青春を求めて実力主義の教室へ   作:リリリリら

27 / 69
二十七話

八月一日。

 

突き抜けるような青空と、太陽の光を反射して煌めく群青の海。

 

俺たち高度育成高等学校の一年生は、学校が所有する超大型の豪華客船に乗船し、東京湾から遥か南の海へと向けて出航していた。

 

「うおおおおおっ! すげぇええええ!! なんだよこの船、デカすぎだろ!!」

 

「プールもあるし、映画館もある! レストランは全部無料!? マジで天国じゃん!!」

 

エントランスホールに足を踏み入れた瞬間、池や山内といったDクラスの連中が、まるで檻から放たれた猿のように歓喜の声を上げて暴れ回っていた。

 

無理もない。先月までポイントがゼロで、山菜や無料の食事で食いつないでいた極貧生活から一転、この目も眩むような豪華客船でのバカンスである。シャンデリアが輝く吹き抜けのロビーや、高級ホテルのような内装を見れば、浮かれるのも当然だろう。

 

「……はしゃぎすぎだろ、あいつら」

 

俺――呉 刃叉羅は、手にしたボストンバッグを肩に掛け直し、呆れたように溜め息をついた。

 

(だがまあ、確かにすごい設備だ。船内には死角になる監視カメラの位置も多いし、万が一の事態が起きても逃走経路や身を隠す場所には困らないな……)

 

無意識のうちに、暗殺者としての視点で船内の構造をマッピングしてしまう。悲しい職業病だ。俺は首を振り、意識を『普通の高校生』のチャンネルへと切り替えた。

 

まずは、部屋割りだ。

今回のクルージングでは、生徒たちは四人一組の相部屋を割り当てられている。

 

俺が指定されたキーカードの部屋番号を探して廊下を歩き、ドアを開けると、そこにはすでに三人の先客がいた。

 

「あ、呉くん。いらっしゃい」

 

爽やかな笑顔で出迎えてくれたのは、クラスのまとめ役である平田洋介だった。

 

「よお、平田。よろしくな」

 

「うん、よろしく。……なんだか、すごいメンバーの部屋になっちゃったけどね」

 

平田が苦笑いしながら視線を向けた先には。

 

「……」

 

ベッドの隅で、すでに死んだ魚のような目をして文庫本を読んでいる、俺の後ろの席の無気力少年――綾小路清隆。

 

そして、もう一人。

 

「ふはははは! 素晴らしい! このオーシャンビュー、まさに私の美しさを際立たせるための舞台に相応しいね!」

 

窓際で、金色の髪をかき上げながら、海に向かって自分の肉体美を見せつけるようにポーズをとっている男。

 

Dクラスが誇る(色々な意味で)最大のイレギュラー、高円寺六助だった。

 

(……なるほど。善人、無気力、変人、そして暗殺者。カオスすぎるだろ)

 

「……綾小路。お前、息してるか?」

 

俺が声をかけると、綾小路は本から目を上げず、平坦な声で答えた。

 

「ああ。だが、すでに精神力は削られ始めている」

 

どうやら、俺が来る前から高円寺のマイペースな言動に振り回されていたらしい。平田が必死に場を和ませようとしているが、高円寺は我関せずといった態度で手鏡を見つめている。

 

まあ、俺としては誰が同室だろうと構わない。他人に干渉せず、自分のペースを守るだけだ。

 

荷物をクローゼットにしまい、ベッドに腰を下ろした直後。

ポケットの端末が、ブーッと短く振動した。

画面を開くと、一通のメッセージ。

 

『椎名ひより:刃叉羅くん、お部屋には着きましたか? もしお時間が空いていたら、船内のカフェで一緒に海を見ませんか?』

 

(――――ッ!! 行く!! 今すぐ行く!!)

 

俺は弾かれたように立ち上がった。

先ほどまでのカオスな部屋の空気など、一瞬で宇宙の彼方へと吹き飛んだ。

 

「おっ、呉くん。どこか行くの?」

 

平田が不思議そうに尋ねてくる。

 

「ああ、ちょっと船内を探索してくる。夕飯までには戻るよ」

 

俺は素っ気なく返し、綾小路の「裏切り者」と言わんばかりの視線を華麗にスルーして、部屋を飛び出した。

 

豪華客船の最上階に近い、オープンデッキに面した展望カフェ。

海風が心地よく吹き抜けるテラス席で、ひよりは静かに紅茶のカップを傾けていた。

 

白いサマードレスに、つばの広い麦わら帽子。眩しい太陽の光が、彼女の銀色の髪をキラキラと輝かせている。

 

「ひより」

 

「あ、刃叉羅くん! こちらです」

 

俺が声をかけると、彼女は花が咲くような笑顔で手を振ってくれた。

俺は彼女の向かいの席に腰を下ろし、冷たいアイスコーヒーを注文した。

 

「すごい船だな。部屋も広かったし、窓からの景色も最高だ」

 

「はいっ。私、こんなに大きな船に乗るのは初めてで……なんだか、夢を見ているみたいです」

 

ひよりは、テラスの柵の向こうに広がる見渡す限りの水平線を見つめながら、目を細めた。

 

「刃叉羅くんのお部屋は、どんな方と一緒なんですか?」

 

「ん? ああ、平田と、後の席の綾小路ってやつと……あとは、高円寺っていう、ちょっと、いやかなり変わった奴だな。カオスな空間だよ」

 

「ふふっ、なんだか楽しそうですね。私は、クラスの女の子三人と同じお部屋です。伊吹さんたちとは別のお部屋だったので、少し緊張していますけど……」

 

「もし同室の奴らに何か嫌なことされたら、すぐに俺に言えよ。東京湾……いや、太平洋の底に沈めてやるから」

 

俺が真顔で言うと、ひよりは「もうっ!」と口元を隠して笑った。

 

「大丈夫です。皆さん静かな方たちなので。……それに、こうして刃叉羅くんと一緒にいる時間が、私にとってのバカンスですから」

 

ひよりが少しだけ頬を染め、上目遣いで俺を見つめる。

その破壊力に、俺の心臓は早くも早鐘を打ち始めていた。

 

青い空と、果てしなく続く海。

潮風に混じる、彼女の甘いシャンプーの香り。

俺たちは、お互いに持ってきた文庫本を読みながら、時折、海鳥の鳴き声や船の立てる波音に耳を傾け、この上なく穏やかで、幸福な時間を過ごした。

 

クラスの連中がプールで馬鹿騒ぎしていようが、レストランで暴食していようが関係ない。俺にとっての楽園は、この小さなテーブルの上にだけ存在していた。

 

夕刻。

空が茜色に染まり始めた頃、俺は自分の部屋へと戻った。

 

「あ、おかえり呉くん。ちょうどよかった」

 

平田が、少しだけホッとしたような顔で俺を出迎えた。その後ろでは、綾小路が相変わらず無表情でベッドに座り、高円寺はなぜか上半身裸で優雅にストレッチを行っている。

 

「どうした?」

 

「これから夕食に行こうと思うんだけど、せっかくだから、この部屋の四人で一緒に食べに行かないかって話していたんだ」

 

平田の提案。クラスをまとめようとする彼らしい、気配りに満ちた言葉だ。

だが、このメンバーで『一緒に夕食』という図が、俺には全く想像できなかった。俺と綾小路はともかく、あの高円寺が群れることを良しとするはずがない。

 

「俺は構わないが……高円寺はどうせ『私は一人で美しくディナーを頂くよ、ボーイ』とか言って断るんだろ?」

 

俺が顎で高円寺をしゃくると、ピタリと、高円寺のストレッチの動きが止まった。

 

彼はゆっくりと立ち上がり、手鏡で自分の前髪を整えながら、不敵な笑みを浮かべて俺を見た。

 

「ふはははは! 呉ボーイ、君は私のことを誤解しているようだね。私はただ、自分の美学に反する無駄な時間を嫌うだけさ。……だが、たまには美しき同室の縁に免じて、君たちの晩餐に付き合ってあげるのも悪くない。ふふふ、光栄に思うことだね!」

 

「……は?」

 

俺は思わず間抜けな声を漏らした。

予想外すぎる。あの天上天下唯我独尊の高円寺が、平田の誘いに乗って『一緒にご飯を食べる』だと?

 

俺が驚いて綾小路の方を見ると、彼もまた、その無表情の奥に「マジかよ」という明確な困惑の光を浮かべていた。平田自身も、断られる前提で声をかけたのか、一瞬ポカンとしていたが、すぐにパッと笑顔になった。

 

「ほ、本当!? ありがとう高円寺くん! じゃあ、四人で行こうか!」

 

こうして、船内でもトップクラスに浮いている奇妙な四人組は、連れ立って豪華なビュッフェレストランへと向かうことになった。

 

レストランは、すでに多くの生徒たちでごった返していた。

ローストビーフ、寿司、中華、色とりどりのデザート。全てが食べ放題という夢のような空間で、Dクラスの連中は完全に理性を失い、皿に山のように料理を盛っている。

 

俺たち四人も、それぞれ好きなものを皿に取り、景色の良い窓際の丸テーブルについた。

 

「いやあ、すごい豪華だね。これが毎日無料で食べられるなんて、信じられないよ」

 

平田が常識人らしく、パスタを巻きながら微笑む。

 

「……そうだな。俺も、これほど多種多様な食事が並んでいるのを見るのは初めてかもしれない」

 

綾小路が、自分の皿に乗せた唐揚げとポテトサラダを淡々と口に運ぶ。

 

俺は、高級そうな海鮮類や、目の前でシェフが切り分けてくれた上質な肉をチョイスし、その味を静かに堪能していた。(もちろん、俺が作った料理の方が美味いが、これはこれで悪くない)。

 

そして、高円寺はといえば。

 

「ふはははは! このステーキの焼き加減、なかなか私の美しさに肉薄しているじゃないか! ボーイたち、もっと優雅に、この美食の舞台を楽しみたまえ!」

 

手にはワイングラス(中身はただのぶどうジュースだが)。ナイフとフォークを使いこなし、なぜか常にカメラ目線のようなポーズで食事を進めている。

その異様なオーラに、周囲の生徒たちがヒソヒソとこちらを見ているが、本人は全く気にする素振りもない。

 

「……高円寺くんは、本当にブレないね」

 

平田が苦笑いしながらフォローを入れるが、会話のドッジボール状態は続く。

俺と綾小路は、ひたすら無言でカロリーを摂取し、このカオスな晩餐が早く終わることを願っていた。

 

食事が終わり、平田と綾小路が「先に部屋に戻るよ」と席を立った。

 

俺もコーヒーを飲み終え、そろそろ引き上げるかと思った、その時だった。

 

「――少し、いいかな? 呉ボーイ」

 

それまで大口を開けて笑っていた高円寺が、ふと、声のトーンを落として俺に話しかけてきた。

 

その声には、いつもの『変人・高円寺』の軽薄さは微塵もなく、極めて理知的で、芯のある響きが宿っていた。

 

俺は立ち上がりかけた腰を再び椅子に下ろし、片眉を上げた。

 

「なんだ? 珍しいな、お前が俺個人に用があるなんて」

 

「ふふふ。ここでは少し、耳障りなノイズが多すぎる。……少し歩こうじゃないか。食後の優雅な散歩と洒落込もう」

 

高円寺は優雅に立ち上がり、レストランの出口へと向かった。

俺は少しの警戒を抱きながらも、彼の後を追った。

案内されたのは、客室エリアから少し離れた、船の後方にあるプロムナードデッキだった。

 

夜の海風が吹き抜け、波の音だけが聞こえる。天井の隅には監視カメラが設置されているが、周囲に他の生徒の姿は全くない。会話を聞かれる心配はない場所だ。

 

高円寺は手すりに寄りかかり、夜の海を見つめたまま、静かに口を開いた。

 

「最初、この学校で君の姿を見た時は……さすがの私も、私がターゲットなのかと、少しばかりヒヤヒヤしたものだがね」

 

「――――ッ」

 

その言葉が出た瞬間。

俺の全身の筋肉が、無意識のうちに極限まで収縮し、暗殺者としての殺気が一瞬だけ漏れ出した。

ターゲット。

その単語が意味するものは、一つしかない。

こいつは、俺の『正体』を知っている。

 

「……なんの冗談だ、高円寺」

 

俺は低い声で、感情を完全に押し殺して尋ねた。

 

高円寺は俺の放った一瞬の殺気を正面から浴びながらも、微塵も動揺することなく、ふははは!と優雅に笑ってみせた。

 

「隠す必要はないさ、呉ボーイ。君のその特徴的な『黒い強膜』と、異常なまでに洗練された肉体。そして、何より君の名字だ。……世界的な企業である我が『高円寺コンツェルン』の御曹司たる私が、裏社会の頂点に君臨する暗殺一族――『呉一族』の存在を知らないとでも思ったかな?」

 

(……なるほど。そういうことか)

 

俺は、体内のリミッターから手を離し、静かに息を吐き出した。

 

高円寺コンツェルン。日本、いや世界有数の巨大財閥。

表の世界でそれほどの権力と財力を持っていれば、裏社会の揉め事や、要人暗殺の裏事情に精通していても全く不思議ではない。

 

その次期総帥である高円寺六助が、一族の人間がこの学校にいると知って、自分の命を狙う刺客だと警戒したのは当然の帰結だ。

 

「……だが、君のこれまでの学校生活での振る舞いを見る限り、どうやらビジネスで来ているわけではなさそうだねえ?」

 

高円寺が、面白そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 

俺は肩をすくめ、手すりに寄りかかった。

 

「ああ。不安にさせてすまないな。俺は誰も殺しに来てない」

 

俺は、自分の正直な本音を口にした。

 

「ただ、俺は……血生臭い世界から離れて、『普通の青春』ってやつをしてみたくなって、この学校に来ただけだ」

 

「普通の青春、か。ふふふ、なるほど!」

 

高円寺は、腹の底から愉快そうに笑い声を上げた。

 

「あの『禁忌の末裔』が、ただ『青春を謳歌したい』という理由で、こんな矮小な箱庭で学生ごっこをしているとは……。ふふふ、素晴らしい! 美しいほどのギャップだね!」

 

彼は俺の秘密を嘲笑するわけでも、脅迫するわけでもなく、ただ純粋に『面白い現象』として受け入れているようだった。

 

そこには、他者の秘密を暴いて優位に立とうとするような、小者の打算は一切ない。

ただ、絶対的な自信を持つ者同士の、ある種の和やかな空気が流れていた。

 

「……高円寺の性格なら、仮に自分がターゲットだと分かっても、慌てることなんてないかと思っていたよ」

 

俺が少し皮肉交じりに言うと、高円寺は手鏡を取り出し、自分の前髪を直しながらフッと笑った。

 

「凡百のアサシンが相手なら、そうかもしれないがね。……君のような、限界を超えた『怪物』を前にして、油断できるほど私は傲慢ではないさ」

 

「――――」

 

俺は、高円寺のその言葉に、密かな驚きを隠せなかった。

こいつは、ただの自己愛の塊のような変人ではない。

 

呉一族の真の恐ろしさ……潜在能力の100パーセントを引き出す秘伝『外し』の存在や、俺という個体がどれほどの危険度を持っているかを、本能レベルで、あるいは確かな情報として正確に把握している。

 

(綾小路のやつもそうだけど……こいつも、普通の高校生とは完全にかけ離れてるよなぁ)

 

俺は内心で、高円寺六助という男の評価を大幅に上方修正した。

底が知れない。肉体的なポテンシャルも、おそらくこの学校の生徒の中では群を抜いているだろう。

 

「安心したまえ、呉ボーイ。君が私の美しき学園生活を邪魔しない限り、私も君の『青春』を邪魔するつもりはない。……お互い、誰にも干渉されず、優雅にこの箱庭を楽しむとしようじゃないか」

 

「ああ、望むところだ。俺の正体は、墓場まで持っていってくれよ」

 

「ふははは! もちろんさ!」

 

高円寺は踵を返し、優雅な足取りで客室エリアの方へと消えていった。

 

俺は夜の海風に当たりながら、この学校に潜む『異常者』たちの多さに、思わず苦笑するしかなかった。

 

だが、正体がバレた相手が、詮索を嫌う高円寺でよかった。お互いに不可侵を貫けるのなら、これ以上都合のいいことはない。

 

俺は深く息を吸い込み、海風と共に暗殺者の気配を夜空に溶かし、普通の高校生の顔に戻って部屋へと帰還した。

 

 

翌日。

 

目を覚ますと、豪華客船の窓からは、見渡す限りの青い海と……その先に浮かぶ、巨大な『島』の姿が見えた。

 

「おおっ! 島だ! すげえ、無人島じゃん!」

 

池たちが窓にへばりついて大騒ぎしている。

 

俺は朝の支度を済ませ、昨日と同じ展望カフェへと向かった。

そこにはすでに、待ち合わせをしていたひよりの姿があった。

 

「おはようございます、刃叉羅くん」

 

「ああ、おはようひより。よく眠れたか?」

 

「はいっ。波の揺れが心地よくて、ぐっすりでした」

 

俺たちは並んでテラス席に座り、モーニングのコーヒーと紅茶を楽しみながら、目前に迫る巨大な島の景色を眺めていた。

 

手付かずの深い緑に覆われた、巨大な無人島。白い砂浜と、エメラルドグリーンの海のコントラストは、確かにバカンスと呼ぶに相応しい絶景だ。

 

だが、俺の暗殺者の直感は、あの鬱蒼としたジャングルの奥から、何やらきな臭い、血と汗と泥の匂いを微かに感じ取っていた。

 

ピンポンパンポーン。

 

不意に、船内にクリアな艦内放送が響き渡った。

 

『生徒の皆さんに連絡します。本船はただいま、予定の無人島に到着いたしました。これより、本船は島を一周いたします。生徒の皆さんは、デッキに出て、有意義な景色を存分にご堪能ください』

 

「島を、一周……?」

 

ひよりが不思議そうに首を傾げる。

 

「行ってみようか、ひより」

 

俺たちはカフェを出て、風の強いオープンデッキへと出た。

船はゆっくりとした速度で、無人島の周囲を周回し始めている。

 

デッキには他のクラスの生徒たちも集まり、「海きれー!」「写真撮ろうぜ!」とはしゃいでいる。

 

だが、俺の視線は、美しい砂浜ではなく、その奥にある険しい崖、入り組んだ地形、そして密林の深さへと向けられていた。

 

(……わざわざ島を一周して、景色を堪能しろ、だと?)

 

これは、観光のためのアナウンスではない。

この地形を、その目に焼き付けておけという、学校側からの無言のメッセージだ。

 

船が島を一周し終える頃、再び艦内放送が鳴り響いた。

 

『――生徒の皆さんに指示を出します。これより、全員、指定された体操服に着替えてください。携帯端末を含む、一切の私物の持ち出しは禁じます。準備ができたクラスから順に、甲板に集合し、島へと下船してください』

 

「……は?」

 

「えっ、着替えるの? バカンスなのに?」

 

「私物持ち出し禁止って……スマホもダメなの!?」

 

デッキにいた生徒たちの間に、一気に困惑とパニックが広がった。

 

「どういうことでしょう……?」

 

ひよりが不安そうに俺の袖を掴む。

 

「……やはりな。ただのバカンスで終わらせてくれるほど、この学校は甘くないってことだ」

 

俺はひよりの頭をポンと撫でて安心させると、低い声で言った。

 

「とりあえず、指示通りに部屋に戻って着替えよう。端末も置いていく。……何が起きても、俺が必ずひよりを守るから、安心して俺の後ろについてくればいい」

 

「はい……っ、刃叉羅くん」

 

俺たちは一度それぞれの部屋に戻り、動きやすい学校指定のジャージに着替えた。

 

荷物は全て部屋に置き去りだ。Dクラスの連中も「何が始まるんだよ……」とブーブー文句を言いながら着替えている。綾小路も高円寺も、無言で準備を整えていた。

 

数十分後。

 

小型のボートで船から運ばれた俺たち一年生の全クラスは、容赦ない真夏の太陽が照りつける、無人島の白い砂浜の上にクラスごとに整列させられていた。

 

「暑ぃ……なんだよこれ……」

 

「バカンスって言ったじゃないですかぁ……!」

 

汗をダラダラと流しながら文句を言う生徒たち。

その前方に設置された急造のステージの上に、Aクラスの担任である屈強な男、真島先生がマイクを持って立っていた。

 

その後ろには、茶柱先生や他クラスの担任たちが、冷徹な目で俺たちを見下ろしている。

 

キィンッ、と。

マイクのハウリング音が、波の音を切り裂いて響き渡った。

 

「静粛に!」

 

真島先生の、腹の底に響くような野太い声が、生徒たちの不満の声を一瞬で黙らせた。

 

「お前たちに、これより始まる『バカンス』の真の目的を伝える」

 

真島先生は、ギラギラと照りつける太陽を背に受けながら、無慈悲な宣告を放った。

 

「これより――この無人島を舞台とした、今年度初の『特別試験』を開催する!!」

 

(……やはりな)

 

俺は、容赦ない日差しの中で目を細め、ニヤリと口角を上げた。

豪華客船での夢の時間は終わり。

ここからは、むき出しの自然と、クラス間のエゴがぶつかり合う、泥臭いサバイバルの始まりだ。

 

だが、恐れることは何もない。

俺は一族の『暗殺者』だ。この程度のジャングル、庭で遊ぶようなものだ。

 

俺の目的は、この過酷な環境下で、愛しの天使にいかに快適なリゾート生活を提供するか。それだけだ。

いざ、特別試験、開幕。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。