地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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嵐の夜編
39.8月31日 ①


 ヨークシンシティ郊外、見渡す限りの赤茶けた荒野。

 朝焼けの中、その乾いた大地を抉るようにして敷かれた滑走路に、大型高級飛行船が重低音を響かせながらゆっくりと着陸した。

 

 ロボシールド空港。

 世界中から大富豪やマフィアの幹部がプライベート機を乗り付ける、VIP御用達のゼネラル・アビエーション用空港。

 華やかな表玄関のリンゴーン空港とは異なり、ここを利用するのは個人のみ。

 贅の極みを尽くした飛行船たちと、それを迎え入れるための施設、その乗客のための冷徹な黒塗りの車列だけが此処の全てだ。

 

 ぷしゅうと音を立てて油圧式のタラップが下り、熱を帯びた荒野の風が船内に流れ込んでくる。

 

 

「うわぁ……! 何にもないところだねえ。ここがヨークシン?」

 

 

 タラップの最上段、眩しそうに目を細めながら現れたのは、水色の髪を風に揺らした少女──ネオン=ノストラードだった。

 そのすぐ傍には、彼女の影の如くピタリと追随する桃色の髪の少女、レディの姿もある。

 ネオンは退屈そうに周囲の荒野を見回し、隣に並ぶ俺の腕に迷わず自分の手を絡めてきた。

 

 

「住所としてはヨークシンだけど、ここはほとんどゴルドー砂漠だよ。

 ヨークシン州の大半は、こんなだだっ広い感じの荒野だから」

 

「ふぅん、そうなんだ。

 私、ヨークシンって初めて来たから、もっと大都会って感じなのかと思ってた」

 

「都会なのは変わらないかな。

 ヨークシンシティの外に出ると、そこからすっぱり荒野に切り替わる感じなだけで。

 上から見ただろ?」

 

「あー、ちょっとRPGのフィールドみたいだなって思ってたの、そういうことなんだ。

 そうだ、ねえルモア、パパっていつ来るの? 今日? 明日?」

 

「会議が長引いたそうだから、ドンの到着予定は9月3日の夕方……明々後日(しあさって)だね」

 

「もー、パパが来てくれないとお小遣いだけじゃ足りなくなるかもじゃん。

 ……まあ、女の人と旅行とかじゃないなら仕方ないし、良いけどさ。

 じゃあルモア、ちゃんとエスコートしてね?」

 

「はいはい、わかってるよ」

 

 

 俺は、ネオンとレディを優しくエスコートしながらタラップを下りる。

 

 その視線の先、滑走路の脇には、既に手配済みの最高級防弾仕様リムジンが5台、エンジンをアイドリングさせた状態で待機していた。

 全て同じ車種を使用しているのは、どれにボスが──つまり、ネオンとレディが搭乗しているか、的を絞らせないためだ。

 

 

「……空気からしてあっついね。ここは荒野のウエスタンってか?

 同じ暑さでも、くじら島の青い海と青い空が懐かしいぜ」

 

 

 俺たちの背後から、皮肉げな笑みを浮かべながらシャッチモーノさんが降りてくる。

 彼の能力の触媒である黒い風船が、いつでも膨らませるようにポケットに収まっている事を俺は知っている。

 ボディガードという文字通りの意味でなら、護衛団で最も有能なのはシャッチモーノさんだろう。

地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』はネオンが攻撃を受けた時の保険、カウンターであって、そもそも攻撃を防ぐ事は想定していない。

 その点、シャッチモーノさんの『縁の下の11人(イレブンブラックチルドレン)』の瞬間展開の速度とカバー範囲は別格だ。

 弾丸よりも速くが比喩じゃないんだから、まったく。

 シャッチモーノさんはひょいと肩越しに背後を振り返った。

 

 

「犬たちの方はどうだ?」

 

「問題なし。とはいえちょっと運動はさせてやりたい。ケージの中はストレスが溜まるからな」

 

 

 応じたスクワラさんは、ネオンの足元に白犬を呼び寄せながら、愛犬たちを乗せた専用のコンテナ……大型ケージへと目を向ける。

 シャッチモーノさんの風船黒子と違って物理的な意味でかさばるし、連れていける場所も限られるとはいえ、彼の犬たちが持つ索敵能力や周辺警戒能力は、護衛団の要の一つだ。

 なにせゾルディック家のゼノが気合を入れた(エン)の範囲が半径300m。

 これに対して犬の嗅覚は、下手をすれば10km近くの範囲にまで及ぶというのだ。

 もちろんオーラの有無とか(ゼツ)とかもあって単純比較はできないが、偵察と索敵において犬たちの存在がどれほど心強いか。

 それに足元にじゃれつく白い犬を撫でて可愛がるネオンとレディは、本当にただのお嬢様にしか見えない。

 犬たちがいれば俺が少し離れても大丈夫じゃないか。

 ──……と思うのだが、そう言ったらスクワラさんに信じられないものを見る目をされた。

 正直いろいろと忙しくなるからお願いしますと重ねて言ったら、天を振り仰がれた。

 

 

「お嬢様、日差しが強いですから……どうぞ、こちらへ」

 

「あっ ありがと、エリザ!」

 

 

 その横を抜けたエリザさんが、ネオンとレディにサッと日傘を差し掛ける。

 侍女のチーフであるエリザさんは、その間も飛行船から大量のトランクをテキパキと運び出すよう指示を出す。

 その際、俺の顔をじろりと見てはスクワラさんと同じ目、もとい()()()()()()()()()()()()目で無言の圧をかけてくるのだ。

 スクワラさんがやらしい雰囲気にも持ち込めないくらいじれったいのと、俺が16歳の女の子()()との混浴を拒否したのは別ベクトルの問題では???

 

 

「油断するな、まずは無事にボスをホテルの部屋まで送ることを考えろ」

 

 

 低い、地を這うような声で全員を引き締めたのは、護衛団のリーダーであるダルツォルネさんだ。

 神字が刻まれた刀の柄にそっと手をかけ、鋭い眼光で荒野の地平線を睨み据えている。

 だけどタラップを降りる時の姿勢が「さて!! 諸君らには早速任務についてもらう!」だったので、ちょっと笑いかけたのはナイショだ。

 続いて一人だけアイジエン大陸風の道士服姿のリンセンさん、巨体を揺らすイワレンコフさん、そして髭面の男が、周囲の警戒を怠らずに陣形を組む。

 これが()()()()()()だ。

 

 

「まずは車両のチェックだ。かかれ」

 

 

 ネオンのガードをレディと白犬に任せ、俺達は一斉に防弾リムジンの点検にとりかかった。

 どんな強力な念能力者がガードしていたって、自動車爆弾で派手な葬式を挙げられては対処しようがない。

 このあたりハンターという職業=念能力者という傾向もあるせいか、個人主義というか、個人単位での能力を考える人が多い印象はある。複数人で手を組む相互協力(ジョイント)型能力も、他人を守ったり支援する事を前提とした(ハツ)も、俺の知る限り――原作を合わせて――そう多くは無い。まあ描写されていないだけかもしれないが。

 とはいえ「人を殺す」という強い殺意は、どうしたってオーラとして爆弾に纏わりつくものだ。

 こういう時に(ギョウ)があると役立つ。

 もちろん相手が念能力を理解している場合、(ゼツ)やら(イン)やら(ハツ)やらで爆弾を隠していたり、それとか機械とか、自分の意思や人の手を介さずに爆弾を準備して設置する手もあるから過信は禁物。

 念能力者は無敵でも最強でも万能でもチートでもないのだ。

 (ギョウ)視確認にあわせてスクワラさんの犬たちによる爆発物の臭い検査は基本である。

 さらにイワレンコフさんに()動力で車両を持ち上げてもらって、底面までくまなく見て回る。

 

 

(お……)

 

 

 俺はオイルタンクに取り付けられていた発信機を見つけ出し、それをダルツォルネさんに指で示す。

 声を出さないのは盗聴も警戒してのこと。ダルツォルネさんが頷いたので、俺は近くに止まっていた別の車へとそれを貼り付けた。

 どこの誰の車かは知らないが、その人がきちんと検査できる護衛を雇ってる事を祈ろう。

 

 そうして点検が終わると俺たちはネオンとレディをリムジンの後部座席へとエスコートし、各車両へと分散して乗り込んだ。

 俺は当然、ネオンの正面の席に腰を下ろす。

 ネオンの隣にはレディ。俺の隣にはダルツォルネさん。

 ドアが重厚な音を立てて閉まると、外の熱気と砂ぼこりは完全に遮断され、快適なエアコンの冷気が車内を満たした。

 

 

「ふぅー……暑かったぁ」

 

「お疲れ様でした、ボス。街の中も同様ですから、日射病などにはお気をつけください」

 

「はぁーい」

 

 

 ダルツォルネさんがにこやかに話しかけるのに、ネオンが笑顔で答える。

 8月も終わり9月に入るが、まだまだ日差しは強い。

 とくにヨークシンはゴルドー砂漠のどまんなかにぽんと生えたような街だ。

 港湾都市……つまり海が間近にあるから多少はマシ、さらにジャポンとかと違って湿気は無いから、風が吹けば心地よく日陰に入るだけでも涼しくなるとはいえ、それでも乾いた気候と日差しは砂漠のそれ。

 ましてやコンクリートジャングルの中ともなれば、アスファルトとビル群で日差しが乱反射し、下手をするとこの開けた荒野より暑い……もとい熱いかもしれない。

 まあ室内はおかげでエアコンがガンガンに効いているのだが、この辺り直射日光よりも屋外の熱気、屋内のエアコンの冷気、この寒暖差で体をやられそうな気配すらあるのが何ともはや。

 快適に過ごすというのは、なかなかにハードルが高いものだ。

 

 ほどなく車列はロボシールド空港を背に、滑るように走り出した。

 荒野を貫くルート168を通って、向かう先はヨークシンシティ。

 愚者の街(ゴッサム)罪の街(シン・シティ)、眠らぬ都市ともあだ名される、サヘルタ合衆国西海岸に位置する巨大都市(メガロポリス)だ。

 最先端のミュージカルに、ファッション、経済、流行、そして犯罪が集う聖地。

 誰もがそれを手にする事を望む最高の果実(ビッグ・アップル)――それがヨークシンだ。

 

 だが何よりもこの街を有名にしているのが、ヨークシンシティ・ドリームオークション。

 年に一度開催される、世界最大の大競り市だ。

 街中至るところで競売が開催され、10日間の日程中、公式の競りだけでも数十兆の金が動く。

 昨日1万で競り落とした品物が明日には1億で売れることもある。まさに一攫千金、夢の市。

 その一方で数万点に及ぶオークションハウスにまぎれ、犯罪に関わるモノのみを扱う闇のオークションも多数存在する……。

 

『スゲー! ヨークシンドリームオークション・パンフレット』と表紙に文字が踊る9月1日付の小冊子をぱらぱらとめくる。

 書かれているのはだいたいそんな通り一遍のことばかりで、俺としては再確認の意味が強い。

 ひとしきりページの内容を目で追うと、俺は携帯電話を取り出して素早く幾つかのメールを送り、返信を確認する。

 今のところは予定通り。順調なはず。

 

 

「ボス、申し訳ないのですが……こちらが9月の追加分です」

 

 

 エンジン音すら微かにしか響かない静かな車内で、ダルツォルネさんがそっとネオンに紙の束を差し出した。

 子供の頃に使っていたノートの切れ端などではない、ネオンが占いをするための専用紙だ。

 そこには各々の依頼者の個人情報──占いに必要な項目の他に、呪文めいた文言がつらつらと書かれている。

 前に興味本意でちらっと見てみたが、なんだか意味が(ハンター文字書くんはヒジョーにメンドくさ)良くわからない(いです どーしたらいいんでしゅか)内容が延々と( だいたい アニメで文字を書くんは)並んでた(つらすぎる)ので、それ以来気にしないようになった。

 まあ占いだって大変だし、呪文とかでの雰囲気作りも大事なんだろう。うん。

 

 ともあれ、ノストラードファミリーは占い頼みから脱却し、合法的ビジネスで順調にその勢力を拡大し続けているが、だからといって別にネオンの占いが全く行われなくなったわけではない。

 あくまで比重、バランスの問題だ。

 ファミリーにとってネオンの百発百中の占いが重要な力の一つであることは依然変わりない。

 常連客というべきか、それこそ幼少期から懇意にしている顧客も多く、口コミで新しい顧客も増えつつある。

 十老頭御用達の占い師という肩書は、ネオン自身が想像もしていないほどに大きな影響力を持っているものなのだ。

 

 

「あれェ? ちょっと多くない?」

 

「……ええ。ロットフェリ様とトリンク様もぜひ占って頂きたいと」

 

 

 訝しむネオンに、ダルツォルネさんが非常に慎重に、用心しいしい言葉を続ける。

 やはりヨークシンシティのオークション直前という事もあって、駆け込みで占いを頼んできた者もいたのだろう。

 今まで特に信用はしていなかったし、可能な限り準備は整えたけれど、土壇場で急に不安になって安心材料が欲しくなる。

 俺としても良くわかることだった。

 

 

「もぉー、やだよォ。

 せっかくヨークシンに来る前に全部終わらせたのにさァ」

 

「申し訳ございません。

 どちらも父君と懇意にされておられる方でして……」

 

「むぅ……。

 これでパパがお仕事してるんじゃなきゃ投げ出してたとこだよ、ホント」

 

 

 ツンと拗ねたように唇を尖らせ、窓の外を睨むネオン。

 正確には窓ガラスに映った車内を通して、携帯電話でメールを確認する俺を睨んでいるようだった。

 そのまま「ん」とネオンがこちらに手を突き出すので、俺は素直に車載電話を取って差し出す。

 ネオンは躊躇一つなく、ドンへの直通ダイヤルをプッシュした。

 

 

「あ、パパ? ネオンだけど……これ」

 

 

 とんとんと紙束の上を、細い指が踊るように叩く。

『それはそれとしてパパに文句言ってやろ』というオーラが、どろりと車内に溢れ出す。

 レディがなんとも物言いたげな顔をして、ネオンの肩にそっと手を当てた。

 

 

「え? やだよ、今月はもーやらない。来月からにしてよ。

 えぇ? ダメ! そんなんじゃごまかされない!

 ダメ! ダーメ、ダメ! ……ん? んー……どーしよっかなァ」

 

 

 ツンケンとしていたネオンの声のトーンが、僅かに変わる。

 ニマニマと猫のように微笑んで、相手の反応を楽しむように思わせぶりな声。

 この辺り、ドンが甘いと言うべきか、ネオンがしたたかと言うべきか。

 たぶん両方だろうなと、俺は苦笑した。

 

 

「んー、わかった。絶対だよ。

 それじゃあ9月の追加分はこれでホンットォーに終わりだからね!」

 

 

 ピッと軽快な電子音と共に通話終了。

 ネオンは一転して喜色満面、俺に受話器を返しながら、両手をたかだかと掲げて勝利宣言。

 

 

「やあったあ、また一つお宝ゲットォ!

 えっへっへぇ……得しちゃったよぉ!」

 

「あんまりドンを困らせるなよ?」

 

「ふっふーん、これはロードーのタイカってやつだもーん」

 

 

 ねー? とレディと手を取り合って、ネオンはにこにこと上機嫌だ。

 ヨークシンオークション用の予算をぶんどったか、それとも別でコレクションを約束したか。

 原作では父親、ライト=ノストラードとの冷めきった関係の一端が垣間見える場面だったけれど、俺の見る限りネオンとドンはなんだかんだ二人なりに親子、父と娘の関係を構築できているように思う。

 俺はダルツォルネさんと顔を見合わせ、肩を竦めた。

 なんにせよ、ネオンが積極的に仕事に取り組んでくれるのは良いことだし、そして仕事に関係なく彼女と繋がる縁があるのは、俺にとっては本当に歓迎すべきことだった。

 

 

「よっし、そーと決まればさっさと終わらしちゃおっと!」

 

 

 ネオンがペンをとり、くるくると手の中で回転させる。

 そして彼女は自分の守護天使を、まるで友達に声をかけるかのように呼び出した。

 

 

天使の自動筆記(ラブリーゴーストライター)!」

 

 

 オーラの迸る感覚と共に、半透明の緑色をした天使がずるりとネオンの右腕に纏わりつく。

 相変わらず俺が「よぉ」と挨拶しても無視されるが、ずいぶんと長い付き合いなのでちょっと寂しい。いやまあ、また首掻っ切って地獄に落ちろってモーションされても嫌だけど。

 

 シャカシャカと猛烈な勢いでネオンが──天使がペンを走らせ、撒き散らされた紙片をレディが瀟洒な動きで拾い集め、それをダルツォルネさんへと差し出す。

 ダルツォルネさんが「ありがとうございます」と、レディをもお嬢様扱いするのを横目に、俺はそっと外を──陽炎揺らめく、灼熱の荒野へと目を向けた。

 別に、大した理由じゃあない。

 これから自分が()()()()()()()の顔を、見ておきたいと思ったのだ。

 

 ──四人。

 

 砂塵の舞う荒野をハイキングにでも行くかのように無防備な足取りで、ヨークシンシティを目指して歩く旅人たち。

 

 だらしない浴衣姿に長い髪を頭頂部で結い、古風な刀を腰に帯びた、ジャポン風の男。

 その隣には黒い外套の襟を高く立て、冷たい目を前方に向けて黙々と歩く小柄な男。

 後ろには、巨体に似合わない静けさを纏い、顔面に無数の傷を持つ、見上げるような大男。

 そして先頭、和装をベースにした独特の衣服に身を包み、桃色の髪を後ろでまとめた細身の娘。

 

 

 ノブナガ。フェイタン。フランクリン。マチ。

 世界を震撼させる盗賊集団──幻影旅団。

 

 時速60キロで進むリムジンの車窓から見れば、彼らとすれ違うのはほんの数秒、いや、一瞬の出来事だ。

 だがその姿を視界に捉えた瞬間、俺の認識はスローモーションのようにコマ送りになり、彼らの一挙手一投足を拡大する。

 意識が加速していく。

 

 

 ──今此処で。

 

 

 殺してやろうかとさえ思う。

 それをどうにか抑え込めたのは俺の理性ではなく、ネオンであり、レディであり、ダルツォルネさんであり、エリザさんであり、護衛団の皆のおかげだ。

 今此処で考えなしに飛び出せば間違いなく全員に被害が及ぶ。

 

 やるなら、確実に、絶対に。

 それは()()()()()()。わかっている。大丈夫だ。問題ない。

 

 対する旅団の面々は、こちらを振り返る素振りすら見せなかった。

 彼らにとって、荒野を行き交うマフィアの高級リムジンなど、道端に転がる石ころや砂粒となんら変わりない、ただの風景だ。

 盗もうとなれば盗めるし、中に誰がいようと皆殺しにできる。そんなものは路傍の石ころと何も変わらない。

 だから平気で人を殺せるし、自分の身内が殺されたら泣きわめくのだ。

 まさか蹴っ飛ばした石ころが跳ね返って自分にぶつかるなんて、そんな理不尽が起こるわけもないと思っているから。

 

 

 ──ぶち殺してやりたい。

 

 

 だが、仕掛ける気は毛頭ない。今は。今じゃあない。まだ、今じゃない。まだだ。

 相手もまた大仕事を前に、ただの移動を楽しんでいるだけに過ぎない。

 原作通りならこの後、くだらない理由でノブナガとフランクリンが殴り合いを始めるだろう。

 だから俺達はただ、ネオンを無事にホテルの部屋まで連れて行くことだけを考えれば良い。

 

 互いに完全に無関心。ただのすれ違い。それで良い。

 

 けれど俺の右手の拳は、膝の上で白くなるほどに強く握りしめられていた。

 そこにひんやりとした小さな手が、そっと重ねられる。俺はぴくりと震えて、顔を上げた。

 

 

「────―」

 

 

 レディだった。

地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』が桃色の髪を揺らし、エメラルドの……ネオンと同じ瞳で俺を見つめている。

 

 俺は、ゆっくりと息を吐いた。

 

 四人の人影は、すでに陽炎と砂埃の向こうへと溶け込み、完全に見えなくなっていた。

 俺が何をどう考え行動したとしても、もう手の届かない距離だ。

 そのことに──安堵する。

 まったく、これではクラピカの事をどうこう言えた義理じゃない……。

 

 

「──ハイ、終わりーっ!」

 

 

 不意に、車内にネオンの明るい声が響き渡った。

 見れば緑色の守護天使は既に消え失せており、ネオンは満足げに伸びをしているところだった。

 彼女の膝の上には、最後に殴り書きされた何枚もの予言詩の紙片が散らばっている。

 レディがそれを無言で回収し、丁寧に整えてダルツォルネさんへと差し出した。

 

 

「……! はい、お疲れ様です」

 

 

 恭しくその紙片を受け取ったダルツォルネさんは一瞬だけ顔を強張らせたが、すぐに元通りの鉄面皮へと戻る。

 占いの内容に何か気になる点があったのだろう。

 まあ、何が書かれているのかは俺はとっくに()()()()()が、現実の結果が完全に一致しているとは限らない。

 あとで確認をするべきだろう。

 

 

「……? ルモア、どうかした?」

 

「いや、何でもないよ」

 

 

 問題は俺の表情だ。今の俺はネオンに見せられる顔をしていただろうか。

 ひょいとこちらを覗き込む彼女に俺は曖昧に笑ってごまかすと、首を横に振る。

 

 

「窓の外を歩いている人がいたからね。暑そうだなと思って見ていただけだよ」

 

「へぇー、モノ好きな人もいるんだね。絶対熱中症になっちゃうよ」

 

 

 ネオンは俺の説明に納得してくれたのか、そもそも気づかなかったのか、あるいは(ハツ)をずっと行った疲労もあったのか、特にそれ以上は気にしないでくれた。

 彼女は「ねえねえ」と猫のように手を招き、俺におねだりするように上目遣いの目を向ける。

 

 

「オークションは明日からでしょ? それまで、買い物したりしたいんだけど」

 

「はい、わかりました。お供させて頂きます」

 

 

 ダルツォルネさんが許可を出し、猫のマネを続けていたネオンは大はしゃぎで声を弾ませる。

 

 

「やったぁーっ♪」

 

 

 現在時刻はまだ朝の8時前。

 8月最後の1日は、こうして静かに始まった。

 




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