地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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52.嵐の夜 ①

「ヨークシン、脱出!」

 

「「イェーイッ!!」」

 

 

 荒野を貫くルート168。そこをひた走るオープンカーの上で、三人の男たちが快哉を上げた。

 境界線を示す標識はあっという間に流れ去り、背後には遠く煌めく、ヨークシンの摩天楼。

 けれどあんな命と隣り合わせの危険な場所になど未練はない。

 今の彼らの関心は、携帯電話に届いた入金通知、そして車を走らせ向かう先をどうするかのみ。

 

 運転席でハンドルを握るのは、隻腕の男。

 能面のような顔には薄く笑みが浮かび、その横では、まるで二本の腕があるかのようにひとりでにシフトレバーが動く。

 

 

「これからどうしましょ。近場のケンホーボーに行く?

 ハッタンダンまで自動車旅行したって良いけど」

 

「どーせ西海岸まできたんだし、ウェディングベールの滝ってのは?」

 

「こっからだと八時間くらいかかるじゃねーか、却下だ却下」

 

「でも飛行船なら一時間だよ。オレ写真でしか見たことないんだよ、あの滝」

 

「ならケンホーボーで一泊したら、飛行船チャーターしましょーか。

 今回の功労者はニーノちゃんだもんねェ。こっちは()を貸しただけで」

 

「お前が言うと比喩なんだかそうじゃねえんだかわかんねえよ」

 

「両方よ、リョーホー」

 

 

 サダソはくつくつと喉を鳴らした。

 だが、冗談抜きで今回の仕事の主役がニーノの『写ゲキBOYシュート(シャッターチャンス)』であったことは間違いない。

 地下競売場にかけられるはずだった、あらゆるお宝──本来なら世界各国のマフィアが血眼になって競り合うはずの財宝の山を、ニーノはただ「パシャリ」と撮影するだけで、全て写真に収めて運び出したのだ。

 念能力のレアリティという意味では間違いなくニーノが彼らの中で最上位であり、自分とサンショウは良くて護衛、悪くすれば単なるおまけでお情けである事を彼はよく理解していた。

 

 

(とはいえ、ニーノちゃん一人だと複数人に襲われたらたまったもんじゃないしねェ)

 

 

 かといってそれに腐ったりするほど生真面目な性質であるはずもなく、むしろクラッカーを纏わりつかせて動きを止められるサンショウ、見えない左腕で射線を遮らず攻撃できる自分との組み合わせは最適だという自負すらある。

 

 つまり、サダソは現状にすこぶる満足していた。

 

 マフィアの最高幹部『十老頭』の直属部隊である『陰獣』。その代理として金庫の中の競売品一式を預かり、ただ指定の場所へ移送する。

 ドン=ガッパイに雇われて臓器密輸だなんだをやるのに比べれば遥かにクリーンかつ真っ当、加えて襲撃さえされなければ天空闘技場で戦うよりも楽に大金が手に入るのだから、まったく良い仕事だ。

 これについては、どうやら他の仲間たちも同意見だったらしい。

 

 

「実際、こういう運び屋が天職なんじゃねーかな、オレらにはさ」

 

「あら、殊勝な発言ねェ」

 

「……身の程を知った、ってとこかな」

 

 

 サンショウは手の中でクラッカーを弄びながら、ふと、そんな事を呟く。

 ハンター試験でヒソカに負け、再度の戦いでも負け、次の仕事でも負けた。

 三度も負ければ少しは頭も冷えるし、考え方も変わるようだった。

 

 まったく、今にして思えばくじら島での出来事は、忌々しくも幸運だった。

 かつて彼らはノストラード組のドンの娘であるネオン=ノストラードとレディ=ノストラードを狙い、あまつさえ住人全員を拉致して売り払おうというドン=ガッパイの目論見の下、くじら島を襲撃した。

 結果として完膚なきまでに叩きのめされたわけで、あのままだったら雇い主ともども魚の餌か額縁か、いずれにせよ処刑は免れなかっただろうが……。

 

 

「ホント、数ヶ月前からは天と地だね。おまけにカネまでもらっちゃってさ」

 

 

 後部座席でニーノが笑う。

 

 彼ら三銃士は、ヨークシンで今何が起こっているのか、その全容を一切知らない。

 ただルモアから「お前たちが競売品を運べば、陰獣が運搬に関わらずフリーで動ける」と説明されていただけだ。

 危険はある。だが直接ドンパチに関わる事はないし、あっても仕事さえしてくれれば逃げて良い。

 つまりは万一の事態に備えての囮だという事も明かされていた。

 そうして緊張しながら現場に向かってみれば、オークション会場となるセメタリービルの周辺は不気味なほどに静まり返り、彼らは何の障害もなく宝を運び出した。

 実働でいえば一時間かそこら。まったく、今までにないほどに楽な仕事だ。

 

 もっとも──自分たちと交戦の可能性があった相手が、セメタリービルを襲撃してマフィアの兵隊を二百人近く挽肉に変えただとか跡形もなく因果地平の彼方に消し去っただとかいうA級賞金首集団『幻影旅団』だと知った時はもう、三銃士を代表して依頼人(ルモア)を本気でぶちのめすよッという気分にはなったが。

 それさえもカネを貰えばどうでもいいことだ。後はさっさとヨークシンを離れるに限る。

 

 

「ま、何だって良いじゃあないの。

 ルモアちゃんから『頼む』とまで言われておカネもらっちゃったし、仕事はこなした。

 あとは気兼ね無くサヘルタ観光と洒落込みましょ」

 

「「さんせーいっ!」」

 

 

 気分よく夜風を浴びながら、サダソは一気にアクセルを踏み込む。

 あとの事は知らない。知ってても知らない。自分たちには関係のない事だ。

 ただ、あのルモアという男はずいぶんと必死だった。

 命を救われ、カネももらった。

 先の展望は無いが、自分たちならどうとだって上手いことやれるだろう。

 だったら、まあ。

 

 

(幸運を祈っとくくらいは報酬の内かしらん?

 そっちも上手く行くと良いわね、何を企んでいるか知らないケド)

 

 

 三銃士を乗せたオープンカーは、ただただ明日へ向かって、暗闇のルート168をどこまでも加速していった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「──始まったって」

 

 

 イルミ=ゾルディックは携帯電話をパチンと閉じ、ポケットに収めた。

 画面に表示されていたのはクロロ=ルシルフルからの着信、ゴーサイン。

 

 依頼内容としては、簡潔だった。

 

 幻影旅団がヨークシンで大規模な陽動を仕掛け、マフィアの戦力と『陰獣』を引き剥がす。

 その隙にイルミがマフィアンコミュニティーの最高幹部『十老頭』を始末する。

 あとはついでに針を刺して操って()()()()()()()()()()を喋らせて欲しい。

 

 実にシンプルだ。

 

 

「……ではイルミ兄さん、もう動くのですか?」

 

 

 すぐ傍らで服の袖を小さく引いたのは、和服姿の妹カルト。

 そのさらに背後には、言葉もなく佇む小柄な老人──高祖父マハ=ゾルディック。

 

 

「うん、クロロたちが外で派手にやってくれるみたいだからね。

 仕事は手早く終わらせちゃうのが一番いい」

 

 

 イルミの黒真珠のような瞳には、何の感情も揺らめいていない。

 十老頭などという大物が相手だとしても、結局はただのビジネスだ。

 おまけにターゲットの情報は、事前にクロロから完璧に提供されている。

 

 このヨークシンの一角。

 高級レストラン『ジェイルハウス』の地下に厳重に隠蔽された、旧時代のもぐり酒場(スピークイージー)

 その奥に設けられた大統領官邸にも匹敵するシェルターに、十老頭と呼ばれるマフィアの長たちが全員集まっているはずだった。

 

 

(そういえばオレが仕事を受けるのを聞いて、ヒソカがやたらと楽しそうに笑っていたっけ……)

 

 

 ヨークシンに入る前にばったり鉢合わせた、旅団の招集に応じていた友人の顔が不意に浮かぶ。

 何がそんなに嬉しいのか、いつも以上に上機嫌で、ちょっとドン引きするほど不気味だったが……。

 どうせまたろくでもない戦闘狂の悪癖が出たのだろうと、イルミはそれ以上の思考を放棄した。

 

 

「行くよ」

 

 

 イルミの合図とともに、三つの影が音もなく廊下の闇へと溶け込む。

 地上最高峰の警備体制も、ゾルディック家の暗殺者にかかれば突破するのは造作もない事。

 ましてや今日はオークションで、おまけに幻影旅団が暴れてるとなれば、警備はかえって手薄になる。

 簡単な仕事──ゾルディック家基準では──だとさえ、イルミには思えた。

 だからこそ、少しばかりの不満は無いではなかった。

 

 

(マハおじいちゃんまでついてこなくても良いのにな……)

 

 

 カルトがついてくるのは良い。キルア以上にまだまだ未熟だから、少しでもOJTで経験を積ませてやりたいのは兄心。

 ただ、そりゃあ高祖父や祖父や父とは比べ物にならないにしても、自分まで実力不足だと言われている気がするのは思う所がある。

 まあ十老頭というターゲットがターゲットだからだ……と無理やり納得できなくはないが。

 

 不満といえば、最近の家の中の雰囲気もそうだ。

 

 キルアが友達を連れて帰って来たと聞いて、てっきり手厳しく追い返したのかと思えば、なぜだか父も(あの母ですら!)やたら機嫌が良いのである。

 運動不足気味の弟は弟で、ゲームにつられたんだか何だか知らないが、依頼があるからといって珍しく外出する始末。

 ゾルディック家がそんな事で良いのかと長男としては思うのだが……上手いこと反論も文句も言えなかった。

 それもこれも、あのアンドーなんとかというヤツに妙な事を言われたせいだ。

 聞けばあろうことか、キルアの髪の毛を採取までしたと言うそうじゃないか。

 殺してやろうと思ったが、最上級の防腐処置を施して飾っていると聞いて思いとどまった。

 ……まあ、母がやたら電話で事細かに保全処理(エンバーミング)に口を出したり、古い友人の業者を紹介して無理やりそっちに依頼させようとしていたり、やたらめったらハシャイでいたのもあったけど。

 

 

(と、いけない、いけない。集中、集中……)

 

 

 十老頭の控える会議室へと続く、厚い鉄扉の前。

 だが本来なら最も警備が手薄なはずのエリアは、不気味なほどに静まり返っていた。

 

 

(……誰もいない?)

 

 

 クロロたちの陽動が上手くいきすぎて、防衛戦力が全て外に出たのだろうか。

 だとしたら、あまりにも間抜けがすぎるか、よっぽど幻影旅団が派手に暴れているのか。

 イルミが何一つ物音を立てず絨毯が敷かれた床へ、静かに一歩を踏み出した──その、刹那。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 コンクリートの床を貫き絨毯を突き破って、屈強な()が突如として()()()

 鍛え上げられた暗殺者の反射神経をもってしても、完全に死角である直下から超至近距離の奇襲。

 しかもその腕から放たれるオーラの密度は、凡百の念能力者のそれとは一線を画している。

 凄まじく練り上げられた(ギョウ)を纏った手指に足首を掴まれ、イルミの身体がその場に縫い付けられる。

 さらにイルミが即座に袖口から針を滑り出させ突き下ろそうとした瞬間、続けざまに音もなく超高速で飛びかかる黒い影。

 

 

「──上かッ!」

 

不思議で便利な大風呂敷(ファンファンクロス)!」

 

 

 間髪入れずイルミは全身に仕込んだ針を一斉に射出した。

 しかし足首を掴む腕のオーラを操作系であるイルミの針では貫通できず、針の大部分は床に突き立つのみ。

 さらに迫り来る大風呂敷はその針のすべてをオーラごと呑み込み、何事もなかったかのようにイルミの頭上へと覆いかぶさる。

 

 

(──しまっ──)

 

 

 イルミの視界が、不気味なドット模様の布地によって完全に覆い尽くされる。

 横にいたカルトの「兄さんッ」という短い悲鳴の残響が、一瞬だけ鼓膜を叩いた。

 

 ──だが、次の瞬間には。

 

 

(クロロ……! 話が違うじゃないか……!)

 

 

 イルミの身体は、衣服も、針も、その全身のオーラさえ、信じられないほど急速に()()させられていた。

 

 脳裏をよぎるのは、この依頼を受けた時のこと。

 そしてなぜか今回のヨークシンの件についてやたらとニヤニヤ楽しそうに笑っていた、友人の不気味な顔。

 

 

(あいつ……! こうなる事を知ってて……!)

 

 

 そんな八つ当たりじみた思考を最後に、イルミの視界は完全な暗黒へと塗り潰された。

 

 

「兄さんッ!!」

 

 

 叫んだカルトの動きは、文字通り電光石火だった。

 肉親の危機、それも絶対的な信頼を置いていた長兄が一瞬にして収縮されるという異常事態。

 動揺を圧し殺し、カルトは即座に和服の袖から扇を取り出した。

 一振り。それだけで無数の白い紙片が花吹雪のように闇へと舞い散った。

 

 

「『蛇咬の舞』──ッ!!」

 

 

 放たれたオーラが紙吹雪と絡み合い、大蛇の形を取ると、万物を切り裂く刃の嵐へと転じる。

 狙うはイルミを風呂敷に包んだギョロ目の大男。

 だがその鋭利な紙の牙が標的に届くよりも早く、別の()たちが文字通り牙を剥いた。

 

 

「無駄無駄ァ……って言っとくべきとこなんだな、うん」

 

 

 猛烈な勢いで空間を貫いたのは、およそ数え切れない、無限とすら思えるほどの針の山だった。

 立て続けに激しい金属音が狭い地下通路に鳴り響く。

 カルトが放った必殺の紙片は、それを上回るほどの圧倒的な数を誇る体毛の防壁によって、尽く縫い留められ、空中で無惨に引き裂かれていく。

 

 

「な──」

 

 

 自身の技が完璧に封じられたことにカルトの目が驚愕に見開かれた。

 いや、あるいはその針が人間のものとは思えないほどに硬質化し、長く伸びた()()だと気づいたせいだったかもしれない。

 声の主は──丸っこい体型の、異様な小男……。

 

 

「ちょっときみ、調子乗ってるな、うん。なら"わからせ"が必要なんだな、うん」

 

 

 いずれにせよ、その僅かな隙。

 地面を這うような超高速の影が、音もなくカルトへと飛びかかっていた。

 

 

「ちょいと痛いぜ、お嬢ちゃん」

 

 

 ドスの利いた声。

 それが耳に届いた瞬間には、既に四足獣のごとき姿勢で跳躍した痩せぎすの男の、異様に発達した顎が眼前に迫っていた。

 回避は不可能。

 

 

(なら、防御を──……!)

 

 

 即座にオーラを練り上げて攻撃に備え、身を固くする。

 そんな少女のささやかな抵抗は、肉を引き裂く無慈悲な音によってねじ伏せられる。

 

 

「く、あ……っ!?」

 

 

 カルトの白い首元が、鋭い牙によって深く咬み裂かれた。

 パッと飛び散る鮮血は、まるで処女を散らした乙女のそれだ。

 

 

(この、程度……ッ!)

 

 

 傷口は浅い。

 ゾルディック家の過酷な暗殺訓練によって鍛え上げられた肉体と防御の(ケン)は、致命傷を防いでみせた。

 カルトは痛みに顔を歪めながらも、すぐさま扇子で反撃を試みようと、下賤な暗殺者目掛けてその細腕を振り上げ、叩きつける。

 

 

「ボクに……触れる、な……っ!」

 

 

 ──ぺちり、と。軽い音。

 

 

「……っ、ぁ、え……?」

 

 

 扇子は少女が振り下ろした程度の威力しかなく、つまりは何の痛痒も及ぼさなかった。

 傷口から侵入したドロリとした熱が、恐るべき速度で血管を駆け上がり、全身の神経を瞬時に焼き切っていく。

 牙に毒が仕込まれていた──と気づいた時には、くたくたと力が抜け、オーラがほどけていく。

 

 ゾルディック家の人間は、幼少期からの訓練であらゆる毒に対する抵抗をつけて育てられる。

 だが、それにも例外……そして限界というものは存在する。

 そして、この毒の巡りは異常だった。

 (ネン)で強化された強力無比な神経毒。それは耐性を強引に突破して、全細胞の運動機能を強制的に遮断する。

 強化系念能力者の極地と言える人物ですら抗えないそれに、抵抗を試みようという考え自体が無意味なものなのだ。

 あるいは一族の誰もが認める才能の持ち主(キルア=ゾルディック)ならば、結果は違ったかもしれない。

 だが、カルト=ゾルディックはそうではない。

 悔しいだろうが、仕方のないことだ。

 

 

「あ、が……は、あ……」

 

 

 もはや、指先一つ動かせない。

 カルトの華奢な身体から完全に力が抜け、弛緩した人形のように、ずるずると絨毯の上へ崩れ落ちる。

 意識だけは酷くはっきりと、冴え渡っているのがむしろ残酷だった。

 

 

「……っ……ぅ……」

 

「ぐしゅしゅしゅ……なんだよ、オレの出番は無しかァ?」

 

 

 息も絶え絶えなカルトの視界に、次兄──ミルキにどこか似た、小太りの男の姿が入る。

 その男の言葉に、呆れたようにして痩せぎすの男が首を横に振った。

 

 

「ゴリラ相手ならともかく、ローティーンの女の子に蛭を寄生させるのは無いだろ。

 しかもお前の胃袋から出てきたヤツとか、アウトだぞ絵面的に」

 

「女の子にマダライトヒルぶち込んで膀胱に産卵させて排尿のショックで殺すとか流石に引く」

 

「マフィアもコンプライアンスを考えなきゃいけない時代なんだな、うん」

 

 

 仲間内からの軽口、猥雑な冗句に、その小太りの男は肩を竦めた。

 いずれも臨戦態勢は一切解いていない。

 だが、もはや余裕で観戦できるだけの力量差が、カルトと彼らの間には横たわっていた。

 

 

「…………! ッ……!」

 

 

 そして、それに追い打ちがかかる。

 ず、と。床下から音もなく這い出てきた──赤黒の体皮を持つ、屈強な大男。

 

 

「少しは(ネン)が使えるようだが、ま、その辺にしときな。

 ガキが鉄火場ではしゃぐもんじゃあねえよ」

 

「……ひ、ぅッ!?」

 

 

 その全身を覆うオーラの凄まじさに、カルトは目を見張り、思わず恐怖の声を漏らす。

 

 

(何……この、オーラ……)

 

 

 彼女自身、確かに最初は簡単な仕事だと思っていた。

 けれど決して手を抜いたわけじゃあないのに、そのオーラを自分の紙吹雪で破れる気がしない。

 恐らくこの男、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな相手が自分のすぐ間際、一発で頭を打ち砕ける距離に音もなく現れた。

 いや、わざわざ体を表に出す必要さえない。

 兄にしたように、足首を掴んで引きずり込めば事足りる。

 ゾルディック家以外に──これほどの念能力者がいるなど、カルトは思いもよらなかった。

 

 

(は、は……ありえ、ない……)

 

 

 混乱する思考の中、カルトは背後に佇むもう一人の家族へと、動かない視線を必死に動かした。

 

 マハ=ゾルディック。

 

 彼なら、この状況をひっくり返せる。目の前の不埒者どもを、一瞬で鏖殺できるはずだ。

 

 しかし。

 小柄な老人は、ただ衣服の袖に両手を収めたまま、ぴくりとも動かなかった。

 その顔には驚きも、怒りも、焦燥すらもない。

 ただ深い闇のような双眸で、静かにこの状況を観測している。

 まるでこれが最初からわかりきっていた結末であるかのように。

 

 

「……っ……ぅ……」

 

 

 そして、影の奥から続々と……新たな獣たちが姿を現す。

 全身に棘を生やした老人。蝙蝠の如き翼手を持った男。髪を逆立て目を眼帯で覆った男。

 先頭に立つ無骨な戦闘ジャケットを着込んだ黒人が、嘲笑するかのように呟いた。

 

 

「なんだァ、こいつら!? 本当にこれがあのゾルディック家かよ。脆そうだぜ……」

 

「……ッ!」

 

 

 カルトは動けぬ身で、必死に口を開いて反論しようと試みた。

 自分が馬鹿にされるのは良い。だがゾルディック家への侮辱は許せない。

 だが、すぐに気がつく。

 男がそう言いながら、(ギョウ)視によって油断無く此方を観察している事を……。

 

 そして十人全員が闇の中から現れるのを待って……やっと高祖父が、口を開いた。

 

 

「ほほう、挨拶前の不意打ち(アンブッシュ)は一度だけ。

 近頃の若者にしてはわきまえておるの、陰獣とやらは」

 

「ええ、高名なゾルディック家のマハ様に失礼があってはいけませんからね」

 

 

 応じたのは最後に現れた──黒髪の美男子……いや、女性だろうか?

 細く長く伸びた両手の指先に十のオーラを灯しながら、彼女は静かに歩み出る。

 その洗練された佇まいを、マハは心底楽しげに目を細めて見守っていた。

 

 

「孫どもの鼻っ柱をへし折ってくれた事には感謝させてもらおうか。

 しかしなぁ、お嬢さん。

 孫を人質に取った程度で()()()()()()()と思っておるのかな?」

 

「いえ、いえ、まさか。

 正面からやりあって、陰獣十人がかりでも何人持っていかれるか」

 

「そんなもん十人に決まっておろう」

 

 

 びりびりと、室内の緊張感(アトモスフィア)は危険な領域にまで高まりつつある。

 陰獣の女の頬に、一筋の汗が伝う。蚯蚓が、静かに呼吸を整えて次の動きに備えていく。

 ──けれど彼女は表情を崩さない。他の陰獣たちも同様だ。

 少なくとも()()が奮闘しているのに、自分たちが無様を晒すわけにはいかないではないか。

 

 

「……ご提案を、したいのです」

 

「ほう」

 

()()()()にならないよう、しばしご歓談に付き合って頂けないか、と」

 

「ははは」

 

 

 酷く乾いた笑いだった。

 

 マハ=ゾルディックは衣服の袖の中で、静かに老いた指を遊ばせた。

 

 びり、と空間が爆ぜるような錯覚。

 陰獣の肌に、目に見えない無数の極細の針が突き立てられたかのような、圧倒的な実力差からくる死の気配が奔る。

 この場にいる全員が、文字通り一瞬で肉塊に変わりかねない──それほどの絶対的な格差。

 

 だが、マハは動かない。

 カルトは、ただただ床を舐めながら、高祖父のその超然とした佇まいを見上げることしかできなかった。

 

 

「……依頼は十老頭の殺害と、その後の死体操作による状況操作」

 

 

 老人は、ぞっとするほどに冷たく、しかし同時にどこか退屈そうな目を陰獣の女へと向けた。

 

 

「しかしどうやら十老頭はすでに、此処にはおらんようだの?」

 

「ええ。十老頭の方々は、別の拠点にてご歓談中です」

 

 

 女は十の指先から放つオーラを維持したまま、一歩も引かずに微笑んでみせた。

 

 

「そして何より──」

 

「──依頼主が死ねば、報酬は支払われん。なるほど、道理じゃ」

 

 

 マハは、あっさりと得心したように小さく首を振った。

 

 

「標的がおらず、依頼主の生命も危うい。これ以上動いても、一銭の得にもならん。

 ……ふむ。ゾルディックは()()()()をしない」

 

 

 ず、とマハの全身から立ち上りかけていた世界を圧潰せんばかりの濃密な殺気が、嘘のように完全に消失した。

 老人は衣服の袖からゆっくりと手を出すと、力なく床に崩れた、カルトの横へと歩み寄る。

 

 

「マハおじいちゃん……っ! なぜ、戦わないのですか……!?」

 

 

 声にならない、掠れた呼気だけでカルトは必死に訴えた。

 兄が捕まり、自分が毒に侵され、依頼もまだ達成できていないのだ。

 ゾルディックの威信にかけても、この無礼なマフィアの犬どもを皆殺しにするべきではないのか。

 だが、マハはカルトを一瞥することすらなく、少女の小さな身体をひょいと抱き上げた。

 

 

「カルト、そりゃあ()()()()()()()()よ。

 今回は情報収集不足と油断。相手の読みが一枚上手だった。それだけのことじゃ。

 カネをもらって仕事をするって意味を、お前らちーっと忘れとりゃせんか?

 良いクスリになったじゃろう。シルバとゼノもそのつもりだったようだしの。

 依頼失敗の赤字補填として、当分()()()()から抜いておくとさ」

 

「そんな……っ!」

 

 

 カルトの絶望とも抗議ともつかぬ声を無視し、マハはギョロ目の大男へと目を向ける。

 ぎくりと身を強張らせたその手の中には、縮小されたイルミが包まれた風呂敷が収まったまま。

 

 

「そっちの孫も、返してもらおうか。

 才も能もある癖して心の足りとらん未熟者とはいえ、うちの大事な長男での。

 目の前で孫が誘拐されたとなれば、そこはほれ、ジジイとしても容赦はできんからのう」

 

「……ええ、もちろんですとも。

 私から離れれば……自然にお孫さんは解放されます」

 

「攻防一体の良い具現化系能力だの。身のこなしも悪くない。

 あとは……もそっと奇襲頼みにならんようにな」

 

「……努力します」

 

「うむ、うむ。励みなさいよ」

 

 

 梟は額から冷や汗を流しながら、丁重に一礼し、手の中の風呂敷をマハへと差し出した。

 マハはそれを受け取るとカルトを脇に抱えたまま、ゆっくりと互いの距離を保つように離れる。

 

 

「……では、しばしここで()()させてもらおう。

 表の決着がつくまでお互いに動かぬのが、一番の安全策じゃて」

 

「寛大なご処置、感謝いたします」

 

「ちなみに、情報が漏洩しとったのかな?」

 

「いえ、十老頭のお命が危ないやもしれぬと、()()()者がいただけです。

 陰獣総出でかからねばならぬ程の危地である、と。

 ああも必死に言われては、動かぬわけにもいきません」

 

 

 陰獣の女の答えに、マハは「ふむ」と──此処に来て初めて、愉快そうな声を漏らした。

 

 

「なるほどなるほど、そちらは後進が育っておるようで何よりじゃ。

 こっちも最近、跡継ぎ候補が良い感じでなぁ。

 どの業界も、若手がおらんでは続かんからのう」

 

「ええ」

 

 

 陰獣の女は、わずかに……そして得意げに胸を張り、頬を緩めた。

 

 

「まったくもって、同感です」

 




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死んだと思ったらハンターハンターの世界に転生した。ゴンの兄だった。▼原作にガッツリ関わる立場になっちゃったけど、別に自重しなくていいよね?


総合評価:6899/評価:7.77/連載:66話/更新日時:2026年05月27日(水) 12:25 小説情報

殴る方の加茂(作者:分真鷲太郎)(原作:呪術廻戦)

パッとしない方のノリトシ君を、魔改造してみました


総合評価:6081/評価:8.65/連載:5話/更新日時:2026年05月14日(木) 19:00 小説情報


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