地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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57.嵐の夜 ⑥

「しゃあっ ついに来たかァッ!!」

 

 

 ヨークシンシティの一角。派手に破壊されたデリ(コンビニ)

 

 レジカウンターに腰を下ろして酒をかっくらっていたウボォーギンが、野獣の如き快哉をあげた。

 手元の──彼の手指の大きさと比較するとかなり小さい──携帯電話には、クロロからの『派手に殺れ』のメッセージ。

 手持ち無沙汰に気を紛らわせるため、適当に暴れる必要はもうない。

 

 待ちに待った、復讐の時が訪れたのだ。

 

 彼は景気づけに飲み干した缶ビールの空き缶を握り潰すと、奥に転がる店員の傍へと投げ捨てた。

 カウンターから飛び降りるとドスンと重々しい衝撃。

 無惨な店内に、ばらばらと棚から陳列された商品が零れ落ちる。

 まるっきり、ちんけな強盗の犯行現場──……これが幻影旅団の仕事か?

 

 

(しょうがねえじゃねえか。もう、()()()()()()()()んだからよ)

 

 

 ウボォーギンは、かすかに笑った。

 脳裏によぎったのは、ほんの少し前にアジトで相対した、あの黒髪の少年だ。

 フェイタンはキレちらかしていたが、ウボォーギンは特に気にしていなかった。

 あんまりにも真っすぐで、直球の言葉だった。

 今までで一番(クロロの劇)ってほどではなかったが──なかなかに()()()

 

 

(ったく、クリンレッド(カタヅケンジャー)みてえなこと言いやがって)

 

 

 あの時、サラサがいなくなった時、あのガキがいたらまた何か違ったのだろうか。

 いや、あるいは……オレがあのガキみたいな事をクロロに言えれば良かったろうか。

 

 最初は、ただなんでも良いから欲しかった。

 それがクロロと組んで世界一の悪役になるという夢を見つけた。

 けど──()()()()()良いのかなんて、まったくわからなかった。

 今もそうだ。

 他の方法は知らないし、わからない。今さら学んだところで手遅れだ。

 考えるのは、クロロに任せてしまった。

 

 強く、ただ強く。

 

 あとはもう、行き着くところまで行くしかない。

 最初から最後まで、流星街のガキのまま。

 結局彼はいつまでも、あの雨の森からは抜け出せない。

 

 

 ──ピーンポーン。

 

 

 不意に鳴り響いた場違いに軽快な入店音が、ウボォーギンの意識をヨークシンに引き戻す。

 

 

「ヨークシン……初めて来たが、良い(トコ)じゃあないか」

 

(旅行者か……)

 

 

 現れたのは、旅装束と思える外套を纏った、淡く緑がかった長髪の優男だった。

 

 普段ならジャマだクソゴミなどといって適当に払い除けて、叩き潰したかもしれない。

 だが、今の彼は気分が良かった。酒のせいもあるかもしれない。

 だから数分前に殺された店員とは異なり──もうそんな事も覚えていない──気まぐれを起こす気にもなった。

 これから何十人何百人と殺すのだ。その前に旅行者の一人くらいは、見逃してやっても良い。

 

 

「ヨークシンか、メシが旨いぞ。

 ベーグル&ロックスとかな……。

 何か奢ってやろうか? 何が欲しいんだ?」

 

(レン)……」

 

「……テメエ、客じゃあねえな」

 

 

 ウボォーギンの全身から、燃えるように陽炎めいたオーラが立ち上った。

 その闘気は一瞬にして周囲の空気を歪ませ、コンビニの蛍光灯をチカチカと明滅させた。

 割れた窓ガラスから吹き込む夜風が、店内に充満していた安酒と死臭をかき混ぜていく。

 眼前に立つ男から放たれる、明確な()()()()()が、ウボォーギンという野獣の防衛本能と闘争心を滾らせていく。

 

 

「……いいねェ。()()なら、いくらでもたらふく食わせてやれるぜ」

 

 

 ウボォーギンは獰猛に口端を釣り上げ、低い笑い声を漏らした。

 カツ、と旅装束の優男が、壊れたプラスチックの破片を踏みつけて一歩前へ出る。

 その佇まいは血生臭いコンビニの惨状にはあまりにも不釣り合いなほど、洗練されていた。

 

 

「それは良い。実はこないだ、()()()()()()た所でね。

 そこで紹介されたんだ……()()()()()()()()()()相手がいると、ファンの少年から。

 いやはや、これは期待以上だ」

 

「そいつァ気の毒にな……。お前、死んじまうぜ」

 

 

 男は応える代わりに外套をわずかに翻し、ゆっくりと構えを取った。

 虚空に浮かぶ何かを掴むような異様な構え……。

 同時にその瞬間、彼の身体からもまた、凄まじい密度を持ったオーラが噴き出した。

 ただ荒々しく膨れ上がるウボォーギンのそれとは対照的に、そのオーラはまるで静かな水面に広がる波紋のような穏やかさ。

 

 

(へ、ェ……?)

 

 

 ウボォーギンの目が、獲物を見つけた喜びにギラリと輝いた。

 シャルナークの情報にも、こんな男のデータはなかったはずだ。

 つまり、例のネオン何とかいう女とその妹の護衛ではない。

 ではマフィアが雇った賞金稼ぎか? あるいはこいつが陰獣なのか?

 だが、そんなことはもはやどうでもいい。

 これほどの上物が、向こうからわざわざ死にに来てくれたのだ。

 クロロの『派手に殺れ』という命令を全うするのに、これ以上の開幕の合図はない。

 

 

「……名前を聞きたいもんだ。なんてェんだ、兄ちゃん?」

 

「……カストロ。私の名は、カストロだ」

 

「カストロ……ん? カストロと言えば……()()()()()()()()かっ!!」

 

「いかにも!」

 

 

 コォォォ……。

 カストロの口から鋭い呼気が漏れ、その両手が、まるで牙を剥く猛虎のごとき軌道を描く。

 

 その洗練された()を前にして、ウボォーギンの全身の毛が逆立ち、オーラが激しく燃え上がった。

 ただの力自慢ではない。その事実が、燻っていた彼の闘争心を完全に呼び覚ます。

 

 

「こりゃあ良い! 俺もここん所、まともなもんを喰えてなかったんだ!

 陰獣もいねえ、マフィアの黒服どもは雑魚ばっか! フラストレーションが溜まってんだ!

 だからよォ──」

 

 

 ウボォーギンが拳を握り締め、腰を深く落とした。

 彼を中心に、大気がビリビリと悲鳴を上げる。

 

 

「──一発で、粉々に粉砕してやるぜええええええッッ!!!」

 

 

 ウボォーギンが地を蹴った瞬間、コンビニの床のコンクリートが文字通り爆散した。

 その巨体からは想像もつかない神速の踏み込み。

 繰り出されるのは()()()()()()

 極限までオーラを右腕に集中させた、彼が磨きに磨き抜いた究極の一、必殺の技。

 

 

超破壊(ビックバン)────ッ!!」

 

 

 それよりも早く、()()()()()()が視界いっぱいに広がった。

 

 

(なっ なんだぁっ!?)

 

 

 ──カストロにとって、間違いなく幸運といえるものが一つあった。

 

 ほんの数ヶ月前、自分にとっての決戦を控えていたあの日、銀髪の少年……キルアと入れ違うように現れた少女たち。

 片方は小悪魔のように表情がくるくるとかわり、片方は天使のように曖昧な微笑を浮かべた、正反対の仲睦まじい姉妹。

 

 大好きな男の子のためのサインを欲した彼女たちに、カストロは快く応じた。

 だが衝撃を受けたのは、その報酬として与えられた()()よりも何よりも──二人の在り方だった。

 

 カストロは、自分と……自分と、自分の分身(ダブル)の在り方を、酷く恥じた。

 

 彼女たちに比べて、何という無様で未熟な分身(ダブル)だろうか!

 自分が意思を以て集中し、必死になって具現化しなければ形にもならない。操作もできない。

 あのように生き生きとした鏡映しの双子とは、比べようもないではないか。

 何が(ネン)によって完成した真の虎咬拳だ! 何が虎咬真拳だ!

 こんなもののどこが……その名にふさわしい技だというのか!

 

 ──ああ、そうか。

 

 自分は、ヒソカが怖かったのだ。

 ヒソカを恐れ、彼と戦う事を恐れ、彼に敗れる事を恐れた。

 だからヒソカと同じように、相手を騙くらかして翻弄するものを求めたのではないか。

 だから自分ではない()()が、かわりに戦ってくれれば良いと思ったのではないか。

 自分はヒソカとの戦いに備えたようでいて、ただ目を逸らして、逃れていただけ。

 それこそ分身(ダブル)()()()()ということにすら、気づかないほどに……。

 ()()()()()()()()()()()()()のだ。

 そんな心構えで、勝てるはずがない。

 

 ()()()()()()を辛うじて生き抜いてからは、己を見つめ直す日々だった。

 

 己とは何か。分身(ダブル)とは何か。虎咬拳とは。

 

 敗北、生還、そして再びの修行。

 

 一時は、分身(ダブル)を封印しようかとも考えた。

 だがしかし、それもまた逃げではないかとも考えた。

 己からは逃げられない。

 どう足掻いても、自分を見つめる自分の目からだけは……逃れる事ができない。

 

 そして、気づいた。

 

 己を鍛えれば、分身(ダブル)も鍛えられる。

 己が強くなれば、分身(ダブル)もまた強くなる。

 一日の鍛錬が、二倍の成果へと繋がる。

 

 強いところも、弱いところも、情けないところも、誇るべきところも、すべてが自分と等しい。

 自分の何もかもを……まずは受け入れなければならない。

 

 私は尊大で、見栄っ張りで、自意識過剰だ。傲慢でもある。

 観察力も乏しい。余裕を装っているが、すぐに騙され、カッとなって、冷静さに欠ける。

 名前のセンスだってない。

 あるものといえば、ただただ磨いたこの拳法のみ。

 

 それが私だ。

 それで、良いではないか。

 

 ヒソカに負けた時の悔しさ、(ネン)に目覚めた事の驚き、分身(ダブル)にたどり着いた時の喜び、必死に真剣に名前を考えた夜の苦悩、それによって積み重ねた勝利への興奮、着実に近づいてくる再戦の日に対する不安、またしても敗れ去った時の絶望、理不尽で無理解な観客どもの好き勝手な反応と掌返し、罵声と批評への諦念と反発、そしてそこから立ち上がるために歯を食いしばって奮闘した日々。

 他の誰も知ることはできない。知っているのは自分だけ。

 そんな私の事を、私の抱えた思いを、私以外の誰が一番理解してやれるというのだ。

 

 そう理解し、受け入れた時、もはや分身(ダブル)分身(ダブル)では無くなっていた。

 

 分身(ダブル)とは己であり、己とは分身(ダブル)だ。

 分身(ダブル)は身代わりではない、共に戦う()()()()()()なのだ。

 

 故に自分に重ねる。共に在ろう、共に征こうと決意する。

 結果、生み出されるのは2倍の脚力、2倍の筋力、2本の腕。

 これに(レン)による3倍のオーラを組み合わせれば、(コウ)で薄くなったオーラの防御を食い破る、24倍威力の────

 

 

超・虎咬真拳(スーパー・ここうしんけん)ッ!!」

 

 

    あ          あ

「 が    あ    あ    あ   ッ ッ ッ!? 」

         あ         あ

 

 

 ウボォーギンの顔面が、文字通り()()()()()()

 だが血飛沫を撒き散らし仰け反りながらも、一切の停滞を挟まず拳が床に直撃する。

 

 爆発が起こった──……と、思って頂きたい。

 

 (ネン)によるオーラは、目覚めていないものには見る事はできない。

 カメラや映像を通しても視認する事ができる以上、確かにそこに存在するのに、目には映らない。

 しかし……それでも強烈な衝撃と爆散する構造物は、確かに人に爆発が起こったと認識させるだけの威力の証拠だ。

 その上を、カストロは行った。

 ウボォーギンの腕を、頭を、飛びかかった猛虎が勢いのまま駆け抜けるように超え、高みを抜けて背後に降り立つ。

 彼我が、振り返るのが──ほぼ同時。

 視覚と嗅覚を損なわれながらも、ウボォーギンの聴覚は、肌に触れる空気の流れは、あるいは直感、もしくはその強烈な(エン)に匹敵するほどの(テン)は、目の前の敵を決して逃さない。

 

 

「っらあああッ!!」

 

 

 横殴りの猛風の如く叩きつけられる拳は、ダメージを負ったにも関わらず微塵のオーラの揺らぎもなく、致命的な威力を有したまま正確無比に振り抜かれる。

 たとえ前後左右にどう動こうとも、あるいは分身(ダブル)と入れ替わろうとも、目に映る景色に惑わされなくなったことで逆に高まった認識力は逃れる事はできない。

 もはや分身(ダブル)は通じない────()()()のカストロであれば。

 

 

「おおっ!!」

 

 

 カストロの体から伸びる()()()()が、人間ではあり得ざる軌道で彼を疾駆させた。

 位置を正確に把握しても、四足の虎が如き軌道をウボォーギンは読めなかった。拳が空を薙ぎ、生み出された衝撃が大気を殴り飛ばして遥か後方の飲料ケースを爆散せしめる。

 飛ぶ拳撃、俗に百歩神拳とも呼ばれるその絶技を(ハツ)に依らず実現したその身体能力は想像を絶するウボォーギンの力量の証だ。

 しかして目の前にいるのは猛虎である。

 虎には──人にはない、牙がある。

 

 

「しゃおらっ!!」

 

 

 その顎に生え揃った上二、下二、合わせて四本の牙が、ウボォーギンの右腕を噛み千切った。

 

 

「ぐ、があ、ああああッ!?」

 

 

 ライフルの貫通力、対戦車スーパーバズーカの一撃すら耐えうる防御が貫かれた。

 ウボォーギンの絶叫は恐怖でも苦痛でもなく、驚きと、自らを鼓舞する獣の雄叫びだ。

 引き千切られた腕の断面から滝のように鮮血が迸るが、それを浴びる事をカストロは恐れない。

 かつては汚れによる弱点を知らなかったが故に。

 今は、もはや汚れようが構わないと覚悟しているからこそ。

 だが獲物の血を恐れず血飛沫の中を突っ切ろうとする虎へ、ウボォーギンは吠えた。

 

 

「舐ァめるなあッ!!」

 

「なにっ」

 

 

 爆発的なオーラが一挙に心臓へ集中する。

 同時、その腕の切断面から滴る血が、真紅の矢のように収束、高圧で噴射された。

 人間の肉体のなかで()()()()()()()()()心筋──ウボォーギンの持つ人類の規格外とも言える強大なそれをさらに(ネン)で強化する事によって放つ、捨て身の一撃。

 

 血が閃光と化した。

 

 それはウボォーギンという男が、もはや人類を超越した怪物の領域に達している証拠だ。

 心筋の超圧縮によって高圧噴射された血流は、至近距離からカストロを貫かんと放たれる。

 並の念能力者であれば、この想像を絶する光景に対処も反応もできず、自分が何に貫かれたかもわからずに敗れ去っていただろう。

 だが、カストロは──何をするかわからぬ()()()を相手取る事を、常に考えていた。

 

 勝敗を分けたとすれば、その一点だった。

 

 

「──コオォオォォォッ!!」

 

 

 カストロの口から、異様なまでに冴え渡った呼気が漏れる。

 

 迫り来る血の熱線が直撃する寸前、カストロの身体が()()()

 カストロ自身と彼に完全に重なり合っていた分身(ダブル)が、寸分違わぬ呼吸で左右へ、ほんの僅かに位置をズラす。

 同時にその四本の腕が残像を生み出すように重なり合いながら、異様な軌道と速度で、虚空へと円を描く──……。

 

 音はなかった。

 

 カストロの四つの拳が致死的な血の奔流に触れた……否、一瞬の内に()()叩いた。

 その結果、真紅の弾丸の軌道がほんの数度……僅かに外へと()()()

 

 それは猛烈な風圧を生み出してカストロの長髪をなびかせ、背後の壁を貫いて消えた。

 致死的な血流とすれ違うように、カストロは地を蹴って踏み込む。

 恐らく、放置すればこの出血量、遠からず目の前の男は死ぬ。

 だが、そのような勝ち逃げをする気はない。

 仕留められなかった。直感したウボォーギンが大きく息を吸い込み、肺腑に呼気を蓄え始める。

 だがカストロはためらわない。

 相手の行動が何であれ、それは常に必殺。であればこちらも必殺で挑むのみ。

 

 

超・虎咬真拳(スーパー・ここうしんけん)ッ!!」

 

 

 袈裟、逆袈裟、表切上、裏切上──虎咬拳、必殺の"四度打ち"。

 凄絶な気合と共に放たれたカストロの四臂が、ウボォーギンの強固なオーラの防壁を引き裂いた。

 

 

「が、はっ…………」

 

 

 ウボォーギンの巨体が、完全に硬直した。

 殺人的な破壊力を発揮するはずだった咆哮は、破れた肺から漏れるぜひゅうという呆気ない音へと変わって抜け落ちる。

 

 胸からの出血は──思いの外少なかった。

 

 カストロの手がウボォーギンの脇腹からその強靭な肋骨を容易くへし折りながら貫き、彼の胸腔の奥深くへと真っ直ぐに突き刺さっていた。

 その指先が、虎の牙のように……確かに掴んでいる。

 ドクン、ドクンと、未だ往生際悪く爆発的な脈動を続けようとする……怪物の心臓を。

 

 

「言い残す事があれば、聞こうか」

 

「ぁ、あ────……」

 

 

 ウボォーギンは、急速に闇へ落ちていく意識の中で考えた。

 

 今更、幻影旅団の仲間たちに何かを言う意味も、必要もないように思えた。

 俺がどのように生きたか、何を考えていたかは……言うまでもなく全員が知っているはずだ。

 もちろん話したいことは山のようにあったけれど、それはまあ、()で良いだろう。

 たぶんまあ、先に行った自分は山のようにサラサに説教を食らうだろうし。

 そういや結局、ガキの頃からサラサには敵わなかった。

 

 

(なんでえ、やっぱ最強じゃねえな、俺)

 

 

 なら、言うべき相手は一人。

 

 

「グリードなんとかってゲーム探してるガキに会ったら、約束破って悪ィって言っといてくれ。

 あー……あと、そうだ。なんつったら……いいか。そうだな……」

 

 

 息を、吐く。かわりに、血が口から零れ落ちた。あと一言だ。それで良い。

 

 

()()()()()()()……けど、()()()()()()()()……ってよ」

 

「承知した」

 

 

 カストロは静かに告げると同時、掴み取ったその心臓に自らのオーラを慈悲深いまでに容赦なく流し込み、一挙に──破裂させた。

 

 

「ご……が、ぁ…………ッ」

 

 

 ウボォーギンの口から、大量の血塊が溢れ出る。

 その眼球から、完全に光が失われた。かすかな痙攣と共に、その圧倒的な重量を支える力が消えていく。

 

 ──死んだ。

 

 カストロが静かに右腕を引き抜くと、ウボォーギンの山のような巨体は、一歩も動くことなく、そのまま前向けにどさりと崩れ落ちた。

 床に広がっていく、赤黒い巨大な血の海。

 

 

「ふぅーっ…………」

 

 

 カストロは深く、深く息を吐き出した

 

 

(──紙一重だった……)

 

 

 恐るべき技量の持ち主であった。

 強化系の念能力者として、才能……あるいは単純なスペックは己を遥かに凌駕している。

 だが、惜しいかな、おそらくは……。

 

 

()()()()()()()()との出会いが、ほとんど無かったのだろうな)

 

 

 カストロは一度瞑目した後、屈み込むとウボォーギンの瞳を閉じてやった。

 静寂が、半ば廃墟と化したコンビニを包み込む。

 割れたガラスの隙間から吹き込む夜風が、亡骸から戦いの余熱を奪い去っていく。

 

 そこに──ぱち、ぱち、ぱちと、場違いに軽やかな拍手の音が響いた。

 

 

「素晴らしい♥……本当に、素晴らしい◆

 やっぱり、あの試合でキミを殺さなかったのは正解だったよ♣」

 

 

 半壊したバックヤードの、従業員用トイレのドアが音もなく開く。

 傾いた蛍光灯の明滅に照らされて現れたのは、携帯電話を手に、喜悦を隠そうともしない奇術師──……。

 

 

「ヒソカ=モロウ……」

 

 

 カストロは驚かなかった。むしろ、この戦いの裏に彼の影があることは必然だとさえ感じていた。

 血に濡れた右腕を無造作に振り払い、静かに奇術師と対峙する。

 ヒソカはウボォーギンの死体には一瞥もくれず、ただ貪欲な、極上の獲物を見つめる瞳でカストロだけを凝視している。

 

 

「おっと、勘違いしないでくれよ♠ ボクはキミとやりあうつもりはないんだ……今夜はね♣

 友達から仕事を頼まれて……仕事かな、まあ仕事、たぶん仕事、シュミと実益を兼ねてるけど◆

 その友達がキミの大ファンでね、キミが戦うなら、結果を知りたいだろうと思って……♥

 ふふ、ボクだけ最高の特等席で観戦なんて、なんだか悪いけど……ああ、すごくイイね、滾ってくる……!」

 

 

 ヒソカは恍惚とした表情で、自らの肩を抱くようにして身体を震わせた。

 その全身から溢れ出る殺気と興奮のオーラは、先ほどまでの死闘に勝るとも劣らない密度で迸りつつある。

 だが──言葉通り、ヒソカはこの場でやり合うつもりはないらしい。

 

 彼は身悶えしながらも、どうにか衝動を抑え込んだが──それはカストロも同様だった。

 

 

「そうだな。私は別に今から相手をしても良いが……ヒソカ、お前とやるなら──」

 

「うん、そうだね♠ キミと、やるなら──……」

 

 

 ヒソカはトランプの一枚を指先で弄びながら、くすくすと笑う。

 カストロが静かに構えを戻す。四臂の残像が微かに揺らめく。

 

 二人の声は、ぴたりと重なった。

 

 

「「天空闘技場」」

 

 

 ヒソカの瞳が一瞬、爛々と輝き──しかし、彼はふう、とわざとらしい溜息をついて、弄んでいたカードをポケットへと仕舞い込んだ。

 

 

「うん、やっぱりあそこだよね♣

 こんな血生臭い、ちんけな店の床で絡み合うなんて、あまりにも情緒がない♥」

 

「ああ。望む所だ。お前から受けた敗北は、次こそ返そう」

 

「ふふ、期待しているよ♠

 そうだ、キミ、フロアマスターになりなよ♣

 どうせならバトルオリンピアでやろう、その方がずっとずっと、盛り上がる♥」

 

「良いだろう。……待っていろ、ヒソカ」

 

「もちろん、ボクはいつだって……ずっとずっと、待っているんだぜ」

 

 

 ヒソカは割れた自動ドアの向こう、ヨークシンの闇夜へと視線を向けた。

 そこに聳え立つのは──暗黒の塔、セメタリービルの威容……。

 

 

「そう……今晩は、ずっとずっと待っていた夜でもあるんだ♥

 キミとの戦いが、次の楽しみになることを祈っているよ♠」

 

 

 奇術師は最後に一度だけ、狂気と歓喜に満ちた笑みをカストロへ向け、足音もなく夜の街へと消えていった。

 恐らく向かう先は……セメタリービルだろうと、カストロにはわかった。

 今夜のヨークシンは何か……壮絶な気配が渦巻いていて、その中心点となるのがあの塔だという事は、わかる。

 自分もその大きな戦いの渦に引き込まれたのだと、カストロには直感していた。

 

 

「だが……次は、バトルオリンピアだ」

 

 

 一人残されたカストロは、崩れ落ちた怪物の遺体を見下ろす。

 この世にはまだまだ、己よりも強い相手が星の数ほどいる。

 それはこの場で息絶えた、この怪物の如き男と違って……どれほどの幸運だろうか。

 

 カストロはもはや二度と立ち上がる事のない屍から視線を切ると、決断的な足取りで歩き出した。

 己を磨き続ける猛虎の歩みは、ここからまた新なる高みへと続いていく──……。

 




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