地雷系彼女(マイ・フェア・レディ) 作:あなたへのレクイエムです
幻影旅団が壊滅したというニュースは、またたく間に世界中を駆け巡った。
というより、マフィアンコミュニティーによって積極的に広められた……といった方が正しい。
緋の眼を目的としたクルタ族の虐殺。
高級サロンの従業員と遊客が一夜にして皆殺しにされた『
そして「
幻影旅団によって奪われた多くは、人も物も、二度と返ってくる事はない。
世界中で無軌道に無差別に、無辜の善き人々を襲い、その場その場の気分で殺戮と強奪を繰り返してきた犯罪者集団。
そんな彼らが調子に乗った末、無謀にも地下競売を襲撃し、あえなく返り討ちにあったというのが事の真相だ。
故に生存者も死亡者も等しく全員、その罪状、名前、顔、来歴、尊厳、その何もかも全てが文字通り
人間がただの物言わぬ肉塊に変わり果てていくグロテスクな光景を、人々は好奇と嫌悪感を滲ませながら娯楽として消費し尽くした。
マフィアンコミュニティーの逆鱗に触れて処刑された幻影旅団は、結局、A級賞金首の群れ以上でも以下でも無かったという事だ。
とはいえ、これらはやはりアンダーグラウンドやダークウェブ限定でのものだ。
電脳ネットをちょっと
そうした、建前というものはある。
表の世界では、ただ凶悪犯罪者集団「幻影旅団」の壊滅が、テレビ、新聞、雑誌、そしてラジオで報道されただけだった。
顔と名前が公開されるも国際人民データ機構にすら記録が無かった事から「流星街出身ではないか」という噂が流れたが、流星街は沈黙を守った。
むしろプロハンターが紛れ込んでいた事から、ハンター協会、ハンター試験の審査基準がやり玉に挙げられたほどだ。
とはいえ犯罪者だったのがプロハンターなら、それに対処したのもプロのブラックリストハンターだった事が判明すると、そんな炎上騒動もすぐに鎮火していく。
曰く新人のハンターながら、長期にわたって潜入調査をしていた功績から、シングル認定も間違いないのではないか……という噂。
結局炎上なんていうのは自分も処刑する側に回るくらいしか楽しみを知らない人々の、一過性の流行でしかない。
自分より強い相手にはギーギーとわめくしかできず、一方的に棒で叩ける相手を永遠に追い求め続ける、そんな目先のものしか目に入らない彼らの興味と対象、話題はすぐに移り変わっていく。
だからそうした騒動が忘れ去られてから何年かして出版された児童向け冒険小説を見ても、人々はまったく何も思わなかった。
それは小さく元気でお転婆な女の子に引っ張られ、気弱だけど賢く優しい男の子が、個性豊かで愉快な仲間たちと共に、世界を巡る演劇一座……旅の劇団を作るお話だ。
彼らは世界中で泣いている子供たちのためのお芝居をして、悪い大人をこらしめて、みんなを笑顔にして去っていく。
プロハンターの女性が書いたというこの幸せな物語は、ほんの少しだけ話題になり、何冊か続編も執筆された。
今でも大きな街の図書館の片隅を探せば、『ナントカ旅団』と題された、このシリーズを見つける事ができるだろう。
幻影旅団が世の中に残せたものは、結局、ただそれだけだった。
* * *
「ほら、あなた、こっちこっち!」
「ああ、わかった、わかった。そう急かさないでくれ。
昨日、オークションの時間を間違えて、待ち合わせに遅れたのは謝るから……」
「もう、お父さんだってプロハンターなのにだらしないなぁ。
昨日ヨークシン中で大騒ぎだったの、解決したのはプロハンターなんでしょ?
今朝のニュースでやってたよ。窃盗団を捕まえたーって!」
「お父さん、ああいうタイプのハンターじゃないからなぁ」
皺くちゃな顔をした小男が、妻と娘らしい女性たちと共に遊歩道を歩いていく。
晩夏の日差しが挿し込む青空の下、ヨークシンシティはデイロード公園は、そんな家族たちを始めた穏やかに暮らす人々の憩いの空間となっていた。
「ぶぁはピカッ!!」
その片隅に、友人とお菓子の早食い対決に興じている少年がいたとしても、それさえもやはり平穏な日常の一幕でしかない。
「……よかったね!
早く見つけてあげなきゃ! 仲間たちの眼。
もし、オレ達にてつだふ!?」
そのうち一人が久方ぶりの友人との再会に喜んで、口の中に含んでいたアイスを噴き出しても。
それに怒った親友が、彼の顔面にもアイスを叩きつけた事をきっかけにじゃれ合いだしたのも。
二人を見守っていた年長の青年が、電話越しに会話を続けながらベンチから立ち上がったのも。
そして彼すらも少年たちから顔面にアイスをぶつけられ、大騒ぎが始まったのも。
「く……っ ふ……ふふっ あはは……っ」
平穏なヨークシンの日常に過ぎないのだ。
* * *
「……
もし単純に
アンドーの
「そういう話じゃあないんだ。
オレ達だって
もちろん、
暖かな日差しの降り注ぐ公園でするには、いささか物騒な会話だ。
しかしゴンにとっては、それはかつてのハンター試験の合間、皆でゆで卵を食べたりしながら語らったことを思い出す懐かしい一時でもあった。
芝生の上に思い思いに座り込んで、各々──主にゴンとキルア──が買い漁った菓子を適当につまみながら、ダラダラと喋る。
もうそこには焦燥感も、使命感も、張り詰めたような緊張感もない。
次の冒険、次の
(
一夜明けて、天空闘技場でアドレスを交換していたカストロから「もしやしてキミの事では」と届けられた、短い伝言。
その意味するところは正確にはゴンにはわからなかったが、それでも何を言いたいのかはなんとなくわかる……と思った。
彼はきっと友達のために強くなった。そして、友達を止められなかった。
そんな気がした。
顔を合わせて親しく──一方的にだが──話した相手の死というのは、ゴン自身も驚くべき事に、僅かに心を波打たせていた。
知っている人が死ぬ、殺されるというのは、どんな相手であっても、たとえ嫌っていたり憎んでいても……心の中に何か……ざわざわした、もやついたものが残る。
それをどうにかする方法はわからないが──でも、前に進むしかないのだ。
何より……クラピカがそんな行為に手を染めずに済んで、本当に良かったと思った。
そう言ったら
「『グリードアイランド』ってゲームが噂通りなら……。
これから先、ぜったいに念能力が必要になると思うから」
「……なら尚の事だな。
覚悟の量が力を上げる。しかしそれは、高いリスクを伴う。
俗に言う、制約と誓約──……」
「前にアンドーが言ってた、
キルアの言葉にクラピカは「知っているのか」と驚いた後、頷いた。
「そうだ。
彼の能力の詳細は私も知らないが、片腕を引き換えにする事が前提のようだった。
他にもどれほどの制約と誓約を重ねているのか……私には見当もつかない。
少なくとも命を……心臓を賭けるだけの覚悟があるのは、間違いないだろう。
私の場合も同様だ。
「……もう、
「その通り。全滅したのに……だ」
クラピカはそう言って自嘲するように笑い、右腕に装着した鎖をじゃらりと下げてみせた。
「だからその能力はもう、あまり役には立たない。一から作り直しだな。
一度完成した
「具現化系……その鎖か」レオリオが言った。「
「レオリオ、お前は物事をあせりすぎる。この世界に必殺の技はない」
「比喩だよ、比喩!」
「それに
ゴンはあの水色の髪と桃色の髪、瓜二つの二人のお嬢様を思い出しながら付け加える。
「占いしたりとか、黒服を作ったり犬に命令したり。
他にも色々……ホントに念能力って、戦うだけの単純な奴ばっかりじゃないよ。
だからオレたち、もっともっと、いろんな念能力を知らなくっちゃいけないと思うんだ」
「占いィ? そりゃあアレか、ただちに影響は無いけど三日後に全身から血を噴いてお前死ぬよっていう?」
レオリオは胡散臭い事を聞いたという感想を、隠しもしない顔をする。
その反応が以前の自分と似たようなものだったので、キルアは思わず笑ったけれど。
「百発百中だってさ。占いっつーか……ありゃ予言とか、予知ってやつだろ。
俺も占ってもらったけど実際そうだったし、あのゲキヤバ女、マジでやべーのな。
まあその分、色々と……えーと、制約と誓約っての? もあるみたいだけど」
「……それがマジなら、ヤベーな。
どんな縛りなんだ、百発百中の予知なら」
「占いの結果を知っちゃいけない、とか。
たぶんアレ、自分自身は対象にできないんじゃね?」
四つめのチョコロボくんを開封しながら補足したキルアが、ふと思いついたように、クラピカの右手に目をやった。
「なあ、クラピカはその右手の鎖が
どんな風に修行したのか教えろよ。系統違うけど参考にしたいからさ」
「私か?
まず鎖を具現化しようと決めてからはイメージ修行だな。
最初は実際の鎖を一日中いじくってたな。とにかく四六時中だよ。
目をつぶって触感を確認したり、何百枚何千枚と鎖を写生したり。
ずーっとただ眺めてみたり、舐めてみたり、音を立てたり、嗅いでみたり。
鎖で遊ぶ以外は何もするなと師匠に言われたからな。
しばらくしたら毎晩鎖の夢を見るようになって、その時点で実際の鎖を取り上げられた。
そうすると今度は幻覚で鎖が見えてくるんだ。
さらに日が経つと幻覚の鎖がリアルに感じられるんだ。
重さも冷たさも、すれあう音も聞こえてくる。
いつのまにか幻覚じゃなく、自然と具現化した鎖が出ていたんだ。
それ以外はおそらく同じだよ。とにかく毎日毎日、
「そっか。……そっか???」
話を真剣に聞いていたゴンだが、何か奇妙な違和感を覚えて首を傾げた。
(ええと、つまり……。
具現化系の修行ってことは、具現化するものに対して、そういう修行をするんだよね。
クラピカの場合は鎖だから鎖。他のもの……剣なら剣で、銃なら銃。
もしゴリラを出そうって思ったら、ゴリラでそういう修行するんだろうな。
カストロさんも鏡を見て修行したって、言ってた気がするし。
…………
「………………」
「どうした、ゴン。
「ウン、イヤ、エット、ウン……ナンデモナイ、です」
(──考えないように、しよう!)
ゴンは自分が気づいてしまったかもしれない恐ろしい真実を、固く封印することを誓った。
これはきっと、知ってはいけない真実だ。そんな気がする。
「しかし、私を呼んだのは、そうした修行のためか?
緋の眼を探すつもりではあるが、当面の予定は空いている。
乞われれば手ほどきをするのも吝かではないが……まだまだ道半ばの未熟者だ。
ゴンにもキルアにもレオリオにも、私なんかより、ちゃんとした師がいるだろう?
なら、その人に相談したほうが良い──……」
「あ、うん。それもあるんだけど。ちょっと手伝って欲しい事があってさ」
「手伝って欲しいこと?」
「そういや、オレもまだ詳しくは聞いてなかったな」
レオリオが、聞かずとも手伝うのは当然といった調子で口を挟む。
「ゴンとキルアからグリードアイランド落札手伝ってくれとは言われてたけど。
察するにクラピカの安否確認ってだけじゃなくて、もっと人手がいるってことか?」
「うん、グリードアイランドのことではあるんだ。
まあ、まずは入手する所からだけど……それについては他にも方法考えてて。
それでオヤジのこと以外でも、ちょっと
ゴンはそう言って、公園の並木道、その向こうへと目を向けた。
夏の終わりの柔らかな木漏れ日を浴びながら、四つの人影がこちらへと歩を進めてくる。
人影は、四人の少女だった。
先頭を行く彼女の事は、クラピカも良く覚えていた。
どこか神妙な面持ちで周囲を気遣うように視線を配る帽子の少女は、ポンズだ。
かつても健康的な可憐さを宿していた彼女だが、この数ヶ月の間でまるで見違えるほど美しく洗練された美貌へと、その魅力が花開いていた。
肌は白く艷やかで、髪はさらさらと綺麗に煌めいている。厚手の衣服の上からでも明らかに見えるボディラインは、かつてのやや過剰気味だった筋肉が柔らかな脂肪によって覆い隠され、理想的とも言える──クラピカでさえ一瞬羨ましいと思ってしまうほどの──曲線美を描いていた。
その傍らに立つのは、一見してドレスを纏った金髪の少女。
しかしその愛らしい容貌に反して、その一挙手一投足にただならぬ風格を滲ませている。
おそらくは一端の武道家──少なくとも心得のある人物だと、クラピカには思えた。
二人は時折、背後を振り返っては、後から続くもう二人の事をそっと待っていた。
一歩一歩、確かな足取りで芝生を踏み締めてくるのは──水色の髪の少女と、桃色の髪の少女。
そのエメラルドの瞳には、深く、静かで、決して揺らぐことのない強烈な意志が宿っている。
鏡映しの双子のように並び立つ二人の佇まいは張り詰め、確かな覚悟の表情がその顔に浮かんでいた。
風が並木の葉を揺らし、二人の髪を優しくなびかせる。
水色の髪の少女は一度だけ、自らの左手で自分の左目を愛おしそうに、そして確かめるようにそっと押さえた。
けれど、それも一瞬のこと。
彼女は次の瞬間にはまっすぐ、決断的な目線で前を見据えた。
クラピカとレオリオは自然と居住まいを正し、静かにその到来を迎え入れた。
「ゴンとキルアの友達のプロハンターって、あなた達だよね?
私はネオン……ネオン=ノストラード。こっちの子は、レディ。
今日は、依頼をしたくて来たんだ……来たんです」
水色の髪の少女は一度深呼吸をし、一言も喋らぬ無言を貫く桃色の髪の片割れに目を向けた。
双子の姉妹は支え合うように両手をつなぐと、頷きあった。
「私達、絶対にグリードアイランドを攻略したいの。だから、手伝ってくれない?」
* * *
夢を、見ていた。
どこまでも広い青空と、どこまでも続く草原の海。
そこを、二人の少女が手を取り合って駆けていく。
水色の髪の女の子と、桃色の髪の女の子。
鏡写しのような双子の彼女たち、世界で一番大好きな少女たち。
彼女たちは何処までも何処までも、楽しそうに、幸せそうに、世界へ飛び出していくのだ。
それは俺にとって、明日を占う祈りにも似ていた。
彼女たちの明日に何が待ち受けているのか、それを確かめる事は俺にはできないれど。
本当に涙が出そうなほど幸せな。
夢のような──夢だった。
『
* * *
見開いた俺の視界に飛び込んできたのは、ニコニコと小悪魔のように微笑む、見慣れた女の子。
──
「な、あ……!?」
もちろん、俺はこのネオンの姿を知っている。
ありえざる存在──夢のような存在だ。
だって、そうだ。これは『
彼女はグリードアイランドの酒場に現れ、モンスターの部位が欲しいとワガママを言い、苦肉の策で同行したダルツォルネさんから依頼を出すことを提案され……プレイヤーに様々なお願いをするキャラクターとして登場した。
つまり
どうしてそうなったのか、ゲームを遊ぶ俺にはまったくわからなかったけれど。
ああ、でも。けど。そうだ。
(ネオンでは、ない……?)
「──────?」
レディがどこまでもネオン=ノストラードで、でもネオンではないように。
眼の前にいる彼女も、どこまでもネオン=ノストラードで、けれどネオンではない。
この……人を、世界を、何もかもを小馬鹿にした嘲るような笑い方は、ネオンというよりも、むしろ──……。
「ルモア、気がついた!?」
そして俺の
はたして、そこにネオンはいた。水色の髪のネオン=ノストラードが。
俺を見つめて満面の笑みを浮かべる彼女の向こうには、桃色の髪のレディ=ノストラード。
そこまできて、俺はやっと自分が見慣れたノストラード邸のベッドの上にいる事に気がついた。
もちろん俺の部屋の俺のベッドの上じゃあない。
ここはネオンの部屋の……ネオンのベッドの上だ。
「あ、れ……?」
俺は、目を瞬かせた。
「俺、いつの間に帰ってき、た? というか、オークションは──……。
というか、あれ、俺の左腕……!?」
「やっぱり、全然わかってない……」
ネオンがにぎにぎと、俺の左手の感触を確かめるように触りながら……そしてエメラルドの瞳で俺の瞳を覗き込みながら、咎めるように──あるいはキスをするように唇を尖らせる。
吐息が俺の瞳に触れそうなほどの間近。
目の毒だ……と、思う。
「ルモア、あの後倒れちゃって……ずっと起きなかったんだよ!
お医者さんが言うにはシッケツセーショック? とか、頭の方まで届く血が足りなくなっちゃったせいでテイサンソショー? とかで、もしかしたら二度と目が覚めないかもしれない、って……。
だったら私が頑張って治すしかないって思って、いろんな人に手伝ってもらったんだ。
それでやっと
「は……!?」
つまり、ネオンがグリードアイランドをプレイした……ってコトか!?
いや、待て、待て。いや。すごく混乱しているけど。ええと、まず……。
「…………
「この子? うん、私の『
応じるようにニンマリと、緑髪のネオンは、心底楽しくて仕方がないといった笑顔を浮かべた。
自分を誇示するべく誇らしげに反らされた胸の形まで、どこまでもネオンと同じ。
けれどその相手をからかうような小馬鹿にするような笑い方は、間違いなくあの天使のそれだ。
部屋の入口で此方を見守るレディ。表情の薄い彼女とは、まるで正反対……。
「グリードアイランドって……ほら、ゴンたちが探してたゲームあるでしょ?
あれって、クリアしたら何でも願いが叶うって聞いて……ルモアもぶつぶつ言ってたし。
だからポンズとビスケさんと、ゴンとキルアと、クラピカちゃんとレオリオさんに手伝ってもらって──あ、あとヒソカさんってルモアの友達!
他にもハンゾーって人が時々手伝いに来てくれたり、ゲームの中で会ったゴレイヌさんって人も助けてくれて。
それでプレイ中にビスケさんが私の……
気づいたらこうなってたの!」
「……こうなってた、って」
俺は……
彼女はにこにこと笑顔を絶やさぬまま、どこか意地悪く、「なんだ文句あるのか」とでも言いたげな様子で俺を見てきた。
俺はそのまま数十秒考えて……結局、考える事をやめた。
「悪い、ちょっとまだ、色々……ついてけないんだけど」
「大変だったんだよー?
反省したから今回はパパや護衛の人には友達とゲームするってちゃんと伝えて出かけてたのに、途中で一回戻ったらエリザが『お嬢様がゲーム機に吸い込まれた!』とか報告してたせいでみんな大騒ぎしてて、あやうくゲーム禁止にされそうになったり!
それにクリアするまでもそうだけど、クリアしてからも!
バッテラさん、恋人さん助けるのに大天使の息吹だーっていうのはわかるんだけど、ずっと一緒にいたいから魔女の若返り薬も必要だって言うんだもん。
そりゃあ確かにルモアが何十年も寝たきりだったら、きっと私も欲しくなるから気持ちはわかるけどさ。
おまけに恋人さんの容態が悪化しちゃって、クリア急がなきゃいけなかったし。
なのにゲームの外に持って帰れる報酬は
手伝ってくれた他の皆にもお礼として欲しいカードあげなくちゃいけないのに、3枚じゃぜんっぜん足りないんだもん!
最初はトラエモンに拾わせてから捕まえてカードにして、それからもっかいゲインすれば良いと思ったんだけど、そうしたらお腹の袋の中身が全部変わっちゃうしさあ……」
ネオンは色々と喋っている。その内容を俺は聞き逃さないように意識を集中する。
バッテラさんとその恋人を襲った悲劇は、どうやら覆されたようだ。
ネオンが助けてあげたいと思って関わったから、原作より攻略速度が上がったのか。
ネオンならそうするだろうという確信はあった。
けれど実際にネオンがそうしてくれた事、その事が何だか俺にはすごく嬉しかった。
ただ……どうにも聞き捨てならない部分も、あった。
「……その話し方だと、なんか……みんな報酬をもらってるように聞こえるんだけど」
「うん!
ゴンはなんかお父さんに会いに行くってキルアたちみーんな連れて飛んでっちゃった。
呪文カードを指定ポケットカードに《
ビスケさんは宝石手に入れられて喜んでたし、バッテラさんも幸せそうだし。
ポンズも──……」
……明らかに、受け取ってる報酬の数が
指折り数えて皆が皆何を貰ったのかを思い出しているネオンに、俺は恐る恐る問いかけた。
「
「えっとねえ!」
ネオン曰く──もちろんネオンは俺がグリードアイランドを詳しく知らないと思っているし、よっぽど皆で遊んだのが楽しかったのか、「あのね! それでね! それからね!」と遊園地の事を語る子どものように、俺の手を握るのとは反対の手を振り回して語ってくれた。
それは説明と解説と時系列と思い出と主観と感想とが入り混じって、往きつ戻りつ脇道に逸れて寄り道して、随分と長く遠回りな、およそ説明とは言えない説明だった。
それだけで、彼女にとってどれほどグリードアイランドでの冒険が尊いものだったか、わかる。
生まれて初めて、ネオンは友達と遊びに出かけたのだ。
そんなネオンの話を聞く時間、一緒に過ごす時間は、俺にとっても……とても楽しく幸せな時間ではあったのだが──……。
ともかく、理屈としてはこうだ。
まず自分のバインダーの指定ポケットに全部のカードを揃えて、クリア条件を満たす。
その上で、フリーポケットに俺の分とバッテラさんの分、つまり指定ポケットと合わせてカード化限度枚数3枚に達した、その内2枚の大天使の息吹をセット。
他にも魔女の若返り薬をはじめとした、皆が欲しがっているカードをセットする。
これらはフリーポケットに入っているため、クリアデータとして記録される指定ポケットカードに対し、ゲーム外に移動した時点で
その上で──……。
「報酬としてもらった『失くし物宅配便』を使ったの! 一ヶ月待ってから!」
「──……」
俺は、なんというか。絶句してしまったというか。なんというか。言葉が見つからなかった。
それは「失くしてから一ヶ月経ったものを説明すると次の日に届けてくれる」という奇妙な宅配便と、そこに繋がる専用ダイヤルを生み出す指定ポケットカードだったはずだ。
他の指定ポケットカードに比べれば遥かに効果は限定的で、ランクもBと低く設定されている。
これを活用するような場面も展開も、原作には確かなかったはず。
俺は頭の中でグリードアイランド編を思い浮かべ、考えて、ひとまず確認をする事にした。
「……ええと、それって……アリ……なのか?
報酬が3枚なら、それ以上を持ち出すのはルール違反なんじゃ……」
「だって、失くしてから1か月たったものを何でも持ってきてくれるんだよ?
制限があったら何でもじゃないし、何でもっていうからには制限無しじゃない。
……ってゲームマスターの人たちに言ったら、大笑いしてオッケー出してくれたもん」
「もんって」
まったく、呆れるやら、感心するやら。
まあ、ゲームマスターたちがアリだと言ったならアリなんだろう。
グリードアイランドはシステムに基づいて運営されているが、そのシステムを運営しているのは機械やプログラムではなく人──ジン=フリークスと、その仲間たちだ。
少なくとも彼らはゲーム内のルールに則ってやるなら、どんなプレイでも許容する人達だ。
そう、グリードアイランドは、プレイヤーがどうゲームを遊ぶかについては、どこまでも寛容だった。
それはボマーやらハメ組やらの他プレイヤー妨害に走った者、NPCと結婚する事を選んでまったく別ジャンルのゲームを始めたモタリケのような者、そうした正攻法以外のプレイを続けているプレイヤーたちが、誰一人BANされなかった事からもわかる。
もちろんグリードアイランドを何処まで楽しんだか、正しく遊んだか、愛してくれたかという、クリエイターとして一番気になる事を、最後の試練で確かめるのが前提ではあるけれど……。
グリードアイランドはフェアな
あのゲームを作り上げたゲームマスターたちの事だ。
外部から乗り込んできてメチャクチャに引っ掻き回して便利なアイテムだけ好き勝手持ち帰ろうというのでなければ、一人の少女が必死になって頭を捻って導き出した答えを無碍に却下したりはしないだろう。
あるいはジンなら、ハンターなら自力で抜け道を見つけてみろとか、低レアだから役に立たないとかそんなワケねーだろ……なんて考えの下、報酬を3枚以上持ち出す事まで想定済みだったかもしれない。
少なくとも自分の息子が呪文カードを持ち出す事は、彼の想定内だったのだから。
それに何より、一つだけ……俺が確信していることがある。
「……グリードアイランド、楽しかったか?」
「
それが、答えなんだと思う。
俺は改めてベッドに身を預けながら、ネオンに掴まれたままの左腕に目をやった。
大天使の息吹は俺の脳だけじゃあなくて、左腕まで含めて完全に体を癒してくれたらしい。
そして俺を助けるために、ネオンはこの屋敷を飛び出して冒険を繰り広げてくれた。
ネオンに、レディ。
それに天使と呼ぶべきか、幽霊と呼ぶべきか、結局ラブリーゴーストライターと呼ぶべきか。
俺の目に映るのは、水色と桃色、そして緑色の髪を持つ、女の子たち。
誰に顧みられることもなく、誰からも救われなかった女の子が、こうして笑っている。
幸福な──なんて幸福な、ありえざる結末。
俺の見たかったもの全てが、此処にあるようにさえ思えた。
もし……俺がネオンと出会っていなかったら、どうなっていただろう。
やはり俺はただの田舎町の少年で終わって、彼女は破滅してしまったのだろうか。
他の皆と関わることもなく、陰獣も、護衛団の皆も死んで、幻影旅団が勝ち誇っていたのか。
これから先は、どうなっていくんだろう。
今はもう2000年だろうか。キメラアントはどうなっているだろう。
ポックルは生き延びる事ができるのか。ポンズは死なずに済むだろうか。
いや、そうだ、思い出した。
ネオンはこの後、バトルオリンピアに招待されて観戦に行くんじゃあないか。
そして
今にして思うとなんか実にジャンプ映画って感じだったなって思う。
こう、ほら、隠された上弦の零番とか存在を抹消された月の呼吸の使い手とかが出てきて、後の原作と整合性が取れなくなっちゃうようなノリと勢いの映画。嫌いじゃあない。
突然知らないダークマイトが出てきたのに対処する側になると、ノリと勢いじゃ済まないが。
影の首領であるジェドの目的はネテロだけど、巻き込まれたネオンがどうなるかはわからない。
バトルオリンピアといえば、カストロさんは天空闘技場に戻るんだろうか。
ヒソカとの決着が気になる……というかヒソカからカストロさんとウボォーギンの試合動画もらわないと。
もちろん最優先は、ネオンの護衛だけど──……まだまだ色々、忙しくなりそうだった。
「それで、ね」
不意に、ネオンが小さな……そして僅かに低い、平坦な声で呟いた。
俺の左手、指の一本一本に至るまで、彼女の指が絡め取っていく。
「知らなかったんだけど。
ルモアって……女の人の知り合い、多かったんだね?」
「ん? ええと……そうか。言ってなかったっけ?
まあそりゃあ、まったくいないってわけじゃあないよ。多いかはわからないけど」
「うん、ポンズはね。知ってたよ。
でも、ビスケさんとクラピカちゃんは知らなかったなぁ。
あと陰獣の女の人? も、ルモアのこと心配してたし。
…………ふふっ。
うん、いいよ。お仕事だったり、ハンター試験だったり。あるもんね」
ネオンはくすくすと笑いながら、ベッドの上に……俺の間近へ、さらに身を乗り出してきた。
「それに、ポンズなら良いかなって。前にも言ったよね? ペット。
あの子、すごく可愛いし。綺麗だし。素材は良いと思ってたら磨かれちゃってさ。
それに話してみたら良い子だったし……悔しいし癪だし、悔しいけど。
うん、ポンズなら良いよ。許したげる。
でもね、一番は私。私じゃなきゃダメ。だってルモアは
「ネオン……?」
「パパにも聞いたんだ。
そしたら流石に腕一本差し出されたら、もう
──だからね。私も決めたの」
ネオンはとつとつと、熱に浮かされたように、ドロドロに蕩けたような口調で続ける。
エメラルドの瞳は潤んで、きらめいて、なのに何故か光の失せた暗黒のように底が見えない。
そこには俺の虹色の瞳以外、何も映っていないかのように……見えた。
「あの時、なんて言ったか覚えてる?」
「えっと……」
覚えている。
随分と恥ずかしい事を、勢いのまま喋って、叫んでしまったように思う。
いや、後悔は無いけど。
「
ネオンが、とうとうベッドの上にその華奢な体を移した。
微かにクッションが沈むが、高級なマットレスはその程度で軋んだりはしない。
俺の体の上に覆いかぶさるように乗り出した彼女の体は──本当に薄い、透けるようなシルクの夜着でしか隠されてはいなかった。
いや、これを隠していると言って良いのだろうか。
白磁のような肌の色も、艷やかな乳房の形も、その先端の色づく薄桃色の蕾も、何もかも……俺に迫るその全ての色と形が、はっきりとわかる。
ヨークシンで買って、見せてあげると言われて、結局見る機会の無かった……あの衣服。
「……ネオン?」
「大丈夫だよ、ルモア。
なんか初めては女の子が痛かったり、10か月くらい大変だって聞くけど、そういうのはレディが引き受けてくれるっていうし。
それに、ほら。レディも、
どろどろと甘く蕩ける、ひどく熱を持った……まるでホルマリンのようなオーラが俺を襲う。
俺は助けを求めてレディを見た。
彼女は無言のまま、寝室のドアをしっかりと閉じて、施錠していた。
俺は助けを求めてラブリーゴーストライターを見た。
彼女は満面の笑みを浮かべたまま、親指を真下に向け、喉を掻き切る仕草をした。
俺は、真っ直ぐに一番大好きな女の子、ネオン=ノストラードを見た。
彼女は本当に幸福そうに、頬を赤らめて、俺の瞳をまっすぐに見つめてきた。
唇が緩んだ。ネオンがまるで花が咲くように微笑み──そして、甘く囁く。
「──────あはっ、パパになっちゃえっ♪」
「ウワーッ!?」
俺、アンドー=ルモアが出会って恋に落ちたのは、間違いなく地雷系の女の子だった。
* * *
夢を見る。
夢を見る。
父親に首を絞められ殺されながら。
薄暗い地下室でバラバラに解体されながら。
こうなったら良いなという夢を見る。
だけど何度確かめても現実は現実のままで。
目を瞑って開いても、誰かが助けに来てくれる事はない。
最初から最後まで一人ぼっち。
都合良く自分のことを全部わかってくれる人なんて、いやしない。
幾度も繰り返されるそれはまるで、明日を占う祈りにも似て。
何度も、何度も、幽霊のように擦り切れるまで筆を走らせても、結果は全ては同じ。
理不尽に奪われて、蹂躙されて、それで終わり。
これから先も、何度繰り返しても、永遠に、ずっと変わらなかったろう──……。
──もしもこの世界で、君と
だけど、出会えた。
もうこの夢はいつまでも続き、どこまでも旅は続いていく。
明日を、信じる事ができる。
だから今──……。
『
これにて完結となります。
読んでくださってありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。