地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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34.キリ x トバリ x ミスト

────────────────────────────

 

 退屈な玩具は すぐに飽きて捨てられてしまうもの

 見料を払いたいなら 石を裏返して遊びなさい

 遠い道へ手を伸ばすなら 糸を頼りに跳びなさい

 満ち足りたのなら 札に埋もれて眠りなさい

 

────────────────────────────

 

 大海に浮かぶ鯨は 白き(とばり)に包まれて

 写し取られた命が 静止した絵に閉じ込められる

 虹の瞳と鏡に委ね あなた達は見えざる手と癇癪屋に抗いなさい

 託されたものは 誰よりもあなた達の身近にあるのだから

 

────────────────────────────

 

 残された足跡は 掌の上の小箱の中に

 記憶の石板はコンパスとなり 強欲の島を指し示すだろう

 まずは証を掲げ 狩人の酒場を訪れると良い

 太った豚は 見かけよりも賢いことを忘れずに

 

────────────────────────────

 

 もとめるものは巨大な林檎の内に 多くの財貨と共にある

 積み上げた富を数えながら 今はまだ穏やかな波に揺れなさい

 束の間の平穏を抱きしめ 風の歌に耳を傾けなさい

 その音色がいつか必ず あなた達を救うから

 

────────────────────────────

 

 

 

 

 

「はい、できたっ!」

 

 

 ネオンは書き終えたばかりの手帳のページをピリリと破り、満足げに二人に差し出した。

 ペンを俺に返すと彼女は凭れかかっていたレディの肩から離れ、大きく伸びをする。

 

 一方のゴンとキルアは、差し出された紙面を食い入るように見つめた。

 しかし、数秒もしないうちに二人の眉間に深い皺が刻まれる。

 

 

「あぁ? なんだコレ……詩なのか?」

 

「ねえ、ネオンさん。これってどういう意味なの?」

 

「わかんない」

 

「自分で書いてたのに!?」

 

 

 驚愕するゴンに、ネオンはあっけらかんと言い放つ。

 

 

「だって私、自分が何を書いたか全然覚えてないんだもん。

 なんていうか……占ってる間は天使が私の体を借りてる……みたいな感じ?

 だから私、自分が何を占ったかはわかんないんだよね。

 というか、知っちゃダメなの。知らない方が当たる気がするでしょ?」

 

 

 俺は横で苦笑いしながら、困惑する二人に助け舟を出した。

 

 

()()()()()()()()()、と納得するしかないね。

 解説すると、その占いは今月に起こる出来事を、一週ずつ説明してくれてるんだ。

 そしてそこに書かれている警告を守れば、最悪の事態は必ず避けられる。

 ただし書かれた言葉をどう解釈するか、どう動くかは本人次第」

 

「ふーん……。でもさ、アンドー」

 

 

 キルアがじろりと手元の紙と、ゴンの持っている紙を見比べた。

 

 

「これ、一字一句どころか改行まで完全に一緒なんだけど。手抜きか?」

 

「失礼ね! 手抜きなんかじゃないわよ!」

 

 

 ネオンがぷくーっと頬を膨らませて抗議する。

 自分の占いを手抜きだなんて言われた事に、プライドを刺激されたんだろう。

 彼女は「んー、たぶんだけどね」と、唇に指を当てて考え込んでから、自分の考えを口にする。

 

 

「内容が全く同じってことは、おんなじ運命ってことだよね。

 ならたぶんキミたち、これから今月ずっと一緒にいるんじゃない?

 二人の運命が一本の糸みたいに重なってるから、同じ結果が出たんだと思う。

 運命共同体みたいな? ……ふふ、わかんないけどね!」

 

 

 ネオンはそう言って、レディの手を取って楽しげに笑った。

「ずっと一緒」という言葉に、ゴンは嬉しそうに照れ笑いを浮かべ、キルアは「勝手なこと言うなよ」と毒づきながらも、その紙を丁寧に畳んでポケットに仕舞い込んだ。

 俺はそんな二人の仕草を微笑ましく思いながら「ま、そういう理由だから」と言った。

 

 

「ネオンには意味を聞かないでくれ。

 俺だったら聞けるし、解釈を助ける手伝いはするからさ」

 

「うん、それは私に聞こえないとこでやってね」

 

 

 ネオンはくすくすと笑いながら、レディの手を掴んでそっと自分の両耳を押さえさせる。

「あーあー聞こえなーい」なんてふざけてるのに苦笑していると、キルアが声を低く抑えて言った。

 

 

「……なあ、アンドー。今の……ってさ」

 

「ああ、ネオンの(ネン)だよ。もちろん、俺も使える」

 

「えっ アンドーさんも(ネン)覚えてたの!?」

 

「バッカ、たぶんこいつ試験前から知ってたんだよ!

 ヒソカとか、あのギタラクルって奴と一緒で!」

 

「ええッ!?」

 

 

 驚いてこっちを見るゴンに俺は肩を竦めながら、近くの岩に腰を降ろした。

 もちろんその間も、ネオンの方から意識を逸らしたりしない……というより、レディに耳を塞がせたまま、ネオンがとととっと小走りで寄ってきて、俺の隣にちょこんと座る。

 普段からこうして素直だと助かるんだけどなぁ。

 

 

「やっぱりな。

 ポンズの治療してた時もだけど……あの試験の時に感じた……妙な気配。

 今の天使みたいなオーラと似た感じがしたんだよな……。

 あの時のは、もっとこう……すっげえドロッとした感じだったけど」

 

 

 キルアが苦々しく、けれどどこか納得したように俺を睨む。

 そんなに変なオーラじゃあないと思うんだけどな、ネオンのオーラ。

 ゴンはよくわかってない顔をしてるけど、そういやキミ気絶してたっけね。

 俺は「その通り」と頷いた。

 

 

「ただ、最後のアレは(ネン)だよ」

 

「えっ (ネン)であんだけの事できんの!?」

 

「できる。

 ……というより(ネン)(ネン)の基礎なんだから、舐めちゃいけないぞ」

 

 

 俺の指摘に二人は真剣な表情で頷くけど、ちょっと目が泳いでいた。

 どうせ原作通り200階到達に合わせて、無理やり(ネン)に目覚めさせてもらったんだろう。

 (ネン)(ネン)の関係は、幽波紋(スタンド)と波紋呼吸法の関係に似ている。

 いくらスタンドに目覚めたからって、波紋疾走の意味がなくなるわけじゃない。

 ジョースターさんはメチャクチャ強いじゃあないか。鎖を引きちぎって未来へと解き放たれた若き獅子ぞ。

 

 

「そもそも試験の時、俺は(ネン)を使ってない。

 ……使えないようにしてたから、基礎の(ネン)が物を言うってことの実証にはなってるだろ」

 

「使()ない? 使()ないじゃなくて?」

 

「習いたてで手を出すと危なすぎるから詳しくは言わないけど……。

 神話の英雄の誓約(ゲッシュ)……は知らないか。

 なんだろうな。縛りプレイをするとスキル解禁、みたいな方法があるんだ」

 

「あー…………スーパーノービスみたいな?

 あと初期武器でラスボス攻略すると最強武器に進化するとか」

 

「感覚としては近い、かな? 色々あるけど、俺がやってたのはそんな所だ。

 初見プレイでやることじゃないのはわかるだろ」

 

「そりゃ死ぬようなもんだし……くっそー、今は手ぇ出せねーなー」

 

 

 この辺、制約と誓約の説明としてはかなり大雑把で適当だ。

 だけどアレや(ハツ)は四大行を修めたばっかりの時に手を出すもんじゃない。

 お前の事だぞクラピカ。(ネン)習得から数ヶ月で旅団全滅狙いとかRTAかよ。

 いや、俺の場合は……まあ、良いじゃないか。ネオンもレディも可愛いんだから。

 

 ともかくゴンにはピンと来なかったようだが、ゲーマーなキルアは理解したらしい。

 そして「ウイングさんにやられただろ」とか説明されて、ゴンも「あー」と納得している。

 そういえば(ネン)禁止で(ネン)だけやらされてた時期があったんだったか。

 で、それで普段体から出てるオーラの流れや、(テン)の精度が向上した……とか。

 まああれは制約と誓約ではなく、(ネン)による基礎の積み重ねでしかない。

 とはいえ、今はそのぐらいの認識で良いだろう。

 同じではないが、似たようなもんではある。

 

 

「まあ、もっと(ネン)に習熟した後に聞かれたなら教えるよ。

 もしくは師匠を見つけたら……もういるのかな? まあ、聞いてみると良い。

 ……あ、一応言っておくけど、手を抜いてたわけじゃあないから、そこは謝らないぞ」

 

「別にいいよ。お互いに(ネン)なしだったなら、フェアだったって事じゃん」

 

「でもすっごいなあ……(ネン)って占いみたいな事もできるんだね。

 ……あ、その、もしかして──……レディさんも、(ネン)が使えるの?」

 

 

 俺はゴンからの問いかけには答えず、「そんな所だ」と曖昧に笑うだけに留めた。

 ゴンの視線に気づいたレディが、ネオンの耳を塞いだまま、その顔に薄い微笑を浮かべて小首を傾げる。

 こうして見ると確かに表情の変化は乏しくとも、本当に生きている少女のよう。

 ネオンとレディ、水色と桃色の髪の色以外は違いのない彼女たちは、まさに双子の姉妹だ。

 まさか俺が具現化した存在だとは誰も思わないだろうし、だからこそゴンたちにも明かす気はない。

 『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』はその正体を知られない事が、一番の強みだからだ。

 ……まあ、ゴンはなんとなし、普通じゃあない事には気づいているようだけれど。

 

 

「そっか、レディさんからも、すごく不思議な感じがしてたんだ。

 だからかあ……()()(ネン)を使える人もいるんだね」

 

 

 いるんじゃないかなあ……カキン帝国とかに。たぶん。

 キメラアントのダツ使ってくる奴らは兄妹だったっけ?

 

 

(ネン)も色々だよ。だからあんまり先入観を持たない方が良いね。

 単純な戦闘系に限らず回復、防御、支援、探索、それ以外にも千差万別だ。

 だから怪しいと思ったらすぐに(ギョウ)が鉄則。習慣づける事をオススメする」

 

「押忍!」

 

 

 原作で見知った返事の仕草と掛け声に、俺は思わず笑ってしまった。

 たぶん彼らは原作同様、ウイングさんから(ネン)を教わったんだろう。

 今の俺が(ネン)を習得するに至ったのもウイングさんのおかげだ。間接的に。

 そう考えると、俺とゴンとキルアは兄弟弟子と言えるのかもしれない。押忍!

 

 ……ふと、天空闘技場の事が脳裏を過ぎる。

 

 この二人は、つい何日か前まで天空闘技場にいたに違いない。

 きっとカストロさんとヒソカの試合だってその目で見ていただろう。

 ……まあ、さっきの感じ、ゴンは直接の観戦を禁じられてたかもしれないが。

 あまり、聞きたい話でもなかった。

 だから俺は意識して思考を逸らし、二人の手元にある占いへと目を落とす。

 

 

(……正直、二つ目以外はどうでも良いな。俺には今は直接、関係がない)

 

 

 天空闘技場でヒソカを満足させ、裏ハンター試験に合格。

 二人はジンの箱を見つけてグリードアイランドを知り、くじら島からヨークシンへと旅立つ。

 これは占いの解釈というより俺が正解を知ってるせいだから、まあカンニングだけど。

 となると問題は、やはり二つ目の詩。

 まさに今、この瞬間にも起きるかもしれない……そういう予言だ。

 

 俺はゴンとキルアの二人に、どうする?と目線を合わせて問いかける。

 

 

「内容の解説、手伝おうか?」

 

「…………んー。まず、オレ達で考えてみるよ。それでわかんなかったら聞く!」

 

「ああ。最初っから他人に頼るのは無しだもんな」

 

「了解」

 

 

 俺が頷くと、二人は早速とばかり予言の書かれた紙を中心に並んで地面に座り込む。

 それはちょうど友達と集まって、ゲームの攻略法を探っている子供の姿そのものだ。

 

 

「一つの詩が月の一週にあたるんだっけ?

 それならもうこの一つ目の詩は終わったことだよな」

 

「たぶんこれヒソカとの試合についてなんじゃないかな。

 オレ、石板裏返したし、ヒソカの(ネン)に引っ張られて突っ込んだし」

 

「じゃ、考えるのは二つ目からってことで。

『大海に浮かぶ鯨』って、この島の事だよな。

 なら『白き(とばり)』ってのは、霧が出るってことじゃね?

 なあ、ゴン。くじら島って霧出んの?」

 

「うーん、確かにくじら島は霧が出る事は多いけど……。

 でも、この時期に島全体を覆うような事はないと思うなぁ」

 

「あとこの『残された足跡』って、俺達なんか見つけてるみたいだよな。

 三つ目の詩だから、見つかるのは今週末か来週頭って事だろ?

 じゃあ俺達でも気付けるくらい近くにあるのは間違いねえな」

 

「誰よりもって書いてあるのも引っかかるよ。

 書き間違いじゃなければ、普通は何よりもじゃない?

 見かけより賢い太った豚……が持ってるのかなあ?」

 

「………………あー…………兄貴の事か?」

 

「あ、ミルキさんだっけ?

 こないだキルアの家に行った時に会ったよね。

 たしか蚊につける花火作ってたっけ」

 

「そー、豚くん。それと花火じゃなくて爆弾な。

 メカやゲームとか電脳についてマジで詳しいんだよね。

 デブで馬鹿だけど意外に賢いんだよ。デブで馬鹿だけど。

 なんてーの? ウチの()()()()ってやつ?」

 

「へー」

 

「……お前意味わかってないだろ」

 

「へへへ……。

 でも流石に、キルアのお兄さんがジンの置き土産を持ってるわけはないし。

 じゃあこれは、見つけたらキルアのお兄さんに聞けば良いって事だよね!」

 

「だな。

 ミル兄に聞けって事は、メカ関係の何かっぽいな。ジンの置き土産ってやつ」

 

「すごいや、手がかりがいっぱいだよ!」

 

「まあ、見つけた後の話だし、この占いがホントに当たるかはわかんねえけど……。

 ……でも兄貴、10年くらい実家に引きこもってんだよね。

 とーぜん情報なんざ表に出回ってないし、出回ったとしても兄貴が自分で消す。

 だから、当てずっぽうじゃ兄貴が賢い豚くんだなんて事は絶対書けない。

 ……この占い、マジかもしれないぜ、ゴン」

 

「百発百中だよ。……と、一応は言っておく」

 

 

 俺の補足に二人がひえーっと声を上げるのを、ネオンは「えっへへー」と上機嫌で見守っている。

 会話の内容はレディに遮られていても、自分の占いにああも素直に反応されるのは純粋に嬉しいのだろう。

 それとも俺がネオンの占いを褒めたのが伝わったんだろうか。どっちもありえるな。

 

 

(しかし、ゴンとミルキが会ってるのか……)

 

 

 原作と異なる形になったゾルディック家ご訪問。どんなだったんだろう。

 まあキルアとミルキ……というよりゾルディック家の皆さん、わりと仲良いしな。

 奥さんがやや教育ママっぽいとこはあるけど、キルア同伴なら普通に歓迎してくれる、か?

 正直、イルミとカルトだけなんか浮いてる気がするんだよな、あの一家。

 情操教育はどうなってるんだ情操教育は。

 そういえばアルカとカルトって結局は弟なのか妹なのか。まあ確かめる手段もないけど。

 妹、妹の第二人格ガイア、さらに妹から矢印向いてるってラブコメじゃんキルア。

 実はあと九人ぐらいゾルディック家に妹が幽閉されてたりしない? そう……。

 

 閑話休題(ともかく)

 

 二人がまた予言の解読に戻ったので、俺はネオンの傍につきながら、耳元のインカムに触れて小さい声で囁く。

 ネオンをちらっと見ると、また「あーあー聞こえなーい」のポーズを取った。可愛い。

 

 

「ダルツォルネさん」

 

『ああ。こちらからも見えていた。

 …………何というべきか、ボスにはつくづくと驚かされるな。

 それで、どんな結果が出たんだ?』

 

「おそらく、襲撃があります。

 キーワードは島全体を覆う白い(とばり)、これが状況開始の合図です。

 今聞いた友人の話では、この時期にそれほどの霧は出ないそうです。

 それから他は、写し取られた命を静止した絵に閉じ込める、見えざる手、癇癪屋。

 たぶん敵の……例の三銃士とやらの念能力じゃないかと」

 

『霧か。自然現象ではない、とすると(ネン)による何かだろうな。

 絵に閉じ込める……ふん。具現化系や放出系にありそうな(ハツ)だ』

 

「陰獣にもそういう(ネン)を持った人、いるみたいですしね」

 

 

 梟さんってあれ風呂敷一枚しか具現化できないと結構大変そうだけど、どうなんだろうな。

 でもノブナガ風呂敷詰めにした状態で旅団と戦ってはいるみたいだし、複数枚具現化できるか、もしくは他にも何か(ハツ)はありそうだ。

 陰獣のコードネームって念能力に直結してるし、てことは実は夜戦でクソ強だったりするんだろうか、あの人。

 梟は瞬殺無音戦闘できる、夜にて最強の猛禽類だもんな。

 

 俺がダルツォルネさんに伝えている間も、二人は地面に置いた紙を囲んで、あーでもないこーでもないと知恵を絞っている。

 その様子を眺めながら、俺は脳内で詩の一行一行を現実の脅威と照らし合わせ、護衛団の皆と相談する。

 こう考えると、それぞれやってる事は似たようなものだな。

 

 

(まあ単純に考えれば、見えざる手と癇癪屋って奴は二人に任せて……。

 俺はこの、絵に閉じ込めるとかいう奴に当たれば良いのか)

 

『ルモア、聞こえるか?』

 

 

 と、不意に耳元のインカムから、スクワラさんの緊張した声が飛び込んできた。

 

 

『至急、そこにいるお前のダチに確認してくれ。

 この島に()()()は生息しているのかってな』

 

「人面猿……?」

 

 

 俺の脳裏にハンター試験の一次試験、あのヌメーレ湿原の光景がフラッシュバックした。

 人語を理解し、人に化け、俺達受験生を騙して喰らおうとした魔獣だ。

 

 

『ああ。ウチの犬が通りがかった島の住人にやたらと吠えかかってな。

 何かあると思った瞬間、正体ばらして襲いかかってきやがった』

 

「負傷は?」

 

『ねえよ。けど向こうも一匹や二匹じゃなさそうだぜ』

 

 

 俺は了解ですと短く答えると、すぐ、予言を前に悩んでいるゴンに声をかけた。

 

 

「……ゴン、ちょっといいか」

 

「ん? どうしたの、アンドーさん」

 

「このくじら島に、人面猿なんているのか?」

 

 

 俺の問いにゴンはきょとんとした後、何かを察知したのか真剣な様子で首を横に振った。

 

 

「ううん、いないよ。キツネグマなら有名だし、普通の猿はいる。でも人面猿なんていない」

 

「しばらく島にいなかったんだろう? その間に入り込んだとかは?」

 

「前に密輸業者をレオリオと見つけた事があるから、無いとは言わないけど……。

 俺の友達、この森の長なんだ。余所者が入り込んでたら、もっと空気がピリピリしてるよ」

 

「おいゴン、アンドー!」

 

 

 キルアの叫びと同時に、異変は目に見える形で現れた。

 さっきまでの気持ち良いくらいに眩く青かった空が、急速に白く濁り始める。

 ミルクを垂らしたように……という形容詞があるが、まさにそれ。

 またたく間に視界が乳白色の靄によって覆い隠され、埋もれていく。

 

 

「……霧?」

 

「白き(とばり)……ってこれか!?」

 

 

 それは自然の霧というには、あまりにも不自然な速度で立ち込めてきた。

 ゴンとキルアは既に立ち上がり、素早く身構えて臨戦態勢。

 天性のものもあるだろうけれど、ばっちり鍛えられている証拠でもある。

 

 

「うわ、真っ白! ねえ、ルモア、何も見えないよ!」

 

 

 レディと戯れていたはずのネオンが、不安そうに俺の服の裾を掴む。

 俺はすぐさま彼女の肩を抱き寄せ、レディを反対側に配置して「離れるな」と短く指示を出す。

 そして同時に俺はインカムを叩き、ダルツォルネさんへと呼びかける。

 

 

「ダルツォルネさん、戻りますか?」

 

『待て、市街地の状況確認が先だ。シャッチモーノ!』

 

『……最悪だぜ、リーダー。島中すっぽり霧ン中だ。

 ただ、こいつ自体は(ネン)じゃねえな。オーラの気配がない』

 

『よし、わかった』

 

 

 インカム越しにダルツォルネさんの冷徹な声が響く。

 

 

『ルモア、貴様はボスとレディを連れて、即座にイワレンコフの守るホテルへ撤退しろ。

 先鋒は俺達が担当するが、気を抜くな。霧の中だ、何処から何が来るかわからん。

 その場にいる少年たちにも同行を提案しろ。お互い、戦力は少しでも多い方が良いだろう』

 

「了解です。……ゴン、キルア、一緒に避難しよう。ホテルの方が安全だ」

 

 

 俺は二人に叫んだが、ゴンは霧の向こうを見据え、毅然とした声で首を横に振った。

 

 

「ダメだよ、アンドーさん!

 近くには俺の家があるんだ。ミトさんとお婆ちゃんがいる。

 二人を放っておけないよ!」

 

「ま、ミトさんとゴンの婆ちゃんには俺も世話になってるからさ。

 ゴン一人で行かせねーから安心しろって」

 

 

 そう言ってキルアは指を鳴らし、狩りに赴く猫科の猛獣のように伸びをする。

 確かに年齢にしては頼もしいことこの上なく、ついでに言えばゾルディック家の次期当主。

 何を言わんや……とは思うのだが、念能力者としての二人はまだまだ(レン)が足りていない。

 天空闘技場で1対1の正面戦闘を数回だけでは、対念能力者戦の経験値が圧倒的に少ないのだ。

 どんな熟練者だってほんの一手、ミスとも言えない些細なきっかけで命を落とすこともある。

 

 

「ダルツォルネさん、提案があります」

 

『……聞こえている。シャッチモーノ、スクワラ、行けるか?』

 

 

 ダルツォルネさんの鋭い声。

 それに応じるのは頼もしい、軽快な先輩たちの声だ。

 

 

『合点承知。俺の風船黒子どもを何人かそっちに回す。

 操作されてけしかけられたら面倒だし、人質に取られても似たようなもんだ。

 アンドー、その坊主どもには自分の心配だけしてろって伝えとけよ』

 

『犬はもう何匹か走らせてる。

 人面猿に入れ替わられても、うちの犬なら一発で見抜けるからな。

 ……間違っても犬を怪我させたりするなって言っとけ!』

 

「すみません、助かります。

 ……ゴン、キルア。うちの護衛から兵隊と犬がそっちに向かう。

 ただしこの霧だし、君らからだと敵味方の区別がつかない。

 下手な連携は考えないで、自分たちのことにだけに集中して欲しい。

 あと、できれば犬に怪我させたりはしないでくれ」

 

「ありがとう、アンドーさんと、えっと、無線の向こうの人!」

 

「サンキューな!」

 

 

 二人の気配が、弾丸のような速さで霧の奥へと消えていく。

 これは……スクワラさんの犬はともかく、『縁の下の11人(イレブンブラックチルドレン)』は追いつけるかな?

 まあ、大丈夫か。あれは的確に命令さえすれば、瞬間的には銃弾よりも速度が出るし。

 

 

「よし、ネオン。俺達もホテルに戻るぞ」

 

「……はぁい。

 あーあ、せっかくのバカンスだったのになぁ。

 あ、それじゃあさ、ホテルに戻ったらゲームで遊ぼ! 色々持ってきたんだ!」

 

「安全が確保できたらな。まだちょっとわかんないからさ」

 

「えーっ」

 

 

 ぶーたれつつも、ネオンはレディに促されると渋々といった調子で同意してくれた。

 視界を埋め尽くす乳白色の中、俺はネオンの腰に手を回して走り出す。

 レディはネオンの背後、俺とは逆の立ち位置で、周囲を警戒しながら音もなく移動に追随。

 

 前方からはダルツォルネさんの神字刀が生み出す斬撃音や、リンセンさんがシャウトと共に繰り出す拳撃音。

 それに髭面の男の「しゃあっ オーラソードッ!!」という気合の叫びが聞こえてくる。

 

 足を進めれば進めるほど、俺達の足元の山道には、死屍累々と人面猿の死骸が転がる頻度が増えていった。

 ネオンに怯えた様子はないものの、「わぁー」なんて楽しそうにそれを見るのはお嬢様として如何なものか。

 

 

『ルモア、警戒しろ。捕捉しきれんが、何か……』

 

 

 インカムから漏れるダルツォルネさんの声が、不意に走った雑音に飲み込まれる。

 電波障害? この短距離でか?

 

 

 ──ズゥン。

 

 

 直後、地面を震わせる、重厚な地響き。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 霧がわずかに割れた。

 その中に浮かび上がるのは、巨大な岩山のような影。

 甲羅の上に人の姿をしたイチゴのような植物を繁らせ、長い首をのっそりと持ち上げたその異様な姿を、俺は知っている。

 

 

「……()()()()()()()()!?」

 

 

 ハンター試験一次試験、ヌメーレ湿原で受験生たちを霧の中に誘い込み、餌食にしようとした巨大な亀だ。

 誘い込み……という表現は不適切か。

 このキリヒトノセガメこそが、ヌメーレ湿原を惑わせるあの異様な霧の発生源なのだ。

 ポンズがその特徴を事細かに教えてくれたから、良く覚えている。

 それも、一頭ではない。

 霧のあちこちから同じような巨大な足音と、湿った吐息が聞こえてくる。

 

 

「うわぁ……すごぉい! 大きいねぇ!

 そういえば霧の中に怪物が歩き回る映画あったよね。怖いやつ!」

 

「縁起でもない……!」

 

 

 ネオンがそれこそ映画でも見ているかのように、きゃっきゃと楽しげな声をあげる。

 あちらは異次元の怪物だが、こちらは現実の魔獣。

 残念ながら霧の中からサヘルタ合衆国軍が現れてぶっ潰してくれる様子もない。

 

 それに、それだけじゃあない。

 

 

 ──ゲッ ゲッ ゲッ ゲッ ゲッ ゲッ ゲッ ゲッ ゲッ 

 

 

 聞き覚えのある異様な鳴き声と、羽撃き音。

 

 見上げればそこには不気味な頭部を持つ怪鳥のシルエット。

 それが何羽も黒々とした影を滲ませて、霧の中を巡っているのがよく分かる。

 

 

(オオガキアゲラまでいるのか……!?)

 

 

 人面猿、キリヒトノセガメ。オオガキアゲラ。

 ここはヌメーレ湿原でもなければトリックタワーでもない、くじら島だ。

 生態系を無視したこの襲撃。間違いなく、人為的な意図が介在している。

 

 

(キリヒトノセガメの霧自体は殺傷性無し、電波障害と視界不良をもたらすのが厄介だ。

 大きいだけで、キリヒトノセガメは騙されて近づかない限りは脅威じゃあないが……。

 問題は人面猿とオオガキアゲラだ。一匹一匹は大したことなくても、数が尋常じゃない……!)

 

 

「ネオン、舌を噛まないように気をつけろよ! レディ、手を!」

 

「えっ、ちょ、ルモア──!?」

 

 

 俺はネオンを抱き上げてレディの手を取ると、一気に地を蹴った。

 ダルツォルネさん達は大丈夫だろう。問題は俺が相応の実力を発揮できるかどうかだ。

 周囲から人面猿の耳障りな鳴き声と、オオガキアゲラの風切り音、木々をなぎ倒すキリヒトノセガメの足音が迫る。

 

 

「きゃーっこわーいっ♪ ルモア助けてーっ♪」

 

「そのつもり……!」

 

 

 ネオンが心底楽しそうな悲鳴を上げて俺の首に抱きついて足を振る中、俺は二人の少女と共に霧の中へ飛び込んで行った。




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