黄権伝   作:高島智明

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少しの間、投稿が空きましたが、本伝に当たる『簡雍酔夢』の先行しての投稿を優先した為です。
これより、この外伝的中編のクライマックスへと展開します。


第9席 幼馴染の あの山 この川

結局「的盧イベント」で「フラグ」を立ててしまった北郷一刀と桃香は、単独行動を取る事が無くなっていた。

したがって、他の少女との「密会」の機会など無かった。

一刀自身にも「浮気」の積もりなら無かっただろうが………。

 

……。

 

…やがて、朝廷から「益州州牧」の印綬を受けて、劉備軍は帝都洛陽を出立した。

 

東北の幽州へ帰る公孫賛軍とは黄河の畔の「敖倉」で別れ、取り敢えずは南の荊州へ転進する。

 

出立までのあれやこれやから、行軍→宿営→行軍の繰り返しに成って、ようやっと落ち着いて来ていた………。

 

……。

 

…そして数日。

明日は曹操軍の拠点で、曹操の接待を受ける予定に成っていた。

すでに今夜の野営地は曹操の管轄下だった。

 

行軍と宿営が「ルーチンワーク」に成って来たこの数日は、出立前に比較すれば精神的にも余裕が出来ていた。

その中で、一刀はとある懸案事項に付いて考える余裕が出来ていた。

 

その晩の夕食後、当然ながら桃香を始めとして主だった同志たちが集まっているが、その天幕の中に一刀は霧花を呼び込ませた。

(…事前の打ち合わせは出来なかったけど「中身」は人生経験も充分な「黄権」だから、臨機応変に頼むよ…)

 

「唐突だけど、霧花には大事な事だろうから。

俺は「天の御遣い」だから知っていたんだけど、霧花にも、実は1度だけ桃香たちにも内緒で確かめてみたんだけど、霧花には「蜀」つまり益州の土地や其処にいる人たちについて、かなり思い入れがあるんだ。

その理由は、出来れば聞かないでやって欲しい。

でも、霧花が劉備いや桃香に対する忠誠心は、同じ理由から信じられると思う。

だから、桃香が蜀の主になった後で国主である桃香と蜀の国を同時に守る戦いに成ったら、必ず懸命に戦ってくれる。

それは信じてやって欲しいんだ」

 

強引な論法である。

おそらく説得するのが一刀で説得されるのが桃香で無ければ、通用しなかったかも知れないが、

「私は霧花ちゃんを疑ったりしません。ご主人様にそんな風に思われる方がキライです」

などと、むしろ河豚に成りかけていた。

同席していた愛紗たちも、これでは何も言えなかった。

 

只、作戦を預かる側からすれば実際問題が在る。霧花を直接に前線へ出すかどうかだ。

「はわ…分かりました」

霧花「クラス」の中級指揮官には、前線以外にも不可欠な任務が幾つか有った。

 

霧花当人はといえば、主君”たち”「かっぷる」に平伏して、感涙を流していた。

(…やはり、この御方は「あの」陛下だった…)

その霧花の内心を知るのは「天の御遣い」と後1人だった………。

 

……。

 

…劉備軍は荊州襄陽へと、更に進軍して行く。

 

「3顧の礼」で迎えた軍師を連れて出発して来た「あの」時の城門に、あの時も見送りに来た徐庶(真名蛍)が馬良(真名胡蝶)を連れて出迎えに来ていた。

 

「蛍先輩ただいま」

「あ…胡蝶ちゃんも」

 

ここの城門の外に、劉備軍は暫く宿営して待機する事に成った。

「益州侵掠」には「荊州名士グループ」の協力が不可欠なのだから。

 

この待機の間に「水鏡女学院」を始めとする「荊州名士グループ」から、劉備軍に仕官する者たちがあり、彼女たちの地域社会への影響力から当地の志願兵で兵力を増強する事も出来た。

 

その待機の間、霧花の様に「3顧の礼」の時点で女学院に出入りもしていて、その後劉備軍に仕官していた者は宿営地と女学院を往復して連絡に務める事に成った。

 

その間に塾生達とは、少なくとも桃香に仕えて益州に同行する事にした蛍や胡蝶たちとは、真名で呼び合うように成っていた………。

 

……。

 

…そんな待機の日々がしばし過ぎた頃。今日も霧花は「お使い」のために女学院を訪問していた。

「霧花」

「蛍どのか」

「客人が参られた。さっきまで師母が応対なされていたが、桃香様の所へ案内して欲しい」

 

水鏡先生の「応接室」で紹介された「客人」は、霧花にとっては動揺を隠さねばならない相手だった。

 

「わが姓は法、名は正、字は孝直。そして真名は狭霧と申します。

四川には、雲や霧にちなんだ「真名」は珍しくありません。

「蜀の犬は太陽に吼える」等と悪口も言われますが、それだけ水が豊かで農耕には有利なのです。

益州は「天府」です」

 

その「天府の国」の主に劉備玄徳が相応しいか否かを見極めに来た法正(真名狭霧)だが、どうやら桃香の魅力は、その狭霧まで誑かしてしまったらしい。

桃香本人以外はその事にはホッとしたものの、実は狭霧の真名に「霧」があった事に、微妙な心配をした者が3人だけいた。

 

尤も一刀には、桃香がもうそんな「細かい事」よりも霧花を信じる事にした事が理解出来る様に成っていた。

そして、霧花は霧花で桃香に仕えている事での安心感もあって、法正を懐かしがる感情の方が強くなっていた。

更には、簡雍は何も言わなかった。

 

やがて、狭霧たち「益州名士グループ」の中の「劉備派」というべき「グループ」との連携も出来上がり、新任の益州州牧の軍は荊州水軍の提供した船団、水鏡先生たち「荊州名士グループ」が、荊州州牧に提供させたとも言う、船団に便乗して長江を遡(さかのぼ)って行った………。

 

……。

 

…当然ながら、霧花もその中の1船に乗っている。

やがて、その船は「あの地」の沖合いを通り過ぎた。

「前世」において、余りにも多くを失ってしまった「あの地」

そして、いかなる「天」のいたずらか「あの地」からやり直す事の出来た「その」場所。

その沖を通り過ぎて、霧花が身を託した船は益州へと進んで行った………。

 

……。

 

…やがて「三峡」の渓谷に入り込む。

幽州や荊州出身者が多い劉備軍が其の光景に感嘆している中で、霧花は「黄権」に戻っていた。

 

さらに進むと、渓谷の向こう側の天地が開けた。

「四川」と名付けられた盆地の周囲を山脈が囲み、その山脈が雲や霧にかすむ。

そうした「山水」から流れ出てくる「四川」の名の由来となる幾本もの流れが長江に合流し「天府」と呼ばれる山脈に囲まれた内側に抱かれて拡がる平原を潤おす。

 

その光景の何もかもが、みんな懐かしい。

その「故郷」から1度は逃げ出した霧花だった、だがしかし、

(…今度こそ帰って来た。互いに「信じ合った」我が主君と共に…)

もう2度とは逃げまい。1人決意する霧花だった………。

 

……。

 

…やがて、狭霧たち「益州名士の劉備派」が確保していた地点まで船団は到達して、桃香や一刀たちは上陸し始めた。

霧花もその中にいた。

 

踏みしめる大地は「四川」の川が、周辺の山脈から運んできた土が積もったもの。

やはり黄砂の降り積もった幽州や洛陽の土とは感触が微妙に異なっていた。

 

「残念です。巴城の頑固(がんこ)者たちは説得出来ませんでした」

狭霧の報告に桃香や一刀も残念そうだった。

兵法は「戦わずして勝つ」事を進めるが、それ以前に桃香は「蜀の王」に成るために来たのであって、戦いに来たのでは無い。

更に言えば元々”この”桃香は、戦わずに済むなら、という「点」では「前世」の劉備以上なのだから。

 

霧花にしても、今更、厳顔と戦いたい理由など有り得なかった。

 

「伏竜鳳雛」が「はわあわ」言いつつも、極小の犠牲で降伏させる戦術をあみだそうとしてはいたが。

 




それでは続きは次回の講釈で。
次回は『第10席 豪天砲VS8陣図』の予定です。
*
ご意見ご感想をお待ちしております。

今回の各話タイトルは『誰か故郷を想わざる』の中のフレーズです。
その為「歌詞使用のガイドライン」に基づきまして、歌詞コードを入力致します。
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