黄権伝   作:高島智明

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第6席 西南への望郷 東北での再会

長城。蜀に生まれ育った「前世」と「現世」を通じて、霧花が初めて見る北の国境。

その長城を片側の地平線に見ながら平行しつつ、黄砂の吹き付ける平原を進んでいた………。

 

……。

 

…その進行方向の地平線から黄砂を巻き上げて、中身は「歴戦」の黄権である霧花には明らかな軍勢が進軍して来る。

 

平原の中でも、人1人と馬1頭が隠れる物陰くらいは在る。

そこから何処の軍勢かを確かめた。

 

旗印から、この幽州の地方軍閥、公孫賛の軍である事を確認する。

進軍方向から見て、反「董卓」の檄(げき)に応えて、帝都の方へ向っているのだろう。

 

もう1つ、重要な事が在った。

公孫軍の中軍で公孫賛自らが率いる白馬隊の後から付いて来る、その1隊。

 

軍装などは公孫軍の中では微妙に浮いているが、けっこう統制はしっかり取れているらしいその隊の、陣頭を誘導しているのは「3顧の礼」の時に見覚えた関羽と張飛だった。

 

そして、その隊の中央、あの時見送った「4輪車」をすぐ後ろにしたがえて騎乗している、その優しげな少女の姿を見止めた時、霧花は思わず飛び出しそうに成った。

(…やっと、ここまで辿り着いた…)

その思いを押し殺して、軍勢を蔭から見守った………。

 

……。

 

…その夕刻、野営の予定地で宿営の準備に追われている公孫賛軍に、霧花は紛れ込んだ。

当然ながら見張りの兵士によって、上官の処に連行されて尋問される。

「我が主君を求めて参った」

 

そう主張する甲冑姿の少女は、結局は段々に上官から上官の元へ送られて行き、最終的に主将である公孫賛(真名白蓮)の天幕まで連行された。

 

「どこで評判を聞きつけて、遥々(はるばる)とやって来たのかな」

そう確かめられて、礼を取った体勢のまま、自分の思うところを口に出す。

「荊州襄陽城におきまして「3顧の礼」を目撃いたし……」

「……ったく、姉妹弟子だってのに。何であの娘だけ、こうも人望があるのかね」

ボヤキみたいな事を言いつつも、劉備軍の天幕まで案内するよう、当番の兵士に命令してくれた………。

 

……。

 

…その兵士は、白蓮に命令された事だけを告げると、霧花を置いて行った。

 

「私は荊州襄陽城にて「3顧の礼」を目撃いたし、我が「真名」を捧げる御方は只御1人と定めました」

「ほう、嬉しい事を言ってくれるではないか」

この関羽の反応も、旧知の関羽らしい。

 

その隣の無邪気そうな張飛。

反対側にいた諸葛亮と鳳統も「はわあわ」言いながら「水鏡女学院」に出入りしていた事を確認してくれた。

 

そして、正面の劉備と其の隣の見知らぬ少年。

「3顧の礼」の時も立ち会っていたが、見覚えが無い。

「前世」での旧知に会って、数語も言葉を交わせば記憶が戻ってくるのだが。

 

それよりも、劉備たちが沈黙している間に「攻め」に出るべきだった。

「主君」に対する礼を失しない様に注意しつつも、霧花は言い出した。

「我が姓は黄、名は権、字は公衡。そして、真名は霧花と申します。

この真名を只御1人のご主君に捧げます」

「黄権だって?!」

少年がなぜか驚いていた。

 

「ご主人様?」

「いや、桃香には、話す時にはちゃんと話すから」

「わかりました。ご主人様を信じます」

 

(…そういうことか…)

「今」の劉備は「少女」なのだから「ご主人様」と呼ぶ相手が居る事もあるだろう。

(…「先帝」は、お妃の御縁に恵まれなされた、とも言い切れかった…)

「今度」の主君には、その意味でも幸福になって欲しい。

 

その「ご主人様」は「黄権」なら多分は信頼出来る、と何故か弁護してくれていた。

 

やがて、劉備は未だ何か言いたそうな関羽を片手で押し止めると、その手で霧花の手を取って立ち上がらせた。

「私は桃香よ。宜しくね。霧花ちゃん」

(…帰って来た。私が戻るべき御方の下へ…)

感涙を隠し切れないでいながら、霧花は心中で1人思っていた………。

 

……。

 

…その夜、宛がわれた天幕の1つから表に出てみた。

この幽州は、後漢13州の中でも東北の端に位置する。

夜風にも黄砂が混じっていた。

 

「黄権」の生まれ育った益州は、13州の中で反対側の西南に位置する。

「蜀の犬は太陽に吼える」などと他国者に言われる程、霧の日が多い。

(…この地が、わが御主君の故郷…)

 

あるいは、その主君に仕えて此の黄砂の吹く地で果てるか。

それでも、あの「前世」よりは後悔すまい。

 

だが現在、その主君は自らの故郷を離れて、まるで蜀に近付いているように西南の方角へと進軍しつつあった………。

 

……。

 

…劉備玄徳の「義軍」は、公孫賛軍とともに尚も進軍して行く。

やがて黄河を渡渉して、その黄河と帝都洛陽に遡(さかのぼ)れる洛水が分かれる「敖倉」で、連合軍に追いついた。

 

連合軍が宿営している間の、空いた場所に設営している公孫賛軍に混じって、劉備軍も設営作業をしていた。

当然に霧花も、自分の指揮下に入った兵士たちとともに作業していた。

 

その途中、ふと霧花が見とめた2人組。

劉備軍の後方支援部隊を采配する簡雍が、この長くも無い間に見慣れる様に成った光輝く衣を纏った少年と談笑していた。

 

この進軍の途上でも「天の御遣い」については聞いていた。

管路の占い。霧花もこの時代の人である。

誰も見た事の無い光り輝く「天の衣」。確かに「前世」の人生経験をしても、見覚えが無い。

そして「桃園の誓い」も「3顧の礼」も、その「天のお告げ」によって成立させたと聞いた。

 

そして、簡雍。

珍しく(?)「前世」通りに男性だった。

劉備の幼馴染み。蜀の臣下たちの殆(ほとん)どと「飲み友達」に成った大らかな人物。

その簡雍の若き日だと、如何にも言えそうな青年が「天の御遣い」と談笑していた。

 

只、簡雍の態度には少し違和感が無いでも無い。

何故か「黄権」のことを知っていそうなのだ。

まさか「天の御遣い」でもあるまいに。

 

やがて、談笑がひと段落して2人が別れた「タイミング」を捕らえて、霧花は声をかけてみた。

「ご主人様」

主君がこう呼んでいるから、それに習っている。

「あれ、霧花…だよね」

「ご無礼でしたか」

「見てたのか。まあ、女の子ばかりの中に居ると、時には男同士の話もしたく成っただけだよ」

 

信用する事にした。

不審な事は幾つかあっても、この「天の御遣い」は主君である桃香に必要だ。

「前世」の人生経験がある霧花には、お似合いの若い2人に見えていた。

 

それに「それどころ」でも無いかも知れない。

眼前には、帝都自体を含めて、少なくとも3つの「難攻不落」の敵城が在る。

しかも、そこには、あの「人中の雄将」が待ちかまえて居るのだから。




それでは続きは次回の講釈で。
次回は『第7席 帝都落月 洛陽は燃えているか』の予定です。
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