黄権伝   作:高島智明

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第10席 豪天砲VS8陣図

霧花に与えられた任務は「上陸地点」の確保だった。

既に、荊州水軍は劉備軍の全員を上陸させて撤収していた。

その後に取り残された物資と非戦闘員を誰かが戦闘中に守っていなければ成らないのは確かだ。

そして、益州側から襲撃してこない限り霧花を「矢面」に出す必要が無かった。

 

この温情には素直に感謝するしか無いだろう。

蜀には帰りたい。

だからこそ、出来れば厳顔とは直接に戦いたく無かった………。

 

……。

 

…やがて、霧花たちを後方に残して、劉備軍は巴城へと接近する。

そして城門の直前に、竜鳳の軍師が練り上げた「8陣図」と呼ばれる陣形で布陣していた。

霧花が後方で守っている「もの」の中には、狭霧のような益州出身者の中の「劉備派」も居た。

 

「霧花どの」

どうしても前線に比較すれば話をする余裕がある。

「狭霧どのは何かあるのかな」

「貴女にはまるで、この益州の出身で私たちとも知己の様な態度を感じるのだが」

「慣れ慣れしい振る舞いだったかな」

「黄権」の知っていた「法正」の性格からしても、油断が出来るとも限らない。

 

「いや、何と言うか。

まるで、この「四川」の出身で、私たちとも互いに知り合いの誰かが益州に戻って来たのに、私たちの方が貴女の事を忘れてしまった、とでもいう感じに似ているのだが」

 

実は正解なのだ。流石は法正というべきだろう。

なのに適当な話をしなければならないのは微妙に情け無いが、それでももう、霧花は割り切る事にしていた。

 

こうして「故郷」に戻っても来れた。

ただ1人だけ「信義」を交わした「主君」に仕えることも出来た。

この狭霧もこう言ってくれているなら、その言葉通り”あの”懐かしい法正だと思えば好い。

 

「有り難い。出来ればその言葉に甘えさせて貰いたい。

私は、もう、この蜀からどこへ行く積もりも無い。

だから、先刻、狭霧どのが言ったような積もりでいて頂くと、むしろ有り難い」

 

”この”狭霧が”あの”法正なら、これぐらいで誤魔化せるものでもないだろう。

だがしかし、これが今の霧花の本心で間違い無かった。

前方の前線では、桃香や鈴々の挑発(最初は説得らしきものだったが)に乗った厳顔が出陣して来ていた。

待ち受けているのは「あの」陣形。

そう「蜀の老将」だった「黄権」ならば名高いとすら言えた「8陣図」である。

 

その「8陣図」の中に厳顔を引き込もうと、愛紗と鈴々それに趙雲(真名星)が掛かっていっていた。

 

けれども、直接に厳顔と正面衝突している星の場合、星自身はともかく部下の兵士は本気で厳顔に追い立てられていた。

「前世」の厳顔を知っている霧花ですら、流石は厳顔と言いたくなる様な強弓大矢に閉口する兵士を指揮する星は、半ば本気で「8陣図」の中に逃げ込んだ。

 

その後を追撃しようとする厳顔のさらに後ろから愛紗と鈴々が追い立て、遂に「8陣図」の中に厳顔を引き込んだ。

次の瞬間「8陣図」が「正体」を現した。

 

その「正体」を厳顔が知覚して対応する前に、完全に包囲が完成してしまっていた。

後は殲滅、ではなくて降伏勧告である。だがしかし、

「もう止(や)めて下さい!」

桃香は本気で厳顔たちを助けようとしていた。

そういう主君だからこそ「黄権」も「劉備」に、そして霧花としても桃香に仕えているのだから。

 

「私たちは、人々が笑顔で暮らせる国を作る為に来ました。

この「蜀」の国を、力の無い人たちが安心して暮らせる国にするために、貴女たちの力を貸して下さい。

お願いですから、もう降参して下さい!!」

 

…厳顔は兵士に武器を捨てさせた。だがしかし………。

 

……。

 

…捕まえている方が困惑していた。

「さっさと斬らんか、侵略者ども」

 

主君たちや其の側近の後ろから見守る霧花にしてみれば「黄権」だから、誰よりも厳顔の気持ちは分かる。

けれども、ここで霧花(中身は「黄権」)が説得にしゃしゃり出たりしたら、おそらく事態は混沌(こんとん)としてしまうだろう。

 

「どうしたら、信じて貰えますか」

桃香はむしろ悲しげだ。

「そうじゃな。美辞麗句を如何に並べても、その場だけのことじゃろう。ならば実績を示して貰おうかの?」

「実績ですか」

「そうじゃ。南蛮の奴らが、この益州を困らせているのは本当じゃ。

奴らの乱暴を止(や)めにして見せられるか」

後漢13州の1つ、益州には四川盆地のみが在るのでは無い。その南に雲南の高地が広がる。

「現代」ですら、山々の間に幾つもの少数民族が伝統を守り続けている。

だがしかし、既にこの時代、この地にも益州に属する幾つかの郡が置かれていた。

つまり後漢帝国の行政範囲には成ってはいたのだ。

 

さらにその南「現代」なら「中国」と「ラオス」「タイ」「ミャンマー」の国境を跨いで拡がる領土を支配する南蛮王孟獲が雲南を侵略していた。

 

「蜀」の国作りのためなら、遅かれ早かれ、戦わざるを得ない敵だった。

同作1同に異存は無い………。

 

……。

 

…巴郡から劉備軍は転進した。

益州の主城「成都」のある西ではなく、雲南の山また山脈が連なる南へ。

厳顔(真名桔梗)も、元のまま巴城の軍を率いて参加していた。

 

「しかし、お主らの「お館様」も奇妙なお方じゃな。

ほんに「天の御遣い」でもなければ知らん様な事を」

巴郡で待機中に荊州から知らせて来ていた。

孫呉の主将孫堅の不運を。

そして「天の御遣い」はその事を知っていた。

 

桔梗にそう聞かれる霧花も「黄権」が中身だから、言いたい事を我慢しなければ成らなかった。

「その「御遣い」様が「天命」を伝えられたとは、まだ思えませんか?」

「劉玄徳どのは、もしかしたら、劉焉とか他の国主が来るよりはマシな国主かも知れん。

最初に侵略者と決め付けていなければ、今頃は誑かされていたかも知れん。

じゃが、全ては今回の「南蛮征伐」を見届けてからじゃな」

 

「それにお主も奇妙じゃぞ、先刻の件とは別に。孝直が言いたい事は分かるな」

「狭霧どのが何と」

「この「四川」の出身で、儂らとも知り合い同士の誰かが益州に戻って来たのに、儂らの方がお主の事を忘れておる。

そういえば、以前に巴郡にやってきた事があったな。

今にして思えば、あの時からそんな雰囲気だったな」

 

「そのように見えるのなら、それだけ今の私がこの蜀を終(つい)の住処(すみか)にする覚悟が出来たのだと。

そう思って頂きたい。それが私の本心なのですから」

 

「お主とは大いに酔いたいのう。いや真、以前にともに酔った気すらするのう」

桔梗が大いに笑う間にも、劉備軍は雲南の山また山脈を越えて南へ向っていた。

 

やがて、南蛮軍に追い出されて来た雲南駐在の益州の地方官や地元部隊を収容して、何処まで南蛮軍が迫っているかの情報を得た。

 

「黄権」は「前世」での「南蛮征伐」には従軍出来なかった。

そのため「7度捕らえて7度放つ」までは思い付けて居ない。

だが「蜀」の武将であれば、南蛮から益州を守って戦うのは当然。

今は自分の守るべきものを守って戦うことが出来ていた。




それでは続きは次回の講釈で。
次回は『第11席 7度捕らえて7度放つ』
の予定です。
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