青春を求めて実力主義の教室へ   作:リリリリら

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二十五話

高度育成高等学校の敷地内には、肌にまとわりつくような湿気と、本格的な夏の気配が漂い始めていた。

 

ジリジリと照りつける太陽と、遠くで鳴り始めた蝉の声。

 

だが、1年Dクラスの教室には、そんな夏の開放感とは無縁の、ピリピリとした緊迫感が張り詰めていた。

 

「来週から、一学期の期末テストが始まる。お前たちも分かっているとは思うが、この学校におけるテストは、赤点を取れば即退学というシビアなものだ」

 

朝のホームルーム。教壇に立つ担任の茶柱佐枝は、冷酷な目で生徒たちを見回しながら、期末テストの概要を淡々と説明していた。

 

「前回のテストは、お前たちも知っての通り『過去問』という抜け道が存在した。だが、今回の期末テストは純粋な学力テストだ。出題傾向は完全に刷新されており、過去のデータは一切通用しないと思え。……自らの頭で考え、基礎から応用までを完全に理解していなければ、赤点を回避することは不可能だぞ」

 

その言葉に、教室の空気が一段と重くなった。

 

池や山内といった勉強の苦手な生徒たちが、「マジかよ……」「過去問使えねえのか……」と絶望の声を漏らしている。

 

(……なるほど。前回の『過去問の丸暗記』という裏技は、今回は完全に塞がれたわけか)

 

俺――呉 刃叉羅は、シャーペンを回しながら静かに状況を分析していた。

 

茶柱先生のあの口ぶりからして、今回は本当にハッタリや引っかけのない、純粋な学力勝負になるのだろう。中間テストで過去問という『楽な道』を知ってしまった生徒たちに対する、学校側からの強烈な揺さぶりだ。ここで地道な努力を怠った者は、容赦なく切り捨てられる。

 

「以上だ。悔いのないように準備をしておくことだな」

 

茶柱先生が教室を出て行くと同時に、クラスのあちこちから深いため息が漏れた。

 

「やばいよぉ……私、今回の数学の範囲、全然分かんない……」

 

「軽井沢さん、大丈夫だよ! 放課後、またみんなで勉強会をやろう!」

 

頭を抱える軽井沢恵を、クラスのリーダーである平田洋介が優しく励ましている。

 

前回のテストや須藤の退学騒動を経て、Dクラスには『仲間を見捨てない』というある種の団結力が生まれていた。

 

「呉くん、今回も勉強会の講師、お願いできるかな?」

 

平田が俺の席にやってきて、申し訳なさそうに手を合わせた。

 

「ああ。構わないぞ。」

 

俺が二つ返事で了承すると、軽井沢や佐藤、松下といった女子たちも「呉くん! よろしくね!」「呉先生の教え方、すっごく分かりやすいから助かるー!」とパッと顔を明るくした。

 

――こうして、期末テストに向けた放課後のスパルタ勉強会が、再び幕を開けたのだった。

 

放課後の教室。

 

黒板の前では、三つのグループに分かれて勉強会が進行していた。

一つ目は、平田が男子生徒を中心に教えるグループ。

二つ目は、みーちゃん(王美雨)が歴史や暗記科目を丁寧に教えるグループ。

そして三つ目が、俺が軽井沢や佐藤といった女子グループに数学や理科を叩き込むグループだ。

 

「……だから、ここは公式に当てはめる前に、先にこの『X』の値を展開して整理するんだ。そうしないと計算が複雑になって、お前らがよくやるケアレスミスの原因になる」

 

「あーっ! なるほど! 呉くん、すごーい! 一気に分かりやすくなった!」

 

「ほんとだ、パズルのピースがカチッてはまる感じ!」

 

俺の解説に、軽井沢たちが目を輝かせてノートに書き込んでいる。

暗殺の修練で培った論理的思考と、情報を極限まで圧縮して伝える技術。それを高校の勉強に応用しているだけなのだが、彼女たちにはすこぶる好評だった。

 

「よし、じゃあこの類題を三問、今から五分で解いてみろ。全問正解したら、今日はここまでにしてやる」

 

「ええーっ、五分は厳しいよ呉先生!」

 

「文句を言う暇があるなら手を動かせ」

 

俺が適度なムチを入れると、女子たちは「はーい……」と渋々ながらも、真剣な表情でシャーペンを走らせ始めた。

すっかりこの講師役にも板がついてきたな、と俺は内心で苦笑する。

 

一方で堀北は、須藤、池、山内というクラスの『三馬鹿』を抱え込み、彼らを赤点から救うためにマンツーマンに近い形で指導を行っている。しかし、彼女の壊滅的なまでのコミュニケーション能力の低さと、須藤たちの基礎学力の低さが絶望的に噛み合わず、常に爆発寸前の空気が漂っていた。

 

「池くん、山内くん。貴方たちも手が止まっているわよ。今日中にこのプリントが終わらなければ、帰さないから」

 

「「ひえっ……」」

 

堀北に冷たい目で見下ろされ、池と山内が震えながらノートに齧り付く。

 

そして、その後ろの席では。

 

「……」

 

無気力な少年・綾小路清隆が、完全に死んだ魚のような目をして、丸つけ係として強制労働させられていた。堀北に無理やり手伝いに駆り出されたのだろう。

 

(やれやれ、相変わらず地獄みたいなグループだな)

 

俺は綾小路の背中に内心で同情しつつ、自分たちの平和なグループへと視線を戻した。

 

「できた! 呉くん、答え合わせお願い!」

 

「どれ……うん、完璧だ。三人とも全問正解。今日のノルマはクリアだな」

 

「やったぁーっ!!」

 

俺が丸をつけると、軽井沢たちは手を取り合って喜んだ。

 

「じゃあ、俺はこれで上がるから。明日は英語の長文をやるから、単語だけは予習しておけよ」

 

「はーい! 呉くん、今日もありがとうね!」

 

俺は鞄を手に取り、平田たちに軽く手を挙げて挨拶をすると、足早に教室を後にした。

 

時刻は午後五時。

俺の、一日の中で最も重要で、最も幸せな時間がここから始まる。

 

特別棟の図書室。

冷房が効いた静かな空間に入ると、火照った体がスッと冷やされる心地よさを感じる。

 

窓際の定位置。

そこには今日も変わらず、西日を背に受けて静かに本をめくる、銀色の天使の姿があった。

 

「……待たせたな、ひより」

 

俺が声をかけると、椎名ひよりはパッと顔を上げ、花がほころぶような柔らかい笑顔を向けた。

 

「あ、刃叉羅くん。お疲れ様です。……今日も、お勉強会ですか?」

 

「ああ。うちのクラスの連中に、みっちり数学を仕込んできたところだ。さすがにちょっと疲れたよ」

 

俺は彼女の向かいの席に座り、大きく伸びをした。

 

ひよりはふふっと笑い、自分の鞄から冷たいお茶の入った水筒を取り出し、紙コップに注いで俺に差し出してくれた。

 

「はい、お茶です。喉、渇いているでしょう?」

 

「サンキュー。生き返るよ」

 

俺は冷たい麦茶を飲み干し、深く息を吐いた。

微かに漂う、ひよりのフローラル系の甘い香り。教室の汗とチョークの匂いに塗れていた俺の肺が、一瞬にして浄化されていく。

 

「ひよりのクラスは、テスト勉強はどうなってるんだ? 龍園が何か言ってるか?」

 

俺が尋ねると、ひよりは少し困ったように小首を傾げた。

 

「そうですね……。龍園くんは、クラスのみんなで勉強会を開くように指示を出しています。赤点を取ったら容赦しない、と。でも、なんだかいつもと様子が違うというか……裏で、何か別の作戦も練っているみたいです」

 

「ふーん。まあ、あの狡猾な王様のことだ。他クラスを出し抜くための盤外戦術でも考えてるんだろうさ。俺たちには関係のないことだ」

 

俺が言い切ると、ひよりは嬉しそうに頷いた。

 

「はい。私たちは私たちで、しっかりテストを乗り切らないといけませんね。……刃叉羅くんは、テスト勉強は大丈夫ですか?」

 

「俺か? まあ、赤点を取ることはないだろうな。それよりも、俺は早くこのテスト期間が終わってほしいよ」

 

俺は頬杖をつき、ひよりの顔をじっと見つめた。

 

「テストが終われば、夏休みだ。そしたら、時間を気にせずに、一日中こうしてひよりと一緒に本を読んだり、どこかに出かけたりできるからな」

 

俺がストレートにそう告げると、ひよりの白い頬がぽっと赤く染まった。

 

「な、夏休み……そうですね。刃叉羅くんと、一日中……」

 

ひよりは恥ずかしそうに視線を泳がせ、手元の本で顔の半分を隠してしまった。

その仕草が破壊的に可愛くて、俺は内心で悶絶しながらも、極めて穏やかな表情を保ち続けた。

 

「ケヤキモールの映画館にも行きたいし、新しいカフェも開拓したい。それに、また俺の部屋で、美味い飯を作ってやるよ。夏野菜を使った和食のフルコースなんてどうだ?」

 

「わぁ……! はいっ! とっても楽しみです!」

 

ひよりの瞳が、期待でキラキラと輝く。

 

血生臭い暗殺の任務でもなく、クラスの生き残りを賭けた謀略でもなく。ただ、好きな女の子と夏休みの計画を立てる。

これこそが、俺が思い描いていた『青春』の極致だ。

 

俺たちはその後も、お互いのおすすめの小説を交換したり、夏休みの予定を話し合ったりしながら、図書室の閉館時間まで穏やかで甘い時間を過ごした。

 

 

 

そして、期末テストの初日の朝がやってきた。

教室には、これまでの勉強の成果を発揮しようと、どこか高揚したような、それでいて緊張感のある空気が漂っていた。

 

俺も自分の席に座り、筆記用具の確認をしていると。

 

ガラッ、と。

茶柱先生が教室に入ってきた。

 

「席につけ。いよいよ今日から期末テストだ」

 

茶柱先生は教壇に立ち、クラスの生徒たちを見回した。

その顔には、いつもの冷徹な表情の中に、ほんのわずかな……意地悪な笑みが含まれているように見えた。

 

「テストを始める前に、お前たちのモチベーションが上がるような情報を一つ、教えておこう」

 

「モチベーションが上がる情報……?」

 

平田が不思議そうに呟く。

茶柱先生は、ゆっくりと口を開いた。

 

「この期末テストを、赤点による退学者を出さずに無事に乗り越えることができれば……学校側から、お前たちに『ご褒美』が用意されている」

 

「ご、ご褒美……!?」

 

池が身を乗り出した。

 

「ああ。夏休みの間、学校が所有する豪華客船でのクルージング、および南の島での『二週間のバカンス』に連れて行ってやる」

 

「――――ッ!!!」

 

その瞬間、Dクラスの教室が、本日最大の大爆発を起こした。

 

「バカンス!? 豪華客船!? マジで!?」

 

「うおおおおおっ!! 海だ!! 水着だ!! 夏休み最高ォォォ!!」

 

「やったーーっ!! 絶対に赤点回避する!! 何がなんでも生き残る!!」

 

男子も女子も関係なく、生徒たちは立ち上がって歓喜の雄叫びを上げた。

軽井沢や佐藤たちも「ヤバいヤバい! 早く水着買いに行かなきゃ!」と早くも浮かれまくっている。

 

(……南の島のバカンス、だと?)

 

狂喜乱舞するクラスメイトたちの中で、俺の『暗殺者』としての防衛本能が、静かに警鐘を鳴らしていた。

 

この、実力至上主義の学校が、何の裏もなく生徒たちに豪華なバカンスをプレゼントするはずがない。タダより高いものはないのだ。

 

(ただのバカンス、ねえ……。絶対に何かあるな。豪華客船に乗せて、無人島にでも放り出してサバイバル試験でもやらせる腹積もりか?)

 

俺の脳内で、あらゆる最悪のシミュレーションが高速で展開されていく。

毒虫、野生動物、食料の奪い合い。もし無人島サバイバルなら、一族の知識がある俺にとっては庭のようなものだが、クラスの連中にとっては地獄になるだろう。

 

だが。

 

そんな冷徹な暗殺者の思考を、別の『強烈な思考』が一瞬にして粉砕した。

 

(――待てよ。バカンス。南の島。青い海。白い砂浜……。)

 

俺の脳裏に、一つのビジョンが鮮烈にフラッシュバックした。

眩しい太陽の下、白い砂浜に立つ、銀髪の天使。

そして、彼女が身に纏う、可憐な水着姿――。

 

「……っ!!」

 

俺は、机の下で両拳を強く握りしめた。

脳内の冷静な暗殺者が、思春期の男子高校生の凄まじい煩悩によって、完全にノックアウトされた瞬間だった。

 

(ひ、ひよりの水着……!! 水着姿のひよりと一緒に、海辺を散歩!? リゾートでデート!?)

 

やばい。それはあまりにも魅力的すぎる。

裏でどんな過酷な試験が隠されていようが、罠が張られていようが関係ない。

ひよりの清楚で可憐な水着姿を拝めるというのなら、無人島の熊を素手で倒すことだって厭わない。俺のモチベーションは、今、Dクラスの誰よりも高く、天を突き破る勢いで跳ね上がっていた。

 

「……ふっ。俄然、やる気が出てきたぜ」

 

俺はニヤリと笑い、シャーペンを強く握り直した。

 

「よし、お前ら。落ち着け。今から問題用紙を配る」

 

茶柱先生の合図で、期末テストが開始された。

 

俺は、このテストを完璧な『適度な点数』で乗り切るため、そして愛しの天使との夏休みのバカンスをもぎ取るため、超人的な集中力で問題用紙に向かったのだった。

 

数日後。

期末テストの全日程が終了し、結果発表の日。

茶柱先生によって黒板に張り出された結果一覧表には、誰一人として赤い斜線――赤点の印がつけられることはなかった。

 

「よっしゃああああああっ!! 俺、回避したぜえええ!!」

 

「須藤くん、すごい! ギリギリじゃなくて、ちゃんと余裕で合格点取れてるよ!」

 

須藤、池、山内の三馬鹿トリオも、堀北の地獄の特訓の甲斐あって、見事に赤点ラインを大幅に上回る点数を叩き出していた。

 

俺が教えた軽井沢たち女子グループも、全員が平均点以上という素晴らしい結果だ。俺自身の点数も、予定通り全科目75点前後という完璧な偽装を完了している。

 

「よくやった。Dクラスから退学者が出なかったのは、素直に評価してやろう」

 

茶柱先生が、珍しく満足げな表情で告げた。

 

「これで、お前たち全員の『夏のバカンス』への参加が決定した。……夏休みを楽しみにしていることだな」

 

「うおおおおおっ!! 豪華客船!! バカンス!!」

 

「やったぁぁぁっ!!」

 

教室は、中間テストの時以上の爆発的な歓喜に包まれた。

 

「……」

 

俺は、歓喜の輪から少し離れた席で、一人静かにガッツポーズを作っていた。

これで確定だ。ひよりとの南国バカンス(妄想)が、現実のものとなる。

 

裏でどんな試験があろうと、俺の圧倒的な武力とサバイバル能力で、ひよりの安全と平穏だけは絶対に守り抜いてみせる。

 

「呉くん!」

 

ホームルームが終わり、浮き足立つ教室の中で、平田が満面の笑みで俺の席にやってきた。

 

「本当にありがとう! 呉くんが毎日丁寧に教えてくれたおかげで、軽井沢さんたちも無事に合格できたよ!」

 

「ああ。あいつらが真面目にやった結果さ」

 

俺が立ち上がると、その後ろから軽井沢、佐藤、松下、みーちゃんたち女子グループもぞろぞろと集まってきた。

 

「呉先生! 本当にありがとねー! 赤点取ったらどうしようかと思ったけど、マジで助かった!」

 

「呉くんのおかげで、これで心置きなく海で遊べるよぉ!」

 

彼女たちは口々に感謝の言葉を述べてくる。

 

「それでね、呉くん」

 

平田が少し照れくさそうに切り出した。

 

「テストも終わったし、またみんなで『打ち上げ』をやりたいなって話になってるんだ。……もしよかったら、また呉くんの部屋で、料理を作ってもらえないかな? もちろん、食材費は僕たちで出すから!」

 

「ぜひお願いします、呉くん! 呉くんのご飯、すっごく美味しかったからまた食べたいの!」

 

佐藤が両手を合わせて懇願してくる。

 

俺は少し考えた後、小さく息を吐いて笑った。

 

「仕方ないな。俺も今日は気分がいいし、パーッと美味いもんでも食うか」

 

「本当!? やったー!!」

 

女子たちが歓声を上げる。

 

「今回は夏らしく、豪華なパーティーメニューにしてやる。買い出しから手伝ってもらうぞ」

 

「うんっ! もちろんだよ!」

 

こうして、期末テスト終了後の放課後は、再び『刃叉羅特製・勉強会打ち上げパーティー』へと移行することになった。

 

数時間後。

俺の男子寮の部屋には、平田と五人の女子たちが集まり、賑やかな声が響き渡っていた。

 

「うわぁぁぁ! 何これ、すっごく豪華!!」

 

「お店みたい……! 呉くん、本当に高校生なの!?」

 

ローテーブルの上に並べられたのは、夏を先取りした豪華な料理の数々だ。

特大のホットプレートで作る『特製・魚介たっぷりパエリア』。

色鮮やかな夏野菜をふんだんに使った『夏野菜と鶏肉のピリ辛黒酢炒め』。

アボカドとサーモンの生春巻き。そして、キンキンに冷やした『トマトとモッツァレラの冷製カプレーゼ』。

 

「さあ、食ってくれ。テストの疲れを吹き飛ばす、スタミナ満点のメニューだ」

 

「いただきまーす!!」

 

全員が手を合わせ、一斉に料理に手を伸ばす。

 

「んんんっ! パエリアのエビがプリプリで美味しいーっ!」

 

「黒酢炒め、ピリ辛で食欲そそる! ご飯が進みすぎるよぉ……」

 

「生春巻きのソースも手作り!? 呉くん、マジで天才じゃない!?」

 

軽井沢たちが目を輝かせ、次々と料理を平らげていく。

 

平田も「本当に美味しいよ、呉くん。僕、毎日でも君の料理が食べたいくらいだ」と、どこかの誰か(ひより)と同じようなことを言って絶賛してくれた。

 

「ははっ、たくさん食えよ。デザートには、手作りのマンゴープリンも用意してあるからな」

 

「キャーッ! マンゴープリン! 最高!!」

 

賑やかな笑い声が、部屋中に響き渡る。

 

「それにしても、夏休みのバカンス、すっごく楽しみだよね!」

 

佐藤がパエリアを頬張りながら話題を振る。

 

「うん! 私、新しい水着買っちゃおうかなー」

 

「私も! 豪華客船のプールとか、絶対写真映えするよね!」

 

「平田くんは、どんな水着の女の子が好き?」

 

「えっ? ぼ、僕かい? うーん……似合っていれば、どんなものでも……」

 

平田が女子たちに囲まれてタジタジになっているのを眺めながら、俺は冷たいジンジャーエールを口に運んだ。

 

(……いいな、こういうの)

 

心から、そう思った。

 

テストという関門を仲間と共に乗り越え、結果を喜び合い、美味い飯を囲んで他愛のない会話で笑い合う。

 

俺が憧れ、手に入れたかった『普通の高校生の青春』が、今、この部屋に満ち溢れている。

 

もちろん、俺の心の中心には常にひよりがいるし、彼女と過ごす静かな時間が一番大切だ。

 

だが、こうしてクラスメイトたちと過ごす賑やかな時間も、決して悪くない。むしろ、俺の彩りのなかった人生に、鮮やかな色彩を与えてくれている。

 

「あ、呉くん! マンゴープリン、私も配るの手伝うよ!」

 

「おう、サンキュー。じゃあ冷蔵庫から出してきてくれ」

 

賑やかな青春の宴は、夜遅くまで、俺の部屋に温かい笑い声を響かせ続けていた。

 

迫り来る夏のバカンス。

その裏に潜むかもしれない学校側の悪意や試練の影を、俺は心の片隅で冷静に警戒しつつも。

今はただ、この満ち足りた青春の時間を、仲間たちと共に全力で楽しむのだった。

 

 

 

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