地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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46.9月2日 ②

 ──9月2日、16時50分。ヨークシンシティ随一の繁華街。

 

 ネオンサインが無数に明滅し、欲望と熱気が渦巻く雑踏のただ中に、その会場は存在していた。

 一見して今どきの若者で賑わうライブハウス。

 しかし名刺を差し出して、重厚な鉄扉をくぐり抜け、エレベーターで最下層まで降りた先──……。

 

 そこはかつてのハンター試験会場を連想させる、異常な熱気に満ちた大空間だった。

 

 コンクリート剥き出しの薄暗い部屋。

 その中央には、不自然なほど眩しいスポットライトに照らされた、プロレスか何かの格闘用リングが鎮座している。

 周囲を取り囲むように群がっているのは、見るからに血気盛んな男たちだ。

 ヨークシン中に散らばる腕っぷしに覚えのある猛者や一攫千金を狙う賞金稼ぎが、この地下室にごった返しているのだ。

 

 

「……おーお、殺気立ってるねぇ」

 

「ああ、どいつもこいつもまともな人間の面構えじゃねえぞ」

 

 

 キルアの言葉にレオリオが高級スーツの襟元を緩め、周囲を警戒するように見回す。

 その隣では、ゴンが目を輝かせながら拳をぐっと握りしめていた。

 

 

「この人達もオレたちみたいに声をかけられた、ってことだよね」

 

「ああ、こりゃあやっぱ、かかったサカナはデカいと見て良さそうだ」

 

 

 彼らは昼間、市場の片隅で腕相撲による条件競売を行い、圧倒的な力を見せつけていた。

 もちろんそれは目標となる『グリードアイランド』を落札する資金稼ぎのための、第一段階にほかならない。

 レオリオの思惑通り、その実力を見込んだマフィアのスカウトに誘われ、彼らは巨額の資金調達のチャンスとしてこの場に足を運んだのだ。

 

 やがて会場の壁に掛けられた大型のデジタル時計が、17:00を告げた。

 途端に、リングを照らすスポットライトの光量が跳ね上がる。

 スピーカーからキィィンと鋭いハウリング音が響き、騒がしかった場内が水を打ったように静まり返った。

 

 リングの上に現れたのは、一人の奇妙な人物だった。

 筋骨隆々とした肉体に黒いスポーティなビキニの水着。おどろおどろしいメイクを施した端正な顔立ち。

 しかしその喉仏の高さと、低く響く地声、意図的に残されたのだろうヒゲの剃り痕、何より股間の膨らみは紛れもなく男性のもの。

 いわゆるシーメール、あるいはドラァグクイーンの男はマイクを握り、芝居がかった大げさな身振りで声を張り上げた。

 

 

「さて、皆様ようこそいらっしゃいました!

 それでは早速条件競売を始めさせていただきます!!」

 

 

 男の、どこか狂気を孕んだ艶やかな声が地下室の壁に反響する。

 参加者たちの視線が、一斉にリング上へと釘付けになった。

 

 

「今回の競売条件はァ……かくれんぼ!! でございます!!」

 

「かくれんぼォ……?」

 

 

 レオリオが素っ頓狂な声を出すのと同時に、一様に黒いアイマスクを着用した不気味な女性職員たちが現れた。

 彼女たちは手際よく、群がる参加者たちへ向けて一斉に何かの用紙を配り始める。

 手を伸ばしたゴンの元にも、女性職員はにこやかにその紙を手渡してくれた。

 

 

「それでは皆様、お手元のプリントをごらん下さい!!

 そこに映った7名の男女が今回の標的でございます!!」

 

 

 ゴン、キルア、レオリオの三人が、同時にその紙を覗き込む。

 用紙にプリントされているのは、引き伸ばされたと思わしき顔写真。七人分。

 どこか暗い場所でトランプにでも興じているところを撮影したのか、目線が此方に向いているものはない。

 

 巨大な体躯に野獣のような風貌の男。

 着物姿で刀を携えた髭面の男。

 金髪で無邪気な笑顔を浮かべる優男。

 外套の襟を立てて冷酷な目をした小男。

 ツンとした表情で誰かを睨んでいる桃色髪の娘。

 最初の男に比べれば見劣りするが、やはり厳つい傷顔の男。

 そして眼鏡をかけた、一見大人しそうな小柄な少女──……。

 

 

「おい、このコ確か……!」

 

「うん! 腕相撲に来てた人だ」

 

「落札条件は標的を捕獲し、我々に引き渡すこと!!

 そうすれば標的一名につき……20億ジェニーの小切手と交換させていただきます!!」

 

「ひとり20億──ッ!?」

 

 

 キルアですら驚きのあまり声を上げたが、それは周囲にいる参加者たちも同様だった。

 どよめきは歓声に変わり、威勢の良いウオーッという怒号が会場内に響き渡る。

 

 ゴンもまた興奮を隠しきれず、指折り数えて頭の中で計算する。

 

 

「七人全員捕まえたら……120億!」

 

「140億だ」

 

 

 レオリオの呆れた突っ込みも、どうやらゴンの耳には届いていないらしい。

 その破格の賞金に頬を紅潮させ、やる気をみなぎらせている。

 

 

「期限はございません! 標的の生死も問いません!!

 もちろん捕獲方法その他すべて自由でございます!!

 捕え次第、下記の番号まで連絡下さい!!」

 

 

 会場の男たちの殺気と欲望が、20億という数字によって限界まで膨れ上がっていくのが肌でわかった。

 

 

「ただし参加費用として、お一人様500万ジェニーいただきます。

 参加されない方はお帰りの際、係の者に写真をご返却下さい!!」

 

 

 20億ジェニー、最大140億ジェニーに比べれば、500万ジェニーなど端金も同然だ。

 集まった腕自慢の──それも即金で500万をポンと出せる──男たちは、次々と受付に走っていく。

 

 

「おう、そうだ、これから写真をFAXする!」

 

「ネットで情報集めろ!」

 

「有力なネタには賞金出すって言っておけ!!」

 

 

 携帯電話を手に怒鳴る参加者たちを横目に、レオリオは頭の中で策を練りながら仲間に尋ねた。

 わかりきった答えを聞くのも、たまには良いものだ。

 

 

「どうする?」

 

「決まってるよ、オレたちも参加しよう! この人達捕まえて、一攫千金だ!」

 

「……ホントに良いのか?」

 

 

 唯一冷めた声を上げて顔を顰めたのは、キルアだ。

 そのわざとらしい表情に、ゴンは笑った。

 

 

「どうしたのォ? キルアまで弱気になっちゃって。此処まできて、後戻りできないよ!」

 

「フン、言うと思ったぜ!」

 

 

 にやりと年相応の、やんちゃな少年らしい笑みがキルアの顔に浮かぶ。

 年下の、そして頼もしい友人たちの表情を見て、レオリオは「OKだ」と頷いた。

 

 

「乗りかかった船だ。500万ジェニー……いっちまえ!」

 

 

 ──と、札束を叩きつけて飛び出したは良いものの。

 

 今にも走り出しそうな勢いのゴンに対して、会場を後にしたキルアとレオリオの動きはどうものんびりとしたものだった。

 二人はぶらぶらと近くのベンチに腰を降ろして、ヨークシンのビル街に夕日が落とす黒々とした影を眺める始末。

 

 

「ねェ、もう! どうしちゃったの、二人とも? 早く探しに行こうよ!」

 

 

 じれったさを隠しもしないゴンが二人の前に立ちはだかる。

 そんな親友を見上げ、キルアは呆れたように息を吐いた。

 

 

「お前さっきの競売、なんか変だと思わなかったか?」

 

「え? 変って……なにが?」

 

 

 案の定、きょとんとした顔で首を傾げるゴン。

 

 

「……やっぱわかってなかったか」

 

「だと思ったよ」

 

「え?」

 

 

 レオリオとキルアが、互いに顔を見合わせて苦笑する。

 わけがわからないよという顔のゴンに、キルアは配られたプリントを指先で軽く叩きながら、順を追って説明し始めた。

 

 

「いいか? 競売ってのは、モノを競るもんだろ?

 商品が小切手なんて、どう考えたって変だ」

 

「……そういえば、そうだね……」

 

「それに競売の会場にどうしてリングがあるんだ?

 本当ならあのリングを使って俺達みたいに条件競売をやるか、お気楽な試合かなんかやる予定だったんじゃないか?」

 

「……そうなの?」

 

 

 ゴンの問いに、「たぶんな」と今度はレオリオが重々しく頷いた。

 

 

「ところが、予定を変更してでもこいつらを探し出す必要が生じた……」

 

「でも、マフィアの連中じゃ手に負えない」

 

 

 キルアがレオリオの言葉を引き継ぐ。

 

 

「そこで競売の体裁を取り繕って、兵隊かき集めて賞金首を探し始めたってわけさ。

 連中、どんなに時間と金をかけてでもこいつらを捕まえたいんだ」

 

「どうして……?」

 

「そこまではわかんねえ」

 

「だが、推測はつくぜ」

 

 

 レオリオが眼鏡の奥の目を鋭く光らせ、不敵に口の端を上げた。

 

 

「マフィアがこれだけやっきになってること。

 それにさっきの競売だかイベントが、予定通り開催できなかったこと。

 そんでターゲットにはゴン並の馬鹿力を持った女の子。

 ……この三つから、考えられる答えはただ一つ。

 

 

 レオリオは一拍置き、確信を込めて言い切った。

 

 

「地下競売の品が、こいつらに盗まれた」

 

「マフィアのお宝盗み出すなんて、コイツら変なクスリでもやってるのか?」

 

 

 キルアが肩を竦めて呆れたようにつぶやく。しかし、レオリオの表情は真剣そのものだった。

 

 

「だが、そんなイカれた連中に俺達は心当たりがある」

 

 

 その言葉に、ゴンの脳裏に一つの名前が電撃のように閃いた。

 

 

「つまり幻影旅団……ってコト!?」

 

「御名答」

 

 

 レオリオが静かに頷いた。

 ゴンは「わァ……」と手元のプリントに目を落とし、そこに並ぶ七人をじっと見つめた。

 

 昨日の腕相撲。友達といっしょに遊びに来たみたいな雰囲気の、のんびりとした眼鏡の女の子。

 クラピカの家族の目を抉り出して売り払った盗賊団とは、どうしても結びつかない。

 

 

「この人達が……幻影旅団……」

 

「一人20億ってのは伊達じゃないってことだ」

 

 

 キルアの言葉は、無意識に自分の家族の賞金額と比較しているような口ぶりだった。

 つまり世界最高の暗殺者一族と、比較対象になりうる存在。

 ゴンは自分の中に湧き上がってくる気持ちが、恐怖なのか緊張なのか、興奮なのか、よくわからなかった。

 だけど──……。

 

 

(たぶん……怖くは、ない)

 

 

 どきどきして、びりびりして、わくわくする。

 不思議な高揚感に、思わず拳を握りしめた。

 既に陽は沈み、周囲は夜の帷に沈んでいる。

 ゴンの意識を釣り上げたのは、レオリオの一言だった。

 

 

「ゴン、今すぐクラピカに連絡してやれ。幻影旅団の尻尾を掴んだってな!」

 

「うん、そうだね……!」

 

 

 ゴンは胸ポケットからカブトムシ型の携帯端末──ビートル07を取り出した。

 まだ使い慣れないボタンの配置に少し手惑いながらも、キルアに横から画面を覗き込んでもらって操作を教わり、電話帳を開く。

 液晶画面に表示された、待ち望んだ友人のアドレス。

 ゴンは迷わず発信ボタンを押し、端末を耳に当てた。

 

 数回のコール音。そして。

 

 

()()()()()()()()()()()!?」

 

 

 電話の向こうからは数カ月ぶりにきく、懐かしい友達の声。

 

 

 

 * * *

 

 

 

(今のは……ゴンにレオリオ、キルアか。来てくれたんだな)

 

 

 熱気冷めやらぬ格闘会場、未だ情報収集に勤しむ()()()()()たち。

 その間に埋もれるようにして、俺は確かめたかった事を確かめられて、ほっと息を吐く。

 もちろん、俺があの三人を呼んだわけじゃあない。

 ()()()()に来てくれた……そういう意味だ。

 少なくとも……俺がいなくなった後、そして俺の予測がつかない事態が起こった時、ネオンの力になってくれる人がいる。

 レオリオとネオンは面識がないが、それでもネオンを見捨てるような奴じゃあないことは俺は知っている。

 原作で……という話じゃあない。ハンター試験を通して知り合った、俺の友人の一人だからだ。

 

 約束の相手にも会えたし、依頼品を受け取り、さらに次の打ち合わせも滞り無く終わった。

 そこから大急ぎで此方の会場に向かって、どうにか時間ギリギリ。

 状況が滞り無く進んでいる事に加え、ゴンたちの姿も確認できたのは幸運だった。

 安心材料というものは、いくら積み上げたって良いのだから。

 

 消費したのは俺の気苦労と預金残高。これは問題ない。

 あとは時間だ。これが最も重要。

 だが今のところ……レディに異変はない。なら、ネオンも無事。護衛団の皆も。

 焦らずに、一段ずつ。

 

 ネオンをなだめて出かけるのには一苦労だったが、その後の首尾は上々だ。

 俺が出かけると言った時は、そりゃあもう、ぷんすこ拗ねて、えらい有様だった。

 必死になって説得するうちに「ふん」が「ふぅん」になり、ちらちらこっちを見始めて。

 最終的には「……しかたないなあ!」と、半笑いで応じてくれたのには感謝しかない。

 左眼に熱が感じられないのは……もしかしたら気を使ってくれているのだろうか。

 それも今は、とてもありがたい。

 

 

 ──よし。

 

 

 この会場は元々、オークションに彩りを添える興行のために用意されたものだ。

 ヨークシンのマフィア、ギャングとボクシングは切っても切り離せない関係にある。

 そこには巨額の金が動くし、単純に格闘試合を好むマフィアのドンやギャングスターも数多い。

 本当なら今夜、世界中から集まった富豪やマフィアの目の前で最高の試合が繰り広げられ、莫大な興行収入を叩き出すはずだった。

 それが今や見る影もなく、ただの即席の賞金首ハントの説明会場に成り下がっている。

 

 まったく、幻影旅団というのはつくづく迷惑極まりないと……本気で思う。

 

 空っぽのリングをしばらく見つめた後、俺は人混みの奥へと視線を向けた。

 周囲の参加者たちが携帯の対応で浮き足立っている隙に、音もなく会場の喧騒をくぐり抜ける。

 コンクリートの暗い廊下を抜け、一般客の立ち入りが制限されているバックステージへ。

 

 護衛なんかいらないだろうに一応控えている黒服が、俺の顔を見て制止の声をかけようとする。

 だが、次の瞬間には俺の手にある小さなカードを見て押し黙った。

 天下御免のハンターライセンス。

 まったく、持っていると便利なことこの上ない──……。

 

 

 ──あんまり活用したことないけど。

 

 

 俺の本分はハンターではなくネオンの護衛で、その点で言えばシャルナークをどうこう言えた義理ではない。

 ヒソカは……当人の認識はどうあれ、実態は間違いなくブラックリストハンターだからなぁ。

 趣味と実益と社会貢献を兼ね備えた良い職業選択じゃあないかと思う。

 少し苦笑しながら、ひんやりとした空気が漂う通路を進んでいく。

 

 通路の壁にはかつてこのライブハウスでステージに立った人々のサインが、まるで壁画のように残されていた。

 実際まあ、壁画……英雄たちの名が刻まれた叙事詩か何か、綺羅星のように輝かしい名前。

 知っている人、聞いたことがある人、知らない人、好きな曲を歌った人、知らない曲を歌った人……数々のスターたち。

 その名前ひとつひとつを、何となしに手で触れ、通り過ぎながら撫でていく。

 偉大なロックスターやミュージシャン、彼らのオーラの残り香が、少しでも力を貸してくれる事を願う。

 験担ぎ以上のものではないけれど、どんなささやかな助けだって、あって困る事はない。

 

 

 ──大丈夫の……はずだ。

 

 

 俺がネオンの傍を離れて行動していること。ここにいること。そこに不自然さは無い。

 幻影旅団に勘付かれるような部分は無いし、気づかれたとしてもその意図までは読めまい。

 そう信じて、俺は進む。

 

 やがて辿り着いた控室。

 ネクタイを締め直し、襟袖をびしりと正す。

 俺は極めて礼儀正しく、しかし明確な意思を込めて、その扉をノックした。

 中から返ってきた「どうぞ」の声に、ゆっくりとドアを押し開ける。

 声が震えない事を、祈ろう。

 

 

「……初めまして。突然の非礼をお許しください──……」

 

 

 俺はスーツの胸元に手を当て、丁寧に一礼する。

 さらにもう一段──確かなものを積み上げるために。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ヨークシンシティの中心部に位置する、大理石とガラスで彩られた最高級ホテルの最上階。

 世界各国のVIPや大富豪が優雅なひとときを過ごすはずのそのスイートルームは、いまや暴風雨が吹き荒れたかのような有様だった。

 

 バキバキに叩き割られたマホガニーの重厚なデスク。

 引きちぎられて中身の綿が四散した高級ソファ。

 ひっくり返された上に砲弾にでも貫かれたような有様のベッド。

 もし此処に誰か隠れていたとしても、とっくに挽肉にされただろう惨劇。

 

 そしてそれらすべての破壊の中心に、巨岩のような体躯を震わせる一人の男が立っていた。

 

 

「──チッ!! どこに行きやがったクソアマがァッ!!」

 

 

 ウボォーギンが壁を殴りつけると、それだけで鉄筋コンクリートの壁にクモの巣状の亀裂が走り、天井からパラパラと白い粉塵が舞い落ちた。

 

 彼らが襲撃したノストラードファミリーの宿泊先。

 1箇所目が空振り。まあ良い。

 2個所目も空振り。そういう事もあるだろう。

 3個所目。もぬけの殻。

 

 ウボォーギンはキレた。

 

 

「うーん、ここの客室係は優秀だなぁ。どーせ泊まるならこういうホテルに泊まりたいよね。

 ウボー、これ以上建物を壊すとマフィアじゃなくて警察の特殊部隊が来ちゃうよー?」

 

 

 クローゼットの中身は綺麗に引き払われ、洗面所の私物一つ残っていない。アメニティだけが綺麗に整えられていた。

 それどころか部屋の空気からは数時間前まで人間が生活していた名残が、故意に換気されたかのように綺麗に消し去られていた。

 ドア枠に背を預けて携帯電話の画面を見つめたまま、シャルナークが苦笑する。

 その言葉に、ウボォーギンは血走った眼を向け、獣のように歯を剥き出しにした。

 

 

「シャルナーク! テメエ、ハンターサイトの情報は確実だって言ったよなァ!?

 なのに何で誰もいねえんだ!!」

 

「情報は間違ってないよ。

 フロントの人だってここに泊まってるって白状したじゃない。

 ポリオ警備の……ダルツォルネだったかな、そいつ名義での宿泊記録はちゃんとあった。

 チェックアウトの手続きだってされてない。データ上はまだ此処に滞在中。

 ……つまり、連中は大急ぎで逃げたってこと」

 

「ああん!? じゃあ、つまり……アレか!?

 予知能力だか占いだか知らねえが、オレたちが来るのがわかってたってことか!?」

 

「というより、ウボーが暴れ過ぎたかなあ……。

 マフィアのお嬢様がウッキウキでヨークシンのオークションに遊びにきました。

 そしたらゴリラみたいな大男が会場を襲った後、兵隊をバラバラにして大笑いしてます。

 おまけに何か知らないけど関係者の泊まってるホテルに凸って回ってます。

 ここで問題です。普通ならどうしますか? はいウボーさん早かった!」

 

「クソがよ!!」

 

 

 ウボォーギンはボサボサの頭を乱暴にむしりながら、忌々しげに吐き捨てた。

 シャルナークがけたけたと笑う。

 だが、ウボォーギンの脳裏には苛立ちだけでなく、冷たい疑問がふと過ぎる。

 

 

(──だけど、本当にそれだけか?)

 

 

 競売会場の襲撃。空っぽの金庫。

 皆殺しにした追手の兵隊。現れない陰獣。

 あっさり掴めた情報。誰もいないホテル。

 

 何もかも上手くいっているはずなのに、決定的な所だけが上手くいっていない。

 

 もしこれが人為的な……誰かの仕業だというのなら、あまりに手際が良すぎる。

 まるで自分たちが()()()()()を始めてこの場所にたどり着くことすら、あらかじめ計算に入っていたかのような手際の良さ。

 凄腕の占い師の仕業? というより、これは……まるで、そう。

 

 

()()()()()()()()みてえに、薄っきみ悪ィぜ……)

 

 

 真っ向勝負での殺し合いなら、世界中のどんな軍隊が相手だろうと遅れを取る気はしない。

 だが、この異様な不気味さに、はたしてウボォーギンの得意とする暴力は通じるのだろうか。

 

 

「まあまあ、ウボー。例のお嬢様は筋金入りの人体コレクターだって話だよ。

 オークションに参加せずお家に帰るなんてことは──…………おっと」

 

 

 その時シャルナークの携帯電話から、電子音が小気味よく鳴り響いた。

 ウボーの殺気混じりの視線を受けながら、シャルナークは受信ボタンを押す。

 

 

「はいはい、もしもーし?」

 

『──シャルナーク、ウボー。そっちはどうだ?』

 

 

 スピーカーから聞こえてきたのは、どこかつまらなそうなノブナガの声だった。

 背後からは、マチが衣服を整えるような衣擦れの音も聞こえる。

 二人してヨークシンで遊んできたのか、一暴れしたのか。どっちにしたって大差は無いけれど。

 

 

「それがさ、すっかり空振り。

 お目当ての占い師のお嬢様は、ノストラードの護衛団ごと尻尾巻いて逃げちゃったよ。

 おかげでウボーが大荒れで大変。そっちは?」

 

『こっちも大した収穫はねえな。

 だが、さっきマチが面白いものを見つけてよ』

 

「面白いもの?」

 

 

 シャルナークが片眉を上げる。

 

 

『ああ。こそこそ嗅ぎ回ってたバカをとっちめたら、何持ってたと思う?

 聞いて驚くなよ? ──ダウトやってるオレたちの写真さ。

 マフィアンコミュニティーの連中が俺達に賞金かけたのよ。

 生死問わず、一人につき20億ジェニーだってよ』

 

「へぇ……!

 20億かぁ、オレたちの手配書にしては、ちょっと安いんじゃない?」

 

 

 シャルナークは無邪気に笑ったが、その裏では思考が目まぐるしく動いている

 写真がバラまかれている。ということは撮影したヤツがいるということだ。

 昨夜のウボォーギンの大暴れから生き残ったのか、あるいは──……。

 

 

(……最初から見ていた)

 

 

 やっぱり団長と自分の予測は正しかった、ということだろう。

 見せ札としてウボォーギンしか提示しなかったのは、やはり大きい。

 そりゃあ箱入り娘を抱えてノストラード組も大急ぎで逃げ出すわけだ。

 ゴリラが目の前にいるなら誰だってそうする。

 

 

(ま、関係ないけどね)

 

 

 その程度で蜘蛛から逃げれると思っているなら、やっぱり可愛らしいお嬢様だ。

 可哀想なくらいに頭の中身が空っぽに違いない。

 

 

「……で、それだけ?」

 

『そこにいる自認"蜘蛛イチ時間に几帳面な男"に時計見ろって言っとけ。

 そろそろアジトに引き上げるぜ。さっき新しい動きもあったからな』

 

「新しい動き?」

 

 

 ノブナガから電話をかわったのか、今度は携帯の向こうから、マチの低く冷ややかな声。

 

 

『十老頭から公式の声明が出たみたい。

 地下競売(アンダーグラウンドオークション)は、明日、9月3日の夜に再開するってさ。

 盗まれた品物はすべてコミュニティの最高戦力が回収した、って名目でね』

 

「なるほどね! あはは、さすがは十老頭だ。

 面子を保つためには、オレたちがまだ捕まってないってのに、予定通りオークションを強行するわけだ」

 

 

 シャルナークは納得したようにポンと手を打った。

 十中八九、こっちを誘き出す罠。

 だがオークションを再開するなら、ブツがなければ始まらない。

 なら明日の夜、再びセメタリービルに世界中の宝が集まる。

 どこかに移送され隠されていた競売品が戻ってくるはず。

 ならば、蜘蛛がやるべきことはただ一つ。

 もう一度、今度こそ、それを根こそぎ奪い去るだけだ。

 そのお宝の中に、占い師気取りの小娘が一人増えるだけの話──……。

 

 

『そういうこと。ウボー、聞こえてる?

 ネズミ捕りは一旦お預けだよ。明日は大仕事になる。さっさとアジトに戻りな』

 

「──ケッ!」

 

 

 ウボォーギンはシャルナークがこれみよがしに向けてくる携帯電話に対し、まるでそこに小さな悪友が立っているかのように激しく鼻を鳴らした。

 しかしその顔に浮かんでいた苛立ちは、いつの間にか、獰猛な笑顔へと変わっている

 

 

「上等だ……!

 明日が本番ってなら、十老頭の自慢の実行部隊だか最強の武闘派だかいう陰獣って奴らも出てくるんだな!?」

 

『たぶんね。知らないけど』

 

「クククッ、盛り上がってきたぜ! そう来なくっちゃなぁ!!」

 

 

 ウボォーギンは猛烈な勢いで拳を振り回し、その凄まじい衝撃波で室内のガラス破片を吹き飛ばした。

 もぬけの殻となったホテル。ノストラードの占い師。行動を先読みされているかのような違和感。

 そんなことなど、もうどうでもよくなった。

 明日、すべてを正面から叩き潰してしまえば、それで解決だ。

 

 

「よぉーし! シャルナーク! 帰るぞ! ついでだ、景気づけに酒でもギッて帰ろうぜ!」

 

「はいはい。二日酔いなんて洒落にならないし、軽めのビールにしときなよ。

 じゃあノブナガ、マチ、オレたちも今から戻るから」

 

 

 シャルナークは通話を切ると携帯電話をポケットに放り込み、軽やかな足取りで歩き出した。

 その背後をウボォーギンの巨躯が追い、ずかずかとシャルナークを追い抜いて去っていく。

 

 

 割れた窓ガラスの向こう側。

 夕闇がヨークシンの摩天楼を完全に包み込み、街は人工の光で再びぎらぎらと輝き始めていた。

 

 

 運命の9月3日に向けて……今日、この日をあえて呼ぶなら、一言だろう。

 

 

 ────嵐の前の、静けさ。

 




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総合評価:6026/評価:8.65/連載:5話/更新日時:2026年05月14日(木) 19:00 小説情報


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