青春を求めて実力主義の教室へ   作:リリリリら

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三十五話

豪華客船を舞台にした、『優待者試験』。

 

干支になぞらえられた十二のグループに分かれ、話し合いと騙し合いによって他クラスの優待者を暴き出すという、極めて悪辣な心理戦。

 

俺――呉 刃叉羅の所属する『猿』グループは、初日の話し合い終了直後に、変人・高円寺六助がBクラスの生徒を指名し、見事に正解したことで早々に幕を閉じていた。

 

そのため、残りの試験期間中、俺は完全に『自由の身』となっていた。

 

他のクラスの連中が、毎日重苦しい空気が漂う会議室に集まり、誰が嘘をついているのか、誰が裏切るのかと疑心暗鬼に神経をすり減らしている間。

 

俺は、ひよりの試験の会合時間を除いて、すべての時間を愛しの天使・椎名ひよりと共に過ごしていた。

 

船内の映画館で肩を並べてポップコーンを食べ、プールで冷たい水を掛け合い、展望カフェで彼女の好きなミステリー小説の伏線について熱く語り合う。

 

それは、血塗られた暗殺者として生み出された俺の人生において、最も平和で、最も甘く、そして最も『普通の高校生らしい』極上の時間だった。

だが、どんなに楽しい時間にも、必ず終わりはやってくる。

 

 

八月十四日。

長かった豪華客船での特別試験およびバカンスの、最終日。

 

船内の巨大なホールに一年生全員が集められ、各クラスの担任たちから、今回の優待者試験の最終結果が発表された。

 

誰が裏切り、誰が正解を導き出したのか、その詳細な過程は一切明かされない。ただ、冷酷な『数字』だけが、巨大なモニターに映し出された。

 

【優待者試験・最終結果】

 

• Aクラス(葛城):クラスポイント マイナス200cp / プライベートポイント プラス200万pp

 

• Bクラス(一之瀬):クラスポイント 変動なし(0cp) / プライベートポイント プラス250万pp

 

• Cクラス(龍園):クラスポイント プラス150cp / プライベートポイント プラス550万pp

 

• Dクラス(堀北):クラスポイント プラス50cp / プライベートポイント プラス300万pp

 

そして、無人島試験の結果にこの増減を加えた、来学期からの最新のクラスポイントが宣告される。

 

【最新クラスポイント】

 

• Aクラス:924 cp (1124 - 200)

 

• Bクラス:803 cp (803 + 0)

 

• Cクラス:642 cp (492 + 150)

 

• Dクラス:362 cp (312 + 50)

 

「……マジかよ」

 

「Cクラス、すげぇ……クラスポイントもだけど、プライベートポイントの稼ぎ方がエグすぎる……!」

 

モニターに映し出された結果を見て、ホール内が騒然となった。

 

今回、圧倒的な大勝利を収めたのは、無人島で0ポイントという大敗を喫したはずのCクラス――龍園翔だった。

 

裏でどんな脅迫や取引、あるいは裏切りを仕掛けたのかは分からない。だが、他クラスの優待者を複数見破り、自クラスの優待者を守り抜いた結果、莫大なポイントを掻き集めたのだ。無人島での損失を補って余りある、悪魔的なまでの手腕である。

 

逆に、最も痛手を負ったのはAクラスだ。

プライベートポイントこそ得ているものの、クラスポイントを200も失い、Bクラスとの差が大きく縮まっている。

 

Aクラスの集団の中で、坂柳有栖派の生徒たちが、葛城康平を容赦なく責め立てていた。無人島に続く失態に、葛城の権力基盤は完全に揺らいでいるようだった。

 

Bクラスの一之瀬帆波も、自分たちの優待者を見抜かれたのか、悔しそうに唇を噛み締めている。

 

一方で、俺たちDクラスはといえば。

 

「よっしゃああ! クラスポイント50プラスだぜ!!」

 

「これで来月からは大金持ちだ!」

 

池や山内たちが、諸手を挙げて歓喜の声を上げていた。

俺の『猿』グループでの高円寺の正解に加え、おそらく綾小路の暗躍によって『兎』グループでも何らかの勝利条件を満たしたのだろう。結果的に、無人島での1位に続き、Dクラスは今回の試験でも着実にポイントを伸ばすことに成功していた。

 

「みんな、よく頑張ったね。これで二学期からも、少し余裕を持って生活できるよ」

 

平田洋介が、心底ホッとしたような優しい笑顔でクラスメイトたちを労っている。

 

俺は、狂騒に包まれるホールの中で、壁際に寄りかかりながら静かにその光景を眺めていた。

 

(まあ、俺は初日以外、一切試験には関わらずにひよりと遊んでただけだがな)

 

心の中でそっと呟きながら、俺は早々にこの喧騒から抜け出す算段を立てていた。

 

なぜなら、俺にはこの後、世界で一番重要な予定が控えているのだから。

 

 

 

夕刻。

豪華客船が東京湾を目指してゆっくりと海を進む中。

俺は、オレンジ色に染まるオープンデッキのフェンスに寄りかかり、隣に立つ銀髪の少女の横顔を見つめていた。

 

「……長かったバカンスも、今日で終わりだな」

 

海風に吹かれながら俺が静かに呟くと、椎名ひよりは海に向けられていた視線を俺の方へとゆっくりと移した。

 

夕日を反射してキラキラと輝くその瞳は、少しだけ寂しそうに揺れているように見えた。

 

無人島での一週間。そして、船での一週間。

彼女と過ごしたこの時間は、あまりにも色濃く、そして幸せに満ちていた。

 

正直に言おう。

 

(……ヤバい。もうひよりの癒し成分が無ければ禁断症状が起きかねん)

 

明日から学校に戻り、またあの騒々しい教室で、池や山内たちの騒がしい日常に付き合わなければならないのかと思うと、本気で憂鬱になってくる。

 

できることなら、この船をシージャックして、二人きりで永遠に太平洋を彷徨い続けたいくらいだ。俺の武力をもってすれば、操舵室の制圧など五分もかからない。

 

そんな、暗殺者特有の物騒極まりない現実逃避を脳内で展開していると。

 

「……ふふっ」

 

不意に、隣のひよりが、春の陽だまりのような柔らかい笑い声を漏らした。

 

「どうかしたか?」

 

俺が小首を傾げると、ひよりは両手を背中の後ろで組み、少しだけ体を前に倒して、上目遣いで俺を見つめてきた。

 

「刃叉羅くん、とっても寂しそうなお顔をしていましたから」

 

「……っ」

 

図星を突かれ、俺は思わず言葉に詰まった。まさか船を乗っ取ろうとしていたことまでバレたわけではないだろうが。

 

ひよりは、風に揺れる銀髪を指でそっと耳に掛けながら、世界で一番可憐な、天使の微笑みを浮かべた。

 

「刃叉羅くん。……まだ、夏休みは残っていますよ?」

 

「え?」

 

「船を降りても、九月まではお休みです。だから……」

 

ひよりは、ぽっと頬を薄紅色に染め、その美しい瞳で俺を真っ直ぐに射抜いた。

 

「学校に戻っても、また……私と、たくさん遊んでくれますかっ?」

 

――――――――ッッッ!!!!!!!

 

(ぐはぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!)

 

俺の心臓に、対物ライフル級の徹甲弾が直撃した。

なんだその破壊力。なんだその上目遣い。なんだその「遊んでくれますかっ?」という小動物のような可愛すぎる語尾は。

 

俺の脳内コンピューターが完全にショートし、意識が真っ白に吹き飛びそうになる。

 

暗殺者として、どんな過酷な拷問にも耐えうる精神力を鍛え上げてきたはずの俺が、たった一人の少女の言葉で完全に機能停止に追い込まれている。

 

もし俺が普通の高校生なら、間違いなくその場で鼻血を吹いて倒れるか、理性を失って彼女を強く抱きしめていただろう。

 

だが、俺は呉一族の暗殺者だ。

極限の状況下でこそ、究極のポーカーフェイスを保つ技術がある!

 

俺は、体内で荒れ狂う悶絶の嵐を『外し』の制御技術を応用して強引にねじ伏せ、表面上は極めて冷静に、そして最高にクールな男の顔を作って返答した。

 

「……ああ。当たり前だ」

 

俺は、フェンスから体を離し、ひよりの正面に立って、その小さな頭にポンと優しく手を乗せた。

 

「船を降りたら、今度はケヤキモールで映画の続きを見よう。それから、約束してた夏野菜のフルコースも、俺の部屋で振る舞ってやる。……夏休みが終わっても、秋も、冬も、ずっと俺と遊ぼう」

 

俺のストレートな言葉に、ひよりの顔が耳の先まで一気に真っ赤に染まった。

彼女は自分の両手で熱くなった頬を包み込みながら、嬉しそうに、本当に嬉しそうに目を細めた。

 

「……はいっ! 約束、ですよ?」

 

「ああ、約束だ」

 

夕日が二人の影を長くデッキに落とし、波の音が心地よいBGMとなって響く。

 

特別試験の殺伐とした空気など、ここには一切存在しない。

俺とひよりの周りだけは、世界のあらゆる争いから切り離された、絶対的な『平穏』と『幸福』の結界で守られていた。

 

俺たちはそのまま、完全に日が落ちて星が瞬き始めるまで、デッキで肩を並べて穏やかな会話を楽しみ、名残惜しさを胸に秘めながら、それぞれの客室へと戻っていった。

 

俺が指定された男子の四人部屋のドアを開けると、そこには思いがけない静寂が広がっていた。

 

「……おや?」

 

いつもなら、高円寺が鏡の前で高笑いしながらポーズをとっていたり、平田が誰かの相談に乗っていたりするはずの部屋。

 

だが、そこにいたのは、ベッドの上に胡座をかき、一人で静かに文庫本を読んでいる少年――綾小路清隆だけだった。

 

「おっ。珍しいな、お前が一人で部屋にいるなんて」

 

俺が声をかけながら部屋に入ると、綾小路は本から視線を上げ、感情の読めない瞳で俺を見た。

 

「……高円寺はラウンジで女の子たちをナンパしている。平田は、クラスの連中と最後の夜の祝勝会で別の部屋だ」

 

「なるほどね。でお前は、そういう騒がしい場から逃げてきたってわけか」

 

「まあな。俺は目立つのが嫌いだからな」

 

綾小路が淡々と答えるのを聞きながら、俺は自分のベッドにドカッと腰を下ろした。

 

「そういや、お前たちの『兎』グループも、見事に勝ったみたいだな」

 

俺が話を振ると、綾小路は本を閉じ、相変わらずの無表情な顔で淡々と答え

た。

 

「……ああ。色々と盤面を整える必要はあったが、なんとか狙い通りの結果にはなった」

 

無人島の時と同様、俺の前では『堀北のおかげ』という隠蔽工作をする気はないらしい。俺と綾小路の間には、互いの異常性を理解した上での、暗黙の了解があった。

 

「お前が裏でどんな手を使ったかまでは知らねえが、相変わらず目立たずにきっちり結果だけは残すんだな」

 

「それはお互い様だろ。初日で優待者を見抜いて、早々に試験から抜け出した奴が言うセリフじゃない」

 

綾小路が微かに目を細め、こちらの異常性を突き返してくる。

 

「ははっ、あれは高円寺もいたからな。俺1人なら初日で指名することはなかったさ。まあ、安心しろ。俺はお前のやり方を詮索する気も、邪魔する気もない。お前が目立ちたくないなら、これからもずっと『堀北の手柄』ってことで黙っててやるからさ」

 

俺が肩をすくめてウインクすると、綾小路は小さく息を吐き出し、張り詰めていた警戒を少しだけ解いたように見えた。

 

「……お前のそういう『不干渉』のスタンスには、本当に助けられているよ。お前が敵に回らないというだけで、俺の計算は格段に楽になるからな」

 

「だろ? 俺は最高に平和主義で善良な高校生だからな。……ま、お互い、この面倒くさい学校で自分の『平穏』を守るために、上手くやっていこうぜ」

 

「ああ、そうだな」

 

俺たちは、互いの底知れぬ深淵を理解し合いながらも、決して踏み越えない『奇妙な友人』としての確かな絆を交わした。

 

その後は、特別試験の話など一切持ち出さず、ただの男子高校生同士としての他愛のない会話が続いた。

 

「そういえば呉。お前、この船に乗ってから、食事の時以外ほとんど部屋にいなかったな。どこで何をしていたんだ?」

 

綾小路が、純粋な疑問という顔で尋ねてくる。

 

「俺か? 俺はずっと、ひよりと一緒に映画見たり、プール行ったり、カフェで本読んだりしてたぞ。……控えめに言って、最高のバカンスだった」

 

俺がドヤ顔で言い放つと、綾小路は少しだけ目を丸くした。

 

「……お前、初日に優待者試験を終わらせた後、ずっとそのCクラスの椎名と一緒にいたのか?」

 

「当たり前だろ。他に何をするってんだ」

 

「……いや。お前の行動力とブレなさは、ある意味で尊敬に値するな」

 

綾小路が、心底呆れたような、しかしどこか感心したようなため息をつく。

彼のように、裏で軽井沢のトラウマを利用したり、クラスの覇権争いをコントロールしたりと忙しく立ち回っている人間からすれば、俺の『ひより最優先主義』は異次元の生態に見えるのだろう。

 

「お前も、たまには堀北の荷物持ちなんか放り出して、女の子とプールでも行ってみろよ。青春ってやつを味わえるぞ?」

 

俺が茶化すと、綾小路は本をサイドテーブルに置きながら首を横に振った。

 

「……俺には縁のない話だ。俺はただ、平穏に卒業できればそれでいい」

 

「枯れてんなぁ。まあ、何か悩み事でもできたら、いつでも俺に相談しろよ。恋の悩みでも、死体の隠し方でも、何でも乗ってやるから」

 

「……後半の相談だけは、一生したくないな」

 

綾小路が微かに口角を上げ、極めて人間らしい反応を返してくれた。

 

夜の海を切り裂くように進む豪華客船。

窓の外には、都会の光が少しずつ近づいてきていた。

波乱に満ちた特別試験が終わり、俺たちは再び、まだしばらく続く夏休みの日常へと戻っていく。

 

(……本当に、最高のバカンスだったな)

 

ひよりと過ごした甘い時間の余韻を噛み締めながら、俺は小さく息を吐いた。

船を降りても、映画に、カフェに、俺の部屋での手料理と、彼女と約束している予定は山ほどある。

 

いずれ、俺の口から俺たちの関係をハッキリさせなければならない。それは痛いほど分かっている。

 

だが、ただの好意を打ち明けるだけならどれほど楽だっただろうか。

俺が抱えているのは、血に塗れた『暗殺者』としての拭い去れない過去だ。俺の口から想いを告げるということは、同時にあの純白の天使に、俺の真っ黒な正体を明かすということを意味している。

 

(もし、嫌われたら……。あの優しい笑顔が、俺への『恐怖』や『軽蔑』に変わってしまったら)

 

想像するだけで、心臓を氷の刃で貫かれたような、どうしようもない恐怖が全身を駆け巡る。今までどんな死地を潜り抜けてきた時よりも、その未来を想像する方がよっぽど恐ろしかった。

 

(だから……もう少しだけ。このぬるま湯のような、幸せな時間を長引かせてもいいよな)

 

暗殺者の少年は、隣のベッドで静かに眠りについた虚無の友の気配を感じながら、全てを失うかもしれない恐怖から目を逸らし、愛しい天使との『平穏で甘い日常』が一日でも長く続くことを密かに願いながら、静かに目を閉じるのだった。

 

 

 

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