空を駆け 影に潜みて 敵解つ   作:エルンストレーム総統

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第17話

 

 

 

 

 

 

 トロスト区兵団支部内にある訓練場には、五人しかいなかった。

 

 

 エルヴィン・スミス、リヴァイ、ハンジ・ゾエ、ミケ・ザカリアス。そして、カイ・シュナイダー。

 

 

 普段であれば、調査兵が立体機動の調整や格闘訓練を行う場所である。木製の標的、古びた訓練用の丸太、刃を潰した訓練用ブレード、壁際に積まれた木箱。そういったものが、整然と並んでいる。

 

 

 だが、今は人払いが済んでいた。

 

 

 訓練場の出入り口には誰も立っていない。窓の外にも人影はない。偶然近づく兵がいれば、別の用事を与えられて遠ざけられることになっている。

 

 

 それだけ、この場で行われることは外に漏らせないものだった。

 

 

(さて……)

 

 

 カイは、訓練場の中央で軽く息を吐いた。

 

 

 昨日、調査兵団幹部の前で『脱兎』を見せた。そこから話は早かった。

 

 

 王政へは明かさない。憲兵団にも渡さない。調査兵団の管理下で、秘匿して運用する。

 

 

 その方針が定まった上で、今日は実演である。

 

 

(見せるのは、呪力強化、『脱兎』、影収納、簡易結界。それから『玉犬・渾』。伏せるのは『御厨子』、『鵺』、『満象』、領域展開、反転術式、原作知識、『道』での接触……そんなところか。いや、領域展開と反転術式は明かそう。『縛り』の内容を考えれば、名前だけ明かすだけでも効果がありそうだな)

 

 

 頭の中で、見せるものと見せないものを整理する。

 

 

 特に『御厨子』は駄目だ。不可視の斬撃で巨人も人間も切断できるなど、初回の実演で明かすには危険すぎる。

 

 

 調査兵団を信用したとはいえ、全てを差し出すつもりはない。

 

 

 エルヴィンたちも、それを理解しているはずだった。彼らも、自分に全てを明かしているわけではない。

 

 

 互いに手札を全て見せる段階ではない。

 

 

「始めてくれ」

 

 

 エルヴィンが静かに告げた。

 

 

 その声に、リヴァイは壁際へ背を預けたまま目だけをカイへ向ける。ハンジは腕を組み、興味の色を隠さずに見ている。ミケは、少し離れた場所で腕を組んだまま、鼻を小さく鳴らした。

 

 

「では、まず前提から説明します」

 

 

 カイは四人を見回し、ゆっくりと言葉を選ぶ。

 

 

「皆さんには、恐らく『呪力』そのものは見えませんし、感じ取れません」

 

 

「昨日の兎は見えたけど?」

 

 

 ハンジが尋ねる。

 

 

「あれは、『呪力』そのものではなく、『術式』によって形を持たせたものです。だから目で見えます。けど、その元になっている力そのものは、基本的に見えないし感じ取れないはずです」

 

 

「巨人の力とも違うんだったね」

 

 

「はい。巨人の力とは別物です」

 

 

 カイは頷いた。

 

 

「なので、最初は『結果』を見せます。何かを感じるのではなく、実際に何が起こるのかを見て判断してください」

 

 

「分かりやすいな」

 

 

 リヴァイが短く言った。

 

 

「つまり、理屈は後でいい。何ができるかを先に見せるってことだろ」

 

 

「その方が早いでしょう」

 

 

 カイはそう答えると、訓練場の端に置かれていた丸太の前へ歩く。

 

 

 大人の胴ほどもある太さではない。だが、訓練用として使うには十分な太さと硬さがある木材だ。普通なら、斧や鋸を使って割る。

 

 

 カイは、その前に立った。

 

 

「今からするのは、単純な身体強化です。筋力だけを上げるというより、身体全体を呪力で補強し、出力を上げるものだと思ってください」

 

 

「補強?」

 

 

「身体は、力を出せば壊れます。拳で硬いものを殴れば、先に拳が壊れることもある。けど、呪力を通せば、出力を上げつつ身体の破損も抑えられる」

 

 

「なるほど。筋力増強と防御補助を同時に行うようなものか」

 

 

 エルヴィンが言う。

 

 

「大雑把には、そうです」

 

 

 カイは右手を握った。

 

 

 呪力を拳へ流す。

 

 

 だが、四人の目には何も見えないはずだ。光も無い。熱も無い。空気が鳴る訳でもない。

 

 

 ただ、カイの身体の内側で力が巡る。

 

 

 足の裏で地面を捉え、腰を落とし、肩から肘、肘から拳へと力を繋ぐ。

 

 

 そして、丸太へ向かって拳を叩き込んだ。

 

 

 鈍い音が響いた。

 

 

 直後、丸太の中心が陥没し、亀裂が蜘蛛の巣のように走った。次の瞬間、木材は内側から割れるように砕け、幾つかの破片となって地面へ散らばる。

 

 

「……」

 

 

 ハンジの目が細くなる。

 

 

 リヴァイは、顔色一つ変えない。ただ、先ほどより僅かに重心が変わっていた。

 

 

 ミケは、鼻を鳴らした。

 

 

「今、何かしたようには見えなかった」

 

 

 ハンジが呟く。

 

 

「けど、結果だけを見るなら、明らかに普通の腕力じゃない。拳は?」

 

 

「問題ありません」

 

 

 カイは拳を開き、四人へ見せる。

 

 

 赤くもなっていない。皮膚が裂けた様子も無い。

 

 

「痛みは?」

 

 

「多少は。ただ、骨が折れるようなものではありません」

 

 

「つまり、殴る力だけじゃなく、殴った側の保護もしている」

 

 

「そうです」

 

 

 ハンジは、カイの拳と砕けた木材を交互に見た。

 

 

 その目は、巨人を前にした時のような熱狂ではない。未知の現象を観察する研究者の目だった。

 

 

「次に、移動を見せます」

 

 

 カイは訓練場の端へと歩いた。

 

 

 十数メートルほど離れた位置に、木製の標的がある。人型ではない。ただの訓練用標的だ。

 

 

「立体機動装置は使いません」

 

 

 そう言うと、カイは軽く膝を曲げた。

 

 

 そして、踏み込む。

 

 

 地面を蹴った音が、遅れて響いた。

 

 

 カイの身体が、一直線に標的の前へ滑るように移動する。走ったというより、地面を弾いたような動きだった。

 

 

 標的の前で急停止し、カイは軽く手を添える。

 

 

「短距離なら、こういう動きもできます」

 

 

「今のは、立体機動とは別物だな」

 

 

 リヴァイが言う。

 

 

「はい。あくまで身体能力と身体操作です。長距離移動には向きません。ですが、近距離で間合いを詰めるには使えます」

 

 

「人間相手にも使えるな」

 

 

 リヴァイの目が細くなった。

 

 

 問いではない。確認だった。

 

 

「使えます」

 

 

 カイは誤魔化さなかった。

 

 

「だから、使う相手は選びます」

 

 

「選ばなかったら?」

 

 

「その時は、俺は人類の敵になるかもしれませんね」

 

 

 答えた瞬間、空気が少し重くなった。

 

 

 リヴァイの目が、カイを真正面から捉える。

 

 

 数秒。沈黙が落ちる。

 

 

 やがてリヴァイは、鼻を鳴らした。

 

 

「分かってるならいい」

 

 

 短く言って、それ以上は踏み込まなかった。

 

 

「もう一つ、見せます」

 

 

 カイは訓練場の横にある建物へ目を向けた。

 

 

 石造りの壁。支部の訓練場に隣接する建物で、高さはそれなりにある。立体機動なら簡単に登れるが、当然、今のカイは装置を使わない。

 

 

「まさか、登るのかい?」

 

 

 ハンジが言う。

 

 

「登るというより、壁を足場にします」

 

 

 カイは壁へ向かって走った。

 

 

 そのまま壁に片足を着ける。

 

 

 普通なら、そこで身体は落ちる。足を壁につけたところで、重力には逆らえない。

 

 

 だが、カイは落ちなかった。

 

 

 壁を蹴り、身体を反転させるように跳ねる。さらに反対の足を壁へ叩き込み、また跳ねる。

 

 

 立体機動装置のアンカーもガスも無い。ワイヤーも無い。ただ壁を足場にして、カイの身体が連続して上へ移動していく。

 

 

 連続した蹴りと重心移動。壁を走るというより、壁を利用して跳ね続けている。

 

 

 数度の反転を繰り返し、カイは建物の上部に手を掛けた。

 

 

 そして、すぐに壁を蹴って訓練場へ戻る。

 

 

 地面に着地した時、訓練場には短い沈黙があった。

 

 

「……立体機動装置なしで、あれをやるのか」

 

 

 エルヴィンが言う。

 

 

 声は落ち着いているが、その目には明確な計算がある。

 

 

「壁外でガスが切れた時、ある程度は生存率を上げられるかもしれません」

 

 

「ある程度、ね」

 

 

 ハンジは建物の壁を見上げる。

 

 

「普通の人間なら、壁に足を置いた瞬間に落ちる。踏み込んだ時の力、身体の反転、着地の衝撃……それを全部処理しているわけだ。筋力だけじゃない。身体の使い方も、かなり無茶をしている」

 

 

「無茶はしています。けど、呪力で補強すれば、ある程度は通ります」

 

 

「ある程度、という言葉が多いな」

 

 

 ミケが静かに言った。

 

 

「万能ではないので」

 

 

 カイは答える。

 

 

「長く続ければ疲れますし、呪力も消費します。無限にできるわけじゃありません」

 

 

 それを聞き、エルヴィンは軽く頷いた。

 

 

 強力だが無限ではない。便利だが制限がある。そこをカイ自身が理解していることが、彼にとって重要だった。

 

 

「次は、昨日見せたものに近いです」

 

 

 カイは両手を軽く合わせる。

 

 

「『脱兎』」

 

 

 足元の影が揺れた。

 

 

 そこから、白い兎が一匹、二匹、三匹と飛び出してくる。瞬く間に数は増え、訓練場の一角を白い毛並みが埋め始めた。

 

 

 兎たちは、足元を跳ね、木箱の陰へ潜り、標的の周囲を回り、時折こちらを見上げる。

 

 

 ハンジは膝を折り、近くに来た一匹をじっと見た。

 

 

「触っても?」

 

 

「噛みはしません。ただ、乱暴にはしないでください」

 

 

「分かってるよ」

 

 

 ハンジは、ゆっくりと手を伸ばして兎の背を撫でた。

 

 

 兎は逃げず、耳を揺らす。

 

 

「温かい。毛もある。呼吸もしているように見える。……でも、普通の兎じゃない」

 

 

「普通の動物ではありません。俺の術式で形を持たせているものです」

 

 

「食事は?」

 

 

「必要ありません」

 

 

「怪我は?」

 

 

「攻撃を受ければ消えます。ただ、個体として死ぬというより、術式が解ける感覚に近いです」

 

 

「数はどれくらい出せる?」

 

 

「状況によります。『脱兎』は燃費が良いので、数を出しやすい。ただし、直接の攻撃力は低いです」

 

 

 カイは足元の脱兎を一匹抱え上げる。

 

 

「使い道は、撹乱、視界妨害、囮、足止め、簡単な索敵です。巨人相手なら、注意を散らす程度ですね」

 

 

「邪魔にはなるな。敵にも味方にも」

 

 

 リヴァイが言う。

 

 

「はい。使い所を間違えると、味方の視界も潰します」

 

 

「なら、勝手に出すな」

 

 

「そのつもりです」

 

 

 カイは答え、脱兎を地面へ戻す。

 

 

 ミケは兎の一匹を見下ろし、鼻を鳴らした。

 

 

「獣の匂いはする。だが、普通の兎とは違う」

 

 

「ミケ分隊長は、かなり鋭いですね」

 

 

「匂いは嘘をつかん」

 

 

「多分、呪力そのものを嗅いでいるわけではないと思います。式神が形を持ったことで生じる匂いか、俺が術式を使う時の呼吸や気配の変化を拾っているんでしょう」

 

 

「分からん。だが、違うことは分かる」

 

 

「それで十分です」

 

 

 カイは『脱兎』を解除する。

 

 

 白い兎たちは、足元の影へ溶けるように消えていった。

 

 

 その光景を、四人は無言で見届ける。

 

 

 昨日見たものとはいえ、改めて見れば、やはり異常である。

 

 

「次は、収納です」

 

 

 カイは腰に下げていた訓練用ブレードを一本抜いた。

 

 

 本物の刃ではない。訓練用の、刃を潰したものだ。

 

 

「影に物を入れます」

 

 

 そう言うと、カイはブレードを足元へ落とした。

 

 

 ブレードは地面へぶつからなかった。

 

 

 足元の影に触れた瞬間、まるで水面へ沈むように、黒い面の中へ吸い込まれていく。

 

 

 ハンジの目が僅かに見開かれた。

 

 

「……今、どこへ?」

 

 

「俺の影の中です」

 

 

「中はどうなってる?」

 

 

「詳しくは分かりません。ただ、入れた物は保存できます。腐りにくいし、傷みにくい」

 

 

「生き物は?」

 

 

「基本的には入れません」

 

 

「入れない?」

 

 

「入れようと思えば、条件次第では入るかもしれません。ただ、試すつもりはありません」

 

 

「賢明だね」

 

 

 エルヴィンが言った。

 

 

 カイは頷く。

 

 

「便利ですが、制限があります。影に入れた物の重量は、俺が負担します」

 

 

「負担する?」

 

 

 ハンジが問う。

 

 

「はい。例えば重い荷物を大量に入れれば、その分だけ俺の身体に負荷が掛かる。無限に入れられるわけではありません。重い物を入れたまま戦えば、機動力も落ちます」

 

 

「つまり、見えない荷物を背負っているようなものか」

 

 

「近いです」

 

 

「ブレードや小物なら?」

 

 

「問題ありません」

 

 

 カイは影から先ほどのブレードを取り出した。

 

 

 何事もなかったように、手元へ戻る。

 

 

 リヴァイは、それを見ながら目を細めた。

 

 

「武器を持っていないようにも見せられるな」

 

 

「できます」

 

 

「人間相手に使えば厄介だ」

 

 

「だから、王政には明かしたくありませんでした」

 

 

 カイは、正面から答えた。

 

 

 リヴァイは何も言わなかった。

 

 

 ただ、その沈黙は、理解の沈黙だった。

 

 

「次は、結界術です」

 

 

 カイは訓練場の床に視線を落とす。

 

 

「ただし、これも万能ではありません。今の俺にできるのは、簡単な目隠しや遮音、小範囲を区切る程度です」

 

 

「閉じ込めることは?」

 

 

 リヴァイが問う。

 

 

「今の俺では、そこまで強固なものは無理です。少なくとも、巨人や熟練兵を確実に閉じ込めるようなものは作れません」

 

 

「今は、か」

 

 

「はい。理論上は、もっと上があります。ですが、俺の実力が足りない」

 

 

 カイは、訓練場の一角へ歩く。

 

 

 そして、指先で空中をなぞるように動かした。

 

 

 四人の目には、やはり何も見えない。

 

 

 だが、次の瞬間、僅かに音が変わった。

 

 

 訓練場の外から聞こえていた遠い足音、風の音、木材が軋む音。それらが薄い布を一枚挟んだように鈍くなる。

 

 

 ハンジが顔を上げた。

 

 

「音が……薄くなった?」

 

 

「簡易的な遮音です。完全には消せません」

 

 

 ミケが鼻を鳴らす。

 

 

「匂いも薄い」

 

 

「外と内を少し区切っています。匂いも、多少は遮れます」

 

 

「この力があるから、君は今まで隠し通せたのか」

 

 

 エルヴィンが問う。

 

 

「一部は。ですが、万能ではありません。人目を完全に誤魔化せるわけでもないし、広範囲を長時間覆うのは難しいです」

 

 

「だが、秘匿した訓練や会話には使える」

 

 

「はい」

 

 

 エルヴィンは、そこで一つ息を吐いた。

 

 

 戦闘力だけではない。

 

 

 情報を隠す力。場所を区切る力。目撃者を減らす力。

 

 

 カイの力は、単に巨人を倒すだけのものではなかった。

 

 

「最後に、戦闘用の式神を見せます」

 

 

 カイは、結界を解除する。

 

 

 鈍くなっていた音が戻る。

 

 

 訓練場の空気が、少しだけ変わった。

 

 

 リヴァイが壁から背を離す。

 

 

 ハンジも、表情を引き締めた。

 

 

 ミケは無言で鼻を鳴らす。

 

 

 カイは、木製の巨人標的へ目を向けた。

 

 

 昨日のうちに用意されていたものだ。通常の標的よりも大きく、首の後ろ、『うなじ』に当たる部分には硬い木板が重ねてある。

 

 

「『脱兎』は撹乱向きです。ですが、こちらは違います」

 

 

 カイは両手を組んだ。

 

 

 影が足元で揺れる。

 

 

「『玉犬・渾』」

 

 

 影の中から、黒い獣が現れた。

 

 

 犬、と呼ぶには大きい。狼に近い。だが、ただの狼ではない。

 

 

 黒い毛並み、鋭い牙、爪。地面へ降り立った瞬間、訓練場の空気が張り詰めた。

 

 

 先ほどの『脱兎』とは違う。

 

 

 明確に、戦うための存在だった。

 

 

 リヴァイの足が、僅かに開く。

 

 

 いつでも動ける姿勢。

 

 

 ハンジは息を呑み、しかし声を荒げることはなかった。視線は玉犬・渾の牙、爪、足運び、カイとの距離を追っている。

 

 

 ミケは、眉を少し動かした。

 

 

「犬の匂いはする。だが、犬じゃない」

 

 

「式神です。普通の獣ではありません」

 

 

 カイは答える。

 

 

「元々は白と黒、二匹の玉犬でした。ですが、俺は白を永劫呼び出せない代わりに、その能力と術式を黒へ継承させました。それが『玉犬・渾』です」

 

 

「代償を払って強化した、ということか」

 

 

 エルヴィンが問う。

 

 

「そうです。呪術には、そういう考え方があります」

 

 

「その代償は戻せるのか」

 

 

「戻せません。少なくとも、俺は戻せないものとして扱っています」

 

 

 エルヴィンは、玉犬・渾を見る。

 

 

 永劫召喚できない。つまり、カイはこの力を得るために、持っていた手札の一つを永久に捨てた。

 

 

 その事実は、彼がこの力を軽々しく扱っていないことを示していた。

 

 

「やれ」

 

 

 カイが短く命じた。

 

 

 玉犬・渾が地を蹴る。

 

 

 速い。

 

 

 地面を走ったというより、影が滑ったように見えた。

 

 

 木製の巨人標的へ一気に迫り、跳ぶ。

 

 

 牙が、『うなじ』に当たる硬い木板へ突き立った。

 

 

 木が裂ける音が響く。

 

 

 次の瞬間、重ねられた木板がまとめて砕け、標的の首元が抉り取られた。

 

 

 玉犬・渾はそのまま標的の背を蹴り、カイの横へ戻る。

 

 

 訓練場には、砕かれた木片が散らばっていた。

 

 

「……巨人のうなじを狙えるな」

 

 

 エルヴィンが言った。

 

 

「条件が整えば」

 

 

 カイは答える。

 

 

「巨人は大きく、腕も長い。真正面から突っ込ませれば掴まれる可能性もある。ですが、視界外から、足元から、屋根や建物を使って接近させれば、『うなじ』を狙えます」

 

 

「索敵は?」

 

 

 ハンジが尋ねる。

 

 

「できます。匂いを追えます。人間も、巨人も、血も。追跡にも使えます」

 

 

「命令はどこまで理解する?」

 

 

「かなり細かく理解します。ただ、言葉の意味を人間のように考えているというより、俺の命令と意図に従う感覚です」

 

 

「傷ついたら?」

 

 

「消えるか、戻します。再度顕現には呪力が要ります」

 

 

「距離は?」

 

 

「離しすぎると制御が落ちます。正確な距離は、状況次第です」

 

 

「人間にも使えるな」

 

 

 リヴァイが言った。

 

 

 先ほどと同じ問いだった。

 

 

 だが、今度は拳ではない。

 

 

 この牙と爪が、人間へ向いた場合の話だった。

 

 

「使えます」

 

 

 カイは答えた。

 

 

「玉犬・渾なら、普通の人間を殺すことは容易いです」

 

 

「それを分かってて出したんだな」

 

 

「はい。だからこそ、ここで見せました。危険性を理解して貰う必要があると思ったので」

 

 

「味方を襲う可能性は?」

 

 

「俺が命じなければ襲いません。ですが、俺が判断を間違えれば、味方を傷つけることはあり得ます」

 

 

 カイは玉犬・渾の頭に手を置く。

 

 

「だから、敵味方の区別は俺が絶対に間違えないようにする必要があります」

 

 

「絶対、ね」

 

 

 リヴァイの声は冷たい。

 

 

「その言葉を簡単に使うな」

 

 

「……はい」

 

 

「間違えたら?」

 

 

「その時は、俺が責任を取ります」

 

 

「責任で死んだ奴は戻らねぇ」

 

 

 リヴァイの言葉は、刃のようだった。

 

 

 カイは、返す言葉を探さなかった。

 

 

 その通りだったからだ。

 

 

「肝に銘じます」

 

 

 それだけを答える。

 

 

 リヴァイは、しばらくカイを見ていた。

 

 

 やがて、視線を玉犬・渾へ戻す。

 

 

「少なくとも、制御はしているようだな」

 

 

「はい」

 

 

 カイは頷いた。

 

 

 玉犬・渾は、カイの横で静かに座っている。牙を剥くことも、勝手に歩き回ることもない。

 

 

 ただ、そこにいるだけで、訓練場にいる全員へ戦闘用であると理解させていた。

 

 

「他にも、同じようなものがあるのか」

 

 

 エルヴィンが問う。

 

 

 カイは、少し考えてから答えた。

 

 

「あります。ただし、今ここで見せるには向いていません」

 

 

「理由は?」

 

 

「場所の問題、規模の問題、それから秘匿の問題です」

 

 

 嘘ではない。

 

 

 『鵺』は飛ぶ。見せれば空中偵察や立体機動補助に使えると即座に理解されるだろう。

 

 

 『満象』は論外だ。水量も質量も大きすぎる。こんな訓練場で見せるものではない。

 

 

「今見せたもので、全てではないということだね」

 

 

 ハンジが言う。

 

 

「全てではありません。ただし、今ここで見せられるものは、これでほぼ全てです」

 

 

「ほぼ?」

 

 

「呪術には、さらに上の技術があります。『反転術式』や『領域展開』と呼ばれるものです。ただ、今の俺には実力が足りない。理屈として知っていても、実演できる段階ではありません」

 

 

「反転……領域……」

 

 

 ハンジが小さく呟く。

 

 

「詳しく聞きたいところだけど」

 

 

「俺も使えません。説明も、知識として知っている範囲に留まります」

 

 

「つまり、現時点では運用できない」

 

 

 エルヴィンが言う。

 

 

「はい」

 

 

「分かった。今は、使える力について考えるべきだな」

 

 

 カイは内心で息を吐いた。

 

 

 『御厨子』には触れていない。

 

 

 今の説明で、幹部たちの意識は未習得の高等技術へ向いたはずだった。

 

 

 エルヴィンは、しばらく黙っていた。

 

 

 訓練場に散らばる木片、砕かれた標的、カイの横に座る黒い式神、消えた兎、影に沈んだブレード、遮音の結界。

 

 

 それらを順に見て、静かに口を開く。

 

 

「カイ・シュナイダー」

 

 

「はい」

 

 

「改めて、こちらの方針を伝える」

 

 

 エルヴィンの声に、カイは背筋を伸ばした。

 

 

「君の力は、王政には報告しない。憲兵団にも渡さない。当面は、調査兵団の管理下で秘匿する」

 

 

 カイは、黙ってその言葉を聞いた。

 

 

「検証は、君の同意を得た上で行う。記録は幹部限定とし、詳細な名称や不用意な表現は残さない。ハンジの記録も、私の管理下に置く」

 

 

「分かりました」

 

 

「作戦での使用は、私の指示、または緊急時に限る。君を通常兵士として扱う場面もあるが、この力に関しては必要時の特殊戦力として扱う」

 

 

「命令系統には従います。ただし、呪術の全てを無条件で開示することはできません」

 

 

「ああ。それで構わない」

 

 

 エルヴィンは頷いた。

 

 

「こちらも、君に全てを明かしている訳ではない。互いに段階を踏むべきだ」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 カイは、短く礼を言う。

 

 

 その瞬間、リヴァイが口を開いた。

 

 

「調子に乗るなよ」

 

 

 短い言葉だった。

 

 

 だが、訓練場の空気が引き締まる。

 

 

「その力で味方を巻き込んだら、俺がお前を斬る」

 

 

「……はい」

 

 

 カイは、リヴァイを見る。

 

 

「その時は、お願いします」

 

 

「頼まれなくてもやる」

 

 

 リヴァイは、それだけ言って視線を外した。

 

 

 ハンジは小さく息を吐き、ミケは無言でカイと玉犬・渾を見ている。

 

 

 エルヴィンは、最後にもう一度だけ砕かれた標的へ目を向けた。

 

 

 人類にとって、巨人は絶対の脅威だった。

 

 

 その巨人とは別の理屈で動く力が、今、調査兵団の内側へ置かれた。

 

 

 それが希望になるのか、災いになるのかは、まだ誰にも分からない。

 

 

 ただ一つ確かなことは、カイ・シュナイダーという異常が、王政へ渡されることなく、調査兵団の手の中に留められたということだった。

アンケート第2回です。見た感じ、半分程度の方が、「私に委任する」という立場のようで……。この様子だと、3回目は不必要ぽいかな?取り敢えず、また好きな所に投票してください。後、恋愛要素って要ります?「作者に展開は委任する」立場の方は、①と②に投票してください。原作の展開的に、ヒロインはユミルやクリスタになるかも。

  • 57回壁外調査 女型に先制攻撃
  • 57回壁外調査 リヴァイ班と共闘
  • ストヘス区 女型本体を生身で捕獲
  • ウトガルド城 ユミル巨人化と共に大暴れ
  • 王政編 リヴァイと共にケニー戦
  • 王政編 反転術式でケニーを治癒
  • マリア 区内で鎧と超大型と交戦
  • マリア エルヴィンとアルミンを反転治癒
  • グリシャの手記と共に呪術公開
  • マーレ襲撃で大暴れ
  • ①恋愛要素は必要
  • ②恋愛要素は不必要
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