。

 

 原作でキルアが()()()()()をした理由は、思うに、とても単純だ。

「俺は友達のためなら人を殺すことだってできる」と証明したかった。

 そして「友達のためには人を殺すことしかできない」という絶望。

 

 ……どうしてその気持ちをボドロさんに向けてやらなかったんだ……と思わなくもないが。

 それは俺が()ボドロさんと関わって、少しでも人となりに触れたからの考えでしかない。

 原作でのキルアについて言えば、まあ、いっぱいいっぱいだったんだろう。

 周囲の受験生もボドロさんとは関わっていなかったし……仕方のないことだ。

 

 そんな事を考えながら医務室に向かう廊下の分岐点で、待つことしばし。

 廊下の向こうから、カチ、カチと、奇妙な金属音を響かせながら歩いてくる異形があった。

 予想通りだ。

 

 ──ギタラクル。

 

 全身に針を突き刺したその男が、無機質な瞳をこちらに向けて近づいてくる。

 合格者の一人としてそこにいるはずの彼は、まるで最初から俺がここを通ることを知っていたかのように、微動だにせず佇んでいる。

 

 すれ違いざま。

 

 視線さえ合わせず通り過ぎようとした瞬間。

 ギタラクルの右手が、視認できないほどの速度で動いた。

 

 ()()()()()()を放つ一本の長針が、迷いなく俺の額を捉える。

 だが、その針が俺の肌に触れるよりも早く──。

 

 

「……ッ!」

 

 

 ギタラクルの動きが止まる。

 彼の額……その眉間の中心に俺の左手の人差し指が、()()のような鋭さで突きつけられていた。

 

 

「驚くなよ。おたくから仕掛けた()()だろ?」

 

 

 俺の声は、自分でも驚くほど冷えていた。

 

 ギタラクルの針は、俺の額まであと数ミリというところで静止していた。

 対して俺の指先も、彼の額にある針の隙間、ちょうど急所にあたる位置を正確に捉えている。

 

 一触即発。

 廊下の照明が俺達のオーラに当てられてチカチカと明滅、不気味な影を俺達の間に落とす。

 

 

「……へぇ。()()が怖がってたのは、()()かな?」

 

 

 カタカタという顎の鳴る音ではなく、抑揚のない、けれど酷く澄んだ男の声が響いた。

 ギタラクルの顔面から針が数本抜け落ち、その下から整いすぎた美貌──イルミ=ゾルディックの素顔が僅かに覗く。

 彼は感情の読み取れない真っ黒な瞳で、俺の左眼をじっと見つめていた。

 

 

「さっきの試合で感じた、どろっとして、粘ついた……妙なオーラ。

 ……弟、キルはまだまだ未熟でね。

 そういう得体の知れない()を向けられたら、すぐ逃げるように口を酸っぱくして言ってるんだ」

 

「弟ね……教育方針が偏ってるんじゃないか?」

 

「かもね。でも、ボクは長男だし。

 キルに悪い影響を与えるものは、早めに摘み取っておかないといけない」

 

「だからゴンたちを殺しに来たって?」

 

 

 俺の言葉に、イルミは「うん」と平然とした調子で頷いた。

 

 ──()()()()な。

 

 俺だって劇場版は見ているんだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()=()()()()()()()を。

 

 あれがキルアの悪夢か過去かは知らないが、イルミはそういう事する。

 だから()()()()()()()という確信があった。案の定だ。

 

 ギタラクル──イルミの指先に込められた殺気が、一気に膨れ上がる。

 突きつけられた針から、毒のような禍々しいオーラが伝わってくる。

 (ネン)を使えない俺にとって、それは致死量の猛毒を突きつけられているのと同義だ。

 

 そう──使()()()()ならだ。

 

 俺は指を引かなかった。

 むしろ、さらに深く踏み込み、彼の額に指先を押し当てる。

 針が()()()()()()()()()()()()()()退()()、イルミが僅かに目を見開くのがわかった。

 

 今の俺の内側からは、()()()()()()にオーラが溢れ出てくる。

 それを集めて凝縮し、練り上げ、俺は俺の武器を、左腕の銃、心で撃つものを。

念丸(サイコガン)』を()()()する。

 だがその指先に灯った輝きは、これまでにないほどの熱量を帯びつつある。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()

 ()()()()()は果たされた。

 

 噴き上がるオーラの量は、俺の体感だけでも今までの比ではない。

 ……まったく、苦労した甲斐があったというものだ。

 

 

「……へぇ。これ、強化系? それとも放出系かな?」

 

「そっちは操作系だろ? こっちの方が速いぜ。試してみるか?」

 

「それも良いかもね」

 

 

 イルミの瞳から感情が完全に消え、底なしの沼のような殺気が廊下を埋め尽くした。

 だが俺の指先に宿る輝きもまた、彼の眉間を灼くほどの熱量を持って収束している。

 何かほんの些細なきっかけで事が始まれば、間違いなくどちらかが死ぬ。

 この男はそれを理解した上で、なおも平然としているのだ。

 まあ、それについてはお互い様だが──……。

 

 

「……で、悪影響だっけ。

 あんな子達と付き合ってちゃいけません、お友達は選ぶべきですって話か?」

 

「というより、今のキルに友達なんかいらないっていう話かな。

 キルはゾルディック家の後継者なんだ。

 大切なのは家族だけ。人を測る尺度は、殺せるか、殺せないか。

 そこに他の価値観が混ざる余地はないよ。

 きちんとそれが出来ていれば友達を作っても良いけど、キルはまだ難しいみたいだからね」

 

 

 ──ほら、もし友達を殺せって依頼が来たら困るだろう?

 

 イルミは本気でそう信じている口振りだった。

 歪んでいる。けれど、まあ、ある意味では正しいよなとは思う。

 

 俺だって()()()=()()()()()()()()()()()()()()という点では似たようなもんだ。

 

 だけど、()()()()が正解じゃないことだって俺は知っている。

 

 俺は別に、ネオンの手足をへし折って箱に詰めて閉じ込めたって良いんだ。

 ネオンがクロロに念能力を盗まれて、ドンが狂乱したら、ネオンをさらって逃げたって良い。

 そもそもネオンが泣こうが喚こうが、ヨークシンへ連れて行かなきゃあ良い。

 ネオンがどんなに楽しみで、わくわくして、ヨークシンへ行きたがっていたとしても。

 

 でも、そうはしない。()()()()()

 

 ネオンがヨークシンに行きたいなら、行かせてやりたい。

 ネオンが緋の眼が欲しいというのなら、落札するために努力もしよう。

 俺はネオンを思いのままにして、俺の考える幸せをあてがいたいわけじゃあない。

 

 ネオンは自分で幸せになれる女の子だ。

 俺はネオンを不幸にしたくないだけだ。

 

 そこを、履き違えちゃあいけない。

 

 

「いや、必要だよ。友達は」

 

「……なんで?」

 

「じゃあ聞くけどさ」

 

 

 俺は鼻で笑ってやった。

 思い切り、挑発的に。

 

 

「お前、()()()()()()知ってたか?」

 

「…………は?」

 

 

 イルミが、ぴたりと動きを止めた。

 あの無機質な瞳が、僅かに戸惑ったように揺れる。

 

 

「知らなかっただろ。

 キルアもお前も、あの試験、二人して詰んでたじゃないか。

 お前達二人とも、本当ならあそこで不合格だ」

 

「……暗殺に必要のない知識だからだよ。知る価値がない」

 

「いいや、大ありだね。

『未知』の前じゃ、お前が教えた殺しの技術は何の役にも立たなかった。

 次にああいう問題があったら、キルアは死ぬぜ。

 お前が横にいても無理だな。お前も、スシの作り方を知らないんだから。

 笑えるよな、世界最高の暗殺一家の御曹司が二人揃って半べそかいてさ」

 

「……それは」

 

「ちなみに俺は……俺達は合格した。友達に教わったからな」

 

「…………」

 

 

 イルミは押し黙った。

 彼の脳内の思考回路が今までにないバグを吐き出しているような、奇妙な沈黙。

 俺はその隙を見逃さず、さらに言葉を叩き込む。

 

 

「キルアは気づいたんだよ。

 自分一人じゃ無理な事があって、自分にも足りないものがあるって。

 それを補うために友達を作ろうとしている。立派な成長だな。

 ……お前が何を言ったって、もうキルアのほうがお前より()だ」

 

 

 俺が此処まで来れたのは、俺一人の力じゃあない事を良く理解している。

 

 原作の知識があったからじゃあない。

 ドン、ダルツォルネさん、護衛団のみんな、ビスケ、ハンゾー、ポンズ、ヒソカ、サトツ、ブハラ、メンチ、リッポー、ネテロ会長、一緒に受験をした全員。

 それだけじゃあない。深夜鉄道での戦い、スパー、バーボン、何ならイルミだってそうだ。

 直接出会ってはいないけど天空闘技場の動画で何度も繰り返し見たカストロさん、他の闘士たち。

 あるいは──幻影旅団。

 

 そして、ネオンの占い。

 書かれてない事は俺ならできるという信頼と、書かれた事は避けられるという導き。

 

 ネオン=ノストラードという女の子との出会い。

 

 その全部があって、俺は此処にいる。

 たぶん、()()()()()()()()()()()っていうのは、こういうことなんだろう。

 

 

「キルが、ボクより……上……?」

 

 

 イルミの纏うオーラが、微かに波打った。

 怒りではない。

 それは自分の完璧なロジックに想定外の異物が混入したことへの、純粋な混乱に近いものだ。

 だが、それは次の瞬間、濃密な殺意として変換される。

 

 

「……そんなはずはないよ。

 ううん、いずれキルがボクより育つのは当然だ。

 だけどボクが……ゾルディック家が教えたことが全てなんだ。

 ボクの知らないことを知る必要なんて、キルにはない……ッ!」

 

 

 イルミの指先が、予備動作なしに動いた。

 眉間に突きつけられた俺の指を無視して、彼が持つ数本の針が俺の喉元と心臓、そして()()を寸分の狂いなく貫こうとする。

 

 いや。

 

 ()()()()()()

 

 

「……え?」

 

「……!?」

 

 

 ──チィン、と。

 静かな廊下に、場違いなほど軽やかな金属音が響く。

 

 刺さるはずだった針が、まるで目に見えない防壁に弾かれたように床へと零れ落ちる。

 イルミが目を見開いた。けど一番困惑しているのは俺だった。

 咄嗟にオーラでガードしたつもりだった。ガードできたとは思う。

 けど、今のはそんな理屈じゃない。

 針に込められたイルミの禍々しいオーラ、操作系の(ハツ)が、俺の瞳に……俺に向かった瞬間に──()()されたのだ。

 

 

「……! 今の、は……」

 

「……なんだろうな?」

 

 

 俺だって知るわけがない。

 けど、わざわざ俺が戸惑ってる事を教えてやる必要もない。だから俺は笑ってやった。

 ただ、一つだけ確信できるのは……この感覚。

 いつか深夜鉄道で、ネオンの声によって敵の攻撃を紙一重で回避し続けたあの時の、心地よい左眼の熱。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()

 

 何となくだがネオンに守ってもらえたのだと、そんな確信があった。

 

 

「…………」

 

 

 イルミは先程のキルアのように、正体不明の()()に戸惑ったように一歩後ずさる。

 その硬直の隙間を縫うように、背後から滑り込んできた影があった。

 

 

「おっと♣ ……そこまでだよ、イルミ♠」

 

 

 熱を帯びた、けれど冷酷な声。

 いつの間にか俺たちのすぐ傍らに、ヒソカが立っていた。

 彼はトランプを弄びながら、細められた瞳でイルミの背後を、そして俺の横顔を眺めている。

 

 

「……ヒソカ。ボクの仕事の邪魔をするの?」

 

「家庭の問題ならプライベートだろ◆ 仕事じゃあないよね♥

 というかキミ達、趣味で殺しはしないのがポリシーじゃなかったっけ♣」

 

 

 イルミが首だけを僅かに回し、友人を視線で刺す。

 だがヒソカは、唇を吊り上げてくすりと笑った。

 

 

「それを抜きにしても、ゴンを殺すのは感心しないな♣

 彼はボクの獲物、熟すのを待っている最中なんだ♥

 ……そして」

 

 

 ヒソカの手の中のトランプが、イルミの喉元を優しく撫でるように滑る。

 

 

「……アンドーはボクの()()だ♥」

 

「友達……? キミが?」

 

 

 イルミが心底理解できないといった風に呟く。

 それはそうだ。

 さっき自分が否定したばかりの概念を、あのヒソカが口にしているのだから。

 

 

「一緒に試合の配信も見た仲だし、()()()()()()で遊ぶ約束もしてるんだ◆

 それにボクに()()()()()()()なんて言ってくれる相手、そうそういないだろ♣

 キミだって言ってくれなかったのにさ♠

 おっと、ボクもまだ言ってなかったね、合格おめでとうアンドー♥」

 

「ああ、ありがとうヒソカ」

 

 

 俺が素直に感謝を述べると、ヒソカは俺の方へ視線を投げ、不敵にウィンクしてみせた。

 

 

「……わかった、君とここでやり合うのは本意じゃない」

 

 

 イルミは、眉間に突きつけられていた俺の指を、指先で静かに押し返した。

 先程までのドロドロとした殺気が、嘘のように消えていく。

 彼は床に落ちた針を拾い上げることもなく、再びギタラクルの顔へと戻るための針を自身の顔に刺し始めた。

 俺もゆっくりと、『念丸(サイコガン)』の構えを解いた。

 

 

「母さんから()()()()()()()()()()()()()()とは頼まれたけど、連れ戻せとは言われてないしね。

 ヒソカ、今回はキミの顔を立ててあげる。

 その代わり、これは貸しにしておくよ?」

 

「いいよ◆

 今度なにかお願いする時、手数料増額って事で♣」

 

「五割で良い?」

 

「二割◆」

 

「三割」

 

「じゃあそれで♠」

 

「オッケー」

 

 

 金属音と共に、目の前の男は再びあの不気味なピンヘッド男へと姿を変えた。

 そしてギタラクルはカタカタと顎を鳴らして、そのまま音もなく廊下の闇へと消えていった。

 

 残されたのは、俺とヒソカ。

 俺は深く、溜まっていた息を吐き出した。

 

 

「助かったよ、ヒソカ。やっぱ持つべきものは友達だな」

 

「くくっ♠ ……一応言っておくけど、嘘じゃないよ♣

 ボクは気まぐれで嘘つきだけど、友達に嘘はつかない主義なんだ◆

 ……あ、これボクのホームコード♥」

 

「こっちも渡す。名刺で良いか?」

 

 

 俺達は和やかにホームコードを交換した。

 二人して自分の携帯電話に互いのアドレスを打ち込んでいると、ヒソカがちらりと俺を見る。

 

「しかし、アンドーも人が悪いよね♣ ()()()()()を隠してるなんてさ◆」

 

「隠してたわけじゃないというか……俺のでもないというかなぁ」

 

「左眼と心臓……かな♠」

 

「まあ、オーラが集まってりゃわかるか。そう、()()()()()()()からさ」

 

 

 俺は照れたように笑って言った。

 その通り、俺の左眼はネオンのコレクションだし、心臓には水色と桃色の髪が絡みついている。

 まあわざわざ説明するのも照れ臭いので、口に出したりはしないのだが、それでも見える人には見えてしまうらしい。

 ヒソカは少し考えた後で「()()()なんだね♠」と言ってくれた。

 誰かからそう言ってもらえるのは、やはり嬉しかった。

 

 

「それでアンドー、プライベートで遊んでくれるって話だったけど、何をするつもりなんだい♣」

 

()()()()

 

「──」

 

 

 俺の言葉が廊下の静寂に落ちた瞬間、ヒソカの黄金色の瞳がかつてないほど妖しく、そして深く輝いた。

 彼はしばしの沈黙の後、肩を震わせて低く、愉悦に満ちた声を漏らす。

 

 

「……く、くくっ……良いね♥」

 

 

 ヒソカは満足げに携帯電話をポケットに仕舞うと、俺の肩を軽く叩いた。

 その手からは戦闘的な緊張感は一切無く、純粋な興奮と応援、好意だけが伝わってくる。

 

 

「いいよ、乗った♣ 九月、ヨークシン……ボクも楽しみにしておくよ♠」

 

「詳しくは電話でな。……ところで、ヒソカはゴンの見舞いか?」

 

「そうだね♠ あとはクラピカにも少し()があるんだ◆」

 

「なら、ついでみたいで悪いんだけど、クラピカの連絡先聞いといてもらえないか。

 聞きそびれちゃってさ」

 

「頼まれた♠ じゃあね、アンドー♣ また後で♥」

 

 

 ヒソカは優雅な一礼を残すと、ウキウキと踊るような足取りで医務室の方へと去っていった。

 たぶんクラピカにもヨークシンの情報を流すつもりなのだろう。

 その背中を見送りながら、俺はようやく壁に背を預け、ずるずるとその場に座り込んだ。

 

 

「……最終日が一番ハードスケジュールじゃあないか」

 

 

 

 最後の一段を 自らの足で踏みしめなさい

 けれど闇に潜む蛇に 気を許さないように

 拳を交えても 命を捧げることのないように

 時計の針を止めるのは あなたの指先なのだから

 

 

 

 ネオンの占いは週単位だというのに、これ全部一日に凝縮されてるのはどうなんだろうと思う。

 

 ただ、まあ──やれるだけの事はやった。

 たぶん……たぶん、ネオンが俺に指し示してくれた道は、これであっているハズだ。

 俺ならできると、ネオンが言ってくれた事を俺はまっとうできたハズだ。

 

 どうすれば良いかという考えはまだちらつくけど、それでも、だ。

 

 俺は誰も死なせたくなかった。死なせないようにしたかった。そう在りたかった。

 だから、これで良いんだ。

 

 

「よお、アンドー! 何やってんだ、こんなとこで座り込んでよ」

 

 

 不意に廊下の向こうから聞き慣れた声が響き、俺は顔を上げた。

 そこには、ようやく手当てを終えたのか、全身に新しい包帯を巻いたポンズと、彼女をサポートするように歩くハンゾーの姿があった。

 ポンズはまだ少し足元が覚束ない様子で、帽子も手に持ったままだったが、俺の顔を見るとパッと表情を明るくした。

 

 

「アンドーくん、大丈夫? もしかして、さっきの試合で怪我した……?

 探したんだから……もう、一人でフラフラいなくなっちゃダメだよ」

 

「いや、平気だよ。大丈夫。ちょっと今後の仕事について考え事してただけ」

 

「ったく、試験が終わったばっかだってのにもう仕事のことかよ。忙しいねえ」

 

 

 俺はハンゾーの手を借りて立ち上がる。

 ポンズは俺のボロボロのスーツを見て、心配そうに眉を下げた。

 

 

「……キルアとの試合、すごかったね。私、見てて……その……」

 

「ポンズの応援があったから粘れたんだ。ありがとな」

 

 

 俺の言葉にポンズは何かを言おうとして、言葉が見つからなかったのか、ぎゅっと帽子を握りしめて俯いてしまった。

 ハンゾーは、俺とポンズのやり取りをどこか眩しそうに、あるいは親戚の兄貴分のようなニヤケ顔で見守っていた。

 

 

「しっかしアンドー、あのクソガキにひと泡吹かせたのは良くやったもんだ。

 ま、最後はまた逃げられた格好だが、ありゃあ実質お前の勝ちだぜ」

 

「どうかな。俺も結構ギリギリだったよ」

 

 

 俺が苦笑すると、ハンゾーは腕を組み、真剣な面持ちで天井を仰いだ。

 

 

「オレもこの後、一度故郷に戻るつもりだ。

 里の頭領にな、今回の試験の報告をする義務があるんだが……。

 正直オレもギリギリだと思うとこがあったから、修行つけてもらおうと思ってな。

 あの『隠者の書』を探す旅は、その後ってことになるだろうな」

 

「そうか。……なら、ひとつアドバイスだ」

 

 

 俺はハンゾーの目を見て、少しだけ声を低くした。

 ──まあ、これくらいなら良いだろう。

 

 

「里に戻ったら、頭領に『()()を教えてくれ』って言ってみろ。

 最初は精神修行だのなんだの、地味なことばっかり言われると思うけど、絶対にサボるなよ。

 たぶん、それが一番の近道だ」

 

()()……? ああ、試合中に言ってた(ネン)ってやつか。

 お前がラストにキルアをビビらせたのも、それだろ」

 

「まあ、そうだね。そうなる」

 

「やっぱアレには理屈があるんだな。……わかった、信じるぜ。

 お前が言うなら間違いねえだろうしな」

 

 

 ハンゾーは力強く頷き、白く光る歯を見せて笑った。

 別に裏ハンター試験や(ネン)そのものを教えるわけじゃないし、不正はなかった。

 それに忍者として生きてきた彼なら、その修行の過酷さも、それがもたらす成果の巨大さも、直感的に理解しているはずだ。

 軽率な行動は取らないだろうーーいや、わりと軽いとこある奴なのはそうだけどさ。

 

 

「ポンズはどうするんだ? もう、薬の研究に戻るのか?」

 

 

 俺の問いにポンズは俯いて、自分の手に握られた黄色の帽子をじっと見つめた。

 

 

「……私ね、正直に言うと、自分が本当にハンターになれたなんて、まだ思えないの」

 

 

 ポンズの細い指が、帽子の縁を強く握りしめる。

 そして、彼女は決意──覚悟した表情で、顔をあげた。

 

 

「運が良くて、みんなに助けてもらって……。

 自分でも、あの時どうやって立ち上がったのか覚えてないくらいで。

 だから……決めたの。

 合格はしたけど、私が私をハンターだって胸を張って言えるようになるまで、もっともっと修行する。

 そうしなきゃ、このライセンスを持ってる資格がない気がするから」

 

 

 凛とした、彼女の強い意志。原作では辿り着けなかった場所。

 俺は──なんというか、本当に、すごく嬉しくなってしまった。

 これを自分の成果だとか言うつもりはない。ないけれど。

 それでも何かできたのだと、そう思えること、ポンズが思わせてくれた事が嬉しかった。

 

 

「……良ければ修行先を紹介しようか?」

 

「え……?」

 

「一度、俺も世話になった人でね。

 俺からその人に、ポンズと会って見てもらえないか、後で相談してみる。

 直接その人に受けてもらえるかはわからないけど、それでも他の宛ては教えてもらえると思う」

 

 

 先達てネテロ会長から貰ったビスケット=クルーガーのホームコード。

 (ネン)の指導者、育成のスペシャリストとして、ビスケ以上の人物を俺は知らない。

 俺はあの後、ビスケに連絡を取って過日の礼を丁寧に述べてある。

 お嬢さんと呼んだら大層喜ばれたけど、素敵なお嬢さんなのは間違いないんだから当然だろう。

 だからというのも思い上がった話だが、俺の頼みなら最低限、聞くだけは聞いてくれるはず。

 

 ハンター試験中に(ネン)に目覚めるも自覚なく、そのまま合格した優秀な女の子がいる。

 自分は浅学の身で、師も職場の上司だから、彼女に手ほどきできる状況にない。

 なるべく早く指導を受けた方が良いと思うのだが、誰か良い指導者を紹介してもらえないか。

 

 原石に目のないビスケなら、無碍に断るという事はないはずだ。

 もし自分の手が回らなくても、ウイングさんとか、誰かをポンズに紹介してくれると思いたい。

 無自覚なまま(ネン)を修行し、(ハツ)を作ってしまう事の危険性は言うまでもない。

 独学で実用的なものを完成させてしまう、ネオンやカストロさんのような例は希少パターンだ。

 ポンズが(ネン)に目覚めた以上、指導者を見つけるのは一刻一秒を争う急務だった。

 

 

「いいの……? そんな、紹介までしてもらっちゃって」

 

「ああ。俺もポンズには……死んで欲しくないからさ」

 

 

 俺が本心からそう言うと、ポンズは顔を真っ赤にして視線を泳がせた。

 そして思い出したようにポケットから、まだ僅かに血の汚れが残ったハンカチを取り出した。

 トリックタワーを降りた時に俺が彼女に貸した、あのハンカチだ。

 

 

「……アンドーくん。

 これ……貸してくれたハンカチ。まだ、返せない」

 

「洗濯なら、そんなに気にする必要はないぞ?」

 

「そうじゃなくて!」

 

 

 ポンズはハンカチを帽子と一緒に胸に抱きしめるようにして、俺を真っ直ぐに見た。

 

 

「これ、私が本当に……自分がハンターになったと思えた時、返しに行きたいの。

 だからそれまでは、私が持っていても……良いかな?」

 

「……ああ。良いよ、わかった。楽しみにしてるよ」

 

「うん……っ」

 

 

 返却期限は、いつになるかはわからない。

 けれど、その約束がこれからの彼女を支える道標になるのなら、それで良いと思った。

 

 

「じゃあな。ハンゾー、ポンズ。……また、どこかで」

 

「おう! 忍者が必要になったらすぐ連絡しろよ!」

 

「アンドーくんも、お仕事頑張ってね!」

 

 

 俺達は連絡先を交換し、別れた。

 二人はゴン達にも声をかけに行くのだろう。医務室の方に向かう。

 

 しばらくするとボドロと、そしてボドロについて武術の修行をするというポックルも来て、俺は挨拶を交わした。

 

 

「アンドー、俺、このじいさんに弟子入りすることにしたよ。

 次こそは、自分の実力で勝てるようになりたいからさ。

 幻獣ハンターになるのは、もうちょっと腕を磨いてからにする」

 

 

 悔しさを成長の糧に変えたような、ポックルの清々しい言葉。

 ボドロもまた、厳格ながらもどこか満足げに頷いて見せた。

 

 

「若いうちに己の未熟を知ることは、何物にも代えがたい経験よ。

 そして歳を重ねてわかるのは、己の経験を人に託せてこそ一人前という事だな。

 ……ではな、アンドー殿。貴殿の歩む道に武運のあらんことを」

 

 

 ホームコードを交換し、並んで医務室へと歩いていく二人の背中。

 

 結果がどうなるかはわからない。だけど、少しずつでも()()は変わるかもしれない。

 一人ひとりの顔を見る度に、俺はなんとも言えない気持ちになる。

 

 そうして全員が医務室に向かって通り過ぎると、俺は再び一人の廊下に取り残された。

 医務室の扉からは、合格者達の賑やかなはしゃぎ声が聞こえてくる。

 キルアがボドロになにか説教めいた事を言われ、反発して、周りからたしなめられて。

 その胸がいっぱいになるような騒ぎに背を向けて、俺は歩き出した。

 

 窓の外は、もう完全に夜の帳が下りている。

 

 ようやく終わった。

 長かったハンター試験。

 手元には、真新しく、傷一つないハンターライセンス。

 

 俺は先程の戦いで俺の服についた()()()を、丁寧にガーゼに挟んで畳んでしまう。

 そしてポケットから携帯電話を取り出し、一つの番号を呼び出す。

 まだ慣れない操作だ。でも、きっとすぐに慣れると思う。

 数回のコールの後、待っていましたと言わぬばかりの、弾んだ声が耳を打つ。

 

 

『──もしもし! ルモア!? ねえ、終わったの!?』

 

「ああ。……ネオン。終わったよ」

 

 

 もちろん、全部じゃあない。

 これから先のこと、9月のこと、ヨークシンシティ、ネオン=ノストラードの破滅。

 考えるべき事は多く、やるべき事は多い。

 

 けれど、まずは──……

 

 

「今から、帰るよ」

 

 

 電話の向こうでネオンが嬉しそうに、そして少しだけ泣きそうな声で叫んだ。

 

 

『うん! ルモア、おかえりなさい!』

 

 

 




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