地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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斬刻切断娘(チョップ・チョップ・ジェーン)
 変化系。ワイヤーが触れた物を一辺2.5cmの正立方体に分割した形状へ変化させる。
 その性質上、単純な物理攻撃を想定した防御は効果が薄い。物理威力が低いわけでもない。
 タッパがあって乳がデカくて腰が細くてケツがデカいでかつよ系殺人鬼お嬢様。

小李飛刀(ナンバースリー)
 操作系。自分の肉体を制御し、どんな状態でも完璧で正確な投擲を行う。
 ただし投擲物は指定した形状のクナイに限定される。
 俺が思うには、俺はこのなかで三番目に強い。




08.ニセモノ × ノ × シセン

「──ッ!」

 

 

 まず動いたのは、指先で銀のベアリングを弄ぶ痩身の男だ。

 先ほどまで無邪気に護衛を射殺していた二人の片割れ。その指先が動いた瞬間、空気が鳴った。

 無数の銀色の球体が、ショットガンの散弾のように襲いかかってくる。

 ただのベアリングではない。一つ一つが(シュウ)で強化され、銃弾並の殺傷力を持って俺の四肢を狙う。

 

 

(どんな(ハツ)かわかったもんじゃない……!)

 

 

 俺は(ケン)を維持し、ネオンとの位置関係を意識しながら、最短の動きで弾幕を潜り抜ける。

 背後の鉄柱がゴッと凄まじい音を立ててへこんだ。

 速い。そして重い。

 だが、それだけじゃあない。

 男の両手から放たれる数多のベアリングに、不可視のオーラの糸が繋がっている。

 操作系と放出系か? 放った後もなお、弾道を自在に操る気か。

 

 

「死角だぜ!」

 

「なん、っとぉっ!!」

 

 

 背後へ回り込んだベアリングが、俺の後頭部を狙って急反転する。

 俺は強引に体を捻り、辛うじてその一撃を回避。

 直後、頬を熱いものが通り過ぎ、鋭い痛みが走る。

 かすり傷だと、喜ぶわけにはいかない。俺のオーラの防御は貫通された。

 他の効果は? 今の所ない。けどこんなもの、防ぐだけで精一杯だ。

 そして、敵は一人ではない。

 

 

「逃さないわよ」

 

 

 もう一人の女──残された三人のうち、影のように静かだった女が、初めて声をあげた。

 引き剥がされた屋根、天井がないことを最大限に活用した跳躍と急降下。

 梁の残骸を蹴ったにしては異様な速度と鋭さ。

 その手には、不気味に湾曲した暗殺用の小刀。いつの間に現れた? 具現化系か。

 

 

「『暗殺者の右手(スーパーアサシンダガー)』……落ちなさい!」

 

 

 氷のような声と共に女の体が発光し、真上から放たれる刺突。

 俺はバックステップで回避を試みるが、足元に違和感を覚えた。

 

 

(──粘着!?)

 

 

 いつの間にか、ベアリングのいくつかが床で弾け、そこから強力な粘着質のオーラが広がっていた。

 俺の両足はうっかり泥がハネたかのようにオーラが付着し、列車の床に張り付いたオーラに絡め取られていた。

 

 

「『不運な衝突(ラッキー・ストライク)』だぜ、クソガキ!!」

 

(操作と放出じゃない! 変化と放出……違う、強化系から、変化と放出だ!)

 

 

 ベアリング使いは強化した弾を念で操ったのではなく、腕の動きでオーラごと振り回したのだ。

 系統の偽装。知らなかった概念。足が止まる。コンマ数秒の遅滞。

 その僅かな時間でリーダーが正面から真っ直ぐに踏み込んできた。女のナイフよりも速い!

 

 

「おおッ! 『百歩神拳(フラッシュ・ポイント)』ッ!!」

 

「ぐ、あ……ッ!?」

 

 

 重厚な拳が、俺のガードを突き破って鳩尾にめり込む。間違いなく強化系。

 肺の空気がすべて押し出され、視界が白む。

 しかし俺の体が吹き飛ぶ事はない。足元の念が俺を掴んで離さない。

 衝撃が逃げること無く体を駆け巡り、内臓が潰れそうになるのを(ネン)で内から圧をかけて防ぐ。

 そして、休む暇はない。天井からの女が背後から俺の頸動脈を狙って刃を突き立てる。

 やばい。死ぬ。まだだ。

 

 

「イ……ッ、ヤアアッ!」

 

 

 オーラが張り付いているのは俺の服であって俺じゃない。

 俺は(レン)で噴射したオーラの勢いを物理速度として強引に足を振り上げ、スーツを破いて粘着質オーラから脱出。

 そのままの勢いで蜻蛉を切り、バク転をするような動きで、女のナイフを持つ手元を蹴りつけて弾いた。手元から離れたナイフが消える。

 ダルツォルネさん仕込み、屋内戦での蹴り技。

 

 

「ほう……!」

 

 

 感心される程度には向こうに余裕があり、俺にはない。

 三人の連携は、寸分の隙もない。

 リーダーが重戦車のように圧力をかけ、ベアリング使いが回避を封じ、暗殺者が致命傷を狙う。

 ダルツォルネさんとの組手でも味わったことのない、実戦の波状攻撃。

 

 

「げ、ほ……ッ」

 

 

 距離を取って着地した俺が、たまらず咳き込むと、口から血が溢れた。

 冗談じゃあない。内臓損傷なんて。

 戦線離脱なんか許されない。だから膝を突くこともしない。

 

 

「ルモアッ! ルモアァ……ッ!!」

 

 

 俺が血を吐いたのを見て、ネオンが悲鳴みたいな声で俺を呼ぶ。

 守らなきゃいけない。

 だが、多勢に無勢。オーラの総量でも、経験でも、今の俺は彼らに劣っている。

 

 

(クソ、これがプロの……(ネン)の集団戦か……!

 本当の旅団はこれより強いとか、嫌になってくる……!)

 

「……さて、最後に聞こうか。

 大人しく緋の眼を渡すか、それともこの少年が死ぬのを特等席で眺めるか。

 どちらが良い、お嬢さん?」

 

 

 リーダーの拳に、足に、凶悪なまでのオーラが収束する。

 女は再び虚空からナイフを具現化して構え、ベアリング男も指先で弾をつまむのが見えた。

 

 突きつけられた二択。

 だが、俺は──少しだけ笑っていた。

 その答えを、もちろん俺は知っている。

 

 

()()()()()……だぜ、ネオン」

 

 

 ずいぶんと久しぶりに、ネオンにこの口調で話しかけた気がする。

 背後でぴくりと彼女が身を震わせるのがわかった。顔を見たいなと思う。

 

 体の外だけじゃあない。内側にも意識を集め、先程の防御の要領でオーラを集め、胃の傷を抑え込む。

 俺は自身の(テン)、そして(ケン)を崩さぬよう呼吸を整え、口元の血を拭って構えを取る。

 

 一対五から、一対三まで俺は持っていった。

 そして連中は俺との戦闘を切り上げようと交渉を持ちかけてきている。

 

 

(つまり、目に見えてるほど圧倒的に不利ってわけじゃあない……!)

 

 

 俺はすっと指を揃えた右掌を前に突き出すと、くいくいと誘うように、手招きをした。

 

 

「かかってこい、相手になってやる」

 

「気概は買うが、練度が違いすぎる。……終わりだ」

 

 

 リーダーの短く冷徹な号令。

 それが、死刑執行の合図だった。

 

 正面からリーダーが風を切る速度で接近。

 頭上からはナイフ女の、死角を突く変則的な刺突。

 そして左右からはベアリング男が放つ、不規則な軌道を描く弾幕。

 

 逃げ場はない。

 

 俺は(ケン)を最大出力まで引き上げたが、内臓のダメージでオーラの密度が揺らぐ。

 だが、それでも俺の視線は、真っ直ぐにリーダーの鳩尾へと注がれる。

 

 ベアリングの弾、ナイフの刃。避けきれないなら受けるだけだ。

 弾は粘着。ナイフは先の動きを見る限り身体能力強化か空中制動。

 なら即死しない事にだけ意識を割き、他のすべてを切り捨てる。

 そしてリーダーの一撃を受ける瞬間に、すべてのオーラを拳に集中させ一撃を叩き込む。

 相打ち覚悟。だが、確実に一つ持っていく。

 そうすれば、もう少し時間を稼ぐ事ができる。

 

 ()()()()()()()

 

 

(──来るッ!!)

 

 

 リーダーの拳が、俺の顔面に迫る。

 女のナイフが、俺の頸動脈を狙う。

 ベアリングが、俺の四肢を砕こうと襲いかかる。

 三人の(ハツ)が同時に俺を捉えようとする。

 

 その刹那だった。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 金属が激しく弾ける、硬質な、けれどあまりに鋭い音が車内に響いた。

 

 ベアリング使いが、驚愕に目を見開く。

 彼の指先から放たれようとしていた弾丸が、闇を裂いて飛来した銀色の光によって、空中で真っ向から弾き飛ばされたのだ。

 跳ねたベアリングはナイフ使いの女の手を撃ち、具現化されたナイフが指からこぼれ落ちて霧散する。

 女の手に当たってさらに弾け飛んだベアリングは、凄まじい速度と回転でリーダーの拳に衝突。

 彼の放った拳の軌道が、わずかに、本当に針の先ほどだけ、上方へと逸れる。

 

 それと同時に、俺の足元に何かが高速で突き立った。

 閃光の正体は、食堂車から持ち去られた一本の銀のフォーク──……。

 

 

「……なっ!?」

 

 

 リーダーが反射的に周囲を索敵し、動きが止まる。

 その僅かな隙。俺にとっては、永遠にも感じられるほど長い、千載一遇のチャンス。

 俺は、リーダーの逸れた拳を紙一重で回避し、懐に滑り込む。

 全オーラを込めた右拳を、無防備に晒された彼の鳩尾へと繰り出した。

 

 

「イィィヤアアアァ……ッ!」

 

 

 激突。凄まじい衝撃波が車内に吹き荒れる。

 拳に伝わる感触は、肉ではない。

 まるで巨大な岩壁を叩いたかのような、圧倒的な密度のオーラ。

 俺の右腕の骨が、圧力に耐えかねて音を立てて折れた。

 

 だが加速のため拳と足にオーラを集中させていたリーダーに対し、俺は拳にだけオーラを集めている。

 加えて──その『百歩神拳(フラッシュ・ポイント)』の閃光のような速さは、そのまま打ち込んだ俺の拳の威力にも乗る。

 それにもしかしたら中断されたら反動を受けるとか、そんな制約と誓約でもあったのかもしれない。

 

 

「ガ、ハッ……!?」

 

 

 リーダーの巨体が、くの字に折れ曲がって吹き飛んだ。

 そのまま後方の壁へと激突、突き抜けて、列車の外へと放り出された。

 虚空に落ちるリーダーの姿は、またたく間に夜の闇へと消えていった。

 

 

「リ、リーダーッ!?」

 

 

 残されたベアリング使いの男と、ナイフを弾かれた女の絶叫が重なる。

 だが、俺だってそれどころじゃあない。

 

 

「……ぐ、う…………っ」

 

 

 膝が、ガクガクと震える。

 内臓へのダメージに、腕の骨折。オーラの供給が追いつかない。

 ひしゃげてあらぬ方向に曲がった右腕から、焼けるような激痛が脳を白く染める。

 視界が急激に狭まり、焦点が合わなくなる。

 

 

「……殺す。ぶち殺してやるッ!! クソガキがあああッ!!」

 

 

 ベアリング使いの男が、顔を真っ赤にして激昂した。

 リーダーを失った恐怖を怒りで上書きするように、彼は残されたすべてのオーラを両手に集束させる。

 

 

(……次は、どうする……!?)

 

 

 ネオンを守るにはどうすれば良い? 時間を稼ぐには?

 時間が泥のように淀み、思考が空回る。明滅する意識に、閃光のように蘇る言葉。

 

 

────────────────────────────

 

虹を啜る宝石は 瓶の中で夢を見る

 

硝子の檻が割れるとき 宝石は色に呑まれ牙を剥く

 

されど 身代わりの人形が十の月を数えれば

 

死神の鎌は あなたの喉を撫でて過ぎるだろう

 

────────────────────────────

 

 

 あの占いはヨークシンシティじゃなくて、この偽幻影旅団との戦いの事だったのか?

 そうだとすれば、ここで俺が死ぬから、これ一つしか詩がなかったのか?

 いやそれだと意味が通じないか? あの占いはどういう意味だったんだ?

 今じゃない? この先がある? それとも、気づかないうちに過ぎたのか?

 ネオンは9月のヨークシンを超えて10月に行けるってことか?

 占いは俺の未来じゃないのか?

 もしここで俺が死んだらどうなるんだ?

 

 大丈夫だ。

 きっとダルツォルネさん達が駆けつけて、なんとかしてくれるはずだ。

 

 時間は十分に稼いだ。

 ネオンは守れる。

 

 全ては滞り無く進むだろう。

 

 ()()()()()()=()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 男が指先を弾く。

 無数のベアリングが放たれた。

 

 見えない。

 今の俺の視力では、不規則な軌道を描く弾丸を捉えることは不可能だ。

 

 俺は思考を続ける。(ネン)を続ける。呼吸を続ける。左目が熱く痛む。

 

 死の瞬間。

 

 

 

 * * *

 

 

 

(……やだ)

 

 

 私の視界は、涙で歪んでいた。

 目の前で、自分のためにボロボロになっていく少年。

 ルモアが血を吐き、それでも私を守るために立ち塞がっている。

 

 

(やだ。……ルモアは……ルモアは、私のなの。六歳の誕生日にもらった、私の……宝物なの)

 

 

 いつも隣にいた。

 六歳からずっと。そしてこれから先もずっと。

 いつも涼しい顔をして、時々困った顔をして、自分のわがままを完璧にこなしてくれる。

 自慢のルモア。

 その彼が今、あのみすぼらしい泥棒たちの手で、壊されようとしている。

 まず、右腕が砕けて。腕が。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(取らないで。私の大切なものを、壊さないで……!)

 

 

 ドクン、と。

 

 私の心臓が、今まで一度も感じたことのない熱量で脈打った。

 それは占いによって他人の未来をなぞる時の、あの静かで心躍るものではない。

 ルモアのオパールの瞳を覗き見た時に、いつも感じる、どろどろとした蕩けるような熱に似ていた。

 でも、生まれてから一番、熱い。

 

 私の左手が、小指から釣り上げられ、見えない糸に引かれるようにルモアの方へと伸びる。

 

 誰にも渡さない。私の宝物。私のコレクション。

 彼は私のものだ。

 私の所有物で、私の唯一の……。

 

 

「『浸液標本の愛(プライベート・アイ)』」

 

 

 無意識に、その名が唇から零れた。

 

 

 途端、私の視界が真っ白に染まった。

 私の左目に、熱が生まれる。

 ルモアの左目……あの美しい、オパール色の瞳と同じ光が。

 私とルモアの間に、糸が繋がった──……。

 

 

「……――――あ、はぁっ♪」

 

 

 熱い吐息が、私の唇から漏れる。

 

 

(見せて、ルモア。貴方が何を見ているのか。何を見なきゃいけないのか。……私が、教えてあげる!)

 

 

 

 * * *

 

 

 

『──左、ルモア! 下から三つ!』

 

 

 突如、俺の頭の中に直接、ネオンの凛とした、けれど弾むような声が響いた。

 それは声というより、強烈なイメージ、意識の共有だ。

 

 俺は左目の焼けるような熱に浮かされるがまま、右腕を庇いながら、ダンスでも踊るかのように体を翻した。

 左側から迫る三つの弾丸を、紙一重の転身で回避。

 

 

『次は右! 後ろに回った!』

 

 

 続いて右後方から回り込んでくる二つの軌道を、首を傾けるだけでやり過ごす。

 

 

「なっ……!? なぜだ、なぜ当たらねえッ!?」

 

 

 男が狂ったようにベアリングを連射する。

 だが、そのすべてが無駄だった。

 ネオンの声が、ネオンの導きが、俺に次、どうすれば良いかを教えてくれる。

 

 

『今度は上! 三歩くらい前に行って! そうしたら当たらない!』

 

 

 ネオンの指示に従い、俺は残された体力を振り絞って踏み込んだ。

 弾丸の嵐を完璧に潜り抜け、俺は最短距離で男との距離を詰める。

 

 俺にはもうオーラを練るだけの余力はない。

 

 だけど俺は、足元に突き立っていた銀のフォークを、走りながら左手に掴み取っていた。

 そこには美しく練り上げられた強力なオーラが、(シュウ)として、まだ残っている。

 どういう気まぐれかはわからない。だが、受け取った助力は、ありがたく使わせてもらう。

 

 

『あとは、そのまままっすぐ!!』

 

 

 それを拳から突き出すように。

 

 

「イィヤアッ!!」

 

 

 男の喉元へ、雷光のような突き。

 フォークの先端が、男のオーラを、男の喉笛を、そして放とうとしていた声をも貫いた。

 

 ──静寂が戻る。

 

 列車の走行音は不気味なまでに静かで、まるで無音のよう。

 青白い月明かりが、荒い息を吐く俺と、放心したように座り込む観客たちを照らしていた。

 その光が、俺の左目を煌めかせる。

 

 

「……あと、一人……!」

 

「ひ……っ!」

 

 

 残された最後の女は、俺の目を見て、震える足で後ずさった。

 仲間四人が壊滅。自分たちよりも遥かに若く、練度も下だと思っていた少年によって。

 

 

「な、なによ、その目……ギラギラ、光って……。な、なに見てるの……!?」

 

 

 もちろん、俺が見ているのはこの女じゃあない。

 その後ろ。その向こう。はるか先。

 ()()()()()()()()()()()()

 俺は折れた右手をだらりと垂らしたまま、ネオンを背に庇い、女に向けて左手を突き出した。

 銃を構えるように、人差し指を、突きつける。

 

 

()()()()()()()()()()()……ッ!」

 

「……に、逃げ、なきゃ……!」

 

 

 恐怖に顔を引き攣らせた女は背を向け、三度ナイフを具現化させると、破壊された屋根から夜の闇へと跳躍した。

 だが、その時。

 

 

「しゃあっ!! オーラソードッッッ!!!」

 

 

 夜風を切り裂き、咆哮とともに放たれた白刃。

 破壊された屋根の上から踊り込んできたのは、全身から闘気を噴き上がらせた髭面の男だった。

 逃げようとした女の行く手を、白熱する光刃が断ち切る。

 髭面の男の手元から伸び、そして広がった、彼が自在に変化させた、巨大なオーラの刀身。

 それは、剣というにはあまりにも巨大過ぎた。

 大きく、薄く、軽く、そして大雑把過ぎた。

 けれど何も知らずに外から見る分には、それは、まさに光の塊だった。

 実態を知っているのは、俺たちだけだ。

 

 

「ざまあねえな、ルモア!

 ま、この俺様が来たからには、テメエは安心してそこで寝とけやッ!!」

 

「あ、ああっ……!?」

 

 

 振り回される変幻自在な念剣の輝きに圧倒された女が、悲鳴を上げて列車の床に着地、たたらを踏んで後退する。

 だけどもう、彼女の逃げ場など残されていなかった。

 

 

「状況終了だ。良く持たせた、ルモア」

 

 

 髭面の男の背後に、煤に汚れながらも鋭い眼光を失っていないダルツォルネさんが現れる。

 肩の埃を払いながら佇むリンセンさん。此方に向かって軽く手を上げるシャッチモーノさん。

 抱えたゴールデンレトリーバーを撫でくり回して労っているスクワラさん。

 そしてその全員を(ネン)で浮かせ、此処まで飛ばしてきたイワレンコフさん。

 

 護衛団の「主戦力」が、ついに揃い踏みしたのだ。

 

 

「シャッチモーノ=トチーノッ!」

 

「『縁の下の11人(イレブン・ブラック・チルドレン)』ッ!」

 

 

 命令を受けシャッチモーノさんが放った風船が、一瞬で重装備の黒服人形へと姿を変え、一斉に女へと襲いかかった。

 女は跳躍しようとするも抵抗する間もなく、人形たちの集団に圧殺され、床へと崩れ落ちた。

 

 

「へへッ なぁにが幻影旅団だ、俺サマにかかりゃざっとこんなも──……」

 

 

 髭面の男がオーラソードを縮小させ、肩に担ぎながら俺へと歩み寄る。

 だが、ボロボロになった俺の姿を見て、男の表情が強張った。

 

 

「おい、ルモア。お前、その腕……」

 

「……あ、あはは。ちょっと、欲張りすぎました……」

 

 

 俺は安堵のあまり、膝から崩れ落ちそうになるのを必死で耐えた。

 折れた右腕の激痛が、今更になって津波のように押し寄せてくる。

 

 

「外の連中はスクワラの犬が索敵してくれたおかげで、粗方片付けたが……。

 まさか中にこれだけ入り込まれていたとはな。

 ……ボス、お怪我はありませんか?」

 

 

 ダルツォルネさんが俺を無視して通り越し、真っ先にネオンのもとへ駆け寄る。

 ネオンは震える手で緋の眼のケースを抱え、放心したように俺を見つめていた。

 だが声をかけられ、その瞳が焦点を結ぶ。

 

 

「ルモア……ルモアッ!」

 

 

 はっと我に返ったネオンが、ダルツォルネさんを突き飛ばすようにして駆け寄ってくる。

 彼女の手からは、あれほど執着していたはずの緋の眼のケースが滑り落ち、床を虚しく転がった。

 

 

「ねえ、大丈夫なの!? ルモアの、その腕……!

 さっき血も吐いてたの! すぐに治して! ダルツォルネ、早く!」

 

「……ええ。

 少々、派手にやられましたが、この程度なら念能力者の戦闘では軽傷です。

 それより、ボスにお怪我がなくて良かった。ルモアの働きです」

 

 

 ダルツォルネさんが俺の体に手を当て、触診するように具合を確かめる。

 その手つきは、いつもの厳格なリーダーのものではなく、弟子の生還を安堵する師のそれだった。

 ……というのは、自意識過剰だろうか。

 

 

「リンセン」

 

「ええ。ルモア、動かないように」

 

「動く余力もないですけどね……」

 

 

 リンセンさんが俺に手を当てると、そこからオーラが付与され、一気に流し込まれていく。

 俺が拒否することなくオーラを受け入れると、痛みが嘘のように和らいでいった。

 

 シャッチモーノさんが風船黒子たちに女を抑え込ませながら、俺を振り返ってニヤリと笑う。

 

 

「この女で最後なんだろ?

 ま、腕一本で敵四人なら良い取引だったんじゃないのか、アンドー」

 

「はい。……あ、いや、リーダーらしい奴は、列車から落ちましたが」

 

「なら5対1か、良くやったもんだ」

 

 

 イワレンコフさんが思わず呟き、スクワラさんが口笛を拭く。

 

 

「ルモアの大健闘じゃねえの。なあリーダー?」

 

「……ふん。幻影旅団を名乗ったわりには、随分と安っぽい偽物だったがな」

 

 

 床に転がる小男。壁に叩きつけられて死んだ男。崩れ落ちた大女。

 累々と転がる死体を見下ろし、ダルツォルネさんが吐き捨てるように言った。

 髭面の男が思わずバッと顔を上げた。

 

 

「ええッ!? 偽物ォッ!?

 だ、だって、あいつら爆弾使ったり、列車の屋根ふっとばしたり……ッ」

 

「テメエが幻影旅団幻影旅団と騒いでいただけだろうが!

 こないだ旅団詐欺師が逮捕されたってニュースやってたのもう忘れたのかこのダボがっ!

 ボスにかすり傷一つでもついていたら、テメエからぶち殺して額縁に塗り込んでやるか新人選考のマトにしてやったところだ!!」

 

「ひ、ひええ……」

 

 

 ダルツォルネさんに凄まれて、震え上がる髭面の男。

 まあまあと言いたいけれど、俺だってまあギリギリだった。

 ……そう、ギリギリだった。助けられたのだ。

 なら、その通りのことを言うべきだった。

 

 

「……でも、助かりましたよ。来てくれて。

 あの女、ナイフ持って飛び上がると強かったから、逃げられそうでしたし」

 

「だ、だろう……!?」

 

 

 髭面の男は、俺のフォローを受けて気をよくする。

 ダルツォルネは、深く溜息を吐くと、死体から周囲へと目を向けた。

 

 

「ルモアはここで休め。

 リンセン、治療は終わったな? 女を拘束した後、ボスの周辺警戒をしろ。

 シャッチモーノとスクワラ、イワレンコフは生存者の救助および危険物捜索だ」

 

「オ、俺はどうすりゃ良いッスか、ダルツォルネさん!」

 

「俺といっしょに先頭車両に向かう。残敵掃討と、運転席の確保だ、行くぞ」

 

 

 ダルツォルネさんの的確な指示が飛ぶ。護衛団の連携は迅速だった。

 鎮圧された女の腕をリンセンさんが瞬時に捻り上げ、手錠をかける。

 シャッチモーノさんの人形たちが、パニックに陥った観客たちを誘導し、車内を制圧していく。

 スクワラさんのレトリーバーは、瓦礫の下敷きになったVIPの位置を的確に知らせる。

 持ち上げて救助するのは、イワレンコフさんの念能力だ。

 

 いずれもとても、俺一人ではどうにもできない事ばかり──……。

 

 

「バカ! 大バカ、ルモア! 腕が、腕が変な方向向いてるじゃない!

 私のコレクションなんだって、もっと自覚してよ……!

 次こんな風になったら、瓶詰めだからね……ホントだよ!」

 

 

 ネオンはそんな俺の胸に顔を埋め、子供のように泣きじゃくっている。

 今の俺にできる事は、左腕でそっと彼女の背を撫でてやる事くらいだ。

 

 と──……俺は、視界の端で()()を捉えた。

 

 月明かりの下、列車の屋根に開いた大穴の縁。

 そこに一人の少女が座っていた。

 

 ピンクのドレス。金髪のツインテール。

 彼女は、まるで月光を浴びる妖精のように静かに、けれど楽しげに、この地獄絵図を見下ろしている。

 その手に光るのは何よりも黒く、暗い──大粒の宝石だ。

 

 

(ビスケット=クルーガー……)

 

 

 彼女は、俺と目が合うと、悪戯っぽく人差し指を口元に当てた。

「内緒よ」とでも言うように、片目をつむる。

 そして音もなく立ち上がり、夜の闇へと溶けるように消えていった。

 

 それを見届けて、ようやく、俺は全身から力を抜いた。

 

 

「ちょ、ちょっと、ルモア!? ルモア、しっかりしてよ、ルモア……ッ!」

 

「さすがに、ちょっと……休みます。ちょっとだけ──……」

 

 

 俺の意識は、底なしの深い闇へと沈んでいった。

 遠くでネオンが俺の名前を呼ぶ声が、いつまでも、いつまでも響いていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 翌朝。

 

 大陸横断鉄道は、緊急停止した地点から数キロ先の駅へと、ボロボロの姿で滑り込んだ。

 夜明けの光が、激戦の舞台となった第13号車を無慈悲に照らし出す。

 

 

「……で、結局これは偽物だったってわけね」

 

 

 そして、特等客室のベッドの上。

 包帯でぐるぐる巻きにされた俺の横で、ネオンが不機嫌そうに緋の眼のケースを見つめていた。

 溶液の中で浮かぶその瞳は昨夜までの輝きを失い、どす黒く変色している。

 ネオンが放り出した時にケースが破損して薬液が漏れ、酸素に触れた結果、ご覧の有様。

 

 案の定、緋の眼は偽物だったのだ。

 

 原作では、クロロが気に入って、売り払うまでしばらく緋の眼を愛でていたと言っていた。

 そのしばらくがどれくらいの期間かは知らないが、つまり一人で大量の緋の眼を抱え込んでいたって事だ。供給が途絶え、市場に緋の眼は流通せず、希少価値がついて、値段が跳ね上がり、それに目をつけた偽物が出回る。旅団のことだ、コルトピの贋作もばら撒いて次の標的探しなんかもしたのかもしれない。

 これもそうした贋作の一つ。

 まさか緋の眼を瓶から取り出して空気中に晒すような、貴重な標本を台無しにするような奴はいないから、誰にもバレないと思ったのだろう。

 

 ハンターサイトでグリードアイランドが高価なだけだからという理由で入手難易度がGと低く、それより落札価格が安価なはずの緋の眼の入手難易度がAと異様に高いのは、数の少なさもさる事ながら、この辺りも理由に違いない。

 

 ……と、贋作を掴まされた後知恵で考える。

 

 ハンター専用……念能力者専用ソフトであるグリードアイランドのコピーは、非念能力者にはできない。ガワだけ取り繕っても、テストプレイされたら即座に偽物だとわかる。原作のミルキが実例だ。

 仮にコピーできる能力を持つハンターがいたとして、ジンに喧嘩を売ってまでコピーするのは、それこそジンに喧嘩を売りたい奴しかいない。いや、まあ、ジンに喧嘩を売りたいやつは多いだろうけど。ニュアンスの問題だ。何にせよ、まずいないだろう。

 そしてよしんばコピーした奴がいて、さらにコピー品をプレイしたハンターがいたとしても、プレイした瞬間ゲームマスター達によって追放されるはずだ。100本しかないソフトのプレイ状況とユーザー認証くらい、ジン達なら朝飯前にできるだろうから。

 つまりグリードアイランドはコピープロテクトが万全に施され、贋作が存在しようもなく、存在したとしてもハンターなら容易く真贋を見極められるゲームだ。

 よって値段が高いだけ。ハントの難易度は低い。

 

 だけど、緋の眼はいくらでも模造品が作れる。クルタ族はもういない。

 

 つまり、そういう事だ。

 俺も、あの盗賊団も、骨折り損だ。

 

 

「はい。エイ=イ一家が手を引いたのも、それが贋作だと気づいたからでしょう。

 ……5億ジェニー、勉強代としては高すぎましたね」

 

「別にいいよ、お金なんてパパが出すんだし」

 

 

 ネオンの返答に、俺は苦笑いするしかない。

 

 恐らく……という前置き付きだが、偽の緋の目は、他の王子によるツェリードニヒへの()()()()だったのではあるまいか。

 俺も、偽幻影旅団も、他の参加者たちも、あるいはオークションハウスさえ、それと知らずに利用され、踊らされただけ。

 オークションに王子本人が現れるわけもないから、本当にただの嫌がらせに過ぎない。ツェリードニヒに対して、それを企んだ黒幕は……まあ、誰でも、もう関係ない。

 カキン帝国の内情は複雑怪奇だ。真相を俺が知る事は永遠に無いだろう。

 暗黒大陸などという胡乱な単語が出た時点で違和感に気づけなかった、俺の失態を恥じるばかり。

 此処が、そして今が、1999年9月のヨークシンでなかった事も含めて、運が良かったのだ。

 

 運が良かったと言えば、俺の負傷はオーラの枯渇と、右腕の骨折くらいのものだ。

 内傷はさほどでもない。だからギプスで右腕を固めれば、あとは休んでいれば良いだけ。

 念による悪影響無し。身体的な後遺症無し。特殊な治療も不要。

 

 ダルツォルネさんの言う「念能力者の戦いでこれくらいなら軽傷」というのは、本当だ。

 一歩間違えば死んでいたことを考えると、念での戦いは本当に生死が紙一重だ。

 

 

「パパに言って、あんな偽物掴ませたオークション会社を徹底的に叩き潰させなきゃ。

 それでもって、お詫びに何か別のお宝を差し出させてやるの。

 本物の緋の眼は無理かもだけど、それぐらいすごいやつを。

 電話したらパパもすっごい怒ってたもん。

 ルモアが守ってくれたって言ったら落ち着いたけど、それでも怒ってたよ」

 

 

 ネオンが、いたずらっぽく微笑んだ。

 その傍らでは、相変わらず無機質な瞳をした『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』がリンゴの皮を剥いている。

 昨日の戦いを経て、また一段とその存在感は濃くなったようだが……。

 

 

(……実力不足だ)

 

 

 あの偽幻影旅団のリーダーが言う事は、間違いない。

 気概があっても、練度が足りていない。

 

 ビスケの援護。そしてあの瞬間、ネオンと繋がった感覚。

 この二つのお陰で、命拾いしたようなものだ。

 

 

「……そういえば、昨夜の()()は何だったんでしょう?」

 

「あれって?」

 

「戦っている時、お嬢様の声が聞こえたやつです」

 

「ああ、あれ?

 何かね、『見たい!』って思ったら見れたの。

 でもルモアの目は私の目なんだし、私が見たいなら見れて当然だよね」

 

「……なるほど、お嬢様の……」

 

 

 あっけらかんとネオンは言う。

 あの土壇場で、彼女は新しい(ハツ)を作り出したのだ。

 これから先、ずっと彼女に左目の支配権を握られているのは、まあ今さらとして……。

 

 

(俺も何か、もう一つ、編み出す必要がある……)

 

 

地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』の身代わりと爆発だけでは、足りない。

 (ゼツ)となった相手ならなんとかなると思って、このざまだ。

 

 それにひとつ、思い出した事がある。

 

 ツェリードニヒ=ホイコーロ。

 

 彼がこの先、いずれ目覚める事になるだろう念能力『刹那の10秒』。

 (ゼツ)になって意識を集中させた時に、10秒後までの未来を予知し、介入することができる。

 

 あれは他者によって強制的に(ゼツ)にされた時も発動するのではないだろうか?

 あるいは、他にも似たような念能力があるのではないか?

 

 ツェリードニヒ王子と戦う可能性は低い……というか、ほぼないだろう。

 だがクロロ=ルシルフルがどんな念能力を収集しているかは、まったくの未知数だ。

 

 もし『盗賊の極意(スキルハンター)』に発動条件が(ゼツ)である、致命的な念能力が収録されていたら?

 万一俺の『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』の情報が抜かれたり、あるいは警戒して、その手の能力のページを開いて準備されていたら?

 

 似たような念能力を想定するなら、『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』だけでは明らかに足りない。

 実際、今回の戦闘結果を見てみればわかる。ご覧の有様だ。

 せめて10秒以内に、相手を無力化できる念能力が、もう一つ必要だ──……。

 

 

「むー……っ」

 

 

 俺がこの先の事に思いを馳せていると、ネオンが不意に不機嫌そのものという声を上げた。

 

 

「ど、どうしました、お嬢様?」

 

「……ねえ、ルモア」

 

「はい、お嬢様」

 

「そのお嬢様って呼び方、やめない?」

 

「……と、言われましても」

 

「……ゆうべ、()()()って呼んでくれた。

 喋り方もなんか、小さい頃は違ったのに、ずっとそんな感じだし……」

 

「……勘弁してください。あれは、その、緊急事態で……」

 

「緊急事態なら今だって緊急事態でしょ!

 私、緋の眼を手に入れられなかったんだから!」

 

 

 やだーっやだやだやだやだ呼んでくれなきゃやだやだやだやだやだ!

 

 癇癪を起こしかけているネオンの顔を見つめて、俺は深々と溜息を吐いた。

 

 

「…………わかった、ネオン。これで良いか?」

 

「……まあ、良いかな、うん。今はそれで我慢してあげる」

 

 

 ネオンはレディから剥き終えたリンゴの一片を受け取ると、俺の口元に突き出した。

 そのエメラルドの瞳はきらきらと輝き、唇は緩んで、嬉しそうに微笑んでいる。

 苦笑しながら、差し出されたリンゴを齧る。

 甘酸っぱい味が、生きている実感と共に全身に広がった。

 

 1995年、ミッドナイト・トレイン。

 原作にはない戦いを生き延び、俺たちはまた一駅、ヨークシンという終着へと近づいていく。

 

 だけど、俺の心にあるのは恐怖ではない。

 

 隣で「私もやる!」とリンゴを剥き始めた、ネオン=ノストラード。

 俺の『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』。

 

 

(……運命は、変えられるのかもしれない)

 

 

 俺は心の中で、誰にともなくそう呟いた。

 胸にしまった、ネオンの占いを確かめるように。

 




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