雨の魔法少女 作:寸法一メートル
「はい?今、何て……?」
一人の少女が素っ頓狂な声を上げる。
広々として豪華な絨毯が敷かれた部屋の中央で、少女はフリルのあしらわれた朱色のドレスを揺らしながら奥に座る人物を睨んだ。
「だから、君、今日から配属先が変わるよ」
睨まれた人物。たおやかな表情をしたスーツを纏う初老の男は飄々とした様子で肩を竦めながら言った。
「な、何で……」
「いや、ねぇ。君、最近、あんまり討伐数稼げてないでしょ?」
「……そ、それはっ……」
「魔獣の活性化で上もピリピリしてるから、理解してね」
穏やかな笑みを浮かべる初老の男に少女は言い返せず、ただ目を落として拳を握ることしかできなかった。
「じゃ、君は今日から別の配属だけど、頑張ってね」
回転式のチェアーで回って遊ぶ初老の男。少女は去る前にせめてもとして聞いた。
「あ、あの……配属先っていうのは……」
「あれ?言ってなかったっけ。君が今日から配属されるのは……世話係だよ」
「え……?」
「あー心配しなくてもいい。世話係といっても、ただの世話係じゃない」
初老の男の視線が少女を貫く。
「素晴らしい存在の護衛兼世話さ。英雄という、ね」
そう言って再び微笑むその男は、不気味な性格はあるものの、魔法省で要職に就くだけの貫禄があった。
魔獣と戦うのは基本的に魔法少女の仕事である。
そして致死率が高いから無事に引退を迎えられる後援を除き少ない。
その中で取り分け優秀な功績を立てた魔法少女を”英雄”と呼ぶのである。
こんな私にも憧れの英雄がいる。その英雄との距離がさらに離れたことに、私は無心でいることしかできない。
「ここ、なのかな……」
学校からの帰り、制服を着っぱなしの私は視線を上げた。
配属変更を言い渡された翌日、私は魔法省からある場所へ向かうよう指示され、辿り付いた場所は街中にある至って普通のマンションだった。
ありふれた外装のマンションで、築年数が長いのか一部色褪せている。
「と、とりあえず入ってみよう……」
どうせ行かなくても行っても私の配属は変わらない。悔しくても、泣いたとしても、私が魔法少女として弱いからだ。
入口は特にセキュリティもなく、紙に書き留めておいた部屋番号を探し階段を登り廊下を突き進む。
やがて部屋番号の一致する部屋の扉に辿り着いた。
「ここ……?」
私は合っているのか信じきれないまま恐る恐るインターホンを鳴らした。
ピンポーンと予想よりも大きい音が鳴り、思わず肩がビクッと跳ねてしまう。
居たたまれない気持ちで待つこと少し。インターホンから声が聞こえた。
『はい』
凛とした高い声。大人の高さではない。そりゃあ英雄といっても、引退した魔法少女なのだから、相応の年月が経ってない限り大人ではないのである。当然といえばそう。
「あ、あの……今日から配属になったんですけど……」
『ああはいはい。今開けに行く』
ガチャ、とインターホンの音が途切れてから少し、今度はドアロックの外される音が鳴り響いた。
ギィとドアが開く。
「あの、今日からよろしくおねが――――――」
私の挨拶は途中で止まった。
何故か。
「ああ、よろしく頼む」
そう言って私の目の前に現れたのは少し年上くらいの白の簡素なジャージを着ている少女。
しかし普通ではなかった。
眼帯を付け、左腕は存在していなかったのだ。
「……入ったらどうだ」
茫然として固まったままの私に痺れを切らしたのか右手をこまねく。
その表情は怪訝としていた。
ハッとした私は慌てて手をあわあわさせてしまい、余計に挙動不審になってしまう。
「あ、あの、あ、ありがとうございます」
「?早く入れ」
「は、はい」
ペコリと頭を下げ、ドアを過ぎる。
私を迎え入れたのは、外見からは考えれないほど広々とした部屋だった。
だけど私は驚いた。そんな広々とした部屋に、ほとんど何も置いていなかったのである。
堂々はダメなので控えめにキョロキョロと見回しても、本当に何もない。
生活に必要な最低限のものと、端っこに観葉植物がポンと置いてあるだけで、カーテンも半分ほど開かれている。
「すまんな。見ての通り何もないんだ」
私の隣で少女が肩を竦めながら中央にただ置いてあるテーブルに座る。
促され私も対面にちょこんと座ると、少女がじっと私を見てきた。
嫌な汗が背中を流れて気持ち悪くなった私はごまかすように口を開いた。
「あ、あの、ここに来るようにって言われて来ました……」
「あーそうか。説明何もされてないのか……」
困ったように少しだけ笑いながら頭を掻く少女。
「まぁ……そうだな……そう、簡単に言えば、オレの補助的なものをしてほしいってだけ」
「?何のですか?」
「ほら、見ての通り色々欠けてるから」
少女が右手で眼帯やジャージの垂れている左腕の部分を指す。
それから……右足を指した。
何故だろうと私が思う暇もなく彼女はズボンの袖を捲る。
「っ……!」
現れたのは少女特有の細い脚ではなく、冷たさを感じる義足。
「まぁこういうわけ。あ、あと君以外ももう一人来るはずだから」
何でもないように少女が言う。
その目は一瞬、何も見ていない、無を見ているように見えてしまった。
「昔に魔獣とやりあったときにちょっちやらかしてな。誰か少しでいいから補助が欲しいわけ」
やはりこの少女もまた英雄。
こうして配属された私の、はるか上を行く存在。
惨めな気持ちになりそうになったけど、英雄になった結果がそれならば、私は複雑な気持ちにならざるを得なかった。
しかし彼女は儚さのあるような、崩れそうな笑みを浮かべるだけで、私のひょんな気持ちを理解しているわけもなく言った。
「オレはスフェルト。よろしく」
「あ、え……?まさか……雨の英雄……」
私はきっと口を恐ろしいくらいにあんぐり空けていただろう。
何故なら、彼女こそ私のひそかな憧れだったからだ。
「――――それはそれは3年前」
広い室内、巨大なデスクの前の回転チェアーに座っている初老の男がある本の一ページを捲る。
「日本に過去最強の魔獣が現れました。人類はなすすべなく倒されていく。それは魔法少女も例外ではありませんでした。そんな時、一人の魔法少女が魔獣の行く手を阻みました」
紙の捲る音だけが静かに響く。
「その魔法少女は大怪我を負いながらも、その魔獣を討伐しました。果たして、英雄の一人となりました」
男はパタン、と本を閉じた。
「雨の英雄――――。魔法省はその正体を世間に明かしていない。さて英雄さん。若い世代の踏み台になっていうのも大切な役割だよ……」
そして微笑みながら視線を天井へ上げた。
火。辺り一面火。
ごうごうと燃え盛る炎に囲まれながらも少女は瓦礫で潰れた足を引き摺り四つん這いで逃げていた。
『―――――愚かな足掻きだ。人間の子供よ』
少女の背後で、巨大な狼が月を背景に立っていた。
狼といっても、大きな牙に全てを見通すような目、そして水晶のごとく煌めく角が頭部から生えていた。
この世界で魔獣と呼ばれる存在の最上位。魔幻獣。一体だけでも国の存亡の危機に陥るほどの強さを持っている。
事実、少女が逃げる周囲には動かなくなった魔法少女の山ができていた。
『何故未だ逃げる。我が前で逃げれるはずもないだろうに』
魔幻獣が問いかけるが、少女は答えず涙を流しながら逃げる。
少女を追い打つかのようにポツポツと雨が降り始める。
やがて見飽きたのか魔幻獣は自身の体から刃を生み出した。
『子供は我が兄上に差し上げたかったのだがな……まぁよい。死ぬがいい』
ヒュン、と金切り音と共に刃が振り下ろされる。
その時だった。
『―――――何だ?』
刃が少女の手前で突然止まった。
驚く魔幻獣だったがすぐに立ち直り、目を凝らす。
『……雨水、だと?』
刃を止めているのは魔法のように凝集する雨水だった。
同時に逃げるのをやめた少女の前に、一つの人影が姿を現した。
「全く……日本を荒らし過ぎだ」
薄暗い雲を投影したかのような、灰色のくたびれたドレスを纏った少女だった。
傘をさしているせいで少女から顔は伺えない。
『貴様、魔法少女か』
灰ドレスの少女は返事をしなかった。代わりに周囲の雨水が時が止まったように落下を止めた。
『小癪な能力だ』
魔幻獣が眉を顰める。同時に止まった雨水はまるで重力から解き放たれたように形を変えた。ツララみたいな形、集合し水玉を作ったり……
それが灰ドレスの少女が手を挙げると同時に魔幻獣に襲い掛かった。
美しかった。魔法がこんなに美しいものだと知らなかった。
もっと見たいと思った。だが少女の意識はフッと闇へと落ちた―――――。
ハッと目が覚める。
「知らない天井……じゃなかった」
身体を起こす。
「久しぶりに見たな……昔の夢」
今の私の全ての原点。家族を失ったのも、魔法少女になろうと決めたのもその時だった。
汗を掻きパジャマがぐっしょりとしている。
初日から幸先が悪い。左遷まがいの配属をされた私にあの夢を見せてくるとは、神というのもホント良い趣味をしている。
しかも、その憧れの本人に出会ってから、だ。胸の奥が重くなった気がした。
朝からこんな気分でいるのはよくないな、と頭の中をリフレッシュするために頭を数回ブンブンと振った。
それから私は顔を上げ、室内を見渡す。
昨日雨の英雄ことスフェルトさん(本名は教えてくれなかった)に部屋を割り当てられた。
アパートの一室分はあるくらいに広く、そして引っ越したばかりなので何もなく、元から置いてあったものもない。精々が布団くらいである。
彼女が言うには、こういうことを見越して広めの部屋を取っていたとのこと。
確かに一人で住むには広すぎる。4LDKは確実だ。
そして何もない。彼女の部屋は見ていないが、廊下にも、LDKにもほとんど何も置いていなかった。
ミニマリスト、というやつなのだろうか、と布団を畳みながら昨日からの怒涛の展開で壊れている頭の片隅で考える。
家主へのおはようと朝ごはんの為、部屋のドアを開けた。
「―――――あなたがあの子の世話係なのね?」
目の前に片方の耳がもげているうさぎのぬいぐるみが浮いていた。
「……それで?あんたはどういう魔法少女なのよ?」
円ら。だけどどこかゾクリとするような目が私を貫く。
「あ、あの……」
「何?アタシ?アタシはあの子の担当マスコットよ」
「あ、マスコットなんだ……」
「何よその言い方?!」
魔法少女にはそれぞれ担当のマスコットがいる。マスコットの力を借りて魔法少女になっているからだ。
「で、さっきの質問に答えてくれない?」
ズイッと迫ってくるぬいぐるみ。可愛さが勝ってしまう。
「あ、えっと……氷が得意、です」
「ふぅん氷なのね。ツルツル滑って怪我しちゃいそうだわ」
毒のある一言が心に強く刺さる。
昔似た失敗をした時の記憶が蘇って何を言えなくなる。
「全く。魔法省のやつはなんでこんなうじうじしたやつを―――――フゲェ?!」
ぬいぐるみが突然悲鳴を上げる。見てみると、脳天からチョップを食らっていた。
「ごめんな。こいつ無駄にツンツンする癖があるんだ」
チョップした本人、スフェルトさんが苦笑する。
昨日と違い、デザインもなにもない灰色一面の服を着ていた。
「何がツンツンよ!!あなたの為を思って言ってるのよ!!」
「まぁまぁ落ち着け。最初から絡みに行く馬鹿がどこにいる」
「アタシは馬鹿じゃないわ!!今のあたなの状況ならもっと強い魔法少女が必要よ!!」
可愛らしくプンプン怒り暴れるぬいぐるみをスフェルトさんは片手で制しながら私を見た。
「おはよう」
「あ、おはようございます」
「お腹が空いただろ。朝食にするからダイニングに行っておいてくれ。オレも後で行く」
苦笑しながらスフェルトさんは暴れるぬいぐるみを抑えながら去っていった。
……何だか騒がしかった。私は言いようのない気持ちのままダイニングへと向かった。