地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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48.9月3日 ②

 ブロスホーク区。

 

 かつては伝染病の隔離区画、薬物中毒者の隔離領域として使用されたそのエリアは、今や完全に放棄されたゴーストタウンだ。

 市長が交代する度にホームレスや浮浪者のシェルター、刑務所としての活用が議論されるもいつのまにか立ち消えとなり、何十年も放棄されたまま。いっそこのまま放ったらかして、住み着いた鳥獣の保護区にするべきだなどという話さえ持ち上がる。

 その窓ガラスの一枚すら残っていない巨大な廃墟の骨組みを、傾いた夕陽が血のような赤色に染め上げていた。

 今や単なる蜘蛛の巣穴と成り果てたそこには、長い歳月の間に積み重なった重苦しい沈黙と、濃密な死の気配が澱みのように溜まっている。

 

 蜘蛛の巣──幻影旅団のアジト。

 

 そこに、ゴンとキルアは引きずり込まれた。

 

 

「アジトへようこそ」

 

 

 パクノダの囁くような声と共に、廃墟の奥にある朽ちた扉が開かれる。

 その向こう……かつてはホールだった広い空間のあちこちに、思い思いの姿で時間を潰す盗賊たちの姿があった。

 

 ポケットに手を入れていつでも携帯電話を取り出せるようにしながら、此方を睨むシャルナーク。

 瓦礫の上にちょこんと腰掛け、何をするでもなく読書に耽るシズク。

 暗がりの奥から値踏みするように鋭い目を向けるフェイタン、一言も発さずに気配を消しているボノレノフ。

 大岩のような身体をどっかりと預け、のんびり寛いだ様子のフランクリンと、その傍らで無機質な人形のように俯くコルトピ。

 部屋の端で、まったく興味も無さそうにそっぽを向いて知らんぷりをしているヒソカ。

 そして最も異質なプレッシャーを放つ、玉座の如き瓦礫の特等席に踏ん返り返っている巨漢、ウボォーギン……。

 

 

「おいおい、なんだよ、その手土産は?」

 

 

 シャルナークが、いかにも咎めるように声を上げた。

 フィンクスが肩を竦めて笑う。

 

 

「陰獣のネズミかと思えば、マフィアの手配書に釣られてゲーム代欲しさにオレたちを追い回してたガキどもでさ。

 面白ェから連れて来た」

 

「面白いからってさァ……あとで団長に怒られても知らないよ?」

 

 

 ぼやくようなシャルナークだが、どうやら今これ以上言っても無駄だと判断したらしい。

 と、その一方でフェイタンの目が僅かに細くなった。

 

 

「ゲーム、興味あるよ。なんてゲームね?」

 

「グリード……なんつったっけ」

 

「グリードアイランド」とマチが溜息を吐いた。「定価58億とかいう馬鹿みたいな……ああ、もしかして前にフェイタンが言ってたヤツ?」

 

「そね。世界一高いゲームよ。しかもこれ世界一危険なゲームらしいね」

 

「どんなゲームなんだか」

 

 

 張り詰めた緊張感と、それに不釣り合いな気安い会話。

 もはや逃げられないと判断されたのか拘束を解かれたゴンは、周囲の異常な面々を観察するように見回していく。

 

 ──そして、その視線が、壁際でトランプを弄ぶ男の姿を捉えた。

 

 

「あ──……っ!」

 

 

 ゴンの喉から、驚愕の声が漏れかける。

 

 

(アホ……!)

 

 

 せっかく気づかないフリをしていたキルアの努力も水の泡。

 今更しまったとゴンが気づいたところでもう遅い。シャルナークの視線がぴきりと鋭さを増した。

 ノブナガとフィンクスが目配せを交わす。警戒はされていない。けれど、そこには興味の色が強い。言い逃れは難しい。

 

 

「なんだ? 顔見知りでもいたか?」

 

「あー……いや、そのぉ……」

 

 

 その刹那──キルアの脳細胞が生まれて始めての高速度で猛烈に回転し、火花が閃いた。

 

 

「あ! ホントだ、あの時の女……!」

 

 

 キルアは大げさな身振りで、部屋の片隅の瓦礫に座るシズクを指差した。

 フィンクスの視線が、ぼんやりと本を読んでいた眼鏡の少女へと動く。

 

 

「なんだ、シズクの知り合いか?」

 

「え? ううん、全然」

 

 

 呆気にとられた表情で本をパタンと閉じて、彼女は首を横に振る。

 まったく覚えていないといった様子にキルアは一瞬焦るが、助け舟は思わぬ方向から飛んできた。

 フェイタンが「ああ、腕相撲してた子供ね」と呟いたのだ。

 

 

「? なんだっけ、それ?」

 

 

 それでもシズクは思い出せないらしい。のそりとフランクリンが、その太い指をゴンへと向けた。

 なぜだか銃口を向けられたような緊張感があり、ゴンはぴくりと身を震わせる。

 

 

「お前一昨日、あの子どもと腕相撲して負けただろ。ほら、ダイヤの条件競売で……」

 

「ムリね シズクは一度忘れたこと思い出さない」

 

 

 が、そんな仲間たちの一方的な話し合いに、シズクは「む」と唇を尖らせた。

 

 

「嘘だよ!」

 

 

 彼女は外見からすると子供っぽい、少しムキになったように声を荒げる。

 

 

「いくらあたしでも子供には負けないよォ」

 

「いや、その時お前、右手でやったから」

 

「なんでェ? あたし左利きだよ?」

 

「……いや、良い。俺の勘違いだった」

 

「でしょ?」

 

 

 むふーっとシズクはどこか勝ち誇った様子。

 

 

「で、腕相撲の賭け試合かなんかじゃ稼げるわけもねェからオレ達の賞金狙ったわけか。ガキだなァ」

 

 

 フィンクスがキルアの頭をガシガシと手荒く小突く……というより、これは撫でられているのか。

 キルアは内心で冷や汗を滝のように流しながらも、小生意気なガキの表情を完璧に演じきってみせた。

 どうにか誤魔化せたと、キルアは溜息を吐く。

 この時ばかりは、そっぽを向いたまま冷や汗を流すヒソカと気持ちが合致していた。

 

 

「へェ、テメエ、シズクとやって勝ったのか」

 

 

 そのやり取りを黙って聞いていたウボォーギンが、地鳴りのような声を立てて、のっそりと巨体を立ち上げた。

 ずん、ずんと床を揺らす足音が、ゴンとキルアの前に立ちはだかる。

 見上げるような肉体の威圧感。ウボォーギンの獰猛な眼光が、捕らえられた二人の少年を品定めするように見下ろした。

 まるで目の前にゴリラがいるような──そんな異様な気配、にじみ出るオーラ。

 ごくりと、ゴンは唾を飲む。

 

 

「よォーし、気に入ったぜ。腕っぷし自慢ならどうせ強化系だろ」

 

 

 ウボォーギンは凶悪な笑みを口元に裂き、丸太のような腕を誇示するように拳を鳴らした。

 

 

「ゲームが欲しいんだって?

 だったら、オレともちょっとゲームで遊んでみねえか」

 

 

 どっしりと瓦礫に腰を下ろしたウボォーギンが、床に転がっていた鉄筋コンクリートの塊を無造作に引き寄せ、太い腕を乗せる。

 それだけで即席の勝負台が完成した。

 

 

「ゲーム……?」

 

「ああ、オレと腕相撲で勝負だ。

 もちろん、タダでとは言わねえ。オレと勝負したら、ちゃあんと家に帰してやるよ。

 それにもし勝ったら……いや、オレをちっとでも驚かせたら、そのグリード何とかって奴を()ってきてやっても良い。

 どうだ?」

 

 

 シャルナークが「ちょっと、ウボー!」と勝手な行動に声を上げるが、ウボォーギンは「良いじゃねえか」と楽しげな態度を崩さない。

 

 

「ほら、来いよ小僧。テメエの全力を出してみろ。なあに、手加減してやっからよ」

 

「……本当に、オレが勝負したらオレとキルアを帰してくれるんだね?」

 

「おう、男に二言はねェ」

 

「……わかった」

 

 

 ゴンは迷うことなく歩み出た。

 後ろでキルアが「おい!」と引き留めようとするが、もう止まらない。

 コンクリートの台を挟み、二人の手ががっちりと組み合わされる。

 ウボォーギンの手は、ゴンの小さな拳をまるごと包み込んでしまうほど巨大だった。

 触れた瞬間に伝わってくる、鋼鉄のような皮膚の硬さと、奥底で脈打つ圧倒的な質量。

 

 そのあまりの体格差に、周囲で見ていた旅団員たちが囃し立てる。

 

 

「大人げねえぞウボー!」

 

「あんまり子供をいじめるなよ!」

 

 

 ゲラゲラ笑い声の混ざったその声に、ウボォーギンは「うるっせえなァ!」と仲間たちを睥睨し、ゴンに向き直った。

 

 

「合図は……シャルナーク、お前がやれ」

 

「しょうがないなあ。じゃあ……」

 

 

 瓦礫の上からひらりと飛び降りたシャルナークの細い手が、組み合うウボォーギンとゴンの手の上に重ねられた。

 

 

「レディー、ゴー!」

 

「う、おぉぉッ!!」

 

 

 開始の合図と同時にゴンは全身のオーラを爆発させ、最初から最大出力でウボォーギンの腕を押し込みにかかった。

 顔を真っ赤に染め、歯が軋むほどの力を込める。

 足元の石畳がゴンの踏み込みに耐えかねてピキピキと悲鳴を上げ、周囲に砂埃が舞った。

 

 

「──く、うッ! ──ぐ、ぎ、ぎぎぎぎ……ッ!!」

 

 

 しかし、ウボォーギンの手はピクリとも動かない。

 まるで地面から生えた鉄柱を押しているかのような、不動の感覚。

 ウボォーギンは鼻歌でも歌い出しそうな気楽さで、ゴンの全力をただ正面から受け止めていた。

 

 

「おいおい、そんなもんかよ。シズクに勝ったってのはハッタリか?」

 

「ぐ、う……ううううッ!」

 

 

 ゴンの右腕の筋肉が、限界を超えて引き千切れんばかりに震える。

 必死に踏ん張って、持ちこたえるのがやっと。

 ウボォーギンがほんの少し指先に力を込めるだけで、ゴンの身体ごといつでも叩き潰せるだけの絶対的な実力差がそこにはあった。

 

 

「おっ、いいぜいいぜ! いっそ両手を使ってかかってこい!」

 

 

 ウボォーギンは愉快そうに笑いながら、ゴンの力を楽しむように力加減を維持する。

 ほんの少し力を込めれば、少年の腕など一瞬でへし折れる。

 だがこの巨大な怪物は自分に向かって全力で挑んでくる小さな子供を、まるで可愛がるように相手取っていた。

 

 周囲の蜘蛛たちも、どこか和気あいあいとした雰囲気でその様子を眺めていた。

 黙って見守っているのは、フランクリンとフェイタン、ボノレノフ。

 シズクはのんびりと首を傾げ、マチはつまらなそうにスタジャンのポケットに手を突っ込み、パクノダは優しい目で微笑んでいる。

 ノブナガはニヤニヤと笑い、フィンクスは「がんばれ、まだ一ミリも動いてねえぜ」と茶化し──……。

 仲間を信頼し、お互いに軽口を叩き合い、目の前の少年の奮闘を面白がる。

 ──その光景は、どこからどう見ても、気のいい悪ガキたちの集まりにしか見えなかった。

 

 あまりにも軽薄で、あまりにも無邪気な空気。

 

 

(──なんで……!)

 

 

 わからなかった。

 ゴンの脳裏に、一昨日の夜に起こったという惨劇の情報が過る。

 マフィアンコミュニティーの競売会場が襲われて、その場にいた何百人かが姿を消した……たぶん、殺された。

 

 それを教えてくれたのは、クラピカだ。

 故郷の人々を皆殺しにされて、その両目を抉り取られた、クラピカが教えてくれた。

 

 クラピカもまた、旅団を追いかけている──と、その時に教えてもらった。

 危ないから深入りするなとも言われたけど、それはクラピカも同じでしょ、と返したら苦笑していた。

 その声の調子にひりついた緊張感はあったけれど、切羽詰まった空気はなくて、ゴンは安心したものだったけれど。

 

 ああ、だが。

 

 数百人の人間を一夜にして文字通りの肉塊に変えたという、凶悪な賞金首。

 クラピカの同胞の命を奪い、その目を売り払った、冷酷非道な盗賊団。

 

 目の前でこんなに楽しそうに笑っている大男が。

 後ろで友達みたいに談笑しているこの人たちが、それをやったのだ。

 何十人も何百人も殺して、いま、目の前で、楽しそうに過ごしている。

 

 ギリ、とさらに奥歯を噛み締め、ゴンはウボォーギンを真っ直ぐに見上げた。

 

 

「……前に」

 

「あァ?」

 

「前に、殺し屋をやっている家に、遊びに行ったことがあるんだ。

 なんで人を殺すのって聞いたら……その家のお父さんが、こう教えてくれた。

 ──()()()()()()、って」

 

 

 キルアが、わずかに息を呑んだ。親父のことだった。

 

 

『……たしかに、オレは人を殺す』

 

『言い訳はしない。だが、それは頼まれ、頼られたからだ』

 

『どうしても殺したい相手がいると、必死になってカネをかき集めて、頭を下げられたからだ』

 

『命の値段だ。オレの人生と相手の人生、二つ分だ。相応の額だ』

 

『生きるのにはカネがいる。カネを稼ぐのは大変だ』

 

『それでも、オレに頼んでくる』

 

『オレにしかできない事がある』

 

『オレを信じるヤツがいる』

 

『だから殺す』

 

『そういう……()()だ』

 

 

 それはゾルディック家の当主、シルバ=ゾルディックが生真面目にも掲げている一つの信念、彼の生き様(スタイル)だった。

 

 快楽で殺すのでもない。義憤で殺すのでもない。私怨で殺すのでもない。

 仕事だから。

 仕事だから手を抜かず、完璧に、命を懸けて……殺すのだ。

 少なくともシルバ=ゾルディックは、そのようにして生きている。

 

 だからこそ、ゴンにはわかる。

 あの誇り高い殺し屋と……目の前にいる蜘蛛たちの間に横たわる、致命的なまでの、違いが。

 

 

「たくさんの人を……酷いやり方で、自分勝手に殺したんだろ?

 なんで……そんな風に楽しそうに笑いながら、そんな事ができるんだ?」

 

 

 ゴンの問いかけに、場を包んでいた気易い空気が一瞬で凍りついた。

 黙って見ているしかないキルアの脳裏に、最悪の予感が走る。

 しかしウボォーギンは、ただ不思議そうに片眉を上げただけだった。

 怒るでもなく嘲笑うでもなく、心底「何を当たり前のことを言っているんだ」とでも言いたげな、純粋で、空っぽな瞳。

 

 

「なんでって……そりゃあ、邪魔だから殺す。欲しいものがあるから奪う。それだけだろ」

 

 

 ウボォーギンは、静かに言い放った。

 

 

「それ以上の理由なんて要るかよ。

 生かすも殺すもその時の気分次第、殺し方だってその時々の思いつきさ」

 

「───」

 

「ああ、もしかして、アレか?

 殺されたマフィアどものことを可哀想とでも思ってんのか?

 あいつらだって、他人の命を奪ってカネを稼いで生きてた連中だぜ。

 殺される奴が弱かった。奪う側が奪われた、ただそれだけの話じゃねえかよ」

 

 

 ウボォーギンは鼻で笑った。その言葉には何の迷いもない。

 その徹底的な断絶を突きつけられた瞬間。

 ゴンの中で、何かがぷつりと切れる音がした。

 

 

「マフィアとか、奪うとか奪われるとか、そんなこと聞いてない……!!」

 

 

 幻影旅団にも過去があったんだろう。何か此処に至るまでの理由があったんだろう。

 だが、そんなことはもうゴンには関係がなかった。

 

 ──あの場に、もしネオンさんやレディさんがいたら?

 

 ネオン=ノストラード、レディ=ノストラードは、大事な()()だ。

 マフィアのお嬢様で、ヨークシンのオークションを楽しみにしてたみたいだ。だったら当然、遊びに来てたかもしれない。

 その護衛だから、ダルツォルネさんやシャッチモーノさんやスクワラさん、くじら島で助けてくれた人達もいたかもしれない。

 ネオンさんが来るなら、レディさんが一緒なら、間違いなくアンドーさんだってそこにいる。

 あの人は、二人を危険な目になんか絶対に遭わせないから。

 

 クラピカは「無事だ」と教えてくれた。でも、殺されなかったのは運が良かっただけだ。

 もしあの人達が殺されたのだとして……それがそんな理由で殺されたのだとしたら?

 

 クラピカの家族や、友達や、好きな人や嫌いな人が殺されたのが、そんな理由だったなら?

 

 キルアやレオリオ、クラピカ、ミトさんやおばあちゃんが、もしそんな理由で殺されたら?

 

 いいや、間違いなく()()()()のだ。どこかの誰かにとっての、ミトさんが。

 

 ──くじら島での記憶が、閃光のようにゴンの脳裏で爆発する。

 

 

 

「なんで……!! 

 お前たちが殺した相手にも、友達や、大切な人がいるって……

 少しも考えられないんだ!!!」

 

 

「──っ!?」

 

 

 ゴンの全身から、これまでとは一線を画す濃密で狂暴なオーラが噴き出した。

 一瞬にして膨れ上がったそのプレッシャーに、思わず幻影旅団の面々すら目を見開いた。

 

 

「───おお、っとぉっ!?」

 

 

 同時、ウボォーギンの顔からも余裕の笑みが消えた。

 手加減していたとはいえ、世界最強クラスの肉体を誇るウボォーギンの腕が、じわじわと、だが確実に押し返されたのだ。

 

 次の瞬間、轟音を伴ってコンクリートの勝負台が()()した。

 二人の力の衝突に耐えかねて、中央から真っ二つに激しく割れたのだ。

 

 

「おいおいマジかよ……!」

 

 

 ノブナガが、心底信じられないという驚愕の声を漏らす。

 ウボォーギンの丸太のような腕が、角度にして数度、明確に傾いている。

 幻影旅団の誰もが──ヒソカ、そして居合わせたキルアでさえ、言葉を失っていた。

 例外は、一人。

 

 

「ウボー、手加減しすぎ。だからガキが調子に乗るね」

 

 

 次の瞬間、鋭利な刃物のような、殺意のこもった声が場を貫いた。

 暗がりの奥からゆらりと立ち上がったフェイタンだ。

 その全身には仄かに青白いオーラが漂い、切れ上がった双眸には、明確な怒りが宿っている。

 

 

「言葉の軽さと命の重さ、少し教えてやるよ。……イイね?」

 

「待てや、フェイタン」

 

 

 フェイタンの伸ばした手を、ノブナガが、鞘ごと刀を突き出して遮った。

 

 

「ウボーの勝負に横から口出すんじゃねェよ」

 

「ウボーとの勝負違うね。このガキ私達全員に喧嘩売ったよ」

 

「いいや、ウボーとこのガキ、一対一(タイマン)の勝負だ。

 ……おい、ウボー、そうだろ?」

 

 

 問われたウボォーギンは、明確に傾けられた己の右腕をじっと見つめていた。

 それから「クックック……」と腹の底から響くような、低く……そして心底愉快そうな笑い声を漏らした。

 

 

「……ああ、そうだ。

 勝負に乗ったら帰してやる、驚かせたらゲームを()ってきてやるって言ったのはオレだ。

 フェイタン、オレを約束破ったカスにしたいってんなら、まずその前にオレに喧嘩売ってるってことわかってるか?」

 

「うるさいね、ノブナガ、ウボー」

 

 

 フェイタンの周囲の空気が、さらにジリジリと熱を帯びる。

 キルアにはまるで、この小さな男がその内側に太陽を抱え込んでいるかのような、そんな錯覚すら感じられた。

 

 

「お前達 私に命令するか。従う必要ないね。そっちこそ団長の命令忘れたか?

 マフィアのお宝全部頂く。邪魔する奴ら残らず殺せ。

 このガキども、マフィアの犬違うか。生かして帰す理由、どこにもないよ」

 

 

 まるで殺気が物理的な温度を持ったかのように、広間の空気が冷え、そして張り詰めていく。

 フランクリンがそろそろ仲裁に入るかと、重い腰を上げようとしたところで──……。

 

 

「……あまり子供相手にムキにならないで、フェイタン」

 

 

 静かな、しかし凛とした声が響いた。

 パクノダだった。

 彼女はいまだ激しい怒りとオーラを放ち続けるゴンを庇うように立ち、痛ましいものを見るような、酷く哀しげな瞳で少年を見つめた。

 

 

(友達や、大切な人……)

 

 

 パクノダの脳裏に、かつて流星街のゴミ溜めの中で、共に笑い、共に夢を語り合い、そして理不尽に殺された一人の少女の笑顔が浮かぶ。

 目の前の少年が放つ剥き出しの怒りは、あの雨の日、自分たちが世界に対して抱いた想いに、あまりにも酷似していた。

 

 

(……ううん、違う)

 

 

 あの日世界を敵に回すことを決めた、大好きな……あの()()()()()()に、よく似ていたのだ。

 彼女はそっとゴンの頭に手を置き、もう二度と触れられない過去の残滓を確かめるように、静かに、優しく語りかける。

 

 

「この子たちは、まだ子供なのよ。

 ゲームが欲しくて、友達が大事で、世界の綺麗で素敵なところしか知らなくて……。

 それで怒っているだけ。

 ……ただ、それだけ。嘘なんて、最初から一言もついていない。

 子供にムカついたから殺すなんて、()()にしたって格好がつかないんじゃない?」

 

「……パクまで何をセンチになってるね。くだらないよ」

 

 

 フェイタンが不愉快そうに顔を背けた。

 しかしその怒気が少し削がれたのを見て、フランクリンが巨体を揺すって息を吐く。

 あとでパクノダには礼を言わねばならない。なだめる好機だ。口を出す。

 

 

「パクの言う通りだ。おい、フェイタン、その辺にしとけ」

 

「ルール、忘れてないだろうね?」

 

「団員同士のマジギレご法度だよー」

 

 

 そこにすかさず、女子二人(マチとシズク)からの援護射撃が飛んでくる。

 フェイタンは「チッ」と舌打ちをしてから、「やる気失せたね」と言い訳がましくブツクサ言って、引っ込んだ。

 揉めたらコイン──とはいえ、女子たちを全員敵に回したら、その時点でコインを投げるまでもなく負けだ。

 昔っから、仲間内では女子の方が強いのだ。団長だって、女子組には逆らえなかった。

 

 

「……で、この子たちどうするの?」

 

「どうするって、そりゃあ……」

 

 

 シズクに問われて、フランクリンは伽藍とした天井を振り仰いだ。

 

 

「……帰してやるで良いんじゃあないか?」

 

「少なくとも今夜の仕事が終わった後でね」

 

 

 すかさずシャルナークが付け加える。

 やっと皆が冷静になって話を聞いてくれる雰囲気が戻ったと、彼は心底安心しているらしかった。

 

 

「フェイタンの言う通り、この二人がマフィアに雇われてたのは間違いない。

 この子たちがタレコミしなくても、戻ってきた所を捕まえられるかもしれない。

 別に邪魔がいくら増えたって関係ないけど、わざわざ仕事前に自分から増やすのは馬鹿だよ」

 

「だな。まあ今夜も競売品を持ち逃げされたりはしねえと思うが……。

 わざわざ向こうに情報与えてやる理由もねえしな」

 

 

 フィンクスが顎を撫でながら頷く。

 別に誰が何人来ようが、それこそ陰獣相手だって負ける気はしないが、またしても空振りさせられるのは腹立たしい。

 落としどころとしてはこんなところだろうと、拗ねたように黙り込むフェイタンを見る。

 そこに、ウボォーギンが乗っかった。

 

 

「それにゲームを盗ってきてやるって約束したからな!

 おい、ガキども、大人しくアジトで待ってろよ!」

 

 

 豪快な笑い声に、ゴンが思わず「べぇー」と舌を出す。

 さらにウボォーギンの笑い声ががらがらと響いて、天井から埃が舞い落ちた。

 

 

「それは良いけど、誰が見張りすんのさ」

 

 

 マチが呆れ半分、もう興味はないから好きにしろとでも言いたげに唇を尖らせた。

 

 

「ウボォーギンが来ないのは流石に困るよ。

 アジトの警備にボノレノフ、こいつらの見張りにもう一人、誰か決めないと」

 

「んじゃあ……」とウボォーギンは顎を撫でた。「ノブナガ、お前やれ」

 

「ハァッ!? オレかよ!?」

 

「だってお前、タイマン専用じゃねえか」

 

「舐めんな! 百対一だってオレが勝つわ!」

 

「いーじゃねーか。いつもオレと組まされてブーたれてんだからよ」

 

「それで置いてけぼりにされんのは納得いかねーっつー話だ!」

 

「んじゃあコインで決めるか?」

 

「望むところだ!!」

 

 

 ノブナガが取り出したコインを、指先で高く弾き飛ばす。

 くるくると回転しながら空中に舞い上がったそれが最高度に達した瞬間、ウボォーギンが振り返って叫んだ。

 

 

「表ェッ!」

 

「裏!」

 

 

 応じたノブナガが、自分の腕に叩きつけるようにしてコインを押さえる。

 掌をどければ……現れるのは蜘蛛の絵柄。

 

 

「……表だ。やれやれ、強化系は勘も強ェんだよなあ……」

 

「しゃあっ!」

 

 

 ウボォーギンが喜色満面といった様子で拳を握りしめるのに、ノブナガは深々と溜息を吐いた。

 

 それを見て「よし」とシャルナークが軽く手を打つ。

 

 

「じゃあ残りの皆、今夜の仕事のブリーフィングするよ。

 あっちの部屋に資料プリントアウトして用意してあるから、移動して」

 

「しまらねえなァ」

 

 

 フィンクスがぼやきながらも、ぞろぞろと幻影旅団の面々は移動していく。

 ボノレノフもアジトの警備のために退室し、残されたのはノブナガと──ゴンとキルアだけ。

 

 静まり返った広間。残された見張りはノブナガ一人。

 状況は最悪、しかし首の皮一枚で繋がった。

 

 

(あの時……ゴンはオレを庇うために、動いた……)

 

 

 自分に、そんな事はできるだろうか。

 

 

 ─────倒れたのがゴンだったら、お前も同じ事をするのではないか?

 

 

 いつかのハンター試験で言われた言葉が、頭の中に蘇る。

 キルアは拳を握りしめ、静かに息を吐く。

 

 大丈夫、きっとオレにもできる。

 だから今……焦る必要は、ない。

 

 今考えるべきことは、一刻も早くここを抜け出す事。

 そしてアンドーに……ネオンにこの窮地を伝えなければならない。

 ゴンを見やると、ゴンもまた静かに頷く。

 

 二人の瞳に灯った意思の光は、一分の曇りもなく、力強い輝きを放っている。

 

 

(おーおー……あんだけぶっ叩かれたってのに、まだ折れてねェのか)

 

 

 楽しげに笑うノブナガを前に、少年達は脱出方法を静かに練り始めた──……。




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