地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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暗殺者の右手(スーパーアサシンダガー)
 具現化系。具現化したナイフを右手に持つ間、自身の適性を強化系に変更する。
 一度でも攻撃を受けるとこの状態は解除され、ナイフは消失。再度具現化する必要がある。
 ゲームが好き。

不運な衝突(ラッキー・ストライク))
 強化系。変化系と放出系を組み合わせてベアリング弾を振り回す。
 粘着効果はガムボールを弾いて遊んでいる時に思いついた。
 趣味はパチスロ。

百歩神拳(フラッシュ・ポイント))
 強化系。放出系を組み合わせ、直線距離百歩分を一瞬で移動する。
 存在しない水平方向の位置エネルギーを発生させるため、制約と誓約が課されている。
 毎日散歩で歩幅を伸ばしている。



09.ネンガン × ノ × ヒダリウデ

「……くっ、そ……。やっぱり、上手くいかないな」

 

 

 ノストラード旧邸、地下のワインセラーを改造した個人訓練場。

 地上では春を告げる淡い陽光が降り注いでいるが、ここはいつも薄暗く、ひどく静まり返っていた。

 年頃の男女が同室で眠るのは如何なものかという理由……というよりあの人形の一件以来、ここは半ば、俺の自室である。

 ただネオンが強引に俺を自分の部屋へ引っ張っていくため、俺がここで寝る機会はほとんど無いし、私物らしい私物もない……というかネオンがいつの間にか持ち出して彼女の部屋に移動してるのだけれど。

 まあ、体裁というのは大事なんだろう。たぶん。

 

 

「……よし、もう一度だ」

 

 

 その部屋で俺はベッドに背を預け、ギプスで固められた右腕を呪わしく見つめた後、自由な左手を目の前に掲げた。

 人差し指をピンと立てて、その指先に全神経を集中させる。

 

 徐々にそこにオーラを集め……淡く発光し……力を高め……。

 

 

「放つ……ッ!」

 

 

 パシュッ、と。

 指先から親指ほどの大きさの念弾が放たれた。

 だがそれは数メートルも飛ばず、不規則に明滅して力なく霧散し、消え失せてしまった。

 

 

「やっぱり、離れれば離れるほど維持が難しいな。放出系は厳しい」

 

 

 俺は額の汗を拭う。

 だが、諦める気は無かった。

 

 ────―ミッドナイト・トレインでの死闘から二週間。

 

 療養のため、俺は通常の護衛任務から外されていた。

 まあネオンの護衛なら『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』が傍にいれば良いし、レディはネオンの傍ならオーラの供給を受けて問題なく具現化し続ける以上、俺本人がいる必要はないっていうのもあるのだろう。

 そんなわけでリモートワークとなったのを良い事に、俺はこの自室でひたすら、(ネン)の特訓に励んでいた。

 

 あの偽旅団との戦いで痛感したのは、極めて単純な俺の実力不足だ。

 

 足りてない実力を新しい(ハツ)ひとつで簡単に補おうなんて馬鹿な事は考えていない。

 けれど『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』だけでは、どうしたって届かない部分がある。

 レディは身代わり人形だ。ネオンに迫りくる脅威を受け止め、悪意を跳ね返す。

 つまり、レディの具現化をいくら習熟させても──もちろん今後も鍛えるつもりだ──そもそも本質的に、攻撃する能力ではないのだ。

 

 もちろんダルツォルネさんの言う通り、ただ攻撃力を補うだけなら武器を持てば良い。

 ナイフでも良いし、グローブをつけても良い。靴を変えたって良いだろう。ダルツォルネさんだって刀を携えている。俺だってそれを真似て良い。

 だが俺の想定する戦場はヨークシンシティ、アンダーグラウンド・オークション。武器を持ち込めない場所で、幻影旅団と戦わなければならない可能性は高い。

 

 ビスケット=クルーガーが証明するように、非強化系の念能力者でも、極めに極めれば(ハツ)無しでも一切何の問題なく相手を圧倒することはできるだろう。カストロさんが証明したように、『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』を具現化した状態でも、武を磨けば凄まじい強さを発揮することはできるだろう。

 もちろん俺だってこれから先、ひたすら自分の(ネン)を磨くつもりだ。格闘技術と、オーラの移動技術。これを並行して高めていくのは、やるやらない以前に必須条件というか、前提でしかない。

 だが、俺には時間がない。

 そして同時にダルツォルネさんが『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』を俺だけの(ネン)だと言ってくれたことを思い出す。

 

 俺には、()()()()()()が必要だ。

 

 俺の本来の資質は、具現化系。

 自分から離れた位置にオーラを飛ばし、その威力を維持する放出系の修練度は、わずか40%。

 ダルツォルネさんからは「もっとも相性の悪い系統だ。基礎訓練以上は時間の無駄だ」と一蹴された分野だ。

 

 けど、俺はまず、念弾を放出する修行から始めた。

 

 

「ふう……っ」

 

 

 深呼吸。心拍を整える。

 人差し指の先に、ビー玉ほどのオーラの塊を練り上げる。

 そして、それを発射する。

 

 ──シュッ。

 

 放たれた念弾は、数メートル先の空気をわずかに揺らしただけで、霧のように霧散した。

 惨めな威力だ。これでは雀の涙ほどもダメージを与えられない。

 だが、あの夜、ベアリング使いの弾幕を浴びて理解したことがある。

 

 

「純粋な放出系として撃とうとするからダメなんだ。

 切り離すんじゃなくて、俺と繋がったまま()()()んだ」

 

 

 あのベアリング使いは、発射したベアリング弾を自分と繋いだまま、軌道を操作していた。

 つまり『不運な衝突(ラッキー・ストライク)』は本質的には射撃攻撃ではなくて、ハンマーを振り回すような近接攻撃だったわけだ。

 強化系を中心に、その左右にある放出系、変化系を組み合わせる事で可能となったもの。

 たぶんだけど変化の主体はベアリング弾との接続で、オーラの粘着能力については後付。

 だからこそ俺が強引にスーツを破いて、脱出できた。

 

 あれがそれこそ最初から粘着をイメージした……ヒソカの『伸縮自在の愛(バンジーガム)』のような能力だったなら、あそこまで簡単に脱出はできまい。

 そして変化系であるヒソカにとって、放出系や操作系はむしろ苦手な部類に入る系統だ。

 しかしヒソカはトランプのカードを巧みに操って投擲し、『伸縮自在の愛(バンジーガム)』を飛ばし、変幻自在の攻撃を可能としている。

 まあオーラにゴムとガムの特性を持たせて勝手に伸縮させてるんだろうからそこまで操作系の要素はないはずで、射程は10mとかそこらだったように記憶しているが、近距離戦なら十分すぎるだろう。

 もう一つの『薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)』だって、ある程度はヒソカの手元から離れても機能していたはず。

 制約と誓約も、原作で描写されている限り、重たいものを課していた記憶はない……。

 しいて言えば、あれは「子供の頃大好きなお菓子だった」という()()()()の産物だ。

 

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事だ。

 

 (ネン)はイメージが大事だ。

 かくあるべしという確信こそが念能力を支える。

 俺の『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』が年を経るごとに存在感を増していくように。

 

 

(って考えると、カストロさんは、ある意味で正解だったのかもな)

 

 

 カストロさんには系統の知識がなく、得手不得手なんて知るよしもなかった。

 きっと、ダブルが「できない」などとは思いもよらなかったのだろう。

 だからこそ、あれほど完成度の高いダブルを生み出せた。

 そしてそれ故にヒソカに自分の知らない知識を叩き込まれた事で、イメージが揺らぎ、敗れた。

 

 確かカストロさんはヒソカに敗れてから9戦……天空闘技場の猶予時間が3ヶ月だから、最長で3年ほど。

 (ネン)に目覚めて独学で修行したことを鑑みれば恐ろしい才能と、(ハツ)だ。

 知識が無い事のメリットを最大限に活かしたという意味で、彼のダブルは正解だった。リスクが大きすぎただけで。

 

 そして俺の場合は逆に原作知識が、ダルツォルネさんから教わった知識があるからこそ、具現化系は放出系が苦手だというイメージが定着してしまっている。

 実際、あのナイフ女も手から離れた途端、具現化したナイフは消えてしまったではないか。

 そんな俺にとって体から離れたオーラの維持は、底の抜けたバケツで水を運ぶようなものだ。

 

 

「……なら、バケツにホースを繋いで、水を注ぎ続けていたら?」

 

 

 俺は意識を切り替える。

 具現化系に隣接する能力は、特質系を除けば操作系の60%、変化系の80%だ。

 だから純粋な放出系として弾を撃つのではない。

 ゲンスルーは爆発という現象、エネルギーそのものを具現化させていたではないか。

 目指す方向性は、『一握りの火薬(リトルフラワー)』と同じ。

 ()()()し、操作し、変化させることで、弾道と威力を制御する。

 

 

(……理屈は合っているはずだ)

 

 

 あの夜の戦いは、本当に得難い経験の山積みだった。

 ベアリング使い、ナイフ女、クナイ使い、ワイヤー女。

 そして、リーダーとの戦い。

 ネオンと緋の眼を狙ったのでなければ、師匠として拝んでおいても良いくらいだ。

 

 オーラを失った念能力者の脆さ。当人の身体能力や格闘技術の重要さ。

 虚を突かれれば、予想外のことが起これば、純粋な実力差など一瞬で崩れてしまう事。

 真正面から正々堂々とぶつかっていたなら、俺はこの場にいない──……。

 

 

(ゼツ)に陥っていればもちろん、不意を突かれればオーラの防御は困難だ。

 仮に修練度40%の念弾でも、急所を貫くには十分すぎるほどの威力になる。

 そして、具現化系が放出系の技を使ってくるとは、誰も思わない……)

 

 

 格闘戦の最中、徒手空拳から繰り出される突然の(ネン)による射撃。

 具現化系の能力者が、わざわざ威力の落ちる念弾を放つはずがない。

 そして念弾なら放出系に違いない。

 こうした先入観こそが、その本質を偽装する(イン)になる。

 何が起こったかわからなければ、わかったとしても回避不能・防御不能であれば。

 ……たとえ10秒先の未来が見えたとしても、対処はできまい。

 

 

(使ってこないと思われているからこそ、死角になる)

 

 

 あとの懸案事項は、いわゆる(ネン)容量(メモリ)

 ただ、正直これはそんなに問題にならないんじゃあないかと思っている。

 なんというか……うん。

 俺個人の実感として『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』にそんな()()()()()()のだ。

 具現化にせよ、操作にせよ――というかそもそももう、俺はほとんど操作してないし。

 ネオン=ノストラードという女の子を、いったい誰が操作できるっていうんだ?

 

 そもそも容量(メモリ)というのは単純なデータ容量って意味ではなく、処理能力、作業容量の方も意味しているのではないだろうか。

 もちろんオーラの総量というのも関わってくるから、まったくデータ容量って意味もないわけじゃないし、ヒソカも「他の能力を覚えられない」とは言っていた。だけどただデータ容量という意味なら「容量(メモリ)を無駄遣いしているから、集中力が欠けたり、心身の状態が不安定になると(ハツ)が使えなくなる」という理屈の説明がつかない。

 

 そしていずれにせよ体内の総オーラ量も、出力できるオーラ量も、訓練によって拡張できるのは確か……つまり容量(メモリ)が何を意味するのかはさておき、現状、俺に余裕があることだけは確かだった。

 ウイングさんの言う通り基礎は大事というか、ダルツォルネさんに肉体面からしこたま鍛えられて良かったというべきか、やっぱ(ネン)(ネン)は両方やっとかなきゃダメだってというべきか。

 何にせよ今考えている(ハツ)も、そこまで変わったものではない。

 ……たぶん、足りる。

 

 

「ルモア、まだやってるの?」

 

 

 不意に扉が開き、薄く透けたネグリジェ姿のネオンが顔を出した。

 隣には淡桃色の髪で、おそろいの寝間着の『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』。

 二人の手には、お盆に乗った温かいココア。

 

 最近……というか、ノストラード邸に戻ってからのネオンは、俺の看病を口実にしては、こうして頻繁に此処へ入り浸っている。

 と言ったって俺の怪我は右手だけだ。特に何かしてもらう必要はない。休んでいるのだって内傷の予後としてだし、正直これはダルツォルネさんが「休暇」の建前として「療養」を命じただけだと思う。勝手な想像ではあるけれど。

 なのに延々といつまでもネオンは帰らず、流石にここで寝かせるわけにもいかないので、俺は彼女を部屋まで送り届ける。

 そして自分の部屋に戻ろうとして──叶わないことが多い。

 

 ワガママといえばワガママなんだろう。

 部下を振り回す身勝手なお嬢様だと言えば、そうなのかもしれない。

 でも俺にとって、不快な時間ではなかった。

 毎夜のやり取り。他愛ない会話。こんな時間があとどれだけあるだろう?

 俺はその答えを知っている。

 

 どんなに多く見積もっても、1500回(四年)よりは少ない――……。

 

 

「……まだっていうか、()()()だろ?」

 

「まあね。だって、私の目だもん」

 

 

 得意げに「えっへへーっ」と笑ったネオンはレディと並んで俺のベッドの縁に腰掛けると、俺の左目をじっと覗き込んだ。

 

 

「……ふふ。左目、また光ってる。やっぱり、私と繋がってる時の方がルモアは綺麗だね」

 

 

 その瞬間、俺の左目の奥が微かに熱を持つ。

 

浸液標本の愛(プライベート・アイ)』。

 

 ネオンの意識が、俺の視界に重なる。ネオンが「見せて」と望む限り、俺はそれを拒めない。

 そのかわり、ネオンには俺の見えるものが見える。俺が見るべきものがわかる。

 それをネオンから教えてもらえる。

 

 

相互協力(ジョイント)型っていうより……ネオンの(ハツ)だよなあ、これ……)

 

 

 俺の意思はそこに一切介在しない。俺が望んで発動させる事はできないのだ。

 理不尽だなあと思う反面、ネオンらしいとも思う。

 それにまあ、今さらの話だ。

 俺の左目は彼女の6歳の誕生日からずっと、彼女のものなんだから。

 

 

「ねえ、ルモア。もっかいやってよ。目の前で見たいから」

 

「……さっきまで見てたんだろ?」

 

「みーたーいーのー! 良いじゃん、別に減るものじゃないんだし」

 

「オーラは減るんだけどなあ……」

 

 

 俺はボヤキながらも、もう一度構える。

 呼吸を整え、意識を振り絞る。指先に、俺のオーラの光が灯る。

 俺のイメージを、まだ曖昧なものでしかない()()を左腕に()()()させていく。

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 制約と誓約。

 心臓に絡みついた水色と桃色の髪の毛が俺を絞め上げる。

 

 俺はこの(ネン)を、()()()()()()からのみ放つと決めた。

 それもただ放つのではない。俺の左手、人差し指の先──銃口と俺を繋ぐ。

 意思の強さが(ネン)の威力に関係するのは当たり前。

 だがその当たり前を、より強固なルールとして定める。

 

 俺の()()()()のだ。

 

 

(……いけッ!!)

 

 

 ドウッと勢い良く人差し指から放たれた念弾は、今度は霧散しなかった。

 俺の左手から目に見えないオーラの軌跡が彗星の如く尾を引いて伸び、先端の念弾と繋がっている。

 オーラの供給路が確保されている以上、これは変化系であり、操作系だ。

 その認識が、放出系による威力の減衰を、強引にカバーする。

 

 俺は意識の中で、右に標的がいる姿をイメージする。

 念弾は大きく軌道を曲げて右に飛んでいく。

 今度はそのまま、左に捻じ曲げる。

 弾丸は、俺の意思に連動し空中で不規則な軌道を描く。

 

 そしてバシリと鋭い音を立てて、地下室の壁に当たって弾けた。

 

 

「ふふ、当たった! 今の、ちょっと綺麗だったね。流れ星みたい」

 

 

 ネオンが満足げに頷く横で、俺は深々と息を吐いた。

 威力はまだ低い。これでは実戦で相手にダメージを与える事などできないだろう。

 

 だが、今はこれでいい。

 

 この能力は、もっともっと……向上する。

 俺が磨けば磨くほど光ると言われたように、俺が強くなれば、この念弾の威力もどこまでも高まっていく。

 

 俺には、その()()があった。

 

 

「……ねえ、ルモア。それ、なんて名前にするの?」

 

 

 ネオンがココアを一口啜り、上目遣いで聞いてくる。

 

 

()()()の名前は、もう決まっているよ」

 

「へえ、聞かせて?」

 

 

 おこがましいと思われるかもしれない。

 だが(ネン)がイメージによって大きくその威力が向上するなら、これしかないと思った名前がある。

 

 俺の運命の女の子(ネオン=ノストラード)と、『地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)』と共に在る力。

 

 この世界の()()()にあやかって。

 そしてその創造主がかつて()()()()()()()にあやかって。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にあやかって。

 

 それに願を……いや。

 

 ()()()()()()

 

 

「──────『念丸(サイコガン)』」

 

 

「……『念丸(サイコガン)』……?」

 

 

 ネオンは一瞬、きょとんとした顔でその単語を咀嚼するように繰り返した。

 そして、沈黙。

 

 

「……ぷっ、あはははは! 何それ、ルモア! そのまますぎ!」

 

 

 ネオンが、ベッドの上で足をバタつかせてケタケタと笑い出した。

 隣に座るレディも、彼女の感情に同調するように、肩を小刻みに揺らして「クスクス」と音のない笑みを浮かべる。

 誓って俺が動かしてるわけじゃあない。

 

 

「念の弾を撃つから『念丸(サイコガン)』?  ルモアって意外と単純だよね!

 もっとこう、格好いい名前にすれば良かったのに!」

 

「……いいんだよ、俺が納得してれば」

 

 

 俺はほんのちょっと不貞腐れたように唇を尖らせて、つんけんと言った。

 それがまた面白いのか、ネオンの笑いは収まる気配がない。

 ……ふん、別に良いんだ。

 俺がこの名前の意味とイメージを確信できてれば、それでいいのだ。ヨシ!

 

 

「あー、もう、おかしい……!

 うん、でも良いんじゃない? ルモアがそう決めたなら。

 ふっ、くくく……ふふ……っ」

 

 

 ネオンは笑いすぎて涙を浮かべた目で俺を見上げ、にやにやしながら、ココアのカップを俺に差し出してきた。

 

 

「では、名前が決まったお祝いにココアを進呈してさしあげましょう!」

 

「……ありがとうございます、お嬢様」

 

「むっ。ネーオーンー!」

 

「わざとに決まってるだろ」

 

 

 俺はカップを受け取り、甘すぎる液を喉に流し込む。途端に、ふっと気が抜けた気がした。

念丸(サイコガン)』が形になったからだろうか。それとも、ネオンが楽しそうに笑ってくれているからか?

 上手く言えないが……やっとミッドナイト・トレインの戦い、あの任務が終わったような、そんな気持ちがした。

 

 

「……期待してるよ、私のルモア。『念丸(サイコガン)』にも……くふ、ふ……っ」

 

 

 ネオンは笑いを噛み殺しながらも満足そうに微笑むと、レディを伴って立ち上がった。

 

 

「さあ、夜はこれから!

 さっきオークションハウスからお詫びの品が届いたの。

 全身入れ墨皮の昇竜図! ヤクザの皮だよヤクザの皮!

 ルモア、私の部屋でコレクションの鑑賞会するからついてきて!

 腕が一本使えなくたって左目を見る分には問題ないもんね?」

 

「修行の続きしたいんだけどなぁ……」

 

「却下! 病人……じゃなくて怪我人……でもなくて……。

 ……私のコレクションは、私を楽しませるのが仕事!」

 

 

 有無を言わさぬ口調。

 結局、俺は修行を切り上げ、ネオンとレディの背中を追って地下訓練場を後にした。

 

 冷え冷えとした地下から地上へ出ると、そこには春を運ぶ柔らかな夜風が吹き抜けていた。

 

 

「んー……っ」

 

 

 花の香りを孕んだ風を受けて、ネオンが猫のように細い腰を反らせ、大きく伸びをする。

 薄布がなびいて彼女のしなやかな体の線を浮かび上がらせ、そして水色の髪がふわりと風に攫われて大きく膨らんだ。

 その隙間から覗くエメラルドの瞳をきらきらと輝かせ、彼女が悪戯っぽく此方を振り返る。

 

 

「良い風! 気持ち良いね、ルモア!」

 

 

 弾むような声と、つぼみが綻ぶような笑み。

 それは、人を人とも思わぬ残酷な蒐集家としての顔ではない。

 ただ、大切な宝物を手に入れ、満足げに微笑む一人の少女の姿だ。

 これから先、自分には素晴らしい未来があるのだと確信している、無邪気な女の子の──……。

 

 

「……ああ、そうだな」

 

 

 俺は、それ以外の言葉を飲み込んで、短く答えた。

 

 

「ほら、ぼーっとしてないで、行こっ!」

 

 

 月明かりの下、ネオンが俺に向かって白い手を差し伸べる。

 その指先が、まるで見えない糸に引かれるように、俺の左手を掴み取った。

 

 1999年、ヨークシンシティ、9月3日まで──あと4年。

 けれど今夜くらいは、カウントダウンに耳を貸す必要はなさそうだった。

 




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