地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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33.テンシ x ノ x キマグレ

 くじら島の朝は、都会のそれとは比べものにならないほど瑞々しい。

 かつてのエルバト市に似たのどかさと、それとは比較にならないほどの自然な風が吹き抜けていく。

 ホテルのテラス席には、潮に混じって焼きたてのパンケーキの香ばしい匂いと、南国の果実の甘い香りが漂っていた。

 

 

「ねえエリザ、見て!

 このジャム、キラキラしててルモアの目みたいじゃない?」

 

 

 ネオンはスプーンですくった木苺のジャムを、朝日の中にかざしてはしゃいでいた。

 隣ではエリザが、柔らかな微笑みを湛えながらネオンの皿に新しいパンケーキを添える。

 自身の主人の、微笑ましいと言うべきかグロテスクというべきか悩ましい比喩表現に対して、彼女が選んだのは微笑ましいの方だったらしい。

 

 

「本当ですね、お嬢様。この島で採れたベリーを使っているそうですよ」

 

「素敵! 後でお土産に買っていきましょう。

 それと私の分と、パパの分と、エリザの分と……あとルモアの分も!

 ルモア、甘いものもいける口だもんね」

 

 

 ネオンは上機嫌で、傍らに座るレディにジャムを塗ったパンケーキを一口食べさせてやる。

 レディは無表情ながらも、どこか満足げに咀嚼し、ネオンと同じように目を細めた。

 

 

「レディも気に入ったみたい!

 くじらの形をした料理、ルモアはあるかどうかわからないなんて言ってたけど、このパンケーキはくじら型の焼き跡がついててカワイイね。

 ……あ、ルモアは? ダルツォルネさんたちとまだお話し中?」

 

「ええ。昨夜、急な仕事の連絡が入ったそうで。すぐに戻ると仰っていました」

 

「もう、せっかくのバカンスなのに!

 でも、今日はこの後もずーっとルモアと一緒だもんね。

 ……エリザ、食べ終わったら昨日言ってた『沼の主』を見に行くからね!」

 

「ですが、半年ほど前に釣り上げられてしまったという話ですよ……?」

 

「そうしたら新しい主がいるかもしれないじゃない。

 なんにしたって、昨日は海だったから今日は山! はい、決定!」

 

 

 楽しげな笑い声。平和そのものの光景。

 そのテラスを遠くから見下ろすホテルの別室で、俺達は緊張の中で顔を突き合わせていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……というわけだ。

 ドンからはすぐに戻ってこいとのお達しだが、クルーズ船はエンジントラブル。

 復旧には最短でも明日の朝までかかる。

 借りれそうな船も大概は一人乗り二人乗りの小型漁船だ。

 海上で襲撃があった時の対応を考えると、流石に無しだな」

 

 

 ダルツォルネさんが、渋い顔で携帯電話を置く。

 部屋には俺、ダルツォルネさん、シャッチモーノさん、イワレンコフさん、そしてスクワラさんとリンセンさん、髭面の男が集まっている。

 つまりはネオン=ノストラード護衛団が勢揃いだ。

 

 

「飛行船の方はどうだ?」

 

「ダメですね、そもそもこの島には公的な空港がありません。

 大陸から飛行船を呼ぶにしても、今からじゃ船と大して違いはありませんよ」

 

 

 リンセンさんが冷静に応じる。

 つまり俺たちはこのくじら島という孤島に、あと二十四時間は閉じ込められた格好になる。

 

 何より、と。シャッチモーノさんが肩を竦めて、窓の外を指差した。

 そこではネオンが「今日は山に登るんだから!」とはしゃいでいるのが良く見えた。

 

 

「ボスの説得が一番の難関でしょ。

『せっかくのバカンスなのに!』『パパの命令なんて知らない!』『ルモアが守れば良いの!』

 ……やだやだ絶対やだやだで大爆発間違いなし」

 

「……目に見えてる」

 

 

 イワレンコフさんが胃を押さえて、呻くように呟いた。

 

 

「占いを拒否されるだけならまだ良いでしょうよ。

 家出なんて事になったら最悪だ。

 この島の中を、風船黒子どもと合わせて俺達だけで探し回らにゃならない。

 ……俺ァ、あの暗黒の一ヶ月を繰り返すのはごめんだぜ。

 最終手段としての説得は、アンドーに任せたいね」

 

 

 シャッチモーノさんの言葉に、全員が沈痛な面持ちで頷いた。

 そりゃあ俺だって、ネオンがせっかく楽しんでいるのにバカンスを台無しにしたくない。

 

 まったく、厄介事っていうのはいつも向こうから勝手に突っ込んでくるんだから始末が悪い。

 

 

「ルモア、全員の前だ。改めてもう一度説明しろ。その情報の確度は?」

 

 

 ダルツォルネさんからの質問に、俺は「はい」と頷き、流暢に説明を繰り返した。

 

 

「タレコミ元は俺の友人で、プロハンターです。知り合ったのはハンター試験の時。

 彼はたまたま仕事先でガッパイの部下とかちあっただけで、ガッパイを直接狙ったわけじゃないそうです。

 仕事の内容については守秘義務とかあるんで話して貰ってないですがね。

 なのでもし、これがノストラードファミリーに誤情報を掴ませる目的だとしたら……」

 

「迂遠に過ぎる。確かにな」

 

「敵はドン=ガッパイ、およびその私兵集団の三銃士。

 目的はノストラード()()の誘拐、もしくは殺害。

 いずれにせよノストラードファミリーへの牽制かと」

 

「へ、三人でどうしようってんだ。俺のオーラソードの敵じゃねえ」

 

 

 意気揚々と髭面の男が拳を振り上げるが、ダルツォルネさんが一睨み。

 慌てて「そ、それくらいの意気込みって事ッスよ、わかってますって」と腕と首がぶんぶん横に振られる。

 シャッチモーノさんが「まあ相手が三人とは限らないしな」と頷く。

 

 

「アンドー、そいつらの念能力ってわかってるのか?」

 

「友達が戦った相手なら。

 サンショウとかいうそうですが、クラッカーを投げて操るそうです。

 それに合わせて、当人はナイフや銃も駆使してくるとか」

 

「他二人については不明……と。

 まあそもそも手勢を率いてるかもしれないし、残りの連中の(ハツ)だってわからないからな。

 俺みたいにぞろぞろ雑兵出すようなタイプや、スクワラみたいに人だ動物だ虫だを操ったり、ルモアみたいに人形かなにかを具現化させてくる可能性もある。

 向こうだって相応の準備はしてるだろうさ。

 俺達の戦力は掴めちゃいないみたいだし。なにせ()()は……なあ?」

 

「狙いはボス……ボス()()か。

 影武者だってバレてねえのが良いんだか悪いんだか」

 

 

 スクワラさんが苦々しく吐き捨てた。

 

 

「なあルモア、お前どっちが姉でどっちが妹だと思ってんだ?

 レディのが胸がでかいとか、前に聞いた気がするけど」

 

「双子じゃないですかね。スクワラさんのお陰で匂いも一致させられましたし。

 体型については今はもうほとんど同じですよ。エリザさんにも確かめてもらったんで」

 

 

 当たり前だが、俺は二人の身長も体重もスリーサイズも何もかも、だいたい全部把握している。

 さらに言えば服も一緒に具現化する時のために衣装は頭に叩き込んでいるし、サイズもチェックしてるけれど、咄嗟に具現化するのでなければ着替えた方が早いし、そうなってくると着替えさせるのを俺がやるわけにもいかない。

 その意味で、俺はエリザさんに頭が上がらないのだ。

 

 

「……前から思ってたけどマジでお前の念能力ホントどうかと思うぞ」

 

「しょうがないじゃないですか。具現化できちゃったんですから」

 

 

 そんな事言われても。

 俺は皆を見回したが、誰も何も言わなかった。ダルツォルネさんもだ。

 ……そんな目で見られても。

 

 

「つーかよ、ボスにこれからどうすりゃ良いか占って貰えば良いんじゃねーか?」

 

 

 そんな微妙な空気をぶった切るように、名案ひらめいたとばかりに髭面の男が指を鳴らす。

 

 

「お前なあ……」

 

 

 スクワラさんが呆れ、シャッチモーノさんがため息を吐く。

 

 

「……却下だ。そんなことが可能なら、我々は苦労していない」

 

 

 ダルツォルネさんが冷淡に言い放つと、髭面の男は「えっ」と面食らった顔をした。

 

 

「忘れたのか。ボスの占いは、あくまで自分が直接関与しない、他者の運命を占うものだ。

 ボスの意図や利益が直接絡む事象について、ボスが占う事はできない。

 ましてや、自分たちの身を守るために占わせるなど……」

 

「最悪の場合、ボスが無意識に課している誓約と制約に抵触する可能性があります。

 ……ボスがしっかり、こうだと決めて作った(ハツ)ではありませんからね。

 実際にそれに伴うリスクがどれほどのものか、誰にもわからないのが実情です。

 もし無理に占わせて能力の精度が落ちたり、最悪使えなくなったりしたらどうなるか。

 ドンの怒りは、我々の首だけじゃ済みませんよ」

 

「そもそも今のボスに、『占ってください』なんて言ってみろ。

『今月分の占いは全部片付けてからルモアと一緒にバカンスに行くんだぁー♪』なんて張り切って、珍しく自分から山のような占いを全部済ませてたんだぞ?

 そこに追加の仕事だ。ボスじゃなくて俺だって爆発する自信があるね」

 

 

 ダルツォルネさんの説明、リンセンさんの淡々とした補足、シャッチモーノさんのぼやき。

 ただでさえエアコンで肌寒いくらいの部屋の空気が、さらに一段階冷え込んだ。

 

 

「……悪い。いや、つい思いつきで……」

 

 

 髭面の男が気まずそうに頭を掻く。

 イワレンコフさんが「まあ、今はブレストだ。気にするな」と慰めているので、そう心配はいらないはず。

 

 ネオンの『天使の自動筆記(ラブリーゴーストライター)』は、確かに驚異的な的中率を誇る。

 百発百中──つまり占いに書かれている忠告に従えば、絶対にそこに書かれている危機を回避できるというものだ。

 けれど、それはネオンの無垢な善意……あるいは一種の残酷な客観性に基づいているからこその力だ。

 

『今を生きる人を幸せにするため、その人に起こる悪いことを事前に教える』

 

 どこかの誰かの幸せのために。これがあの世界一優しくて残酷な(ハツ)の本質だ。

 そのために自分は関わらない。関わらないほうが当たる気がするから。

 自分が助かりたい一心で占おうとするネオンに、あの天使は決して微笑まないだろう。

 

 個人的には、だから原作でクロロ=ルシルフルと幻影旅団は破滅しつつあるのではないか、と思っていたりはする。

 幻影旅団=友達のために占うだけならまだしも、その場で皆で回し読みは、あまりにもネオンの制約と誓約を軽んじすぎだ。

 

 スクワラさんが大きく伸びをして、椅子を行儀悪く傾けながら俺の方をじろりと見る。

 

 

「ルモアからのお願いなら通るんじゃねえか? ハンター試験の時も占ってもらってただろ?」

 

「そもそも俺、自分からネオンに……ボスに占い頼んだこと一度もないですよ」

 

「……は? マジかよ。あのボスの能力知ってて言ってんだよな?

 ガキの頃から四六時中一緒にいて、全部知ってて一度も? 本気で?」

 

「はい」

 

「うわあ……」

 

 

 そこでなんでレディを見る時と同じような目を向けられるのか、これがわからない。

 

 

「……まあ、こいつの言う事も、スクワラの言う事も一理ある」

 

 

 イワレンコフさんが慰めていた髭面の男(こいつ)の肩を軽く叩きながら、慎重な口ぶりで言った。

 

 

「ボスが自分から善意で占いを申し出て、かつこの事件の渦中に巻き込まれるような、都合の良い人物がいれば……という前提が必要なだけだな」

 

「まずそんな都合の良い奴がいるかどうかをボスに占ってもらいたいもんだね」

 

「あー…………」

 

 

 シャッチモーノさんの冗談に、俺は思わず目を泳がせた。「いるのかよ」とシャッチモーノさんが目をひん剥く。

 

 

「アンドーお前それ早く言えよなぁ!?」

 

「……いや、確証がないし、無関係の人だから言わなかったんですよ。

 ハンター試験の同期の故郷なんです、このくじら島。

 ちょうど今、帰郷してるそうなので、もしかしたら……ってくらいです」

 

「いずれにせよ、不確実だ。そんな曖昧なものに頼るのは好かん」

 

 

 ダルツォルネさんは腕を組み、鋭い眼光で俺たちを見渡した。

 

 

「ルモア。お前はボスとレディと一緒に島の散策に向かえ。

 ボスには『不審者が島に紛れ込んだ可能性があるため、護衛を強化する』とだけ伝えろ。

 バカンスの中止は口にするな。……機嫌を損ねれば、それこそ護衛に支障が出る。

 ボスの機嫌と安全が最優先だ」

 

「もちろんです」

 

「ホテルの警戒はイワレンコフ、お前に任せる。周囲に物がある場所が一番お前向きだ。

 シャッチモーノは風船黒子を配置し、島全体の索敵を担当しろ。

 スクワラは犬を使って森全域の警戒を。

 この島にはキツネグマを始めとした獰猛な獣もいる。人ばかりに注目するな。

 残りは俺と共に、ボスの至近距離について伏せる。

 ……そしてもし敵が姿を現したら、その瞬間、一気に叩く」

 

 

 ダルツォルネさんの指示は的確だ。

 敵がレディを本物の人間だと思っている以上、ネオンとレディを引き連れて歩く俺は、奴らにとって格好の標的になる。

 ドン=ガッパイからは俺も侮られているようだし、与し易いと思ってくれる事だろう。

 

 

 

「いいか、ルモア。お前の役割が最も重い。

 敵の初撃を凌いでボスを守り抜き、かつ反撃の起点を作れ」

 

「わかってます。いつもの事ですから」

 

「そうだ。結局、やることは一つ。そしていつもと同じだ」

 

 

 ダルツォルネさんが全員の顔を見据えた。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 九月に備えた、いい実戦演習だと思え」

 

 

 俺達は、即座に行動を開始した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ホテルのテラスに戻ると、ネオンが最後の一口のパンケーキを名残惜しそうに飲み込み、ちょうど席を立とうとしているところだった。

 俺の姿を見つけるなり彼女はパッと顔を輝かせ、それからすぐにぷくーっと頬を膨らませた。

 

 

「もーっ! ルモア、遅い! 朝ごはん終わっちゃったじゃない!」

 

 

 ネオンがぷんぷんと「私怒ってるよ!」とアピールしながら腕を振る。

 その後ろには困り顔のエリザと、表情の動かないレディ。

 でもレディはネオンと全く同じ角度で首を傾げて俺の様子を窺っていたから、表情が薄くても不思議と無機質な雰囲気はない。

 

 

「悪い、悪い。島にちょっとした不審者が紛れ込んでるって話があってさ」

 

「……じゃあ、中止?」

 

 

 すっとネオンの目が細くなり、声が鋭く尖る。

 心臓がきりきりと絞めつけられるような痛みに、俺は苦笑しながら首を横に振った。

 

 

「いや、大丈夫だよ。ただ、護衛団もピリついててね。

 出かけるなら、ダルツォルネさんたちも少し離れたところで付いてくることになる。

 後は俺の側を離れないこと。レディもだ。

 この二つが守れるならバカンスは続行。どうだ?」

 

「そうこなくっちゃ! ほら、準備はもう万端なんだから!」

 

 

 そう言って彼女が指差した足元には、ピカピカのトレッキングシューズ。

 水着選びと同じ熱量で選ばされた一品だ。隣に立つレディも、全く同じ装いで俺を静かに見つめている。

 心なしか彼女もわくわくしているように見えるのは、俺の気の所為だろうか?

 

 

「じゃあ、エリザ! 行ってくるね!」

 

 

 ネオンは不審者の話など露ほども気にしていない様子で、俺の腕をぐいぐいと引っ張る。

 貞淑に頭を下げるエリザさんに見送られ「さあ、出発!」というネオンの号令と共に、俺たちはホテルを後にして、くじら島の深い緑の中へと足を踏み入れる事になった。

 

 ……と言っても、すぐに山の中にずんずかと入っていったわけじゃあない。

 

 くじら島、原作だと山と森と川と海しかない印象だったけれど、実際に自分の目で目の当たりにすると、結構印象が違う。

 まあ確かに、多くの船が中継地点として利用していて、ゴンも乗員のお姉さんがたと街に遊びに繰り出したとは言っていた。

 それにクラピカやレオリオも、ここでハンター試験を受験するための船に乗り換えたんだし、そりゃあ港町ぐらいは整備されているし、リゾートめいた場所もある。

 

 ただ流石に巨大な卵の殻のようなクレーターを中心に作られた港町に実際上陸するとなると「おおー……『HUNTERxHUNTER』してる……」などと思ってしまうのは、十六年生きてきても変わらない。

 珍獣ショーでもやっていないかな。いやでもアレは出会った直後のゴンとレオリオが違法な興行だって暴いて潰してしまったのだったか。

 そんな事を考えていたせいか、到着直後にホテルに行くまでの道中「ルモアは何処行っても楽しそうにするよな」「そりゃまだガキなんだから当然だろ」とか護衛団の皆にからかわれてしまった。

 

 ともあれ、それだけ人の出入りが激しく、怪しげな連中でも簡単に入り込めてしまう。

 これはくじら島の治安が悪いって意味ではなく、ハブポイントはそういうものだからだ。

 だから俺は、街中を歩く時でも自然に周囲を警戒しながら歩いた。

 幸い、一度通った道だから、上陸時みたいな興奮はもう薄い。

 ネオンと一緒に歩く時、物珍しげにキョロキョロしないで済むのは、格好がつく。

 整備された坂道を登ると柱の立った広場へ出て、さらに奥へ登れば山の中。

 

 そこからの道は手入れがされているような、いないような、絶妙な野生味に溢れていた。

 街中とはまたガラッと変わった湿り気を帯びた土の匂いと、頭上から降り注ぐ鳥の声。

 ネオンはレディの手を引き、道端に咲く珍しい花や、奇妙な形をした倒木にいちいち歓声を上げている。

 

 

「ねえルモア、あっちに綺麗な花が咲いてる!」

 

「本当だ。……でもネオン、足元に気をつけろよ。根っこが出てるからな」

 

「大丈夫だよ、レディが支えてくれてるもん。……ね?」

 

 

 ネオンの反対側で彼女の腰を支えるように歩くレディが、小さく頷く。

 背後や周囲の藪には、ダルツォルネさんやスクワラたちの犬が潜んでいるはずだが、その気配は完璧に消されていた。

 

 

(ゼツ)って言うべきか、(イン)って言うべきか。

 単にオーラを消してるだけじゃない……この辺はやっぱ経験がモノを言うんだろうなぁ)

 

 

 俺もまた、ネオンとレディの数歩後ろを歩きながら、常に周囲の音に耳を澄ませる。

 何かあった時に二人を引き倒せるように、庇えるようにだ。

 

 

(……ん?)

 

 

 しばらく歩いて、森の中の小道が開けた場所に差し掛かってきた頃。

 

 不意に、前方から人の声が聞こえてきた。

 それも何かを必死に探しているような、切羽詰まった、けれどどこか楽しげな少年たちの声だ。

 

 

「おいゴン! そっちに手掛かりはあったか!?」

 

「うーん、こっちはやっぱりダメみたい!

 キルア、ジンならもっと分かりにくい場所に隠すんじゃないかなぁ?」

 

「くっそー!

 ミトさんが言ってたジンの置き土産、マジで見つかんねーよこれ!」

 

 

 聞き覚えのある名前と声に、俺の足が止まる。

 ネオンもまた地面を這いつくばっている二人の少年に気づき、不思議そうに小首を傾げた。

 

 

「なにあれ。宝探し?」

 

 

 一人は緑色の服を着た、瞳の澄んだ少年。もう一人は、銀色の髪を揺らした少年。

 二人は泥まみれになって、一緒になってこの辺りで何かを探し回っているようだ。

 半年前、あの最終試験の殺伐とした空気とはまるで違う、年相応の少年らしい輝き。

 

 俺は少し──いや、かなり安心した。

 確かに電話でのやり取りはした。二人が一緒にいることも聞いた。

 

 それでも原作と、俺の知る現実は違う。

 だから彼らがこうして楽しそうにはしゃいでいるのは──本当に嬉しい事だった。

 

 

「よう。奇遇だな、二人とも」

 

 

 俺が声をかけると、()()()()()の肩が同時に跳ねた。

 バネが弾けたような動作で振り返ったゴンが、目を丸くしてこちらを見る。

 

 

「えっ……あ! アンドーさん!?」

 

「げっ、アンドー! なんでこんなとこにいんのさ!?」

 

 

 キルアが素っ頓狂な声をあげて立ち上がる。

 二人の視線は俺から、その隣にいる華やかなワンピース姿のネオン、そして彼女と瓜二つのレディへと移り、そのまま固まった。

 次の瞬間、なぜだかキルアが数メートルは跳び下がって距離を取った。

 ネオンが「おおー」などと呑気な声を上げて手を叩いた。

 

 

「あ、あの、アンドーさん。その女の子たちは……?」

 

 

 ゴンが不思議そうにレディを見て鼻をひくつかせ、けれど人懐っこい笑みを浮かべて尋ねてくる。

 ネオンは、自分に向けられたその純粋すぎる視線に戸惑ったのか、少し考え込むような素振りを見せた。

 

 

「私はルモアの……ンー……なんだろ。持ち主?」

 

「雇い主だな」

 

「そうそれ!」

 

 

 ぱあっと顔を輝かせて頷くネオンに、キルアが妙に引きつった顔をする。

 その表情のまま、キルアはネオンとレディ、二人の間で視線を行き来させた。

 水色の髪と桃色の髪。それ以外はどこまでも瓜二つの、二人の女の子。

 

 

「……っていうか。え、なに。……双子?」

 

「ふふっ、そう見えるでしょ! 私はネオン。この子はレディ。よろしくね」

 

 

 ネオンは得意げに胸を張り、レディもまたネオンの動きをなぞるように小さく会釈した。

 キルアは一瞬、何かを察したように俺の顔を見たが、俺は肩を竦めて笑うだけ。

 

 

「ネオン、ほら、ハンター試験を一緒に受けた同期だよ。前に話しただろ?」

 

「よろしくね、ネオンさん!

 俺はゴン! ゴン・フリークス! こっちはキルア!」

 

「よろしく」

 

 

 ぶっきらぼうに言うキルアの髪を、ネオンがしげしげと眺め──……。

 

 

「あー! キミ、あの銀髪の子! ゾルディックの!

 ダメだよぉ、ちゃんと手入れしなきゃ! パサパサしてたよ!」

 

「やっぱりアンドーが俺の髪の毛あげた相手ってこの女かよ……!

 なに? 人の髪集めてどうすんの!?」

 

「え、飾ってるよ?」

 

「飾る!?」

 

「だって綺麗だったんだもん!」

 

「もん……!?」

 

「ちなみに額装してあるぞ」

 

「額装……!? 俺の髪を!?」

 

「俺の目も瓶詰めが内定してるから、そうなった時はよろしくな」

 

「え、キモ……」

 

 

 おお、俺の補足にキルアがカルチャーショックを受けている。

 

 まあ趣味人にしかわからない世界だろう。俺も実際よくわからないし。

 ただネオンが「きれいだな」と思って集めている事だけは、よくわかっている。

 なら俺にとっては、特に問題はない。趣味は人それぞれだものな。

 

 

「え、なんなの……? 俺が知らないだけで普通なの……?」

 

「い、いいじゃない、キルア。綺麗だって褒めてくれてるんだし!」

 

 

 キルアが頭を抱えて唸る横で、ゴンは相変わらず興味津々といった様子でネオンとレディを見つめていた。

 たぶん気になっているのは、レディの事だろうな……とは思う。

 どんなに俺の具現化の精度が高まったとしても、ゴンのような直観で答えにたどり着けてしまう相手を誤魔化しきるのは中々に難しい。

 でも同時に、彼にとって他人の髪を飾ったり目を瓶詰めにするという行為は奇妙ではあっても、悪意がないことは理解しているようだ。

 目の瓶詰めという点で、クラピカの求める緋の眼についても気になってはいたようだけれど……。

 ゴンは、レディについても、それについても、深く問い質すという事をしないでくれた。

 

 

「そっか、アンドーさんボディガードだって聞いてたけど。

 ネオンさん……たちの事を守ってるんだね。()()()()もそう?」

 

「そういう事。此処にはバカンスで、たまたまね」

 

 

 俺は平然と応対していたが、内心では舌を巻いていた。

 良く気付けるもんだ。いや、ゴンはずっとこの島の野山で遊んで育ったはず。

 自分の知っている場所に見知らぬ誰か、何かがあれば、そりゃあ気づくか。

 (ゼツ)といったって、その場から消えるわけじゃあない。気配が薄くなるだけだ。

 足跡、匂い、木の葉のこすれる音。日常風景に生じた些細な違和感までは誤魔化せない。

 やっぱり(ネン)は強力だけど、それだけじゃあないな。

 

 そんな俺の隣で、ネオンは日向ぼっこをする猫のように目を細めて、伸びをする。

 

 

「初めて来たけど素敵な所だよね、くじら島。海も綺麗だし、空も風も気持ち良いし!」

 

「でしょ! 此処、俺の故郷なんだ!」

 

 

 自分の故郷を褒められて、ゴンの顔がぱあっと明るくなる。

 ネオンの褒め言葉に嘘はない。だから余計に、ゴンにとっては嬉しかったんだろう。

 そして純粋な喜びを前にすれば、誰だって嬉しくなる。

 ネオンは楽しげに、そして興味津々と言った様子で周囲を見回した。

 

 

「それで、さっきから何をしてたの? 宝探しみたいな感じだったけど」

 

「うん、宝探し……って言えば宝探しなのかな。

 俺の親父……ジンの残した置き土産を探してるんだ。

 どんなものかは、まだわかんないんだけどね」

 

 

 ゴンは泥を払いながら、少しだけ得意げに笑って答える。

 

 

「会ったことないけど、ジン、ハンターなんだ。

 ジンが夢中になるものが知りたくて、俺もハンターになったんだ。

 でね、ミトさん……俺を育ててくれたお母さんみたいな人が、俺がハンターになったならって、ジンが俺に残していったモノの事を教えてくれたんだよ。

『ハンターなら欲しいものは自分で見つけなきゃダメだ』って、ヒントだけね。

 それでキルアと二人で探してたんだけど、なかなか見つからなくってさ」

 

「ふぅん、お父さん……お母さん、かぁ」

 

 

 ゴンの真っ直ぐな瞳に、ネオンは少しだけ考え込むような顔をした。

 

 まあ、原作のネオンだったらゴンの父親に対する気持ちなんて、理解できなかっただろうな、と思う。

 ドンにとってネオンはのし上がるための道具、ただ占いをすれば良いだけの存在だったから。

 でも今のドンは、ネオンの占いというきっかけこそあったものの、自力でマフィアンコミュニティーの中で頭角を現しつつある。

 ライト=ノストラードはノストラードファミリーのドンであると同時に、不器用ながらネオンにとってもパパとして振る舞っている。

 俺が関わった事で何か改善できた事が少しでもあるのなら、間違いなくこれはその一つだろう。

 俺にとっては、本当に喜ばしいことだ。

 

 それにもしかするとネオンにとっては、母親という点について……何か思うところがあったのかもしれない。

 

 

「……ねえ、キミたち。良いこと教えたげる」

 

 

 ネオンのエメラルドの瞳が、面白そうな玩具を見つけた子供のようにキラキラと輝き出した。

 彼女はスカートの上から膝に手をついてかがむと、ゴン達に、まるで同い年の女の子がそうするように目線を合わせる。

 

 

「実はね、私すっごく当たる占い師なの。

 よかったらキミたちのこと、占ってあげよっか?」

 

「えっ、占い?」

 

「そ。お父さんの……置き土産? についての結果が出るかはわかんないけどね」

 

「すごいや、キルア! 俺、占いなんてしてもらった事ないよ!」

 

 

 ゴンが目を輝かせる。一方で、キルアは少し疑わしげに目を細めた。

 

 

「……言っちゃ悪いけどさ、占いってなんか、怪しくねえ?

 あれだろ、テレビで化粧の濃いおばさんがテキトーな事言ってさ。

『ただちに影響はないがこのままだとお前死ぬよ』とか宣言するみたいな奴……」

 

「ふっふーん、私の占いは百発百中なんだって評判なんだから!

 だからホントにこのままだと死ぬ時はこのままだと死ぬって出るらしいんだけど」

 

「えっ」

 

「なにそれこわ……」

 

「ルモア、ペンと紙、持ってるでしょ? 出して!」

 

「はいはい……」

 

 

 俺は苦笑しながら、内ポケットから手帳とボールペンを取り出した。

 ダルツォルネさんたちが森の影からこの光景をどう見ているか想像すると、少しだけ笑える。

 

 都合の良いことが、本当に起こってしまった。

 

 結局、俺達の打算とか計画とか誘導とか、そういうものを全部ぴょんとネオンは飛び越えてってしまうのだ。

 たまたま俺の友達と出会った。彼らが何か探してる。じゃあ占ってあげよう!

 ネオンの中にあるのはこれだけ。愚かなほど無邪気で、どこまでも純粋で、無責任な善意。

 

 そんなものを予想して、制御しようって方がどだい無茶なのだ。

 そしてそんなネオンだからこそ、あの天使は微笑んでいるに違いない。

 

 

「それじゃあ二人とも、名前と生年月日、それから血液型を書いて。あ、名前はフルネームね」

 

「わかった!」

 

「俺もかよ」

 

「良いじゃん、キルア。

 せっかくネオンさんが占ってくれるって言ってるんだし、占ってもらおうよ!」

 

「……まあ、聞くだけならタダだし、別に良いけど」

 

 

 実際ネオンに占ってもらうにはどれだけの金額が動いているかを考えたら、()()なのはなかなかに珍しい事だ。

 

 ゴンとキルアが、慣れない手つきで手帳に文字を書き込んでいく。

 その間、ネオンはレディと視線を合わせ、にこにこと楽しそうに微笑んでいる。

 

 お互いに望外の幸運に恵まれた俺達は、こうして、互いの夏休みに関わることになったのだった。

 

 

 




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