地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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55.嵐の夜 ④

 夜のデイロード公園に、凄まじい怪鳥音(シャウト)が木霊する。

 

 

「イヤーッ!」 「グワーッ!」 「イヤーッ!」 「グワーッ!」 「イヤーッ!」 「グワーッ!」

 

「イヤーッ!」 「グワーッ!」 「イヤーッ!」 「グワーッ!」 「イヤーッ!」 「グワーッ!」

 

「イヤーッ!」 「グワーッ!」 「イヤーッ!」 「グワーッ!」 「イヤーッ!」 「グワーッ!」

 

 

 おお、なんと恐るべき目にも止まらぬ速さのアイジエン・カンフー連打であろうか!

 無数の複製物で撹乱せんという盗賊の作戦は、しかして目に映るもの全てを破壊するという緻密な作戦の前に脆くも敗れさった!

神の左手悪魔の右手(ギャラリーフェイク)』なる(ハツ)が周囲の物体を無差別に高速複製し盾にしようとも、複製速度を上回る攻撃速度と回数を以てすれば何の意味もない。

 瞬間的に最大で五十の盾を生み出されるのなら、五十一発のパンチを繰り出せば良い!

 その拳は触れたものをただ打つのではない、()()()()のだから!

 

 

「ッ、く、う、おぉおぉおおぉぉッ!!」

 

 

 髪を振り乱した小男から苦し紛れに繰り出される拳、手刀、蹴り。

 いずれも致命的な威力を持った攻撃の弾幕を、しかしリンセンはその尽くを払い除ける。

 

 ワックスかける(ワックスオン)ワックス落とす(ワックスオフ)

 柵を塗る、(アップ)(ダウン)(アップ)(ダウン)

 壁を塗る、(サイド)(サイド)(サイド)(サイド)

 床を磨く(サンド・ザ・フロア )床を磨く(サンド・ザ・フロア )

 

 生活の所作ひとつひとつで積み重ね、肉体に染み込ませてきた動きの全てが、リンセンの意よりも早く肉体を突き動かし、生き長らえさせていく。

 

 リンセンは強化系念能力者だ。

 その素質は並であり、特筆すべき異能や(ハツ)を持たない。

 護衛団はもとより、あまねく念能力者全てと比較しても、自分は大した事がないだろう。

 いや、(ネン)だけではない。武芸者としても、自分は凡人だ。

 

 彼が武術と(ネン)を学ぶ前、その拳はただの拳であり、蹴りもただの蹴りにすぎなかった。

 彼が武術と(ネン)を学ぶと、拳は最早ただの拳ではなくなり、蹴りもただの蹴りではなくなった。

 彼が武術と(ネン)とは何かを理解すると、やはり拳はただの拳でしかなく、蹴りもただの蹴りでしかなかった。

 

 リンセンはその事をよく理解していた。理解して、諦めていた。

 それはハンター試験に合格したせいかもしれない。

 ネテロ会長という天井を目の当たりにしたからかもしれない。

 プロハンターとして、この世には想像を絶する使い手が数多くいると知ったからかもしれない。

 自分は()()()()()()()()と、見切りをつけていた。

 

 だが──違った。

 

 ワガママなお嬢様が気まぐれに拾ってきたと思った少年に、拙いながらも自分の修めた技を伝えている間に気がついた。

 自分の実力も才能も関係なく、ただただ必死に日々の鍛錬を積み重ねていく少年の姿を見て、思い出した。

 

 限界などない。停滞があるだけだ。

 

 理解して、わかっていたつもりになって、忘れていた事に、リンセンは再び向き合い始めた。

 自分が蔑ろにして放り出してきたものを、ひとつひとつ拾い直し、積み重ねる事を再開した。

 

 ただ何も考えずに日々を過ごすのではない。

 その全てに意識を配り、動きの一つ一つに意味を持たせ、生きるのだ。

 

 真に恐るべきはただ一万回、一度だけ正拳突きをした男ではない。

 一つの正拳突きを、一万回練習した男である。

 それを上回るのは()()()()()()()()()()()()()()()()男だ。

 無論、リンセンはそのような高みになど未だ至ってはいない。到れるかどうかもわからない。

 だがそれは、もはや足を止める理由にはならなかった。

 ただの拳と蹴りを、どこまでも積み重ねていくのだ。

 

 恐らく、この小男は幻影旅団の中でも実戦部隊というわけではなかったのだろう。

 仮に実戦要員だとしても、その実力は下から数えた方が早かったはず。

 この男がその上で、日々をどんな風にして過ごし、生きてきたのかをリンセンは知らない。

 しかしリンセンにとって生きるという事はそれそのものが修行であり、鍛錬であった。

 

 故に、今回この勝敗を決着した要因は、ただ一つ。

 

 

(──()()()()()()()()()……!!)

 

 

「イヤアアアアアアアア────ッ!」

 

 

「アババババババーッ!?」

 

 

 ついに致命的な掌打がその胸板に叩き込まれ、浸透する衝撃波が心臓を破壊せしめる。

 かくして幻影旅団の十二番(コルトピ)は、このように敗れ去ったのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「しゃあっ! オーラソードッ!!」

 

「うるっさい……!」

 

 

 闇に輝くオーラの剣により、四方八方に張り巡らせた念糸を断ち切られる。

 だが何よりも男の上げる耳障りな叫び声こそがマチの精神を苛立たせた。

 

 

「おまえ喧嘩売る相手間違えたな!

 オレ様のオーラソードは超実戦的フルコンタクト念能力だぜ!!」

 

 

 髭面の男は掌中から溢れ出す巨大な青白い光の刃を、まるで子供がオモチャの剣をそうするように、無造作に振り回していた。

 そこには武芸の理もなければ、戦術の機微もない。

 ただひたすら、ブンブンブンブンブンブンと何も考えずメチャクチャに光の剣がぶん回されているだけだ。

 あるのは単純明快、己の力を誇示したいという底知れぬ俗物根性のみ。

 だがそれが生み出しているのは、馬鹿げたエネルギーの塊だった。

 

 

「いい加減、そればっかり……ウザいよ、あんたッ」

 

 

 マチは冷ややかに言い放つと、指先から目に見えぬほど細い念糸を無数に射出した。

 それは鋼よりも硬く、鋭く、獲物の四肢を絡め取り、縛り上げ、捩じ切り、あるいは切り刻む……死の糸だ。

 しかし──……。

 

 

「しゃあッ! オーラソードッッッ!!」

 

 

 髭面の男が鼻で笑い、オーラソードを横に薙ぐ。

 ずんばらりんと呆れるほどあっけなく、マチが張り巡らせたはずの念糸が瞬時に切断された。

 

 

「お前バカかァ? 糸が剣に勝てるわけねえだろッ!」

 

「……ぐ、ぎ、ぃ、く、ううううぅぅうぅ…………ッ!!!!!!」

 

 

 マチは馬鹿はどっちだと全力で罵倒して言い返したい衝動と激情で頭が爆発しそうになる中、唇を噛み締めて即座に跳躍し、後方へ退避する。

 

 念糸はマチの体に纏うオーラから変化、放出された、彼女自身のオーラだ。

 距離が離れれば離れるほど耐久性は落ちるとはいえ、この至近距離ならばほとんど問題にもならない。

 水鉄砲は口が細いほど勢いよく飛ぶ──かつ、オーラの流出量も少なく、最大効率で最大威力の(ギョウ)と言っても過言ではない。

 だが、それが何の意味もなさない。

 ただの荒いオーラが、質的な違いを無視して、ただの力押しで物理的に断ち切ったのだ。

 

 マチは自分の尊厳そのものがずたずたに切り裂かれ蹂躙されるような屈辱の中、それでも必死に冷静に頭を巡らせ、戦闘に意識を割き続ける。

 

 

(こんなの、おかしいよっ ……ありえない!)

 

 

 そう、異常だった。

 

 恐らく相手も自分と同じ変化系。マチがオーラを糸の形にするのに対し、無理やり剣の形に纏めているのだろう。

 だからこそ、わかる。

 これほどの威力、出力でオーラを放出し続けていれば、遠からずオーラが枯渇して戦闘力を喪失するはず。

 にも関わらず──……。

 

 

(オーラの出力が……上がってる!?)

 

「しゃあっ! オーラソードッッッ!!!」

 

「ッ、う……!!」

 

 

 髭面の男がまたしても叫びながら、今度は頭上からオーラソードを叩きつける。

 マチは反射的に念糸を縦横に交差させて編み上げた盾を形成するが、刃が触れた瞬間、盾は紙のように切り裂かれた。

 だがその切断にかかる一瞬の隙をついて、マチはどうにか恐るべき刃の軌道から身を退ける。

 

 

「こ……のッ!?」

 

 

 目の前にいるのは、ただの馬鹿だ。ただただ理不尽な馬鹿。

 冷静な分析も、精緻な手技も、理屈の通じない馬鹿の前では無意味と化す。

 マチにとっては最も理解不能で、最も嫌悪すべきタイプの敵だった。

 

 

(ネン)の使い方が下手だぜ、お前! 糸出すばっかじゃねぇか!

 もっと、こう……ビシッとした(ハツ)はねぇのか!?

 ないならそろそろやっちまうけど良いか!?」

 

「ふッざけんなァァ……ッ!!」

 

 

 マチはほとんど泣き叫ぶような声と共に、メチャクチャな軌道と量の念糸を放った。

 今度は蜘蛛の巣のように四方から網目を形成し、突っ込んでくる男を絡め取ろうという考えだ。

 しかし、髭面の男は糸が見えているのかどうかも怪しい動作で、ただ無防備にオーラソードを振り乱した。

 それは剣技ではない。扇風機のような、ただの暴力的な旋風。

 マチの念糸は一本残らずその奔流に巻き込まれ、千切られ、霧散し、その真っ只中を髭面の男が突っ走ってくる。

 

 相手が何をしようが(ネン)を使おうが斬るしかない。

 とにかく彼の武器はオーラソードしかない。

 斬るしかないっ!

 

 

「しゃあっ オーラソードッ!!!」

 

 

 どこまでも傲慢で、底抜けに空っぽな男が、自分の念糸を切り裂いてくる。

 

 マチはサラサの仇を討つために生涯を捧げ、技巧を磨き続けてきた。

 遺体修復者(エンバーマー)のレンコに弟子入り、修行して、やっと身につけたのが念糸縫合だ。

 そんな己の人生が、ただの馬鹿によって、一方的に蹂躙されていく。

 自分がストイックに時間と労力と金と愛情をかけて築き上げたものが、ぐちゃぐちゃに崩壊させられていく。

 これはもう、レイプされる以上の屈辱だった。

 

 

(……なんで……なんでっ ……こんな、馬鹿なんかにぃ……ッ!)

 

 

 思わず目に涙が浮かび視界が滲んだ瞬間、髭面の男が最後の一振りを繰り出した。

 振り上げた二つの腕に溢れる光。雷を跳ね飛ばす勢いでソードが奔る。

 

 

「んかあっ!

 スーパー・ダイナミック・ストロング・エムブイピー・オータニ・オーラソードッッッ!!!」

 

 

 馬鹿丸出しの叫びと共に、髭面の男の手元から光が爆発的に広がった。

 それは、剣というにはあまりにも巨大過ぎた。

 大きく、薄く、軽く、そして大雑把過ぎた。

 けれど何も知らずに外から見る分には、それは、まさに光の塊だった。

 実態を知っているのはノストラードファミリー、ネオン護衛団のメンバーだけだろう。

 髭面の男の(ハツ)が持つのは、単純明快な、一つの馬鹿げた理屈。

 

()鹿()()()()()()()

 

 だってそんなもの、馬鹿は知らないのだから。

 

 

「……あ」

 

 

 マチは防御の糸を張り巡らせるが、それはあまりに脆く、儚いものだった。

 全てを飲み込む閃光が視界を埋め尽くす。

 腹部に直撃した衝撃と、全身を襲う圧倒的な熱量。

 マチの肉体が、まるで布切れのように吹き飛ばされる。

 

 

「ひ、ぎゅうッ!?」

 

 

 背中から大木に叩きつけられた瞬間、マチの意識は急速に暗闇へと沈んでいった。

 そのままずるずると力なく崩れ落ちた姿は、年相応の小柄で華奢な少女に過ぎないように、髭面の男には見えた。

 

 

「ふーっ

 ……なぁんか悪いコトしてる気分になるぜ。罪悪感っつーかよぉ」

 

 

 髭面の男は大きく息を吐くと、その想像以上に軽い女の体を軽々と担ぎ上げた。

 完全に白目を剥いて気絶しているが、どうやらまだ生きてはいるらしい。

 心臓ぶち抜いて首刎ねてトドメ刺しとくべきじゃねえかなあと少し考える。

 

 

「なあリンセンさん、こいつ殺さなくて良いのか?」

 

「一応の下手人を立てる必要はありますからね。生きているなら拘束してください」

 

()()()()殺すなってむっつかしい命令だよなぁ……。

 だってよ、行けたら行くって言うのは別に行けないかもしれないって事だろ?

 だったら生かして捕まえる努力をしろって意味なのか、ぶっ殺そうとしたけど死ななかったら捕まえろって意味なのか、いまいちわかんねえんだよ」

 

「今回は後者……で良いと思いますよ」

 

 

 無事にもう一人の旅団員を仕留めたリンセンは、ゆっくりと残心の構えを解いた。

 足元に転がる小男の死体──幻影旅団であり、名はコルトピ。

 今、髭面の男が担ぎ上げているのはマチ=コマチネ。

 ルモアから知らされた情報でしか知らない相手。

 それでも年頃の娘である事を思えば、ほんの少しだけ、哀れみともつかぬ感情は頭をよぎる。

 どんな末路を迎える事になるにせよ、ろくなものではない。

 

 

「……もっとも、今此処で死んだ方が幸せだったでしょうけどね」

 

「ふぅん……やっぱ怖いッスね、マフィアは」

 

 

 髭面の男はわかっているんだかわかっていないんだか、よくわからない言葉を呟く。

 この下手に調子に乗らせるわけにはいかないが、調子づかないと実力を発揮できない同僚……後輩を、どう評価して良いものか。

 少し考えた末、リンセンの顔に浮かんだのは、僅かな笑み。

 

 

「……時々、あなたの事が羨ましくなりますよ」

 

「なんスかァ、それ?」

 

 

 リンセンは静かに首を横に振った。

 

 

「お互い無事に生き残れて良かった。そう言う意味です」

 

 

 

 

 

 




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