青春を求めて実力主義の教室へ   作:リリリリら

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四十三話

体育祭もいよいよ終盤戦。

 

十月の爽やかな秋風が吹き抜けるグラウンドは、次なる競技の開始を告げるアナウンスによって、再び異様な熱気に包まれていた。

 

「続いての競技は、推薦参加者による『借り物競走』です。出場選手はスタート位置へ」

 

俺――呉 刃叉羅は、軽くアキレス腱を伸ばしながら、指定されたレーンに立った。

 

借り物競走。コースの途中に置かれた箱の中からお題の書かれた紙を引き、指定された物(あるいは人)を探し出して、共にゴールしなければならないという、運の要素が極めて強い競技だ。

 

(まあ、何が出ても俺の足ならリカバリーは効くがな)

 

俺は余裕の笑みを浮かべ、スターターのピストルが鳴るのを待った。

 

パンッ!!

号砲と共に、俺は飛び出した。

 

最初の100メートル走のように音速を越えようとはせず、あくまで『普通の高校生のトップクラス』という絶妙な出力を保ちながら、先頭で紙の入った箱へと辿り着く。

 

箱の中に手を入れて、一枚の紙を引き抜く。

走りながらそれを開き、お題の文字に目を通した瞬間。

 

「…………っ」

 

俺は、思わずニヤリと、笑みをこぼしてしまった。

紙に書かれていたお題は。

 

『好きな人』

 

(……神様ってやつは、俺とひよりの恋路を全力で応援してくれているらしいな)

 

迷いなど一秒もなかった。

 

俺はトラックのコースを大きく外れ、一直線に白組の待機テント――Cクラスの陣地へと向かって猛ダッシュした。

 

「えっ!? ちょっと、呉くん、どこ行くの!?」

 

「あいつ、コース外れて敵のテントに向かってるぞ!」

 

観客席や他の生徒たちがざわめく中、俺はCクラスの生徒たちをかき分け、最前列で応援していた銀色の髪の少女の前に、文字通り風のように滑り込んだ。

 

「刃叉羅くん……っ!?」

 

体操服姿のひよりが、突然目の前に現れた俺を見て、驚きに目を丸くする。

 

「ひより。借り物競走のお題だ」

 

俺はそう言うと、有無を言わさず、ひよりの華奢な身体をヒョイッと両腕で抱え上げた。

 

「ひゃあっ!?」

 

グラウンド中に響き渡るような、ひよりの可愛らしい悲鳴。

いわゆる『お姫様抱っこ』というやつだ。

 

ひよりはパニックになり、顔を耳の先まで真っ赤にして、俺の首にしがみついてきた。

 

「ば、刃叉羅くんっ!? なにを……!?」

 

「お題が『好きな人』だったんだよ。……俺の好きな人は、この世界にお前しかいないだろ」

 

「――――〜〜〜〜ッッッ!!!」

 

俺のストレートすぎる言葉に、ひよりは完全に言葉を失い、俺の胸に顔を埋めて、プシューッと頭から湯気を噴き出した。

 

あまりの恥ずかしさと嬉しさで、ショートしてしまったらしい。

 

「よし、しっかり捕まってろよ!」

 

俺はひよりを軽々と抱えたまま、再び猛ダッシュでトラックへと戻った。

女子一人を抱えているとは到底思えないほどのバケモノじみたスピードで、他のモタモタと借り物を探している選手たちをごぼう抜きにしていく。

 

『おおっと!! Dクラスの呉選手、なんとCクラスの椎名選手をお姫様抱っこして、猛烈なスピードでコースを駆け抜けていくぅぅっ!!』

 

放送部員の実況がグラウンドに響き渡る。

 

俺はそのまま、ぶっちぎりのトップでゴールテープを切った。

 

「ゴール! 呉選手、お題の確認を!」

 

審判の教師に見せた紙には、しっかりと『好きな人』と書かれている。

 

「……はい、確認しました! 1位、Dクラス・呉刃叉羅!」

 

その瞬間、グラウンドは割れんばかりの歓声と、冷やかしの口笛に包まれた。

 

「ヒューッ! やるぅ!」「青春してんなオイ!!」

 

他クラスの生徒たちが盛り上がる中、俺の腕の中にいるひよりは、まだ顔を真っ赤にして俺の体操服をギュッと握りしめていた。

 

「どうだ、ひより。俺のかっこいいところ、見せられたか?」

 

俺が耳元で囁くと、ひよりは俺の胸に顔を押し付けたまま、コクンと小さく頷いた。

 

(……可愛すぎる。もうこのまま家に持ち帰りたい)

 

俺は内心で悶絶しながら、そっとひよりを地面に下ろし、彼女を白組のテントへと送り届けた。

 

だが、この愛に溢れた行動を、面白く思わない底辺の愚者たちがいた。

俺が赤組の待機テントに戻ると、パイプ椅子の辺りから、ギリギリと歯ぎしりをする音が聞こえてきた。

 

「ふ、ふざけんなよ……っ! 体育祭で堂々とお姫様抱っこだと……!?」

 

「あんなの完全にスパイ行為じゃねえか!! 敵のクラスの女といちゃつきやがって! やっぱりあいつが情報をCクラスに流したんだ!」

 

池寛治と山内春樹が、顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら喚き散らしていた。

 

俺はため息をつき、彼らを完全に視界から除外して自分の席に座った。

嫉妬に狂った男の妄言など、聞く価値もない。俺が1位を取ってクラスに貢献しているという事実すら、彼らの目には見えていないのだ。

 

続く競技は『四方綱引き』。

十字に交差した四本の綱を、四つのクラスで引き合い、自陣のフラッグを奪い合うという力勝負の団体戦だ。

 

俺は、平田洋介、綾小路清隆、そして数名の男子と共に、この競技に参加することになった。

 

(さて、どうするか)

 

俺は綱を握りながら思案した。

ここで俺が本気の筋力を解放すれば、他の三クラスをまとめて引きずり倒すことも可能だが、それではさすがに異常すぎる。

 

「みんな、力を合わせて一気に引こう!」

 

平田が声をかけ、試合開始の合図が鳴った。

オーエス、オーエス、という掛け声と共に、四方向から凄まじい力が加わる。

俺は『平田と同じくらいの力』を意識して、適度に綱を引いていた。

 

だが、その時。

 

『頑張ってくださーいっ!!』

 

またしても、白組のテントから、俺の天使の愛らしいエールが響き渡ったのだ。

 

(っっ……!!)

 

その声を聞いた瞬間。俺の脳髄を、再び極上のアドレナリンが駆け巡った。

 

「……ふっ!!」

 

俺は無意識のうちに、綱を握る手に『本気』の力を込めて、グンッ! と後方へ引き寄せてしまった。

 

暗殺者の脚力が地面を抉り、背筋が爆発的なパワーを生み出す。

 

「うおあっ!?」

 

「えっ、ちょっ、引っ張られ……!?」

 

俺の圧倒的な腕力によって、綱の均衡が一瞬で崩壊した。

 

対戦相手の他クラスの生徒たちが、次々と前のめりに引きずり倒され、砂埃を上げて転がっていく。俺たちのチームは、そのまま一気に自陣のフラッグを引き倒し、圧倒的な秒殺で勝利を収めてしまった。

 

「……え?」

 

「な、なんだ今の引く力!? トラクターでも繋がってたのか!?」

 

周囲の生徒たちが、ポカンと口を開けてこちらを見ている。

 

(やべっ……またやりすぎた!)

 

俺は焦った。いくらなんでも、このパワーは目立ちすぎる。

俺は咄嗟に、隣で綱を握っていた平田と綾小路の肩をバンバンと叩き、大声で言った。

 

「す、すげえな平田! 綾小路! お前ら二人でどんだけ力持ちなんだよ!!

俺、ほとんど引っ張ってなかったぞ!」

 

「えっ!? い、いや、僕はそんなに力入れてないけど……」

 

「……」

 

困惑して冷や汗を流す平田と、俺にスケープゴートにされて無表情のままジト目を向けてくる綾小路。

 

「いやー、綾小路の握力60キロがここで活きるとはな! 頼りになるぜ!」

 

俺は強引に責任を彼らに押し付け、逃げるようにその場を去った。

背後で綾小路が「……理不尽すぎるだろ」と呟いたのが聞こえたが、聞こえないふりをした。

 

その後の『男女混合二人三脚』。

これは当初、エースである須藤と堀北のペアが出場する予定だった。

 

しかし、堀北は先の競技での負傷で足を引きずっており、須藤に至ってはキレてグラウンドを去ったままである。

 

「呉くん……代役をお願いできないかな?」

 

平田が困り果てた顔で、俺に頼み込んできた。

だが、俺は首を横に振った。

 

「悪いな、平田。俺は、ひより以外の女子と肩を組んで密着して走る気は一ミリもない。俺の腕と足は、ひより専用なんだ」

 

「そ、そっか……。呉くんの彼女への一途さは尊敬するよ……」

 

俺の言葉に、平田も苦笑いして引き下がるしかなかった。

 

結局、須藤と堀北の代役は、平田の頼みを断れなかった綾小路清隆と、櫛田桔梗のペアが務めることになった。

 

遠くから、綾小路と櫛田が肩を組んでスタートラインに向かうのを見ながら、俺は内心で感心していた。

 

(堀北に佐倉、軽井沢、そして今回は櫛田か……。あいつ、無気力な顔して裏で色んな女のフラグ立てまくってんな。ある意味ですげえわ。これが影の支配者のモテテクニックか)

 

俺は的外れな感心をしながら、彼らの無難な走りを見守った。

 

そして、いよいよ体育祭のフィナーレ。

各クラスの威信を懸けた最後の大勝負、『三学年合同1200メートルリレー』の時間がやってきた。

 

各学年から選抜された俊足のランナーたちがバトンを繋ぐ、最も盛り上がる競技だ。

 

俺は、一年Dクラスのトップバッターとして、スタート地点に向かおうとしていた。

 

だが、その直前。

リレーのメンバーを務める予定だった三宅が、苦痛に顔を歪めながら平田の元へとやってきた。

 

「……すまん、平田。前の競技で足を痛めちまったみたいだ。今の俺が走っても、足を引っ張るだけだ。棄権させてくれ……誰か、代わってくれないか」

 

三宅の悲痛な訴えに、クラスの間に絶望の空気が漂う。

メンバーが足りなければ、Dクラスは棄権扱いとなり、クラスポイントに致命的なダメージを負うことになる。

 

「俺が代わろう」

 

静寂の中、スッと前に出たのは。

無気力なフラグ建築士――綾小路清隆だった。

 

「あ、綾小路くん……?」

 

「代役にはポイントが必要だが、走らないよりはマシだろ」

 

綾小路の言葉に、平田は「ありがとう、綾小路くん!」と深く頭を下げた。

さらに、赤組の待機テントに信じられない人物が姿を現した。

 

「……みんな」

 

足を引きずりながら歩く堀北鈴音。その背後に、一度はキレて帰ったはずの須藤健が、俯き加減についてきていたのだ。

 

「す、須藤くん……!」

 

平田が驚きの声を上げる中、須藤はクラスメイトたちの前に立ち、深く、深々と頭を下げた。

 

「……悪かった。俺が短気起こして、途中で投げ出して……本当に、迷惑かけた」

 

それは、プライドの塊だった須藤からの、本気の謝罪だった。

彼を説得し、連れ戻してきた堀北。怪我を負っているというのに、どうやってあの怒り狂っていた猿を丸め込んだのか。

 

(……やるな、堀北)

 

俺は素直に感心した。孤立していた少女が、真のリーダーとしての片鱗を見せ始めた瞬間だった。

 

「気にするなよ、須藤! リレーで挽回してくれ!」

 

クラスメイトたちも謝罪を受け入れ、一気にクラスの士気が回復していくのを感じた。

 

「よし。じゃあ、まずは俺が、お前らに最高のリードをプレゼントしてやるよ」

 

俺は軽く肩を回し、リレーのスタート地点へと向かった。

 

パーンッ!!

号砲と共に、俺は飛び出した。

 

100メートル走の時のように音速を超えるようなヘマはしない。あくまで『普通の高校生のトップクラス』の走りで、他クラスの第一走者たちを置き去りにする。

 

ダントツの1位で、第2走者へとバトンを渡した。

 

「おおおおっ!! すげえええ!!」

 

Dクラスのテントが歓喜に沸く。

だが、やはり他クラスの上級生たちの壁は厚く、Dクラスの層は薄かった。

 

俺が稼いだリードは、走者が代わるごとに少しずつ削り取られ、アンカーにバトンが渡る手前で、Dクラスは中位のグループにまで順位を落としていた。

 

そして、最終アンカーのスタートライン。

そこには、各クラスの威信を背負った、三年生の最強ランナーたちが待ち受けている。

 

その中には、Aクラスのアンカーであり、全校生徒の頂点に君臨する生徒会長・堀北学の姿もあった。

 

俺は少し離れた場所から、アンカーの待機位置を観察していた。

 

(ん?)

 

遠くで、綾小路と生徒会長の堀北学が、何やら言葉を交わしているのが見えた。

 

距離があって正確な内容は聞こえないが、綾小路が普段の無気力な態度とは違う、妙に鋭い空気を放っているように見えた。

 

(あいつ……珍しく『本気』の目をしているじゃないか)

 

前走者の櫛田桔梗から、綾小路の手にバトンが渡された。

 

「――――」

 

その瞬間。綾小路の身体が、まるで弾かれたバネのように爆発的な加速を見せた。

 

俺が見せた人間離れした記録ほどではないが、それでも普通の高校生としては完全に異常な領域の速さだ。

 

無駄な力みが一切ない、完璧に計算され尽くした『最高効率』の走行。

 

「なっ……!?」

 

グラウンド中に、驚きとざわめきが巻き起こった。

 

「うそでしょ!? 綾小路くんって、あんなに速かったの!?」

 

軽井沢や佐藤が、信じられないものを見るように目を丸くしている。

 

「あいつも手抜いてたのかよ! クソッ!」

 

池と山内が、驚愕と嫉妬の混じった声で喚いている。

 

綾小路は、前を走る上位の生徒たちを次々と抜き去っていく。

 

だが、それを迎え撃つ生徒会長・堀北学もまた、バケモノだった。

綾小路が並びかけようとした瞬間、学もまたギアを一段階上げ、凄まじいスピードで逃げを打つ。

 

「誰だあいつ!? あの生徒会長と互角に走ってんぞ!」

 

上級生たちが、名も知らぬ一年生(綾小路)の走りに熱狂している。

 

(……すげえな)

 

俺は、暗殺者としての視点で、彼らの走りに純粋に感心していた。

 

綾小路のあの走りは、間違いなく何かしら特殊な訓練を積んできた結果の産物だ。

 

だが、それを迎え撃つ堀北学の走りも凄まじい。ただの高校生でありながら、鍛錬と才能だけで、あの綾小路と互角に渡り合っているのだ。

 

(この学校には、本当に面白い奴らがいるもんだな)

 

最終的に、トップを走り続けていた南雲雅のいる二年Aクラスが1位で逃げ切り、学が2位、そして綾小路が猛追の末に3位へと順位を上げてゴールテープを切った。

 

その走りは、全校生徒の記憶に「Dクラスに潜む実力者」として強烈に刻み込まれることになった。

 

そして、全競技が終了し、閉会式。

夕闇が迫るグラウンドで、体育祭の最終結果が発表された。

 

「……以上を持ちまして、本年度の体育祭の全競技を終了します。続いて、一年生クラスの総合順位を発表します」

 

電光掲示板に、残酷な数字が映し出された。

 

【一年生 クラス順位】

1位:白組・Bクラス(一之瀬)

2位:白組・Cクラス(龍園)

3位:紅組・Aクラス(坂柳)

4位:紅組・Dクラス(堀北)

 

一年生は紅組のAクラスとDクラスが下位に沈むという結果になった。

 

しかし、全体の勝敗としては紅組自体が勝利を収めたため、学校側の複雑なペナルティ計算が適用された。

 

【最新クラスポイント】

• Aクラス(坂柳):874 cp (924 - 50)

• Bクラス(一之瀬):753 cp (803 - 50)

• Cクラス(龍園):542 cp (642 - 100)

• Dクラス(堀北):262 cp (362 - 100)

 

「……はぁ。結局、全員マイナスを食らうのかよ」

 

俺は、電光掲示板の数字を見上げて、呆れたように息を吐いた。

 

Dクラスは最下位に沈み、クラスポイントも大きく減らしてしまった。

池や山内は頭を抱えて絶望し、堀北は悔しそうに唇を噛み締めている。

だが、俺の心には一切の悲壮感はなかった。

 

「……刃叉羅くんっ!」

 

解散の合図と共に、白組の列から抜け出してきたひよりが、俺の胸に飛び込んでくるように駆け寄ってきた。

 

「お疲れ様です! 刃叉羅くんの走る姿……本当に、本当にかっこよかったです!」

 

ひよりが、顔を真っ赤にして、興奮した様子で俺の腕に抱きついてくる。

 

「ああ。俺の走りは、全部ひよりに捧げたものだからな」

 

俺は、彼女の頭を優しく撫でながら、心からの充足感に満たされていた。

クラスポイントが減ろうが、裏の権力闘争が激化しようが、そんなものは俺の知ったことではない。

 

俺はこの体育祭で、世界で一番愛する彼女の笑顔を引き出し、最高にかっこいい彼氏であることを証明できたのだ。

 

暗殺者の少年は、夕闇のグラウンドで愛しい天使を抱き寄せながら。

波乱に満ちた体育祭の終わりと、これからも続く『最高に甘い青春』の足音を、静かに噛み締めるのだった。

 

 

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