青春を求めて実力主義の教室へ   作:リリリリら

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二十八話

容赦なく照りつける真夏の太陽と、どこまでも青く澄み渡る空。

 

俺たち一年生全クラスは、豪華客船からこの無人島の白い砂浜へと降ろされ、Aクラス担任で学年主任でもある、真島先生から、この『バカンス』の真の姿である特別試験のルール説明を受けていた。

 

「この特別試験の期間は一週間。各クラスには、この島で生活するための『300Sポイント』が支給される。このポイントを使って、食料や水、テント、トイレなどの必需品を学校から購入し、サバイバル生活を送ってもらう」

 

真島先生の低く響く声が、波の音を制圧する。

 

「試験終了時に残ったSポイントは、そのまま来学期からの『クラスポイント』に加算される。ただし、体調不良やルール違反による『リタイア者』が出た場合、一人につき30Sポイントが没収される。……また、各クラスは拠点となるスポットを占有し、他クラスの『リーダー』を当てることでボーナスポイントを得ることも可能だ」

 

ルールの全貌が明かされるにつれ、Dクラスの連中の顔から血の気が引いていくのが分かった。

 

「ざ、ふざけんなよ! なにがバカンスだ! サバイバルじゃねえか!」

 

「300ポイントって……全部節約すれば、クラスポイントが300も増えるってこと!? でも、水もご飯も買わないと生きていけないよぉ……!」

 

池や山内、軽井沢たちがパニックに陥り、騒ぎ立てる。

 

せっかくゼロポイント生活から抜け出したというのに、ここでまたポイントを失えば元の木阿弥だ。かといって、ケチってサバイバルに失敗すればリタイアとなり、ペナルティでマイナスを食らう。

 

実にいやらしい、生徒の欲望と忍耐を天秤にかける試験だ。

 

(なるほど。協調性、計画性、そしてクラスの統率力が試されるわけか)

 

俺は砂浜の熱気を足の裏に感じながら、一人冷静に状況を分析していた。

 

暗殺者として世界中の死地を潜り抜けてきた俺にとって、この程度の無人島など、裏庭のキャンプと大差ない。だが、温室育ちの高校生たちにとっては、命とポイントを懸けた極限状態に他ならないだろう。

 

「みんな、落ち着こう!」

 

騒然とするDクラスをまとめたのは、やはり平田洋介だった。

 

「まずは、この島で一週間安全に過ごせる『拠点』を探すのが最優先だ。森の中に入って、水場や日陰になりそうな場所を探そう!」

 

平田の的確なリーダーシップにより、パニックになっていたクラスメイトたちも少しずつ落ち着きを取り戻し、森の奥へと足を踏み入れていった。

 

数十分の探索の末、俺たちは森を抜けた先にある『川辺の広場』を発見した。

澄んだ淡水が流れ、木陰もあり、テントを張るには十分なスペースが確保されている。

 

「よし、ここを僕たちのベースキャンプにしよう。次は、支給されたポイントで何を買うかだけど……」

 

平田がそう切り出した途端、Dクラスが抱える根本的な問題が、早くも火を噴いた。

 

「ねえ、トイレとシャワーはどうするの!? さすがに一週間もお風呂に入れないなんて絶対ムリなんだけど!」

 

篠原さつきをはじめとする女子生徒たちが、悲痛な声を上げる。軽井沢や松下も激しく同意して頷いている。

 

しかし、それに猛反発したのが、池や山内、そして成績優秀だがポイント至上主義の幸村だった。

 

「はあ!? ふざけんな、トイレもシャワーも、ポイントで買えば一つ何十ポイントもするんだぞ! 学校から配られた段ボールの『簡易携帯トイレ』があるだろ! それを使えばタダじゃんか!」

 

「そうだ! せっかくクラスポイントを稼ぐチャンスなのに、お前らのワガママでポイントを無駄遣いするな!」

 

池と山内が、女子たちに向かってキャンキャンと吠え立てる。

 

「あのねぇ! あんな薄っぺらい段ボールとビニール袋で、外で用を足せって言うの!? 不衛生すぎるし、臭いだってどうするのよ!」

 

「だいたい、男と一緒のトイレを使うなんて絶対に嫌!!」

 

女子たちの怒りも頂点に達し、川辺の広場は一瞬にして修羅場と化した。

 

「……はぁ」

 

俺は少し離れた木陰に寄りかかり、心底呆れ果ててため息をついた。

 

(いやいや……いくらポイントを節約したいからって、この真夏の無人島で、男女四十人の排泄物をあの段ボールトイレ数個で回せるわけないだろ。すぐに溢れて地獄絵図になるぞ)

 

サバイバルにおいて、衛生環境の悪化は即ち『死』。目先の数ポイントを惜しんで、クラス全体を壊滅の危機に晒そうとしている池たちの思考回路は、あまりにも短絡的すぎた。

 

「あのさ、呉くんはどう思う……?」

 

激しい口論の末、困り果てた佐藤麻耶が、助けを求めるような目で俺の方を振り向いた。

 

その瞬間、クラス全員の視線が、木陰で腕を組む俺へと集まった。

 

「……俺か?」

 

俺は面倒くさそうに首を鳴らし、対峙する男女の間へと歩み出た。

 

「俺個人としては、どっちでもいいがな」

 

俺がそう前置きすると、池たちが「ほら見ろ! 呉だってそう言ってる!」と勝ち誇ったような顔をした。だが、俺は冷ややかな目で彼らを一瞥し、言葉を続けた。

 

「だが、この四十人って人数を、あの配給の携帯トイレだけで一週間回すのは、普通に考えて無理があるだろ。物理的に容量が足りねえし、確実に破綻する」

 

「なっ……」

 

「真夏の無人島だぞ? 処理しきれずに溢れた排泄物を放置すれば、あっという間にハエがたかって雑菌が繁殖する。そんな不衛生な環境でメシを食えば、集団食中毒や感染症のリスクが跳ね上がるんだよ」

 

俺は声を一段低くし、池や幸村たち男子を威圧するように見据えた。

 

「それに、溢れた汚物をその辺の森や川にでも捨てる気か? この試験のマニュアルには『環境を著しく汚染する行為にはペナルティを科す』って明記されてるはずだぞ?」

 

「そ、それは……」

 

池と山内が、痛いところを突かれて言葉に詰まる。

 

俺は平田の持っているマニュアルを指差した。

 

「ちゃんとした仮設トイレを設置するには、確かに20Sポイントかかる。シャワーも合わせればもっとだ。……だがな、もし不衛生な環境のせいで集団感染が起きて『リタイア』が出たら、一人につきマイナス30Sポイントだぞ」

「――――ッ!!」

 

「20ポイントをケチって環境汚染のペナルティを食らい、さらにリタイア続出で何十、何百ポイントも失う。……その最悪のリスク計算は、ちゃんと頭の片隅に入ってるのか?」

 

俺の冷酷なまでの損得勘定の提示に、池も、幸村も、言葉を失って押し黙った。

 

目先の出費ではなく、最悪のケースを想定したリスクヘッジ。それが提示された以上、彼らもこれ以上反論することはできなかった。

 

「……まあ、後は平田の判断だ。好きにすればいいさ」

 

俺はそれだけを言い捨てて、再び木陰へと戻った。

 

「……呉くんの言う通りだね。衛生面のリスクは、ポイント以上に重い。簡易トイレとシャワー用のテントは、ポイントを使って設置しよう」

 

平田が最終決断を下し、女子たちからは「呉くん、ありがとう……!」「マジで助かった!」と安堵と感謝の声が上がった。

 

池たちは面白くなさそうに唇を尖らせていたが、もう文句を言う気力は失せたようだった。

 

「よし、それじゃあ、ここを整備する『拠点組』と、島の中で他に役立つものがないか調べる『探索組』に分かれよう」

 

平田の提案で、クラスは二つのグループに分かれることになった。

 

「俺は探索に行く」

 

俺は即座に手を挙げた。

 

(あんな池や山内みたいなガキ共の相手をしてたら、こっちのストレスがマッハで溜まる。……そうだ、癒しだ。俺には『ひより成分』の補給が必要だ)

 

俺は単独での探索を申し出ると、呆れる綾小路や苦笑いの平田たちを置いて、早々に川辺の拠点を後にした。

 

目的はただ一つ。この島のどこかにいるはずの、愛しの天使を探し出すことだ。

 

鬱蒼としたジャングルを、俺は音もなく進んでいく。

 

暗殺者としての索敵能力を全開にすれば、この程度の島で他クラスの痕跡を見つけるのは造作もないことだ。

 

数十分ほど歩き、島の反対側に近い海岸線へと出た時。

 

「うぇえええええい!! 肉焼けたぞーっ!!」

 

「冷たいジュース最高ぉぉぉ!!」

 

波の音を掻き消すほどの、爆音のBGMと馬鹿騒ぎする歓声が耳に飛び込んできた。

 

「……は?」

 

俺は木々の隙間から、その光景を見下ろして絶句した。

 

そこは、文字通りの『南国のバカンス』だった。

真っ白な砂浜には、ポイントで購入したであろう豪華なパラソルが立ち並び、大型のバーベキューセットで高級肉が焼かれている。海では水上バイクが走り回り、生徒たちが浮き輪でキャッキャと遊んでいる。

 

サバイバルの欠片もない、ポイントの全振りによる豪遊劇。

そこを占拠していたのは――龍園翔率いる、Cクラスだった。

 

(……なるほど。そういうカラクリか)

 

俺は木陰からその狂騒を眺めながら、龍園が描いた盤面の全容を瞬時に読み解いていた。

 

学校から支給された300Sポイント。それを初日から一切の出し惜しみなく、娯楽と食料に全額ベットする。

 

そしてポイントが底を突いた時点で、クラス全員でとっとと『リタイア』し、豪華客船のエアコンが効いた快適な部屋へ撤退する気だ。元々の持ち点がゼロになっていれば、リタイアによるマイナスペナルティは実質無効化される。

 

あとは龍園本人か、少数のスパイだけが島に潜伏し、他クラスの『リーダー』を当ててボーナスポイントを総取りする腹だろう。

 

(いや……あの龍園のことだ。それだけじゃ終わらねえな)

 

例えば、初日に大量に買い込んで余った物資を、他クラスに売りつけるという手もある。統率の取れていない、ウチのクラスは論外だとしても、AクラスやBクラス相手なら、プライベートポイントを対価にした裏取引も可能だろう。

クラスの連中には『バカンス』という極上の餌を与えて不満を封殺しつつ、裏では他クラスから確実にポイントを掠め取る。

 

悪魔的だが、極めて理にかなっている。恐怖でクラスを完全に支配している独裁者(龍園)にしか敷けない、えげつない戦術だ。

 

「……なんだ? 椎名にでも会いに来たのか、化け物」

 

不意に、背後から声をかけられた。

 

振り返ると、そこにはアロハシャツを着て、冷たい缶ジュースを手にした龍園翔が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 

俺の気配に気づいたというよりは、彼自身が周囲の警戒のために見回りをしていたのだろう。

 

「よお、王様。随分と景気のいいサバイバルをしてるじゃないか」

 

俺が皮肉交じりに言うと、龍園は鼻で笑った。

 

「ククク。せっかくのバカンスだ、楽しまなきゃ損だろ。……で? お前はなんでここにいる。Dクラスの偵察か?」

 

「いや、ただのひより成分の補給だ。……ああ、安心しな。お前の作戦も、別にクラスに伝えたりはしないから」

 

俺があっさりと口にすると、龍園は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 

「作戦? ククク……何のことだ? 俺たちはただ、このクソ暑い無人島で優雅にバカンスを楽しんでるだけだぜ?」

 

「とぼけなくていいさ。……数人を他クラスのリーダー当てのために残して、大半の奴らはポイントを使い切ってリタイアする気なんだろ? で、買い込んだ余剰な物資やらを、AクラスかBクラスのどっちかに売りつけるって腹積もりじゃないのか?」

 

俺が淡々と事もなげに言い当てると、龍園の顔からピタリと笑みが消えた。

その蛇のような瞳に、明確な戦慄が走る。

 

(こいつ……たった一目この状況を見ただけで、俺の戦略の全貌を見抜きやがったのか……!?)

 

龍園はチッと舌打ちを一つし、しかしすぐに無理やり元の不敵な笑みを張り付けた。

 

「……ククク。お前のその異常な察しの良さ、本当に反吐が出るぜ。だが、不干渉の約束は生きてるんだな?」

 

「当たり前だ。俺は自分の平穏と、ひよりとの時間が守られればそれでいい」

 

俺が肩をすくめると、龍園は缶ジュースを煽り、「好きにしな」と短く言い捨てた。

 

「さすがは王様。懐が深くて助かるよ」

 

俺は龍園の横を通り抜け、狂騒のビーチへと足を踏み入れた。

騒ぐCクラスの連中から少し離れた、静かな波打ち際。

 

そこに立てられたパラソルの下で、指定の体操服姿のまま膝を抱えて海を見つめている銀髪の少女がいた。

 

「……ひより」

 

俺が優しく名前を呼ぶと、彼女はハッとして振り返り、信じられないものを見るように目を丸くした。

 

「刃叉羅、くん……!?」

 

「よお。探しに来たぜ」

 

俺がパラソルの下に入ると、ひよりは砂浜から立ち上がり、パァッと花が咲くような満面の笑顔を見せた。

 

「どうして……ここに? Dクラスの皆さんは?」

 

「俺は探索係だからな。サボって……いや、この島の地理を把握するために歩き回ってたんだよ」

 

俺がとぼけて言うと、ひよりはクスクスと笑った。

 

「刃叉羅くんが来てくれて、本当に嬉しいです。……実は、少しだけ、寂しかったんです」

 

ひよりが少しだけ視線を落として呟く。

 

Cクラスの連中がバーベキューや水上バイクで馬鹿騒ぎしている中、本を愛する物静かな彼女がその輪に入れるはずもない。それに彼女は水着に着替えることもせず、ジャージを羽織った体操服のままで一人、このパラソルの下で孤独に海を眺めていたのだ。

 

(まあ、ひよりの可愛い水着姿は、試験が終わって船に戻ってからのお楽しみというのも悪くない)

 

「……ごめんな、遅くなって」

 

俺は彼女の隣に座り、その華奢な肩にポンと手を置いた。

 

「さあ、せっかくの海だ。少し遊ぼうぜ」

 

俺は立ち上がり、ひよりの手を引いて波打ち際へと歩き出した。

冷たい海水が、火照った足先を優しく撫でる。

 

「わっ……冷たいですね」

 

「ああ。気持ちいいな」

 

俺たちは足首まで海に浸かりながら、白い砂浜をゆっくりと歩いた。

 

時折、俺がわざと足で海水を跳ね上げてひよりにかけると、彼女は「あっ! もう、刃叉羅くん!」と笑いながら、小さな両手で水をすくって反撃してくる。

 

「ははっ、甘いな! そんな水鉄砲じゃ倒せないぞ!」

 

「えいっ! ……ああっ、冷たい!」

 

キャッキャとはしゃぐ彼女の姿は、俺が夢にまで見た『普通の高校生の青春』そのものだった。

 

陽光に反射してキラキラと輝く水飛沫。銀色の髪。そして、太陽よりも眩しい天使の笑顔。

 

特別試験の過酷さも、ポイントの計算も、クラスのいざこざも、今の俺の頭からは完全に消え去っていた。

  

 

――だが、そんな平和な二人だけの世界から少し離れたCクラスの拠点入り口では、きな臭い会話が繰り広げられていた。

 

「ククク。お前らも混ざるか? 鈴音」

 

バーベキューの肉を頬張りながら、龍園が不敵に笑う。その視線の先には、敵情視察に訪れた堀北と綾小路の姿があった。

 

「くだらないわね。試験を捨てるつもり?」

 

堀北は、ポイントを湯水のように浪費して豪遊するCクラスの有様を冷たい目で見下ろした。

 

「ククク、あんなちんけなポイントのために、一週間も貧乏くさいサバイバルなんてやってられねえよ」

 

「愚かね。あなたのクラスメイトに同情するわ」

 

堀北が呆れたようにため息を吐いた、その時だった。

 

彼女の視線が、騒ぐCクラスの連中のずっと奥――波打ち際でキャッキャとはしゃぐ一組の男女を捉えた。

 

「なっ……!? ちょっと、あれ……!」

 

堀北の冷静な仮面が崩れ、素っ頓狂な声が漏れる。

 

その視線の先では、自クラスの生徒である呉刃叉羅が、Cクラスの女子生徒と、まるで映画のワンシーンのように爽やかな水遊びに興じていたのだ。

 

「……あれは、どういうことかしら。なぜうちのクラスの人間が、あんなところで堂々とCクラスの女子と遊んでいるの?」

 

堀北がギリッと龍園を睨みつけると、龍園は腹を抱えて笑い出した。

 

「クハハッ! さあな。俺が『好きに遊べばいいさ』と言ったら、本当にうちのクラスの女を捕まえて満喫してやがるぜ。つくづく面白い男だ。……お前らのクラスの不良品はよ」

 

龍園の強烈な煽りに、堀北は怒りで肩を震わせる。

 

綾小路は、過酷なサバイバル試験の最中であろうと己の目的(青春)だけを全うする刃叉羅の姿に、(こんな状況下でも、あいつは本当にブレないな)と半ば呆れるように内心で一人ごちた。

 

「……行くわよ、綾小路くん。これ以上の偵察は無意味よ」

 

堀北は足早にきびすを返し、Cクラスの拠点から離れていく。

 

 

――帰り道の森の中。

 

「呉くんは一体何を考えているのかしら! 探索に行ったと思ったら、他クラスの拠点に入り浸って敵の女子生徒と遊んでいるなんて……!」

 

堀北は怒り心頭といった様子で、ズンズンと歩きながら早口にまくしたてた。

 

「まあ落ち着け。呉なりに、敵の懐に入って情報を引き出そうとしている……のかもしれないぞ?」

 

綾小路が適当なフォローを入れる。

 

「あれのどこが情報収集に見えるのよ!? どう見てもただ青春を満喫しているようにしか見えなかったわ!」

 

「……違いない」

 

綾小路は反論を諦めた。どう見てもただイチャついていただけだったからだ。

 

「とにかく、彼には拠点に戻り次第、きつくお灸を据える必要があるわね」

 

息巻く堀北の横で、綾小路は小さく息を吐いた。

 

 

 

数時間後。

 

すっかり日も傾き始めた頃、俺――呉刃叉羅はひよりをCクラスの拠点に送り届け、「またな」と手を振って自分たちの拠点へと帰路についた。

 

ひより成分を120パーセント補給し、心身ともに完璧にリフレッシュされた俺の足取りは、羽が生えたように軽かった。

 

(さて、そろそろ帰るか)

 

俺が鼻歌交じりに森の中を歩いていると、ふと、視界の端に不自然な空間が広がっているのに気がついた。

 

ジャングルの奥深くであるにも関わらず、そこだけ下草が綺麗に刈り取られ、土が耕されている。

 

「……なんだ、これ?」

 

俺は立ち止まり、その奇妙な空間へと足を踏み入れた。

 

そこにあったのは、人工的に作られた小さな『畑』だった。

支柱が立てられ、青々とした葉の間に、真っ赤に熟したトマトと、瑞々しいキュウリがいくつも実をつけている。

 

俺は周囲の気配を探ったが、誰もいない。野生の動物がこんなに綺麗に野菜を育てるはずもないし、自生しているにしてはあまりにも不自然すぎる。

 

「……なるほどな」

 

俺はトマトを一つもぎ取り、土を払ってかじりついた。

甘酸っぱい果汁が、口いっぱいに広がる。完璧に管理された、甘みの強い上質なトマトだ。

 

思えば、今日これだけ森を歩き回ったというのに、猪や熊といった大型の野生動物の痕跡――足跡やフン、獣道といったものが一切見当たらなかった。

 

「無人島サバイバルって触れ込みだが……要するに、ここは危険な野生動物を完全に排除し、試験用に徹底管理された『特別ステージ』ってわけか」

 

俺は空を見上げて、皮肉げに呟いた。

 

生徒にサバイバルをさせると言いながら、致命的な危険は取り除き、餓死や栄養失調を防ぐためにこうして意図的に食料を配置している。おそらく、島中のあちこちにこういった『ボーナスポイント』のような食料庫や果樹園が隠されているのだろう。

 

(猪や熊でもいれば、食料に使うポイントを大幅に浮かせることができたんだがな……。まあ、学校側も生徒が熊と素手で殺し合うなんて想定はしてないか)

 

野生のジビエ肉にありつけないことを少しばかり残念に思いながら、俺はジャージの裾を袋代わりにして、赤く熟したトマトとキュウリを大量に収穫した。

 

これだけあれば、今夜は配給の味気ないレーションだけでなく、新鮮な夏野菜のサラダをクラスの連中に振る舞うことができる。

平田たちへの差し入れにはちょうどいい。

 

「待ってろよ、ひより。この試験が終わったら、また俺の部屋で美味いもん作ってやるからな」

 

暗殺者の少年は、両手いっぱいの夏野菜を抱え、愛しの天使との未来に思いを馳せながら、喧騒の待つ拠点へと足取り軽く帰還するのだった。

 

 

 

 

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