青春を求めて実力主義の教室へ   作:リリリリら

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二十六話

七月下旬。

 

一学期の期末テストという大きな関門を無事に乗り越え、高度育成高等学校はついに待ちに待った『夏休み』へと突入した。

 

刺さるような真夏の太陽が、ケヤキモールのガラス張りの天井を眩しく照らし出している。

 

八月一日から始まるという、学校主催の豪華客船クルージングと南の島でのバカンス。その大イベントを数日後に控えた休日の昼下がり。

 

俺――呉 刃叉羅は、ケヤキモール内にある映画館のロビーで、心臓の鼓動を少しだけ早めながら『その時』を待っていた。

 

「……よし」

 

ガラスに映る自分の姿をさりげなく確認する。

 

今日の私服は、黒のサマーニットに、風通しの良いダークグレーのスラックス。暗殺の修練で鍛え上げられた無駄のない筋肉のシルエットを隠しつつも、決してだらしなく見えない、シンプルかつ清潔感のあるコーディネートだ。

 

今日は、俺からひよりを誘っての、二人きりの映画デートである。

 

先日、図書室で一緒に読んだミステリー小説。その実写映画版がちょうどケヤキモールの映画館で公開されているのを知り、俺から声をかけたのだ。ひよりは「絶対に見に行きたいです!」と、目を輝かせて即答してくれた。

 

(色々とあったが……全てはこの日のための布石だったと思えば、安いもんだ)

 

そんなことを考えながらロビーの入り口を眺めていると、自動ドアの向こうから、見慣れた銀色の髪がふわりと揺れるのが見えた。

 

「刃叉羅くん! お待たせしました!」

 

小走りでこちらに向かってくるひよりの姿を見た瞬間、俺の脳内の思考回路はまたしてもショート寸前になった。

 

今日の彼女は、清楚な白いノースリーブのサマーワンピースに、薄手の淡いブルーのカーディガンを羽織っていた。頭には夏らしいストローハットを被り、足元は涼しげな白いサンダル。

 

まるで、真夏の陽炎の中から舞い降りた妖精か天使そのものだ。

 

「……いや、俺も今来たところだ」

 

俺は必死に顔の筋肉を制御し、なんとか平静な声を絞り出した。

 

「その服、すごく似合ってる。涼しげで……すごく、可愛い」

 

俺が一切の誤魔化しなくストレートに褒めると、ひよりの白い頬がぽっと薄紅色に染まった。

 

「あ、ありがとうございます……! 刃叉羅くんも、大人っぽくてとっても素敵です」

 

ひよりは恥ずかしそうに麦わら帽子のつばを少し下げながら、上目遣いで俺を見た。

 

(可愛すぎる。もうこのまま映画見ないで、ずっとこの顔を眺めていたい)

 

俺の心の中の暗殺者が、完全に骨抜きにされて床を転げ回っている。だが、ここでデレデレしていては男がすたる。

 

「そろそろ上映時間だな。飲み物とポップコーン、買っていくか」

 

「はいっ。私、キャラメル味が食べたいです」

 

「了解。じゃあ、キャラメルと塩のハーフ&ハーフにしよう」

 

俺たちは売店でポップコーンとドリンクを買い込み、薄暗いシアターの中へと足を踏み入れた。

 

――映画は、見応えのある極上のミステリーだった。

 

原作の小説を読んでトリックや結末を知っているにも関わらず、映像ならではの緊迫した演出や、役者たちの迫真の演技に引き込まれる。

 

隣の席のひよりを見ると、彼女もスクリーンに釘付けになりながら、時折驚いたように小さく息を呑んだり、感心したように頷いたりしていた。

 

ポップコーンに伸ばした手が、偶然にも暗闇の中で触れ合う。

 

その度に、お互いにビクッと肩を震わせ、暗闇の中で顔を見合わせて照れくさそうに笑い合う。

 

映画のトリックよりも、心臓の音が隣の彼女に聞こえていないかどうかが、俺にとっての最大のミステリーだった。

 

二時間の映画が終わり、シアターに照明が点く。

 

「……ふぅ。面白かったな」

 

「はいっ! 原作のあの大掛かりなトリック、映像だとあんな風に表現されるんですね。すごく迫力がありました!」

 

俺たちは映画館を出て、感想を語り合いながらモール内のカフェへと向かった。

 

夏休み中ということもあり、カフェは多くの生徒たちで賑わっていたが、運良く窓際の落ち着いたボックス席を確保することができた。

 

俺はアイスコーヒーを、ひよりは季節のフルーツがたっぷり乗った冷たいフラッペを注文する。

 

「私、あの探偵役の俳優さんの演技、すごく好きでした。原作のちょっと皮肉屋な雰囲気がぴったりで」

 

「そうだな。ただ、犯人の動機が映画だと少しだけマイルドに改変されてた気がする。原作の方が、もっと人間のドロドロした狂気が出てて面白かったけどな」

 

「あ、それ分かります! 尺の都合もあるんでしょうけど、ミステリーファンとしてはあそこは削ってほしくなかったですよね」

 

ひよりはフラッペのストローを咥えながら、楽しそうに笑う。

 

お互いに読書家だからこそ、作品の深い部分まで語り合うことができる。

窓の外の強烈な日差しをエアコン越しに眺めながら、こうして好きな女の子と向かい合って冷たい飲み物を楽しむ。これ以上の休日の過ごし方があるだろうか。

 

そんな風に、二人で穏やかに談笑していた、その時だった。

 

「――あれっ!? 呉くんじゃん!」

 

不意に、カフェの入り口の方から、やけに明るく、そしてよく通る声が響いた。

 

声のした方を振り向くと、そこには見覚えのある四人の女子生徒が立っていた。

 

1年Dクラスの女子カーストトップ、軽井沢恵。

そして、そのグループに属する佐藤麻耶、松下千秋、篠原さつきの四人組だ。

彼女たちも夏休みを満喫しているらしく、それぞれがお洒落な私服に身を包み、手にはいくつものショッピングバッグを提げていた。

 

「よ、やっほー呉くん! 奇遇だ……って、あーっ! もしかして、その子が噂の!」

 

軽井沢が俺たちの席に近づいてくるなり、向かいに座っているひよりを見て目を輝かせた。

 

「うわ、ほんとだ! 呉くんがいつも一緒にいるっていうCクラスの……! 綺麗な銀髪で、すっごいお人形さんみたい!」

 

佐藤も身を乗り出して、興味津々といった様子でひよりを見つめる。

 

俺がひよりと頻繁に会っていることは、綾小路や平田、軽井沢といったクラスの一部には既に知れ渡っている。だが、実際にひよりといる時に遭遇したのは、これが初めてだった。

 

「お前らなぁ、声がデカい。あんまりジロジロ見るなよ」

 

俺は苦笑しながら、手で彼女たちを制した。

 

「前に話した、Cクラスの椎名ひよりだ。で、こいつらがうちのクラスの騒がしい連中」

 

「ちょっと、騒がしいは余計でしょ!」

 

軽井沢がプクッと頬を膨らませて抗議しつつも、ひよりに向かって気さくな笑顔を向けた。

 

「ごめんね、いきなり騒いじゃって! 私はDクラスの軽井沢恵! 呉くんがいつもすっごく可愛い子と図書室で一緒にいるって聞いてたから、一度会ってみたかったんだー!」

 

「なるほどねー。こりゃあ、呉くんが入り浸るのも納得の可愛さだわ」

 

松下もニヤニヤしながら頷いている。

 

突然のクラスメイトの乱入と、あまりにもストレートな褒め言葉の数々に、ひよりは顔を真っ赤にしながらも、立ち上がって丁寧にお辞儀をした。

 

「あ、初めまして……Cクラスの、椎名ひよりと申します。いつも、刃叉羅くんが……お世話になっています」

 

「『刃叉羅くん』って呼んでるんだ! いいなー、私たちも今度から名前で呼ぼうかな?」

 

「やめとけ、お前らに下の名前で呼ばれると調子が狂う」

 

俺が佐藤の冗談を即座に切り捨てると、女子たちは「えー冷たーい!」とキャッキャと笑い声を上げた。

 

「まあ、あんまりデートのお邪魔したら悪いから、私たちはこれでいくね! バカンス用の水着、まだ買い足りないし!」

 

軽井沢がショッピングバッグを掲げてウインクする。

 

「おう。せっかく赤点回避して行くバカンスなんだ、精々楽しんでこいよ」

 

「もちろん! 呉くんも、椎名さんとのデート楽しんでねー! 椎名さんも、またね!」

 

「呉くんのご飯、また食べさせてねー!」

 

軽井沢、佐藤、松下、篠原の四人は、嵐のように騒がしく現れ、そして嵐のように去っていった。

 

彼女たちの姿がカフェの入り口から見えなくなると、俺は「ふぅ」と小さく息を吐いた。

 

「……ごめんな、ひより。うちのクラスの連中、ちょっと騒がしかっただろ」

 

俺が謝ると、ひよりはゆっくりと席に座り直し、フルフルと首を横に振った。

 

「ううん、全然そんなことないです。……皆さん、とっても明るくて、素敵な方たちですね」

 

ひよりはストローでフラッペをかき混ぜながら、少しだけ眩しそうな、そしてどこかホッとしたような優しい笑顔を俺に向けた。

 

「私……刃叉羅くんに、クラスに仲のいいお友達がいるようで、安心しました」

 

「え?」

 

「刃叉羅くん、いつも図書室にいるから……もしかして、クラスで浮いてしまったりしていないかなって、少しだけ心配していたんです。でも、あんな風に気さくに話しかけてくれるお友達がいるなら、よかったです」

 

ひよりのその言葉に、俺は思わず目を見張った。

自分のデートを邪魔されたことよりも、俺のクラス内での立ち位置や人間関係を本気で心配してくれていたのだ。本当に、この天使はどこまでも底抜けに優しい。

 

「……まあ、そうだな」

 

俺は照れ隠しにアイスコーヒーを一口飲み、少しだけ肩をすくめた。

 

「テストの時の勉強会で教えたり、俺の部屋で打ち上げの飯を作ってやったりしてから、仲良くなったなった感じかな。……あくまで、適度な距離感の友人だよ。俺にとっての一番は、ひよりとの時間だからな」

 

俺がサラリと本音をこぼすと、ひよりはまたしても頬を赤く染め、「ふふっ」と嬉しそうに目を細めた。

 

「そういえば」

 

俺はカップを置き、ふと気になっていたことを尋ねた。

 

「ひよりの方は、どうなんだ? Cクラスの連中とは、仲良くやってるか?」

 

ひよりは俺と同じように、放課後はほとんど図書室で一人(あるいは俺と二人)で過ごしている。

 

Cクラスは、あの独裁者・龍園翔が暴力と恐怖で支配している異常なクラスだ。ひよりのような温厚で大人しい少女が、あのクラスの中でどういう立ち位置にいるのか、ずっと気にはなっていたのだ。

 

俺の質問に、ひよりは少しだけ視線を落とし、グラスの水滴を指でなぞった。

 

「私は……そうですね。クラスの中で、あまり深くお話しする人は、いませんね」

 

ひよりの声は、どこか寂しげな響きを帯びていた。

 

「たまに、龍園くんや、石崎くん、伊吹さんたちが話しかけてきてくれることはありますし、皆さん私には優しくしてくれます。……でも、それが『お友達』かと言われると、なんとも言えませんね。私が本のお話をしても、あまり興味を持ってもらえませんし……」

 

龍園の奴、ひよりを『不可侵領域』として扱っているのは本当らしい。石崎や伊吹といった武闘派の連中も、龍園の指示なのか、あるいはひより本人の持つ不思議な魅力に当てられているのか、彼女には手荒な真似はしていないようだ。

 

しかし、あの血の気の多い連中と、本を愛するひよりとの間に、女子高生らしい『普通の友情』が成立するかと言われれば、間違いなく否だろう。

 

(……俺が龍園に強く釘を刺したせいで、クラスの連中がひよりに対して過剰に気を遣い、結果的に見えない壁を作らせてしまっているのだとしたら。……申し訳ない気もするな)

 

クラスの中で、誰からも危害は加えられないが、誰とも本当の意味で心を許し合えるわけではない。

それは、ある種の『孤独』だ。

 

(……この子を、一人にしたくないな)

 

俺の胸の奥で、暗殺者としての冷徹さとは全く違う、ひよりという少女を守り、支えたいという熱い感情が静かに燃え上がった。

 

俺はテーブルの上に置かれた彼女の小さな手に、そっと自分の手を重ねた。

 

「……っ、刃叉羅、くん?」

 

ひよりが驚いて顔を上げる。

 

「クラスに友達がいなくたって、関係ないさ」

 

俺は彼女の純粋な瞳を真っ直ぐに見つめ、はっきりと告げた。

 

「ひよりには、俺がいる。俺が、ひよりの分までお喋りにも付き合うし、本の話もいくらでも聞いてやる。……ひよりが寂しい思いをすることは、俺が絶対に許さないからな」

 

それは、ただの慰めではない。

俺自身の、確かな誓いだった。

 

ひよりは、俺の重ねた手の温もりを感じながら、大きく目を見開いた。

そして、その美しい瞳の端に、ほんの少しだけ涙の粒を浮かべて、世界で一番美しく、そして心からの安堵に満ちた笑顔を咲かせたのだ。

 

「……はいっ。私には、刃叉羅くんがいますから。……それだけで、十分です」

 

ひよりは、俺の手にそっと自分のもう片方の手を添え、優しく握り返してくれた。

 

カフェの周囲の喧騒は、すでに俺たちの耳には届かなかった。

二人の間に流れる、穏やかで、しかし確かな絆の確信。

 

暗殺者として生きてきた俺の血塗られた両手は、今、一人の少女の孤独を包み込み、温めるためだけに使われていた。

 

「……さてと」

 

しばらく見つめ合った後、お互いの顔が限界まで赤くなっていることに気づき、俺は照れ隠しのように軽く咳払いをして手を離した。

 

「映画も見たし、お茶も飲んだし。……この後はどうする? もうすぐバカンスに出発するわけだし、準備のための買い物でもしていくか?」

 

俺が提案すると、ひよりはパッと顔を輝かせて頷いた。

 

「はいっ! ぜひ、行きたいです。私、バカンスに向けて買いたいものがたくさんあったんです」

 

「よし、決まりだな。荷物持ちならいくらでも任せてくれ」

 

俺たちはカフェを出て、ケヤキモールのショッピングエリアへと向かった。

 

八月一日から始まる、豪華客船でのクルージングと南の島でのバカンス。

生徒たちには「期間中必要な私物は自由に持ち込んで良い」と通達されている。

 

まずは、旅行用の大型のドラッグストアや雑貨店へ。

 

「刃叉羅くん、日焼け止めはどんなものがいいと思いますか? 南の島の紫外線、強そうですし……」

 

「そうだな。クリームタイプは汗で落ちやすいから、ウォータープルーフのジェルタイプがいい。俺がいつも使ってる……いや、俺の肌とひよりの肌じゃ全然違うから、こっちの敏感肌用にしとこう」

 

ひよりの雪のように白い肌が、南国の太陽で真っ赤に焼けてしまうのは防がなければならない。俺は成分表示を瞬時に読み取り、最も肌に優しく効果の高い日焼け止めをカゴに入れた。

 

「さすが刃叉羅くんです。とっても頼りになりますね」

 

ひよりが尊敬の眼差しを向けてくる。

 

続いて、衣料品店が立ち並ぶエリアへ。

 

「私、海辺を歩くためのサンダルと、涼しげなお洋服を探したいんです」

 

ひよりに連れられて入ったのは、女子向けの華やかな夏服がたくさん並ぶショップだった。

 

もちろん、俺のようなゴツい男が一人で入れば完全に不審者だが、ひよりと一緒なら『彼女の買い物に付き合う彼氏』という完璧な偽装(という名の願望)が成立する。

 

「刃叉羅くん、これ……どうでしょうか?」

 

ひよりが胸元に当てて見せてきたのは、淡いミントグリーンの、風にふわりと揺れるようなシフォンのマキシ丈ワンピースだった。

 

「……めちゃくちゃ似合うと思う。ひよりの髪の色にも合ってるし、海辺の景色に絶対に映える」

 

俺が真剣に答えると、ひよりは嬉しそうに微笑んで「じゃあ、これにしますね」とカゴに入れた。

 

そして。

店内の奥に進むにつれて、俺の心拍数は再び危険領域へと突入し始めていた。

そこは――『水着コーナー』だった。

 

「南の島に行くなら、やっぱり水着は必要ですよね。私、学校指定のスクール水着しか持っていなくて……」

 

ひよりは色とりどりの水着が並ぶラックを、興味津々といった様子で眺めている。

 

(……やばい。理性が、暗殺者の強靭な理性が崩壊しそうだ……!)

 

白のフリルがついたビキニ。大人っぽい黒のワンピース。花柄のパレオ付き。

それらの水着を、あの純真無垢なひよりが身につけるところを想像しただけで、脳の血管が何本かブチ切れそうになる。

 

「刃叉羅くんは、どういうのが……その、似合うと思いますか?」

 

ひよりが、少しだけ上目遣いで、恥ずかしそうに頬を染めながら尋ねてきた。

 

(俺の好み!? そんなの、ひよりが着るならスクール水着だろうがビキニだろうが全部最高に決まってるだろ!!)

 

と、大声で叫びたい衝動を必死に噛み殺す。

 

俺は咳払いをして、できるだけ紳士的な、しかし彼女の魅力を最大限に引き出す最適解を瞬時に演算した。

 

「……ひよりは肌が白いから、あまり派手な色よりも、淡い色合いの方が似合うと思う。例えば、その……パステルブルーの、少しフリルがついたやつとか。上品で、ひよりの雰囲気にぴったり合ってる」

 

俺がラックから一つを選んで指差すと、ひよりは「わぁ……」と感嘆の声を漏らした。

 

「とっても可愛いです。……刃叉羅くんが選んでくれたこれ、試着してみてもいいですか?」

 

「あ、ああ。もちろんだ。俺は外で待ってるから」

 

俺は試着室の前にあるソファに座り、深く、深く息を吐いた。

たった数分の買い物の手伝いだけで、龍園との対峙の何倍もの精神力を消耗している気がする。だが、その疲労感すらも愛おしい。

 

やがて、「あの、刃叉羅くん……」と、カーテンの奥から恥ずかしそうな声が聞こえてきた。

 

今日は試着の確認までは求められなかったが、彼女がその水着を買って試着室から出てきた時の、はにかんだような笑顔は、俺の心に深く焼き付いた。

買い物を終え、夕暮れに染まるケヤキモールを後にして、寮へと向かう帰り道。

 

西日が俺たちの影を長く伸ばしている。

両手には、バカンスのための荷物が詰まったショッピングバッグ。

「今日は、本当にありがとうございました。映画も、カフェも、お買い物も……全部、とっても楽しかったです」

 

ひよりが、嬉しそうに俺の顔を見上げて言った。

 

「俺もだ。ひよりと一日中一緒にいられて、最高の休日だったよ」

 

俺は彼女の歩幅に合わせながら、ゆっくりと歩を進める。

 

「来週からのバカンス。……どんなことが待っているのか分からないけど、俺が必ず、ひよりを守るからな。だから、安心して楽しんでくれ」

 

裏でどんな特別試験が控えていようが関係ない。

俺はこの手で、彼女の笑顔と、この平穏な夏の思い出を絶対に守り抜く。

 

「はいっ。刃叉羅くんと一緒の夏休み……私、今まで生きてきた中で、一番楽しみにしています」

 

ひよりの天使のような微笑みに、俺は力強く頷き返した。

 

高度育成高等学校で迎える、初めての夏休み。

暗殺者の少年と、孤独だった天使の、かけがえのない青い夏が、今、静かに始まろうとしていた。

 

 

 

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