青春を求めて実力主義の教室へ   作:リリリリら

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三十四話

豪華客船でのバカンス、二日目。

 

昨日までの無人島での泥臭いサバイバルが嘘のように、俺たちは文明の利器と贅沢の極みを享受していた。

 

「おはようございます、刃叉羅くんっ。ふふっ、朝から映画館でデートなんて、少しドキドキしますね」

 

「ああ、おはようひより。朝一番の回なら貸し切りに近いだろうし、ゆっくり楽しめると思ってな」

 

午前八時前。俺――呉 刃叉羅は、愛しの天使・椎名ひよりとエントランスで待ち合わせ、船内の映画館へと向かって歩いていた。

 

冷房の効いた快適な空間。隣には、少しおめかしをして嬉しそうに微笑む可憐な少女。

 

これ以上の幸福が、この世のどこに存在するというのだろうか。

 

「映画の後は、景色の良い展望カフェでフラッペでも飲もうか」

 

「はいっ! あと、図書室にも行ってみたいです。まだ読んでいない新刊が入っているかもしれないんです」

 

「ああ、いいぞ。ひよりの行きたいところなら、どこへでも付き合うさ」

 

俺が微笑んで答えた、その時だった。

 

時刻は午前八時ちょうど。俺とひよりの端末が、全く同じタイミングで着信音を鳴らした。

 

「……なんだ? 朝っぱらから」

 

俺が舌打ちを堪えながら画面を開くと、ひよりも不思議そうに自分の端末を取り出した。

 

ピロンッ。

 

俺とひよりの端末が同時に鳴り、学校からの一斉送信メールが届いた。

 

『生徒諸君に連絡する。これより、【夏季グループ別特別試験】を実施する。添付された指定の日時に指定の部屋へ集合し、ルールの説明を受けること』

 

「夏季グループ別……特別試験、ですか?」

 

ひよりが小首を傾げる。

 

「どうやら、ただのバカンスで終わらせてくれる気は毛頭ないらしいな。無人島に続いて、今度は船内での試験か」

 

俺は深く息を吐き出し、端末の画面をスクロールした。そこには試験の具体的な内容は一切書かれておらず、割り当てられたグループ名と集合時間だけが記載されている。

 

「ひよりのグループはなんだ?」

 

「えっと、私は『犬』グループと書かれています。……刃叉羅くんは?」

 

「俺は『猿』グループだ」

 

俺の答えを聞いて、ひよりはあからさまにシュンと肩を落とし、悲しそうに目を伏せた。

 

「グループ、別々なんですね。せっかくのクルージングなのに……試験の時間は、一緒にいられないんですね」

 

その声のトーンの落ち込み具合が、俺の心臓をギュッと締め付けた。

学校め。俺とひよりの神聖なデートの時間を奪うとは、万死に値する。

 

「……残念だけど、学校の試験なら仕方ないな」

 

俺は暗殺衝動を必死に抑え込み、ひよりを安心させるように頭を撫でた。

 

「まだどんなルールの試験かは分からないが……拘束時間以外は、すぐにひよりのところへ行くよ。試験なんて適当にやり過ごして、空いた時間は二人でこの豪華客船を満喫しようぜ」

 

「本当ですか……? ふふ、なんだか船内デートみたいですね」

 

「ああ。試験なんかより、そっちの予定の方がよっぽど大事だからな。約束だ」

 

 

夕方、指定された個室で受けたルールの説明は、人間の疑心暗鬼を煽る悪辣なものだった。

 

干支になぞらえられたグループの中で、たった一人だけ『優待者』が存在する。

 

明日から四日間。一日に二度、一時間の話し合いを行い、最終日の夜に『優待者が誰か』を当てるゲームだ。

 

結果のパターンは四つ。

 

【結果1】全員が正解すれば、グループ全員にポイント。

 

【結果2】一人でも不正解・未解答がいれば、優待者がポイント独占。

 

そして――最も厄介なのが、裏切りを誘発する【結果3】と【結果4】だ。

試験期間中、いつでも『他クラスの優待者の名前を学校に送信する』ことができる。

 

正解すれば【結果3】。その時点でそのグループの試験は終了し、当てた者に50万PPとクラスポイント50。逆に当てられた優待者のクラスはマイナス50ポイント。

 

間違えれば【結果4】。間違えた者のクラスがマイナス50ポイント。優待者が50万PPを得る。

 

「なるほど、毎日一時間×二回も、他人の腹を探り合う嘘つきゲームに参加しろってわけか。……めんどくさっ」

 

俺は個室を出ながら、内心で毒づいた。

俺にとって、この試験は『ひよりとのデートを阻害する厄介なタイムロス』でしかない。

 

 

翌日。優待者試験、初日。

第一回目の話し合いのため、俺は指定された会議室へと足を踏み入れた。

 

室内には、各クラスから集められた十数名の生徒がいる。

 

俺たちDクラスからは、俺と、おどおどしているみーちゃん(王美雨)、そして手鏡を見つめて高笑いしている変人・高円寺六助。Cクラスからは龍園の取り巻きのチンピラもどき数名。Bクラスからは人の良さそうな生徒達。Aクラスからは真面目そうな生徒が数名。

 

(なかなか、カオスなメンツだな)

 

定刻になり、初日の話し合いがスタートした。

 

「えっと……まずは、自己紹介から始めませんか?」

 

Bクラスの森山という生徒が場を和ませようと提案するが、Aクラスの連中は名前を名乗るだけで、その後は一切口を閉ざして『亀の戦術』を貫いている。

 

Cクラスの奴らは「なんで自己紹介なんかしなきゃなんねえんだよ」と突っかかり、高円寺に至っては、イヤホンをして完全に自分の世界だ。

 

「あのさ、少しは話し合おうよ! このままじゃ終わらないよ!」

 

森山が、焦ったように場を回そうと必死に声を張り上げている。

 

(……ん?)

 

俺は壁際に寄りかかり、その森山の様子を眺めているうちに、ある『微かな違和感』を覚えた。

 

暗殺者として一三〇〇年研ぎ澄まされてきた、人間の微細な変化を読み取る力。

 

発汗量。瞳孔の僅かな収縮。呼吸のペース。そして、心拍音。

 

森山は「場をまとめようとする善良な生徒」を演じている。

 

だが、彼が『優待者を見つけること』について言及する瞬間だけ、ほんの数ミリ、声のトーンが上擦り、視線が無意識に宙を泳ぐのだ。

 

(……限りなく黒に近いが、まだ『確定』とは言い切れないか)

 

いくら俺の直感がそう告げていても、たった十数分の話し合いで、決定的な証拠もないのに決めつけるのは早計だ。俺がここで外して学校にメールを送れば、クラスに多大なペナルティを与えることになってしまう。

 

話し合いの制限時間を知らせるチャイムが鳴り響き、生徒たちがバラバラと部屋を出ていく。俺もひよりの待つ場所へ向かおうとした、その時だった。

 

「――おやおや、随分と退屈そうな顔をしているねえ、呉ボーイ」

 

背後から、優雅な足取りで近づいてきたのは、高円寺六助だった。

 

「なんだ、高円寺。お前こそイヤホンして一切話し合いに参加してなかったじゃないか」

 

俺が振り返ると、高円寺は不敵な笑みを浮かべた。

 

「凡人のノイズに耳を貸すなど、私の美学に反するからね。……だが、君が誰に目を向けていたかは、よく見えていたよ」

 

「……何のことだか」

 

俺がとぼけると、高円寺は声を潜めた。

 

「隠さなくてもいいさ。狙いを定めた捕食者のような目で、Bクラスの森山ボーイを観察していただろう? 実は、私も彼が優待者だという意見でね」

 

「――――」

 

俺は、軽く肩をすくめた。

やはりこの男は異常だ。自分の世界に入り浸っているように見せかけて、森山の微細な動揺を、俺と同じように完璧に読み取っていたのだ。

 

「いくら怪しくても、まだ確定じゃないだろ。外れた時のリスクはデカいぞ」

俺がそう言うと、高円寺は自信満々に髪をかき上げた。

 

「ふははは! なに、底知れない実力を持つ君と、このパーフェクトな私が同じ意見なのだ。ならば、正解は『確実』だろう?」

 

「……なるほどな。そりゃあ確かに、間違いない」

 

俺の直感と、高円寺の圧倒的な観察眼。この二つが完全に一致したのだから、もはや疑う余地はない。

 

「で? それがどうした」

 

「私はね、こんな無意義な話し合いで、私の美しいバカンスを一日二時間も浪費したくないのだよ。君も、あの美しい椎名ガールとの逢瀬を邪魔されたくないのだろう?」

 

高円寺はパチンと指を鳴らした。

 

「私が今ここで、森山ボーイの名前を学校にメールして、この猿グループを【結果3】で終了させる。私はクラスで多少のノイズを浴びるだろうが、毛ほども気にしない。……そして、正解して得られる50万プライベートポイントを、君と『半分ずつ』分け合うというのはどうだい?」

 

「……お前が答えてポイントを得るなら、別に俺に半分寄越す義理はないはずだぞ」

 

俺が訝しげに尋ねると、高円寺は優雅に再び髪をかき上げた。

 

「ふははは! なに、君のような規格外の男に『恩』を売っておきたいのだよ。いつか私の役に立つかもしれないからね。それに、25万ポイントなど私には安いものさ」

 

「……なるほどな」

 

俺は小さく息を吐いた。高円寺なりの、俺というジョーカーに対する投資というわけだ。

 

高円寺が答えたことにすれば、俺たちのDクラスに50ポイントが入り、Bクラスが50ポイントを失う。

 

その上で、俺は目立つことなく明日からの会議をパスでき、ひよりとの時間にフルコミットできる。おまけに25万ポイントまで手に入るのだから、断る理由がない。

 

「……乗った。その代わり、俺が関与してることは絶対に口外するなよ」

 

「ふははは! 当然さ。私は美しい契約は守る主義だからね!」

 

高円寺は自身の端末を取り出し、迷うことなく学校の専用アドレス宛に『猿グループの優待者はBクラス・森山』という解答メールを送信した。

 

ピロンッ。

数分後、俺たちの端末に、一斉送信のメールが届いた。

 

『猿グループの試験が終了しました』

 

「ふふふ。これで私は自由の身だ。ポイントは後で振り込んでおこう」

 

高円寺は鼻歌交じりに去っていった。

 

「……よし、これで厄介事は片付いた」

 

俺が息を吐いた直後。

顔面を蒼白にさせたみーちゃんが、慌ててこちらに駆けてきた。

 

「く、呉くん! 今のメール……試験が、終わったって……!? まだ初日なのに、大丈夫なのでしょうか……!」

 

みーちゃんは、初日でいきなり試験が終わったことでパニックに陥っていた。

 

(高円寺の野郎はともかく、この純朴なみーちゃんにまで心労をかけるのは寝覚めが悪いな)

 

俺はみーちゃんに寄り、声をひそめて言った。

 

「落ち着け、みーちゃん。さっき高円寺が『面倒だから』って理由で、勘でBクラスの奴の名前を送ったら……運良く正解しちまったらしい。だから、Dクラスはノーペナルティで、むしろプラス50ポイントだ」

 

「ええっ!? 高円寺くんが……!?」

 

困惑するみーちゃんに、俺は自分の端末を操作し、高円寺から送られてきた25万ポイントのうちの半分――『12万5千ポイント』を、みーちゃんのアカウントへと送金した。

 

「っ!? 呉くん、これ……!」

 

「高円寺が気まぐれで半分くれたんだ。俺とみーちゃんで半分こってことにしておく。……だから、このことは内緒だ。そうすれば、みーちゃんが余計な騒ぎに巻き込まれることはない」

 

俺がウインクして見せると、みーちゃんは呆然としながらも、顔を真っ赤にして深く頭を下げた。

 

「ありがとう……! Dクラスにポイントも入って、こんなにたくさん……私、絶対に内緒にするね!」

 

「ああ。せっかくのバカンスだ、美味しいスイーツでも食ってきな」

 

俺はみーちゃんを安心させて送り出し、ようやく完全に自由の身となった。

 

(よし。これで障害は全て排除した)

 

俺は大きく伸びをし、弾むような足取りで、ひよりの待つ場所へと向かった。

その後の一週間。

 

他のクラスの連中が、毎日会議室に集まり、疑心暗鬼に囚われながら嘘と探り合いの心理戦を繰り広げている間。

 

俺は、ひよりの試験の会合時間を除いて、すべての時間を彼女と共に過ごした。

 

「刃叉羅くん、あそこのカフェのケーキ、とっても美味しいらしいですよ」

 

「よし、行こう」

 

俺はひよりをあらゆる場所へエスコートした。

船内の豪華なレストランでのディナー。

展望デッキでの星空観賞。

 

「刃叉羅くんのグループは、初日で終わってしまったんですよね。高円寺くんという方が当ててしまったとか」

 

「ああ。あいつは相変わらず自分勝手な奴だよ。おかげで俺は、こうしてひよりとずっと一緒にいられるわけだが」

 

「ふふっ。じゃあ、高円寺くんには少しだけ感謝しないといけませんね」

 

ひよりがクスクスと笑いながら、俺の腕にそっと触れる。

 

特別試験の重圧など微塵も感じさせない、ただただ甘く、穏やかで、完璧な時間。

 

暗殺者として生み出された俺が、この学校で手に入れたかったもの。

それは、莫大なクラスポイントでもなく。

ただ、目の前で微笑む天使と共に過ごす、この平穏でかけがえのない青春の日々だけなのだ。

 

青い海を進む豪華客船の上で。

俺とひよりの、終わらない夏休みが、どこまでも続いていくのだった。

 

 

 

 

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