この「外史」は、黄権にとっては「前世」すなわち「正史」での人生をやり直している「後世世界」というべき「世界」です。
荊州襄陽の城内。黄権は「水鏡女学院」の内部に入り込んでいた。
まったく「入り込んで」いるのであって、未だ入塾した訳では無いが、だがしかし此処は居心地が好い。
その理由も自覚出来ていた。
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「行きましょう…「伏竜鳳雛」を迎えれば、人々を救えるなら、行きましょう」
まるで、天竺へ行くと言う三蔵法師だった。
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ここには、懐かしい者たちが居た。
黄権ら益州出身者たちと並んで蜀の帝王劉備に仕えた荊州出身者たち。
同じ益州出身の厳顔たちと異なって感情の上で1線があった。“前世”では。
だが「現在」は其の為に却って素直に懐かしがる事が出来た。
厳顔や巴郡の光景を正面にした時の様な、激情に取りつかれることも無く………。
……。
…無論、初対面では馬良に不審がられた。
「私を「白眉」と呼ぶ人は何人か居ますが、貴女に見覚えはありません」
これでも「良い意味での優等生」である、馬良(真名胡蝶)だから、親切に応対したのである。
「…いや、この荊州でも「白眉」は特に良し、とまで呼ばれる“茂才”が謙遜するまでもなかろう」
※
後漢王朝の初代皇帝には本名に「秀」の字が入っている為、この時代の人は「秀才」を「茂才」と言い換えている。
無論、後世の歴史家が「現代語訳」する場合には構わない。
これで、テレながらも半分は警戒心を解いてくれた………。
……。
…これを切欠にして「水鏡女学院」に入り込んだ黄権だが、只懐かしがるだけでは無く、多くの情報を得ることが出来た。
学問の府、荊州の中心都市という大都市、長江に合流する漢水と街道が交叉する交通の要衝。
情報の集まる条件の集まった環境で、多くの情報を得る事が出来た。
最も重大な情報は「前世」と”この”世界の何処が異なっているかだった。
厳顔や馬良の例があった様に、黄権が直接または間接に名を知っていた多くの人物が“ここ”では女性らしい。
それも、年齢的に現時点で乙女と呼ばれる年代に集まっているらしい。
大体、“この”時代では、女性、それも少女と呼ばれる様な若い女性であっても、自らの才能と実力と人望次第では、武将にも文官にも、あるいはそれを率いる主君にもなれる時代らしいのだ。
その為、そうした少女たちの内の、荊州襄陽「名士」グループ出身者たちが、この「水鏡女学院」に学んでいた。
その中には、黄権にとっては懐かしい「旧主」劉備に従って荊州から蜀にやって来た、その後は黄権とも並んで劉備に仕えた者たちが何人も居た。
一方で、入蜀より以前に劉備から離れた徐庶や、入蜀の途上で急死した鳳統などは「前世」の黄権からすれば名を知るのみだろうが、ここでは馬良たちと同様に黄権を受け入れてくれていた。
そして、諸葛亮孔明。
「五丈原」を風の噂に聞いた「前世」を持つ黄権にとっては“現在”の愛くるしい諸葛亮を見れば、どうしてもあの悔恨が、体内をかすめて行く。
(…私も「五丈原」で「丞相」とともに戦いたかった…)
馬良や諸葛亮たちによって、故郷である蜀を想う内心を密かにいやされながらも、より心身の深くから浮かび上がってくる感情を自覚し始めていた。
何度も「主君」を変える結果になってしまった黄権だが、その中で1人を選択する事が可能ならば「現在」でもそれは蜀の「先帝」劉備に間違い無い。
(…「この」諸葛亮も「三顧の礼」を受けて「先帝」陛下に仕えるのか?…)
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漢水を間にして、双子都市を形づくる襄陽。
その双子都市のもう1方から東北の幽州へと続く街道を、南西の双子都市へと近付きつつある1行が居た。
まるで、天竺へ向う三蔵法師が孫悟空の引く白馬に乗っているかの様に、真っ直に前方を見定めた馬上の美少女。
それを、三蔵法師を守護する孫悟空の様に守護する美丈夫と、元気1杯な微笑ましい少女。
その後ろからは、“何処かで見た様な”4輪車が、なぜがカラのまま引かれて来ていた。
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「今年」は、まさしく「あの」黄巾賊が「歳在甲子」と唱えた”その”「甲子」の年で間違い無かった。
そして、黄権も聞き知っていた。
「先帝」が「桃園の誓い」をもって「義」によって起ったのも、まさしく「この時」だったと。
たとえ”ここ”の劉備が、もしも少女であってもやはり「起つ」だろう。
いや既に、何処かで黄巾と戦っているのかも知れなかった。
(…それなのに、私はこの襄陽で何をしているのだ…)
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双子都市の間の漢水を行き交う連絡船の上。近付く船着場は、もう襄陽の城内だった。
(…俺はここで、何をしているんだ…)
北郷一刀には、自分が大それた詐欺でもやっている気分が、どうしてもしていた。
『聖フランチェスカ学園』から『三国志』の時代に飛ばされ、黄巾賊の追い剥ぎに会い、関羽に救われた。
そして「天の御遣い」だから、この国の民を救ってくれなどと言われて、関羽なら劉備の処へ行けと教えた。
そうしたら劉備と張飛も出て来た。
そして「桃園の誓い」を成立させてしまい、ますます「天の御遣い」と誤解されてしまって、
「ご主人様には、何か「天のお告げ」は御座いませんか?」
そんな風に聞かれて北郷は、つい漏らした。
「孔明が居てくれたらなあ」
その結果、幽州の琢(たく)群から荊州襄陽まで連れて来られた。
ついでに、なぜか劉備たちが「女の子」です。これ?なんてエロゲ……
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身体が鈍らない程度に、今でも剣は振ってみている。
この身体は軽い。
見た目は幼い少女(諸葛亮たちが同程度に見える)だが「前世」で鍛えた「経験値」の通りに、いや、それ以上に動いてくれる。
それに、知識面での「中身」も将軍職まで務めた「老将」である。
そして”この”時代は、たとえ女であろうと、それも年若い少女であろうと、仕官の妨げに成らないのだ。
まして「黄巾」の最中なら、仕官の当てはあるだろう。
そう、仕官しようとすれば可能性が見えるだけに、黄権は迷っていた。
仕官の可能性を考える度に、どうしても「先帝」の事を考えてしまう。
……その黄権が、剣を収めるのを待って声をかけて来た。
学院の門下の1人徐庶である。
徐庶元直
若き日は侠客だったという。義理人情を重んじて知人の敵討ちをし、故郷を捨てた。
片や、母親思いでもあり、心配を掛けた不孝を恥じて侠を捨てた。
その後、あらためて学問を積んで出直すべく、単福の偽名で水鏡先生の門下に入る。
やがて、孔明の前に劉備の軍師として仕官するが、母を保護した曹操に飼い殺しにされる結果と成る。
だがしかし、自分より優れた「臥竜」孔明を推薦して劉備の下を去り「3顧の礼」の切欠を作る。
「公衡どの」
「元直どのか」
未だに「女学院」の少女たちとは、「真名」を認め合うまでに至っていない。
「字」止まりだった。
そう「真名」。
この世界の女性たちが「公式」に名乗るものであろう「姓」「名」「字」の陰に持っている、女性としての「まことの名」であり、これを呼ばせる事は信頼の証。
実は、正式に入塾していない理由が、黄権に「真名」が無い事にも、原因の1つがあった。
本当に”この”世界に女として生まれていれば、おそらくは其の時に母親からでも名付けられていたであろうが。
そして、互いに「真名」を許し合っている師母と姉妹弟子たちの中に入るには、たとえ偽名でも「真名」らしきものが必要だった。
黄権にとっての「前世記憶」は欠損があった。
厳顔や馬良のように「前世」での知人に直接会えば、姿が変わっていても「本人」だと思い出せるのだが、この先の「歴史」がどう動いていくのかについては、微妙にボケていた。
おそらく、黄権を「ここ」に送り込んだ「天」がその様に「配慮」したのだろう。
しかし、そのボケた状態でも「この」“甲子の年”が、劉備の旗揚げの年でもあった事は、覚えている。
それが、黄権を迷わせていた。
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「手がかりは「水鏡先生」とやらか」
と、関羽。
船着場から襄陽の城内に踏み込んだ劉備1行は、先ず「水鏡先生」の住居を訊ねるべく、その辺りの誰かに質問しようとしていた。
そこへ「お姉ちゃん達「水鏡先生」は何処か?なんて聞いているよね?」
などと、子供の声で声をかけて来た。
牛車に買い物らしきものを満載して、運んでいた男の子。
三国志ファンの一刀には、心当たりがあった。
「坊やは、もしかして「水鏡先生」のところの牛飼い君かな?」
「そうだよ。師母様の御使いの帰りだよ」
……それで、牛に引かれて行くと「水鏡女学院」の看板を門の上にかけた、城内の屋敷に案内された。
(…何でもありだな”この”世界。それに「女」学院だよ…)
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黄権は、自分で自分の「真名」を付けるべきか、どうかに迷っていた。
何より「その真名」を捧げるべき相手は……
それでは続きは次回の講釈で。
次回は『第4席 3顧の礼』の予定です。
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今話と次話に登場する徐庶(真名蛍)のイメージは『サクラ大戦』シリーズのヒロインの1人マリア・タチバナからインスパイアを受けました。CVイメージは高乃麗さんです。