黄権伝   作:高島智明

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あらすじにも書きました様に、この第1席は先ず、史実を参考にしながら此の作品の主人公を紹介させて頂きます。

この第1席は『誰か故郷を想わざる』(JASRAC楽曲046-0157-2)からインスパイアを受けました。
従いまして「歌詞使用のガイドライン」に基づきながら、歌詞を引用させて頂きます。

歌詞使用のガイドライン
https://syosetu.org/?mode=faq_view&fid=130


第1席 誰か故郷を想わざる

西暦240年。

日本史においては、女王卑弥呼の使節に対して「三国」の1つ魏の皇帝からの返礼の使節が派遣された年、と記憶されている。

 

この時、魏の帝都、洛陽を訪れていた倭の使節たちは、おそらくは知らなかっただろう。

この都の某所で、1人の老人がその生涯を終えた事などは。

 

黄権字は公衡

蜀の武将。生まれも益州である。

劉備による益州侵掠の以前から、益州州牧である劉璋に仕えていた。

 

やがて劉備が侵掠してきた時、最後まで抵抗したのは、黄権が長をつとめていた広漢県だった。

遂に、主将である劉璋の降伏に因って黄権もまた劉備に降伏した。

 

その後の劉備は旧主への「義」を全(まっと)うした黄権をむしろ信頼し、黄権もまた其の信頼に応えて劉備の下で戦い続けた………。

 

……。

 

…その黄権にとっても、その時が運命の戦いとなった。

 

「桃園の誓い」において「同日に死のう」と誓った弟たちを失った劉備は、その仇を討とうとして、孫呉の陸遜によって返り討ちにあってしまった。

名軍師諸葛孔明の「天下3分の策」からの天下統一が瓦解(がかい)した大敗戦だった。

この時、黄権は、蜀と呉の決戦の側面を第3の敵である魏から援護する任務を、劉備から託されていた。

だがしかし、蜀本軍の敗走で魏の大軍の中に孤立してしまった。

大敗の衝撃、君主としての責任、弟たちの仇を討てなかった無念、その全てに打ちのめされて劉備は倒れた。

そして、孔明に後を託して弟たちの後を追っていった。

 

その直前「寝込んで」いる状態の劉備に、心無い事を吹き込んだ奴らが居た。

「黄権が裏切りました。奴めの妻子を処刑して、見せしめにいたしましょう」

この断末魔においても、劉備は「義」に生きて来た劉備玄徳だった。

「裏切ったのは黄権ではない。黄権が主君に裏切られたのだ」

 

黄権の妻子は、むしろ劉備の命令によって保護され、黄権の子である黄崇らは劉備の後継者劉禅に仕え続けた。

 

黄権の「死後」蜀が滅亡をむかえた時、黄崇は蜀を守護して戦死している

この1件が中途半端に魏に伝聞された時、黄権もまた劉備を信じた。

「劉備は、お主の妻子を殺した。蜀に忠義を尽くす必要はもうあるまい」

そう言って魏へと新たに忠誠を進めた者を、黄権は相手にしなかった。

 

間もなく劉備が死ぬと、魏の臣下は自らの主君のために祝賀したが、黄権は沈黙を保った。

魏の皇帝曹丕は降伏した黄権を、敵から降伏した将としては厚遇し続けた。

あくまで「信義」を貫く黄権に対して、むしろ好感を表した。

あるいは、父で太祖である曹操と関羽の間に成立した「美談」を思い浮かべたのか。

その好感は、次の皇帝である曹叡にも受け継がれた。

 

こうして魏における黄権は、ほぼ蜀にあった頃の地位を保証されたまま、この乱世であれば平穏とすらいえる10数年の後、おそらくは寿命をもって生涯を終えた………。

 

……。

 

…だがしかし、黄権の内心を誰が知る事が出来ただろう。

もしかすれば、平穏であればあるほど自分自身が許せなかったかも知れない。

あるいは「千里行」を成しとげて、ついに劉備の下に戻った関羽に自らを比べる事があったかも知れない。

 

その臨終の脳内には何が浮かんだのだろう。

帰還することの無かった故郷。

再会する事の無かった家族。

あるいは、信義を互いに貫きながら、最後までその下で戦うことの出来なかった旧主だったろうか。

あるいは、その旧主の下で、ともに戦った友たちだろうか。

 

もしかしたら、そうした「忘れ難き全て」との、分かれ道となってしまった、あの「運命の地」の情景だったかもしれない。

 

あの「場所」からやり直す事が出来たなら……

その想いは「彼」の脳内を、横切っていかなかっただろうか。

 

蜀あるいは益州の主要部、四川盆地。黄権の生まれ育った出身地も其の中にある。

「四川」の名のままの、いく本のもの長江とそこに合流してくる流れ。

盆地の周辺を囲む山脈。

その「山水」の光景とは異なる、黄土の平原の光景の中で、いかなる思いを抱いていたか。

 

そして、

「蜀の犬は太陽に吼える」

と、他国人はそうからかう。

それ程、四川盆地は曇や霧の日が多い、とも伝えられる。

その蜀に生まれ育った黄権には、洛陽は逆に晴れの日が多かっただろうか。

 

果たして、黄権が故郷を想った其の日だけは、蜀の地の様に雨だったろうか。

そして、黄権は懐かしい人々を想い浮かべただろうか。

花摘む野辺に 日は落ちて

みんなで肩を組みながら

唄を唄った 帰り道

幼馴染みの あの友 この友

ああ 誰か故郷を想わざる

 

幼馴染みの あの山 この川

ああ 誰か故郷を想わざる

 

都に雨の 降る夜は

涙に胸も湿りがち

遠く呼ぶのは 誰の声

幼馴染みの あの夢 この夢

ああ 誰か故郷を想わざる




繰り返しになりますが、今回の「第1席」に限っては、ほぼ史実です。
従いまして、次回「第2席」より『恋姫』を始めさせて頂きます。
それでは続きは次回の講釈で。
次回は『第2席 懐かしき筈の…』の予定です。

ご意見ご感想をお待ちしております。

昔、他のサイトに投稿した際には「歌詞使用のガイドライン」が御座いませんでしたので、引用が出来ませんでした。
今回、最初に妄想した形に出来ました。
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