黄権伝   作:高島智明

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第8席 天の御遣い

凶馬「的盧(てきろ)」のタタリなのか?

桃香と「天の御遣い」の2人揃って、洛陽城の水堀に落ちてしまい、2人揃って風邪を引いて寝込んでしまった。

 

問題は洛陽で宿営していたのが、馬商人で「義軍」の「スポンサー」の1人でもあった張世平の商家だった事だ。

つまりは不特定多数が出入りする商家であるという事だった。

ただの宿営ならともかく、風邪の様に感染するかも知れない病人を隔離出来る病室が1部屋しか用意出来なかった。

「病人同士で「間違い」も無いだろう」

「間違いが起きても、構わん積もりなのだろう」

微妙過ぎる表情や生暖かい話し方で語り合う仲間たちだった。

 

だがしかし、霧花には別の意味で微妙な問題が存在していた。

これで「間違い」でも起きてしまったら、おそらく桃香と「天の御遣い」は1人で行動しなく成るだろう。

そうなったら、自分の持ち始めている「疑惑」を問い質す機会が無くなってしまう。

 

ある深夜、遂に決意した霧花は、2人の病室に忍び寄った。

 

「…ご主人様…」

隣の寝台の桃香を起こさない様に囁(ささや)きかけると、少女の声だったことと同じ呼び方をした為か、

「…ぷにぷに…」

等と、桃香の夢でも見ているような寝言を言っていた。

 

けれども、やがて夢から現実に意識が戻った様だ。

「君は?!」

と、驚きかけて口に指を当てた仕草を理解したらしい。

 

「ご無礼は承知ですが、どうしても「天の御遣い」様に御伺(おうかが)い致したい事が御座います」

「まいったなあ…俺は「天の御遣い」なんかと思われているけど、何もかも知っている訳じゃないぞ」

「いえ、おそらくは「天」からすべてを見下ろしておいでの御方では無くては、分からぬ事でしょう」

……そして霧花、いや黄権は語り始めた………。

 

……。

 

…霧花が全てを話し終えた時「天の御遣い」北郷一刀は、桃香が未だ眠っている事を確認すると、改めて霧花に話しかけた。

 

「そうだったんだ。霧花は”あの”黄権だったんだ」

「やはり御存知(ごぞんじ)でしたか」

「他の人間だったら、確かに信じられないだろうな。

だけど、俺は俺自身が「この」世界に落ちて来ているからな」

「“天の国”からでしたか」

「まあ、霧花もそう思っていても好いけど。

俺の居た、そうさ、ここでは「天の国」と成っている「世界」には、ある物語が伝わっていた。

そう、霧花いや黄権が経験してきた、黄権や劉備が男だった、そして「天下」が3分されてしまった「歴史」がな。

そんな「歴史」が何冊もの「本」やそれに似た物に成っている、そんな「世界」から俺は落ちて来たんだよ」

 

桃香にも、他の同志にも、ここまでは明言していない「天の国」の秘密。

それを霧花にだけは明かしたのは、ある意味で霧花が「同類」と見たから。

 

「それで納得が出来ました。

それこそ「天の御遣い」でも無ければ、お知りにならない様な事まで御存知かと思えば、

何かが微妙に異なっておりました。

それこそ、私の様に前の「歴史」の方をこそ御存知としか思えない様でした」

 

「でも、桃香たちには混乱させる様な事は言わないでくれるかな。

秘密という程の事でも無いけど、桃香たちにはおそらく、霧花みたいに「前」の劉備たちの記憶は無いだろうから」

 

「承知致しました」

「霧花が桃香に、どういう「義理」があるかは、俺が知っているからさ」

「御意のままに」

霧花は、1礼した。

 

「それで「天の御遣い」様は”この”歴史をどうされる御積もりですか?」

「俺だって、そんなに大それた事を考えている訳じゃ無い。

でも、最悪の歴史だけは避けたいと思う」

「最悪ですか」

 

「霧花は「黄権」だったから知っているだろう。

三国時代の人口は、最悪の時点で「後漢」の5000万人ぐらいから、500万人ぐらいに成ってしまった事を。

尤(もっと)も、俺が知っている事を全て「天のお告げ」にしてしまっても、その最悪の歴史が完全に回避出来るとまで、俺だって出来るとまでは思って居ないよ。

でも「この」時代を生きている桃香たちは、こんなに一生懸命じゃないか。

そんな桃香たちが結局は”この”世界の「歴史」を作っていくんだよ。

俺はせいぜい、その手伝いがしたいと思っている」

「今はそれだけを御伺い致せば、それ以上を問いません」

 

「今1つ「天の御遣い」とは無関係に、桃香様の事をお願いいたします。

「前」の歴史を御存知ならば「先帝」陛下が、お妃様などの御縁に恵まれた御方とも言い切れなかった、その事も御存知でしょう。

「今回の」桃香様が女性(にょしょう)として「ご主人様」に御出会いなされた事が、お幸せに結びつかれる様に願っております」

 

「そうだね。どうやら「フラグ」が立ったみたいだし」

「“ふらぐ”とは?何の意味でしょうか」

「ちょっと失礼かもしれないけれど、勝利すると旗を立てたりするよね。

そういう例えを女の子にしたりする「遊び」があるんだよ。「天の国」には」

 

……知っていたか、いなかったか?桃香は可愛い、そして優しい寝顔を見せ続けていた……

「旧」菫卓軍を壊滅させた後始末を巡って思惑と駆け引きを交叉させる連合軍の中で、いち早く「1番手柄」の代償として『鎮東将軍』の名分を手に入れた曹操が、拠点へと引き揚げると、他の軍も帰国を考え始めた。

そんな時、荊州襄陽「名士グループ」から、劉備軍に届いた情報があった。

益州州牧劉焉(りゅうえん)未だ荊洲にあり、と………。

 

……。

 

…荊州から届いた情報を検討していた時、北郷一刀は「天の御遣い」として、

「これがもしかしたら最後の「お告げ」かも知れない」

とか言いつつも「重大事」を打ち明けた。

 

……例の天子の気は、蜀の王、劉備を予言していたんだ。

 

やはり「伏竜鳳雛」だった。数瞬の驚愕の後は、頭脳が大回転しだした。

「出来ます。劉焉では無く、桃香様が益州の主に成ることは可能です」

「あの「天府の国」なら、桃香様に相応しい国が作れます」

 

北郷一刀にとって、桃香すなわち劉備玄徳を蜀の王にする事自体に迷いは無い。

それが「天の御遣い」の役目とまでの信念の上で「お告げ」を語った。

 

ただ、小さなトゲが内心に無かった訳でもない。

霧花いや黄権は、結局は劉焉が益州の支配に成功した「時代」に成長し、劉焉の息子の劉璋に仕えた。

劉備の「益州侵掠」の時、最後まで劉璋の為に抵抗した「黄権」の記憶を持っている霧花を連れて行くかどうか。

結局は霧花にしか選択は出来ない事だった。

 

だがしかし、本当に「的盧イベント」で「フラグ」を立ててしまったらしく、桃香と一刀は単独行動を取らなくなっていた。

その事自体は、エゴな事を言えば本心から嬉しい事だったが。

 

それでも、益州へ向って出発する前に、霧花と密会する必要があるかも知れなかった。

桃香との「フラグ」が立ってしまった以上「不倫」の様な後ろめたさはあったが。

未だ霧花は劉備軍の行先に関係する重大事、それも、現時点までは身を寄せていた公孫賛すら居ない席での、そうした秘密に関与出来る立場には無い。

 

それでも、文官たちを中心として交渉や工作が始められ、外部にも明らかにすべきところまで明らかにされ出すと、霧花たち中級武将にも相応の発表はなされる。

 

(…この時が来た…)

劉備に仕官してしまえば、増してや「天下3分」を画策した筈の軍師が補佐している以上は、何時かは来る時の筈だった。

「益州侵掠」のその時が。

 

霧花の中では攻めぎ合っていて当然だった。

何もかもが懐かしい蜀「四川」の山河。

「劉備」に仕える以前の「黄権」の前半生。

そして「劉備」への抵抗。

更には「現世」の最初に、巴郡まで「帰り」厳顔という「旧知」に「再会」しながら逃げ帰ってしまった時の激情。

全て、忘れる事など出来ない!!

 

(…だが!それでも…)

我が主君「劉備玄徳」とともに「蜀」へ帰る。他にどうする事も出来ないでは無いか。




それでは続きは次回の講釈で。
次回は『第9席 幼馴染の あの山 この川』の予定です。
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