青春を求めて実力主義の教室へ   作:リリリリら

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六十話

特別試験『混合合宿』、三日目。

 

「おい、呉! 今日の午後のカリキュラム、座学のレポート提出だぞ! ぼーっとしてないでペンを動かせ!」

 

「……あー、はいはい。分かってるよ、幸村」

 

グループのまとめ役として胃に穴が開きそうな幸村輝彦の怒声を聞き流しながら、俺――呉 刃叉羅は、机の上でシャープペンシルを適当に転がしていた。

 

相変わらずの男女隔離という絶望のルール下において、俺のモチベーションは地を這うどころかマントルまで到達していた。

 

高円寺は相変わらず自由気ままに単独行動を取り、幸村はピリピリしており、Bクラスの時任たちは困り果てている。

 

そんなバラバラの『余り物グループ』の中で、俺は初日、二日目と同様、完全に気配を消して省エネモードでやり過ごしていた。

 

そして。

俺にとっての一日の全てであり、唯一の生存理由である『夜の十八時』がやってきた。

 

「ひよりぃぃぃっ!」

 

「ふふっ、刃叉羅くん。今日もお疲れ様です」

 

大食堂。全学年の男女が入り乱れる喧騒の中で、俺は音速でひよりの隣の席を確保し、彼女の柔らかな手を握りしめて急速に『ひより成分』をチャージしていた。

 

「今日の授業はどうだった? 疲れてないか?」

 

「はい、大丈夫です。みーちゃんと一緒にお話ししながら課題をやっていたので、とても楽しかったですよ」

 

ひよりが、昨日友達になったDクラスの王美雨(みーちゃん)との出来事を嬉しそうに語ってくれる。

 

(……ああ、最高だ。ひよりが楽しそうに笑っているだけで、俺の荒んだ心が浄化されていく)

 

俺は、ニコニコと微笑む天使の顔をただひたすらに眺めながら、ホクホクとした温かい気持ちで食事を進めていた。

 

その一方で。

俺たちの座るテーブルから少し離れた場所では、別の水面下での動きが静かに進行していた。

 

(……ん?)

 

俺の暗殺者としての鋭敏な視覚と聴覚が、食堂の端の席で、綾小路清隆と軽井沢恵が、誰にも気づかれないよう極めて自然な動作で視線と短い言葉を交わし合っているのを捉えた。

 

おそらく綾小路は、男女が唯一顔を合わせられるこの一時間を利用して、自分の手の届かない『女子グループ』の内部情報を軽井沢から収集しているのだろう。

 

Cクラスの女子の動向、他学年との関係性、そしてグループのまとまり具合。裏の支配者としての緻密な情報収集だ。

 

(……ま、俺には関係ないことだ)

 

俺は、一秒たりともひよりから視線を外したくなかったので、綾小路たちの密会など完全に思考の彼方へと放り投げた。

 

「刃叉羅くん? どうかしましたか?」

 

「いや、なんでもない。ひよりの髪が今日も綺麗だなって思ってただけだ」

 

「も、もうっ……刃叉羅くんは……っ」

 

俺は、ただひたすらに愛しの彼女との甘い食事の時間だけを満喫し尽くした。

そして、夕食の時間が終わり、無情にも男女は再び隔離される。

 

夜の二十時。

俺たち男子生徒は、一日の汗と疲労を流すため、巨大な『大浴場』へと足を運んでいた。

 

もうもうと立ち込める湯気。広い風呂場には、各クラスの男子生徒たちが集まり、日中の試験のストレスを発散するように騒がしい声を響かせている。

 

俺は、風呂場の隅にある一番落ち着く温度の湯船に肩まで浸かり、目を閉じて「明日の夕食」のことだけを考えていた。

 

だが、そんな俺の平穏な入浴タイムを破壊する、バカバカしい騒動が勃発した。

 

「おうおう! 見ろよお前ら! この俺様の立派なモノをよぉ!」

 

男湯の中央付近。

Dクラスの身体能力トップ、須藤健が、腰に巻いていたタオルをバサァッと外し、自信満々に仁王立ちになっていた。

 

「俺が一年生の中でナンバーワンだ! どうだ、このビッグマグナムは!」

 

(……くだらねえ)

 

俺は湯船の中で小さくため息をついた。

男子が集まる風呂場での恒例行事といえばそれまでだが、まさか高校生にもなって本気で『ブツの大きさ比べ』を始めるとは。

 

「ふん。調子に乗るなよ、須藤」

 

須藤の挑発に噛み付いたのは、Aクラスの戸塚弥彦だった。

彼は、隣で静かに湯に浸かっていたスキンヘッドの男を指差した。

 

「一年生で一番は、我らが葛城さんに決まっているだろう! お願いします!葛城さん!」

 

「なっ……! 弥彦、俺をそのような低俗な争いに巻き込むな……っ」

 

葛城康平が、心底呆れたように眉間を押さえる。

だが、戸塚の謎の熱意と、周囲の男子たちの「見せろ! 見せろ!」という煽りに耐えきれず。

 

「……ええい、仕方ない。一瞬だけだぞ」

 

葛城は渋々といった様子で立ち上がり、その堂々たる『ブツ』を披露した。

 

「おおーっ!」「さすが葛城だ!」

 

Aクラスの面々が歓声を上げる。

 

「チッ、しょうもねえ争いしてんじゃねえぞ、てめえら」

 

そこへ、さらに火に油を注ぐように、Cクラスの石崎大地がニヤニヤと笑いながら割り込んできた。

 

「俺たちのクラスには、世界レベルの規格外がいんだよ! ……おいアルベルト、あいつらに格の違いを見せつけてやれ!」

 

石崎に召喚されたのは、Cクラス最大の巨漢、山田アルベルトだ。

 

「Oh……」

 

アルベルトは少し困ったように頭を掻いたが、ゆっくりと立ち上がった。

 

「なっ……!?」

 

「で、でけぇ……っ!!」

 

アルベルトの規格外のサイズを見た瞬間、須藤や戸塚たちの顔色が変わった。

 

「お、おい! 外国人は反則だろ! 骨格からして違うじゃねえか!」

 

「そうだそうだ! ずるいぞ!」

 

「ハハハッ! ビビってんのかてめえら!」

 

石崎が腹を抱えて大笑いする。

 

(……何やってんだ、こいつら)

 

俺は、湯船の縁に頭を乗せながら、その底抜けにアホらしい光景を冷めた目で見つめていた。

 

野生の猿の群れの方が、まだ知的なコミュニケーションをとるだろう。

 

「ふふっ。実にくだらないねぇ」

 

その時。

騒ぎの輪から少し離れた洗い場で、優雅に自らの肉体を洗い清めていた高円寺六助が、美しい声で笑った。

 

「どんぐりの背比べとはまさにこのこと。君たちのその粗末なモノでナンバーワンを争うなど、滑稽すぎて腹が痛いよ」

 

「あぁ!?」

 

高円寺の煽りに、石崎がすぐに噛み付いた。

 

「なんだてめえ高円寺! 口では偉そうなこと言ってるが、ハッ! どうせアルベルトの『アルベルト』にビビってんだろ!」

 

石崎のその安い挑発。

だが、高円寺六助という男にとって、自らの肉体的な『美』と『絶対性』を疑われることは、何よりも許しがたいことだったらしい。

 

「……ふふふ。よかろう」

 

高円寺は、洗い場の椅子からゆっくりと立ち上がった。

そして、水滴を滴らせた彫刻のような肉体を惜しげもなく晒し、騒ぎの中心へと歩み出た。

 

「たまには、君たちの児戯に付き合ってあげようじゃないか。……刮目したまえ」

 

バサッ。

 

「――――――――ッ!?」

 

その瞬間。

男湯にいた全ての男子生徒の時が止まった。

須藤も、戸塚も、石崎も。そして、あのアルベルトでさえも、驚愕に目を見開き、言葉を失った。

 

それはまさに、暴君。

ジュラシック・パークから現代に蘇った、恐竜の王。

『Tレックス』と呼ぶに相応しい、圧倒的で、凶暴で、規格外の代物が、そこに鎮座していたのだ。

 

「……見たか、少年たち。これが『本物』だ」

 

高円寺が、手で髪をかき上げながら高らかに笑う。

 

「す、すげぇ……」

 

「マジかよ……日本人であんなサイズ……」

 

誰もが、そのあまりの衝撃に、戦意を喪失して押し黙ってしまった。

 

(……はぁ)

 

俺は、完全に呆れ果てて、お湯で顔を洗った。

アホらしい。さっさと部屋に戻って、ひよりの寝顔を想像しながら寝よう。

そう思って、湯船から上がろうとした、その時だった。

 

「……ククク。おいおい、高円寺。てめえのそれがデカいのは認めてやるが……まだ『全員』が終わったわけじゃねえだろ?」

 

騒ぎの輪の少し外側で、湯船に浸かりながら不敵に笑う男。

Cクラスの独裁者、龍園翔が、ニタニタと邪悪な笑みを浮かべて口を開いた。

 

「おい、そこの……」

 

龍園の視線が、一瞬だけ、湯船の隅にいる俺の方へと向けられた。

 

俺は、湯船から半分顔を出したまま、極めて冷酷で、一切の感情を持たない『暗殺者の目』で、龍園を真っ直ぐに見つめ返した。

 

(……俺をこのくだらねえ品評会に巻き込んだら。明日の朝、お前のその口の減らない首が胴体と繋がっている保証はないぜ?)

 

声には出さない、純度100パーセントの殺気による警告。

龍園は、その俺の目を見た瞬間、フッと鼻で笑い、極めて自然な動作で、視線と指先を『別の方向』へとスライドさせた。

 

「……おい、そこで黙ってる『無気力野郎』はどうなんだ?」

 

龍園の指先が捉えたのは。

俺から少し離れた洗い場で、壁に向かって静かに身体を洗っていた、影の支配者――綾小路清隆だった。

 

(……ふっ)

 

俺は内心で笑った。

 

(龍園の奴、俺の地雷を避けるくらいには賢くなったな。今の俺をおちょくるほど、あいつも馬鹿じゃないってことか。……ご愁傷様、綾小路)

 

俺は、再び湯船に肩まで浸かり、今度は一転して『特等席の観客』としてのモードに入った。

 

「あ、綾小路?」

 

須藤たちが、龍園の言葉につられて一斉に綾小路の方を見る。

 

綾小路は、泡だらけの手のまま、心底面倒くさそうな、いや、全てを諦めたような『死んだ目』で龍園を振り返った。

 

屋上での敗北の意趣返し。

龍園は、暴力で勝てない相手を、盤外の空気を使って辱めようという、極めて姑息で、しかし男子高校生としては有効な嫌がらせに出たのだ。

 

「そうだぜ、綾小路! お前も男なら見せろよ!」

 

「もしかして、見せられないくらい小さいのかー?」

 

石崎や池たちが、ここぞとばかりに囃し立てる。

 

「……」

 

綾小路は、無言のまま、視線だけで俺の方に助けを求めてきた。

『止めてくれ……』という無言の圧力。

 

だが、俺はそっぽを向き、口笛を吹いて完全に無視を決め込んだ。

 

(男の裸の品評会なんて、俺の関与する盤面じゃないからな)

 

逃げ場を失った綾小路は、深く、本当に深いため息を吐き出した。

そして、シャワーで身体の泡を洗い流すと。

彼もまた、周囲の煽りに渋々応じる形で、立ち上がった。

 

「――――――――っ!!??」

 

その瞬間。

男湯に、本日二度目の、いや、先ほど以上の『完全なる静寂』が訪れた。

 

須藤の口が、限界までぽっかりと開いている。

石崎が、信じられないものを見るように目を擦っている。

 

高円寺のモノが『Tレックス』だとすれば。

綾小路清隆のそれは、まさに同じ時代を生き抜いた、もう一頭の同格の『Tレックス』だった。

 

あの無気力で地味な男の股間に、そんな凶暴な巨竜が潜んでいたなど、誰が想像できただろうか。

 

「……ほぉう?」

 

高円寺だけが、驚くどころか、嬉しそうに目を細めて綾小路に近づいた。

 

「素晴らしい。まさか、同じ日本人で私と勝負できる逸材が、こんな身近に存在していたとはね」

 

高円寺は、綾小路の肩をポンと叩き、満足げに笑った。

 

「サイズはほぼ互角。……だが、美しさと『経験の差』で、今回は私の勝ちとしておこう。……ふふふ、良いものを見せてもらったよ。では、私は上がる」

 

高円寺は、謎の勝利宣言を残し、優雅な足取りで風呂場を後にしていった。

高円寺が去った後、男湯の静寂は、一転して狂乱の坩堝へと化した。

 

「す、すげえええええっ!!」

 

「綾小路! お前、なんだよそれ! 隠し持ってやがったな!!」

 

「Tレックスの共演だぁぁぁっ!!」

 

須藤や石崎、池たちが、綾小路を取り囲み、謎のテンションで盛り上がり始める。男子高校生のバカさ加減が限界突破した瞬間だった。

 

その狂乱の中心で。

綾小路清隆は、全てを諦めたような、光を完全に失った『死んだ目』をして立っていた。

 

そして、その死んだ目のまま、騒ぎの火種を作った元凶――湯船でニタニタと腹を抱えて笑っている龍園翔を、ジッと射抜いていた。

 

(……あとで殺す)という、声なき声が聞こえてきそうだった。

 

(……やれやれ)

 

俺は、風呂場のカオスな状況からそっとフェードアウトし、脱衣所へと向かった。

 

男たちのプライドを賭けた、巨竜たちの狂宴。

そんなくだらない騒動を背に受けながら。

 

暗殺者の少年は、「俺のブツはひよりにだけ見せられればそれでいい」という、ブレない結論と共に、隔離された夜の時間をやり過ごすのだった。

 

 

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