地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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44.9月1日 ③

『品物がない?』

 

「ああ、金庫の中には何一つ入ってなかった」

 

 

 ヨークシンシティの喧騒を遥か眼下に臨む上空。

 夜の闇に紛れて音もなく進む気球のゴンドラ内で、ウボォーギンは手元の携帯電話を耳に押し当てていた。

 

 周囲には、ゴンドラの外に腕を垂らしてくつろぐノブナガとフランクリン、気球のバーナーを操作するシャルナーク、冷ややかに夜風を浴びるフェイタン。そしてウボォーギンとフランクリンという巨体の狭間で、仲良く窮屈そうに身を縮こまらせているマチとシズクの姿。

 

 地下会場での虐殺を終えて首尾よく引き揚げてきたとは思えない、まるで仲間同士で夜のドライブにでも繰り出したかのような空気感。

 だが、彼らの表情には一様に奇妙な拍子抜けの色の混ざった、苛立ちが浮かんでいた。

 

 

「唯一事情を知ってた競売の進行役(オークショニア)によると、一度金庫に入れた品を数時間前にまたどこかへ移したらしい。

 まるで予めこういう事態が起こることを知ってたみたいに」

 

『ほお……』

 

 

 スピーカーの向こうから聞こえてくるのは、アジトで静かに本をめくっているであろう団長──クロロ=ルシルフルの、どこまでも低く、凪いだ声だ。

 

 ウボォーギンはボサボサの頭を乱暴に掻きむしり、ゴンドラの縁をドスンと叩いた。

 貸した携帯が握り潰されやしないか、一瞬シャルナークが彼の手元に目を向ける。

 旅団に序列はないけれど、副団長と言える立場にあるのは間違いなくウボォーギンだった。

 だから彼が報告を行う事に、この場にいる者で誰かが異議を挟むような事はない。

 

 

「あまりにタイミングが良すぎる。オレ達の中に背信者(ユダ)がいるぜ」

 

『いないよ、そんな奴は』

 

 

 クロロの声には、一切の揺らぎがなかった。

 絶対的な信頼、あるいは確信。

 

 

『ちなみにユダは銀30枚でキリストを売ったとされているが、オレ達の中の裏切り者はいくらでオレたちをマフィアに売る?

 メリットを考えろ。オレたちをマフィアに売って、そいつは何を得るんだ?

 金か? 名誉か? 地位か?

 それで満足したと思えるような奴が、オレ達の中に本当にいるのか?』

 

「……さすがにそんな奴はいねェな」

 

 

 ウボォーギンはあっさりと引き下がった。

 もちろんウボォーギンに言わせれば、取引次第で手に入る、金や名誉や地位以外のものはゴマンと思いつく。

 

 例えば自分はひたすら強くありたいし、マフィアどもを皆殺しにする機会が欲しい。

 マフィアと取り引きする気は毛頭無く、取り引きせずとも機会が得られたし、取り引きのために仲間を捨てるのは本末転倒なだけで……相手がマフィアでさえなければ、強くなる手段やマフィアどもをぶち殺す機会を得る取引自体は、いくらでも成立するだろう。

 

 似たような意味ではヒソカもそうだ。

 あいつは戦う機会、戦うに値する強敵を探してるに違いない……とウボォーギンは睨んでいる。自分も似たような面があるから、同類は匂いでわかる。

 

 そういえば、ヒソカのやつに殺されたオモカゲも、何かを必死に探しているような気配があった。

 ()()が何であったかを確かめる術はもうないが、金や地位なんかじゃあるまい。そして誰かから提示されたら、取引もあり得るはず。

 

 

(あとは……誰よりもパクだな……)

 

 

 パクノダ。

 本人は隠しているつもりらしいし、クロロも気づいてないらしいからあえて言う気もないが、彼女はもし取引の皿にクロロの命が乗ったなら、クロロのためなら、自分の命を差し出す事も躊躇わないだろう。

 

 しかしクロロはどうにも、そういった辺りにまで考えが至らないようだった。

 流星街で生まれ肩を並べて生き抜いてきたこの弟分は、そういうところが抜けているというか、人心の機微に疎い部分がある。

 というか──……。

 

 

(──根っこはガキの頃のままなんだよなぁ……)

 

 

 当人は大人になって、一端の大悪人になったつもりなんだろうけれど。

 だからかわりに自分が悪役を張ってやろうと、ウボォーギンは意気込んでいる。

 しかし悲しいかな、自覚はあるのだが……自分は悪()はできても悪()には成り切れないらしい。

 背信者だなんだとあえて悪役として自分から言い出してはみたものの、蜘蛛の肢として生きてきた仲間たちを疑う気持ちは、どうしても弱い。

 何人か入れ替わったとはいえ、新参者だからといって軽んじた扱いをするような不義理を、ウボォーギン自身が許せないのだ。

 

 裏切り者はいない。

 だが、ならば……この不気味なほどに先手を打ってきた敵の正体は──何だ?

 

 クロロの声が、ウボォーギンの疑念に応えて深い思考の海に沈むように、さらに一段トーンを落とした。

 

 

『もう一つ、解せない点がある。

 密告者がいたと仮定すると、あまりに対応が()()()()だ。

 恐らく、情報提供者はいるが、その内容は具体的ではない。

 にもかかわらず──それを信用している人物がマフィアンコミュニティーの上層部にいる』

 

「よく……わからねェな」

 

 

 小難しい考察にウボォーギンは顔を顰め、考えるのをやめるように首を振った。

 

 結局のところ、自分に向いているのは睨みを利かせて敵を黙らせ排除する、暴力装置だ。

 頭脳担当はクロロだ。大昔から何一つ変わらない。一番賢いのは間違いなくこいつだ。

 なら自分はクロロに代わって暴力を振り回し、拳にモノを言わせてクロロの負担を少しでも軽くしてやれば良い。

 

 だからウボォーギンの返答は、至極単純明快なものだった。

 

 

「まあいい──で、オレ達はどうすればいい?」

 

『競売品をどこに移したかは聞いたか?』

 

「ああ、だがオークショニアは死ぬまで知らないの一点張りだったぜ。

 フェイタンが体に聞いたからまず本当だ」

 

「彼が今日一番気の毒なヒトだたね」

 

 

 すぐ横で通話を聞いていたフェイタンが、まるで他人事のように囁いて忍び笑う。

 こいつの拷問癖も大概だ。

 流星街の外に出てからハマッたというゲームでも、執拗に煽りプレイをする悪癖があるのは何なんだか。その癖ゲームについて小馬鹿にするとすぐキレだすから始末が悪い。

 昔っから、こう、ちょっとねちっこいトコはあったよなと、ウボォーギンはその程度にしか思わないが。

 

 

『なら、移動場所を知ってる奴の情報を聞き出したんだろう?』

 

「もちろんだ」

 

 

 ウボォーギンはどうしてか今日は昔の事を思い出すなと考えつつ、その思いを振り払った。

 

 

「マフィアンコミュニティの元締め、十老頭がこの時期にヨークシンに全員集合するらしい。

 で、その十老頭自慢の実行部隊、それぞれの長が最強の組織、最強の武闘派を集めて結成した……"陰獣"だ。

 そいつらが品物を持っていった」

 

『なるほど。……競売品の移動手段には何をつかった?』

 

 

 クロロは十老頭について聞かされても、驚いた気配がなかった。

 

 

(こいつ知ってやがったな……)

 

 

 急に予定を変えて全員集合させて大暴れ(サラサの仇討ち)させようとする意図に気付きながら、クロロの問いに、ウボォーギンは少し自分でも訝しむような奇妙な情報を口にだす。

 

 

「それがよォ、陰獣の構成員だって奴が()()()()()で来たそうだぜ。

 25平方メートル位の金庫にぎっしりとその日の競売品が置いてあったんだ。

 けど三人の一人が手ぶらでその金庫に入って、手ぶらで出て行ったってよ。もちろん金庫は空っぽ。

 梟と名乗る、()()()()()()()()()だったらしい」

 

『シズクと同じタイプの念能力者か』

 

「おそらくな」

 

『……向こうも500人近い客が消えたことで気づいたはずだ。"敵は同じく念能力者"』

 

 

 スピーカー越しでもわかるほど、クロロの声色に盗賊の頭目としての冷徹な愉悦が混ざる。

 宝が消えた。それなら奪い返す、いや盗みに行くだけのこと。

 獲物が大きければ大きいほど、蜘蛛の糸は強固に絡みつく。

 こうなったクロロほど頼もしいものはない。悪の大幹部役の演技が昔っからはまり役だった。

 それに比べれば、俺は怪人役がお似合いだ。気持ちよく暴れて、敵をぶっ飛ばせば良い。

 

 ウボォーギンは血の渇きに飢えた鮫のように、薄く笑った。

 

 

()っていいよな?」

 

『もちろんだ』

 

 

 即座にクロロは、短く、しかし絶対の許諾を与えた。

 

 

『追手相手に適当に暴れてやれよ。

 そうすれば、陰獣の方から姿を現すさ』

 

「ケッ、最初からそう言ってくれりゃいいんだよ」

 

 

 ウボォーギンは一方的に通話を切ると、携帯電話をポケットへ放り込んだ。

 

 ゴンドラの外を見遣れば、そろそろ気球はゴルドー砂漠に差し掛かりつつある。

 眼下の荒野にはライトを派手に灯したマフィアたちの追手の車列が、まるで光る無数の蟻のように連なってこちらを追ってきていた。

 

 

「おォーしッ! 退屈な時間は終わりだ!」

 

 

 ウボォーギンは立ち上がり、背後の仲間たちに向かって獣のような咆哮を上げた。

 

 中身の消えた競売場。中途半端なマフィアの対応。

 そんな奇妙な違和感など、全て叩き潰してしまえば関係のないことだ。

 

 

「全部片っ端からぶっ潰せってよ!」

 

「聞こえてたよ」

 

 

 耳にビリビリ響く大音声に誰かが顔をしかめて──それでも笑いながら応じてくれたのが、ウボォーギンにはとても喜ばしかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ゴルドー砂漠。

 

 大都会の喧騒から遠く離れた剥き出しの荒野は、今やマフィアたちの怒号と、肉体が破裂する凄惨な重低音によって完全に支配されていた。

 

 ボッ ボッ パァンッ!!

 

 銃弾を素肌で弾き返し、突っ込んできた装甲車を素手でひっくり返すウボォーギン。

 彼が軽く拳を振るうたびに、鍛え抜かれたはずのマフィアの兵隊たちが文字通りの挽肉へと変えられていく。

 強化系を極めたと自称するだけはあるその一撃一撃が、兵器を紙屑のように引き裂き、岩盤を陥没させ、人間を紙切れみたいに引きちぎる。

 

 

「おおっ 超破壊拳(ビックバンインパクト)ッ!!!!」

 

 

 猛烈な一撃が大地を砕き、まるでミサイルが着弾したかのような爆発を拳が引き起こす。

 ウボォーギンの咆哮が轟くたび荒野にクレーターが増え、さっきまで人間だったモノが夜空に舞った。

 

 その凄惨な光景を見下ろす崖の上には、残りの旅団員たちが控えている。

 眼下から吹き上げる砂混じりの血風が、その衣服を激しく揺らす。

 だが彼らの視線が注がれているのは手元のカードであり、ウボォーギンの戦いにはまるで興味がなく、何なら退屈そうに胡坐をかいている始末。

 結果がわかりきっている一方的な虐殺や蹂躙、無双が楽しいのは、馬鹿な子供か、暴れている本人だけだろう。

 ああ、いや、冷めた目で見下ろしているフェイタンは楽しんでいるのかもしれないが。

 

 

「相変わらずウボーは派手だねえ」

 

 

 シャルナークがトランプの束を器用にシャッフルする。

 つい先程まで興じていたダウトの決着がついたばかりで、まだ馬鹿騒ぎは終わる気配がない。

 と、なれば──……。

 

 

「……フッ、もうひと勝負いく?」

 

「お前、ビリで上がっといてその強気な態度はねえだろ」

 

 

 不敵な笑みを浮かべるシャルナークにフランクリンが呆れた声を出す。

 どうしてか旅団の参謀役を気取っているわりに、この手のゲームにとことん弱いのがこの優男だ。

「いやぁー」などと誤魔化すように笑ったシャルナークは、我関せずと離れた所に立つ残り二人に水を向ける。

 

 

「ねえ、フェイタンとノブナガもやろうぜー? 面子変えようよー」

 

「ワタシはウボーの方見てる方が楽しいね」

 

「フン、オレもパスだ」

 

「ポーカーの必勝法1、カモを探す。必勝法2、カモがいない時は自分がカモだ」

 

「テメエが弱いからってこっちをカモにしようとすんじゃねえ!

 つかやってんのダウトだろうが!」

 

「……機嫌悪いなあ、ノブナガ」

 

「ウボーがカフェで食い逃げして、その後始末押し付けられたんだって。

 あいつがサイフなんか持ち歩かないの知ってるクセして付き合ってさ。

 で、結局ノブナガも食い逃げ。バカだよね」

 

「うるせえ、聞こえてるぞ!」

 

 

 マチに怒鳴り返したノブナガは、刀の柄に手を置き、地面にどっかりとあぐらをかいた。

 怒っていますよと言わんばかりの不機嫌アピールだが、相手にするものは一人もいない。

 無視して、マチとシズク、そしてフランクリンがシャルナークから配られたカードを受け取る。

 銃声と悲鳴、そして肉体が破裂する凄惨な環境音を背景に、また呑気なゲームが始まった。

 

 

「えーっと……ダウト」

 

「げ。……くっそー、シズク鋭いなー。はい、"死のペナルティ"ね!」

 

 

 シャルナークが苦笑しながら山のようにカードを引き取っていく。

 その間もウボォーギンがマフィアの放った対戦車ロケット弾を素手でキャッチし、そのまま投げ返して軍用トラックを大爆発させていた。

 ゲームが回数を重ねる度に死体の山と屑鉄の山が増えていき、逃げ惑う連中もほとんどいなくなった頃──……。

 

 

「……おかしいね」

 

 

 フェイタンが低く冷たい声でぼそりと呟いた。

 その言葉にカードを並べていたマチも、眼下の戦場を退屈そうに見つめていたノブナガも、一斉に視線を鋭くした。

 

 

「ああ。

 これだけ派手にやって、応援も来なけりゃ念能力者もほとんどいねえ。

 いくらなんでも舐めすぎだろ」

 

 

 ノブナガが吐き捨てる。

 集まってきたのは数こそ数百人規模だったが、その実態はただの一般の構成員や私兵ばかり。

 ウボォーギンは本番前のウォーミングアップのつもりだったろうが、その役にすら立っていない。

 

 

「十老頭の自慢の実行部隊だっけ? 陰獣とかいうの、来ないね。

 ウボー、もうほとんど殺しちゃったみたいだし……あ、最後の人が潰れた」

 

 

 シズクが淡々と指差した先。

 血の海と化した荒野の中央で、ウボォーギンが最後に残ったマフィアの首をへし折り、ゴミのように投げ捨てていた。

 

 静寂が、ゴルドー砂漠を支配する。

 聞こえるのは、燃え盛る車両の爆ぜる音と、ウボォーギンの苛立たしげな呼吸音だけ。

 

 

「おいッ!! 終わりかァァァッ!!」

 

 

 ウボォーギンが天を仰ぎ、満月に吠えるように絶叫した。

 その声には、勝利の歓喜ではなく、明確な肩透かしへの憤怒が混ざっている。

 

 

「おいおいおいおい! 冗談だろッ!?

 陰獣ってのはどいつだ!? 出てこいよ! 最強の武闘派が聞いて呆れるぜッ!!」

 

 

 いくら叫んでも、岩陰からも、夜空からも、何一つ応答はない。

 

 

「……チッ。どういうことだ、シャルナーク。

 陰獣ってのはどこに隠れてやがる。地面の下か? 空の上か?」

 

 

 ドスンと足音を響かせ、ウボォーギンが断崖を一飛びで超えてくる。

 着地の衝撃でばらばらと肉片と血飛沫が散って、マチが「ちょっと」と顔を顰めた。

 シャルナークは「オレに聞かれてもなァ」と、困ったように頭を掻いた。

 

 

「たぶん……どこにもいないよ、ウボー」

 

「ああん!?」

 

「つまりマフィアというか十老頭は、最初からここでオレ達を()る気なんてなかったのさ。

 単に一般の兵隊を捨て駒にして、オレたちの戦力や能力を観察してたんだよ」

 

 

 シャルナークの言葉に、その場にいる全員の空気がピキリと凍りついた。

 

 マフィアらしからぬ、あまりにも冷徹で、合理的な判断。

 普通なら、面子を潰されたマフィアは怒り狂って最強の戦力を即座に投入してくるはずだ。

 現に地下会場にいた各組の幹部たちはそう叫んでいた。

 だが、十老頭は陰獣を温存した──そして結果を見れば、それは正解だったわけだが。

 

 

「……チッ。気持ちが悪いね」

 

 

 フェイタンが鋭い瞳をさらに細め、不快感を露わにする。

 

 

「宝を隠し、兵隊は捨て駒、本命は隠す。

 まるでワタシたちのやり方、全部視られてるみたいね」

 

「へッ、オレ達は泣く子も黙る幻影旅団だぜ。

 見物したいってんなら相応のお代を頂かなくっちゃな」

 

 

 ノブナガはニヤつきながら、眼下、赤黒く染まった荒野へと目を落とす。

 芝居の見物料として、命一つ。高いか安いかは人によるだろうが。

 

 

「……団長に、もう一度連絡だ」

 

 

 フランクリンが顎でしゃくるように、シャルナークの携帯を示した。

 

 

「シャルナークの言ってる事が正解であれどうであれ、追手を蹴散らせという命令は終わった。

 なら次にどうするかの確認は必要だろう」

 

「OK」

 

 

 特に異義も無く、シャルナークは携帯を操作した。

 数コールもせず、アジトで待っているクロロの携帯が接続される。

 

 

「もしもし、団長? うん、追手はウボーが全部片付けたよ。

 ……だけど、ちょっと変なんだ。陰獣が来なかった」

 

『……来なかった、か』

 

 

 携帯電話の向こうから聞こえるクロロの声は、やはり驚いてはいなかった。

 だが、その凪いだ思考の奥で、さらに深い仮説が組み立てられていく気配が伝わってくる。

 

 

『マフィアの兵隊ども、動きはどうだった?』

 

「向こうの兵隊どうだった、って?」

 

「どいつもこいつも、ただ死ににきたような雑魚ばっかりだったぜ」

 

「雑魚だったって。オレから見てもあれはゴリラ対アリだね」

 

「誰がゴリラだ。もっと強えぞオレはよ」

 

「そこかよ」

 

『やはりな。

 情報源はマフィア上層部……十老頭に情報を流したが、オレたちの力を正確に測りかねていた。

 だから、まずは一般の兵隊を威力偵察としてぶつけたんだろう』

 

 

 シャルナークはクロロの予想が自分のそれと合致したことを勝ち誇るように「ほら!」と得意げな顔をする。

 が、当然通話内容が聞こえているわけもなく、ウボォーギンが「わかんねえよ」と唸った。

 いちいち伝言ゲームをするのが面倒くさくなったシャルナークは、携帯をスピーカーフォンに切り替える。

 電話の向こうで、クロロが僅かに苦笑するのがわかった。

 

 

『……つまり、オレたちの戦力を調べようとしていたんだ』

 

「それで出てきたのがウボォーギンだもんね。

 マフィアも困ったと思うよ。

 使い捨てとはいえ無駄に兵隊を死なせてしまって、わかったのはウボォーギンがメチャクチャ強いってことだけだからね」

 

 

 シャルナークは茶化すように言って、ウボォーギンは照れ臭そうにフンと鼻を鳴らす。

 

 なにしろウボォーギンは強化系も強化系、その極地だ。

 何をどう分析してデータ化しようと、結論は『強い! 絶対に強い!』としか言いようがない。

 純粋にフィジカルのみに特化した強化系に、弱点らしい弱点などないのだ。

 偵察結果としては下の下も良いところだろう。

 哀れなマフィアの兵隊──もちろん幻影旅団は全員「そうか! きみたちはクソ雑魚の蛆虫で他にとりえがないから捨て駒として使い潰されることでしかマフィアンコミュニティの役に立てなかったんだね、かわいそ」としか思ってはいないが──は無駄死にだったわけだ。

 

 

『ウボォーギンが暴れたのは正解だったな。俺達の能力はほとんどバレなかったと見て良い』

 

「ケッ……! 不愉快極まりねえな。手のひらの上で踊らされてるみたいで胸糞悪いぜ!」

 

「ねえ、じゃあアジトに戻るの?」

 

 

 マチがトランプを片付けながら尋ねる。

 

 

『──ああ、一度アジトまで戻れ。

 十老頭を動かすほどのネズミ(情報源)、少し興味がある。

 そいつの身元を突き止め、特定するのが先決だ』

 

 

 スピーカーから流れるクロロの静かな声音に、ノブナガがニィと口の端を釣り上げた。

 

 

「狩り、ってわけだな。そいつは面白そうだ」

 

『十老頭を動かせる立場、あるいはそれだけの信用を得ている人間だ。

 何処の誰かを把握するまでは、そこまでの手間もかからないだろうからな』

 

「十老頭に直接繋がれるような立場の人間か、あるいはよほど耳の早い情報屋か。

 ……陰獣の一人って可能性もありそうだね」

 

 

 既に情報収集方法を考えているらしいシャルナークの言葉に、『ああ』とクロロが応じた。

 

 

『どの道、次の競売が開催されるまで競売品の場所もわからないからな。

 それまでの時間潰しにちょうど良い。詳細はアジトで詰める。

 ウボー、フランクリン、フェイタン、マチ、シズク、シャルナーク、ノブナガ。

 ──今夜はご苦労だった』

 

 

 その言葉を最後に、通話は切れた。

 ゴルドー砂漠の乾いた夜風が、赤黒く染まった荒野の悪臭を巻き上げて吹き抜けていく。

 

 

「ちッ、今晩はお預け、明日はネズミ捕りかよ。

 この俺の高まった労働意欲をどうしてくれんだ? あァ?」

 

 

 ウボォーギンが拳をゴキゴキと鳴らしながら、まだ暴れ足りないといった様子で低く唸る。

 本当に叩き潰したいのはマフィアの上層部であって、こんな木っ端みたいな雑魚どもではない。

 十老頭ご自慢の陰獣とやらを叩き潰せなかった苛立ちは、その謎のネズミ(情報源)への敵意へと綺麗にスライドしていた。

 見つけ出したらぐちゃぐちゃに引き裂いてやる。そんな意気込みだ。

 そしてそれは何も、ウボォーギン一人だけではない。

 

 

「ワタシ、そういうネズミ(情報源)を絞め上げるの得意ね」

 

 

 フェイタンが外套の襟を立て、掠れた声で嗤う。

 彼の拷問癖を知っているシャルナークは苦笑しながら「見つけた後は任せるよ」と応じた。

 

 

「それだけ有能なネズミ(情報源)なら、その()()()()()()がない方がおかしい。

 少し探ってみるよ。……何にしても、アジトに戻ってからだけどね」

 

「……で、どうやって帰るの? 気球、もうガス無いでしょ」

 

 

 マチが衣服についた血や肉片に顔を顰めていると、シズクが「吸ったげるね」と、異様な掃除機を具現化してその汚れを吸い取る。

 自慢のデメちゃんなら、既に死んだ肉体や血だけを取り払うことができるのだ。マチは可愛い妹分の気遣いに「ありがと」と目を細めて囁いた。

 それを横目に、フランクリンが「ふむ……」と、鎖で繋いだ指先で顎を掻いて、呟く。

 

 

「……歩くか?」

 

「ゲエ、マジかよ!? ここからヨークシンまでどんだけ距離あると思ってんだ!?

 昨日は炎天下の荒野を歩いて、今度はぴゅうぴゅう凍える砂漠を歩けってか!?

 俺ァゴメンだぜ!?」

 

 

 たまらず、ノブナガが悲鳴じみた声で喚き散らした。うんざりした顔を見合わせる一同。

 そこに「あ」と、マチの服を綺麗にし終えたシズクが、間の抜けた呑気な調子で手を上げる。

 

 

「わたし、アレ運転してみたい」

 

 

 ()()と指さされたのは、先程まで大暴れしていたウボーに蹴散らされた、マフィアどもの残した装甲リムジンの残骸だ。

 まだ原型を留めているものが幾つかある──正しくは、まだ車の形をかろうじて保っている、と言った方が良いだろうが。

 シャルナークは「あちゃー」という表情を隠しもしない。

 

 

「……動く奴残ってるかなぁ?」

 

「ウボーが考えなしに暴れて壊すから」

 

「俺のせいかよォ!?」

 

 

 マチに小突かれたウボォーギンの、大げさな声。

 ゴルドー砂漠に、旅団員たちの賑やかな笑い声が響き渡った。

 

 

「はいはい、責任持ってウボーは動く車があるか探して。

 シズク、運転するなら絶対にスピード出しすぎちゃダメだからね?」

 

「わかってる。任せて。頭文字Dで勉強した」

 

「……お前が言うと冗談に聞こえねえから怖いんだよなぁ」

 

 

 苦笑しながら崖を滑り降りたノブナガを筆頭に、幻影旅団の面々は殺戮跡を歩き回った。

 

 ほどなくしてウボォーギンが屑鉄の山の中から、かろうじてエンジンの生きていそうな黒塗りの高級リムジンを引きずり出してきた。ひしゃげた屋根をドスンと叩いて「おう、これなら動きそうだ!」と豪快に笑う。

 

 たった今、数百人の命がこの荒野でゴミのように消え去った。

 だが彼らにとって、それは日常のほんの一コマに過ぎない。

 

 凄惨な虐殺現場を背景に、彼らはまるで遠足の帰りのように和気あいあいと一台のリムジンに乗り込んでいく。

 ぎゅうぎゅう詰めの車内でまたも文句を言い合う声と、不規則に爆ぜるエンジン音を夜空に響かせながら、蜘蛛たちはヨークシンの摩天楼にこしらえた、自分たちの巣へと引き上げていった。

 

 

 彼方から仲間と共にその光景を眺めていた虹色の左眼を持つ男が、深々と安堵の溜息を漏らすのにはついぞ気づかぬままに……。

 




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