地雷系彼女(マイ・フェア・レディ) 作:あなたへのレクイエムです
「……紳士淑女の諸君、静粛に願いたい。
これより、すべての私有財産は我々、
現れたのは、夜の闇に溶け込むような濃紺のタクティカルスーツに身を包んだ五人組。
顔は覆面で隠されているが、ボディラインから男女が混成になっているのが見て取れる。
その衣服に貼られた
「
「ひ、ひいいいッ!? た、助けてくれ……っ!!」
逃げ惑うVIPの中の誰かが泣き叫ぶようにその名を呼び、波紋が広がるように悲鳴があがる。
だが、それに反して俺の意識は急速に冴え渡り、心臓の鼓動も落ち着いていく。
(……
俺は蜘蛛たちの顔を知っている。その統一性のない装いも、戦い方も。
もちろんこの世界の幻影旅団が俺の知るそれとはまるっきり違う可能性はある。
この世界の旅団は旅する劇団ではなく、軍隊としての旅団という意味で名乗っているのかもしれない。
あるいは、原作以前に死んだとか暗殺されたとかいう知らない団員なのかもしれない。
オモカゲがこの世界にもいて、悪ふざけでこんな人形を使っているのかもしれない。
だが、本物の旅団なら、こんな「私たちこそが幻影旅団です」と言わんばかりに紋章を見せびらかして、そのネームバリューを利用したりはしないだろう。
殺して奪えば良いだけなんだから。
それに、漂ってくるオーラの質が違う。
研ぎ澄まされた刃のような鋭さではなく、使い古された鈍器のような、けれど分厚い力強さ。
原作の幻影旅団が本質的に地元最強の愚連隊なら、此方は間違いなく職業意識のあるプロだ。
無意味に虐殺や皆殺しを繰り返してきた、俺がこの世界のニュースや情報として把握してきた、あの集団ではない。
「ルモア……」
傍らのネオンが、わずかに震えた声で俺を呼ばわる。俺は無言で頷きを返した。
ここまでの思考は、単なる混乱だ。何の意味もない。
偽物だろうがなんだろうが、奴らがネオンの敵である事実は変わらないのだから。
「無駄な抵抗は推奨しない。我々の目的は出品物の回収だ。
命まで奪うつもりはないが、規律を乱す者には相応の処置を執る」
「ふ、ふ、ふざけるな……っ!
お、お前たち、こんなことをして、た、たた、ただで済むと思っているのか!?
命が惜しいなら大人しくしろというのなら、そ、それは、こ、こちらのセリフだぞッ!!」
一人の紳士が立ち上がって、唾を飛ばしながら自称幻影旅団のリーダーに食って掛かった。
同時にオークションハウスが雇った護衛が銃を構えようとする
虚勢を張っているのだとしても、こうして行動できる時点で彼と、彼らは勇敢だとは思う。
だが、勇敢なだけでは生き残れないのがこの世界だ。
「そうかね」
リーダー格の男が、低い声で応じる。
次の瞬間、彼の傍らにいた大柄な女が、凄まじい速度で跳躍した。
「ひっ……!」
紳士の悲鳴は、物理的に断ち切られた。
跳躍した大柄な女は、空中で指先をわずかに動かした。
そこから伸びるものは──蜘蛛の糸だ。
極細の、だが鋼鉄をも容易く断つほどにオーラが込められ強化された、ワイヤー。
(こんなとこだけ、本物に似てやがる……!)
マチの姿が脳裏にちらつく中、俺は続く光景を
「ハァイ、ごきげんよう! そしてさようなら!
わたくし『
大女が着地した瞬間、紳士の全身に無数の赤い線が走った。
一秒の遅延。
次の瞬間、彼の体はまるで賽の目に切られた豆腐のように、音もなく崩れ落ちた。
血飛沫さえ、切断の鋭利さのあまり、遅れて吹き出すほど。
その頃には旅団を騙る集団のうちの二人が、指先から放たれた不可視の弾丸で護衛たちを射殺していた。
念弾──ではない。
単純に視認できない速度のベアリングと、投げナイフ……いや、あれはクナイか?
いずれも正確に、眉間だけを撃ち抜き、貫いている。
濃厚な鉄錆の臭いが満ち溢れ、突風に攫われて吹き散る中で、再び悲鳴が上がる。
「……相応の処置を執ると言ったはずだ。蜘蛛は言葉を違えない」
リーダー格の男が、感情を排した声で告げる。
その冷徹な所作は、確かに「本物」を知らぬ者が見れば震え上がるほどの威圧感に満ちていた。
震え上がった客たち、そしてオークショニアが、次々と無言で落札物、出品物を差し出していく。
「賢明だな」
どこか満足そうに呟いた男の視線が、ネオンとレディ、そしてその前に立ちはだかる俺へと向けられた。
びくりと、背後でネオンが身を震わせるのがわかった。
彼女の腕には、俺から手渡されたばかりの、緋の眼が収められた小さなケースが抱えられている。
幻影旅団ではない。偽物。確信はある。
だが、こいつらはプロだ。あの切断の念能力、そして統制された動き。
俺はネオンを背後にかばい、オーラを練り上げる。
桃色髪の『
「さて、次は我々のもとから持ち去られたものを返して頂こうか。
緋の眼をこちらへ、お嬢さん。
君の命には興味がないが、そのケースを離さないというのなら、腕ごと回収させてもらう」
「……嫌よ」
ネオンが、震える声で、けれどはっきりと拒絶した。
「私の……。私が5億も出して落札したんだから! 緋の眼は、誰にもあげない!」
「交渉決裂だ」
リーダーが顎で合図を送ると、先ほど紳士を切り刻んだ大きな女と、もう一人──クナイを投げた身軽そうな小男が、左右から同時に俺を強襲した。
「ルモアッ!」
ネオンの叫びと同時に、俺もまた前へと飛び出す。
「『
小男が連射する念を込めたクナイを、俺は最小限の動きで回避。
どんな
これは念能力者同士の戦いの鉄則だと、ダルツォルネさんは俺に教えてくれた。
だがこのオーラ量。
つまりクナイ自体は高威力のクナイでしかない。
同時に視界の端、鋭く打ち振るわれて伸びるワイヤーを
狙いは俺ではない。俺を飛び越え、背後のネオン……レディ、ひいては緋の眼だ。
あわせて、さらにクナイが立て続けに発射される。
その射線は明らかにネオンへと伸びていた。
先程の射撃は見せ札だろう。
俺の動きを観察し、避ければ大事なお嬢様に当たるぞと脅すための。
ワイヤーとクナイ、二段構え。
狙いを読んだ俺は、あえて、ネオンを守る位置から動かない。
刃は俺の肩を掠めてスーツを切り裂き、そのまま背後のネオンへと向かう。
「あ……っ!?」
ネオンが目を見開く。だが、クナイが彼女の肌に触れる寸前、影が動いた。
『
彼女は一切の躊躇なく、ネオンの前にその身を投げ出した。まるで引き寄せられて入れ替わり、
クナイがレディの胸元に深く突き刺さる。
本来なら、致命傷。だが、レディは表情一つ変えない。
「……なっ!? なんだあの娘も護衛か!?」
「どちらにせよ
大女が、獲物が無防備に刺された隙を逃さず、死のワイヤーをレディへと振り下ろした。
レディとネオンごと二人を細切れにして、緋の眼を奪い取るつもりだろう。
先手必勝は念能力者同士の戦いの鉄則の一つ。
相手がどんな念能力だろうが、使わせなければ無いのと同じ。女の行動は正しい。
俺は、唇の端を吊り上げた。
「レディ!」
大女のワイヤーが、レディの体に接触した瞬間。
人形の肌の下で、ドロリとした呪詛の黒い血管が脈打った。
──爆発。
鼓膜を揺らし、視界を奪う衝撃と閃光。だが、それは物理的なものではない。
ピンク色の煙が爆発的に広がり、ワイヤー女とクナイ男に
同時に周囲の視界を一瞬遮断、衆目から今、何が起きたかを隠蔽する。
「が、はっ……!? な、なんだあッ!?」
「あ、わたくしの、オーラが……抜ける……っ!?」
小男が混乱し、大女が絶叫、膝をつく。
二人の全身から先ほどまで猛威を振るっていたオーラが、まるで栓を抜いた水のように消えていく。
強制的な
念能力者にとって、戦いの最中にオーラを奪われることが何を意味するか。
「イィ──ヤッ!!」
俺は
オーラを失い、ただの巨大な肉の塊と化した女の懐へ。鋭く短い、最初に習った
掌底を、その心臓に叩き込む。
こっちはリンセンさん仕込み、アイジエン大陸流の
「カハ、アッ……!?」
大口径拳銃で撃たれたかのような乾いた破裂音と共に、女が血を吐いて崩れ落ちる。
強化系ほどではないにしろ、念を込めた一撃は、無防備な心臓を粉砕するには十分すぎた。
だが、俺は動きを止めずに小男へと突き進む。
「あ、あっ!?」
クナイが次々に襲いかかるが、もはやそこに念は込められていない。
刃が肌に届かなければ毒の恐れもない。
俺は自分の肩をオーラで強化すると、そのままクナイを弾きながら、体全体を男へと叩きつけた。
「イ、ヤアッ!!」
「ご……ッ!?」
列車の床を踏み抜く勢いで背中から激突する体当たり。
13歳の子供でも、全体重を叩き込めば──ましてや念能力者と、
小男から肉の潰れる嫌な音がして、鞠のようにその体が吹き飛んだ。
そのまま奥の壁まで弾き飛ばされた男は、壁に赤黒い染みをぐしゃりと広げ、そのままずるずると滑り落ち、動かなくなった。
煙が晴れた時――会場の空気は、一変していた。
「蜘蛛」を騙る強盗団の顔から、余裕が消え失せる。
俺だって余裕はない。
大きく息を吐き、必死になって心臓から込み上げてくる苦痛をこらえ、脂汗を流す。
胸の痛み──先ほどレディに突き刺さったクナイの痛みだけが、俺にフィードバックされたのだ。
ネオンへの攻撃はレディが引き受け、レディの苦痛は俺が受け止める。
これが俺が『
だが──……。
(「制約と誓約」って…………き、っついなあ……!)
残り、三人。
俺はネオンを背にかばいながら、リーダー、ベアリング使い、そしてもう一人と対峙する。
「……なるほど」
リーダーの声が、低く響いた。
彼はつい数秒前までレディがいたはずの、ネオンの隣の床へと目を向ける。
そこには脱ぎ散らかされたかのように散らばった、彼女の衣装。
中身はどこにもない。
「具現化系、あるいは操作系か……?
どちらにせよ、ご令嬢の姿を模しているというのは……。
……いや、まあ、
リーダー格の男が、仲間二人が一瞬で沈んだ光景を冷徹に分析する。
その声に動揺はない。
仲間の死を嘆くより先に、敵の能力の種を見抜くことに脳のリソースを割く。
「見た目はともかく、カウンター型か。実に厄介だ。
しかしあんな大層な爆発、お前の
「……もうちょっと何も考えずに突っ込んできてほしかったんだけどな」
「お互い様だろう」
リーダー格の男が、静かに一歩踏み出した。
一方で、俺の視界はわずかに霞み始めている。
『
何より、先ほどのフィードバックによる胸の激痛が、俺のオーラを乱していた。
(けど、あんたらがプロなら、俺だってプロだ)
俺はゆっくりと格闘の構えを取った。
「一人で相手をすると?」
「時間稼ぎかもだぜ」
俺は胸の痛みを悟られないよう、平然と笑って言った。
「幻影旅団って十三人だっけ? で、二人減った所だろ。
こっちは俺を含めてあと何人いると思う?
十一人よりは多いぜ」
「自信があるのは良いが、いささか傲慢だな。
まあ、若者にはよくある事だ。
……始めるぞ」
リーダーの合図と同時に、残った全員が一斉に散った。
ここからは、俺一人での、文字通りの肉弾戦だ。
読んでくださってありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。
励みになりますので、よろしければ感想評価お気に入りなど、よろしくお願いします。