地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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47.9月3日 ①

 ──ヨークシンシティのショッピングモール、フードコート。

 

 夜の喧騒が嘘のように穏やかな陽光が降り注ぐ中、街は今日もドリームオークションに沸き立っていた。

 

 行き交う多国籍な観光客や買い物客、物見遊山の見物人、そういった相手を目当てに適当な商売に励む者。まさしくヨークシンという都市を象徴するような雑多な賑わいの中に、その二人組は完全に溶け込んでいた。

 

 男はどこにでもいるような、くたびれたTシャツにジーンズ姿。長髪を無造作に流し、だらしなく椅子に座っている。

 女はぼさぼさの髪を整えもせず、スタジャンを着込んでテーブルに突っ伏し、気怠げな様子でショーウィンドウの洋服を眺めていた。

 いかにもヨークシンの休日に街に繰り出して遊ぶ、カネの無い若いカップルといった二人組。

 

 彼らが幻影旅団の構成員、ノブナガとマチだという事を知る者は──……この賑わいの中に、どれほどいるだろうか。

 

 

「……平和だねェ」

 

「それぶっ壊すのがアタシたちだけどね」

 

 

 彼らが追っているのは、言うまでもなく一人の少女……ネオン=ノストラードだった。

 

 と言っても昨夜のように手当たり次第というわけではない。

 そもそも本番は今夜の競売会場襲撃であり、今は時間潰しの真っ最中でしかない。

 思い思いに過ごす幻影旅団の面々の中で、なぜ二人が今日もまた()()()()()に繰り出しているのかといえば、理由は三つ。

 

 一つ、団長からは襲撃まで普段通りに好きにヨークシンで過ごせという指示が出ていること。

 何せ昨日の時点で既にマフィア側が此方に懸賞金をかけているのが判明しているし、向こうも今夜のオークション会場襲撃が本番だという事は理解しているだろう。

 とすれば懸賞金についてはあくまで牽制に過ぎず、本命ではない――である以上、それに反応して慌てて対策したり引きこもったりするのも馬鹿馬鹿しい。それくらいなら普段通りに過ごして、何か向こうからちょっかいがあったら構ってやれば良い。

 マフィア側同様、こっちも同じように牽制を仕掛けてやるというわけだ。

 

 二つ、マチとノブナガの二人にとって「懸賞金をかけられたから黙って引きこもっている」というビビったとしか考えられない行動は我慢ならない、ということ。

 極めて感情的でどうしようもない理由ではあるが、流星街でアジトに逃げ込んで引きこもるのは本当に進退極まった状況でのみ取り得る行動であって、単に追手がかかっただの何だのでいちいち反応していたらキリがないのである。

 狙い狙われるのが当たり前。相手がちょこちょここっちに対してちょっかい出してきた程度で慎重になっていては、とても生きていけないのが流星街である。

 もともとインドア派のシズクなど数名を除いて、流星街出身の幻影旅団員にとっては大なり小なり共通する価値観である。

 

 三つ、ネズミの情報が手に入った。何よりもこれが大きい。

 ハンターサイトへ何者かによってアップロードされた、一枚の隠し撮り写真。

 そこに写っていたのは今どきの少女らしいファッションを身に纏い、無邪気に買い物に興じる、水色の髪の少女と桃色の髪の少女。

 表情の違い以外は瓜二つ。まさに双子の姉妹である。

「どっちだ?」とウボーが唸り、「水色の髪の方だね」と答えたシャルナークがサクサクと追加で調べてまわり、ヒットしたのがカードの利用明細。

 どうもお嬢様は人体標本以外に高級ブランドのファッションだコスメだにもご執心らしく、出るわ出るわ、山のような買い物履歴。

 ゲームショップで『セーラ大作戦3』を買った記録だけが妙に浮いていて、フェイタンが「マデファンに悪い子いないね、ワタシわかるよ」と妙な理論を振りかざしていたが、まあいざ拷問するとなったら手は抜かないだろうし、他人の趣味を見てみぬ振りをするだけの情が幻影旅団の蜘蛛たちにも存在した。

 

 向こうがどのホテルに引きこもっているかはわからなくとも、お嬢様が引きこもっている事に耐えられるとも思えない。

 となれば、飛び出して()()()()に興じるのではないか――というのはまあ、希望的かつ楽観的、相手の()()()()()()()()()度合いにもよるけれど、調べた限りの行動パターンからしてありえない話ではないだろう。

 

 ならこうしていくつかのショッピングモールにヤマを張り、探すのは……夜までの時間潰しにうってつけの余興、前座だといえた。

 

 

「……チッ、苛つくぜ」

 

「買い物に来ない事が? 買い物してる事が?」

 

「どっちもだ」

 

 

 ノブナガが極めて自然な恋人同士の距離感を装い、マチに顔を寄せながら低く呟いた。

 マチは猫めいた瞳を僅かに細め、周囲への目線を切らないままに応じる。

 

 

「マフィアの箱入り娘なんて、そんなもんでしょ。

 周囲を振り回してワガママ放題、お金を湯水の如く使って楽しくショッピング。

 危険になったら大慌てで周りがフォローして、きっちりガードする」

 

「見てきたように言うじゃねえか」

 

「見てきたっていうか……読んだ?

 昔、シーラが持ってた……なんていったっけ、ほら、あれ。あの本。

 ディ……ダイの……」

 

「大冒険?」

 

「違う。

 けど、それに出てきたお嬢様がそんな感じだった」

 

 

 どんな内容だったか、まるで覚えていない冒険小説。

 マチは懐かしい友人の事を思い出して、今頃、彼女がどうしているだろうかと考えた。

 サラサの死がなければ、今でもあの幼馴染とは仲良く過ごしていただろうか。

 今も一緒にいただろうか。

 

 

 ──たぶん、無理だな。

 

 

 シーラの事だ。

 ハンターになると言って、劇団から離れて一人で飛び出していく姿が想像できる。

 今でも危なっかしく上の空で歩いて、あっちこっち転んだりぶつかったりしているんだろうか。

 それを考えると、ちょっとだけ楽しかった。

 

 

「ケッ、クロロも『探して見つけて誘拐しろ』だなんて、しゃらくせえこと言いやがるぜ。

 オークション会場襲った時に見つけ次第ぶちのめして連れて帰ればいいだろ」

 

 

 ノブナガの毒づく声に、ふとマチの思考が現在に戻ってくる。

 どうにもここ最近、ちょっと感傷的になっていけない。

 スナカ国で古い知り合い……ハリに遭遇してしまったせいだろうか。

 事件に巻き込まれていたようだけれど、まあ、最終的に元気そうだったし、それで良い。

 マチは意識を切り替えた。

 

 

「だから、それだと巻き込まれて死にかねないじゃない。

 お嬢様は生かしたまま捕まえるの。団長は能力を欲しがってるんだから」

 

「殺さねえ程度に軽く撫でてやりゃあ良いだけのこったろうが」

 

「カタナで?」

 

「ミネウチっつーのがあるんだよ」

 

「金属の塊で? 意味ないよ。せめてタケノコだよね」

 

「竹光!」

 

 

 なんとも緊張感のないやりとりだが、それも当然のこと。

 実際、緊張する必要など何処にもないのだ。

 

 マフィアに懸賞金をかけられたことなど、彼ら彼女ら、幻影旅団にとって何の意味もない。

 

 お嬢様探しだって、別に本気ではない。クロロも含めて、そこまでの重要度ではない。

 地下競売が始まるまであと数時間。

 こんなのは本番前のリラックス時間で、緊張の糸を上手く保つために出された指示に過ぎない。

 

 

(──ようは暇潰しだよな)

 

 

 もし1日──ほとんど2日未明か──の大暴れで誰か死んでたらこうはならなかったろうな、とノブナガは思う。

 その仇を探せと言われたら、こんな呑気にはしてられない。

 殺すか生け捕りかなんて方針でぶつかって、マチと揉めたかもしれない。

 まあ地下競売会場にこっちに対抗できるような奴はいなかったし、ウボォーギンを真正面から殺せるような奴はまずいない。陰獣とやらが何処までやれるか知らないが、ありえない事を考える意味も無いので、ふと過ったそんな考えをノブナガはくしゃくしゃにして放り捨てた。

 放り捨てるついでに、いい加減ここでダラダラするのにも飽きてきた。

 それより、もう少し面白い事をしたい。

 

 

「うおおお、入ってるぜ、マジマジ!!」

 

「ねェ、行こ行こ、もう行こっ!」

 

 

 後ろのカップルがきゃあきゃあ騒いで立ち上がるのに合わせて、ノブナガも席を立った。無言でマチもそれに続く。

 そのまま、二人はぶらぶらと昼下がりのヨークシンに繰り出した。

 だらだらと何をするでもなく大通りを散策し、露店まがいの競売を冷やかし、広場を抜け、小路に入る。

 

 ヨークシンほどの大都市でも……あるいは大都市だからこそか、通り一つ、区画一つ越えるだけで雰囲気がガラッと変わる。

 

 観光客やお上品な方々のために取り繕っていた化けの皮が一気に剥げて、格差と犯罪の蠢く寂れた町並み。

 ほとんどスラム街まがいのそこに蠢くのは淀んだ臭いと剣呑な、突き刺すような空気。

 それは比べれば春のそよ風のように穏やかなものだったけれど、どこか故郷に似ていて、ノブナガは嫌いじゃなかった。

 

 

「……それよりノブナガ」

 

 

 マチが歩調を変えずに、低く囁いた。

 

 

「尾けられてる?」

 

「おそらく……としか言えねェがな」

 

 

 ノブナガはマチの方に目も向けず、自然体のリラックスした歩調のまま同意を示した。

 ショッピングモールから感じていた気配。なかなかに面白いじゃないかと、彼は笑った。

 お嬢様を探すよりかはよっぽど俺向きだ。

 

 

「たいした奴らだ。シッポをつかませねェ。

 昨日のヤツやさっきのカップルとはまるで違うな。

 カンペキな(ゼツ)だ」

 

「……かなりの使い手だね」

 

「なら、しばらく引っ張り回してやるか……」

 

「意外。ここでバラすとか言い出すかと思った」

 

「お前、オレを何だと思ってんだ?」

 

「射程半径4メートル」

 

「……」

 

「そこはせめて何か言い返しなよ」

 

 

 ノブナガとマチは、わざと気づかない振りをしながら、さらに人通りの少ない路地へと誘い込むように歩を進めた。

 と言っても、此方が気づいている事には向こうだってもう気づいているだろう。

 ただせっかくのお遊びなのだ。いきなり本気を出して逃げ回ったりキレちらかすのは、格好が悪い。

 

 そうして辿り着いた、廃墟の中央。

 周囲を廃ビルに囲まれた……かつては公園だったか、広場だったか。

 今や崩れかけた石畳の隙間から草木が生え茂り、所有者が人間から植物に移り変わった事を主張している。

 

 二人は、まるで誰かと待ち合わせでもするかのようにぼんやり立ち尽くした。

 

 だが──……何も起こらない。

 

 

「……誘いに乗ってこないね」

 

「陰獣だったりしてな」

 

「なんで?」

 

 

 唐突にノブナガが言った脈絡のない言葉に、じろりとマチは目線を向けた。

 無駄に自信たっぷりに、ノブナガは持論を展開し始める。

 

 

「こいつらは複数、それも念能力者だ。少なくとも(ゼツ)に関しちゃ腕っこき。

 陰獣だと思うのが普通じゃねえか?」

 

「根拠は?」

 

「おそらく、マフィア側についてる念能力者なわけだろ。

 で、こいつらは今オレたちに手を出してこねえ。

 一昨日の襲撃の時にも、手を出してこなかった。

 行動パターンが同じ。たぶん陰獣だ。はい論破」

 

「おそらくとかたぶんとか多くない?」

 

「うるせェな」

 

「なんか穴がボコボコの理論だけど」

 

 

 矛盾だらけにも程がある。

 片っ端から突っ込みと揺さぶりをかけてみると、ノブナガは舌打ちをした。

 こいつは弁護士になれそうにないなと、マチは思う。

 

 

「じゃ、おめェはどう思うんだよ?」

 

「んー……そうだねェ。

 ……この追跡者もノストラードファミリーと関わりがあったりしてね」

 

「勘かよ」

 

「勘だよ」

 

「……ったくよォ、ひらめきだけの人間に理論がどーたら言われたくねェな。

 それくらいならまだ『旅団絶対ぶっ殺すマン』が突っ込んできてるとかのが可愛げがあるぜ」

 

「なにそれ」

 

「たぶん私怨だ」

 

「たぶんて。いやまあ、いてもおかしくないけどさ、そーいうヤツ……」

 

 

 別に恨みを買ってない自覚はないけれど、わざわざそんな愉快なヤツの事を想像した事もない。

 奇妙なユーモアを覚えてマチが頬を緩めると、ノブナガがにやりと笑った。

 

 

「ウボーは大喜びしそうだよな……って思ってよ」

 

「あとヒソカも」

 

「……あいつ喜ぶとこあんま見たくねェなァ」

 

「同感」

 

 

 マチはいつだかの天空闘技場での食事の誘いだとかを思い出して、顔を顰めた。

 顔は美形だし、なんだかんだ律儀なとこはあって金払いも悪くないから嫌いではないが、感情表現がネチャネチャしててイヤなのだ。

 嫌いじゃないこととイヤだっていうのは両立できる感情である。

 あいつと仲良くできる奴は相当度量が広いか、似たような変態の類ではあるまいか。

 なんで団長が入団を許可したんだとかノブナガはぶちぶち言うけれど、そりゃあ団長の器がメチャクチャ大きいからだろう。

 いやまあ、確かに眺めてる分には大変愉快で面白い男だとは思うのだが……。

 

 

(というか殺人ピエロとかいうキャラが立ってるせいかも……)

 

 

 ──ピルルリー ルラリラリラー♪ 

 

 

 と、不意にノブナガのポケットから、軽薄な電子音が流れた。

 マチが「なにその着メロ」という目を向けるのにも構わず、ノブナガは電話を取る。

 

 

「ノブナガだ」

 

『よォ、フィンクスだ』

 

「おう、何だ」

 

『どんな様子かと思ってな』

 

 

 電話の向こうから聞こえる友人の声は、ひどくニヤついた、愉快そうなものだった。

 

 

「今、尾行(つけ)られてんだけどよ、襲ってこねーんだ。

 なかなか位置がつかめねーし、長引きそーだ」

 

『それじゃ、いい情報教えようか?』

 

「? どーゆーことだ?」

 

『右側、四階の窓』

 

「────―あァ」

 

 

 銀髪の小僧と、目があった。

 

 

 

 * * *

 

 

 窓枠の影に身を潜めていたキルアは、一瞬にして全身の血が凍りつくような恐怖に襲われた。

 

 

(──バレた……!)

 

 

 階下の広場で携帯電話を耳に当てた髭面の男──ノブナガの視線が、此方を向いた。

 その瞬間、キルアは窓枠を蹴って部屋の奥へと跳躍していた。

 考えるより先に、暗殺者としての本能が最速の逃走ルートを弾き出す。

 ゴンに連絡しなきゃなどという思考は過ぎりもしない。そんな余裕もない。

 建物の構造は事前に頭に叩き込んである。生きようとする本能が肉体を突き動かす。

 裏手の非常階段から一気に路地へ抜け、雑踏に紛れれば──……。

 

 

「よォ、どこ行くんだよ小僧」

 

 

 いつの間にか、平然と、ビルの通路を塞ぐように立つ男。

 あまりにも無造作に現れたその影に、キルアは強制的に足を止めさせられる。

 

 場末のチンピラのようにジャージを着込んだ男が、退屈そうに()()()()()()()そこに立っていた。

 

 

(いつの間に……!?)

 

 

 完全に気配を消していた。階下の二人とは別に、最初からこの廃ビルに伏兵がいたということか。いや、電話の相手がこいつだったのか?

 逃げ道を塞がれたキルアの目が、鋭く細められる。

 瞬時に全身のオーラを練り上げ、意識を戦闘に切り替える。

 いや、戦闘する必要はない。一瞬の隙を作り、外へ抜ける──!

 

 キルアの身体が弾丸のように飛び出した。

 電光石火の踏み込みから、四方八方、床と壁と天井を縦横無尽に蹴って跳ね回る。

 だが──男の目が、脇をすり抜けようとしたキルアの方を見た。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 ガシッと。

 無造作に、足首を掴まれる。

 キルアは冷や汗を流しながら、すかさず左手に掴み取っていた砂利を男の顔面に叩きつける。

 無論これは目眩まし。本命は自由なもう片足からの蹴りだ。

 男は驚異的な動体視力で飛び散った礫の尽くを回避するが、此方の回避には間に合うまい。

 

 

(入る……!)

 

 

 だがその確信は、蹴り足に伝わる鈍い衝撃によって裏切られる。

 男はキルアの足を掴んでいるのとは反対、もう一方の空手でもって軽々と蹴りを防いだのだ。

 

 

(余裕で止めやがった! 左手一本で……!!)

 

 

 まったく、自信が無くなりそうでイヤになる。

 片っ端から回避してのけたアンドーも大概だったが、防がれるのも神経に来る。

 筋力がいくらあっても、ウエイトが絶望的に足りていない。

 

 

(だったら、筋力で重さを補う……!)

 

 

 両足を掴まれ半ば宙吊りにされた瞬間、すかさずキルアは爪を硬化させて床へと食い込ませた。

 そのまま腕の筋肉だけで強引に体を捻り、回転させる。暗殺格闘技、メイアルーア・ジ・コンパッソだ!

 

 

「──ヒョオッ♪」

 

 

 旋風の如き風切音と肉を引きちぎる音、そして男の口から漏れた感嘆の口笛が交差。

 一瞬の後、キルアは両足首から血を噴き出しながらも、男と距離を取って対峙する。

 問題は──……。

 

 

(ここから、どうする……!?)

 

「よぉ──ォ、フィンクス」

 

 

 答えは、背後の窓から来た。

 

 窓枠にのんびり手足をかけて乗り越えてくる、黒い長髪の男。

 つい数秒前まで外の広場にいた、尾行対象──……。

 

 

(ここ、四階だぞ……!)

 

 

 戦慄するキルアに構わず、長髪の男はにやにやと笑いながらフィンクス……ジャージの男へと声をかける。

 

 

「なんでオメェがここにいる?

 団長といっしょにお出かけじゃなかったのか?」

 

「団長は一人でぶらついて、今日のオレはフラれたパクとデートだよ。

 で、何か団長に腹立ったから八つ当たりでお前らの後を尾けまわしてた」

 

「かー……(ゼツ)の達人が多すぎるとは思ったんだよなァ。

 つーか、団長もパクももうちょっと何とかなんねえのかアレ」

 

「なんねえと思うぞ」

 

「じれってェなァ。何年幼馴染のままでいる気だあの二人」

 

「知らねェ」

 

 

 緊張感のない会話。だがしかし、キルアが逃げる隙は一分もない。

 必死になって思考を巡らせるキルアに、男はじろりと目を向けた。

 

 

「さて……どうすっかな、このガキ」

 

 

 

 

 蛇に睨まれた蛙──キルアの額を冷たい汗が伝う。

 完全に退路は断たれていた。

 前と後、両方を塞がれている。それに背後の男の手に持った細長い包みは、おそらく武器──刀剣の類。

 間合いはどれほどだろう。一瞬で逃げる前に両断される未来が見える。

 二人の発するプレッシャーは、戦う前からキルアに死を予感させるに十分なものだった。

 

 

「ガキ()()だよ、ノブナガ」

 

 

 さらにキルアの逃走を防ぐ影がもう一人、二人……いや、三。

 

 崩れかかったビルの入口、フィンクスの背後から現れた者に、キルアの顔がひきつった。

 スタジャンを着込んだ桃色髪の少女と、いつの間に現れたのか、大胆に胸元の露出したスーツ姿の女。

 そしてそんな二人の美人の間に挟まれて、まるで自ら進んでついてきたかのように大人しく歩く、ゴンの姿があった。

 

 

「ゴン……ッ!」

 

「あ、キルア! ごめん、捕まっちゃった!」

 

 

 見ればゴンは両手首を何か糸のようなもので拘束されているようだった。

 ゴンの力で切れないのだ。おそらくはただの糸ではなく、(ネン)によるもの……。

 その表情には恐怖よりも、驚きと好奇心、そしてキルアの無事を確認できた事への安堵がある。

 今の今まで親友の事がちらりとも思考に浮かばなかった事に、罪悪感がキルアの頭の奥で()のように痛む。

 

 

「マチとパクノダか。そっちのツンツン頭のガキは何だ?」

 

「そっちの銀髪の子といっしょに尾行してたヤツだよ。ちょこまか動いて、すばしっこかった」

 

「この歳でそれだけ動けるんだから、大したものね、ボウヤたち」

 

 

 スーツの女、パクノダに褒められて、まんざらでもないのかゴンが緊張しながらも「へへ」と僅かに笑った。

 マチはそんなゴンの背中を軽く小突きながら、フィンクスの隣へと並ぶ。

 フィンクスはキルアとゴンを交互に見比べると、つまらなそうに鼻を鳴らした。

 

 

「陰獣がいよいよお出ましかと思えば、ただのガキじゃねえかよ……。

 おい、お前ら、誰に頼まれてオレたちを尾けた?

 言っとくが、嘘ついたらその場で首をへし折るぞ」

 

 

 フィンクスの脅しに、キルアは奥歯を噛み締めて沈黙を保つ。

 しかし、ゴンは真っ直ぐにフィンクスを見上げて口を開いた。

 

 

「20億ジェニー!」

 

「あ?」

 

「あんたたちの写真が配られて、一人20億ジェニーの賞金がかかってたんだ。

 だから捕まえて『グリードアイランド』ってゲームを買う資金にしようと思って!」

 

「おい、ゴン!!」

 

 

 キルアが思わず叫んで制止するが、ゴンは至って大真面目だった。

 そのあまりにも直球な……いろいろな意味で桁外れな以外は実に子供らしい動機に、フィンクスとノブナガは一瞬呆気にとられ、顔を見合わせ、次の瞬間には声を上げて笑い出した。

 

 

「ギャ、ギャハハハハハッ! ゲ、ゲーム、ゲーム代だってよ……ッ!

 お小遣いが足りないからオレたちの首でゲームを買おうってか! 傑作じゃねえか!」

 

「ク、クッ、な、なんせ、20億だもんな! どんなゲームだって買えらァ、ちげえねえ……!」

 

「それが『グリードアイランド』ってメチャクチャ高いんだよ。

 定価で58億ジェニー、今じゃプレミアがついてて最低落札価格で89億もするんだ」

 

「ブッハハハハハ!! ありえねえ、なんだそれ! そりゃあ高ェわ!

 つーかおい小僧、最低でも俺ら5人は捕まえなきゃなんねえぞ!

 4人相手に負けてんじゃねーよ! もっと頑張れよ!!」

 

「ま、待てよ! た、たしか団長がこないだ盗ってきたセーラ何とかが定価5万ジェニーだろ!?

 やっべえぞ、こいつら団長とウボーよりも仕事の規模がでけえ!」

 

「やめろノブナガ! 息ができねェ……!」

 

 

 大爆笑であった。

 フィンクスなど目に涙を浮かべてバンバンと壁を叩いている始末で、マチとパクノダが「これだから男子は……」という呆れ顔。

 そして笑い転げる男二人のうち、ひーっひーっと息苦しそうにしながらも、どうにか先に呼吸を整えたのは、ノブナガの方だった。

 

 

「ヒー……あー、クソ、マフィアどもめ、オレたちを笑い殺す気かァ?

 自分らじゃ手も足も出ねェからって、こんなガキまで釣るような真似しやがって。

 情けねえにもほどがあるぜ」

 

 

 ノブナガは笑いながらも、鋭い視線をゴンとキルアへと落とす。

 

 

「だが、ただのガキにしちゃあ、いい(ゼツ)だ。オーラもよく練れてる。誰に習った?」

 

「えっと……」

 

 

 ゴンが「言って良いのかな?」という目線をキルアに向けた。

 キルアはもう、諦めたように溜息を吐く。

 

 

「……心源流の師範代だよ。オレ、プロハンター目指しててさ」

 

「へェ」とフィンクスが目を僅かに見開いた。「見込みあるぜ、ガッツもあるしな」

 

(褒められても嬉しくねー……)

 

 

 キルアの率直な感想に、ノブナガとフィンクスは気づかなかったらしい。

 対面にいるマチだけが「生意気そうなガキだな」と目を細めた程度だった。

 

 

「で、どーする? マジでただのガキじゃねえか、こいつら」

 

「そうね。正直、これでとぼけてるとは思えないけど……」

 

 

 パクノダが頷いて、ポンと()()()()()()()()

 

 

「嘘はついてないでしょ、ボウヤ?」

 

「うん。アンタたちがすっごいヤバイのはわかってたんだけど……。

 オレもどうしても『グリードアイランド』が欲しかったから」

 

「だって。……ホントみたいね。どうする?」

 

「だからって、勝手に帰すわけにはいかないでしょ。

 殺す気にもならないケドさ」

 

 

 呆れ半分、仕方ないなという諦め半分の声で、マチが応じた。

 彼女は少し目を細め、二人の様子を観察してから首を横に振る。

 

 

「マフィアの賞金稼ぎ(イヌ)なのは変わらないんだ。

 タレコミ入れられて邪魔が増えても面倒臭いし……団長に見せてからだね」

 

「しゃあねえな、おい、お前ら。大人しくついてきな。

 下手に暴れて手足切り落とされたかねえだろ?」

 

「なあに、殺しゃしねえから安心しな。

 なんならオークション会場から、そのグリード……何とかってゲームも盗ってきてやるよ」

 

 

 ノブナガが刀の柄を軽く叩き、フィンクスが気安く笑う。キルアの身体が微かに強張る。

 隙を見てゴンを連れて逃げる方法を必死に計算するが、目の前の怪物たちの前では、どんな作戦も机上の空論に思えた。

 

 ゴンはキルアに「今は言う通りにしよう」と目で合図を送り、キルアもまた、悔しさに唇を噛みながらも、頷いた。

 

 頷くしかなかった──今のところは。

 




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