地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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10巻P30右端


41.8月31日 ③

 場違いなほど明るいテレビゲームの電子音が、高級ホテルの一室に響いていた。

 ネオンの「んー……レディ、そこは下の選択肢じゃない?」という楽しげな笑い声。

 そしてレディの操作しているであろう無機質なコントローラーのカチカチという入力音。

 待望のゲームを手に入れたネオンが、エリザやレディを巻き込んで歓声を上げている賑やかな部屋。

 

 しかしそこから壁一つ隔てたスイートルームの一室は、対照的に、重苦しい沈黙に包まれていた。

 

 窓の外には、ヨークシンシティの夜景を彩る摩天楼の輝き。

 だが遮光カーテンで完全に閉ざされた室内では、ノストラードファミリー護衛団の男たちが、一枚の机を囲んで厳しい表情を浮かべている。

 

 中央に置かれているのは、先ほどネオンが書き殴ったばかりの数枚の予言詩の写し。

 参加しているのはリーダーのダルツォルネ、リンセン、シャッチモーノ、イワレンコフ、スクワラ。

 そして格好つけて壁に背を預けている髭面の男の、計6名。

 

 そこに、いつもネオンの影のように付き従っているルモアの姿はない……。

 

 

「──もう一度、読み上げるぞ」

 

 

 ダルツォルネが、低く重い声を響かせた。

 

 

 

────────────────────────────

 

 何もかもが値上がりする地下室

 そこがあなたの寝床となってしまう

 上がっていない階段を降りてはいけない

 他人と数字を競ってもいけない

 

────────────────────────────

 

 

 

「……これが最初の四行だ。最後の四行でもある。

 このくだりから始まる詩が他に3篇、つまり4人の顧客に同じ占いの結果が出た。

 その4人の共通点は、今年の地下オークションに参加する予定があるという事だ」

 

「ひっくり返りそうなくらい分かりやすいやね」

 

 

 沈黙を破ったのは、シャッチモーノだった。

 ポケットの中で黒い風船を弄びながら、にやにやと不敵な笑みを崩さない。

 

 

「『何もかもが値上がりする地下室』、それに『数字を競う』。

 どう考えても、明日の夜の『地下競売(アンダーグラウンドオークション)』のことでしょうよ」

 

「そしてそこに参加すれば、顧客たちは全員死ぬ……と。

 ヤバイってもんじゃあないな」

 

 

 イワレンコフが難しい顔をしながら、予言詩を手にとって眺める。

 その深刻そうな様に、シャッチモーノがからかうように口を出した。

 

 

「四人が疲れてぐっすり寝ちまうだけかもしれないぜ?」

 

「死ぬほどか?」

 

「お忙しい方々でいらっしゃるからな」

 

「で、他の参加者は全員無事?」

 

「かもしれない」

 

 

 シャッチモーノからの茶々入れにイワレンコフが顔を顰め、腕を組んでフゥと深い吐息を漏らす。

 

 

「顧客へはもう連絡したので?」

 

「ええ。もちろん警告もしました。ドンにも連絡済みです。

 当然、ボスを今すぐ連れ戻せ、それが無理なら絶対会場に行かせるな……と言われましたけどね」

 

 

 リンセンが道士服の袖から携帯電話を取り出して、軽く振って見せた。

 

 

「ですがボスは明日のオークションに参加して自分の手で競り落とす事をとても楽しみにしていらっしゃいます。

 参加を辞退するように言ったところで、聞いていただけるかどうか……」

 

「そもそも、下手に外出させる事自体があぶねえよな」

 

 

 スクワラが、机の下で待機している白犬の頭を撫でながら、きっぱりとした口調で断言した。

 

 

「今日、エリザとルモアが巻き込まれたっていうゲーム屋での騒動は聞いたろ。

 やべえ奴らがウロウロしてるって事だ。つまり、やべえ状況になってるのは間違いねえ。

 やべえを超えたやば過ぎ。どうするリーダー?」

 

「地下競売の会場それ自体に誰も行かない……というわけにはいかないだろう」

 

 

 慎重に用心深く、言葉を選んでダルツォルネが応じた。

 

 

「何が起こるにせよ、()()()()()()()()()()()()というのは無駄な軋轢や憶測、疑念を抱かれかねん。

 ハッキリ言って、顧客の命はどうでもいい。

 彼らに占いに合わせて『明日の競売は危険だ』と伝えた時点で我々の義理は終わりだ。

 だが、ボスを地下競売会場へ近づけるわけには絶対にいかん。

 何があっても、ボスの参加を阻止する。これが今夜の議題だ」

 

「異議なし、だけどさ」

 

 

 シャッチモーノが背もたれに体重を預け、天井を仰いだ。

 

 

「どうやって止めるんだよ? あのお嬢様だぜ?

『明日は危ないから部屋でゲームしてて』なんて言って『はーい』って大人しく従うようなタマじゃない。

 それくらい、ここにいる全員が嫌ってほど知ってるだろ」

 

「ああ、無理だな」とイワレンコフが重々しく頷く。「へそを曲げて癇癪起こすだけで済むなら良いが」

 

「嘘をついて誤魔化そうにも、ボスはそういう誤魔化しに鼻が利くからな……」

 

 

 シャッチモーノ、イワレンコフ、スクワラが深刻そうに顔を見合わせる。

 そこで髭面の男が「思いつきだけどよ」と遠慮がちな声で言った。

 

 

「言っちゃ何だが、ボスは占い以外はただの女の子だろ。

 俺らで無理やり縛り上げるなり眠らせっちまうなりすりゃ良いんじゃねえか?」

 

 

 物騒な提案だが、事と次第によっては十分有りな手ではある。

 ……が、リンセンがすぐに首を横に振った。

 

 

「最終手段ですね。レディがどう反応するかわかりません。

 まあルモアに言って一度引っ込めさせれば良いでしょうけど……。

 ルモアが言うには、ボスのオーラの影響も受けているようですから」

 

「なんなんだよあの(ネン)。キモいにもほどがあるだろ」

 

「あとは、しくじった時……と、ボスの目が覚めた後がヤバイ。

 ボスの機嫌を損ねたら二度と占いをしてもらえなくなる。

 ノストラードファミリーの破滅……まではいかねえが、俺らはクビかもな」

 

「で、アンドーは瓶詰め」

 

 

 シャッチモーノの笑えない冗談に、スクワラが天井を見上げる。

 脳裏によぎるのは、あの幼馴染の少女のワガママを諌めるようでいて、常に全肯定している同僚の若者だ。

 いやまあ、自分もエリザ相手には弱いところもあるから気持ちはわからないではない。ないが。

 

 

(あいつの場合は度が過ぎてるっつーかキモいからな……)

 

 

 そんなルモアに対して、護衛団がもしネオン=ノストラードを強引にでも閉じ込めようとしたら──さて、どうなるか。

 

 

「……絶対に許さねえだろうなあ……。

 あいつがブチギレて俺ら全員敵に回してボスとレディ連れてホテル飛び出して駆け落ちするのにハンターライセンスを賭けるぜ」

 

「持ってねえだろお前」

 

「『ヨークシンの休日』か? 映画じゃあるまいし」

 

 

 シャッチモーノとイワレンコフが突っ込みを入れ、スクワラは肩を竦めた。

 

 

「しかし代理を出して参加するったってどうするんです?

 死ぬかもしれないぜ、リーダー」

 

 

 シャッチモーノが一転、今までと異なる真面目な声で言った。

 予言詩は100%的中する。そこが「寝床になる」と書かれている場所に、自ら赴くのだ。

 誰が行くにせよ、その危険性は言うまでもない。

 

 だがダルツォルネは動揺を見せる事無く、普段と変わらぬ声の調子で応じる。

 

 

「上がっていない階段を降りるな、他人と数字を競うな、だろう?

 会場には入る。だが競りに参加せず、階段ではなくエレベーターを使えば済む話だ。

 予言を回避する事自体は、そう難しい事じゃあない」

 

「そりゃあリーダーが予言されてるならって前提でしょ。

 突っ立ってるだけで良いなら、俺の黒子どもに任せりゃ良いですがね。

 競りを諦めるってなると……結局はうちのボスのご機嫌次第かァ」

 

 

 その時、スクワラがふと、何かを思い出したように顔を上げた。

 

 

「……そう言えば、ルモアはどうしたんです?

 この状況なら、それこそルモアの知恵を借りるべきでしょう。

 ボスの扱いに関しちゃ、あいつの右に出る奴はいないんだから」

 

 

 スクワラの言葉に、髭面の男が「そうかあ?」と首を捻った。

 

 

「扱いが上手いならとっくに押し倒してるだろ」

 

「おい」

 

「まー、あいつが『ネオン、デートに行こう』とか言えば、あっさり予定を変えんじゃねーかとは思うぜ?

 なんてったって、ルモアの野郎はお嬢様のお気に入りだからな」

 

「今の似てねえぞ」

 

 

 うるせーと髭面の男が言い返す。

 緊張はあっても、護衛団の面々の間に深刻さはなかった。

 その一同を見回して、ダルツォルネが頷く。

 

 

「その事だが、ルモアには地下競売の件について確認に行って貰っている。

 十老頭にも、少し気になる占いの結果が出ていてな──……」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 サザンピース・オークションハウス。

 世界最高峰の美術品や格式高い限定財宝のみを取り扱うその建物は、夜の闇に浮かび上がる壮麗なライトアップによって、まるで古代の神殿のような威容を誇っていた。

 明晩の地下競売場(アンダーグラウンドオークション)のような血生臭い闇はない。

 だがここもまたマフィアの最高幹部である十老頭の直轄であり、世界中から集まる巨万の富を吸い上げる巨大なシステムの一部だ。

 

 一般客の立ち入りが禁止された夜のロビーは、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 そこで待つように指示された俺は、携帯電話を取り出して忙しなく指を動かし、幾つかのメールを送り、そして確認する。

 

 そうして作業に没頭していると、やがて大理石の床に靴音がコツコツと虚しく響き渡った。

 無人の受付カウンターの奥から、事務的な足取りでこちらへ歩いてくる一人の女。

 ショートにした黒髪は艶やかで、仕立ての良いタイトスカートのスーツを着こなしたその姿は、どこからどう見ても優秀で理知的なオークションハウスの女性職員だ。

 俺は携帯電話をポケットに落とし込み、顔を上げた。

 

 

「お待たせいたしました、ノストラードファミリーのアンドー=ルモア様ですね。

 どうぞ、こちらへ」

 

 

 彼女は綺麗に整えられた笑みを浮かべ、俺をバックヤードの奥の一室へと案内すると、正面のソファーへ腰掛けた。

 形の良い膝を揃え、その上に丁寧に整えられた美しい爪の揃った指が並ぶ。

 胸元につけられた名札に書かれている名前は、()()

 

 

「緊急の伝達があると伺っております。

 十老頭の皆様に関わる、非常に深刻な占いの結果が出たとか」

 

「ええ、そうです。お忙しいところ申し訳ありません……」

 

 

 そう言った俺は、少し苦笑してから首をかしげた。

 

 

「……()()()、フミさんで良いですか?」

 

「ああ、この顔を借りている彼女の名前で頼むよ」

 

 

 一瞬口調が崩れて、中性的なハスキーボイスが彼女の唇から漏れた。

 同時、ストッキングに包まれたその足の上で踊る十の指先に、ほのかに灯るオーラの輝き。

 彼女──あるいは彼──の正体を、俺は知っている。素顔は知らないが。

 

 ()()

 

 原作では登場した瞬間しか描かれなかった、しかしこの世界における念能力者の上澄み。

 ノストラードファミリーのプロハンターとしての様々な仕事の中で、俺はその中の幾人かと知己を得る機会に恵まれた。

 蚯蚓さんを始めとした、その中の一人が──今はこう呼ぶしかない──彼女、フミさんだ。

 

 

「今回は不躾な面会要望に応じていただき、感謝します」

 

「ネオンお嬢様の占いは十老頭も、極めて重要なものだと理解しております。

 深刻な内容との事でしたら尚の事、一刻も早くお耳に入れる必要があるでしょう……」

 

 

 フミさんが穏やかに微笑んで、こちらの様子を伺うように目を細める。

 その瞳に宿る鋭い光は、裏社会の最前線、大都会の影を走り抜けてきた、名前のない生き物のそれだ。

 俺はダルツォルネさんから預かってきた予言詩の写しを、滑らせるようにカウンターへと置いた。

 

 

「明日の地下競売についての不審な占いが幾つか。

 それに加えて十老頭の方々に関する占いにも、無視できない点が出ています」

 

「……拝見いたします」

 

 

 フミさんは、大理石のカウンターに置かれた予言詩の写しを、長くて綺麗な指先でそっと引き寄せた。

 その視線が、文字の上を滑るように動いていく。

 一瞬、その端正な眉がピクリと不自然に跳ね上がったのを、俺の視界は見逃さなかった。

 

 

「……なるほど。これは確かに、無視できない内容だ」

 

 

 予言詩から視線を上げたフミさんは、口調を装うことをやめていた。

 陰獣としての態度、対応を取ってくれるということ。まずはヨシ。俺はそっと内心で息を吐く。

 

 

「地下競売場で少なくとも四人の客が殺害され、それ以上の事態が進行する……。

 十老頭やマフィアンコミュニティが崩壊するような事態など……普通に考えればあり得ない話だがね」

 

「普通ではない何かが動くからこその、この占いです」

 

 

 俺はソファーの背もたれに深く身体を預け、低く落ち着いた声で言葉を継いだ。

 

 

「明日の夜、そしてこれからの数日。

 ヨークシンで何が起きるにせよ、最悪のシナリオだけは回避しなければならない。

 我々にとっても、十老頭の方々にとっても……陰獣の皆さんにとっても。そうでしょう?」

 

「ノストラードのお嬢様の予言が外れたことはないと聞いているよ。

 キミの話だけならともかく、こうして本当に占いも出てしまったならね。

 疑いの余地はない」

 

「そうなると──会場に集まる競売品についてですが」

 

「……うん、そうだね」

 

 

 フミさんは短く応じると、組んだ膝の上で指先を小さくトントンと叩いた。

 

 ハンター試験を終えてから今日までの数カ月間、俺はあちこちを奔走し、その中で十老頭や陰獣の方々とのコンタクトを繋ぎ続けた。

 結果として得られたものは、一定以上の信用。

 だからこそ、こんなポッと出の若造がこうして彼らと話をして、意見を聞いてもらえている。

 積み上げてきた階段の安全性を一歩一歩確かめるように登るのは、ひどく落ち着かず、緊張するものだ。

 次の一歩は、果たしてどうだろうか。

 

 

「フフ……。

 最初にキミの話を聞いたときは、まさか本当に()()()()とは思わなかったけれど」

 

 

 フミはくすくすとハスキーな声で笑った。

 その笑顔には、想定外の状況を楽しむ色と、こちらに対する評価が混ざり合っている。

 

 

「いいだろう。この予言と()()()()()は、即座に上層部へ通す。

 すぐにキミの方でも動いてくれよ。何せこちらにも、血の気の多い奴がいるからね。

 キミが無駄に時間をかけると『陰獣の恐ろしさを教えてやるよ』とか『うるせえ』とか言って、制止も聞かずに飛びかかっていきかねない」

 

「ああ、あの人──……」

 

 

 俺は重厚な戦闘ジャケットを着込んだ黒人の陰獣を思い出し、微かに笑った。

 荒っぽい口調で血気盛んで考えなしなように見えて、その実、冷静に(ギョウ)で敵を観察する武闘派……。

 ではあるのだが、勢い任せに突っ込んでく所もあって、判断に迷う人だ。

 私にもどっちに転ぶかわからない──と、フミさんは皮肉げに肩を竦めた。

 

 

「……では、報酬の話に移ろうか。キミ個人に対しての、ということだったね」

 

「今回、俺が個人的に動いている部分も大きいので。

 ……別に独断専行というわけじゃないんですが、あまり記録に残すわけにも行かず」

 

「まだキミ16……いや、もう17歳だったか。一人であれこれ抱えすぎじゃあないかい?」

 

「恐縮です」

 

「もう少し年相応に振る舞った方が可愛げがあるね」

 

「……恐縮です」

 

 

 俺は懐から、もう一枚のメモを差し出した。

 数字だけがつらつらと並んでいる、これだけでは意味のわからないものだ。

 

 

「これが、事前にお話していた報酬のリストです。

 こちらのカタログの中から、該当するナンバーの品々を精査しておきました。

 ……()()にいるあなたであれば、すぐにピンとくるとは思うのですが」

 

「一時的に顔を借りているだけだよ、私は。

 今晩限りなのだから、そう買いかぶらないでくれたまえ」

 

 

 そう言いつつもフミさんはそのメモを受け取り、目を細めて内容を走らせた。

 実際、今のは謙遜だったのだろう。彼女はすぐにピンときたらしく、僅かに口笛を吹くような仕草をして……メモを灰皿に放った。

 マッチを擦る音と共に、あっという間に紙片は灰へと変わっていく。

 

 

「……欲のないことだ。あるいは、とんでもない強欲と言うべきか。

 了解した。

 十老頭が守られるのであれば、これらのコレクションをキミに提供することに、誰も異論は挟まない。

 挟んできたとしても、陰獣が黙らせる。少なくとも陰獣の一匹……二匹くらいは」

 

「二匹」

 

「私と蚯蚓だよ。他にもいるかもしれない。

 きみはもう少し、自分が気に入られている事を自覚すべきだね」

 

 

 フミさんは仕立ての良いタイトスカートからすらりと伸びるストッキングに包まれた足を優雅に組むと、満足げに微笑んだ。

 

 

「交渉成立だ、アンドー=ルモアくん。

 明日からヨークシンがどれほど荒れるにせよ……私たちは私たちの仕事を全うしよう」

 

「ええ。お互いに、仕事をしましょう」

 

 

 俺はソファーから立ち上がり、フミさんと短く視線を交わすと、サザンピース・オークションハウスの静まり返ったバックヤードを後にした。

 

 

 外に出ると、ヨークシンの夜風が、昼間の熱気を残したまま俺の頬を撫でていく。

 携帯電話を取り出し、ダルツォルネさんへ「滞りなく完了しました」とだけ短くメールを送る。

 即座に「了解」という短い返信。明日の対応については、戻ったら擦り合わせだ。

 

 

(これで地下競売はヨシ。

 競売品は運び出されるが、表向き開催はされる。

 大筋の流れは同じだ。つまり……幻影旅団の動きに変化はない……)

 

 

 そして会場に赴いた人間の全員が幻影旅団に殺されて、死ぬ。

 その後の抗争でも。何十人か、何百人か、それ以上か。

 

 俺の責任はどこにもない。

 手を伸ばそうにも、俺は俺が抱え込んだもので精一杯だ。

 

 けれど、少しだけ考えてしまう。

 もはやただの背景のモブではなく、この世界で生きる一人の人間としか見れない彼らの事を。

 あっさりとゴミみたいに殺されて、誰からも忘れ去られて、顧みられることのない彼ら。

 ()()()=()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな名前すら知らない彼らのことを考えて……考えて、考えて。

 だけど、それ以上の事はできない。

 

 今更の話だ。

 

 深夜鉄道の夜、巻き込まれて死んだ人達。

 ハンター試験の一次試験で、あっさりと脱落して死んでいった人達。

 

 手の届く人もいれば、手の届かない人もいる。

 ただそれだけのこと。

 どうすれば良いかではない、どう在りたいか。

 なら、せめても俺は自分の掴んだ手だけは、離さないでいたい。

 

 俺は息を吐いて、携帯電話を操作した。アドレス帳の上の方。番号を選択。コール。

 苛立たしいほどの数十秒後、相手が着信を受ける。声を出す。

 

 

「……ああ、もしもし? 俺だ。うん、じゃあ手筈通りに頼む。

 危険がないとは言わないけど、そりゃあこの稼業で言いっこなしだろ。

 見合った報酬は出したはずだ。命も助けた。前金も払った。

 そう。……そうだ。上手くやれば問題ない。

 あんたらが直接ドンパチに関わる事はないし、あっても仕事さえしてくれれば逃げて良い。

 上手いことやって、ヨークシンから離れればそれで済む。

 ああ、コールしてくれたら後金も送金する。頼むよ。……本当に頼む」

 

 

 携帯の向こうの相手は少し怯えていたようだが、それでも自分たちが荒事に巻き込まれないならと、請け負ってくれた。

 電話を切り、息を吐く。心臓がきりきりと絞めつけられるような錯覚。

 大丈夫。今夜の階段は無事に登れた。次だ。次に進む。

 

 時計を見ると、既に日付が変わっていた事に、俺はようやく気がついた。

 

 

 もう──9月1日だ。




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