地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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50.9月3日 ④

 

 

 

 ネオン=ノストラードは困っている時にちょっと格好良いお兄さんに声をかけられたからって、ほいほい付いていくような頭とお尻の軽い女の子ではないと自認している。

 

 ただ「ライトさんにいつも仕事でお世話になっているものです」「実は俺の親分があなたの大ファンの一人なんですよ」と父親の知り合いから声をかけられ、「良かったら俺と一緒に来ませんか? ライトさんにはいつも大変お世話になっていますから」と提案されれば疑わずについていく程度には、自分が世間知らずであることは自覚できていなかった。

 

 ぷんすこと怒り心頭のままホテルを飛び出し、検問で冷水を浴びせかけられ、どうしようとぐるぐる頭の中で後悔して、たった一人で右も左もわからない大都会にいる事を自覚し、橋の上で一人途方に暮れていたから……という状況下で()()()()に出会えた幸運に対する安堵は、16歳の女の子にとって、とても大きかったのもあったけれど。

 

()()()は一緒じゃないの?」

 

 そう聞かれて「……うん、まあ」と、自分がホテルを飛び出す時に消えてしまったレディと、ルモアに対して言ってしまった事の罪悪感が胸をチクチクと刺す事に、一人きりだと耐えられなかったというのが、一番の理由だったかもしれない。

 そんな事――と言えるほど軽いものではなかったけれど――よりも、目の前のオークションの事だけを考えていたかった。

 

 楽しいこと、自分の好きなこと、誰かのために占ってあげること。

 それだけを考えて生きていけたら、どんなにか幸せだろう。

 

 

「ハイ! 出来たよ!」

 

「見てもいい?」

 

「どーぞ」

 

 

 そして首尾よくセメタリービルに入場し、バーという普段なら絶対に立ち入りを許してもらえないような大人っぽい空間に誘われ、そんな状況に興奮しながらジュースで乾杯。

 上機嫌を無理やり保ったネオンは請われるがままに──何より誰かのために占いをすること自体は、彼女にとって望むところだから──占いに応じて、今に至る。

 

(……今日の『天使の自動筆記(ラブリーゴーストライター)』は、ちょっと不機嫌だったな? )

 

 なんて少し首を傾げたけれど、結局自分が何を書いたのかはわからないのだから、天使の機嫌なんて確かめようもない。

 ネオンは破り取った手帳のページを相手に差し出し、決してその文面を見ないようにしながら、ダンチョーという変わったニックネームらしいクロロ=ルシルフルさんに、占いの説明をすることにした。

 

 

「私の占いって少し変わってて、四つか五つの四行詩からできているのね。

 それがその月の週ごとに起こることを予言してるらしいから、もう一つ目の週の出来事は終わってるかも?

 まあまだ金曜日だから、ギリギリ起きてないかもだけど。そこはわかんないな」

 

「へぇ……」

 

 

 そのクロロはといえば、まったく簡単だと、その世間知らずなお嬢様の()()()()、何もかもが上手く行っていることに対する満足からの笑みを隠しもしていなかった。

 

 

(『盗賊の極意(スキルハンター)』を発動するためには、事前に相手の念能力を直接視認し、さらに相手から念能力の説明を聞くことが必要……と。

 あの()()()()()()()()緑色の天使がそれみたいだね。確認はできた。

 妹ちゃんとケンカしたっぽいのに発動してるあたり、相互協力(ジョイント)型ってわけでもない。

 そして占いは詩の形で出てくる、あとは解釈の問題って話か。どーりでマフィア側の行動が中途半端だったわけだ。的中率は高いけど、読み手の読解力に左右されちゃうってのは面白いな。

 占いに必要なのは氏名と生年月日、血液型か。誕生日わかんない奴もいるよなー……)

 

 

 そういえば、誕生日パーティを開きたい黒猫が、魔女たちに誕生日を占ってもらう童話があったっけ。

 次は『いまわし電話(恋のダイヤル6700)』で、そういう念能力の持ち主を探しても良いかもしれない。

 そんな事を考えつつも冷静にネオンの能力を分析するクロロだが、その内心には久しく感じない高揚感が生まれていた。

 もちろん新たにレアな能力を手に入れられるという喜びがまず一つ。

 次いで十老頭やマフィアどもを巧みに操り自分たちを出し抜いたその占いが、果たしていかなるものか……という純粋な好奇心、興味が一つ。

 だけどそれ以上に少し()()()()する部分もあった。

 何しろ裏社会にどっぷり浸ってしまうと()()()()()()なんていう機会は、めっきり少なくなってしまうものだから。

 

 

(今まで占いなんて、されたことなかったからな──……)

 

 

 渡された紙に、目を落とす。

 

 

 

────────────────────────────

 

 暗黒の塔の頂きに 虹が架かるだろう

 蜘蛛の渇きは すべて此処で満たされる

 嵐の夜を越え 暦たちは西の海へと旅立つ

 お前は静かに 望まれた通りに横たわれ

 

────────────────────────────

 

 

 

「うん……?」

 

 

 クロロは()()()()()()()()()()ようなその文章を見て、思わず首を傾げた。

 そこに書かれていた占いは、()()しか無かったのだ。

 

 

「あの、これ一つ──……」

 

「あッ! ダメダメダメ……ッ!!」

 

 

 だが疑問を口にした途端、反射的にネオンは目を伏せ、自分を庇うように顔の前で手を振りかざす。

 思わずぽかんとクロロが口を開けたまま言葉を失うと、彼女は恥じ入るように頬を掻いて、理由を説明してくれた。

 

 

「わ、私ね、自分の占い、一切見ないの!

 なるべく自分が関わらない方が、当たる気がするから……!」

 

「ふゥん、なるほどね。じゃあ、ええと……」

 

 

 クロロはネオンのこだわりを大して気にもとめず、手元の紙に目を落とした。

 当人が占い内容をわからないというのは制約だろうか。自動筆記というなら、らしくはある。

 だとしても占われる側には関係の無い話。

 旅団の皆を占って、皆で確認してもらえば詩の解読も問題ないだろう。

 彼女の予言の信憑性は、既に十老頭やマフィアたち、ノストラード組の動きで実証済みだ。

 ならこの占いの結果は、決して看過して良い内容ではない……。

 

 

「……なら、一つだけ聞いていいかな?」

 

「うん」

 

 

 無邪気にジュースのストローを咥えている水色の髪の少女に、クロロは極めて自然な、物腰の柔らかい声音で問いかけた。

 

 

「……この詩には虹について書かれてる箇所があるんだ。

 虹って不吉って言われる事もあれば、幸運の象徴って言われる事もあって、解釈に迷ってね。

 だからきみにとって虹ってどんなものか、教えてくれないか?」

 

「虹……ン……と……」

 

 

 ネオンはストローから唇を離し、少しだけ視線を斜め上に向けた。

 少しだけ視線を泳がせ、自分の指先をいじりながら、脳裏に何かを思い描くように小さく唸る。

 それはいつもマフィアの大人たちを振り回す傲慢なお嬢様の姿ではなく、ひどく柔らかく、どこか切なげな表情を浮かべた、等身大の16歳の少女の姿だった。

 

 

「すっごく綺麗で……大切で、きらきらして……」

 

 

 彼女にとって、虹という言葉が指し示すものはたった一つだ。

 ぽつり、ぽつりと語るネオンの脳裏に浮かぶのは、ヨークシンの眩い街並みでも、眩しいシャンデリアの光でも、雨上がりの空にかかる美しいものでもなかった。

 

 いつも自分のワガママに困ったように笑って、決して自分を見捨てず、いつも隣にいる彼。

 いざという時にはまるで王子様みたいに自分を助け出して、守ってくれる彼。

 六歳の時から、ずっとずっと自分と一緒にいてくれる。

 彼の────―……世界で一番綺麗な、左目。

 

 

「……瓶に入れて、大事に大事に……ずっと、傍においておきたいもの、かな」

 

 

 ただ、失いたくないのだ。誰の手にも渡したくない。

 あの優しさを、あの眼差しを、全部自分だけのものにして閉じ込めてしまいたい。

 あまりにも純粋で、独占欲に塗れた、その顔は──……。

 

 

「まるで恋する女の子みたいだ」

 

「──────ッ!?!!!?!!?」

 

 

 クロロのからかうような、大人の余裕を持った悪戯めいた……しかし本心からの感想は、劇的な反応を引き起こした。

 次の瞬間、ネオンの顔は耳の付け根まで一気に真っ赤に染まったのだ。

 顔に浮かぶ表情は驚き、困惑、羞恥。ぐるぐると目まぐるしく移り変わり、その様子にクロロは思わず笑ってしまう。

 

 

「う、うううっ うーッ……!?」

 

 

 眉をハの字に曲げて怒ったかと思えば、すぐに恥ずかしさに耐えかねて両手で顔を覆い、指の隙間からチラチラとクロロを睨みつけ、かと思えばまた自分の世界に入り込んで「……うあうあ」と奇妙な声を漏らして悶絶する。

 まさに、一秒ごとに表情が変わる百面相。

 完全に図星を突かれた少女の、あまりにも分かりやすすぎる大慌てっぷりが、そこにはあった。

 

 

「あ、ちょ、ちょっとごめんなさい……!」

 

 

 やがてネオンは限界を迎えたのか、バタバタと慌ただしく席を立つ。

 そのまま、彼女はトイレへと逃げるように駆け込んでしまった。

 

 ──トイレの洗面台の前。

 

 鏡に映る自分の顔を見て、ネオンはもう一度、今度は悲鳴を上げそうになった。

 湯気が出そうなほどに、顔が真っ赤だった。

 こんなの本当に、恋する女の子の顔じゃあないか。

 

 

「恋、恋なんて……っ」

 

 

 冷水を手のひらに溜め、勢いよく顔にパシャパシャと叩きつける。

 それでも、耳の奥で早鐘を打つ心臓の音は一向に収まってくれない。

 

 ペーパータオルで顔を拭い、ふう、と深く息を吐き出す。

 そう言えばお化粧もせずに飛び出してきてしまった。

 自分がホテルから出ていった時、彼はどんな顔をしていただろう。

「大嫌い」なんて、言ってしまって……。

 

 

(……って、私悪くないもん! ルモアのバカ……バカ、バカ、瓶詰め……!)

 

 

 恋? そんなわけがない。

 ルモアはただのコレクションだ。一番大事ではあるけれど。

 ただちょっとずっと一緒にいる男の子で、大事で、大好きで、瞳の色が綺麗で、きらきらして、傍にいてほしくて、離れてほしくなくて、私の事を最優先してほしくて、ワガママ聞いて欲しくて、一緒にいてほしくて、新しい服を着たら褒めて欲しくて、髪型変えたら気づいて欲しくて、お化粧した綺麗な顔だけ見てほしくて、大胆な服とか着たらちょっと意識してほしいし、一緒に寝ようとかお風呂に入ろうとか誘ってもなんかすっとぼけるのが許せないし、他の女の子にも普通に優しくするのホントどうかと思うし、でも紳士的に振る舞うのは私の教育の賜物だってことだし、スーツとか似合ってるし、いや私が選んだんだから当然だし、ずっとこれから先も一緒にいてほしくて、優しくするのは良いけど他の女の子なんか見ないで欲しくて、だって私のコレクションだし、ならこれくらい当然の権利だし、ルモアは言うことを聞くべきであって、だから、つまり、その、ただそれだけで……。

 

 

(って、あ、……あれ……?)

 

 

 ネオンは鑑の中の自分を見返した。

 頬を赤らめ、切なそうに瞳を潤ませた、女の子が映っている。

 胸の奥がキュッと締め付けられるように熱い。

 

 これじゃあまるで……まるで、恋してるみたいじゃないか。

 

 つまりアレは、もちろん怒ってもいたけれど……構ってくれなかったことへの寂しさをぶつけて()()()()()ということ?

 そしてそれを()()()()()()()()()()()()()と思ってたってこと?

 それで、たぶん……ルモアも()()()()()()()()()()って思ってた?

 

 なら、ええと、つまり――……。

 

 

「もう、なんか……ドキドキするよぉ……」

 

 

 ぽつりと、誰もいない空間に呟いた言葉が、静かに溶けていく。

 初めて自覚してしまったその想いに、ネオンはただ一人、呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

(……なら、吉兆ということなのかな)

 

 

 ネオンがトイレから戻るのを待ちながら、クロロはゆったりと背もたれに身を沈めた。

 目の前には自分の運命を告げる、ノートに書かれた予言詩。

 あの世間知らずの箱入り娘にとって、虹とはとても大切な誰かのことらしい。

 虹が吉兆なら……この占いは、きっと良い運命へ自分を導いてくれるのだろう。

 

 サラサの仇討ち。

 人体標本をやり取りするマフィアに大打撃を与え、混乱に乗じて十老頭を始末する。

 手筈は整った。()()も出した。あとは仲間たちに号令をかけるだけ。

 幻影旅団が流星街の住人であることを知らしめ、二度と故郷に手を出させないようにする。

 その願いが叶うなら──ああ、もう、蜘蛛(オレ達)の渇きは満たされるに違いない。

 

 

(西の海って、ブーハント海かな。トロピコ島、バナナ共和国あたり……)

 

 

 サヘルタ合衆国の西には、かつて海賊たちの楽園とも言われた多島海がある。

 その中でも最大の島トロピコ島に存在するバナナ共和国は、サヘルタ合衆国との様々な政治的問題を抱えながらも、世界一美しい海を持つ国の一つとして知られている。

 世界一美しいは、世界中にいくつもある。そのことを考えると、クロロは少しだけ愉快だった。

 だけどそういえばトロピコ島は、かの文豪ハミングロードがこよなく愛した土地でもあった──……。

 

 

(……懐かしいな、ずいぶんと前に読んだっきりだったけれど)

 

 

 流星街の孤児院に、最初から置かれていた何冊かの古い本の一つ。

 どうにも厭世的で報われない話ばかり書いていて、何故評価されるのかもわからなかった。

 書いた作家も最後は自殺したと聞いて、当時は好きになれないと思ったものだ。

 シーラは『ディノハンター』に夢中だったし、自分も『カタヅケンジャー』の方が面白かった。

 もっと言えばビデオから自分で皆のための脚本を書く方が、あの頃は読書より楽しかった。

 だけど今読んだら、きっとまた違う感想が思い浮かぶのかもしれない。

 

 悪くないなと、クロロは思った。

 

 何もかもを全部終えて、仲間たちと共に、かつて海賊たちが隠れ潜んだという島へと渡る。

 その浜辺でハンモックを吊るし、子供時分に読んだけどよくわからなかった、大昔の文豪の本を開く。

 老いた漁師が必死になって大魚を釣るが、鮫に食われて台無しになって号泣し、それでもまた次の日は海に出る物語。

 老人や作家と同じ景色を見ながら、彼らが何を考え、何を感じていたのか、思いを馳せる。

 少し本から目を上げて海辺を見れば、仲間たちがはしゃいでいるに違いない。

 そしてパクノダあたりが声をかけてきて、自分も遊びに誘われる。

 行儀は悪いが開いた本をハンモックに伏せて置いて、彼女と共に水遊びに繰り出す。

 釣りをしたって良い。あの老人と同じように。

 

 そんな、夏の夕暮れ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「そろそろ時間だね、行こうか」

 

「うん」

 

 

 戻ってきたネオンはどうにか平静を取り繕って、クロロと共にバーを後にした。

 

 地下競売の会場は文字通り地下にある。

 セメタリービルの長い長いエスカレーター。

 何処までも降りていくその一段に乗りながら、ネオンはぽつりと呟くように言った。

 

 

「良かった、助けてくれたのがあなたで」

 

「どうして?」

 

「……恋って、考えたことなかったから」

 

 

 認めるのは……本当に癪で、なんか妙に悔しくて、でも、悪い気分ではなかった。

 とくん、とくんと、胸の内で響く鼓動は、なんだかとても切なくて、暖かい。

 

 けれど返ってきた答えは、ちょっと予想外なものだった。

 

 

「俺も、あんまり考えた事がなかったな」

 

「そうなの? クロロさん、すっごくモテそうなのに」

 

「忙しくってね。

 もう……十五年くらいかな。ずーっと突っ走り続けてたんだ。

 やりたい事があったんだけど、それも放り出してさ」

 

「ふゥん……」

 

 

 そう言って笑う黒髪の男──クロロ。

 なんとなく、ネオンはなんで自分が、彼の誘いに乗ったのか、わかった気がした。

 

 ──似ているんだ。

 

 いっつも私を見てるのに、私を透かしてどこか遠いとこを見てる、あの男の子に。

 

 ──帰ったら……ううん、オークションが終わったら、謝らなくっちゃ。

 

 前は謝り方なんて、わからなかったけど。今はわかる。

 

 ポケットの中に入れた携帯電話。当然、電源は切っている。

浸液標本の愛(プライベート・アイ)』よりも遠いけど、繋がっているもの。

 ……もしかしたら、会場までルモアが駆けつけてくれるんじゃないかな、なんて。

 そんな淡い期待もあったから、すぐに電話をかける気にはならなかったけれど。

 

 ──これくらいの意地悪は、別に良いよね?

 

 うん、良いはず。

 酷いこと言っちゃったのは謝るけど、嘘つかれた事も謝ってもらわないと。

 その電話が何だかとても楽しみで、ネオンは浮き浮きと、弾むようにエスカレーターを踏む。

 くるりと、背後の男性を振り返った。年上の男の人。

 

 

「ね、クロロさんのやりたいことって、なぁに?」

 

「お芝居を……やりたかったんだと思う。

 仲間と一緒に、劇団を作って、世界中を旅して……子供に劇を見せるんだ。

 格好良いヒーローが、悪い奴らを片付ける。古臭いかもだけど、そういう劇を」

 

「へェー! いいね! すっごく素敵だと思う!」

 

「……そうかい? そうかな。そう言ってくれると、嬉しいね」

 

「あ、そーか、だからダンチョーなんだ! 劇団のリーダー!

 きっとお友達も、クロロさんとお芝居やるの、ずっと待ってると思うよ!」

 

「────―」

 

 

 クロロは一瞬虚を突かれたような顔をした後、照れ臭そうにはにかんで、笑った。

 その笑顔は本当に少年のようにも見えて、ネオンはもしかしたら彼は思ったよりも若いのかも、なんて事を思う。

 ルモアも、あと何年か育ったらこんな風になるんだろうか?

 ううん……でもきっとたぶん絶対、ルモアの方が格好良くなるはず。うん、そのはず。

 

 

「……今度のヨークシンで、大仕事をするんだ。

 そうしたら休暇をとって……それで、ホントに劇団を始めても良いかもね」

 

「うん、良いんじゃあないかな!」

 

 

 それに何より、ネオンにとっては彼の言葉が嬉しかった。

 自分の占い。それを見たことで、きっと彼はそんな事を思うようになったのだろう。

 だったらそれは、きっと……とても素敵な事に違いない。

 

 

「……良かった。クロロさんに出た占い、良い結果だったなら」

 

「妹さんも、きみみたいに占いとか、不思議な事ができるのかい?」

 

「え、レディ? んー……どうだろ」

 

 

 問われて、ネオンは少しだけ考えた。

 レディは私の身代わりになってくれるけど、あれってルモアの力なんじゃないか。

 そう考えるとレディは……たぶん、普通の女の子? になるのかな? どうだろう?

 

 

「わかんないなぁ。

 ……私も正直、どうしてこういう事ができるようになったのか、よくわかんないもの」

 

「きっかけがあったとか?」

 

「うん。えっとね、私ね、小さい頃からずっと占い師に憧れてたんだ。

 

『占いは今を一生懸命生きている人を幸せにするためのものです。

 だから私はなるべく悪いことばかり占うようにしているのよ

 そうすれば皆そうならないように願ったり努力したりするでしょ』

 

 ……って、小さい頃にTVで占い師が言っててね。

 あたしその時、ああそうだなぁって感動しちゃって……」

 

 

 そう言えば、初めてこれを話したのは、ルモアが相手だったっけ。

 けれどその後で、ちょっぴり残念なオチがついてしまったのだけれど。

 

 

「……何年かして、その人、詐欺罪で捕まっちゃったんだけどね!」

 

「銀河の祖母?」

 

「そう! そう!」

 

 

 憧れの人の事を知っている人がいる。

 それだけで嬉しくなってしまうのは、ちょっと安っぽいだろうか?

 でも、良いよね。嬉しい事は、いつだって何だって嬉しいのだ。

 

 

「『占いは今生きている人を幸せにするためのもの』って言葉、すごく気に入ってるの。

 だって、その言葉自体は嘘でも何でもないじゃない?

 だからずっと占い師に憧れてて、そしたら占いができるようになったんだ」

 

「じゃあ、夢は叶ったんだね」

 

「……そうだね、そうかも!」

 

 

 ──そっか。

 

 私、占い師になれたんだ。

 

 マフィアのご令嬢、ノストラードファミリーのお嬢様。

 与えられた肩書ばっかりだと思ったけれど、自分には自分の手で得たものも、確かにある。

 そんな事に今更ながら気づいて、ネオンは微笑んだ。

 

 自分の仕事のことを褒められると、なんだか本当に、気分が上向いてくる。

 たぶんルモアとレディに対して、電話で謝ろうと決意できたのも大きかったに違いない。

 何だか世界中の悩み事が全部片付いて、誰も彼も幸せになれば良いと、本気で思えてしまう。

 

 だからだろう。

 ネオンはうきうきとしながら、自分にそれを教えてくれた人の仕事の事も、気になった。

 この人の仕事も上手く行けば良いなと、純粋にそう思ったから。

 

 

「そういえば、クロロさんってマフィアの人なんでしょ。

 オークションのことなのかな、その大仕事ってなぁに?」

 

「聞きたい?」

 

「うんっ」

 

「それはね──……」

 

 

 クロロの唇が、穏やかな孤を描き、笑みの形に歪む。

 エスカレーターが最下層へ辿り着き、煌びやかなオークション会場のエントランスが視界に開けた、その刹那。

 

 

「ぁ、ぇ──……?」

 

 

 ネオンの視界がぐにゃりと歪み、世界の上下がわからなくなる。

 衝撃すら無かった。

 ただ、首筋に鋭い圧迫感を感じた次の瞬間には、全身の力が音を立てて抜けていく。

 世界が急速にセピア色に染まり、エスカレーターの天井の光が遠ざかっていく。

 理由もわからぬ中、最後に認識できたのは、たった一言。

 

 

 ────大暴れ。

 

 

 * * *

 

 

 沈む。

 沈む

 落ちていく。

 

 何処までも深く暗い暗黒の底。熱く粘ついた液体が満たされる中を。

 まるでホルマリンに浮かび、揺蕩うように。

 

 ──それでも良いかなと、思う。

 

 溺れるように息苦しいはずなのに。

 不思議と、こんな楽な気持ちは久しぶりだった。

 

 息を止めて走る必要はもうない。

 

 ネオンの周りには大勢の人がいる。

 もう自分がいなくても大丈夫なんじゃあないか。

 それで良いじゃないか。

 

 ああ、でも。

 最後に聞いた声が、最後に見た顔が。

 

 あんな泣いている姿なのは──少し、残念だ。

 

 そう思った瞬間────俺の()()が、絞め上げられた。

 

 

「あ──が……っ!?」

 

 

 ごぼり、と。

 気泡のように俺の肺から空気が絞り出され、音があふれる。

 同時に歪つな強制的な脈動が、俺の内側から鳴り響く。

 

 止まったはずの血液の巡りが、暴力的なまでの力で再び身体中へと押し流されていく。

 熱い。恐ろしいほどに熱い何かが、血管を逆流して脳へと駆け上がっていく。

 

 まるで俺の心臓が物理的に鷲掴みにされているかのような衝撃。激痛。

 息を吸え。生きろ。死ぬな。まだだ。ふざけるな。()()()()()

 言葉にならない強烈な意志が、オーラとなって俺の中へ直接注ぎ込まれている。

 熱い。痛い。苦しい。

 だが、もはや抗えない。

 俺の意識は、強引に水面へと引きずりあげられる。

 

 

「げほっ、ごほっ、お、ぇ……ッ!!」

 

 

 肺が、無理やり拡張されて外気を取り込む。

 視界が明滅する。赤、黒、そして眩いシャンデリアの白。

 柔らかな感触が俺の頭を包み込み、甘やかな香りが鼻腔を突く。

 喉の奥からせり上がる()()()()()を吐き出しながら、俺は何度も激しく咳き込んだ。

 じわじわと全身の細胞に酸素が、血が巡り始める。

 絞め上げられた心臓が、再び動き出したのが……わかった。

 

 

「ルモア!? おい、ルモア!!」

 

「息を吹き返した! ドクターを呼べ! 早くしろ!!」

 

 

 遠くでダルツォルネさんやシャッチモーノさんの怒鳴り声、外に飛び出してく足音が聞こえる。

 だが、彼らは俺の胸に触れてすらいない。心臓マッサージの形跡もない。

 じゃあ、今、俺の胸の中で、直接その心臓を()()()()()()()()()のは誰だ?

 

 視線を、僅かに落とす。

 俺の胸元。破り開かれたシャツの隙間、心臓の真上の皮膚に、吸い付くように押し当てられた小さな手があった。

 その手は皮膚を、筋肉を、肋骨を透過して、俺の胸の奥深くにまで潜り込んでいる──……。

 そんな錯覚を抱かせるほどに、その手を通して感じる鼓動は、俺の心臓と完全に同期していた。

 

 視線を、持ち上げる。

 手首から伸びる、見慣れた白く透き通るような肌の腕。

 そして、緩く波打つ桃色の髪。

 微塵の感情も、光も宿していないはずの、エメラルドグリーンの双眸。

 

 

「……レ、ディ……?」

 

 

 喉の奥で、掠れた声が音を立てた。

 俺の頭を優しく掻き抱いていたのは、一糸纏わぬ──あの懐かしい夜と同じ()()()()()()()()=()()()()()()()だった。

 

 彼女は、何も言わなかった。

 声を出すことも表情を動かすこともなく、ただ人形のような無機質さで、俺の瞳の奥をじっと見つめ返してくる。

 だけどその眼差しに……どこか咎めるような感情が見えるのは、俺の錯覚だろうか。

 

 ふっと、胸の圧迫感が消えた。

 レディが静かに手を離したのだ。俺の胸には傷一つ残っていない。

 ただ彼女の手から()()()()()どろりとしたオーラが、俺の心臓を外側から無理やり包み込み、動かした事は間違いない。

 

 

「はっ、ひゅ、……う、あ……っ」

 

「オイ、死んだか!?」

 

「……ぃ、きて、ます……ッ」

 

 

 部屋に飛び込んできた髭面の男が切迫感ある声を上げるのに、俺はどうにか答えを返した。

 

 

「シャレじゃねえぞ、お前マジで死んでたんだからな……!

 お嬢様が脱走したショックで死ぬとかお前ホントにアレだぞ!?」

 

「そ、れより。ネオンは……!?」

 

「まずそれかよ……! いやそうだよな。ルモアだもんな……!」

 

 

 彼は顔を引き攣らせながらも納得してくれて、俺がどうにか上体を起こすのを手伝ってくれた。

 裸身を晒したネオン、違う、レディの方をチラ見しようとしてはどうにか強引に目線を外しているのが、彼らしくもあった。

 

 

「……ったく、だから言ったんだよ!

 お前がマジであのお嬢様の扱いが上手いンならとっくに押し倒して全部解決してるって!

 案の定じゃねえか! すれ違いラブコメやってんじゃねえぞ!?」

 

「ネオンは……今、どうなって。……俺、何時間……死んでました……!?」

 

「ほんのチョイだ。お前のワガママお嬢様は行方不明。まァ、行き先はわかってっけどな」

 

「オークション会場……」

 

「けどセメタリービルの半径1kmは警察がもう検問を敷いてるって話だからよ。

 招待状……参加証ナシじゃ入れねえはずだし、上手く捕まえられるんじゃねえか。

 ドンも怒鳴りまくって、警察にお嬢様の特徴伝えて見かけたら連絡しろつってるけどな。

 参加証持ってねえ女の子がフラフラしてたって話もあった。

 ……エート、5分くらい前か? 10分だな。お前10分以上死んでたのかよ!?」

 

「ぃ、や……」

 

 

 俺はどうにか、まだ明滅する意識をはっきりさせようと努力しながら、窓の外を睨んだ。

 カーテンが夜風に大きく揺れ、その隙間から、遥か先で不気味に輝くセメタリービルの威容が覗いていた。

 まるで──暗黒の塔のように。

 

 

「……ネオンの写真がハンターサイトにアップされてたら、接触されて、中に連れ込まれてるかもしれない。

 向こうだって、招待状を手に入れるくらいの準備は……してる、はず。

 今すぐ、動かないと……」

 

「動くったって、お前な……!」

 

「ダルツォルネさん達に、()()()()()()は伝わってる……んですよね? 情報も……」

 

「……ああ、問題ねえ。

 問題ねえっつーか、お前がどうやったのかが気になるくらいだけどな」

 

「十年かけたって言ったら、信じます……?」

 

「お……お前、変なクスリでもやってんのか……?」

 

「は、は……」

 

 

 なら、ヨシ。

 

 俺は階段を踏み外して転げ落ちかけただけだ。

 今まで積み上げてきたもの。これから踏みしめていくもの。

 それが壊れて崩れたわけじゃあない。

 十年かけて、転びかけたのはこの一度だけ。上等じゃあないか。

 

 まだ、いける。

 まだ、やれる。

 

 

「……まあ、じゃあ、伝えた通り、その通りに頼みます。

 その、信じられないかもしれないけど……」

 

 

 俺は、どう言えば良いかわからなくて、少し言葉に迷った。

 迷った末……俺にとって、ネオンを除いて、一番確かだと思えるものを口にした。

 

 

「……十年分の付き合いで、頼めませんか」

 

「ケッ、頼まれなくたってやってやらあ!」

 

 

 即答だった。

 彼は勢いよく立ち上がり、俺を指さし、背後のレディに気づいて目を逸らして、それでも声高に叫んだ。

 叫んで、くれた。

 

 

「いいか、テメエなんかよりもな、俺のオーラソードの方が百億兆万倍強ェんだ、覚えとけ!」

 

 

 俺は思わず呆然として──髭面の男と、その背後。開いたドアの向こうを見た。

 神字刀を手に仏頂面のダルツォルネさん。ひらひらと手を振るシャッチモーノさん。

 安堵した様子のイワレンコフさん。心配そうなリンセンさん。

 これからの事を考えて思いっきり顔を顰めているスクワラさん。

 護衛団の皆。

 

 

「……知ってます」

 

 

 俺がそう言うと、髭面の男はケッと舌打ちをもう一度して、ドタバタと部屋の外へ走り出していった。

 すぐに護衛団の皆にからかわれ、囲まれ、やいのやいのと賑やかな騒ぎが俺の耳にも届く。

 各々の準備を整えて出撃していく彼ら──去り際、ダルツォルネさんが俺の方を見た。

 

 

「一応呼んだが……医者はいらなさそうだな?」

 

「呼んでおいてもらったほうが良いですよ。()()()()()に必要かもです」

 

「そうしよう。……前も腕をへし折られていたからな、お前は」

 

 

 言いたいことはあるだろう。色々、考えてもくれているのだろう。

 けれど、彼が口にしたのはいつもと同じ……いつも通りの、言葉だった。

 

 

「……ルモア、失敗してくれるなよ」

 

「……わかってますよ」

 

 

 俺は笑って答えた。ダルツォルネさんは頷いた。

 振り返らず去り行く彼の背中に一瞥をくれ、俺もまたすぐに動き出す。

 まずやるべき事は、シャツのボタンを留めること。襟袖を正し、ネクタイを締める。

 放り出されたスーツの上着を手に取ると、中で携帯が震えている事がわかった。

 取り出し、耳に当てる。

 途端に飛び込んでくるのは──元気そうな、そして心配そうな少年たち二人の叫び声。

 

 

「ああ。悪い、ちょっと出るのが遅くなった。

 ……うん、わかった。ありがとう。こっちも動く。教えてくれて助かったよ。

 刀使いね。射程は短い。うん、大丈夫。()()()()

 二人は巻き込まれないように気をつけて。……うん、こっちの心配はいらない。

 俺も、ずっと準備をしてたから」

 

 

 まあ、その最後の最後ですっ転びかけたわけだけど、転んでないから問題ない。

 

 俺はそれから二言三言、二人と会話を交わしてから電話を切る。

 ゴンとキルアが攫われてくれて助かった。

 ヒソカも出撃する以上、以後のアジトの内側は、誰かが残ってくれないと流石にね。

 向こうから招き入れてくれたなら、こっちから潜入して索敵してバレるリスクもない。

 そして二人も脱出したなら、もう何の心配もいらない。

 俺は即座に携帯の電話帳を開き、メールを一斉送信……する前に、少し考える。

 

 まあ、このくらいの皮肉は良いだろう。

 

 たった一言、『()()()()()』。

 

 そして最後に俺はびしりとスーツを着用して──俺の、大切な『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』を振り返った。

 

 

「レディ、ネオンの所に行こう。服を着てくれ」

 

 

 彼女は、こくんと頭を上下させて頷いた。

 もちろん──俺は操作なんてしていない。

 

 ずっと前から。

 




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