地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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06.ヒノメ × ノ × カチ

 

 ガタン、ゴトン。

 

 レールの継ぎ目を叩く規則的な音が、今は死刑執行を待つカウントダウンのように聞こえる。

 特設会場となった大陸横断鉄道ミッドナイトトレイン中央車両、第13号車。

 そこは本来の豪華な内装をすべて取り払い、剥き出しの鉄板に黒いビロードを敷き詰めた、異様な空間だった。

「棺の間」なんて名前がつけられたのも、納得だ。

 シャンデリアの光が揺れる中、着飾ったマフィアの幹部や、顔を隠した収集家たちが息を潜めて座っているのは、なかなかに雰囲気がある。

 

 

「……ちょっと不気味かも? でも、嫌いじゃないな、こういう雰囲気」

 

 

 黒いドレスに身を包んだネオンは最前列の特等席で、扇子を弄びながら楽しげに呟いた。

 その隣では『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』が、ネオンの肩にそっと手を置き、姉妹のように穏やかな微笑を浮かべている。

 俺はといえば、二人の後ろに、ぴたりとついて周辺警戒。

 何しろオークションの会場に入れるのは招待状1枚につき三人だけ。となると、ネオンのお付は必然的に俺とレディになる。

 

 

『ルモア、そっちはどうだ?』

 

「そろそろオークションがはじまります。今のところは問題なく。

 そちらは、ダルツォルネさん?」

 

『全員配置についている。お前は車内、ボスの方に集中しろ』

 

「了解です」

 

 

 ダルツォルネさん、シャッチモーノさん、イワレンコフさん、リンセンさん、髭面の男の担当は、車両の外。

 他のマフィアや要人の護衛を刺激せずに緊張感を保った距離での警備体制だ。

 何があっても大丈夫とは言わない。何があっても守るという、気概が大事だ。

 

 

「レディース・アンド・ジェントルメン!

 今宵、闇を走るこの列車で、皆さまの欲を形にする準備が整いました」

 

 

 不意に照明が落ち、ライトに照らされた白塗りの仮面をつけたオークショニアの声が、マイクを通さずとも車内に響き渡る。

 それと同時に、タイトなスーツに身を包んだ女性が台車を押してステージに上ってきた。

 ……パクノダじゃないだろうな? なんて思ってしまうのは良くない癖だ。

 

 

「まずは肩慣らし……。

 エントリーナンバー1、悲劇の歌手エリクソン・モネーノの声帯!

 喉頭癌の治療により摘出されましたが、今尚この器官は特定の周波数で歌を奏でます……」

 

 

 演壇に立つオークショニアが、銀の台車に載せられた商品のカバーを恭しく取り払った。

 ホルマリン漬けの瓶がライトアップされ、車内に、じわりと「欲」の匂いが充満し始めた。

 

 

「――では100万ジェニーから!」

 

「150万!」

 

「170万1000!」

 

「……500万ジェニー!」

 

「はい、500万ジェニー! 他にありませんか? ありませんね?

 落札! おめでとうございます!

 次なるは古の王国、ルルカ文明の僧侶たちが100年守り抜いた、不老の肝臓──……」

 

 

 オークションは続いていく。

 五百万、一千万、二千万。

 常軌を逸した金額が、ただの人間の肉片に対して投げかけられ、それを手に入れた者は喜び、逃した者は歯噛みする。

 上等なスーツを着込んだ者が金を出し渋る一方、Tシャツにジーンズというみっともない若者がぽんと大金を提示する。

 棺のような車内に熱気が渦巻き、ただその場にいるだけでも俺の気分が高揚する。

 

 

「──エントリーナンバー14。

 脳腫瘍により早逝した天才物理学者、ブンティス・イゲツの脳髄標本です。

 彼の遺言によりこの脳髄はサマキスセッツ大学に検体として保管されていましたが、10年前に何者かに窃盗され消息不明となっておりました。

 しかしこの度無事に発見され、ご遺族の許可の下でオークションに出品されることとなったのです。

 DNA鑑定書付きで、まずは5000万ジェニーから!」

 

「5200万!」

 

「5250万ジェニー!」

 

 

 会場を埋め尽くすのは、世界中の闇に潜むマフィアの幹部、富豪、そして正体不明の収集家たち。

 目眩がするような単位の金が、一分足らずで飛び交い、青黒く膨れ上がった若き天才の脳が落札されていく。

 その光景を指を咥えて見ているしかないネオンは、もじもじとはしたなく、身悶えするように体を震わせた。

 

 

「うーん、欲しいなあ……! でもパパからもらったお小遣いだと……ううーん……!」

 

「緋の眼はオークションの目玉商品ですからね。出品は後半。無駄遣いすると落札できませんよ」

 

「わかってるよう。…………ねえ、ルモア?」

 

「なんです?」

 

「今のってシャレ?」

 

「……そんなつもりはなかったんだけど」

 

「続きまして……ナンバー23!

 暗黒大陸の奇病が生んだ奇跡。全身がラピスラズリへと変貌した少女!

 しかし彼女はこの状態でも生きており、我々の数百万分の一の速度で世界を見ているのです!

 まずは900万ジェニーでスタートです!」

 

 

 次に運び込まれたのは、未知の奇病で生きながら結晶化した少女だった。

 彼女は何日もかけて心臓が鼓動し、何百時間もかけて瞬きをする。

 人の形を保ちながら人でなくなった「美」を、生唾を飲み込んで眺める大人たち。

 ネオンも思わず身を乗り出して「欲しい!」と声を上げ、俺が止めるよりも早く「1000万!」と叫んでから「あっ」と口を押さえる。

 

 

「えっへっへっへー……。やっちゃった」

 

「予算に限りがあるって、自分で言ったばかりじゃないですか」

 

「だって欲しかったんだもん」

 

「『もん』じゃないでしょう。それで緋の眼が落札できなくなっても知りませんよ」

 

 

 てれりこと可愛らしく誤魔化すネオンに溜息を吐くが、この結晶少女を落札できるならそれはそれで良いとも俺は思う。

 緋の眼が本物とも限らないし、緋の眼を落札できるとも限らないのだから。何か持ち帰れるものがあった方が良い。

 幸か不幸か、すぐに他の客が1500万と叫び、結局その男が少女を落札するに至ったが──……。

 

 そして狂った熱気の中、オークショニアの声が一段と高く響き渡った。

 

 

「──お待たせいたしました。今宵、第一部の最高傑作。

 ルクソ地方に存在した、伝説の少数民族。

 その絶滅によって、もはや増えることのない永遠の赤……」

 

 

 照明が落ち、一点のスポットライトが小さなガラス瓶を照らし出した。

 液体の中で揺らめく、二つの球体。

 一見すればただの眼球。

 だが光を浴びたその瞬間、瞳は内側から燃えるような、凄まじいまでの緋色の輝きを放った。

 

 

「『緋の眼』。保存状態は完璧……頭部は無し! スタートは1億ジェニーから!」

 

「──2億」

 

 

 競り上がるのを待たず、ネオンが涼しげな声で遮った。

 会場がざわつく。一気に2倍の値を提示した少女の不遜さに、並のコレクターは気圧された。

 

 

「ふふん。

 やっぱり最高に可愛い! あの色、良いよね。ルモアのと違って赤一色だけど。

 手に入れたら片方はルモアの右目に埋め込もっか? それならいつでも見れるし」

 

「……俺の眼窩は保管庫じゃないですよ」

 

 

 どこまで本気か冗談かわからない言葉を口にして、ネオンの瞳が、狂喜に潤う。

 ネオンは既に緋の眼を持ち帰ることを確信しているようで、どこに置こうかどう飾ろうか、にこにこと考えだす。

 

 

「に、2億! 2億出ました! 他にありませんか!?」

 

 

 会場の最後尾から、低く、湿り気を帯びた男の声が上がった。

 

 

「──2億5000万」

 

 

 ネオンの眉がぴくりと動いた。

 声の主は、コートを羽織った男。明らかに堅気ではない。

 その剣呑な雰囲気は、間違いなくどこかのファミリーの構成員だ。

 

 急転直下。ネオンは不機嫌そのものといった低い声を漏らす。

 

 

「……ルモア、あれ、誰?」

 

「……カキン帝国、三大マフィアの一つ、エイ=イ一家の代理人ですね。

 今、ダルツォルネさんからの情報をもらいました」

 

 

 俺は耳元のインカムを押さえ、冷や汗を流しながら答えた。

 エイ=イ一家。後にカキン王位継承戦で、破壊と混沌を撒き散らすことになる最悪のマフィア。

 とはいえ、あれは組長が代替わりして、彼女の破滅願望めいた思想に付き従っているからだ。

 今のエイ=イ一家は、()()()国家を三分にして牛耳る巨大マフィアに過ぎない。

 問題は、そのケツモチをしている権力者だ。

 

 ツェリードニヒ=ホイコーロ第四王子。

 

 一見して温和で理知的な好青年だが、その実は人体解体を趣味とする危険人物──……。

 

 

(……っていうと、うちのお嬢様も同じなんだけど)

 

 

 今となってはツェリードニヒの所業や性癖をとやかく言える立場ではない。

 問題は彼が原作でも人体標本収集家であり、大量の緋の眼をコレクションしていた点だ。

 恐らく、エイ=イ一家はツェリードニヒの要請を受けて、このオークションに参加したのだろう。

 つまり彼らは文字通り代理人。事実上、ネオンの相手はツェリードニヒだ。

 いくらネオン、そしてノストラードファミリーが巨万の富を築きつつあるとはいえ、一国の王子では相手が悪い。

 

 

「エイ=イ? 知らない。あんなダサいコートの人に、緋の眼を渡すもんですか」

 

 

 しかしそんな有利不利など知る由もないネオンは、苛立たしげにパチンと扇子を閉じた。

 

 

「──3億!」

 

「3億5000万」

 

「ッ ……4億ジェニーッ!!」

 

 

 ネオンの絶叫に近いコール。

 会場が静まり返る。眼球二つに4億ジェニー。

 正気の沙汰ではない。だがそもそも、この場に集まった誰もが正気ではないのだ。

 エイ=イの男は表情一つ変えず、懐から携帯端末を取り出し、それを指先で弄びながら呟いた。

 

 

「4億5000万ジェニー……。

 我らの主は、この緋の眼を所望している。

 退いたほうが身のためだと思うがね、ノストラードのお嬢さん」

 

「……っ、ふざけないで! 私が飾るの! 私のコレクションなのよ!」

 

 

 駄々をこねるネオンのオーラが、怒りで激しく揺らぎ始めた。

 俺はレディをネオンの身体に密着させ、その昂ぶりを抑え込もうとした。

 

 

「お嬢様……落ち着いて。相手が悪い。機会はここだけじゃあないですよ」

 

「ルモアは黙ってて! ……ッ 5億!!」

 

 

 沈黙。

 エイ=イの男は、端末に目を落とすと、つまらなそうに肩をすくめた。

 それを受けて、オークショニアの木槌が、一度、二度と叩かれる。

 

 

「……落札!

 5億ジェニーで、緋の眼はノストラードファミリーのお嬢様に!!」

 

 

 わああ、と会場から拍手と溜息が漏れる。

 ネオンは勝ち誇ったように笑い、ソファに深く沈み込んだ。

 

 

「勝った、ルモア! 見た!? 私の勝ち!」

 

「……ええ、お見事です。お嬢様」

 

 

 オークションハウスの職員が、ネオンの前に落札物を恭しく運んでくる。

 後でお部屋にお運びしましょうかという提案を、ネオンが「持って帰る!」と断るのが聞こえる。

 エイ=イ一家の代理人は、ぱちぱちと気のない拍手を申し訳程度にすると、あっさり席を立った。

 

 だが、俺の胸にあるのは勝利の味ではなかった。

 

 原作の知識では、ネオンはここで緋の眼を手に入れないはず。

 それがなぜ、今、彼女の手元に落ちた? 原作でも複数持っていたのか?

 俺がいるからか? ここは原作漫画ではなく、良く似た別の……現実だからか?

 

 エイ=イ一家はなぜ退いた? ツェリードニヒの興が削がれたか? まさかだ。

 狙った獲物は何がなんでも手に入れることを信条とする男だと、俺は知っている。

 それともこの世界ではそんな性格じゃないのか? あとで奪う気か?

 だが仮にもこのようなオークション会場で、表立って武力に訴えて品物を強奪するとは思えない。

 ではなぜだ?

 あの端末から何かの情報がもたらされた? それはなんだ?

 

 

「……何か、おかしい」

 

 

 俺の呟きは、狂喜乱舞する会場の喧騒に掻き消され、誰の耳にも届かない。

 

 目の前ではネオンが「やったやった、緋の眼! 緋の眼!!」と上機嫌で『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』に抱きついている。

 これだけ見れば、お嬢様は目的を達成し、俺達の任務も達成だ。何も言うことはない。

 耳のインカムではダルツォルネさんが、オークションの結果を報告をしろと訴えてくる。

 きっとドン……ライトから詰められてるのだろう。俺はすぐに応答するべきだ。

 

 だが、違和感は拭えない。

 

 俺の原作知識だけの話じゃあない。

 エイ=イ一家の代理人は、もういない。既に車両から出ていった。

 その彼が競りの最後で見せた、あの「つまらなそう」な表情。

 あれは、獲物を逃した者の顔じゃなかった。あれは……。

 

 

(──()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 俺がそう気づいた、その瞬間だった。

 

 ガクンッと、列車の車体全体が悲鳴を上げるような衝撃に襲われた。

 激しい金属音と共に、慣性の法則を無視した急ブレーキ。

 特設会場の重厚な椅子に座っていたマフィアたちが、次々と床に投げ出される。

 同時に鼓膜を突き破らんばかりの爆発音が、列車の後方から響き渡った。

 

 

「きゃあああ!? 」

 

「レディ!」

 

 

 豪華客車の重厚な床が跳ね上がり、特等席にいたネオンの身体が宙に浮く。

 俺の指示を待たず、桃色髪の『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』がその華奢な体を抱擁で守った。

 凄まじい衝撃波。豪華なシャンデリアが勢いよく落下し、一瞬でパニックの坩堝と化す車内。

 降り注ぐ破片から()()をかばいながら、俺は耳のインカムに手をあて、何よりも優先すべき事を怒鳴った。

 

 

「お嬢様は無事です!」

 

『よくやった! 後方の第14号車両以降が切り離された!』

 

 

 インカムから、ダルツォルネの切羽詰まった声が飛ぶ。褒められたのは初めてかもしれない。

 

 

『爆破だ! 同時に武装集団が外部から乗り込んできた! 応戦する!』

 

「了解……!」

 

 

 インカムに叫ぶが、返ってくるのは激しいノイズだけだ。

 爆発で通信アンテナがやられたか、みんなと距離が離されたせいか、あるいは強力なジャミングか。

 だが必要な情報のやり取りはお互いに済んだ。こっちはこっちで、やるべきことをやろう。

 

 

「お嬢様、俺から離れないでください!」

 

 

 暗転した車内。非常用灯が赤く明滅し、硝煙と悲鳴が渦巻く地獄絵図と化した。

 俺は床に這いつくばるネオンの腕を掴み、強引に引き寄せる。

 彼女を抱きかかえる『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』も一緒だ。

 もし俺がレディを無視して守らなければ、レディが身代わりだとバレてしまう。

 何より、俺にとってはレディもネオンだ。ある意味では。

 

 

「ルモア……何なの!? これ、何が起きたの!?

 私の緋の眼は!? せっかく落札したのに!」

 

 

 俺の腕の中で、ネオンが甲高い声で大騒ぎ。

 恐怖よりも先に自分のコレクションの事が勝つあたり、本当にお嬢様はブレない。

 そのいつも通りの振る舞いに、俺の緊張していた心も緩む。笑みが浮かんだ。

 俺は床に転がりかけた緋の眼のケースを、そっとネオンに差し出した。

 

 

「襲撃です。落ち着いて……レディ、お嬢様を死守しろ。一歩も動かすな」

 

「緋の眼も!」

 

「緋の眼もだ」

 

 

 レディは無言で頷き、ケースを抱きしめたネオンの体に密着する。

 それと同時、突如として天井の鉄板が歪み、凄まじい力で引き剥がされた。

 途端に轟々と唸りを上げて、走行する列車が孕んだ夜風が吹き込み、月光が差し込む。

 

 そしてそこに浮かび上がる──―……。

 

 

「……紳士淑女の諸君、静粛に願いたい。

 これより、すべての私有財産は我々、()()()()が管理する」

 

 

 ──()()の姿。

 

 




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