黄権伝   作:高島智明

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第2席 懐かしき筈の…

黄権は自分が大地を両足で踏んで、立っている事に気が付いた。

「これは夢か?」

無理も無かった。直前の記憶では、臨終の「ベッド」に横たわっていのだから。

それに、眼前の光景に見覚えがあった。いや、見忘れる事など出来なかった。

 

南に長江が流れ、その流れが三峡渓谷を刻んで流れ下ってくる其の山脈が西にそびえて居る。

そして、北と東に荊州の平原が開けた”この”地。

“ここ”で自分は、余りにも多くを失った。

 

そして、魏の洛陽で死んだ筈だった。

だがしかし、再び今”この”地に立っている。

 

その地を踏みしめる両足も、臨終のなえた足の感触では無い。

身に纏った甲冑の感触も、頼りがいが有りそうながら重くない。

腰に手をやれば、剣があった。その剣を振ってみた腕にも、かつての力が戻っていた。

 

「夢なら夢で構わん」

今、元気で”この”地に立っているのだ。

何度”ここ”からやり直したいと願ったか分からぬ”この”地に。

そして、今の此の体には此処から蜀に帰るだけの力が戻っている。

帰りなん、いざ。

 

少し冷静さを取り戻すと、何といっても「今」の黄権は歴戦の老将なのだから、今の自分の立場が魏から蜀への脱走に当たる事に気が付いた。

 

魏兵に見付けられると、ややこしい事になるかも知れない。

それに、当座のものは持っているだろうか。

 

そこで、道ばたで目に付いた鄙びた村で聞き込みをする事にした。

先ず、自分が魏に追われているかどうか、それと無く確認する。

更に、好意に甘えることが出来れば、入手出来そうなものを入手する。

この場合、1剣をもって好意に返せるものなら、役に立たせてもらう。

 

ところが、村に入って暫くするうちに、違和感に気が付き始めた。

 

村人たちが親切過ぎる。

最初の内は「敬老」精神を発揮しているかとでも思っていたが、それにしては視線や態度が生暖かい。

それに、平原の真ん中に居た時には分からなかったが目線が低い?

さらには、目に入る自分の「首から下」が何故か……

 

「鏡は無いか?」

その声も、そういえばかん高い。

「そうですね。貴女には御入りでしょう。荷物に成らなければ御持ちに成りますか?」

そう言われながら差し出された銅鏡に映っていたのは……

 

……美少女だった。

年頃は幼女から乙女に変わる微妙な時期。

(何処かの「天の国」なら「ロリ」を卒業する前後)

容姿は愛くるしい。

身にまとう甲冑も、その魅力に合わせるかのように手が加えられている。

鏡の中の少女が、おそらくは何歳か成長してこんな甲冑を纏えば、その「玉の肌」をむしろ強調しそうだ。

だがしかし、そんな甲冑が既に似合う程に愛くるしい。

思わず声が上がったが、その声も「キャア」の類(たぐい)だった………。

 

……。

 

…村で生暖かく譲ってもらった馬に乗って、ポクリポクリと進んでいた。

あまりの「現実」に、思考が付いて行っていない。

その為か、変なやつらがウロウロしている、変な道へ踏み込んでしまった。

 

「へっへえ。もうチョイ育てば、けっこう上玉に成るぜ」

ニタニタとそんな事をぬかしながら近寄って来た、頭に黄色い布を巻き付けた変なやつらを見て、

流石に「中身」は百戦錬磨の黄権は、自分を取り戻した。

 

剣に手が伸びてからは、条件反射で身体が動いていた。

経験値は有り余る「中身」に、この見た目は幼い身体は付いて来る。

いや、それ以上に身が軽い。

思う存分に戦えた。

結果は、逆に当座を増やす事が出来た。

 

問題は、むしろ生き残りを尋問して聞き出した情報の方だった。

こやつらは「黄巾賊」ないしは「黄巾」に便乗したやつらだと主張している。

さらに「今」は、まさしく「黄巾の乱」が勃発した「甲子」の年だと主張した。

「以前」の黄権なら鼻先で笑う処だろうが、自分の身に起きている事態からして笑えない。

黄権の「没年」は西暦240年。黄巾の乱は西暦184年に当たる。

ますます困惑しながら、しかし馬に任せるように、三峡渓谷を遡(さかのぼ)って行った………。

 

……。

 

…その先に広がるのは四川盆地。何もかもみんな懐かしい光景が、黄権の眼前にあった。

その感動に身をゆだねたままに、巴郡の郡城の門を潜ってしまった。

 

当然のように、門番の兵士に呼び止められる。

(…確かにな、こんな「小娘」が武将を気取った姿をしていれば不審だろう…)

実は、単に「黄巾」に便乗した変なやつらがウロウロしている時勢だったから、というのに過ぎなかったのだが。

そんな「小娘」というだけで不審な訳ではない事を、直(す)ぐに知らされる事に成った。

何故なら番兵に連行された先で尋問された「郡太守」が、厳顔だったからだ。

だがしかし、その「厳顔」の見た目は妙齢の美女だった。

黄権の側では「変わり果てた」旧知にまず仰天(ぎょうてん)し、次いで数語を交わした後には、確かに「中身」は黄権の知っている厳顔だと認めざるを得なかった。

自分自身が、この体たらくなのだから。

 

そして、次には内心で泣いていた。

相手が厳顔だと理解出来れば、当然に懐かしい。

だがしかし、その「旧知」には自分が分からない。

いや、もしかしたら、黄権の記憶が「この」厳顔には無いとすら疑える節すらあった。

 

ついに、黄権は耐え切れなくなった。

姿は兎も角(ともかく)黄権を知らない厳顔。

何処を見ても懐かしいのに、自分を待っている人が居るかどうかすら不明な四川の光景。

しかも、50余年も「時代」は遡ってしまった。

中途半端に懐かしいだけに、余りにも今の黄権には残酷だった。

 

「これが…これが、あの裏切りの罰だと言うのか…教えて欲しい!「天」よ」

もはや、巴郡より奥の蜀の地に踏み込み、黄家の家族や厳顔以外の知人を捜し求める勇気すら失って、逃げるように黄権は長江を下る船に身を任せてしまった………。

 

……。

 

…身も心も迷走する状態になってしまった場合、人1人見ない場所か、あるいは逆に群集と言いたいほどの人が多い場所を求めるものらしい。

 

懐かしい筈の蜀の地から逃げ出す様に長江を下って来た黄権は、その周辺では最も人の多い、荊州の中心都市である襄陽に彷徨い込んでいた。

 

「黄巾」に便乗した変なやつらも、この襄陽の城内まではウロウロしていないらしい。

未だに、乱世を免れている城内の喧騒(けんそう)の中を、黄権は迷走していた。

 

その黄権の目に、ふと止まった人物がいた。

見覚えの無い筈の少女。けれども、何故か既視感を感じる。

厳顔の場合とは微妙に差のある、だがしかし、記憶の何処かが懐かしい。

その記憶の何処かの何かと、その少女の色の薄い眉が結び付いた。

 

「白眉?!」

黄権が蜀を「裏切る」結果に成った”あの”戦いでは蜀の名の有る臣下だけでも何人もが倒れた。

その中でも、その才を惜しまれたのは「白眉」馬良だったろう。

 

馬良季常

孔明につながる荊州「名士グループ」から劉備に使えた中でも優秀であり、集団の中でも優れたものを「彼」の眉の色から『白眉』と呼ぶ故事成語を残した。

ちなみに「泣いて馬謖(ばしょく)を斬る」の馬謖は『白眉』の「弟」でもあることからも、孔明は期待していた。

 

馬良(真名胡蝶)の側は、自分を見つめる見覚えの無い少女に、当然ながら眉を軽く潜めていた。

荊州襄陽からは東北に離れた”ここ”は幽州琢(たく)群。

今、桃の花が満開の果樹園で……

 

「劉備玄徳」

桃花の薄紅とモザイクになった蒼天を「靖王伝家」の宝剣が指す。

「関羽雲長」

左右から「青龍偃月刀」が、

「張飛益徳」

そして「蛇矛」が合わせられる。

「「「我ら誓う」」」

3人の乙女たちが「姉妹」の誓いを唱和していた。

 

我ら3人、姓は違えども姉妹の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん。

上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う。

同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、願わくば同年、同月、同日に死せん事を。

天よ地よ、この心の真実を。

もしも義に背き恩を忘れるならば、天も人も殺したまえ!




それでは続きは次回の講釈で。
次回は『第3席 身は襄城に在って 心はいずこに在る』の予定です。
*
本作のヒロインのイメージは『サクラ大戦~巴里は燃えてるか~』のヒロインの1人グリシーヌ・ブルーメールの外見年齢を鈴々・朱里・雛里くらいにしたイメージからインスパイアを受けました。
CVイメージは島津冴子さんです。
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