地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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58.ショウ × マスト × ゴーオン ①

 ──そして暗黒の塔の天頂で、俺はヤツと対峙する。

 

 

「嵐……か」

 

 

 クロロ=ルシルフルがぽつりと呟いた言葉が、開かれた窓から轟々と吹き荒ぶ風の中、俺の耳に届いた。

 ペントハウスの薄闇に滲むクロロ=ルシルフルの表情はよくわからない。

 怒りとも、混乱ともつかない、曖昧な顔のまま。

 絶望……は、ないだろう。少なくとも、クロロはまだ蜘蛛たちがどうなったかを知らないのだから。

 ただ自分がどんな顔をして、どんな事を思っているのかは、クロロ自身にもわからないに違いないとは思った。

 

 クロロはもう、あの少年時代に残りの人生を悪党として生きると決めてしまった。

 この世界で起きた事が原作と同じなら、彼が11歳の時で……それから15年の時が過ぎている。

「世界で一番恐ろしい盗賊の首領」という役を演じ続けた時間の方が、素の自分よりも長い。

 クロロは役に没入するタイプの名優だ。

 流星街の上映会、その場その場で、アドリブも混じえて巧みにキャラクターを演じ分けた姿を見れば良くわかる。

 

 けれど「クロロ=ルシルフル」というキャラクターを作り上げたのは……11歳の少年なのだ。

 誰に頼るでもなく──ウボォーギンに頼ったけれど、彼はクロロを頭にしてしまったから──たった一人で。

 そこには深みもなければ、意外性もない。

 ただただ何処までも「それっぽい悪役」としての生き様(スタイル)しかない。

 

 ──俺には、クロロの気持ちが痛いほどよくわかった。

 

 別に原作を読んでいるからじゃあない。

 今日この時のため、徹底的に相手を調べ尽くしたからというわけじゃあない。

 

 何度も何度も、ひたすらに考えたからだ。

 俺がクロロだったら、この夜にどう行動するか。

 クロロはなぜ、そんな行動をするのか。

 何を考えて、どうしてそう振る舞うのか。

 

 もちろん、こんなのはただの思いこみだろう。

 でも、繰り返し繰り返し考え続けた末に、俺は一つの結論にたどり着いた。

 

 ()()()=()()()()()()()()()()()()()()()

 

 流星街を、自分の大切な友達を襲った暴虐と同じものになりたかった。

 自分たちを脅かす恐ろしいものと同じになりたかった。

 自分たちの夢を奪ったものと同じになりたかった。

 同じものであれば、脅威に抗う事ができる。故郷を守ることができる。

 

 そうなれば、もう何も恐れることはない。怖がる必要はない。

 

 だから人を襲い、殺し、臓器を奪い、大切なものを奪い、売りさばく。

 自分たちがされた事と同じ事を繰り返す──同じ存在になるために。

 攻撃者への同一化を成し遂げれば、二度と同じ目には合わないで済むから。

 

 ()()()と、思った。

 

 ()()()()だと。

 

 俺だって幻影旅団が好きなのだ。そうだ旅団員の事は好きだ。

 少なくとも俺が覚えている限りの原作で、アニメで、ゲームで彼らが過ごした時を知っている。

 俺は『みんなともだち大作戦』で彼らと友だちになった。

『導かれし者』でクロロと一緒にゲーム屋を襲い、ウボォーギンとカフェで食い逃げをした。

 万一、何も起こらなかったのなら、別にこんな事をする必要はないし、したくもなかった。

 

 もし俺が流星街に生まれていたら。

 きっとシーラやマチやシズクと仲良くなりたいと思っただろう。

 パクノダの恋を応援したり、ウボーやノブナガやフィンクスと馬鹿をやったろう。

 フェイタンやシャルナークと一緒にゲームをしたり、フランクリンと皆の有様に呆れたり。

 ボノレノフと一緒に箱の中で一番人気は俺だとか言い合ったりもしたかもしれない。

 コルトピの事だってもっと色々わかったかもしれない。

 ヒソカやオモカゲとは……どうかな、友達になれるかはちょっとわからないけど。

 

 だけど何より、そもそも──……()()()()()()()()と、そう思ったはずだ。

 もしそれができれば、きっと今頃は……皆で旅の劇団として、世界を巡っていただろう。

 

 けど、俺はアンドー=ルモアだ。

 サヘルタ合衆国の片田舎、エルバトで生まれ育った雑貨屋の息子だ。

 ノストラードファミリーの一員で、ネオンの護衛団で、彼女のコレクションだ。

 

 ()()()()()=()()()()()()()()()()()()()

 

 生まれる前から好きだった女の子だ。悲惨な目になんてあって良いわけがない女の子だ。この世で一番大切な女の子だ。

 護衛団の皆だってそうだ。エリザさんもそう。ドンだってそう。陰獣の人たちだってそう。

 ポンズ、ハンゾー、ヒソカ、ハンター試験で出会ったみんな、ビスケやカストロさん。

 

 だから……()()()()()()()()以上、俺はやる。やるしかない。

 原作読者ではもはやない俺は、幻影旅団を殺してやりたいと強く思うのだから。

 

 準備を整え、人を集め、相手の動きが()()()()になるように仕立て上げ、油断させ、致命的なタイミングで襲う。

 幻影旅団が護衛団や陰獣たちにそうしたように。

 幻影旅団は一方的に、あっさりと、かませ犬みたいに蹂躙される。されなければならない。

 もしこの世界を漫画として読んでいる者がいるなら「幻影旅団は単なるやられ役のカマセ犬だ」と思うように。

 せいぜい20年後くらいにでも「実は幻影旅団は上澄みだったんじゃないか」なんて、再評価議論がぽつぽつ起これば良い。

 ウボォーギンに関しては……カストロさんかビスケをぶつけるしか無いけども。

 けどカストロさんなら行けるだろ。キルアとヒソカに不意打ちできて天空闘技場1フロア丸ごと気配察知できる達人やぞ。

 

 何にしても、これ以外に、俺の勝ち筋はない。

 

 だって、そうだ。

 もしも()()()()()()()()()()が現れたら俺には対処できない。

 

 流星街から幻影旅団に憧れる子供たちが、俺達が跡を継ぐんだなんて飛び出してきたら?

 一切、その能力も、性格も、行動パターンも、外見もわからない、()()()()()()()()()()が新たな幻影旅団となったら?

 既にシズク=ムラサキという、流星街育ちの子供が新規団員として加入しているのだ。

 ありえないとは言えないだろう。

 そして、そうなったら俺には対処ができない。当たり前だ。

 俺は()()()()()から抗えている。()()()()ものには対処できない。

 故に幻影旅団は今日この夜、完膚なきまでに()()として滅びてもらう必要がある。

 

 原作で第二のネオン護衛団が現れなかったように。

 第二の陰獣が現れなかったように。

 流星街の長老たちが決してその存在を惜しんだりせず、此方への報復など考えないように。

 

 クロロは3年かけて準備した。そこから12年走り続けた。

 俺は10年かけて準備した。そして今夜一晩に全てを賭けている。

 その交差点が此処だ。

 だからこそ、俺とクロロはもう、殺し合う他ない。

 

 俺とクロロの決定的な違いは──たぶん、一つだけ。

 

 サラサは死んで。

 ネオンは生きている。

 

 たった、それだけ。

 

 

「……何処かで見た顔だと思ったんだ。

 シャルナークが調べた、そこのお嬢さんの護衛……。

 アンドー=ルモア。プロハンター」

 

 

 風が、ペントハウスのあちこちから垂れ下がったカーテンを激しく躍らせる。

 

 夜のヨークシンシティの賑わいが、内装の施されていないコンクリート敷きの室内に微かに届く。

 クロロはゆっくりと窓から離れ、間合いを測るような歩調で歩みを進める。

 その視線が、俺の姿を真っ直ぐに捉えたまま。

 

 

「ハンターサイトには念能力についての記載はなかったようだけど……。

 まだ()()()()に受かったばっかりだからだと思ってたよ。

 人形を具現化する能力者は昔、知り合いにもいたけど、彼は特質系だったな。アンタは?」

 

「具現化系のつもり」

 

「ボディガードには便利そうだ。

 ……にしたって、そんな年頃の女の子を具現化して操る(ハツ)は正直キモくないか?」

 

「可愛いんだから仕方ないだろ。さっきも言った通りだよ」

 

「うわぁ……」

 

 

 そんな親しげな、友人同士のような会話を続けながらも、俺とクロロは互いに視線を離さない。

 離さないのだが……俺は視界の端に映ったレディからの、何処か冷めた目に苦笑い。

 

 ──まあ、これだけ準備しといて、ギリギリ土壇場でしくじりかけたのも俺だから、あまり格好もつかないのだけれど。

 

 怪我の功名……というには、そもそもネオンに嘘をついて誤魔化そうとしたりしなけりゃ良かっただけなのだが、まったく、レディには驚かされた。

 もっと早くに気づいておけば良かった──あるいは、俺が一度死んだせいで強まったのか。

 

 俺はネオン=ノストラードを具現化しようとした。具現化してしまった。

 何からなにまでネオンと同じ。可愛く、優しく、無邪気で、奔放で、どこまでも予想がつかない……()()()()の女の子を。

 そう、ネオンが念能力者であるならば、レディだって念能力者でなければ()()()()

 そして俺の(ハツ)が「自爆する身代わり人形を具現化する」ことなら、レディのそれは「ネオンと自分を入れ替える」もの。

 

 ……と、言う事なのではないか。

 などと考えては見るけれど、実際に()()だった事に驚かされてからの後付の理屈だ。

 いつだってネオン=ノストラードという女の子は予測不能で、だからレディ=ノストラードという女の子だって俺の想像を軽々と超えていってしまうのだから。

 

 あえて名前をつけるなら、『雨に唄えば(オーバー・ザ・レインボー)』。

 

 まあ、ネオンとレディに聞いてみない事には……だが。

 俺のネーミングセンスは、前にネオンにたいそう笑われてしまった苦い思い出もあるし……。

 何にせよ、レディの傍に眠るネオンが目覚めた後の話だ。

 

 後の話ができる。それを考えられる。なんて素晴らしい事だろう。

 

 

「予知能力者がいるって事を、もっと真剣に考えるべきだったかな。

 どこまで……いや、いつからこっちの行動を読んでたんだ?」

 

「10年……いや、()()()()()()か? 途中で中断挟みつつ。

 なら合計して40年くらい考えてた計算になるな。マジかよ」

 

「そんな歳には見えないな……」

 

「お互い様だろ」

 

 

 じりじりと、急速に俺とクロロの間で緊張感(アトモスフィア)が高まっていく。

 クロロは片手に『盗賊の極意(スキルハンター)』を開いたまま。

 俺もだらりと下げた左手に、いつでもオーラを流し込む準備は出来ている。

 

 今夜はなにか、とてつもなく()()()()()が渦巻いている気がした。

 目に見えない巨大な何か、巨大な流れのようなものが、俺を後押ししてくれている。

 だから俺は……少しばかり、悪趣味なダメ押しをする事にした。

 

 ああ、そうとも。

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 俺は少しだけ考えたあと、淡々と言った。

 クロロがぴくりと、僅かに顔を上げた。

 

 

「その度に私たちは拭き取って見せる。

 汚れた事はしかたないさ。悲しいのはそのままで良いと諦める事。

 自分の力だけでは難しいなら、皆でやれば良い。

 ひとり飯もいいけど、大勢で囲む鍋も最高。そういう事だろ。

 皆の力があれば、どんなところでもキレイにできる。

 たとえそれが目に見えない場所だとしても」

 

 

 演じ分けなんかできやしない。

 棒読みで、熱血漢の声も、女の子の声も、クールな声も、お笑い役の声も、出せやしない。

 けれど、観客(クロロ)に起こった反応は、劇的だった。

 

 

「お前、()()()()()()()()からいったい何を学んだんだ?」

 

「────────」

 

 

 クロロの姿が消えた。それほどの速度だった。

 遅れて、コンクリートの床が爆ぜるような足音がペントハウスに響く。

 俺は思考を完全に遮断し、反射と経験則だけを頼みに上体を後ろに反らす。

 鼻先をかすめていったのは、漆黒のオーラを纏った手刀だ。

 空気を切り裂く風圧だけで肌がちりちりと痛む。

 

 

(速い──!)

 

 

 速い速いは音より速いマッハパンチだって?

 冗談だろ。そういうのはフィンクスの担当じゃないか。

 スパーに依頼して誰を狙撃するかの候補から、クロロを外しておいて良かった。

 

 そこからは、息をつく暇もない。

 

 クロロは一撃目を躱されることすら織り込み済みで、即座に踏み込んでくる。

 捲られた『盗賊の極意(スキルハンター)』のページから未知の念能力。虚空から突き出される、形状を持たないオーラの質量体。

 俺の心臓めがけて発射されたそれを、最小限のフットワークでその軌道からダッキング回避。

 すぐ真後ろの床に、見えない杭が打ち込まれたかのような深く鋭い大穴が穿たれていく。

 反応できたのは、恐らく発動前に一瞬の間があったから。

盗賊の極意(スキルハンター)』に生じた異常、恐らく『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』の直撃こそ回避したものの、影響を被ったせいで乱丁でも起きているに違いない。

 

 だが、ここまでの全てはクロロの伏線に過ぎない。

 

 その質量攻撃の合間、クロロの右手から鈍い光が俺に跳ぶ。

 ベンズナイフ──それもクジラでさえ昏倒するレベルの劇毒が塗られた、必殺の刃。

 

 

「……っと、おっ!」

 

 

 これを回避できたのは10年間練り上げて積み重ねた体術のおかげ……と言えれば良いのだが。

 残念ながら単純に()()()()からだ。

 首筋、心臓を正確に狙って突き出される鋭いナイフの切っ先が俺のシャツの襟を裂き、前髪を掠める。

 際どい。掠り傷だって許されない。シルバみたく傷口から毒だけ噴射とかできそうな気がしない。やっぱり単純戦闘なら強化系だよな、ジョースターさん。

 右へ、左へ。とにかく動きを止めず、俺は拳闘(ボックス)蹴闘(サバット)功夫(クンフー)を組み合わせた特殊な近接ステップ。

 

 

「ベンズの中期型、良いよな……!」

 

 

 そして──俺は、だらりと下げていた左腕を、無造作に突き出した。

 人差し指と親指を立てた、ちんけな子供の遊びのような指鉄砲の構え。

 

 

「!」

 

 

 クロロは弾かれたように後ろへ跳躍し、大きく間合いを取る。

 だが俺の左腕の銃口は、クロロがバックステップを踏んだ先にも寸分の狂いもなく追従し、捉え続けている。

 指先にオーラを集めているだけ──けれど俺は、これだけですらクロロを躊躇させる事ができると確信している。

 フランクリンという念弾の使い手を知っているから。

 そして恐らく──……。

 

 

「中途半端だな……!」

 

「放出系は苦手なんだよ!」

 

 

 俺が()()()()()()()()だという事もわかるはず。

 

 

「指一本じゃあ……!」

 

 

 クロロのバックステップが着地するより早く、その身体が不自然に横へとスライドした。

 放出系の転移か何かに近い……何らかの移動系の能力のページを開いたのだ。

 俺の指先から伸びる射線から、彼は紙一重で自分をずらしてみせる。

 着地と同時に、その手にある本のページが音を立てて捲られた。

 

 

「揺れろ、『振り子刃の拷問機械(バンディット・キース)』!」

 

 

 ペントハウスの空気が凍りつき、これまでの静謐さが嘘のような、野獣の呼気じみた蒸気音が噴き上がる。

 クロロの背後に浮かび上がったのは、歪な鋼鉄の()だった。

 人間のそれというより猛禽類の鉤爪のようで、無数の刃物を雑に繋ぎ合わせた、拷問どころか断砕(ダンザイ)処刑器具。

 名も知らぬ能力者から奪い取ったであろう、純粋な殺傷のためだけの具現化、あるいは放出系の複合能力。

 

 

 ──来る。

 

 

 刹那、その無慈悲な刃の嵐が、俺の全方位から殺到した。

 防げない。躱しきれる量と速度ではない。

 俺は咄嗟に右腕で顔面と喉元を庇い、同時に左腕を前に突き出して盾にした。

 

 肉と骨を断ち切る嫌な音が、連続して室内に響き渡る。

 

 

「が、あっ……!」

 

 

 衝撃波が通り過ぎたとき、俺の視界は赤く染まっていた。

 全身の皮膚が細かく切り裂かれ、シャツがボロ雑巾のように弾け飛ぶ。

 だが、それだけでは済まなかった。

 

 前に突き出していた俺の左腕。

 肘の少し上から先が巨大な鋏に挟まれたかのように、綺麗さっぱりと消失していた。

 遅れて、断面から凄まじい勢いで血が噴き出す。

 

 

「…………ッ!!」

 

 

 声にならない激痛が脳髄を直接殴りつける。

 視界がぐらりと揺れ、膝が折れそうになる。失血と、単純な部位欠損によるショック。

 

 クロロは追撃の手を緩めない。

 左腕を失いバランスを崩した俺へと、彼はすでに迫りつつある。

 本のページは開かれたまま。その右手には、未だ鈍い光を放つベンズナイフが握られている。

 

 

「これで──……!」

 

 

 そうだ。

 

 これで。

 

 ()()()

 

 

「──()()()()()()()……ッ!!」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が伸びる。

 

 

「────ッ!?」

 

 

 クロロの目が大きく見開かれる。

 そうとも、俺は何処までも中途半端だ。具現化系で、放出系は不得手。

 だからこそ考えに考えて、この偉大な()()()()()する事に決めたのだ。

 もちろん、それでも足りない。

 威力、命中精度、単純な(ハツ)としての出力のみならず、相手に絶対に当てられるタイミングこそが必要だ。

 

 そしてそれを補う方法は、フランクリン=ボルドーが教えてくれた。

 彼に倣うなら、つまり、こうだ。

 

 ()()()宿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺の運命の女の子(ネオン=ノストラード)と、『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』と共に在る力。

 

 この世界の()()()にあやかって。

 そしてその創造主がかつて()()()()()()()にあやかって。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にあやかって。

 

 それに願を……いや。

 

 ()()()()()()

 

 

「──────『念丸(サイコガン)』ッ!!」

 

 

 眩いばかりの輝きと共に、俺の『念丸(サイコガン)』から一筋の光芒が尾を引いて飛んだ。

 

 

「……ち、いっ!」

 

 

 クロロの超常的な危機感知能力が、着地よりも早く彼を動かしていた。

 大きく飛び退き宙空で無理やり身を捩り、さらに『盗賊の極意(スキルハンター)』のページを激しく捲る。

 拷問機械の消失と同時、瞬間的に発動した位置移動の念。

 彼の身体は弾丸の射線上から完全に消失し、十数メートル離れたコンクリートの支柱の影へと転移した。

 

 常軌を逸した反応速度。だが。

 

 ──ぐにゃり、と。

 

 青白い閃光は、クロロの姿が消えた虚空で()()()()()()

念丸(サイコガン)』から放たれた光条が意思を持つかのように、支柱の影へと向かって迷いなく、生き物のように空間を大きく湾曲させながら回り込む。

 

 

「何……!?」

 

 

 初めてクロロが驚く声を聞いた気がした。

 遮蔽物に身を隠そうが、どれほどの速度で逃走しようが関係ない。

 俺は、失血と興奮と覚醒と緊張と恐怖と必死さと、ぐちゃぐちゃになった感情が綯い交ぜのままに声を上げて笑った。

 

 

「『念丸(サイコガン)』は、気配さえつかめれば目を瞑ってたって当たるんだぜ……!」

 

「……ならッ!!」

 

 

 だが、クロロはやっぱり俺の知るクロロ=ルシルフルだった。

 彼は迫り来る光を前に、彼は即座にコンクリートの支柱を蹴りつけ、さらに不規則な三次元のジグザグ軌道を描いてペントハウス内を跳び回る。

 残像を残すほどの高速移動。視覚的に捉えることなど不可能な身のこなし。

 気配なんて掴めやしない。

 

 ああ、だけど──……。

 

 

 ──()()が、燃えるように熱い。

 

 

 失った左腕の激痛とは異なる、心地よくて愛おしい熱が俺の左目に宿る。

 

 

『ルモア──上だよ』

 

 

 それは僅かに意識を取り戻したネオンの囁きか、あるいはこの戦場を見つめるレディの導きか。

 

浸液標本の愛(プライベート・アイ)』が、クロロが何処にいたってその正確な位置を指し示す。

 お前がどこにいて、どこに逃げようとしているのか。

 レディとネオンが、その答えを俺に伝えてくれている。

 

 

『次は左……向こうに飛んだ! カーテンの影、回り込んで……今度は柱の向こう!』

 

 

 曲がる。さらに曲がる。

 もはやそれは追尾ではなく、クロロの行手を阻むように先んじて()()()()弾道をさえ描き始める。

 

 

「──ッ!」

 

 

 逃げ切れない。そう直感したクロロが、咄嗟に『盗賊の極意(スキルハンター)』を消去。

 乱丁の中から防御や回避系の(ハツ)を探すよりも、全オーラを集中させて(コウ)の防御姿勢を取る事を優先。

 

 それを見た俺は、残されたオーラの全てを左腕を通じて『念丸(サイコガン)』へと振り絞る。

 出力の心配は無かった。今の俺ならメルエムだってぶち抜けそうだ。それくらい絶好調。

 

 ネオンの声、思い、流れ込んでくる、どろどろと蕩けるように甘やかな熱。

 

 大好きなママの腕。どんどんおかしくなっていくパパ。傍にいて。誰か私を見て。

 虹の瞳。変わらないと思っていたものが変わっていく。みんな。心地よい空気。レディ。占い。

 大好き。誰にも渡さない。私の宝物。私のコレクション。私の──……

 

 俺は瓶の中に揺蕩うような心地よさを覚えながら、全身を浸す熱に応じるように叫んだ。

 

 

 

「──()()()()()、ネオン、レディッ!!」

 

 

 

 次の瞬間、オーラの弾丸がクロロ=ルシルフルを直撃した。




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