地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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04.ドクン × ドキン × ドカン

「……説明しろ。三分やる」

 

 

 ライト=ノストラードの声は、かつてないほどに低く、殺意に満ちていた。

 白亜の豪邸の書斎。その豪奢な絨毯に、俺は額を全力でこすりつけていた。

 いわゆる「ドゲザ」だ。

 怪訝そうな顔をしたドンに、ダルツォルネさんが「ジャポンの伝統的な謝罪姿勢です」と説明するのが聞こえる。

 前世の知識は、すべてこの一瞬のためにあったと言っても過言ではない。

 

 

「申し訳ございません、ドン……」

 

「いいかい、ルモア。私は説明をしろと言ったんだ。謝罪ではない。

 私の娘の裸の人形をこしらえて添い寝していた現場を押さえられた、その説明をしろと……な」

 

 

 俺の視線の先には、いっそ穏やかとも言える優しげな顔をしているドン。

 その傍らで腕を組み、底冷えするような視線をこちらに投げかけているダルツォルネさんがいた。

 

 部屋の片隅では侍女に囲まれたネオンが、ネグリジェ一枚で頬を膨らませ、勝ち誇ったような、「良いぞもっとやれ」とでも言いたげな顔で俺を見下ろしている。

 侍女たちからは俺を咎めるような目線。冤罪ではないのが辛い。

 

 なにせ俺の隣には、申し訳程度に毛布をかけられた、裸のネオン人形の姿がある。

 俺が何も答えられないでいると、ドンがぎり、と奥歯を鳴らした。

 

 

「真の男というのは、躾のなってない飼い犬をどうするか知っているかね、ルモア?」

 

「…………」

 

「自分の手で始末をつけるのだよ。他人に任せたりは決してしない。

 ダルツォルネ、コンクリートを用意しろ。

 恩を忘れて娘に噛みついたこの犬は、私がエルバト河に沈める」

 

 

 それは底冷えするような低い怒りと殺意に満ちた、静かな死刑宣告だった。

 神託をもたらす巫女ではなく自分の愛娘に手を出されたことに激怒する、マフィアのドン。

 ライト=ノストラードは、この衝撃的な事件で、失いつつあった自分の姿を取り戻せたらしい。

 ……それで処刑される事になる身としては、素直に喜んで良いのかわからない。

 

 

「ドン、お待ちを。

 ……ルモア。貴様、ようやく目覚めたか」

 

 

 救いの手を差し伸べてくれたのは、ダルツォルネさんだった。

 ダルツォルネさんは一歩前に出ると、鞘に収まった刀の先で俺が具現化した人形の肩を軽く突いた。

 彼は人形と俺を、鑑識官のような鋭い目で見つめている……いや。

 今の俺にはその意味がわかる。(ギョウ)だ。

 ダルツォルネさんは目にオーラを集中させ、俺と人形を分析しているのだ。

 嘘偽りを一言でも言えばたちまちの内に見抜かれるだろう。

 もとより隠すつもりは無いが、(ネン)に目覚めたばかりの俺では誤魔化す事は不可能だ。

 俺はひりひりと乾いた声で、どうにか「はい」と肯定するのが精一杯だった。

 

 そのやり取りに、ライト=ノストラードは訝しむように目を細めた。

 

 

「目覚めた……? 何の話だ、ダルツォルネ」

 

(ネン)です、ドン」

 

(ネン)。ああ……あの、お前たち護衛団や、ネオンの占いと同じ力か?」

 

「はい。

 ルモアにはその片鱗がありましたので、そろそろとは思っておりましたが……。

 たまたま今日、その扉が開いたのでしょう。

 恐らく、この結果は彼の意図するものではなく、純然たる事故です。

 ……そして、そこにある人形は、彼の意志が形となった念能力の産物です」

 

「……詳しく説明してみろ」

 

「念能力の中でも特に具現化系と呼ばれる系統は、物体を作り出すことを得手としています。

 ですが、これほど精巧な物体を形にするには、並大抵の精神力では足りません。

 対象を四六時中観察し、その細部を脳内に焼き付け、もはや幻覚として見えるほどに没頭せねばならんのです。

 ルモアがお嬢様をこれほど完璧に再現してみせた……再現できてしまったということは、彼がこの五年間、片時も休まず、寝食を忘れてお嬢様のみを見つめ続けてきたという、揺るぎない証拠に他なりません」

 

「……つまり、何か? 

 この人形の出来が良いのは、ルモアがネオンを熱烈に愛している証拠だということか?」

 

「その通りです。

 念能力者にとって、具現化の対象は己の魂の形そのものと言っても良い。

 お嬢様を具現化したということは、ルモアにとって、この世で最も守るべきもの、生きるための指針がお嬢様だということです。

 この人形は、いわば彼の信仰心、忠誠心が形を成した結晶と言えます」

 

 

 そこまで説明したダルツォルネさんは、まるで高等数学の難問を解いた教え子を見るような目で俺を見た。

 

 

「……まあ、少々、形が直球すぎたきらいはありますが」

 

 

 その声には、呆れと、それを上回る「とんでもないものを見てしまった」という奇妙な感心が混ざっていたけれど。

 

 

「ふむ……」

 

 

 ドンの眉間の皺が、わずかに動いた。

 娘に噛みつくような飼い犬なら処分しなければならないが、娘に忠実な番犬となりうるなら話は違うという事だろう。

 躾をし直し、調教すれば良い。

 

 

「ドン、念能力者は希少です。そしてお嬢様へのこの忠誠心。

 この少年は、お嬢様の護衛役として、これ以上ない人材かと」

 

「………………」

 

 

 俺は顔を上げられない。

 ダルツォルネさんは溜息をつくと、俺の頭を無造作に掴んで無理やり上げさせた。

 

 

「嘘よ!!」

 

「へぶ……!?」

 

 

 次の瞬間、ネオンの投じたクッションが俺の顔面に直撃する。

 部屋の隅で、侍女たちに囲まれていた顔を真っ赤にして彼女が叫んでいた。

 

 

「私の水色の髪より、あっちの桃色の髪の方が好きなんでしょ!? 

 さっき思いっきり抱きしめてたじゃない! 幸せそうな顔して寝てたじゃない! 

 それに、あの人形、私より胸が大きかった気がするし!!」

 

「それは……その……髪はともかく……。

 ろ、六年後くらいには、ああなるんじゃないかと……」

 

「とにかく、この人形は没収! 私が没収するから!」

 

「いや、たぶん、俺から離れると消えちゃうんじゃない、かな……?」

 

「じゃあルモアごと没収! 

 というか、そもそもルモアは最初から私のものじゃない! 

 ならこの人形だって私のもの! 

 パパも勝手にルモアをコンクリ詰めなんかにしないで! するなら目は瓶詰め!」

 

 

 俺をかばってるんだか、なんなんだか、よくわからないネオンのわがまま。

 そのやり取りを見ていたドンの表情から、徐々に殺気が消えていった。

 

 

「アンドー=ルモア」

 

「……はい、ドン」

 

 

 ネオンが侍女たちに抑え込まれてなだめられている隙をついて、俺は真剣な面持ちでドンに向き直った。

 

 

「お前は、それほどまでにネオンを……。

 ……ネオンに心を向けていると、そう思って良いのだな?」

 

「もちろんです、ドン」

 

 

 一瞬の躊躇もなく、俺は答えた。

 

 

「俺はネオンが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思っています」

 

 

 それはいっぺんの偽りもない俺の本心であり、同時に内側から何かに突き動かされるように口から飛び出した言葉だった。

 だが次の瞬間、俺は自分の心臓がまるで締め上げられるような感触を覚えて、息が詰まった。

 脳裏には、薄桃色の髪の毛と水色の髪の毛が、がんじがらめに俺の心臓に絡みつくビジョンが浮かぶ。

 たぶん、本当にそうなったのだという、そんな確信が俺にはあった。

 

 ダルツォルネさんにも、恐らくそれは認識できたらしい。

 彼は床に転がる桃色の髪のネオン人形と、エメラルドの瞳を見開いている水色の髪のネオンとを見比べ、深く、深すぎる溜息を吐いた。

 

 沈黙が地下室を支配する。

 ドンはダルツォルネさんに視線で問いかけ、ダルツォルネさんは静かに頷いた。

 

 

「……ルモアの言葉に嘘偽りはないかと、ドン」

 

「……よかろう。

 貴様のその……類まれなる忠誠心に免じ、今回は不問とする。

 ネオンにふさわしい男となったのなら、この人形の一件、笑い話にしてやってもいい」

 

「……ありがとうございます!」

 

「よし、ダルツォルネ。こいつにその(ネン)とやらを徹底的に仕込め。

 ネオンを完璧に具現化できるなら、次はネオンを完璧に守る能力を身につけさせるのだ」

 

「……必ずや」

 

 

 こうして、俺の首の皮は一枚繋がった。

 でもそれって実質ほぼ首切られてますよね? 個人の感想です。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 嵐が去り、ドンとダルツォルネさんは今後の俺の扱いを詰めるために退室し、侍女たちはネオンが追い出した。

 書斎には、俺と、そして不機嫌そうに口を尖らせたネオンだけが残った。

 俺が具現化した「人形」は、いつの間にか、静かに空気の中に溶けて消えていた。

 

 

「……ねえ、ルモア」

 

「……はい、お嬢様」

 

 

 俺は、まだ土下座の姿勢から立ち上がれずにいた。腰が抜けていた。

 

 

「私が不幸になるくらいなら死んでも良いっていうの、ホント?」

 

「……はい」

 

「じゃあ、さっきのダルツォルネさんの説明は? 

 私のことを、そんなに……その、ずっと見てたわけ?」

 

「……ええ、まあ、はい。そうです」

 

「ふーん。……ふーん……そっか、そうなんだ。ふぅん……そっかぁ」

 

 

 ネオンが、ゆっくりと俺の目の前にしゃがみ込んだ。

 彼女の指先が、俺の顎をくい、と持ち上げる。

 至近距離に迫るエメラルドの瞳。

 そこには、先ほどまでの怒りではなく、獲物を追い詰めた幼い捕食者のような、妖艶な光が宿っていた。

 

 

「じゃあ、これからも見るんだ?

 あの人形を、もっとちゃんとしっかり作るのに必要だから」

 

「……まあ、理論上は」

 

「いいよ。許可してあげる。……その代わり」

 

 

 ネオンは俺の耳元に顔を寄せ、ドロリとした熱を帯びた声で囁く。

 その背後で、天使の幽霊がニヤリと笑った気がした。

 

 

「あの人形、次に作る時は、私に見せてからにしなさい。

 ……勝手に私の知らない私の人形を作るなんて、許さない」

 

「…………はい」

 

「あと、胸。あんなに大きくないよ、私。

 ……でも、六年後だっけ? あの人形より、もっと大きくなる予定だから!」

 

 

 ネオンはそう言い残すと、耳まで真っ赤にしながら、足早に書斎を去っていった。

 残されたのは、俺一人。

 俺は腰が抜けた姿勢のまま、呆然と、魂からのつぶやきを漏らした。

 

 

「し、死ぬかと、思った……」

 

 

 幻影旅団ってこれ以上におっかないんだろうか。おっかないんだろうな。おっかないのかな。

 

 …………ちょっと挫けそうだ。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 念に目覚めた……というより、ドンの怒りを買ったあの日から、俺の生活は一変した。

 ネオンお嬢様のコレクションなのは変わらないが、正式にダルツォルネさん率いる護衛団の末端に加えられたのだ。

 そうなると、今まで使っていた訓練場とはまた別の、護衛団専門の訓練場でのトレーニングが義務付けられた。

 生活が一変したっていうのは、他でもない。

 トレーニングや護衛団の時間が増えたことで、ネオンの機嫌が乱高下して、振り回される頻度が逆に増えた。

 とはいえ、それさえも恐らくは平穏な日々といって良いのだろうけれど。

 少なくとも、こうして(ネン)の修行に注力し、きちんとした訓練を受けられるのは本当に大きい。

 

 

「……おい、ルモア。またそれか」

 

 

 そう言って鼻を鳴らしたのは、先輩護衛の一人、シャッチモーノ=トチーノだ。

 俺の目の前には、華やかなフリルドレスを纏った、無表情な少女が立っている。

 一見すればネオンそのものだが、その瞳には光がなく、肌はどこか硬質な磁器のよう。

 俺が具現化した、身代わり人形のプロトタイプだ。

 あの朝、無意識のうちに具現化したものに比べれば、遥かに見劣りする。

 たぶん頭で考えてイメージを作ろうとするから上手くいかないのだろうけど、これじゃあダメだ。

 本物とそっくりな人形を作らなきゃあ、護衛としても、俺としても、目標ラインには到底及ばない。

 

 

「修行ですから」

 

 

 俺はネオンから厳選の上で渡された自撮り写真を睨みながら、必死になって人形に意識を集中する。

 ちょっとでも気を緩めそうになると、ドレスの線や陰影が急にぼやけて、まるで()()()()()()()()()()平坦になる。

 原作のカストロさんは衣服まで含めて精密に具現化させていたけど、あの人はホントにすごい。

 どうやったんだろう? 四六時中、鏡を見ていたんだろうか? 

 格闘家だもんな。シャドーとかもそりゃするか。俺もしてるし。

 

 

「お前の念能力は、いつ見ても精神衛生上よろしくないな」

 

「しょうがないでしょう。具現化系なんですから」

 

「そうは言ってもなあ……」

 

 

 トチーノは俺の人形と、自分の操る『縁の下の11人(イレブンブラックチルドレン)』を見比べ、肩をすくめる。

 

 

「よくボスを具現化しようなんて思ったもんだ。いや思っても普通やらねえしできねえだろ。

 言っちゃ悪いがボスより俺の風船黒子どもやあんたの犬の方が、よっぽど素直で愛嬌があるぜ。

 なあ、スクワラ?」

 

「ウチの犬たちを比較対象にしないでくれ。

 ボスの生き写しの人形なんて……心臓が止まる」

 

 

 犬の世話をしていたスクワラが、犬の頭を撫でながら呆れたように声をかけてきた。

 彼の傍らには、数頭の犬が規律正しく座っている。

 この1993年の時点ですでに、彼は犬を操る操作系能力者として、護衛団の「目」の役割を担っていた。

 実際、トチーノとスクワラは護衛団でも古株だったらしいし。

 エリザさんとの仲は……どうなんだろう? 今度こっそり聞いてみようか。

 俺にとって最優先はネオンだけど、別に、スクワラやエリザさんに原作同様不幸になってもらいたいわけじゃない。

 

 

「いずれスクワラさんの犬たちにも手伝ってもらいますよ。匂いも完璧にしないといけないんで」

 

「執念がすごい」

 

「いや、執念っていうか……もはや信仰の域だろ」

 

「こわ……」

 

 

 にやにやと笑いながら俺を眺めるトチーノに、心底嫌そうな顔をするスクワラ。

 イワレンコフは念で近くのものを浮かべながら無言で十字を切り、リンセンは「これだとまだマネキンですね」と冷静に分析している。

 そして、かつて俺を「お嬢様のペット」と笑った髭面の男は、今や俺が人形を具現化すると、気まずそうに目を逸らすようになっていた。

 というか、彼も正式に護衛の一員になってたとは知らなかった。

 

 

「けっ! オーラを形にするだけなら俺にだってできるぜ、見てろ!」

 

 

 事実彼は念能力者で、フンッと力を込めて右手にオーラを集中させると、そのままグググッとオーラを剣の形に変化させた。

 

 

「どうだ! 名付けて念剣……オーラソードだッ!!」

 

 

 オオーッと護衛団の面々から声があがる。俺も素直に感心した。

 人形にも腕を大きく振り回すようにしてバッチンバッチンと拍手をさせると、途端に髭面の男は嫌そうに顔をしかめたけれど。

 

 

「……騒がしいな。訓練はどうした」

 

 

 重厚な足音と共に、ダルツォルネさんが姿を現した。

 その場にいた護衛たちの背筋が、一瞬で凍りついたように伸びる。

 ダルツォルネは冷徹な視線で、髭面の男が掲げたオーラソードを一瞥した。

 

 

「それは何だ」

 

「……あ、いや、ダルツォルネさん! 見てくださいよ、オーラソード! 

 俺のこの念剣なら、どんな敵だって真っ二つに──……」

 

「ゴミだな」

 

 

 ダルツォルネさんの言葉は、氷の刃のように鋭かった。

 

 

「……え?」

 

「ただオーラを剣の形に変えただけだ。

 密度も甘い、鋭さも足りない。そんな脆い光の棒で、何を斬るつもりだ? 

 強化系能力者ならオーラで固めた拳一つで、お前のその玩具ごと、頭を叩き割るだろう」

 

「グ、グ、グ、グ……!」

 

 

 髭面の男が絶句する中、ダルツォルネさんは容赦なく言葉を重ねる。

 

 

「具現化系や変化系が陥る最初の罠だ。形を作ることに満足して、その意味を忘れる。

 単に切るだけなら剣を強化すれば良い。単なる人形なら影武者を雇えば良い。

 (ネン)でやるからには(ネン)でやるなりの意味がある。

 それを理解せず、ただイメージだけでなぞった代物に、(ネン)としての強度は宿らん」

 

 

 ダルツォルネさんの視線が、次に俺と、俺の傍らに立つネオン人形に向けられた。

 俺は思わず、人形の肩を庇うように一歩前に出る。

 

 

「ルモア。貴様も同じだ」

 

「……っ」

 

「造形は見事だ。だが、それはただの動く精巧な人形に過ぎん。

 人形としての役割は果たせても、(ネン)としての意味が欠落している。

 敵がその人形を破壊しようとした時、お前はどうする? 

 壊れる度にまたオーラを練り直すのか?」

 

 

 ダルツォルネさんの問いに、俺は答えに詰まった。

 そうだ。今の俺は「ネオンを再現すること」に全神経を注いでいる。

 もちろん、それは具現化系能力者として当然の修行の一つだ。

 だが、実戦で求められるのは、本物のネオンに届くはずの攻撃を代わりに引き受け、跳ね返す、圧倒的な「身代わり」としての能力だ。

 

 

「じゃ、じゃあ、トチーノの風船人形はどうなんスか!」

 

 

 髭面の男が食ってかかるように声を上げた。

 流れ弾をくらったトチーノが「俺かよ」とげんなりした顔をする。

 

 

「あれだって単に風船を人形にしてるだけなんじゃないッスか、ダルツォルネさん!」

 

「……説明してやれ」

 

「へいへい……。

 まあ、そのとおり、俺の『縁の下の11人(イレブンブラックチルドレン)』は風船黒子を作るだけだ。

 機関銃くらい防げて、簡単な命令なら別々にこなせる、持ち運びできる黒子を11体同時にな。

 生身の護衛を増やすんじゃ、こうはいかない」

 

「ぐぬう……!!」

 

「ちなみにスクワラの犬だって同じだぜ? 

 そりゃあ調教すれば似たような事やる犬は用意できるだろうけど。

 完璧に意思疎通して忠実に従わせられるってなると、スクワラにしかできないだろ」

 

「お褒めに預かりどーも」

 

「ぐ、ぐぐぐ……!」

 

「イワレンコフにかかればその場にあるものは何でも武器になるし、モノの引き寄せもやれる。

 リンセンだって同じ。ただ殴るだけじゃない。念能力ってのは、そういうもんだぜ」

 

 

 髭面が黙り込むけれど、俺だって同じ思いだ。

縁の下の11人(イレブンブラックチルドレン)』に比べれば、俺のはネオンにそっくりな人形を用意するだけ。

 とっさの影武者にはなるかもしれないけど、とてもじゃないが、実用的とはいかない。

 

 

「具現化系がその能力を昇華させるには、二つの道がある。

 一つは、現実を超えた特殊能力を付与すること。

 もう一つは、オーラの集中や制約によって、単純な強度や性能を高めることだ。

 具現化していない実際に存在する道具なら、神字を刻むという手もあるがな」

 

 

 ダルツォルネさんは自身の刀の柄に手をかけた。

 その刀身にオーラを高める神字が彫られている事を、俺は訓練にあたって教えてもらった。

 さらに瞑想して集中、オーラを込めれば一時的な強化もかけられるんだとか。

 もちろん神字はあくまで補助で、刀が無くても、この刀でなくとも、戦えるように鍛えておくのが前提だということもあわせて。

 ダブル無しでも強かったカストロさんを思えば納得だ。

 

 

「まあ、これについては、ルモアならそう悩む意味もあるまい」

 

「……そうなんですか?」

 

「お前はこの人形を、身代わり人形と言っていただろう」

 

「あー……つまり、お嬢様のダメージを肩代わりする、とか? ですか?」

 

 

 そうだと、ダルツォルネさんは俺の思いつきに対して頷いた。

 

 

(ネン)については何よりもイメージの影響が大きい。

 お前が最初にこれを身代わりと思ったなら、素直にそういう能力にするのが最も性能が上がる。

 あとは……お前は人形を逐一操るのに意識を割きすぎているな。

 さっき手を叩かせていただろう。どうやっている?」

 

「ええと……関節をひとつひとつ、バランス崩さないように動かして……どうにか」

 

「マニュアルかよ」

 

 

 ひゅーっとトチーノが口笛を吹いた。

 

 

「お前、よくやるな……。俺だってそんな面倒なことしてねえぞ」

 

 

 トチーノの呆れた声に、俺は頬を伝う汗を拭った。

 そう、今の俺は人形の右手を上げるのに右手の筋肉を動かすイメージを、左足を出すのに左足の重心を移動させるイメージを、律儀に一つずつ念じている。

 精密な具現化と並行してこれを行うのは、超高速の並列処理を要求される計算機のような作業だ。

 対してトチーノは、11人の風船人形を別々に、自由に、制限無く操る事ができる。

 それは簡単な命令に限定されるとはいえ、オートで動作するように構築しているからだろう。

 

 

「ルモア。お前の(ネン)の現状は、いわば文字通りの操り人形だ。

 だが、お前が作ろうとしているのはボスの身代わりだろう?」

 

 

 ダルツォルネさんが、氷のような無表情のまま言葉を継ぐ。

 

 

「本物のボスが、狙撃されそうになった時。あるいはボスが、不意に足元を滑らせた時。

 お前がいちいち『人形をそちらに向かわせ、腕を伸ばし、衝撃に耐えるように筋肉を固めて……』などと念じている暇があると思うか? 

 お前が命令を入力し終える前に、ボスは死ぬ」

 

「……っ」

 

「いいか。人形そのものに意志を組み込め。

 お前が命じずとも、人形がボスの一挙手一投足を……その呼吸、瞬き、感情の揺れまでをも察知し、オートで連動して動くように。

 無論、これは操作系の系統に属するものだ。普通ならな。

 だが、お前にとっては違うはずだ」

 

 

 ダルツォルネさんの言葉は、雷のように俺の脳裏を打った。

 

 自動操作。

 ダルツォルネさんの言う通り、それは操作系能力者の分野だ。

 だが具現化系にとっても、複雑な挙動を制御するためのプログラムは不可欠なステップだ。

 本来なら、これは二つの系統を組み合わせなきゃいけない。

 でも、俺の場合は違う。

 なぜなら、俺が具現化するのは……具現化したのは、ただの人形じゃなくて──……。

 

 

「……()()()=()()()()()()()

 

 

 俺は隣に立つ無機質なネオン人形を見つめた。

 今までは外見を似せることばかりに固執していた。

 だけど、必要なのは外皮ではなく、中身。

 ネオン=ノストラードという人間の、あの予測不能で、奔放で、けれど誰よりも生命力に溢れた女の子そのものの具現化。

 

 

「お前にしかできん、お前だけの(ネン)だ。……そのつもりでやれ」

 

 

 ダルツォルネさんはそう言い残すと、踵を返して髭面の男の念剣の指導に向かっていった。

 

 残された俺の目の前には、相変わらず無表情なネオン人形。

 その瞳が、わずかにきらめいたように見えた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……うん! 良い感じ!」

 

 

 夕暮れのテラス。

 訓練を終えた俺の隣で、ネオンが身を乗り出して()()を見ていた。

 俺の横に控える、パンクでゴスな格好をした桃色髪の人形。

 

 

「桃色の髪に、黒いレース……。私の次の衣装、これにする! 

 占い師なんだから、これくらい毒があったほうが格好いいもん!

 あ、私の髪の色にあわせなきゃいけないのはもちろんだけど」

 

「お嬢様、これはあくまで俺の能力で……着せ替え人形じゃないんですが」

 

「いいの! だって、ルモアの人形なんでしょ? 

 じゃあ、私の人形ってことでもあるじゃない」

 

「まあ、そうなりますか……ね?」

 

 

 そうかな。そうかも……。

 

 まあ実際、こうしてネオンが服を着せ替えてくれるのは、ある意味でありがたかった。

 というのも俺が具現化するネオン人形は、完璧に似せようとすると、どうしたって裸になってしまうのだ。

 おかげで最初の頃は具現化する度にネオンがきゃーきゃーと騒いで大変だった。

 今では自分を客観視できる着せ替え人形、マネキンとして、ファッションショーを楽しんでくれている。

 どんなに勉強したって、ネオン=ノストラード、十代のお嬢様の最先端ファッションには追いつかないから、人形の精度っていう意味では、これ以上無い。

 ……下着とかまでは、どうしたってね。無理だから。クローゼットの中とか見れないから。つけたり着せたりとか俺がやるわけにもいかないから。

 

 別に意識して裸で具現化させているわけではないけれど、これにはメリットもある。

 原作のカストロさんは衣服の汚れまでは再現できなくて、ヒソカにダブルだと見抜かれる要因になっていた。

 あと服まで完璧に再現する事にリソースを割きすぎてたのもあるのか。

 だから「服を着替える事ができる」というのは、この点ではカストロさんのダブルより隠蔽性が高く、コストが低いという事だ。

 

 もちろん咄嗟に具現化する時に、服も合わせて具現化できた方が良いから、ここは要練習。

 今服まで具現化するとどうなるかは、さっきの通りだし、だから訓練をしていたわけだけれど。

 ……そうなると下着からは逃れられないのが大変難問だ。

 ゴリラなら裸でも良いのにな。こっちは女の子だ。良いな、ゴリラ、楽で……。

 

 俺が念能力について考えを巡らせている一方で、ネオンは俺のことなんてまるで気にしてないかのように「うーん」と難しい顔をしていた。

 そこから飛び出してくる発言は、いつだって俺の想像を超えていく。

 

 

「ねえ、ルモア。……この子、名前はないの?」

 

「は? ……名前……ですか?」

 

「そう、名前。いつまでも『人形』なんて呼ぶの、何かやだな。

 ルモアの人形で、私の人形で、私の身代わり……。

 私のために傷ついてくれる、私の可愛い女の子なんだから」

 

 

 ネオンは「ねーっ?」などと言いながら、桃色髪に合わせたゴスロリパンク衣装を纏った人形を指先でなぞった。

 人形の瞳は相変わらず無機質だが、ネオンが優しく微笑むと、その口角がわずかに、本当にわずかに、ネオンとシンクロして上がった。

 俺が意識して動かしたわけでは、ない。

 

 

(お嬢様の傍だと、上手く動くんだよな……)

 

 

 それはお手本があるからなのか、あるいは人形がネオンのオーラにも影響されているからか。

 

 ネオンが紅茶を飲む際、どの指が先に動き、どの角度でカップを傾けるか。

 ネオンが不機嫌になった際、どのタイミングでオーラが揺らぎ、どの筋肉が緊張するか。

 ネオンが笑う際、彼女の瞳がどうきらめいて、どれだけの速度で瞼が動くか。

 

 ネオン=ノストラードという女の子は、こんなにも活き活きと輝いている。

 俺が操作しようなんて、考えるのもおこがましいのかもしれない。

 だって、彼女が次に何を言い出すか、ずっと傍にいる俺にだって予測できないのだ。

 

 くるくると、まるで万華鏡みたいに彼女の話題は一瞬で変わってしまう。

 

 

「そうそう、こないだルモアがパパの書斎で……ドゲザ? っていうのしてたよね」

 

「……してましたね」

 

「あれってジャポンのマフィア……ヤクザ? の作法なんでしょ?

 それでヤクザは謝罪の時に指を切り落とすって聞いたから、パパに頼んで一本貰ってきてもらったんだけど……」

 

 

 そう言いながら、ネオンは小さなケースに収まった誰かの指を取り出して俺に見せてきた。

 

 

「……ほら、ここ! この爪の形、ちょっと歪じゃない? パパに文句言わなきゃ!」

 

 

 ネオンがぷりぷりと怒りながら指を指す。

 俺はその可愛らしくもおっかない彼女の仕草を網膜に焼き付け、記憶しながら考える。

 ドン……ネオンの父親であるライトや、ダルツォルネさんですら、ネオンの機嫌には注意を払っている。

 気分屋でワガママ、いつ爆発するかわからないお嬢様。

 だけど、ずっと傍で見ているとなんとなくだけどわかってくる。

 ネオンが怒るのは、自分の気に入らない事があった時、自分の思い通りにならなかった時だ。

 

 どこを踏めば爆発するかさえわかっていれば、回避はできる。被害も最小限にできる。

 もちろんそう簡単なことじゃあない。地雷原を歩いていくようなもの──……。

 

()()か……」

 

「え? 何か言った、ルモア?」

 

「いえ……お嬢様。その指、一度預かってもいいですか?」

 

「いいよ、あげる!

 私、もう飽きちゃったし。もっと綺麗な指、今度パパに買ってもらおーっと!」

 

 

 ネオンは惜しげもなく、ケジメされたどこかの誰かの指を俺に押し付けた。

 俺はそのケースを受け取ると、目にオーラを集めて(ギョウ)をする。

 指の欠損した断面、皮膚の収縮、そしてその持ち主が今わの際に抱いたであろう負の思念が手に取るようにわかる。

 まさか仁義と面子のために指を切り落としたヤクザも、十代女子のコレクションにされた上、コンディション:中古品(可)扱いされるとは思うまい。

 さぞかし無念だったんだろう。オーラの濃さは、小さいながらも凄まじいものがあった。

 

 

(身代わり人形は、お嬢様の代わりに攻撃を受けるものだ。

 なら、攻撃を受けた後、その人形はどうあるべきだ?)

 

 

 単に壊れるだけなら、ダルツォルネさんの言う通り「ゴミ」だ。

 ネオンをそのままコピーするだけでは、ただの「か弱い女の子」が二人になるだけだ。

 

 ではどうする? 

 ネオンが攻撃を受けたらどうする? 

 俺が、じゃない。

 ネオン=ノストラードという、この世で最も可愛らしい地雷みたいな女の子は、自分の気分を害するものをどう扱う? 

 

 

(……当然、()()()()()()()()()()()()()()

 

「ねえルモア。さっきから変な顔。……なに、まさかその子にその指を食べさせるとか?」

 

「食べたいんですか?」

 

「うぇー……まさか、ちょっと、やめてよ! 

 こないだカニバリストのおじさまとお話する機会があったんだけど、アレは悪趣味だよね。

 話があうかと思ったんだけど、女の子の子宮とか肝臓のソテーだとかテリーヌの味なんて言われてもさぁ。

 可愛い女の子のそういう内臓なら、やっぱり飾って置いておくのが一番だと思うの。

 あ、そうそう! マヌルカ族の最後の女の子から摘出されたっていう卵巣が今度オークションに出るんだけど──……」

 

 

 ネオンの話を聞きながら、俺はヤクザの切断指、悪意あるオーラを纏ったそれを人形に向かって軽く放った。

 ほとんど、無意識だった。

 

 

「……あ」

 

 

 ネオンが短く声を上げ、俺の声と重なった。

 俺が放り投げた切断指が、放物線を描いて人形の胸元に触れる。

 人形は、その指が放つどろりとしたオーラに触れた瞬間、ピクリと肩を跳ねさせた。

 その白い肌の下を真っ黒な血管のような模様が急速に這い回り、緑の瞳がドロリとした呪詛の色に染まる。

 

 そして次の瞬間──……人形が()()した。

 

 

「きゃ……っ!?」

 

 

 凄まじい衝撃波と、ピンク色の煙がテラスを覆う。

 ネオンが声を上げてよろけるのを、俺はとっさに腕を伸ばして抱きとめる。

 

 

「……ゲホッ、ゲホッ! なに、今の!? 爆発した!?」

 

「……ええ。お嬢様、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫、だけど……」

 

 

 煙が晴れた後、そこに具現化されていた人形の姿は無かった。

 だが、今のこれは、物理的な爆発ではなかった。

 その証拠に石造りの床には、焦げ跡一つ付いていない。

 人形が着せられていた衣服も、中身が消え去った事で、そのままに床の上に広がっている。

 そしてその上に、あの切断されたヤクザの指も、放られた通りに転がっていた。

 ただ、そこにあったはずの悪意あるオーラだけが、まるで最初から存在しなかったかのように、綺麗さっぱりと消滅していた。

 

 

「……ルモア、今の爆発……すっごいキレイだった!」

 

 

 ネオンが目を輝かせ、彼女をかばう俺の腕から身を乗り出した。

 彼女には見えていなかっただろうが、俺の(ギョウ)を通した視界には、はっきりと見えていた。

 オーラが、一気に負の方向へと膨れ上がり、周囲の空間を塗り潰したのだ。

 爆風の中心にいたのは、あの切断された指。

 ヤクザが抱いていた執念、その悪意あるオーラが、人形の爆発に飲み込まれて霧散した……。

 俺は今何が起こったのか、それを冷静に分析して結論づける。

 

 

(今のはたぶん……触れた対象のオーラを封じ込め、強制的に休眠状態へと追い込む──(ゼツ)の爆発だ)

 

 

 俺はその指を拾い上げて、元あった通りにケースへと納めた。

 

 

「お嬢様。……あの人形……あの子の名前、決めましたよ」

 

 

 ただの人形ではない、俺の、俺にしかできない(ネン)

 ネオン=ノストラードという女の子の地雷を踏んだ不届き者に、その代償を支払わせるもの。

 お嬢様の不興を買った悪意ある接触をトリガーに、人形に蓄積したオーラを(ゼツ)の波動として一気に解放するカウンタートラップ。

 

 

「『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』」

 

「『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』……?」

 

 

 ネオンはおうむ返しにその名を口にすると、まるで初めて見る珍しい人体標本を鑑定するかのように、じっと俺の顔を覗き込んだ。

 

 古い──前世の俺にとっての──ミュージカル、そして映画だ。

 とんでもなくお転婆な女の子が、教育を受けて魔法みたいに素敵なレディに成長する。

 そしてその女の子の傍にいた紳士は、彼女のせいで脳と情緒をぐちゃぐちゃに破壊される。

 関わったら最後、人生を爆破されるほど重くて危険な女の子。

 

 

「ぴったりだと、思うんですけどね。どうです?」

 

「マイ・フェア・レディ……マイ・フェア・レディ……」

 

 

 ネオンは何度かその名前を繰り返しつぶやくと、その響きに、うっとりと目を細めた。

 たぶん純粋に、「私という素敵なレディ」を指す、最高の賛辞に聞こえたのかもしれない。

 

 

「うん、さすがルモア。私の可愛さと、触れたらタダじゃおかない感じがよく表れてる!」

 

 

 ネオンは満足げに、自分の胸元で手を組んで陶酔したように笑う。

 だが、すぐに彼女は「地雷系」という、聞き慣れない言葉に小首を傾げた。

 

 

「……でも、地雷って、あの、踏んだらドカンってなるアレだよね? 

 レディなのに、そんな物騒な名前をつけるなんて……私ってそんなに危ないかな?」

 

「ダンスの時に足を踏んだら、切り落としてやるって言われそうで……」

 

「そんな事しないよう!

 …………その、えっと、よっぽど綺麗な足なら別だけど……」

 

 

 ごにょごにょと言い訳をするネオンを前に、俺は内心で冷や汗を拭っていた。

 一見可愛らしいが関わるとヤバイ女の子、というニュアンスは伏せておくことにした。

 今のネオンには、物理的な地雷の危険性として解釈してもらったほうが安全だ。

 

 

「でも地雷かぁ。ふふ、いいね、それ。私、とっても気に入った!」

 

 

 ネオンは弾けるような笑顔を見せ、俺の腕をぎゅっと抱きしめた。

 そのエメラルド色の瞳は、夕焼けよりも深く、怪しくきらめいている。

 

 

「私に触れようとする悪い人たちを、ドカンって吹き飛ばしちゃう私の身代わり。

 ……それに勝手に突然爆発しちゃうなんて、なんだか本当に私みたい。

 決まり! あの子は私とルモアの『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』!」

 

 

 どうやらネオンは、この名前に満足したらしい。

 彼女は不意に俺の耳元へ顔を寄せると、甘く、けれど逃げ場を塞ぐような重い声で囁いた。

 

 

「……ねえ、ルモアは知ってる?」

 

「……は? 何を、です?」

 

「私、パパの兵隊さんに聞いたことがあるの。

 地雷って、一度踏んだら最後、絶対に足を離しちゃいけないんだって。

 足を上げようとした瞬間に、ドカン! って全部吹き飛んじゃうから。

 だから踏んじゃった人は、ずーっと、その場所から動けなくなっちゃう」

 

 

 ネオンは俺の耳元に顔を寄せると、甘く、けれど逃げ場を塞ぐような重い声で囁いた。

 

 

あの子(レディ)が私なら、私もあの子(レディ)

 だからルモアはもう、足を上げちゃダメだよ? 

 許可なく動いたりしたら……私、本当に爆発しちゃうんだから」

 

 

 ネオンはそう言って、俺の心臓のあたりを、爪を立てるようにして優しくなぞる。

 かりかりと、子猫がじゃれるようにどこまでも愛らしく……残酷な動き。

 

 

「わかったら、お返事は?」

 

「……はい、お嬢様」

 

「ふふ。返事は一度で十分、ね」

 

 

 ネオンは満足そうに鼻を鳴らし、俺の胸元を爪の先でトントンと軽く叩いた。

 それは愛撫というよりは、自分の領土に楔を打ち込むような仕草だった。

 背後で、天使の幽霊がクスクスと誰かを呪うような仕草で笑う。

 心臓に絡みつく桃色と水色の髪の糸が、さらに一段ときつく締まった気がした。

 

 

「……あーあ、なんだか喉が渇いちゃった! 

 エリザにお茶のおかわりを持って来させないと! 

 今日は特別に、あの子の名前が決まったお祝いに、一番高いお菓子も出させちゃおう!」

 

 

 ネオンは上機嫌でテラスを後にし、鼻歌を歌いながら部屋へと戻っていく。

 夕闇の中、一人残された俺は、胸元に残る彼女の爪の跡をさすり、深く長い溜息を吐いた。

 

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