来栖クリスの華麗なる非実在推理   作:香取仄

1 / 2
初投稿です


来栖クリス探偵の華麗なる非実在推理

 

 

「やぁ、"ワトソン"くん。君は非実在という言葉を知っているかね?」

 

 

うだるような夏の夕刻、生憎と本日も晴天なり。蝉が元気に人様の迷惑も考えずミンミンと騒音を撒き散らしている。

 

放課後、暑さにウンザリしながらミステリー同好会に向かうと建て付けの悪いドアは既に開いており、部室に入室したと同時に飛び出したのが冒頭の言葉になる。

都内某所高校2階、ミステリー同好会に与えられ雑多な本がうず高く積まれた雑然とした一室。

 

冷房が効いていない部屋の奥、上座席に偉そうに脚を組みながら座っているミステリー同好会の主を見やる。

 

 

綺麗に脱色されたプラチナブロンドの姫カット、ちょこんと伸びたアホ毛がぴこぴこ揺れている。学校指定の制服に胸元には2年性を示す青色のリボン、ワイシャツからスカートまで皺ひとつなくキッチリと着こなすところから性格が伺える。

このクソ暑いなか、室内にも関わらずトレードマークのハンチング帽(探偵がよく被ってるアレ)を律儀に頭に乗せ、ケープを羽織った"探偵様(ホームズさま)"は、部室に入室したばかりの僕にチラと視線を一つ寄越すと読んでいた本を机に置き立ち上がる。

 

そして腕を組んで"フフン"と今日も今日とてご機嫌に、よく知りもしない覚えたてであろう"コトバ"を得意げにひけらかす。

 

「非実在とは、現実には存在しない、例えば日本でいう鬼、猫又、雪女、|妖怪変化など架空のものを指す言葉であるらしい。神話上の生物、ファンタジー上の存在を表す際に使うそうだ」

 

 

もしかして……これは長くなるやつだろうか?彼女がご機嫌に語る時は決まって長いのだ。

本当にカンベンして欲しいものである。僕は先日発売されたばかりのミステリー物のラノベ『ドキ!?猫ミミだらけの殺人事件!?〜密室トリックの謎を追え!〜』を読むのに忙しい。バカみたいな題名にしてはトリックが秀逸で面白いと話題作。

 

なんて思いながら、入り口付近の席に腰を下ろし『ドキ!?猫ミミだらけの殺人事件!?〜密室トリックの謎を追え!〜』を開く。

この探偵様(ホームズさま)が読んだ本の影響を受けて突拍子もないことを語り出すのはいつものことなのだが、今日は何を言いたいのであろうかと胡乱な眼差しを送る。

 

 

そんな僕の視線に続きを促されていると思ったのであろう。ウンウンと頷き気を良くした風に指先をくるくる宙に回して、整った顔ににまにまと楽しげに笑みを浮かべ語り続ける。

 

「トイレの花子さんに口裂け女のような学校の怪談や都市伝説も当然。少し話が違うが、漫画やアニメのキャラクターも非実在という枠組に分類されるだろうね」

 

 

——くるくる、にまにま。

 

「この非実在という概念の空想上の"彼ら"。不思議なことに現実世界に物理的に存在せず、視覚的に存在を観測することができないにも関わらず、大衆におおよその姿形や性質が知られている」

 

 

——くるくるり、にまにまり。

 

「なぜ、見る事ができない存在が大衆に姿形が広く知られているのか。それは古くは日本の妖怪絵師である鳥山石燕などが描いた河童や天狗の絵が広く流通したり、現代では都市伝説が"バズった"結果インターネットで拡散され噂が噂を呼び大きく広まるからだろう」

 

 

——くるくるくるり、にまにまにまり。

 

「では、逆に。知名度の低い怪異、マイナーな伝記の存在ですらもある程度は定まった姿形があるのは何故か?。これは知名度が低くマイナーであるゆえに、参考資料が少ないからこそ最初の一例の印象的なビジュアルに大衆のイメージが固定化されるからだと考える」

 

 

——くるりん、にんまり。

 

「で、あるからして。非実在の存在の空想上の"彼ら"は大衆のイメージが固定され、このようなモノであると認識され、まるで大衆があたかも存在するかのように振る舞うことで姿形や性質を得ていく、ということだね」

「長い、長いよ!」

「まだ導入だぞワトソンくん」

 

 

長い……!長い上に本を読みたいのに、視界の端でくるくるくるくる回る指が気が散ってしょうがない。……はぁ、と心の中でため息を一つこぼすと誠に遺憾ながら僕は本を閉じ、ヤレヤレと非難がましい目を僕を見るミステリー同好会部長である探偵様(ホームズさま)の話に乗ることにした。

 

「つまり……何が言いたいの?」

「よくぞ聞いてくれた!ワトソンくん!!」

「ワトソンじゃないです」

 

 

くるくる回していた指をビシィイッ!と勢いよく僕に向けて指差す。他人に指差しするのはやめたほうがいいと思うな。

 

ちなみに余談だが、彼女が探偵のような格好をしていることに特に意味はない。本人(いわ)くだってその方がミステリー同好会の部長らしくてカッコいいだろう?らしい。そういう人である。

 

「つまり、私が言いたいことは、だ」

「……言いたいことは?」

 

 

こういうテンション高い時はどうせ碌なことじゃないんだろうなぁ……。という予感しかないが、話を聞かないことには先に進まなそうなので付き合うけれど。

 

「この私、"来栖クリス"が現代に存在する非実在とやらの正体を華麗に暴いてみせようじゃあないか!!」

 

 

ババーン!!

 

と効果音が付きそうなほど見事なドヤ顔で、ミステリー同好会部長"来栖クリス"さんはそう宣言した。

 

 

——ほら、碌なことじゃない。

 

 

 

 

宣言から束の間。コンコンコン、と我らがミステリー同好会の一室にノックが響く。

 

来栖さんに目配せすると、さてねと両手上げて首を竦める。キザったらしい所作が妙にサマになるのは、天性の顔良さか人となりのおかげなのか悩ましいところ。

 

「今日、なんか予定あるの?」

「ないはずだがね。早く部員を集めないと廃部にするぞ、と生徒会がせっつきに来たかな?」

 

 

来栖さんが突然の来訪者に対応するため、建て付けの悪いドアをガタガタ開けた。

 

「はいはい、ご機嫌よう。ミステリー同好会に何かご用かな」

「あのぅ……。こ、ここに、なんでも、問題を解決してくれる……っていう、探偵さんがいるって……は、話を聞いて、来たんですけど……」

 

 

扉を開いた先にいたのは、見覚えのない少女。

 

肩まで伸びた黒髪は丁寧に整えられたボブカットに真っ赤な髪留めが印象的である。小動物めいた雰囲気を纏っているのだが、その表情は不安げで、制服の裾をきゅっと握りしめている様子から、緊張しているのであろうか視線は右往左往している。胸元のリボンの赤い色からして一年生だろうか。

 

腕を組んで仁王立ちする来栖さんを見やると、なんでも問題解決してくれる探偵さん扱いに得意げ。

 

「フフン。まあ、立ち話もなんだ。廊下は暑いだろう?中に入って掛けたまえよ」

「この部室、冷房効いてないから大して変わらないけどね」

「細かいことはいいんだよ、ワトソンくん」

「ワトソンじゃないしね」

 

 

そんな漫才じみたやり取りを繰り広げ、来栖さんが件の黒髪の少女に席を勧めて来栖さんも席についた。黒髪の彼女は「……?」とちょっと不思議そうな顔をしている。

 

わからなくもない、来栖さんは見てるだけで暑そうな格好で、こんな冷房も効いていない部屋に居て涼しい顔をしているのは何故なのか。非実在の存在がどうのこうのよりよっぽど不思議だと僕は思う。

 

「し、失礼、します……」

 

 

そういって、黒髪の少女はおどおどと勧められた席に着くと来栖さんが単刀直入に要件を問う。

 

「さてさて。私に解決して欲しい問題があるようだけれど、今日はどのようなご用件で私を尋ねて来たのかな?」

「せっかちすぎるよ、来栖さん。その前に、お互い軽く自己紹介でもするべきじゃないかな」

 

 

来栖さんは一拍逡巡すると、チラと僕に視線を送りそれもそうかと納得したようだ。

黒髪の彼女は来栖さんに用があって来た人だし、ただのミステリー同好会にいるだけである僕の自己紹介までは……まあ、要らないだろう。

 

「私は来栖クリス。ここミステリー同好会の部長で、趣味で探偵の真似事をしている。よろしく」

「い、1年の……。く、黒沢、あかね……で、す。よろしく、お、お願いします……。」

 

 

小さく頭を下げる黒髪の彼女は、黒沢あかねさんという名前らしい。来栖さんは「黒沢あかね、あかねくんだね」と、うんうんと満足げに頷く。

 

「うむ、よろしい。では本題に入るとしようか」

「黒沢さん上級生に緊張してるっぽいしさ。ほら、もう少し話しやすい空気作るとかさぁ……あるじゃん?」

「君はやけに気遣い屋だね、ワトソンくん」

「ワトソンじゃないけどね」

 

 

軽口を流す僕を横目に来栖さんはふむ、と顎に手を当てると、「まあ文句も言われまい」と呟く。自分の鞄から個包装のフルーツ飴を2つ手に取り、1つは来栖さんがレモン飴を自身が口に放り込むと、もう1つのイチゴ飴を黒沢さんにテーブル越しに渡す。

黒沢さんも、来栖さんと僕の方へ視線をいったりきたりしながらおっかなびっくり飴を受け取る。

僕の分がないことを気にしているのだろうか?気にしなくていいのに。

 

「あかねくんの好みに合うかはわからないが、飴を舐めることは甘味によるリラックス効果、糖分による脳の活性化により、緊張が多少緩和されるはずだ」

「あ、ありがとう……ございま、す……?」

 

 

感謝の言葉を黒沢さんは述べると、飴を口に含みカラコロと舐める。黒沢さんには悪いが、縮こまって飴を舐める姿はハムスターのようでちょっと可愛い。

ちなみに、来栖さんは口に放り込んで早々にガリゴリと噛み砕いていた。らしいと言えばらしいが、来栖さんにとって飴は糖分とエネルギーを補給できればそれでいいのだろう。

 

黒沢さんが飴を舐め始めて数分。

 

「そろそろ緊張も解れたかね?あかねくん」

「は、はい…」

「ん。それは、重畳」

 

「では、聞かせてもらおう!君は、今日どのような問題を私の下に運んできたのかね?ミステリー同好会部長であるこの私、"探偵"来栖クリスがどんな難問も華麗に解決してみせようじゃあないか!!」

 

 

ババーン!!

 

と、またも効果音がなりそうなくらい渾身のドヤ顔である。その自信満々な様子に、黒沢さんはちょっと呆っ気に取られたようだが、ほんの少しだけ肩の力が抜けたようだった。

 

「……あの、その……」

 

 

黒沢さんは視線を膝の上に落とし、ぎゅっと指を絡める。しばらく言い出せないで口をもごつかせていたが、しばらくして顔を上げると話だした。

 

「……き、旧校舎で、“人を見た”んです」

「ふむ、旧校舎?」

 

 

そういうと来栖さんは部室の窓に視線を送り、老朽化が進み再建設か解体だかの話がでているらしい旧校舎を見る。ミステリー同好会の部室は新校舎の2階であり、ここからでも旧校舎はよく見える。

 

「は、はい……。立ち入り禁止って聞いてたんですけど、部活の備品を旧校舎から持ち出すためにどうしても行く必要があって……」

「それで?立ち入り禁止とはいえ、学校の敷地内だ。素行の悪い生徒の1人や2人いたって、おかしいことじゃあないだろう」

「旧校舎なんて、不良の絶好の溜まり場になってそうだよね」

 

 

僕が来栖さんの意見に追従すると、黒沢さんは来栖さんの意見を否定するように首を横に振り、一度息を整えると話を切り出した。

 

「……“先輩”が、笑ってたんです」

「"先輩"、とは?」

「中学の時に同じ塾だった女の子の先輩で……すごく面倒を見てもらった人で……」

 

「……よく、わたしの名前を呼んでくれる人だったんです。“あかねちゃん"って、先輩はわたしの間違いを、"あかねちゃんは不器用だね"って笑ってくれる人で」

 

 

その先輩によほど懐いていたのか、さっきまでの緊張とは打って変わって小さく微笑みながら話す黒沢さん。

旧校舎に旧知の先輩がいた、それだけでは別におかしいことではないはずだ。本題はここからなのだろう。

 

「でも、その人……もうここにはいないはずで……」

「ここにはいない、とは如何に?」

「は、はい。高校の進学を機に引っ越したって……何処に引っ越したかまでは、ご家族の事情もあるのでちょっと……で、でも、ある日、事故で、……亡くなったって、聞いたんです……」

 

 

「ふむ」と顎に手をやり思考中の来栖さん。鞄から飴をもう一つ取り出すと、口に放り込みガリゴリと噛み砕く。

 

「他人の空似ということはないのかい?」

「お化け、とか?」

「違います」

 

 

黒沢さんは首を振り、来栖さんの言葉を否定する。その声は今までの緊張がウソのようにハッキリしていた。

 

「顔も……声も……確かに、そこにいたんです……!」

 

 

それだけいうと、黒沢さんは言葉に詰まる。外から響く蝉の声だけがやけに大きい気がする。

 

「で、声を聞いたのだろう。その先輩は何を?」

「……“あかねちゃん”って……私の、名前を。その声を聞いて、姿が見えた場所に走っていっても、……誰も、いなくて……」

「ふーむ」

 

 

数分間、来栖さんは思考の海に沈んだまま手持ち無沙汰な指で机をカツカツと叩いていたが、しばらくして小さく頷くと「面白い」と呟いた。

 

いやぁ、面白い話というよりは——

 

「怖い話でしょこれ」

「ワトソンくんに不必要に長々と講釈した甲斐があったと言うモノだ。このタイミングで事故で亡くなった“存在しない先輩の目撃談”、実に運命的で面白いじゃあないか」

「タイミングがいいのは確かだけどさぁ……ちょっと不謹慎だよ来栖さん」

 

 

不謹慎ついでに、不必要に長い自覚があったなら次からは無駄に長い講釈を垂れるのは(つつ)んで欲しいものである。僕はワトソンではないので。

思考に一区切りがついたのだろうか、来栖さんは「よし」と立ち上がる。

 

「さっそく現地を見に行ってみようじゃないか」

「今から?うーん、明日からでもいいんじゃないかな」

「鉄は熱いうちに打てと言うだろう?それに、探偵は足で稼ぐのさ。ワトソンくん」

 

 

来栖さんは椅子に座ったままの黒沢さんを一瞥し「君もついて来るかい?あかねくん」と黒沢さんに一言告げる。その言葉に黒沢さんは一瞬迷った風に見えたが、「……はい!」と頷いた。

 

 

あと、ワトソンじゃないからね。

 

 

 

 

「いやはや、まじまじ見るとこれはまた随分と」

「うーん、酷い有様だね」

 

夕焼けに照らされ、校庭の端に静かに建っている旧校舎はかなり古びて見え、ところどころに蔦やら雑草やらが伸び放題である。こんな倒壊してもおかしくなさそうな中に入っていったらしいし、黒沢さんは意外と肝が太いのだろうか。

 

入り口の扉は半開きであり『立ち入り禁止』の張り紙。それを一瞥した来栖さんは関係ないとでもいうように、迷いなく中へ入る。それに僕も続くと、黒沢さんも一歩遅れて続く。

旧校舎に入る僕らの影が2つ重なって色濃く見えた。

 

 

旧校舎の中は埃っぽくカビの匂いが酷い。黒沢さんのホラーめいた話を聞いたからだろうか、なんとなく嫌な雰囲気を感じ空気が重い気がする。埃を吸ってしまったのか「けほっ、けほっ」と咳をしている黒沢さんに、来栖さんは問いかける。

 

「その先輩とやら、どこで見たんだい?」

「2階の……音楽室の前です」

「そこまでの道案内をお願いするよ、あかねくん」

 

 

「……は、はい」と返事をし黒沢さんはおっかなびっくりとした足取りで僕たちを案内する。その間、来栖さんはキョロキョロと旧校舎内を観察しており、顎に指を当て「ふむふむ」と思案顔。

 

三人で階段を上る最中、階段を上る僕らの足音にギシギシと軋む音が旧校舎にヤケに響くのが不安を煽る。

解体予定という話があるくらいだし、突然崩落したりしないだろうか……?ただでさえ暑くるしいのに生き埋めにされるのは勘弁願いたい。

 

 

 

 

黒沢さんに案内されるままに来栖さんと共に着いていくこと数分、夕日が差し込む二階の廊下。明るい部分と、暗い部分がくっきり分かれている。

差し込む光が眩しくて、来栖さんと黒沢さんの顔がボヤける。

 

「……ここです」

 

 

黒沢さんが立ち止まったのは音楽室の前。古びた扉の前で来栖さんはゆっくりと周囲を見回し観察する。

 

窓、壁、床。

 

光の入り方。

 

影の落ち方。

 

そして「……なるほど、なるほど」と来栖さんは(あご)に指を当て、しばらくした後。お決まりの探偵っぽいカッコいいポーズで——

 

「謎は全て解けた!」

 

 

と、僕らに声高に告げた。謎を解くのにカッコいいポーズを取る必要はないはずだが、来栖さん曰くその方がカッコいいからだ。

 

「もう分かったの?早いもんだね」

「典型的なトリックだよ」

 

 

来栖さんは廊下の中央に立ち、夕日を背にする位置へ移動し黒沢さんに声をかける。

 

「あかねくん。ここに立ってみたまえ」

「ここ、ですか……?」

 

 

言われるままに、来栖さんが指し示す場所に黒沢さんが立つと。その瞬間——彼女の顔が、影に沈む。そして夕日に照らされた輪郭だけが浮かび上がった。

 

「……あ」と思わず僕が声が漏れる。来栖さんが指示した位置に立つ黒沢さんの顔の細部が見えない。ただ、“人がいる”という情報だけが強く残る。

 

来栖さんが僕らにトリックを説明する探偵のように、朗々と語る。

 

「人間の脳はね、不完全な情報を嫌うようにできている。顔が見えない。声の出どころが曖昧。そういう“足りない情報”があると——」

 

「脳が足りない情報を補完する。“知っているもの”で足りない情報を埋めるんだよ」

 

 

来栖さんが語るトリックの仕組みにを聞いて、黒沢さんがピクりと反応する。

 

「君は先輩をよく覚えているのだろう。顔も、声も、話し方も」

「……はい」

「だから、この状況で——“誰か”を見た瞬間に、それを“先輩だ”と認識した」

 

 

静寂——どこからか生暖かい夏風が廊下を吹き抜ける。黒沢さんは、来栖さんのネタ明かしに反論するように声を上げた。

 

「……で、でも、声は……?"あかねちゃん"って私の名前を呼ばれて……」

「それも似たようなモノだね」

 

 

来栖さんは壁をコツコツと叩くと——静かすぎる旧校舎にコツコツという音が響き渡る。

 

「この建物は音がよく反響する。どこかで素行の悪い誰かが旧校舎で話をしていれば、声だけがここに届くこともあるだろう」

「じゃあ……」

「君は“先輩の声”を聞いたんじゃない」

 

来栖さんは、黒沢さんにはっきりと言い切った。

 

「誰かの声を“先輩の声だと解釈した”んだ」

 

「笑ってたのも……“あかねちゃん"って呼ばれたのも……」

「君の——記憶が形を成したモノだろう」

 

 

一歩、来栖さんが黒沢さんに近づくと、頭に手を乗せて黒沢さんに優しく微笑んで言う。

 

「全部、君の中にあった先輩との記憶だよ」

「でもさ、ちょっと偶然すぎない?」

「人間の脳は意外といい加減でね。存外、都合よくできているモノさ」

 

 

やがて——黒沢さんは、力が抜けたようにぺたりと床に座り込み、ぽつりと「……そっか」と呟くと、何かが決壊したようにくすん、くすんと泣き出して、今まで溜め込んでいたのだろう言葉を吐き出す。

 

「……よかった、よかったぁ……!わ、わたし、あんなに、よくしてもらった先輩が、な、亡くなったって聞いて……。それが、ずっと……ずっと、信じられなくて。もう、会えないのが、もう、声を聞くこともできないのかって、後悔、してたんです……」

 

「だ、だけど、私の、記憶の先輩とはいえ会って声を聞くことができたんだなって、そう思ったら、これが最後なのかもしれないけど、う、嬉しくって……」

 

 

へにゃりと泣きながら笑う黒沢さんの頭を優しく撫でながら、来栖さんは少しだけ柔らかい声で言った。

 

「その先輩は偶然、奇跡的に、タイミングが噛み合って、あかねくんが認識して、記憶が保管して、一瞬とはいえ、あかねくんの前に存在したんだ」

 

「その先輩は、確かにあかねくんの先輩だよ」

 

 

 

 

旧校舎からの帰り道。夕焼けが校庭を赤く染め上げ、運動部の練習の声と蝉の不協和音が響く中、黒沢さんは来栖さんに向けて頭を下げる。

 

「……来栖先輩、ありがとうございました……」

「なに、この程度のミステリーなどこの私、来栖クリスにかかれば朝飯前だとも!」

 

「また別の問題があれば、私を訪ねてくるといい。どんな難問も華麗に解決してみせようじゃあないか!!」

 

 

ババーン!!と効果音が付きそうなドヤ顔の来栖さん。こころなしか、頭のアホ毛もぴょこぴょこと自慢そうである。このアホ毛は来栖さんの感情にリンクでもしているのだろうか、犬みたいでかわいいね。

 

「これで一件落着、なのかな。そろそろ暗くなってくる時間だし、今日はこれで解散でいいのかな。来栖さん」

「特に予定があるわけでもなし、それでよかろう。」

 

 

そんな来栖さんと僕のやり取りを見て、黒沢さんは一歩下がると、そしてふと、僕の方を見る。いや——正確には来栖さんの視線の先を見ている。

 

そして意を決したように来栖さんに話かける。

 

「……あ、あの!く、来栖、先輩……」

「何か——気になることでもあるのかね。あかねくん」

 

 

応じる来栖さんに、黒沢さんは困惑したような、わからないというように。しばし黒沢さんは言いにくそうにしていたが——

 

「えっと……その……あの……」

 

 

「く、来栖先輩は、ずっと、な、何に、話しかけ……てるんですか……?」

 

 

肌を指すように痛い沈黙の中、夏の生暖かい不愉快な風が肌を撫でる。沈黙、沈黙、沈黙。

来栖さんが、にんまり笑顔でゆっくりと僕に視線を送る。その目を例えるなら観察者の目、凄腕の探偵が事件の犯人を追いつめるため、1つの粗さえ見逃さないよう目を凝らすように。

 

気まずい沈黙に耐えかねたのか、黒沢さんは焦った風に来栖さんに謝罪する。

 

「あ、す、すみません……!私の問題を解決して貰ったのに、先輩に向かって変なこと言って……!き、今日はありがとうございました!!」

「なに、私は気にしていないとも。直に日も落ちる頃合いだ、気をつけて帰るんだよ」

 

 

そしてペコリと来栖さんにいそいそと一礼すると、黒沢さんはそのまま逃げるように去っていった。

 

「——さて」

 

 

夕焼け時の校庭に2人残された、僕と来栖さん。来栖さんに視線を送り僕は苦笑する。いくら来栖さんが真夏に涼しい顔をしている変人だとしても、独り言をブツブツと呟く不審者扱いはあんまりだ。

 

「まったく、黒沢さんも可笑しなことをいうよね。"ソレ"じゃ来栖さんがヘンな人みたいだ。まあ、来栖さんが"ちょっと"ヘンな人なのは僕も否定できないけどさ」

 

 

僕の軽口に来栖さんの応じる声はない。来栖さんは、ただ僕を見つめている。くるくる、くるくると指で宙に円を描きながら。何かを囲うように、逃がさないと言わんばかりに。

 

じっと、じっくりと、じぃーっと。まるで——“何かを確かめる”ように。

 

「——さてさて。君はまず私に認識され、あかねくんにそこにはいないモノであると補完された。」

 

 

空気が変わり、日が落ちる。黄昏時、本日の役目を終えんとする太陽は黄金色に空を染め、光に照らされた来栖さんはプラチナブランドの髪が夏風に揺れてキラキラと輝いている。

 

「私とあかねくんに認識の違いは多少があるだろうが、"そういうモノ"が"存在する"とされたわけだ」

 

 

僕と来栖さんが佇む校庭に伸びる影。本来2つあるべき"ソレ"は来栖さんのモノただ1つ——僕の影はありはしない。

 

「改めまして、だ。——"ワトソン"くん」

 

 

頭によぎるのは、部室で披露された来栖さんの無駄に長い講釈。

 

「——君はいったい何処の誰で」

 

 

認識され。

 

補完され。

 

存在する。

 

「——私に観測されてここいる君は、どんな存在なんだい?」

 

 

整った顔をにんまりと歪め、観察するように僕を捉える来栖さんの視線。まるで、"僕を"逃がさないと言わんばかりに見つめる瞳、その深い青色が宝石みたいにとても綺麗で僕は目を逸らせず——苦虫を噛み潰したような顔をして僕は呟いた。

 

 

「とりあえず、"ワトソン"くんはカンベンしてほしいところかなぁ……」

 

 

 

「——誰だって名前くらい、自分で決めたいじゃん?」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。