地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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HUNTERxHUNTERバトルコレクション ネオン 海2014ver SR+++


それぞれの決意編
30.ナツ × ト × ハジマリ


 突き抜けるような青い空と、照り返す白い砂浜。

 都会の喧騒から遠く離れたこの島のリゾートビーチには、潮騒の音と、それ以上に騒がしいお嬢様の歓声が響いていた。

 

 

「ルモア、見て見て! この水着、可愛いでしょ!?」

 

 

 パラソルの下に椅子を設営していた俺の視界に、眩いばかりの光景が飛び込んでくる。

 ネオンが『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』を伴い、お揃いの水着に身を包んで、砂を蹴立ててこちらに駆け寄ってきたのだ。

 

 俺の目の前で立ち止まったネオンは、ファッションモデルのように気取った仕草でくるくると回って見せる。

 水着を買ってから今日この日まで、何度も何度も繰り返された行為だが、決して見飽きる事がないのが不思議だ。

 

 白いセパレートタイプの水着は、彼女の透き通るような肌を強調し、瑞々しい若さをこれでもかと主張している。

 傍らのレディとの違いは、その水色の髪と淡い桃色の髪。

 そして何処までも無邪気で明るい天真爛漫な笑顔と、物静かで声を立てない微笑みだけ。

 そしてネオンの手にはどこで作らせたのか、淡い緑色をしたあの天使そっくりのビーチボール。

 

 

「ああ、似合ってるよ。……でも、あんまり波打ち際から離れるなよ。危ないからな」

 

「えーっ 今はバカンス中だよ? せっかくの夏で海なんだし、もっと楽しまなくっちゃ!」

 

 

 そう言ってネオンは俺の腕を引っ張り、無理やり海の方へと連れ出そうとする。

 俺は苦笑しながら抵抗を放棄して立ち上がる。

 

 ハンター試験から戻ってから此方、ネオンは常にも増して俺を傍に置くようになった。

 俺の行く先々について行こうとする……と言った方が良いのかもしれない。

 基本的に俺がネオンの傍に付き従う事が多いから、ネオンが引っ張り回す頻度が高いだけで。

 

 だが、そんな俺たちの様子を遠巻きに眺めている男たちの視線は、砂浜の照り返しよりも熱く、そして重い。

 

 

「……おい、聞いたか? 『似合ってるよ』だとよ。随分と余裕じゃねえか、ルモアの野郎」

 

「そういうお前はエリザをあれくらいしれっと褒められるようになれ」

 

 

 パラソルの影で保冷ボックスから飲み物を取り出したスクワラさんが、思わずウッと呻き声をあげて固まった。

 ツッコミと共にその手からノンアルコールビールを奪い取ったイワレンコフさんが、苦り切った顔で言う。

 

 

「だいいち、ルモアに文句を言えた義理か?

 アイツがボスの傍にいて機嫌を取ってくれる限り、俺達は安心安全なんだ。

 ハンター試験の一ヶ月を思い出してみろ。二度はごめんだぞ」

 

 

 それを皮切りに、ビーチにネオンと侍女たちのパラソルや椅子を設営していた護衛団の面々から次々と恨み言が漏れ出した。

 まず言い出したのがシャッチモーノさんだ。

 

 

「最初の一週間は『ルモアがいないとつまんない!』って毎日叫んでわめいて暴れて泣いて。

 二週目には『食事が喉を通らない』『あれなら食べれるかも』でワガママ放題、侍女の皆さんから俺達に風船黒子まで総出で毎日街中走り回って。

 三週目は……」

 

 

 続けてリンセンさんが無表情ながらも、どこか遠い目で海を見つめて呟く。

 

 

「占いさえしてくださらなくなって、ドンの機嫌は最悪、ボスの癇癪は最高潮。

 飛び交う調度品。放り出されるコレクション。割れる保存瓶。散らばる人体。転がる内臓……」

 

「やめろ、思い出したくもねえ! まだあの無頭児の酒漬けが夢に出るんだぞ俺ァ!」

 

 

 とうとう髭面の男が、震える声で叫んで頭を振った。

 

 それでも護衛団の愚痴は止まらない。

 俺が戻ってきてからというもの、護衛団曰く「暗黒の一ヶ月」の報告……もとい糾弾を受けるのは、もはや定例行事の域に達していた。

 

 とはいえ、ボス……ネオンのバカンスの護衛中まで言わなくても、とは思うのだが。

 

 

「聞こえてますよ、シャッチモーノさん」

 

 

 俺は苦笑しながらもパラソルの下に戻ってきて、ネオンご所望の日焼け止めを手に取る。

 シャッチモーノさんが「聞かせてるんだよ」と笑って手を振った。

 

 

「アンドー、お前想像つかないだろ。自分がいなくなってた間のボスの様子なんて。

 お前があの忌々しいライセンスを持って帰ってきた時、俺たちは正直、お前の合格じゃなくってコレで助かった事を祝って神に感謝したくらいだぞ」

 

「おい、ルモア! お前、ハンターライセンス取ったのは立派だけどよ!

 次からは長期出張の前には徹底的に機嫌を取ってから行けよな! 俺たちの命に関わるんだ!」

 

「そーだそーだ!」

 

 

 スクワラさんの叫び声と、それに便乗する髭面の男の罵声。

 そこまでかぁ……とは思うのだけど、確かにあの時期のネオンは不安定だった。

 実際に面と向かって対峙してた皆にしてみれば、途方もない苦労をしたんだろう。

 

 

「悪かったとは思ってます。

 そのかわり、今回のバカンスじゃボスの……ネオンの護衛はしっかりやりますから」

 

「……当たり前だ! それだけじゃ足りねえぞ!」

 

「知ってんだぞ! プロハンターは稼げるんだろ!」

 

「奢れ! ライセンス売って全部酒に変えてこい!」

 

「先輩に七代分の酒と飯を奢れー! 瓶詰めにされるなら奢ってからにしろー!」

 

「シャッチモーノさんとリンセンさんだってライセンス持ってるじゃないですか。

 それにある意味うちの護衛団は全員アマチュアハンターでしょう」

 

 

 集中砲火の真っ只中で、精一杯の反論を試みてみる。

 俺の反論を聞く気なんて誰にもないので、意味は無いのだけれど。

 というか稼ぐも何も、俺はハンターとしての仕事は一切していないんだが。

 今までの貯蓄も()()()()あって、だいぶ減ってしまった。

 まあ服とか装飾品とかはネオンから貰っているから、その分は皆より給料は多いかもしれない。

 だから奢れと言われれば……まあ、うん。それはもう仕方ないなと思う。

 いや、流石にライセンス売り払うつもりはないから、常識の範囲内で。

 

 もちろん別に皆してくつろいでいるわけではなくて、これだって警備手順の一つだ。

 満足に休憩を取れる護衛と、不眠不休で徹夜してる護衛。

 どちらの方がパフォーマンスが高いか……という単純な話。

 つまり俺達は現在進行形で仕事中なんだから、確認すべき事はある。

 

 

「そう言えば、ダルツォルネさんは?」

 

「ホテルの方ですよ。

 あの人、最後は自分でチェックしないと気がすまないタイプですから」

 

 

 リンセンさんが苦笑しつつ――でも皆の愚痴は止めない――教えてくれた。

 

 

「ノストラードファミリーもだいぶ成長して、十老頭にも気に入られました。

 やっかむ者も多い……なにせ()()()()()()()まで抱えたわけですからね。

 警戒するに越したことはありません」

 

「ま、その辺は俺も承知してるつもりですが……」

 

 

 そうして護衛団全員からの罵詈雑言を浴びていると、再び砂浜からネオンの呼ぶ声がした。

 

 

「ルモア! いつまでみんなとコソコソ話してるの!

 早くこっちに来て、日焼け止め塗って! 背中! はーやーくー!」

 

 

 振り返ってみるとネオンは俺達の方を見ながら、不満げに頬を膨らませている。

 彼女の機嫌はくるくると踊り、些細な出来事で乱高下だ。

「行って良いですか?」と意地悪く聞くと、皆は盛大なブーイングで送り出してくれた。

 

 

「おまたせ。……で、日焼け止めだっけ?」

 

「そう! もう、遅いよ。私とレディが日焼けしちゃったらどうするの?」

 

 

 俺が近づくと、ネオンは子供のように無邪気な笑みを浮かべて、俺の腕に抱きついた。

 柔らかい感触と、夏の陽だまりのような香りが鼻をくすぐる。

 護衛団の面々の「おい見ろよ、あの態度の変わりよう」「俺たちの苦労は何だったんだ」という恨み節が背中に刺さるが、聞こえないふりだ。

 

 

「じゃあ、まずはネオンからな」

 

 

 俺はレジャーシートに膝をつき、ネオンに頼まれて持ってきた日焼け止めのボトルを開けた。

 手のひらに適量を取り体温で少し温めてから、うつ伏せになって差し出された、ネオンの白い背中へとそっと手を伸ばす。

 指先が触れた瞬間ネオンは「きゃあ、冷たい!」と、くすくすと笑い声を転がした。

 

 白く滑らかな背に掌を置いてすべらせると、夏の陽気に熱を帯びた彼女の体温がダイレクトに伝わってくる。

 

 

「……あ、気持ちいい……。ルモアの手、大きくて落ち着くね」

 

「そうか? ムラにならないように塗るから、動くなよ。

 あと流石に前は自分で塗ってくれないと困る」

 

「はーい、わかってまーす」

 

 

 どこまで本気なんだかわからない返事だが、ネオンはされるがままに背中を預けてくれる。

 無防備に晒された細い肩、浮き出た肩甲骨、そして中央を緩やかに流れる背筋のライン。

 俺は指先を滑らせ、うなじから腰のあたりまで丁寧にジェルを塗っていく。

 その透明感のある肌に、俺の手の跡が残るように白いクリームが伸びていく。

 

 護衛として、本来ならこんな役回りは侍女に任せるべきなのだろう。

 けれどどうしてか、侍女たち――特にエリザさんは俺がやるべきだと言って譲らないのだ。

 そりゃあもう、すごい。頑として譲らない。

 ドンの娘、マフィアのご令嬢、護衛対象というのを抜きにしたって年頃の女の子なのになあ……。

 とはいえ、試験期間中に苦労をかけてしまったのはエリザさんも同じだ。

 こればっかりは俺は素直に全面降伏して、仰せのままに従うしかないのだ。

 

 

 ネオンは目を細め、くふんと、まるでお気に入りの毛布に包まれている子猫のような声を漏らした。

 

 

「ねえ、ルモア?」

 

「ん?」

 

「ハンター試験の間、私のこと、ちゃんと考えてた?」

 

 

 塗り広げる手の動きを止めずに、俺は答える。

 

 

「考えてたよ。……おかげで、死ぬほど集中力が削がれたけど」

 

「ふふ、ならヨシ。

 ……あ、レディにもちゃんと塗ってあげてね。私だけ焼けないなんて不公平だもん」

 

 

 ネオンは顔を横に向けて、上目遣いで俺を見た。

 彼女のエメラルドの瞳には、打算も邪念もない。

 ただ純粋に、俺という存在が手元に戻ってきたことへの充足感が満ちているようだった。

 

 俺は「もちろん」と応じて、仕上げに彼女の肩を軽く叩いた。

 

 

「よし、ネオンは終わり。……次はレディ、おいで」

 

 

 ネオンの傍らで控えていた桃色の髪の少女――レディが、促されるままに俺の前で横たわる。

 

 『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』。

 

 桃色の髪を潮風になびかせ表情を変えずに佇む彼女は、いわばネオンの鏡だ。

 つまり俺がどういう表情、どういう手つき、どういう仕草でネオンに触れているのか、当人直々に観察されてしまうわけだ。

 俺は少し緊張しながら、レディの背中にも手を添えた。

 生身の人間と変わらない肌の弾力、体温、そして質感。

 まるで極上の絹に触れているような、不思議な感覚。

 念能力によって具現化された存在とはいえ、こうして触れていると、まるで二人を同時に触っているような錯覚に陥る。

 

 

「…………」

 

 

 レディは何も言わない。

 ただ、ネオンと同じ形をした瞳でじっと俺を見つめ、無防備にその背を預けてくる。

 俺は彼女の背中にも、手際よく日焼け止めを広げていった。

 レディの肌に指が触れるたび、視界の端にいるネオンが、自分の背中をなぞられているかのように「んっ」と声を漏らして小さく身悶え、頬を赤く染めているのがわかる。

 

 

(……前より感覚が共有されてる感じはあるなぁ)

 

 

 それは俺の(ネン)が発達した証拠か、それともネオンが傍にいるお陰でそのオーラの影響を受けているのか。

 そんな事を考えている間も、俺は丁寧に、細心の注意を払って日焼け止めを塗り拡げていく。

 やがてネオンがうっとりと目を閉じ、レディもまた俺の指の動きに合わせてかすかに身を委ねてきた。

 

 日焼け止めを塗り終える頃には、二人のネオンはすっかりリラックスした様子で、レジャーシートの上で手足を伸ばしていた。

 

 

「そういえばさぁ」

 

 

 ネオンが砂浜に肘をつき、手で顎を支えながら俺を見上げた。

 その瞳には、さっきまで海を渡ってきた大きなクルーズ船の残像がまだ映っているようだった。

 

 

「今日、ここに来る途中で船から見たこの島。すっごく可愛かったと思わない?」

 

「確かに。話には聞いてたけど、俺もまさかここまでとは思わなかった」

 

「でしょ? 島の名前、本当にそのままの形だったもん!

 神様が遊び心でポイって置いたみたいだなって」

 

 

 ネオンは片手を伸ばして宙に円を描くような、あるいは何かを象るようなジェスチャーをして見せた。

 傍らにいるレディも彼女の記憶をなぞるように、その指先で砂の上に小さな図形を描いている。

 

 

「まあ……あのシルエットは、誰が見てもこの名前で呼ぶしかないよな」

 

「でも、ちょっと残念。

 こうして上陸しちゃうと、もう全然わかんなくなっちゃう。

 今はただの広くて暑い砂浜と、海だけ。綺麗だから良いんだけどさ」

 

 

 ネオンは少しだけ残念そうに、けれどどこか楽しげに、俺の方を見上げた。

 何か良い事を思いついたのか、その宝石みたいな瞳がキラキラと煌めいている。

 

 

「そうだ! ねえルモア、沖まで泳ごう! 三人であのブイまで誰が一番につくか競争!

 そうしたらまた島の形が見えるかも!」

 

「良いけど……一応俺、プロハンターだぞ?」

 

「もちろん本気でやってね! でも手加減はして!」

 

「難しい注文だなぁ。負けたら何でも言うこと聞く、とかは無しだぞ」

 

「えー! つまんない! じゃあ、勝ったらアイス! アイス買って!」

 

「はいはい。……泳いだ後はもう一回日焼け止め塗り直しだな」

 

 

 二人の少女が輝く波打ち際へと走り出すのを追いかけて、俺は歩き出す。

 潮騒の音と、若草が混じった夏の匂い。

 今、俺の足の下にあるのは、かつて一人の少年が旅立った土地だ。

 

 1999年、7月。

 

 俺達は今――()()()()にいる。

 

 




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