地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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42.9月1日 ①

 

「ヤダー!! ゼッタイ行くのー!!!!

 今日のために全部占いも終わらせて、パパにお願いしてお小遣いももらったのにー!!」

 

 

 

 ──9月1日、朝。

 ホテルの一室には、ガラスがびりびりと震えるほどの凄まじい絶叫が響き渡っていた。

 

 

 

「ルモアと! 一緒に! 競売に! 行くんだからあッ!!」

 

 

 

 豪奢なベッドの上で、ネオンは子供のようにウギャーッと声を上げてジタバタと暴れ、クッションを次々と投げつけていた。

 レディがひょいと僅かに小首を傾げた顔の横を枕が飛んでいき、何かに当たって割れる音。エリザが思わずびくりと身を震わせる。

 その猛烈な癇癪を前に、リーダーであるダルツォルネは普段の堅物な表情を崩さないまま、けれど極めて慎重な動作で一歩前に出た。

 

 

「落ち着いてください、ボス。

 本日の地下競売に()()()と言っているわけではありません。

 地下競売には行けない……おそらく、中止になるとお伝えしているんです」

 

「中止……? なんで?」

 

 

 ピタリと動きを止め、ネオンがエメラルドの瞳を不満げに細めた。

 その隣では、桃色の髪を揺らしたレディが投げ捨てられたクッションを静かに拾い集めながら、ダルツォルネの言葉をじっと待っている。

 

 

「まだ正式に発表になったわけではありませんが、十老頭から内々に連絡がありました。

 会場周辺で何らかの不穏な動きがあったとのことで……恐らく……」

 

 

 ダルツォルネは曖昧な言葉を選んだ。

 事前にドン……ライト=ノストラードと電話で連絡を取り、リンセンを交え、慎重に議論した末に作り上げた説明だ。

 まかりまちがっても「予言を受けて」という情報をネオンに伝えてはいけないのだから。

 同時に、ネオンの口から「競売が中止になった」などという情報が外に漏れてもいけない。

 

 

(極秘裏に競売品の移送を行う。

 だが、正式に中止は発表されず、会場には多くの参加者が集められたまま。

 つまり……)

 

 

 恐らく十老頭は会場に集まったマフィアたちを、賊に対する()とするつもりなのだ。

 賊の正体を暴くためか、あるいは陰獣によって包囲殲滅するためかは、定かではないが……。

 

 ネオンの占い、ノストラードファミリーの躍進、ルモアと陰獣……そして十老頭とのコネクション。

 情報が揃っていなければ自分たちはどうなっていたか……ということをダルツォルネは考えないようにした。

 シャッチモーノの提案通り、生身の自分たちが会場周辺を警備し、風船黒子を現場に送り込むのが一番確実だろう。

 

 そのための一番の問題は、間違いなく目の前にいる少女だ。

 

 

「えーっ!? じゃあ私のミイラはー!?

 コルコ王女のミイラ、世界で一番キレイだって話なんだよ!? 絶対欲しかったのにー!」

 

「ご安心ください、ボス。オークションそのものが無くなるわけではありません。

 恐らく、明日以降に繰り下げになるのではないかと」

 

「あ! なーんだ、良かったー! 今日ダメになっちゃっただけなんだ!」

 

 

 現金なもので、お目当てのコレクションが入手できないわけではないと知るや否や、ネオンの顔には一転していつもの無邪気な笑顔が戻った。

 ポンと手を叩き、すぐさま次の楽しい予定へと脳内を切り替える。

 

 

「じゃあさ、今日も買い物に行こう!

 昨日のゲームの続きもやりたいけど、新しいお洋服やお化粧品ももっと見たい!

 ……あ、そうだ。ルモアはー? ルモア呼んで!」

 

 

 当然のように自分の特別なコレクションの名前を呼ぶネオン。

 ダルツォルネは一切気を緩めない。

 何故なら今から口にするのは、彼女が最も望んでいないだろう回答だからだ。

 

 

「ルモアは現在、外出しております」

 

 

 その言葉が室内に落ちた瞬間。

 

 ネオンの笑顔が、嘘のように完全に消え失せた。

 

 

「…………は?」

 

 

 低く、地を這うような声。

 

 それは先ほどまでの子供っぽいワガママな甲高い声などではない。

 彼女の全身から、どろりとした、粘つくほどに濃厚なオーラが際限なく溢れ出し、室内の温度を急激に下げていく。

 ネオンの感情に呼応するように、隣に佇むレディの瞳の奥に冷たい光が灯ったのがわかる。

 

 

「ルモアが……いない? 私とレディを置いてったの? 私に……何も言わないで?」

 

「はい。十老頭との関係で、本日のオークション延期に伴う確認も兼ねておりまして……」

 

 

 ここが、今日一番の難関だった。

 本当ならば、ルモアが戻ってからこの報告をする予定だったのだ。

 しかし、ネオン=ノストラードは目覚めてしまった。もはや避けられない。

 何故なら起床した彼女が真っ先に気にするのは、他ならぬルモアの事だから。

 護衛団は皆、とうの昔に隣室へと避難している。無論、スクワラはエリザの手を取って。

 

 

「そっかぁ……」

 

 

 ネオンはゆっくりとベッドから足を下ろし、絨毯を踏みしめた。

 怒鳴り散らすわけでも、モノを投げつけるわけでもない。

 ただ一切の光が消え失せたエメラルドの瞳が、ダルツォルネを射抜く。

 レディとは正反対の、底知れない深淵のような、暗黒の虚無。

 

 

「おかしいよね、ダルツォルネ。

 ルモアは私のコレクションだよ? パパのものでも、あなたのものでも、十老頭のものでもない。

 私の、私だけのもの。……そうだよね?」

 

 

「……ええ、仰る通りです」

 

 

 一歩、また一歩とネオンが近づくにつれ、室内の空気が物理的な質量を持って肌にまとわりつく。

 ネオンの傍らに影のように侍るレディの姿が、陽炎のように不気味に揺らいだ。

 オーラの流出だ……と、ダルツォルネは直感的に理解する。

 まるでドロドロとした、粘着質で悍ましいオーラの中に自分が閉じ込められているような……。

 さながらこの部屋そのものが()()()にされたような、そんな錯覚。

 

 

「……ねえ、ダルツォルネ。ルモアを外に行かせたのは、誰?」

 

 

 目の前にいるのは、戦闘能力など皆無の、ただの16歳の少女に過ぎない。

 だが纏う気配は、今まさに起爆せんとしている貧者の薔薇(ミニチュア・ローズ)に近しい。

 

 だがダルツォルネは、一切声を震わせずに答えた。

 爆弾を前に慌てふためいたり怯えたところで、何の解決にもならない。

 解体処理をしたいなら、落ち着いて冷静に行動する他ないのだ。

 

 

「……ルモアの判断になります。

 ボスについては、おやすみ中でしたから。起きるまでに戻るつもりだったのかと。

 ですので、もうまもなく帰還する筈です」

 

「ふぅん、そうなんだ」

 

 

 ネオンは、まるっきり場違いな声の調子で、薄く笑って応じた。

 

 

「まあ、いいや。ルモアから直接聞くから。

 ルモアが私のために、どんな言い訳をしてくれるのか、今からとっても楽しみ。

 変な理由で勝手に私から離れたんだったら、どうしよっかな。

 綺麗に左眼をくり抜いて、いっとうステキな瓶に入れて、私の部屋の特等席に飾ってあげるのが良いかな」

 

 

 ネオンは狂おしいほどに美しい笑みを浮かべたまま、枕元に置いてあったゲームのコントローラーを手に取り、傍らに控える桃色の髪の自分に差し出した。

 

 

「ゲームの続き、やろっか。

 レディ、ルモアが帰ってくるまでに、少し進めておいてくれる?

 ……あ、ダルツォルネさんはもう出てってくれて良いよ」

 

 

 レディが静かに首を傾げ、ほんの僅かに薄い笑みを浮かべて深く頷く。

 底冷えするような緊張の中、場違いなほど軽快な、ホープキャストの起動音が室内に響く。

 

 

「……ごゆるりと」

 

 

 ダルツォルネはそれ以上何も言わず、ただ静かに頭を下げて退室する。

 扉を開けて外に出る。それだけで、体感温度が嘘みたいに変わったようだった。

 思わず、息を吐く。

 

 

「アンドーの不在で+1週、自分が知らないで+1週、旅行中なのにで+1週ですかね?」

 

「あいつの不在時間を目安にボスの機嫌の基準を作るな」

 

「でもだいたい三週目くらいじゃないッスか」

 

 

 真っ先に避難していたシャッチモーノが、へらへらと薄笑いを浮かべる。

 ダルツォルネは一睨み。否定はしなかった。かわりに、重苦しいため息を一つ。

 

 

「……どうにか爆発しないで済んだ、というところだ。

 まったく、血筋だな。やはりマフィアのご令嬢だよ、ボスは」

 

「ルモアなら『可愛いもんじゃないですか』って平然と言うんでしょうね……」

 

「あいつの判断基準がおかしいんだ、それは」

 

 

 リンセンのボヤキに、イワレンコフがくたびれきった調子で続けた。

 それにスクワラが心底からの同意を込めて頷く。

 

 

「っていうか、ルモアはボスについては全肯定だろ。

 ボスが何したって可愛いで済ませるぞ絶対」

 

「なんでボス増やしてんだろうなあいつ」

 

「可愛いからだろ」

 

 

 髭面の男の言葉に対するシャッチモーノの返答が全てだった。

 護衛団の面々は顔を見合わせて、またも溜息を吐く。

 なのでそんな彼らを見たエリザが、仕方なさそうに呟くのには、誰も気づかなかった。

 

 

「だから言ったのになあ……」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ヨークシンシティの中心部、喧騒から少し離れたとある一角。

 

 その一角にある、観光客もそうは来ない静かなオープンカフェのテラス席で、俺は通話を終えた携帯電話をポケットに収めた。

 夏の終わりの強い朝差しが、手元の生ぬるいアイスコーヒーのグラスを透過して、テーブルに綺麗な光の輪を描いている。

 

 

(ひとまずは……ヨシ)

 

 

 俺は昨日の陰獣との打ち合わせを経て、今日も朝から動き回っていた。

 電話、メール、文書だけじゃなく、実際に顔を合わせて話すべき相手も多い。

 時間はいくらあっても足りないが――残っているのはあと何十時間も無い。

 それでも使わないわけにはいかなかった。

 

 そうして、やっと一段落。ほんの一拍分の空白時間。

 俺はコーヒーグラスを前に、カフェの席に座って息を吐く。

 もちろん休憩しているわけじゃない。

 動いているだけでは思考を整理できない。状況を再確認する時間は必要だった。

 

 原作における十老頭の動き、ダルツォルネさんたち護衛団の行動、幻影旅団の犯行を何度も頭の中で分解する。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()というのは、俺に取って大きな指針だ。

 その上でマフィア側の動向について、参考にするのは本当に心底嫌で嫌でたまらなく癪なのだが、これは原作におけるクロロの分析が正しい。

 

 ()()()()

 

 競売品を移送する。一応開催。警備は手薄。タレコミがあったから備えておくか、程度の対応。

 まあノストラードファミリーのカネにモノを言わせたSSRオンリー編成は規格外としても、他のマフィアも護衛に念能力者を配置はしていたろうから、幻影旅団相手じゃなければああも一方的な結果にはならなかっただろうけれど、まあとりあえず主催側の警備体制は念のため……程度でしかない。

 十老頭側がダルツォルネさん達……つまりネオン=ノストラードに競売品移送を伝えず危険を承知で競売に参加するのを許したのは、まさか競売会場が襲撃されるという情報提供元が来るとは思わなかったせいだろう。

 あの場にネオンがいなかったのは本当に運が良かっただけで、もし参加して巻き込まれていたとしたら誰もが頭を抱えていたに違いない。

 事故だよ事故。

 これは十老頭やダルツォルネさんの判断ミスと言うより、占いの維持を目的に娘の願いをゴリ押ししようとしたドン、ライト=ノストラードが原因。

 幸いにして今、俺の知るドンはなんだかんだネオンを甘やかしてはいるけれど、そこまでではないし……何より俺達は今、競売品移送の情報を入手している。

 

 そう、競売品移送の情報を入手できたのだ。

 小さな、でも決定的な違い。

 

 そもそも百発百中のネオンの占いだが、それでも数少ない弱点はある。

 つまり、詩の解釈が各々に委ねられる点だ。

 原作で十老頭に出た占いを俺は知らないが、つまり()()()()()()()()()()と解釈されたんだろう。

 

 だからその中途半端な流れにほんの少しずつ、少しずつ、手を加えていく。

 ()()()()()()()()()()

 

 刻一刻と迫りくる()()()に備えて費やしたこれまでの十六……十七年の人生の中で、この数ヶ月間以上に、この数日がもっとも忙しない時間だ。

 予定していた面々へのコンタクト、報酬の段取り、交渉、打ち合わせ。

 ドンに連れ回されてあちこちに出向き、お歴々と会ってきた経験があらゆる意味で活きている。

 おかげでどれも綱渡りではあったが、手応えは悪くない。

 

 

(……()()()()じゃあ足りないけどなぁ)

 

 

 最低ラインが成功。できれば完璧。求めるのはそれ以上。

 失敗しても平気だ、なんとかなる、次がある──なんて考えが許されない事も、世の中にはある。

 しくじったところで世界が滅びるわけではないが、俺にとってはそれに等しいのだから。

 

 だがまあ、ひとまずはヨシ。

 一段ずつ積み上げてきたものを登るだけだが、一段が崩れなかったことを今は喜ぼう。

 

 俺が小さく息を吐き出し、張り詰めていた肩の力を抜いたその瞬間。

 

 ──ちり、と。

 

 左眼の奥に宿る、甘やかな熱。

 

 

『あ、つながった。もー、ルモア! どこ行ってるのぉ!?』

 

 

 脳髄に直接響いてきたのは、鈴を転がすような、いつもの明るくて高いネオンの声だった。

浸液標本の愛(プライベート・アイ)』の視覚共有と精神リンク、ラグもなく完全に同調したそれに、先ほどまでの重苦しさが嘘のように吹き飛ぶ。

 ネオンの『見せて!』に、俺は微笑んで脳と意識の一部を明け渡す。

 

 

(ごめんごめん。

 オークションのことでちょっと、あちこちに顔出してた。

 ネオンは寝てたから声をかけなかったんだよ。驚かせたか?)

 

『当たり前でしょー! 朝起きたらルモアがいないんだもん。

 ダルツォルネさんがなんか難しい顔して『ルモアは外出しております』とか言うしさー!

 昨日も一緒にゲームしようと思ったのに会議だとか出かけるとかでぜんっぜん一緒にいてくれないし!

 せっかく一緒にヨークシンのオークションに来たのに!!』

 

 

 ネオンの声が、不意に一瞬だけ途切れた。

 

 

『だからさ──ルモアは今、どこで何をしてるのかなーって?』

 

 

 語尾に音符でもつきそうなほど、可愛い声の問いかけ。

 そのトーンは完全に、お出かけ先でお留守番をさせられてプンスコと怒っている女の子のそれ。

 けれどそこに漂う微かな不安定さ、どろりと蕩けた粘着く熱の感触に、俺は苦笑する。

 

 

 ──うーん、これは結構ご機嫌斜めだなぁ。

 

 

 ダルツォルネさんや護衛団の皆、エリザさんが苦労してなきゃ良いけれど。

 まあ癇癪を起こしているわけじゃあない。この程度なら拗ねているだけだろう。

 可愛いものだ。

 

 

(そりゃあ悪かった。今は用事済ませて、ホテルに戻る前にカフェで一休みしてたところだよ。

 ネオンが欲しがってた『コルコ王女のミイラ』の競り、どうやら明日以降に伸びそうなんだ。

 その辺りで諸々の確認もあってさ、あちこち歩き回って人に会ってたから)

 

『あ、それダルツォルネさんからも聞いた!

 中止じゃなくて延期なんだよね? だったら全然いーや。

 パパから貰ったお小遣いをどう使うか、戦略をじっくり練れるもんね』

 

(そういうこと。だから今日一日、ネオンはホテルでゆっくりゲームの続きをしたらどうだ?

 さすがに昨日買ったばっかりなんだし、セーラ大作戦3もまだ序盤だろ?)

 

『うん! いまレディにコントローラー持たせて、私は後ろからあーだこーだ言ってたとこ。

 レディ、ゲームすっごく上手なんだよ? 選択肢の選び方とか、私より全っ然迷わないの』

 

(うーん、それはちょっと驚きだな……)

 

 

 

 脳裏に、無表情のまま完璧なコマンド入力で美少女ゲームを攻略していくレディの姿が浮かぶ。

 もちろん俺は一切操作をしていない。

 いったい誰に似たんだ……なんて考えるまでもなくネオンなのだが。

地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』。

 おそらく分類すれば念獣のカテゴリーに入るのかもしれないけれど、俺は正直、レディを念獣扱いはしたくない。なんというか、獣という響きが嫌なのだ。レディはレディだ。

 

 他の具現化系能力者でこうした人間を作り上げているとなると、俺の知り合いではビスケくらいか。

 なので一度メールでクッキィちゃんもそうなのか聞いてみたが、ビスケからは(ㅎvㅎ;)という顔文字が送られてきただけだった。

 どういう意味なのかはさっぱりわからない。

 まあ他人に念能力の秘密についてそう明かすものでもないから、これは俺が失礼なことを聞いたなと反省して謝罪したら、『気になさらないで』と猫かぶったままの返事がきて、その話題はそれっきり。

 

 何にせよレディがネオンの傍で楽しそうに過ごしているなら、俺の不在中のセキュリティとしてはこれ以上ない。

 

 

『あ、そうだ。それでね、ルモア』

 

 

 ネオンの声が、ほんの少しだけ弾んだ。

 感覚の向こうで、水色の髪を揺らした彼女が、ベッドの上でコロンと寝返りを打ったような気配がする。

 

 

『ゲームも良いけど、今日も買い物に行きたいの。

 レディとエリザと一緒に、昨日見つけたブティックに。

 昨日は移動でちょっと疲れちゃったし、まだ全然見れてないお店がいっぱいあるもん』

 

(うーん……)

 

『ダメ?』

 

 

 ダメ? という確認の形を取っているけれど、それは実質命令のようなものだ。

 自分のお願いが否定されるなんて微塵も思っていない、無邪気な圧力。

 俺は状況を分析する。

 さしあたって現段階で幻影旅団にネオンが注目される理由はない。

 幻影旅団が事を起こすのは今夜。

 なら街中で巻き込まれる事を回避すれば良い。

 つまり誰が何をしようと関係なく、ネオンを守る、いつもの護衛団の仕事の範疇だ。

 

 

(ダメなわけないだろ。了解、喜んでお供するよ。

 ただ、俺は夜には会場の様子を見に行かなきゃならない。

 だから、夕方には切り上げてホテルに戻るよ)

 

『えーっ!? 中止になるのに!?』

 

(もともと会場の警備には行かなきゃいけないのは話してただろう?

 俺はノストラードのプロハンターだから、行かないわけにはいかないよ。

 それに中止も正式発表じゃない。万一開催されたら参加できなくて困るのはネオンだぞ)

 

『……うん。それは……そうだけどさぁ……』

 

(そのかわり、時間まではずっとネオンとレディと一緒にいる。

 だから俺がホテルに戻るまで、ちょっとだけ待っててくれるか?)

 

『ホント!? やったぁ! うん、待ってる!

 ルモアが戻ってきたら、すぐに出発できるように準備しとくね』

 

 

 脳内で、ネオンが嬉しそうにパッと顔を輝かせたのが手に取るように分かった。

 その弾んだ声に合わせて、左眼の奥の熱がじんわりと心地よい温もりに変わっていく。

 

 やっぱり、ネオンはこうして笑っているのが一番よく似合う。

 

 

『あ、ねえねえ、そこカフェだよね? じゃあじゃあ、ベーグル買ってきて!』

 

(ああ、ベーグル&ロックスだっけ。スモークサーモンとクリームチーズはさんだやつ)

 

『そうそれ! ヨークシン名物なんでしょ。私とレディと、エリザの分もおねがーい』

 

(了解。なら、買ったら戻るよ)

 

『わぁーいっ』

 

 

「じゃあ、また後で」と心の中で告げると、左眼の熱は一気に冷めていく。

 ネオンが去っていく時はいつも少しだけ寂しく思うが、それでもハンター試験より前ほどじゃあない。

 こちらから声をかけたい時は、いつだって携帯電話から連絡を取れば良いのだ。

 

 

「おー! ここだ、ここだ!

 ヨークシンでメシと言ったら、そりゃオープンカフェだろうが!」

 

「べつに良いけどよォ……てめえ、サイフちゃんと持ってんだろうな?

 またオレに会計押し付けて逃げたりしたらタダじゃおかねえぞ……!」

 

 

 筋骨隆々とした異様な巨漢の男が、薄汚れた着流し姿の男と共にドヤドヤとカフェに押しかけてくる。

 その二人を無視して、俺は残ったぬるいアイスコーヒーをぐっと飲み干して席を立った。

 ネオンからのお願いがあって良かった。そちらを優先するのは当たり前のこと。

 だから、今はまだだ。まだ、()()()じゃない。

 

 

「さて、皆の分も買ってくかな……」

 

 

 きっと今日はこれから忙しくなるだろうから、朝食ぐらいはきちんと食べておいてもらいたい。

 

 俺はカフェの店員に会計を済ませると、ベーグルの入った紙袋を抱えて眩しい朝差しの下へ歩み出た。

 乾いた風が、ヨークシンの高層ビル群の間を吹き抜けていった。

 

 今日は暑くなりそうだ。




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