地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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54.嵐の夜 ③

「なんだテメェら、こっからは立ち入り禁止だ!! オラ!!」

 

「3秒以内に消えろ!!」

 

「オイ……そっちの小さいの、確か写真の……」

 

 

 夜のヨークシンシティを吹く風に、血の臭いが混じった。

 

 12人からのマフィアの兵隊は手にした銃を構える暇も無く、首をはねられ、あるいはへし折られて崩れ落ちる。

 目の前に立つ二人が幻影旅団だと気づくには、あまりにも遅すぎたのだ。

 

 

「チッ、どいつもこいつも手応えがねェな。それに他の連中も、何をモタモタしてやがるんだか」

 

 

 チンピラまがいのジャージ姿と態度そのまま、フィンクスは退屈そうに首の骨を鳴らした。

 その隣、黒いマントで身を包み口元までを髑髏の襟巻きで覆ったフェイタンが、酷薄な視線をセメタリービルへと向ける。

 摩天楼の中にそびえ立つ、暗黒の塔──……。

 

 遠くで微かに銃声か爆発音らしきものが響いたきり、サヘルタ合衆国最大の都市は、普段の夜と同じ程度の静寂に包まれている。

 行き交う車、人々の会話、夜の大都会。ただそれだけ。

 

 フェイタンはいささか苛立ち──『小さいの』と呼ばれたせいかもしれない──を見せながらも、首を左右に振る。

 

 

「他のヤツ、どうでもいいね。

 ワタシたち、ビル向かう。途中で暴れる。団長の指示通り。

 それだけよ」

 

「ああ。だがよォ、張り合いがねェぜ。

 どーせなら例の陰獣とかもさっさと出てきてくれねェか……お?」

 

 

 フィンクスが怪訝そうに……あるいは期待を込めて、声を上げた。

 二人の行く手、セメタリービルへと続く大通りの真ん中に、一人の男が立ちはだかったのだ。

 

 仕立ての良いスーツに身を包んだ、鉄の意志を思わせる厳めしい顔つきの男。

 その手には、白刃の表面にびっしりと不気味な文字が刻み込まれた、一振りの刀。

 

 

「おいおいおいッ! なんだァ、そのナリはよォ!?

 ちったあ骨のあるヤツが出てきたじゃねえか!」

 

 

 フィンクスは獰猛な笑みを浮かべ、威嚇するように声を上げる。

 なんて名前だったか、フィンクスは覚えていない。

 確か、例の()()()の護衛の一人だったはず。シャルナークの資料に書いてあった。

 フィンクスにとっては、その程度の相手だ。

 

 

「フェイタン、こいつは俺がやる。手ェ出すなよ!」

 

「……チッ。いいよ。さっさと片付けるね」

 

 

 フェイタンが横へ退くと同時に、フィンクスは前へ出る。

 対峙する男──ダルツォルネは、微塵も揺らがぬ声で呟いた。

 

 

「やれやれ……まるで場末のチンピラだな」

 

「ハッ! 大層な口叩くじゃねェか、マフィアの犬が!

 ──派手に逝けや……ッ!!」

 

 

 フィンクスが地を蹴った。

 一挙に距離を詰めながら、右腕を大きく回すべく振りかぶる。

 

 彼の誇る必殺技──『廻天(リッパー・サイクロトロン)』。

 

 腕を回せば回すほど、そのパンチの威力は倍々ゲームのように跳ね上がる──ただ、それだけ。

 だがフィンクスはこの能力を気に入っていた。

 気持ち良いくらい単純明快。威力は青天井。理論上はウボォーギンの超破壊拳(ビックバンインパクト)さえ上回る。

 

 

(さぁーて、何回くらいだァ? ま、10回くらいありゃあ十分だろ!)

 

 

 一回、二回──……。

 突進しながらフィンクスが腕を回そうとした、その刹那。

 

 

「遅い」

 

 

 男の突きが、フィンクスの喉元へと無造作に繰り出された。

 あまりの速度──に目を見張るが、そうではない。

 フィンクスが自分から突き刺さりに行くかのような、絶妙な()()()()()での刺突。

 思わずのけぞったフィンクスは腕を回す動作を中断せざるを得ず、どうにか首を捻ってそれを避け、飛び退いた。

 

 頬の皮が一枚弾け、鮮血が舞った。

 

 

「なんだァ、その刀……!?」

 

 

 間違いなく強化系だとフィンクスは看破する。だが、それだけではない。

廻天(リッパー・サイクロトロン)』の利点は、ウボォーギンのパンチや(コウ)(ギョウ)と違って防御の低下が起きない点だ。

 なるほど、確かに腕を回転させるという隙はある。

 だがしかし、それでも自分は強化系念能力者だ。

 腕を回す際も全身を覆っているオーラは、並大抵の事ではぶち抜けない。

 

 だが──男の刀は、その防御を容易く切り裂いてのけたのだ。

 

 黄金色のオーラを纏ったその刃には、どこか呪術的な文字がびっしりと刻み込まれている。

 ()()

 念能力者のオーラをさらに何倍にも増幅するための呪印である事を、フィンクスは知らない。

 加えて事前に時間をかけて刀にオーラを込める瞑想が行われた事も、フィンクスは知らない。

 

 

「ハンデを貰うようで悪いが、手を抜いてやる理由も無いのでな……」

 

 

 わかるのはただ一つ。

 目の前の相手がとんでもなく強い念能力者であるという、純然たる事実のみ。

 

 

「面白ェ……!

 テメエの剣とオレの(ケン)、どっちが上か勝負と行こうぜ!」

 

 

 フィンクスは意気揚々と笑みを浮かべ、腕を回そうと拳を振りかぶりながら躍りかかる。

 しかし、男の剣技はそれを許さない。

 右腕を回そうとすれば、その右肩を狙った鋭い刺突が飛ぶ。

 距離を取ろうとすれば、即座に踏み込まれて斬撃が来る。

 

 

(クソが……ッ! 回せねェ……!!

 強ェ刀使いはイアイとかってのをするもんなんじゃねえのかよ!?)

 

 

 テレビや映画でもだいたいそんな感じだっていうのに、フィンクスの知る刀使い、ノブナガとはまるで違う。

 拳闘(ボックス)蹴闘(サバット)の如き、前後左右、特殊な近接ステップ。

 それがつかず離れずの精妙な間合いを保ち、フィンクスに拳を回すための余裕──空間的にも時間的にも──を与えない。

 同時に絶えず繰り出されるのは、一分の隙もない、流れるような連続の斬撃だ。

 神字の加護を得た刀は、フィンクスの強固なオーラの防御をじりじりと削り、肉を裂いていく。

 

 腕を回せたとしても、一回転か二回転。

 即座に繰り出される刀を防ぐのに拳を使い、それでお終い。

 回転で向上させた威力は保存できない。

 一瞬でも動作が途切れるかパンチに使えば、カウントはゼロに戻る。

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()戦い方。

 わずかに、フィンクスの頬に汗が滲む。

 

 

(けど……読めたぜ! もうテメエの刀の間合いは見切った!

 届かねえ距離まで一気に離れて、踏み込んでくる間に4、5回も回して迎撃!

 刀のない刀使いなんざ、ただの"使い"よ! 一発で刀を折りゃあ、こっちのもんだ……!)

 

 

 フィンクスは力強く地を蹴って、大きく飛び退こうとする。

 すかさず男が刀を肩に担ぎ、前のめりに倒れるようにして踏み込む。

 

 

「シイッ!!」

 

 

 鋭い呼気と共に放たれた一閃。

 神字の刻まれた刀身が月光を吸って、白銀の弧を描く。

 地に落ちた、月影の如く。

 

 

「──な、なんだあッ!?」

 

 

 フィンクスは、目を見開いた。間合いが完全に、狂った。

 

 ──()()()()()と見えた。

 

 

(いやちょっとまてよ!? こいつは見るからに強化系だったハズだろ!?

 放出系の(ハツ)だってのか!? なのにまるで威力も速度も落ちてねえ……!?)

 

 

 オーラで刃を伸ばしたのか。強化系ではなく放出系だったのか。具現化系だったのか。

 

 否、否、否、そうではない。

 掌の中、鍔元まで握り込められていた柄が一挙に柄尻の頭まで、()()()したのだ。

 加えてさらに踏み込む間際に左足を強く伸ばすことで、体を前へと大きく、強く押し出す。

 白兵戦においては致命的なまでの、見かけの間合いからの逸脱。

 その長さ、およそ八寸(24cm)

 

 流れ、月影(ムーンシャドウ)延金(のべがね)とも呼ばれるそれは、純然たる技術の産物だ。

 槍術を元にした工夫とも言われ、精妙な握力の緩急こそ要求されるが、剣術の技法に過ぎない。

 大きく踏み込んで体を前傾させながら、手を緩めて刀の柄を滑らせ、また握り直す。

 言葉にしてしまえば、本当に……ただそれだけ。

 

 だが、このような言葉もある。

 (ほか)に語らず──理論的に構築され、論理的に行使されなければならぬもの。

 

 隠し剣、秘剣……あるいは()()、と。

 

 

「ギャッ!?」

 

 

 無防備な首筋へ滑るように刃が入り込み、噴き出す血飛沫と共に容赦なくその命を切り裂いた。

 男──ダルツォルネは自身の切り札ともいえる神字刀に血振りをくれ、刃を拭う。

 そして倒れたフィンクスの傍に歩み寄って生死を確認すると、刃を拭った紙を彼の懐に入れた。

 作法に従った、隠しとどめである。

 同じ強化系の敵を下した事で、ダルツォルネは改めて思う。

 

 

「極論、強化系念能力者に(ハツ)は不要……というのは至言だな」

 

 

 そんなものは、ただ己の武を磨けば事足りるのだから。

 

 

(……悪い念能力ではなかったが、正面戦闘よりも不意打ち向きではあった。

 もっとも、こういう性格でなければ発現もしなかっただろうが)

 

 

 回転というチャージの隙こそあるものの、無防備になる事はない。

 威力の増強も良い。事実上の防御不可能攻撃なら、どれだけ時間をかけても惜しくはない。

 もし準備時間を取った上で背後から奇襲されでもすれば、自分でも危うかっただろう。

 一突きで心臓を破壊されていたかもしれない。

 即死するかどうかは……五分五分といったところだろうが。

 

 勝因は幾つかある。

 

 まず、相手がまともな訓練を受けていなかった事。

 敵を倒すのに何回回せば良いのか、何回回せばどれくらい威力が上がるのかを当人が把握していないというのは致命的ですらある。

 もちろん、そういう性格でなければこうした(ハツ)は作れず、またその情報が漏洩していなければ問題はなく……今まではそれで乗り切れていたのだろうけれど。

 

 そして何より、ルモアが如何なる方法によるものか相手の念能力を突き止め……相手が()()()()()()()()この絶妙なタイミングで、迎撃に出れた事。

 これが最大の要因だろう。

 

 敵の姿を勝手に想像するな、その場その場で誰が相手でも戦い倒す心構えを持て。

 これはダルツォルネの持論だが、ルモアはそれを別の方向で解釈したらしい。

 つまりは想像する余地もないほどに……徹底的に相手を調べ上げて対策を練る、という事。

 そのうえで状況の推移を見守り、何がどうなろうと対応できるように備えておく。

 

 

(まあ、まだまだ穴もあって危なっかしいところも多いが……)

 

 

 それを補うため、自分一人でやるのではなく他人を頼るということを少年が理解して、とにかく人に声をかけて雇っていたらしいのは、柄にもなくダルツォルネにとっては喜ばしく思えたものだったが。

 

 

(それに、あいつもずいぶんと知り合いが増えたらしい……。

 ……いや、いかんな。……いかん、いかん)

 

 

 だがまあ、あまり面と向かって褒めたり喜んだりというのでは、示しがつかない。

 緩みそうになる頬をいつも通りの鉄面皮に引き締めて、意識を切り替える。

 

 まだ、状況の全てが終わったわけではないのだから。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 若干、時間は前後する。

 

 

「チッ……なにやってるね」

 

 

 フェイタンは襟巻きの奥で、不快そうに舌を鳴らした。

 

 目の前ではフィンクスが腕を回す隙を与えられず、刀使いの男の対処に苦慮していた。

 まさかフィンクスが、マフィアの犬ごときにこれほど手こずるとは思わなかった。

 情けないにもほどがある。

 ウボォーギンやノブナガ、フィンクスといった連中は、威勢が良い癖にこれだ。

 アジトでのさっきの子供を巡るやり取りにしたってそう。思い出すだけで、ムカついてくる。

 

 一対一(サシ)の約束など、もはやどうでもよかった。

 

 団長の指示は「派手に()れ」であり、狙いはセメタリービル地下競売会場のお宝。

 こんな路上で無様に時間を浪費することではない。

 

 フェイタンはフィンクスを救うべく、あるいは目の前の男を傲慢な絶望へと叩き落とすべく、音もなく動こうとした──その、刹那。

 

 

 ──ブゥン、と。

 

 

 夜風を切り裂き、耳障りな羽音がフェイタンの鼻先をかすめた。

 ただでさえ苛立たしいのに、これだ。

 反射的に手で振り払おうとした瞬間、フェイタンの細い目が驚愕に見開かれた。

 

 

 飛来したのは、一匹の(ハチ)だった。

 だが、ただの虫ではない。

 その背中には、月光を鈍く弾く金属製の、異様な金属の光沢を放つ、米粒ほどの超小型のボンベが不自然に固定されていた。

 

 

「────ッ!?」

 

 

 プシュッという、あまりにも軽薄な、小さな破裂音。

 途端にボンベから白い霧が猛烈な勢いで噴射され、フェイタンの視界を真っ白に塗り潰した。

 

 

(──毒ガスね!?)

 

 

 フェイタンは即座に息を止め、バックステップでガスから逃れようとする。だが、すでに遅い。

 化学物質に対する知識の致命的な欠如──あるいはシャルナークがこの場にいても、間に合わなかったろう。

 霧状の薬剤は呼吸を介さずとも、皮膚から、眼球から、粘膜から恐るべき速度で体内へと吸収されていく。

 

 だがフェイタンの脳裏を過ったのは激しい恐怖──ではなく、歪んだ歓喜だった。

 幻影旅団を、この自分をここまで舐めきった奇襲。これほどの侮辱。

 その怒りと苛立ちは正当なる報復の理由となり、与えられる痛みが強ければ強いほど、自らの念は太陽の如く燃え上がる。

 

 

「……ちょうどいいよ。虫ケラも、虫使いも、そこのマフィアの犬も、一瞬で焼き殺してやるね」

 

 

 フェイタンの唇が、狂気的な笑みの形に釣り上がる。

 自身の肉体へ加わったあらゆるダメージを、そのまま敵を焼き滅ぼす熱量へと変換する、執念深き報復の念能力。

 怒号と共に、フェイタンは自身のオーラを爆発させる。

 

 

「──『許されざる者(ペインパッカー)』──ッ!!」

 

 

 ──しかし、何も起きなかった。

 

 

「……あ、れ……?」

 

 

 フェイタンの口から、間の抜けた声が漏れた。

 何も、起きない。

 

 おかしい。なぜだ。

 脳が拒絶している。いや、オーラを練るためのスイッチが噛み合わない。

 

 単純な話だ。

 

 ()()()()()

 

 そして痛みが無ければ、それを制約と誓約にしている以上、能力は発動しない。

 

 

「ワタシ、怒ってる、のに……なぜ出ないよッ!?」

 

 

 初めて経験する状況に、フェイタンの精神は混乱の真っ只中に叩き込まれる。

 狂ったように両腕を振り回すが、その動きは力なく、明らかに麻酔によって弛緩し始めていた。

 

 そこへ、夜の闇を塗り潰すような羽音が響き渡った。

 

 一匹、十匹、百匹──いや、数千。

 街路樹の枝葉の中から、植栽帯の茂みから、路地裏の排水溝から。

 暗雲の如く押し寄せた無数の蜂の群れが、フェイタンの身体へと容赦なく殺到する。

 

 

「お、おあぁぁぁぁぁぁぁっッ!!」

 

 

 フェイタンは叫ぶが、その声はすでに呂律が回っていない。

 抵抗しようにも、もはや麻痺した四肢はまともに動かない。

 蜂の群れは一斉に、無防備な顔面へ、首筋へ、服の守りも突き破り、容赦なくその鋭利な毒針を突き立てていく。

 

 チクリ、ともしなかった。

 感覚を奪われたフェイタンにとっては、ただの生温かい風が肌を撫でているのと変わらない。

 本来なら、発狂せんばかりの激痛が彼を襲うはずだった。

 だがフェイタンが感じ取れるのは、ただ自分の肉体に針が虚しく突き刺さる、ぷつぷつという不気味な音だけ。

 

 

「ぁ、……あ、……」

 

 

 致死量を遥かに超えた蜂毒が血管を駆け巡り、心臓を停止させていく。

 何が起きたのか。誰に負けたのか。

 それすら分からないまま、フェイタンの身体から急速にオーラが抜けていく。

 やがてドサリと、小さな黒い塊が、ヨークシンの冷たいアスファルトの上に転がった。

 ほどなくして向こうでも剣戟音が途絶え、もう一人の幻影旅団が地に倒れ伏した。

 

 そこまで見届けて役目を終えた蜂の群れは、大都会の闇へと静かに飛び去っていく。

 そのうちの一匹が、遠く、ビルの影からその光景を静かに見つめていた少女の指先に、そっと止まった。

 

 

「……ふぅ。

 念能力者でも毒まで対策できてないやつは多いって、先生の言う通り。ホントだね」

 

 

 緊張と恐怖からの解放。思わず安堵の息を吐いたポンズは、そっと帽子の位置を直した。

 訓練次第では神経毒の類すら無効化するとかいう理不尽な者もいるそうだけれど、幸いにして幻影旅団にはその手の訓練を受けた者はいないし、一番肉体的に強いヤツでも毒の無効化はできないのは()()()()だ……とアンドーが教えてくれてはいたが、それでも不安は不安だった。

 

 

(まったくもう、アンドーくんも……。

 頼ってくれるのは良いけど、幻影旅団とか無茶振りがすぎるよ)

 

 

 ()()のところでの修行中、ひそかな楽しみの一つだった同期の彼とのメールのやり取り。

 そこで唐突に彼から持ちかけられた相談は、ホントにもう、何考えてるのと聞きたくなるほどのものだった。

 幻影旅団。A級賞金首。雇い主が狙われる可能性がある。これをヨークシンで迎撃する。

 

 無理だと思った。自分じゃできないと思った。

 逃げたかったし、怖かったし、やりたくなかった。

 でも──今のポンズは(ネン)を知った。自分の内側から湧き上がる力の正体を知った。

 そしてもし逃げ出したら、二度と彼に向かって胸を張って「ハンターになった」などとは言えないと思った。

 

 後は、対策会議だ。

 

 アンドーから提供される、くらくらと目眩のおこしそうになる念能力者の情報の数々。

 誰の相手をすれば良いのか、どうやって倒せば良いのかさっぱりわからないと頭を抱えたところで一番の助けになったのは……。

 

 

『知らねえのか? 忍者は術を編み出す時、その返し技も同時に考えるもんなんだぜ』

 

 

 意外にも(と言ったら怒られた)ハンゾーだった。

 

 

『痛みや苦痛を力に変えるのは、イタミジツ。

 典型的な忍術の一つだな。だから対処方法も簡単だぜ』

 

『……簡単とは思えないんだけど?』

 

『何言ってんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()んだろうが』

 

 

 ()、と思った。

 

 ハンゾーは目にも止まらぬ速さのカラテだチョップだタツマキケンだとよくわからない事を言っていたが、そんなもの麻酔の一つでも注入してしまえば良いだけだ。

 恐るべきは古代より世界を影から支配していたという忍者の知識の数々か。

 しかし日進月歩で今この瞬間も進化し続けている現代医療技術も舐めたものではない。

 末期がん患者の壮絶な激痛すら完全に遮断できるような、凄まじい麻酔はすでに存在している。

 問題は、それをどうやって相手に気づかれずに近づき、投与するかという一点のみ。

 

 

「すごいよね、これ。私のためにあるみたいな装備だ」

 

 

 指先に止まった蜂、その背中に装着されたボンベ。

 なんでも、もともとは蚊に搭載するための爆弾なのだとかなんだとか。

 ネックとなるのは蚊の制御方法と、火薬の積載量に伴う威力。

 蚊がどのターゲットを選ぶかがわからず、威力も爆竹程度しかない……。

 

 しかし、蜂ならどうだろう? 火薬でなければどうだろう?

 

 蜂なら運搬可能な重量は、蚊の比ではない。

 致命的な威力をもたらすのに必要な薬物の量も、火薬の比ではない。

 制御方法? ()()()()()ではないか。

 

 世の中にこんなものを作っている人がいるなんて、ポンズは知らなかった。

 教えてくれたのはアンドーだ。そして作っているのはと、いえば──……。

 

 

「……()()()()()()()じゃなければ、もうちょっと素直に喜べたんだけど」

 

 

 ちょっとポンズはげんなりとした。

 世界一の暗殺一家だからというわけではなく、あんまり良い思い出の無い苗字なのだ。

 あの小生意気な銀髪の男の子(キルア)にもいつかやり返してやらなきゃと思うのだけど、まあ、ひとまずは良い。

 けど、彼の兄だというあの太った男は、弟に比べれば遥かに感じが良かったように思う。

 アンドーの仲介で引き合わされて装備を受け取る時、なんか妙に挙動不審ではあったけれど、たぶん人見知りなのかもしれない。

 懇切丁寧に使用法を教えてくれたし、おまけに今後の取引継続についても実際の運用データの提供、モニターという形でかなり格安に価格設定してくれた。

 弟とはまったく似ても似つかない良い人なのだなと、ポンズは思わず笑ってしまったものだが。

 

 だが、準備は整った。整ってしまった。

 

 なら、後は先生と積み重ねてきた修行の成果を見せるだけ。

 頼ってくれた彼に応えられるだけの成果を、自分がやるだけ。

 たまたまヨークシンに行く予定のあった先生が、一緒にやろうかとか、一人でできるのかとか、ものすごく心配してあれこれと気にかけてはくれたけど、ポンズは自分一人でやろうと決めていた。

 

 大丈夫、できる。

 できなきゃ、いけない。

 

 だって私は──……。

 

 

「……私は、立派なプロハンターだよ、アンドーくん」

 

 

 ポンズはいつも大事に持ち歩いているハンカチを、そっと握りしめた。

 どうしてか修行の合間にもそうしていると、先生が居た堪れないような顔をする理由だけは、未だによくわからなかったけれど。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その先生は。

 

 

「ドのクラいツよいのカトイうとォオ! コノくらイ! イ!! イ!! イ────!!」

 

「ふんぬっ!!」

 

「はうっ!?」

 

 

 ビル街でマシンガンを乱射しようとした哀れなマフィアの兵隊を問答無用で気絶させ、その延髄に刺さったアンテナを引っこ抜いていた。

 

 

「──おいおいおい、マジかァ……」

 

 

 その光景に、街路樹の梢の上でシャルナークは心底ドン引きした。

 

 彼の端末『携帯する他人の運命(ブラックボイス)』の液晶画面には、アンテナを突き刺した黒服のステータスが正常に表示されていた。

 肉体の限界を無視して銃を乱射しながら突撃し、他の連中を適当に撃ちまくって蹴散らす──そのはずだった。

 

 だがセメタリービルの入口から現れた可憐なドレス姿の女の子が、ただ無造作に、本当にかるーく一突き、その拳を突き出した瞬間。

 その兵士はまるで大型トラックに正面衝突でもされたかのように文字通り吹き飛び、端末の画面は無慈悲に接続切断(NO SIGNAL)の文字を点滅させたのだ。

 

 

「……前情報の無い敵が出てくるのは勘弁してほしいんだよね。

この先の戦いはキミ自身で確かめてくれ!(Vジャンプの攻略本)』じゃあるまいし……」

 

 

 カツ、カツ、と小気味よい靴音を響かせて、可愛らしいフリルのドレスに身を包んだ、金髪の小柄な少女が近づいてくる。

 その目線は間違いなく樹上の自分へと向けられていて……シャルナークは諦めて、溜息混じりに路面の上へと飛び降りた。

 

 

「あら、こんばんは。……良い夜ね、お兄さん?」

 

 

 少女はドレスの裾をちょこんと持ち上げ、お人形のように愛らしく首を傾げてみせた。

 そのあざといほどの仕草とは裏腹に、彼女の全身から立ち上るオーラの密度は、シャルナークの背筋に冷たいものを走らせる。

 

 ──戦うか、逃げるか。

 

 

(逃げたいけどね……!)

 

 

 だが、逃げられない。

 向こうにはパクノダがいる。微かに聞こえる銃声は、彼女が暴れている証だ。

 

 シャルナークは少女に殴り倒された黒服から抜け落ちたアンテナを、そっと拾い上げた。

 アンテナは、二本。うち一本を相手に突き刺せば、それで()()()

 ──操作系の典型的な能力だからこその、シンプルな勝ち筋だ。

 だが目の前の少女に肉薄してアンテナを突き刺す隙など、逆立ちしたって見出せそうにない。

 ()()()()

 

 

「だったら──これしか、ないか。

 あまり好きじゃないんだけどね、これ。達成感がないし、筋肉痛が酷いから」

 

 

 シャルナークは躊躇うことなく、手にしたアンテナの鋭利な先端を、自らの首へと突き刺した。

 

 

『──自動操作、オン』

 

 

 携帯電話から事務的な女性の声が紡がれた瞬間、シャルナークの瞳から光が消える。

 同時にその全身から爆発的なオーラが立ち上り、金色の輝きが夜のビル街を照らし出した。

 操作系能力者が自らを操作する──それは自身の精神を一時的に完全にシャットダウンし、肉体のリミッターを解除、身体能力を限界まで引き出す切り札だ。

 その暴風のような(ネン)の圧を前にしても、金髪の少女は、ただ「あらあら」と暢気に両頬に手を当ててみせるだけだった。

 

 

「ホント、失礼しちゃうわ。

 こっちが話しかけてるのに、ずーっと携帯電話弄り回してるだなんて」

 

『敵 確認しました。……始末します』

 

 

 自動操縦と化したシャルナークの肉体は全身から噴き出すオーラでアスファルトを爆砕し、文字通り電光石火の速度で少女へと肉薄した。

 限界を超えて駆動するシャルナークの右腕が、最速の軌道でビスケへアンテナを突き出す。

 その針が突き刺されば、もはや如何なる防御も抵抗も無意味。

 携帯電話デービル05に宿る『携帯する他人の運命(ブラックボイス)』が導き出した、最速最強、最善の一手。

 

 ──だが。

 

 

「……はぁ。まったく」

 

 

 少女は、呆れたように深いため息を吐いた。

 自動操縦によって最適化されたシャルナークの突撃。

 それが自身の眼前に迫るその瞬間まで、彼女はただ、退屈そうに前髪を弄っていた。

 

 この意味がわかるだろうか?

 例えば狂乱した戦闘民族が全身を金色のオーラで輝かせながら突進してきたとしたら、あなたは冷静に立っていられるだろうか?

 

 

「自分の素の実力と頭じゃ勝てないけど、自動操縦で限界突破すれば勝てるだなんて──」

 

 

 それは弓を番えるかのような構えだった。

 繰り出されるアンテナを軽くそっと外へ逃すように、前へ伸ばした左手は添えるだけ。

 同時、少女の右拳が、信じられないほどの力強さを伴って真っ直ぐに引き絞られた。

 狙いは突撃をしてくる相手の、顔面。

 そこに寸分の狂いもなく置かれるように放たれる──ただのカウンター。

 

 

「舐めてんじゃねえぞこらあ──────ッッ!!!」

 

 

「ぷぎゃあっ!?」

 

 

 およそ人から発せられたとは思えぬ音であった。

 

 突撃の速度そのまま、否、少女の拳の質量と速度と踏み込みと怒りのオーラが加算された凄まじい一撃が、シャルナークの顔面を正面から捉える。

 拳は打ち込まれた勢いのまま地面への叩きつけへと移行し、シャルナークは吹っ飛ぶことすらも許されず、文字通りその場へと沈んだ。

 

 路地全体が、まるで直下型の地震に襲われたかのように激しく震動する。

 しかし、コンクリートには罅一つすら入っていない。

 致命的な衝撃が余す事無くシャルナークの全身を駆け巡り、一切抜け出る事無くその体内を破壊した証拠だ。

 

 陥没し粉砕された顔の中でかろうじて原型を留めていた口から、ドロリとした鮮血が溢れ出る。

 地面に転がった彼の身体は、ぴくぴくと、わずかに痙攣を繰り返していた。

 まだ頭部の形状が残っている事、かろうじて命が残っている事は、奇跡のようなものだった。

 

 

「身勝手の極意とか無我の境地とか考えるな感じるんだ(Don't think. Feel)つーてマジで脳死になってんじゃねーっつーのよ!!

 それそういう意味じゃねーから!!

 なんも考えてないんだから暗闇の荒野を進む覚悟もなければ恐怖を受け入れる勇気もないッ!

 そんなもんノミと同じッ!

 だいたい肉体の限界無視した反動覚悟の超過駆動(オーヴァドライブ)って時点でふざけてんだわさ!

 全力を出したら筋肉痛ゥ? 基礎鍛錬不足にも程がある……ッ!

 痛い思いをしないで強くなれるわけねぇでしょうがッッッ!!!!」

 

 

 ビスケット=クルーガーは手袋に食い込んだ歯の残骸をパタパタとはたき落とし、足元に転がった、少年の顔だった穴を冷ややかに見下ろした。

 

 ()()()()()()()()なんて考えたくもない言葉だが、どうにも最近の連中……特に念能力の才能があると自覚してしまった子たちは、自分ならお手軽に最強無敵連戦連勝できて当然、できなきゃおかしい理不尽だ不公平だ、俺がこの世の主人公だと思っている節があるのが頂けない。

 もちろん世界の主役は自分自身だという意思の強さは必要だが、そういう話ではない。

 幸いにしてここ半年面倒を見ている子は、敗北することの痛みも苦しさも知っていて、歯を食いしばって立ち上がってるから「一部の若い子だけかしらん」と思っていた所に、これだ。

 まったく嫌になる。

 

 

(まー、あの子は良いんだわ、あの子は。

 まだ樹脂が固まり切っていない、淡く透き通った蜂蜜色の琥珀……って感じで)

 

 

 その必死な表情がついつい可愛くて可愛くて、泣き顔とかもなんか、こう、すごくクるので、適度にイジメながら懇切丁寧に面倒を見ているので……とりあえず既におぼろげながら(ハツ)が出来つつあったので半年は超突貫で(ネン)の指導に注力したが、次は肉体面を徹底的にしごいてやろうとニマニマしながら育成計画を立てている。

 ちょうどこの後に控えている()()が噂通りの内容なら、修行にはうってつけだ。

 

 

(……けど難儀よねえ、あの子も)

 

 

 なんて、同じ女の子として思わず同情してしまう面も無いではなかったが。

 おっぱいも大きいしウェストも絞ってマッサージで肌も綺麗に整えて、磨けば光るんだから徹底的に磨きあげて、その立派なプロポーションの体で強引に押し倒す勢いで迫ればいけ……いけ……いける……いや、どうかな……どうだろ……。

 

 ともあれ、今は目の前の事だ。

 ビスケはいつのまにか銃声が途絶えた裏路地に向け、総動員した猫を被った声をかけた。

 

 

「そちらは終わりましたの?」

 

「なん、とか……ッ!」

 

 

 呼吸を荒くして汗みどろのスクワラが、路地裏の影からよろめきながら姿を現した。

 彼の背後からは、低く不気味な、しかし主への絶対の従順を示す唸り声。

 暗闇の中から血に濡れた牙を持つ大小様々な犬の群れが、主を守るようにして次々と這い出てくる。

 いずれも、満身創痍。銃創から血を滴らせる個体もいて、スクワラはそれを気遣うような歩調だった。

 

 彼らの、背後。

 

 そこには全身をずたずたにされ、喉笛を容赦なく食い破られたスーツの女が、冷たいコンクリートの上に仰向けに横たわっていた。

 彼女の手には、握りしめられた二丁の自動拳銃──念能力で具現化されたものではない。

 

 この女がどんな(ハツ)を持っていたにせよ、もちろんそれ以外の戦闘能力が絶無だったわけではないだろう。

 単純にただ全身をオーラで覆っただけでも、その身体能力は大幅に向上する。

 そして拳銃弾は、対念能力者戦においても極めて致命的な威力となりうる武器だ。

 だが……念能力には念能力の限界があるように、銃にも銃の限界がある。

 状況次第で銃は念能力者を殺しうるが、だからといって常に銃が念能力者の上にあるわけではない。

 どれほど優れた銃の使い手であろうと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()も、倒す事は物理的に不可能だ。

 

 二丁拳銃は瞬間的な最大火力と装填量こそ長所だが、再装填の隙という短所も持っている。

 そして大前提、人類と獣ならば、()()()()()()()()()

 ましてや四方八方から襲いかかる犬の群れを、たった二丁の拳銃で捌き切るとなれば……。

 

 (ハツ)ならともかく()()()()()()()を武器に選んでしまった時点で、そのスペックこそが彼女の限界点だ。

 

 幻影旅団の一員として、ヨークシンの地下競売会場を襲撃しようとする女が、その程度の事をわかっていないはずがあるまい。

 なのになぜ。彼女は、わざわざ二丁拳銃を武器に選んだのだろう?

 銃によほどの思い入れがあったのか、それとも仲間に似たような武器か(ハツ)の使い手がいたのか。

 死して尚、きつく銃把を握る手からは、なぜか()()()()()()()()()()()()という思いも感じ取れるような気がして……そこまで考えてから、ビスケはゆるく首を横に振った。

 

 

(勝手に想像するのも……侮辱だわね)

 

 

 路地裏に倒れ伏したまま動かなくなった女の骸を、哀れむように見下ろす。

 幻影旅団として裏社会に名を轟かせ、恐怖の象徴の一員であったはずの女。

 そのあまりにもあっけない、末路。

 彼女が何を考え、何を思い、何をしようとしていたのか。

 その記憶も意思も、全ては誰に託される事もなく地上から消え失せ、もはや誰にもわからない。

 ただ──少しだけ安らかな顔をしているように見えるのは、同じ女性としての贔屓目だろうか。

 

 

(ま、殺し合いは殺し合い。対等に命を取り合って、その結果がこれ。

 ……なら、命以上をどうこうするのは外道のやる事)

 

 

 ビスケは去り逝く女の魂を悼むように、しばし目を閉じた。

 それから、ゆっくりとスクワラと犬たちの方へ向き直る。

 

 

「ワンちゃん達も、よく頑張ってくれましたわね」

 

「ああ。……本当に、よくやってくれたよ。皆……皆な、ありがとうな」

 

 

 スクワラは一頭一頭の名を呼び、声をかけ、労り、その体を撫でてやる。

 無傷の犬も、銃撃を受けた犬も、群れの全員がそれに応えて鼻を鳴らし、わずかに吠える。

 そこにあるのは単なる主従関係ではなく、スクワラを()()()()として統率された一つの運命共同体、一つの群れとしての在り方だった。

 

 

(本当に……可愛い子たちね。ご主人の事が大好きで、群れの仲間の事も大好きで……)

 

 

 ビスケの心によぎったのは、物寂しい哀れみだった。

 

 操作系とは文字通り、誰か、何かを操作する系統だ。

 だが同時に、(ネン)というのは思い入れによってその強さを高めていくものでもある。

 その場限りの使い捨ての手駒と、絆を繋いだ同胞たち。

 単純に比較すれば──どちらが能力として伸びしろがあるかは、言うまでもないだろう。

 このスクワラという男と犬たち、そしてポンズと蜂達の連携を思えば……携帯で、ただ無慈悲に他人を操作するだけの能力なんて。

 

 

(こっちの男の子も、それがわかってたらもーちょっと違ってたかもね……)

 

 

 ビスケは断末魔の痙攣を繰り返す少年を見下ろした後、わずかに首を横に振った。

 

 

「よろしければ、ワンちゃん達の手当て、してさしあげましょうか?」

 

「──! できるのか!?」

 

 

 パッと顔を上げたスクワラの表情に浮かぶのは、本心からの喜びと安堵。

 ビスケは「ええ」と頷きながら、自身自慢の念能力、『魔法美容師(まじかるエステ)』のクッキィちゃんを具現化する。

 オーラに包まれて現れたのは、ビスケの理想像の一つ──可愛らしいとは別方向、綺麗で美しく背が高くてスタイルの良い、完璧で究極の偶像(アイドル)だ。

 こうあったらいいな、こうなりたいな。

 ビスケにとっては今のこの姿と同様、幼い頃から思い描いた……女の子の夢の結晶でもあった。

 

 

「こちらのクッキィちゃん、マッサージとオーラを通じた治療を施せるのですけれど、ペットマッサージにも習熟しておりますの。

 もう亡くなってしまったワンちゃんは……残念ですけれど、()()()()()()でしたら獣医の治療まで保たせる事はできますわ」

 

「本当か! 頼む……! こいつらは俺にとっては、大事な家族なんだ!」

 

「ええ、もちろん。任せてくださいまし」

 

 

 ビスケはにこりと微笑んで、銃撃を受けた犬たちの治療をするようクッキィちゃんに命じた。

 オーラは即座に治癒効果を持つローションへと変化し、マッサージと共に犬たちを癒し始める。

 失われた体力を賦活し、命を繋ぎ止め……犬達がこれ以上落命する事は、きっと防げるハズ。

 

 

(ホントはタダじゃやらないんだけど……。

 今回はあのオパール坊やの頼みだし、ポンズも張り切ってたし、ま、良いでしょ良いでしょ。

 報酬として賞金も山分けって話だし、このくらいはサービスって事にしときましょ)

 

 

 何よりオークションに出品予定だった希少な宝石の幾つかを、此方に回してくれるのは大きい。

 天使が地上に流した涙から削り出されたというエメラルド『天使のなみだ』、所有者を次々と変死させてきた『水晶のドクロ』、かのホン・スナカ家の姫君である『クラリオ姫のドレス』にあしらわれた宝石の数々も気になるし、同じくスナカ家から出品された秘宝『いやしのリング』ともなれば最低落札価格5億6000万ジェニーは下るまい。

 すでに前払いで幾つかの宝石はもらっているし、成功報酬がさらに追加で手に入るとなれば!

 

 それにこれだけ予算に余裕が出たなら数日後に控える本命……ブループラネットの眠る『グリードアイランド』にも手が届くかもしれない。

 まあバッテラと競い合うより素直に依頼を受けてクリアを狙ったほうが早いとも思うから、別の宝石への資金に回そうかしらん……なんて計画も練ってはいるけれど、いずれにせよ『グリードアイランド』への挑戦は確定事項だ。

 ポンズを思い切りきゃん言わせてヒンヒン泣かせて徹底的にイジメ抜いて磨き上げてやるのがもう今から楽しみ楽しみで楽しみで……。

 

 

「…………?」

 

 

 などと考えていると、犬たちが治療される事にホッとしていた様子のスクワラが、我に返ったようにマジマジとクッキィちゃんを見つめていた。

 最初はあまりにクッキィちゃんが美しいからかと思ったのだが、その瞳に映る色は決してそんなものではない。

 

 

「……あの、どうされました? クッキィちゃんがなにか?」

 

「いや、そのう……なんだ……」

 

 

 スクワラは恐れと畏れが入り混じった何とも言い難い表情で、おっかなびっくり口を開く。

 

 

「…………この子()勝手に動いたりとかするのかなって」

 

「風評被害なので一緒にするのやめてくださらない???」

 

 

 

 




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