青春を求めて実力主義の教室へ   作:リリリリら

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四十七話

十月の中旬。

高く澄み渡る秋空の下、高度育成高等学校を包む空気は、体育祭の熱狂から一転して、肌寒い緊張感へと変わりつつあった。

 

その日のホームルーム。

一年Dクラスの教壇に立った担任の茶柱佐枝は、いつものように冷徹な声で、次なる『特別試験』の開催を告げた。

 

「体育祭が終わったばかりだが、この学校に息をつく暇はない。これより、先の十二月に行われる期末テスト……通称『ペーパーシャッフル』のルールを説明する」

 

茶柱が黒板にチョークを走らせる。

そこに書き出されたルールは、ただの学力テストとは全く異なる、クラス間のポイント争奪戦と、退学の恐怖が入り混じった複雑なゲームだった。

 

【ペーパーシャッフルの基本ルール】

• テストは全8科目(現代文、英語、日本史、数学、他4科目は後日発表)。各科目50問で、100点満点。

• クラスごとにテスト問題を作成して他クラスに解かせる(攻撃)。

• 他クラスが作成した問題を自クラスが解く(防衛)。

• 攻撃先のクラスは任意で指名可能。ただし他クラスと重複した場合は抽選となる。

• 攻撃先クラスと自クラスの総合点を比べ、勝ったクラスが負けたクラスから『50クラスポイント(cp)』を獲得する。

• 同様に、自クラスと防衛元クラスの総合点を比べ、勝ったクラスが負けたクラスから『50cp』を獲得する。

• ※期限内に問題を作成できなかった場合、学校側が用意した簡単な問題が採用される。

 

「ここまでは、ただのクラス対抗戦だ。だが、このペーパーシャッフルには、お前たちの首を直接絞める重要なルールがある」

 

茶柱は、教室中を見回し、意地悪く口角を上げた。

 

【ペアシステムと退学の条件】

• クラス内の誰かと『2人1組のペア』を作り、一蓮托生でテストを受ける。

• ペアは、来週実施される『事前小テスト』(全100問・100点満点・中学3年生レベル)の結果を基に、学校側のシステムが指定する。

• ペアの合計点数が、1科目でも『60点以下』になった場合、そのペアの2人は退学となる。

• ペアの全科目総合点が、学校の定めるボーダーラインを下回った場合も、そのペアの2人は退学となる。

 

「……例年、この試験で1組か2組の退学者が出ている。自分の足元だけでなく、ペアの足元もすくわれないように注意することだな」

 

茶柱の説明が終わると、教室の中は絶望的な悲鳴とざわめきに包まれた。

 

「う、嘘だろ!? ペアで合計60点以下なら一発退学!?」

 

「総合点でもボーダー下回ったらアウトって……足引っ張る奴とペアになったら終わりじゃん!!」

 

池寛治や山内春樹といった、クラスの赤点予備軍たちが頭を抱えて絶叫する。

俺――呉 刃叉羅は、ノートにルールを適当に書き写しながら、小さく息を吐いた。

 

(なるほどな。ペアを一蓮托生にすることで、優秀な生徒に学力の低い生徒をカバーさせ、クラス全体の底上げを図るシステムか。……退学のペナルティがある以上、無人島や体育祭のように『一部の人間だけが頑張ればいい』というわけにはいかないな)

 

俺の学力をもってすれば、どの科目のどんな難問が出ようと60点を下回ることはないだろう。ボーダーラインもまあ問題はないだろうな。

だが、念のため退学を避けるために本気でテストは受けるべきだな。

教室がパニックに陥りかける中。

「静かにしなさい」

 

凛とした声が響き、教壇の前に一人の少女が立った。

 

堀北鈴音だ。

体育祭で須藤を連れ戻し、事実上のリーダーとして覚醒しつつある彼女は、動揺する生徒たちを鋭い視線で一喝した。

 

「騒いでもルールは変わらないわ。重要なのは、来週の『小テスト』よ。学校側がどういう基準でペアを指定するのか、その法則を見抜く必要があるわ」

 

堀北は黒板のルールを指し示し、クラス全体に告げた。

 

「私が、この試験の必勝法……確実な作戦を考えるわ。それまでは、各々がしっかりと復習と勉強をしていてちょうだい。絶対に、誰一人退学させない作戦を立ててみせるから」

 

堀北の堂々たる宣言に、池や須藤たちが「お、おう! 頼むぞ鈴音!」「堀北がそう言うなら……」と、スッと落ち着きを取り戻していく。

 

俺は腕を組みながら、内心で感心していた。

 

(立派なもんだな。綾小路の操り人形だったツンケン女が、今じゃすっかりクラスの精神的支柱だ)

 

俺は少し離れた席にいる綾小路清隆に視線を向けたが、彼は相変わらず無表情で窓の外を眺めていた。あの影の支配者も、自分の駒が勝手に成長していくのを、今は静観しているのだろう。

 

 

 

一方、その日の放課後。

一年Dクラスがペーパーシャッフルの対策に向けて動き出している裏で、一年Cクラスの教室では、恐怖と暴力に支配された血生臭い『魔女裁判』が執り行われようとしていた。

 

「……よし。椎名、お前はもう帰っていいぜ」

 

教卓に腰掛けたCクラスの独裁者・龍園翔が、無機質な声で告げた。

教室の出入り口にはアルベルトと石崎が立ち塞がり、Cクラスの生徒全員を放課後の教室に軟禁しているという、異様な状況。

 

その中で唯一、読書好きの銀髪の少女――椎名ひよりだけが、解放の許可を与えられた。

 

「……はい。失礼いたします」

 

ひよりは、張り詰めた空気の中で怯えるクラスメイトたちを少しだけ心配そうに見つめたが、自分が口出しできる盤面ではないことを理解し、静かに教室を後にした。

 

ひよりの姿が見えなくなり、教室の重いスライドドアがピシャリと閉められた瞬間。

 

龍園の纏う空気が、一気にドス黒い殺意へと変わった。

 

「さて、と」

 

龍園は、教卓からゆっくりと立ち上がり、青ざめた顔で固まっている女子生徒たちの集団へと歩み寄った。

 

「体育祭の時、俺が木下に『堀北を潰せ』って指示した音声データが、ご丁寧にDクラスの奴の手に渡っていた」

 

龍園の蛇のような瞳が、一人の女子生徒をロックオンする。

 

「……真鍋。お前だな? スパイとして情報を流してたのは」

 

「ヒィッ……!」

 

真鍋志保は、龍園に名前を呼ばれた瞬間、肩をビクッと跳ねさせ、顔面から完全に血の気を失った。

 

「ち、違います! 私は何も……!」

 

「嘘をつくなよ」

 

龍園は、真鍋の髪を無造作に鷲掴みにし、強引に顔を上げさせた。

 

「痛っ……!!」

 

「お前がやったってことはもう分かってんだよ!ああ!?」

 

「あ……あぁ……っ」

 

真鍋の目から、恐怖と絶望の涙がポロポロとこぼれ落ちる。龍園の恐怖の前に、もはや言い逃れは不可能だった。

 

「だ、誰か分からないんです……! フリーメールで、イジメの証拠の写真をバラされたくなかったら指示に従えって……! 本当に、相手の顔も名前も知らないんです……っ!」

 

泣き叫ぶ真鍋の腹に。

ドゴッ、と。

龍園の容赦のない蹴りが突き刺さった。

 

「かはっ……!」

 

真鍋は床にうずくまり、胃液を吐き出しそうになりながら咳き込んだ。周囲の女子生徒たちが悲鳴を上げ、顔を覆う。

 

「……ククク」

 

だが、真鍋を殴りつけた龍園の顔に浮かんでいたのは、怒りではなく、歓喜に満ちた、極限まで歪んだ笑みだった。

 

「おもしれぇな。……Dクラスの裏にいる『黒幕』。俺の思考を読み切り、真鍋たちを盤面の駒として完全に使いこなしやがった。……これだけ脅しても、真鍋すら正体を知らねえってことは、徹底的に尻尾を隠してやがる」

 

龍園は、床に倒れる真鍋を見下ろしながら、狂ったように笑い続けた。

 

「クククッ、ハハハハッ!! 最高の獲物だ。……絶対に見つけ出して、その完璧な仮面を引き剥がして、俺の足元で泣き叫ばせてやる」

 

Cクラスの教室は、独裁者の狂気と、姿なき影の支配者への執着によって、完全に底なしの沼へと沈み込んでいた。

 

 

 

 

その狂気の教室から遠く離れた、特別棟の図書室。

夕日の差し込む窓際の特等席は、インクの香りと、穏やかな静寂に包まれていた。

 

「――お待たせしました、刃叉羅くん」

 

俺の向かいの席に、ひよりが静かに腰を下ろした。

彼女から漂う甘いシャンプーの香りが、俺の心に平穏をもたらしてくれる。

 

「遅かったな。龍園の奴、また何か面倒なホームルームでもやってたのか?」

 

俺が尋ねると、ひよりは少しだけ悲しそうに目を伏せた。

 

「はい……。体育祭の時の情報を流した犯人探しをするって言って、私以外のクラスメイトを全員残しているんです」

 

「……スパイの炙り出しか。相変わらず野蛮なやり方だな」

 

俺は小さく舌打ちをした。

おそらく今頃、Cクラスの教室では、龍園による暴力と恐怖の尋問が行われているはずだ。

 

だが、そんなことは俺の知ったことではない。綾小路の暗躍と、龍園の復讐劇。その血生臭い闘争に、俺の愛する天使が巻き込まれなかったことだけが重要だった。

 

「ひよりが巻き込まれなくて良かったよ。……龍園の奴、少しは空気が読めるようになったみたいだな」

 

「ふふっ。私は運動も交渉も苦手ですから、龍園くんにとっては邪魔なだけなんだと思います」

 

ひよりが謙遜するように微笑み、持ってきたミステリー小説のページをめくる。

 

「そんなことないさ。ひよりはこの学校で一番賢くて、一番可愛い俺の自慢の彼女だ。……龍園のバカな争いなんて気にせず、俺たちは俺たちの時間を楽しもうぜ」

 

「はいっ」

 

窓の外では、秋の深まりを告げるように、木々の葉が赤や黄色に染まり始めている。

 

血みどろの権力闘争や、退学の恐怖が渦巻く学校の中にあって。

俺とひよりのいるこの図書室のテーブルだけは、誰にも侵されない、絶対的で甘い『聖域』だった。

 

俺は、彼女の横顔を眺めながら、この穏やかな時間が永遠に続けばいいと、心の底から願っていた。

 

 

 

そして、数日後。

ペーパーシャッフルのペアを決めるための『小テスト』の前日。

ホームルームの時間に、堀北鈴音が教壇に立ち、クラス全体に向かって自信に満ちた声で宣言した。

 

「みんな、聞いてちょうだい。明日行われる小テストの、ペア決めの『法則』を看破したわ」

 

堀北の言葉に、クラス中が静まり返り、彼女の次の言葉を待った。

 

「学校側が指定するペアの法則。それは……『成績上位者と、成績下位者が組む』というものよ」

 

「……上位と、下位?」

 

須藤が首を傾げる。

 

「ええ。クラスの平均点を底上げするためには、優秀な生徒が勉強の苦手な生徒を引っ張り上げるのが最も合理的だからよ。仮に1位の生徒が最下位の生徒と組めば、二人でサポートし合って赤点を回避できる。……だから、私たちはこの法則を『意図的』にコントロールするのよ」

 

堀北は、黒板にクラスメイトの名前と予想点数を書き出しながら、大胆な作戦を説明し始めた。

 

「明日の小テストで。成績下位の生徒……池くん、山内くん、須藤くんたちは、名前だけ書いて『0点』を取りなさい。テスト中は寝ていていいわ」

 

「ええっ!? 0点!? マジで!?」

 

池が素っ頓狂な声を上げる。

 

「逆に、成績上位の生徒……幸村くん、平田くん、そして私。私たちは、意図的に『100点満点』を狙う。そうすれば、システム上、確実におバカなあなたたちを、私たちがペアとして救済できるわ」

 

「お、おバカって……」

 

山内が涙目になるが、須藤は「おう! 鈴音がそう言うなら俺は寝ててやるぜ!」と力強く頷いた。

 

「そして、中位の生徒たちは、それぞれ指定した『点数』を意図的に狙って調整してもらうわ。……これで、クラス内で不慮のペア事故を完全に防ぐことができる」

 

完璧な論理。

クラスの総意として、堀北の作戦が採用されることになった。

 

「それから……呉くん」

 

堀北の視線が、俺を捉えた。

 

「あなたも、体育祭でのあのバケモノみたいな活躍からして、頭脳の方も隠していると見ているわ。……あなたには、100点を狙う上位組に入ってもらうわよ。いいわね?」

 

俺は肩をすくめた。

 

「まあ、退学になるのはごめんだからな。やれるだけやってみるよ」

 

俺があっさりと了承すると、堀北は「頼もしいわね」と満足そうに頷いた。

 

(まあ、俺が誰と組もうと、俺自身が満点を取ればペアの合計点でボーダーを下回ることはないだろう。適当にバカの面倒を見てやるさ)

 

俺はアクビを噛み殺しながら、明日の小テストの心構えをした。

 

 

翌日。小テストが実施され、そのさらに次の日の放課後。

教室の後ろの黒板に、茶柱によって『ペーパーシャッフルのペア一覧』が貼り出された。

 

生徒たちが一斉に群がり、自分のパートナーを確認して一喜一憂の声を上げる。

「うおおおっ!! 俺、幸村とペアだ! これで退学回避確定!!」

「俺は堀北とだぜ! やったー!!」

池と山内が、歓喜の舞を踊っている。堀北の作戦は見事に的中し、上位陣と下位陣が綺麗なペアを形成していた。

俺も席を立ち、自分の名前を探した。

 

「……お」

 

【 呉 刃叉羅 & 軽井沢 恵 】

俺のペア相手は、Dクラス女子のヒエラルキートップであるギャル、軽井沢恵だった。

彼女の学力は中の下くらいだが、作戦通りに俺が100点に近い点数を取ったため、意図的に点数を調整した彼女とマッチングしたらしい。

 

「呉くーん!」

 

後ろから、軽井沢がパタパタと駆け寄ってきた。

 

「私、呉くんとペアだった! よかったー、これで安心だよ。期末テストの勉強、厳しくしないで優しく教えてね?」

 

軽井沢が、上目遣いで手を合わせてくる。

 

「おう。赤点取らない程度にみっちりしごいてやるよ」

 

俺が笑って返すと、軽井沢は「えーっ」と口を尖らせたが、その顔は明らかに安堵していた。

 

ふと、軽井沢の視線が、俺の肩越しに別の場所へと向けられた。

その視線を追うと。

 

「綾小路くーん! 私たち、ペアだって!!」

 

佐藤麻耶が、自分の席に座っている綾小路清隆の机に両手をつき、顔を真っ赤にして大喜びしている姿があった。

 

「すっごく嬉しい! テスト勉強、一緒に頑張ろうねっ!」

 

「……ああ。よろしく頼む」

 

佐藤の猛烈なアピールに対し、綾小路は相変わらずの無表情で淡々と返している。だが、客観的に見れば、完全に『青春の1ページ』だ。 

 

俺は、再び軽井沢の顔を見た。

軽井沢は、楽しそうに笑う佐藤の姿を見て。

ほんの一瞬だけ、唇をギュッと噛み締め、その瞳に嫉妬と、焦燥感が入り混じったような、極めて『微妙な目線』を向けていた。

 

だが、それは本当に一瞬のことで、彼女はすぐに俺に向かっていつものギャルの笑顔を作ってみせた。

 

「じゃあ、呉くん! いつから勉強会するー? 放課後は平田くんたちとも遊ぶ予定あるし、スケジュール合わせなきゃね!」

 

「そうだな。まあ、お前が本気出せば何とかなるだろ」

 

俺は、軽井沢の裏の感情に気づかないふりをしながら、適当に話を合わせた。

 

(……やれやれ)

 

俺は内心で、苦笑いを浮かべていた。

 

体育祭のリレーでフラグを立てまくった綾小路に恋心を抱く佐藤。

そして、綾小路の本当の力と冷酷さを知り、彼に寄生しながらも、無自覚に特別な感情を抱き始めている軽井沢。

さらに、裏で盤面を操作する綾小路自身。

 

(あいつ、完全に青春の中心に立ってやがるな)

 

俺には全く関係のない盤面だ。

それでも、この高度育成高等学校という箱庭で繰り広げられる人間模様を、どこか楽しんで観察していた。

 

さあ、次の特別試験『ペーパーシャッフル』だ。

退学のペナルティがちらつく中、各クラスの知略と陰謀がどのように交差するのか。

 

暗殺者の少年は、愛しい天使との逢瀬の時間を確保するために、このテストも完璧な点数で乗り切ることを、心の中で静かに誓うのだった。

 

 

 




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