地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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45.9月2日 ①

 ──9月2日、朝。

 

 遮光カーテンの隙間から差し込む朝光が、蜂の巣をつついたような騒ぎを照らし出す。

 高級ホテルのスイートルーム。そこを本来満たしているはずの静謐は、ノストラードファミリーの私兵たちが廊下を行き交い、侍女たちが重いトランクを運ぶ音がドタバタと床を揺らす音によって完全に破られていた。

 

 昨夜、セメタリービルの地下競売会場の鏖殺に端を発する、マフィアンコミュニティー始まって以来の大惨劇。数百人の人間が一夜にして文字通りの肉塊へと変えられたというその一報は、夜が明ける頃には裏社会を震撼せしめていた。

 無論、ノストラードファミリーとて例外ではない……というだけの話だ。

 

 

「……ボス、お目覚めはいかがですか?」

 

 

 緊迫した室内の空気などどこ吹く風で、ネオンはベッドの上で眠たげに目をこすりながら、特大のあくびを噛み殺す。一緒に寝ていたレディともども、彼女たちの水色と桃色の髪はぴょんぴょんとあちこち跳ねて、可愛らしい寝癖がついていた。

 

 

「んみゅぅ……おはよ、ダルツォルネさん。なんか朝からうるさいんだけどォ、なにぃ……?

 ……あ、ルモア! ルモアいる!?」

 

「いるよ。朝食のルームサービスが来てるけど、此処で食べるか? テーブルに移るか?」

 

「ここで食べる!」

 

 

 俺の姿を見たネオンは、ぱっと一瞬で顔を輝かせた。

 隣では桃色の髪を揺らしたレディが、俺の動きをじっと見つめながら静かに首を傾げている。

 揃いのネグリジェ姿の彼女たちに頷くと、俺はスクワラさんに目で合図を送る。

 彼がヒュッと鳴らした口笛に従って、器用に前足でワゴンを押した犬がベッドまで朝食を運んでくれた。

 臭いで毒物爆発物のチェックまでできる上にこれなんだから、ホントに優秀だと思う。

 ネオンはにこにことしながら、上機嫌で2人分のトレイを受け取り、ベッドの上に引き上げる。

 

 

「わぁ、ありがと! ……ねえ、今日はオークション行けるよね?」

 

「それがですね、ボス」

 

 

 すかさずダルツォルネさんが、一切の私情を排した鉄の表情で一歩前に出た。

 

 

「コミュニティーから、次回のオークション開催日についてはまだ連絡がきていません。

 昨晩、オークション会場の周辺で非常に大規模な暴動が起きましてね。

 ボスの安全を最優先するため、急遽宿泊先を別のホテルへ移すことになりました。

 準備が出来次第出発しますので、申し訳ありませんが、朝食を終えたらご支度をお願いします」

 

「お引越しぃ!? せっかくこのお部屋気に入ってたのにー!

 じゃあじゃあ、引っ越し終わったらショッピング! ショッピングに行きたい!」

 

「重ねて……すみません、ボス。

 やはりまだ市街の安全も確認ができていませんので、お部屋に待機して頂く事になるかと……」

 

「ええ~っ!?」

 

 

 ふてくされたように枕を抱えてベッドに突っ伏すネオン。

 そっとレディが朝食のトレイを避けてくれたおかげで、大惨事は避けられた。

 それにドロドロとした、あの不機嫌そのものといったオーラは感じられない。

 オークションが中止されたわけじゃない事と、自分が文句を言ってもどうしようもない事の二つを理解しているからだろう。

 今朝は俺が同じ部屋にいるから……というのは自意識過剰かもしれないが。

 

 

「すぐ次のホテルでも遊べるよう、ゲーム機などはまとめておきますから。ね?」

 

 

 エリザさんがなだめるようにそう声をかけて被った毛布の上からネオンを撫でると、ネオンは枕から片目だけを覗かせて、じろりと俺の方を見上げた。

 

 

「……じゃあ、ルモアも一緒の車ね」

 

 

 拗ねたような呟きに、俺は「了解」と微笑んで頷いた。

 

 

「おい、アンドー。ちょっと来てくれ」

 

 

 と、隣の部屋からシャッチモーノさんが顔だけを覗かせて俺を呼ぶ。

 

 

「じゃあ俺も準備してくるから。きちんと食べるんだぞ」

 

「はぁーい」

 

 

 俺はネオンが朝食のパンに取り掛かり、レディがちまちまとゆで卵の殻を剥くのに背を向けて隣室へ急ぐ。

 

 どたばたと慌ただしい中で、リビングの片隅には重苦しい静寂がまだ残っていた。

 シャッチモーノさん、そしてリンセンさんが、一台のノートパソコンの液晶画面を囲んで顔を突き合わせている。

 近づいてきた俺を見て、シャッチモーノさんが皮肉げに顔をひきつらせ、肩を竦ませた。

 

 

「──やっぱりな。完全に抜かれてるぜ」

 

 

 画面に表示されているのは、プロハンターだけがアクセスを許される秘密のポータルサイト。

 正式名称を『狩人の酒場』──通称ハンターサイトだ。

 

 

「うちのファミリーの情報、丸ごとアップデートされてますね。ほら、此処です」

 

 

 道士服の袖から伸びたリンセンさんの指先が、画面のスクロールを止める。

 そこには俺たちが今いるこの最高級ホテルの住所と部屋番号、そして護衛団構成員のリストがばっちりと表示されていた。

 ばかりか、その情報は数分おきにリアルタイムで更新されている。

 まだ俺達が警備するドンのご令嬢、ネオン=ノストラードの顔写真はアップされていないが、時間の問題だろう。

 

 

「さすがはプロハンター専用のサイトだ。

 使う側だと便利だけど、使われる側になると敵わんね」

 

「情報の精度も、速度も、我々の機密保持なんて鼻で笑うレベルですね。

 知ってはいましたが……まったく、参ってしまう」

 

「こうなると、もう情報は止められないでしょう。

 下手に削除しろだ提供者を開示しろだ騒いで、悪目立ちする方を避けないと……」

 

 

 俺達プロハンター三人は並んで腕を組み、画面の無機質な文字列を睨みつけた。

 意味もなくスクロール操作される画面から目を離さず、シャッチモーノさんが口を開く。

 

 

「……で、向こう側にプロハンターがいたってのはマジか、アンドー?」

 

「ええ。昨夜の大暴れの時、崖の上でダウトしてる連中に混ざっていましたよ」

 

「俺はあのゴリラに夢中でな。……あんな化け物相手にしたくねぇなァ。

 ありゃゴリゴリの強化系だぜ。リンセン、いけるか?」

 

「……残念ながら、厳しいですね。

 ダルツォルネさんが強化瞑想した上で神字刀を使ってどうにか、でしょう。

 より研鑽を積んだ強化系であれば、あるいは……」

 

 

 真剣に考え込んだリンセンさんが、諦めたように首を横に振った。

 

 

「なので、遊んでる連中を確認する方に意識を向けていました。

 掃除機を具現化する女の子がいたのは私も見ています。

 ……しかし、よくプロハンターがいたと気づきましたね」

 

「たまたま()()()()()()()()()()んですよ」

 

 

 俺はリンセンさんにそう返した。

 何も嘘は言ってない。()()()という枕詞をつけていないだけで。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 構成員の大半が流星街出身である以上、旅団メンバーの個人情報の大半はどこにも存在しない。

 だが、シャルナークだけは例外だ。奴はプロハンターとしてハンターリストに記録されている。

 だから俺がたまたまリストを見たことがあり、覚えていたとしても、何の不自然もない。

 

 そうした俺達が掴んだ情報については、もちろん十老頭にまわしてはいる。

 だが公開はされていない――俺からもそう希望していたから、願ったり叶ったりだ。

 わざわざ()()()()()()()()()事を連中に教えてやる義理はない。

 

 が、状況が此方に有利というわけでは……決してない。

 

 

「となると、やっぱりマズいな。

 敵がタレコミ元を探してるとすりゃ、十老頭御用達の占い師、そっからノストラードファミリー、ボスまでたどり着くのは時間の問題だぜ」

 

「そしてボスの情報と我々の情報はハンターサイトに記載されている。

 相手がハンターサイトを使う程度に知恵が回るなら、当然宿泊先もバレバレ。

 間違いなく此処まで一直線ですよ。強化系のハイエンドを物理的に阻止するのは困難です。

 引っ越しは正解ですよ」

 

「ネオンとレディの朝食が終わったら、すぐに動くのは大前提として……。

 他に何か、俺達で打てる手はありますか?」

 

「……次の宿泊先は、名義を変えるべきだな」

 

 

 いつの間にか傍に来て会話を聞いていたらしいダルツォルネさんが、俺達の肩越しに液晶画面を覗き込んで、低い声で唸った。

 俺はちらりと彼の横顔を見る。生きて、喋っている。それを確認し、画面に目を戻した。

 

 

「俺もルモアもポリオ警備の社員扱いだ。当然、組の構成員として名前が記載されている。

 お前達も護衛として契約済みな以上、調べればすぐにノストラードの関係者だとわかる」

 

「っていうか俺らのデータももう、ハンターサイトに出てますよ。

 まーったく、仕事が早いのにはイヤになるぜ。もうちょっと良い写真使って欲しいもんだ」

 

 

 ほら。シャッチモーノさんが画面を指さす。

 ダルツォルネさんはいつも以上の仏頂面になった。

 

 

「……かといって下手な偽名だと杜撰過ぎて、かえってバレるだろうな。

 ノストラード組に関係ない、正規の名義を使えれば一番良いが……」

 

「表のオークションに参加予定の知人がヨークシンに来ています。

 ()()にホテルの部屋をとって貰えないか、頼んでみましょうか」

 

 

 俺は素早く携帯を操作しながら提案した。

 ダルツォルネさんが「身元は確かか?」と低く問うのに、迷いなく頷く。

 

 

「これ以上無く。実力も保証します。

 ファミリーを一切経由していない知り合いですから、繋がりがバレることはありません」

 

「よし、頼んでくれ。名義貸しの報酬を含めた費用は全て此方で持つ」

 

「わかりました」

 

 

 メールを送ると、即座に("ㅎvㅎ")の顔文字と共に了承の返事。ありがたい。

 すぐにホテルの住所や部屋番号、手数料の請求なども送られてくる。

 俺はそれをダルツォルネさんへと提示した。

 

 

「話はつきました。手配完了です」

 

「よし、イワレンコフ!」

 

 

 ダルツォルネさんは短く応じると、即座に実戦指揮官としての指示を飛ばす。

 廊下で大量の荷物を()動力を駆使して一人で黙々と運び出していたイワレンコフさんが、その鋭い声を聞いて荷物ごと動きを止めた。

 

 

「すぐに車を回せ、裏口へつけるんだ。

 同時に偽装用のハイヤーを何台か呼んで、適当なホテルに走らせろ!」

 

「了解、リーダー!」

 

 

 イワレンコフさんは大きく頷き、重いトランクを、すぐ近くで手持ち無沙汰にしていた髭面の男に向かって容赦なく投げ渡した。

 

 

「おっと!? おい、危ねえな!」

 

「そいつを運んでおけよ。もし落としたらお前、絵に塗り込められっちまうかもしれないぞ」

 

「はうっ お、脅かしっこなしだぜ……!?」

 

 

 不平を漏らしながらも、髭面の男は器用にトランクを受け止めて運搬にとりかかる。

 その様子を見届けたダルツォルネさんは、すぐに先方ホテルの警備確認のために動き、それにリンセンさんが追従。

 たぶんチェックアウトはせず、そのまま部屋は借りておく事になるだろう。

 襲撃があればホテルに迷惑がかかるが、此方も敵の目を逸らすには必要な備えだ。

 シャッチモーノさんも人手が足りず困っている侍女たちを見かね、風船黒子ごと手を貸し出す。

 昨夜はウボォーギンの暴力を前にして冷や汗ダラダラだったスクワラさんは犬の統率で忙しいし、こうなると残された俺は──……。

 

 

(……ネオン係か)

 

 

 まあ適切な役割分担だろう。

 ネオンとレディを任される事に、何一つ不満はない。

 ましてや、シャッチモーノさんとイワレンコフさん、ダルツォルネさんが此処にいる。

 ……いてくれる。

 それだけで気が抜けそうになる自分を引き締めるには、まず目の前の仕事に集中するのが一番だ。

 

 まず先程の名義貸しの依頼ついでに、報連相を行っておこう。

 俺は携帯を操作してメールの受信、確認、返信を一通り済ませると、続けて()()()()にもメールを送信し、電脳面での警戒を依頼する。

 ()()()()彼もちょうど此方に来たところで届け物もあるという事なので、手早く会合をセット。約束の時間を調整。

 情報収集や依頼料、報酬、エトセトラ。

 俺の預金口座残高はみるみる減っていくが、どれも俺にとって大した額ではない。

 ネオンの安全や幸福と引き換えにするのなら、何億ジェニーだって安いものだ。

 

 

「……」

 

 

 そうして考えていると、ふと未だにハンターサイトが開きっぱなしのパソコンに目が留まる。

 ノストラードファミリーの情報が逐一更新され、様々な情報が行き交っている。

 ……が、少し重要な情報が欠けているように思えた。

 俺はキーボードに手を伸ばし、()()()=()()()()()()()と書き加えた。

 

 

(……これで良い)

 

 

 キルア流に言うのなら、()()()()

 あと俺が単純に、レディがいないものとして扱われるのが気に入らなかったのもあるが。

 

 

「ルモア、準備できたよー!」

 

 

 ほどなくして朝食と着替えと身支度を済ませて水色の髪を揺らしたネオンが、レディを伴ってリビングに姿を現した。

 昨日のブティックで買ったばかりの衣装に身を包んだ彼女たちは、俺の元へと迷いなく駆け寄ってくる。

 

 ネオンが身に纏っているのは、クラシカルな気品とダークな甘さが同居する、仕立ての良い黒のゴシックドレスだ。贅沢なフリルと繊細なレースが、彼女の白磁の肌と鮮やかなエメラルドの瞳をいっそう引き立てている。

 その後ろに静かに付き従うレディは、対照的に、清楚な白色のワンピース姿だった。

 二人の髪はすっかり丁寧に整えられてアップにされ、エリザさんの手腕が光っている。

 

 

「ほら、早く行こ?」

 

「ああ、忘れ物はないか?」

 

「へーき、ゲームもエリザがちゃんと持ってくれたもん」

 

 

 つんと尖らせた口と、つんけんした声。少しだけ膨らんだ頬。

 俺はその態度に少しだけ考えた後、二人の様子を改めて上から下まで眺めて、頷いた。

 

 

「うん、良く似合っている。今日はネオンが黒の気分?」

 

「――!

 えっへへー! でしょー? ホントはオークション用だったんだけどね。

 あ、ホテルについたらホテル用の服も見せたげる! すけすけのヤツ!」

 

「あれは見せる用じゃない気がするなあ……」

 

 

 途端に膨れっ面も何処へやら。

 くるくると機嫌が裏返り、にこにこ笑顔のネオンが俺の腕に絡みつく。

 一方のレディはそっと俺の服の裾を摘んで、「ついていく」の意思表示。

 エリザさんに助けを求めて視線を向けるが、彼女はなぜだか冷たい笑顔で俺を見てくる。

 

 ……仕方ない。

 

 

「ともかく、ホテルへ行こう。まずは安全に向こうに移動するのが最優先だ。良いな?」

 

「はぁーいっ」

 

 

 ホテルを移動したら、俺はまた()()で出かけなければならないが……それを聞いたネオンの機嫌がどうなるか、そしてそれをどうなだめるべきか。

 きっとまた騒々しい事になるだろうが、俺にとってはそれさえもまた平穏な時間だ。

 また一段。確かに積み上げたものを踏みしめて、俺は次の時間へと進んでいく。

 

 誰一人欠ける事無く迎えた奇跡のような9月2日の朝は、このようにして過ぎていった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──同じく9月2日、朝。ヨークシンシティのダウンタウン。

 うらぶれた雑居ビルの一室に、肉体と精神を徹底的に破壊された男の絶叫が響き渡っていた。

 

 

「お、おそらく、タレコミ屋は、そいつは……マフィアじゃねえ……!

 ノ、ノストラードファミリーの……組長の、娘だ……!」

 

 

 全身の骨を不規則な方向にへし折られた上に頭を鷲掴みにされたマフィアの男が、血反吐をぶちまけながら命乞いをするように喚き散らす。

 その男を見下ろしているのは、圧倒的な質量を持つ筋肉の塊──ウボォーギンだ。

 昨日浴びた返り血を大雑把に拭っただけの衣服からは、今なお濃厚な硝煙と死臭が漂っている。

 というより、ほんの数分前に上書きされたばかりなのは、死屍累々の惨状――不幸にも目をつけられた、どこの何という組織かもわからぬマフィアの事務所の有様を見れば一目瞭然だった。

 

 

「娘ェ?」

 

 

 ウボォーギンはボサボサの頭を気怠げに掻きながら、面白くなさそうに片眉を上げた。

 そのすぐ後ろ、安っぽいオフィスチェアに腰掛けたシャルナークが、手元のパソコンから視線を上げて興味深そうに目を細める。

 別に良い警官、悪い警官を演じる必要もない。

 この場にいるのは馬鹿力の蜘蛛と、ずる賢い蜘蛛なのだから。

 

 

「あ、ああ……!

 び、美人の双子の姉妹さ……ゆ、有名だ。

 変わった小娘で、人体をコレクションしてるそうだぜ。

 目ン玉とか、内臓とか……」

 

「…………ふゥん」

 

 

 その言葉に、ウボォーギンの獣のような瞳の奥に、獰猛な光が灯る。

 人体コレクター。マフィアと並んで、この世で一番キライなものの一つ。

 女子供を殺したところで──殺す事に躊躇はない──面白くはないが、人体コレクターの娘なら何の気兼ねもいらない。

 むしろ滅多にないことだが、簡単に殺さず、生きたままバラバラにしてやっても良いくらいだ。

 どっかの街には手で肉を引きちぎる殺人鬼もいたというし、その真似をするのも悪くはない。

 

 ウボォーギンから膨れ上がる殺意を、自分にむけられたものだと勘違いしたのだろう。

 瀕死の状態のヤクザものは、ぺらぺらと聞かれてもいないのに良く喋った。

 

 

「あ! あと、占いがすげェバンバン当たるらしいぜ……!

 マ、マフィアの中に顧客が大勢いて、十老頭にも信奉者がいるそうだ。

 だ、だから、十老頭が変な動きしたっていうなら、その娘の占いをき、聞いたんじゃあないか……っ」

 

「ほォ」

 

 

 ウボォーギンは低く、地鳴りのような声を漏らした。

 隣のシャルナークの指先が、キーボードを軽快に叩き始める。

 

 ネズミ(情報源)を探せ。

 

 クロロからの大雑把で単純な命令を受けて、旅団の面々は二人一組でヨークシンに散っていた。

 思い思いの探索──という名目で、昨夜の空振りに対するフラストレーション解消が実態だろう。

 ほとんどヨークシンで適当に遊んでいるメンバーが大半な中、ウボォーギンが大真面目にマフィアの事務所に殴り込むのを見て、ついてきたシャルナークは「あーあ」と呆れたような顔をしていたものだ。

 こうしてわざわざ文句も言わずに付き合ってくれることには、感謝しかない。

 

 

「な!? な!? これだけ話したんだ! 助けてくれ、頼む!!」

 

 

 男は涙と鼻水に塗れた顔をくしゃくしゃにして、必死に許しを請うた。

 これだけ有益な情報を差し出したのだから、せめて命だけは──……。

 

 

「予知能力者……か」

 

 

 ウボォーギンが呟くと同時に、彼はほんの少し指先に力を込めて男の頭を握り潰した。

 

 

「ひでぶッ!?」

 

 

 グシャ、と。

 熟れた果実が爆ぜるような、短い、しかし酷く鈍い音が室内に響き渡る。

 さっきまで必死に命乞いをしていた肉塊は二度と動かない物言わぬゴミへと変わり、床に赤黒いシミをさらに広げた。

 

 そもそも蜘蛛に慈悲を求めること自体が、致命的な間違いだ。

 犠牲者が何を言おうが、何を求めようが、そんなものは彼らには関係ない。

 生かすも殺すもその時の気分次第。

 生殺与奪の権利、決定権は常に幻影旅団の側にある。

 

 

「やっぱり団長が正しかった。俺達の中に裏切り者はいねェ……」

 

「決めてるとこ悪いけど、どうせ殺すならシャワー室でやんなよ。きったないなぁ」

 

 

 ウボォーギンは掌を汚す赤黒い塊ごと無造作に男の死体を投げ捨てて、背後へと振り返った。

 

 

「おい、シャルナーク。どうだ?」

 

「ビンゴ、かな」

 

 

 シャルナークは画面に映し出されたノストラードファミリーのデータを見つめながら、無邪気な笑顔を浮かべた。

 タッタカタッタカ、ッターンとふざけて勢いよくエンターキーを叩く。

 

 

「ノストラードファミリーの組長、ライト=ノストラード。

 そしてその令嬢にして占い師のネオン=ノストラード。

 組織構成員のリストもバッチリ。でまかせじゃないっぽいね」

 

「あァ? 双子じゃねえのか?」

 

 

 言われて、慌ててシャルナークは再び端末の画面に目を落とす。

 書かれているのはネオン=ノストラードの名前と、簡単なプロフィールだけ。

 

 

「……あれ? ホントだ……と、()()()()

 うん、双子のもう一人は()()()=()()()()()()()だ。

 パーティとかに姉妹で参加してるって情報もあるね、間違いはないと思うよ。

 二人とも、顔写真はまだ載ってないけどね」

 

 

 まあハンターサイトの情報も完璧じゃあない。

 こうしてリアルタイムで更新される事もしばしばで、情報は生き物なのだ。

 報酬を提示して追加情報求むと書き込めば、順次アップされるだろう。

 

 シャルナークは予算を気にせずにキーボードを叩いた。

 金は大好きだ。使うべき時に使えばもっと増えて戻ってくる。足りなければ奪えば良い。

 

 

「しかし占い……予知能力者か。まず念能力者だろうけど、特質系かなぁ?」

 

「たぶんな。クロロのヤツ、きっと欲しがるぜ。レアな能力には目がねえから」

 

「つまり生かしたまま、生きる以外できなくなるようにすればOKと。

 フェイタン任せかな。かわいそー。

 見てよ、16歳だって。箱入りのお嬢様だ。きっとキスもまだだよ。

 コウノトリとキャベツ畑とか信じてるんじゃない?」

 

「女の子宮だとかコレクションしてるクセにか?」

 

「無修正のポルノは見たことないよ、たぶん」

 

 

 ウボォーギンは鼻で笑った。

 血と脳漿に汚れた手を無造作に自分の服で拭うと、床に転がる肉塊を一蹴りしてスペースを作り、その場にどっかりとあぐらをかいた。

 自分の顔に浮かんだ笑みが、ひどく歪んだ形になるのがよくわかる。

 

 箱入りのお嬢様なんて、しょせんは上っ面だけで軟弱な小娘に過ぎない。

 フェイタンに任せれば、きっと生まれてきた事を後悔するどころか、すぐに殺してくださいと泣きわめく事になるだろう。

 まずはその綺麗なドレスだか何かごと、一丁前にあるに違いないプライドから剥ぎ取っていくに違いない。悲鳴をじっくり楽しむために、最初は生爪を一枚ずつ時間をかけて剥がし、指を折り、腕を折り、骨を一本ずつ折る……。

 世間知らずのお嬢様が想像もできないような拷問を、一つずつ丁寧に教えていくのだ。

 

 ……いや、双子だっていうのなら、お互いの目の前で片方を嬲り殺しにするのが一番効くか。

 あのなんとかかんとか族といった、妙に強かった赤目の奴らがそうだったように。

『パパ助けて!』『何でも言うことを聞くから!』だとか、お互いにすがりつきながら狂ったように泣き叫ぶのだ。涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、床に額を何度も擦りつけながら許しを乞う姿が目に浮かぶ。

 

 人体集めが趣味のイカれたお嬢様が、今度は自分がバラバラにされる恐怖でガタガタ震えるのを見るのは、きっと良い気分だろう。

 

 だが助けはこないし、聞いてもらうこともないし、許しもしない。

 生かしておいてもらえるだけ、感謝するべきだ。

 サラサには、それすらも許されなかったのだから。

 

 

「しかし、ノストラード組ねぇ……」

 

 

 ウボォーギンの意識をあの忌々しい雨の森から引き戻したのは、シャルナークがキーボードを叩く静かな音だった。

 それは木々の葉を打つ雨音にも似ていて、だけど異様に無機質で軽い。

 

 今がいつで、どこだったか。思い出すのに数秒。

 

 

「……なんだ、知ってんのか?」

 

「ウボーは新聞、TV欄と四コマだけじゃなくてそれ以外も読みなよ。

 最近でっかくなってきたマフィア。新進気鋭で経済界にもがっつり入り込んでる。

 元は田舎マフィアだったのが、十老頭に気に入られたのと、合法ビジネスで成功してね。

 その背景に百発百中の占いがあったとすれば、わりと納得いくかな」

 

 

 シャルナークは画面の明かりに顔を照らされたまま、軽い調子で応じた。

 ウボォーギンの様子に気がついた気配はない。

 

 

「合法だァ? マフィアはマフィアだろ。大差ねえよ」

 

「賭博と警備。健全なもんさ。最近はプロハンターも抱えたって話。

 ま、実際便利だからね、ハンターがいると……。

 さて、それじゃヨークシンに組員名義の宿泊記録がないか調べましょ」

 

 

 画面の中で目まぐるしく文字列が躍る。シャルナークは流れるようなタイプで検索コマンドを打ち込みながら、ふと思いついたように背もたれを回し、ウボォーギンの巨躯を見上げた。

 

 

「ウボーもとったら? ハンターライセンス。

 ハンターサイトなら金次第でどんな情報でも手に入るよ」

 

「オレはお前と違って金は持たねェ主義だ。欲しい物は全部盗る」

 

「ご立派、盗賊の鑑」

 

 

 ウボォーギンの野生味溢れる回答に、シャルナークは苦笑混じりの乾いた笑い声をあげる。

 だからってノブナガに押し付けてカフェの食事を食い逃げしたり仲間に検索を投げっぱなしにするのは、あまり格好がつかないと思うけどなあ……という言葉はどうにか飲み込んだ。

 誰だって、へその穴を通して世界を見るような経験はしたくない。

 

 

「はい、これ。ノストラードファミリーの関係者が宿泊してるホテル3箇所。

 まあ順番に見てけば今日明日中にはそいつ見つかるんじゃない?」

 

 

 ほどなくヒットした住所をその辺の書類裏になぐり書き、シャルナークは得意満面。

 その顔にウボォーギンは躊躇無くキスをする。

 

 

「サンキュー、恩に着るぜ!」

 

「わ、キタネ!! 愛はいいから金をくれ!」

 

 

 途端にシャルナークは大げさに顔をしかめて身を引いた。

 心底気持ち悪いという顔で頬をゴシゴシと拭っているが、しかしウボォーギンはそんな抗議などどこ吹く風で、すでに立ち上がって歩き出している。

 ずん、ずんという重い足音は、その全身から迸るオーラの鼓動のようにも思えた。

 

 

「おし、じゃあ次はこっちだ。行こうぜ!」

 

「団長も言ってたけど、本命はオークションだからね。

 まだ競売品だって見つかってないし、首尾がどうであれ、今夜には切り上げて帰るよ?」

 

「おう!」

 

 

 背後からかけられた念押しに、短く、そして力強く応える。

 雑居ビルの古ぼけた扉を乱暴に押し開け、ウボォーギンはヨークシンの眩しい朝差しの中へと踏み出していった。

 シャルナークは「ホントにわかってんのかなぁ」と笑い、その頼もしい背中を追いかけた。




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